著者
菊地 和則 伊集院 睦雄 粟田 主一 鈴木 隆雄
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.363-373, 2016-10-25 (Released:2016-11-24)
参考文献数
29
被引用文献数
2

目的:認知症の徘徊による行方不明死亡者の死因の違いによる,行方不明から死亡に至るまでの過程の違いを明らかにし,捜索の効率化と死亡の予防に資することを目的としている.方法:2013年中に警察に行方不明者届が出された人の中で,認知症(疑いを含む)により行方不明になった10,322名の中から,死亡者全数である388名の家族を対象として,厚生労働省が警察庁の協力を得て自記式調査票による郵送調査を行った.郵送調査は2015年1月5日から2月2日に実施された.個人情報を除いたデータが厚生労働省から研究班に提供され,死亡者の中で死因が記載されていた61名を分析対象とし,χ2検定(Fisherの直接法)と残差分析により,死因の違いに関連する要因を検討した.なお,死因は先行研究を参考に「溺死」,「低体温症」,「その他」の3つに分けた.結果:分析の結果,死因が「低体温症」では死亡推定時期が行方不明から「3~4日目」,死因が「その他」では「当日」が有意に多くなっていた.また有意差は無かったが溺死の場合,4割以上が「当日」に死亡していた.結論:徘徊による行方不明死亡者には,死亡に至るパターンが少なくとも3つある可能性が示された.即ち,①行方不明後すぐに自動車事故などによる外傷や溺死,病状悪化などによって死亡するパターン,②数日間徘徊して徐々に体力を奪われた末に低体温症などで死亡するパターン,およびこれら2つに当てはまらない,③その他のパターン,である.
著者
日高 紀久江 紙屋 克子 増田 元香
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.361-367, 2006-05-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
15
被引用文献数
5 3

目的: 経管栄養を行っている遷延性意識障害患者 (以後, 意識障害患者と略す) の栄養状態の評価を行い, また在宅や高齢者施設等で簡易に評価可能な栄養評価指標について検討した. 方法: 意識障害患者46名を対象に1) 身体計測, 2) 血液検査, 3) 安静時代謝量から栄養評価を実施し, また栄養状態と関連があると思われる臨床症状と身体計測・血液検査値との関連から評価指標を検討した. 結果: 意識障害患者の平均年齢は76.3±14.3歳であり, 脳梗塞を原因とする患者が最も多かった. 身体計測値においては, 健常者の同性・同年齢の値を標準値として相対値で表した上腕三頭筋皮下脂肪厚 (%TSF) は平均 (Mean±SD) 105.7±39.8であったものの, 上腕筋周囲長 (%AMC), 下腿周囲長 (%CC) は各87.5±11.5, 73.6±9.4であった. 血液検査では, 血清アルブミン (Alb) の平均は3.3±0.5g/dlであり, 46名中35名 (76.1%) は3.5g/dl以下であった. また臨床症状では, 眼瞼結膜が蒼白な患者の血色素量 (Hb)・ヘマトクリット (Ht) の平均は各9.9±2.1g/dl (p<0.01), Ht=29.3±6.6% (p<0.01) であり, さらにAlbも蒼白のない患者に比較して有意に低値であった (p<0.05). 考察: これまで意識障害患者の過剰栄養が留意されてきたが, 本研究ではAlbが3.5g/dl以下であるたんぱく・エネルギー栄養不良 (PEM) のリスク者が多く, 過剰栄養よりむしろ低栄養が問題であることが明らかになった. したがって安静時代謝量の測定や身体・精神機能, 合併症の併発等を考慮しながら定期的に栄養評価を実施し, カロリー調整を行う必要がある. また, 眼瞼結膜はHb・Ht, Albの低下に関連していたことから, 栄養評価指標の一項目となり得る可能性が示唆された.
著者
神出 計 樺山 舞
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.539-546, 2018-10-25 (Released:2018-12-11)
参考文献数
19

高血圧患者の血圧管理基準については未だに議論が絶えない.今回のテーマであるSPRINT(Systolic Blood Pressure Intervention Trial)研究は降圧目標値に関する疑問に対して答えを求めた米国の研究である.非常にインパクトが大きく重要な研究であるが,この研究の結果を高齢者高血圧の診療にどう活かすのかを検討する必要がある.本項では高齢者高血圧治療を行っていく上でのSPRINT研究の意義の検証ならびに2017年に出された我が国の‘高齢者高血圧診療ガイドライン2017’と米国高血圧治療ガイドラインを解説し,真に望まれる高齢者高血圧の管理につき議論する.
著者
田中 隆一郎 下坂 国雄
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.19, no.6, pp.577-582, 1982-11-30 (Released:2009-11-24)
参考文献数
14
被引用文献数
10 16

特別養護老人ホーム黒潮園に在住する“ほぼ寝たきり”の高齢者 (平均年齢77.9±8.1歳) 57例を対象に排便傾向の調査とビフィズス菌醗酵乳 (以下ビ菌醗酵乳) の飲用に伴う排便傾向の改善をしらべた. 対象者57例中40例 (70%) は2日に1回以下の排便回数であった. また, 便秘薬常用者は22例 (39%) にも認められ, その排便回数は1週間当り2回以下であった.ビ菌醗酵乳100mlを連日20日間飲用させることにより, 自然排便者9例の排便回数は, 飲用前の5.7±3.3回/10日間 (平均±SD) から, 前半10日間の飲用で7.0±2.5回 (P<0.05), 後半10日間では8.1±1.6回 (P<0.01) のように増加した.便秘薬常用者10例でも, 飲用前の2.1±0.3回/10日間から, 前半10日間飲用で3.8±1.9回, (P<0.05), 後半10日間では4.4±1.8回 (P<0.01) のように増加した. 一方, 対照とした未醗酵乳では, 自然排便者群で後半10日間の飲用期にのみ有意の増加を認めた.上記のビ菌醗酵乳の飲用効果は, 自然排便者の対象を26例に増やしても, 飲用前10.8±3.8回/20日間, 飲用中13.1±3.9回 (P<0.001), 飲用後10.8±3.5回のように確認された.以上の結果から,“ほぼ寝たきり”の高齢者では便秘傾向が顕著であること, ビ菌醗酵乳の飲用によりこれらの排便傾向が明らかに改善されることがわかった.
著者
五十嵐 雅哉
出版者
The Japan Geriatrics Society
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.8-15, 2004-01-25

一般的にパターナリズムは「ある個人の利益になるという理由で, その個人の自律性を制限する干渉を行うこと」と定義されることが多い. この定義を医療にあてはめるといくつかの矛盾が生じることがある. このことは, 医療におけるパターナリズムの定義が再考される必要があることを示す.<br>医療におけるパターナリズムがすべて正当化されるべきであるとは主張しない. 正当化されることがあるとすればその条件は何か. その条件を ethical な観点から導き出すことが本稿の目的である. そのために, まず以下を前提として議論を進めることにする. それは, (1)たいていの場合, 自律性は尊重されるべきである, (2)インフォームドコンセントに基づく医療はいいことである, (3)医療行為は患者の利益のためになされるものである, (4)医師の説明は適切に行われている, (5)患者が同意した場合, それは医師の説明を理解し, 自律性に基づいて自発的になされている. 以上の五点である.<br>これらをもとにインフォームドコンセントを整理し, パターナリズムによる医療をインフォームドコンセントに基づかない医療と定義した. この観点から, 医師の裁量権や拒否権から legal な正当化条件を整理し, また, J.S. ミルの『自由論』の議論をもとに,「危害原理」に基づく正当化論を整理した. さらに, ここから論を進めて「自律性の確認目的のための干渉」理論とでもいうべき正当化論を導き出した. これは, 生命の危機が迫っているためにインフォームドコンセントが得られないときにかぎり, パターナリズムが正当化されると考えるものである. この場合の医療は, 患者にたいして医療を行いたいが説明できる状態ではないとき, 説明できる状態にまでまず応急的に医療を行うと考える. つまり「正当化される干渉とは自律性, すなわち自己決定を確認するための干渉である」と考えるのである. この自律性を確認するという干渉はインフォームドコンセントの過程に含まれることであるから議論に矛盾しない.
著者
岡部 大地 辻 大士 近藤 克則
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.367-377, 2018-07-25 (Released:2018-08-18)
参考文献数
30
被引用文献数
6

目的:高齢者総合機能評価は有用とされ,その一つとして自記式質問紙の基本チェックリストがある.一方,要介護状態の最大原因は脳卒中であり,特定健康診査(特定健診)などで検出しうる糖尿病や脂質異常症などが基礎疾患と分かっている.しかし高齢者において総合機能評価と健診のどちらが健康寿命喪失リスクの予測力が大きいか比較検討した研究はない.そこで本研究では,高齢者総合機能評価と健診のどちらが健康寿命喪失の予測力が大きいか明らかにすることを目的とした.方法:要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者を対象とした日本老年学的評価研究(JAGES)の2010年の自記式郵送調査データを用いた.同年の健診データを得られた6市町において,データ結合が可能で,その後3年間の要介護認定状況および死亡を追跡することができた9,756人を分析対象とした.基本チェックリストから判定される7つのリスク(虚弱,運動機能低下,低栄養,口腔機能低下,閉じこもり,認知機能低下,うつ),メタボリックシンドロームを含む特定健診必須15項目を説明変数とし,要介護2以上の認定または死亡を目的変数としたCox比例ハザード分析をおこなった(性,年齢,飲酒,喫煙,教育歴,等価所得を調整).結果:要介護2以上の認定または死亡の発生率は,19.4人/1,000人年であった.基本チェックリストからは口腔機能低下を除く6つのリスクにおいてhazard ratio(HR)が1.44~3.63と有意であった.特定健診からは尿蛋白異常,BMI高値,AST異常,HDL低値,空腹時血糖高値,HbA1c高値の6項目においてHRは1.37~2.07と有意であった.メタボリックシンドローム該当のHRは1.05と有意ではなかった.結論:血液検査を中心とした健診よりも問診や質問紙を用いた高齢者総合機能評価の方が健康寿命喪失を予測すると考えられた.
著者
北澄 忠雄 貞包 典子 嶋田 和幸 小沢 利男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.1-12, 1985
被引用文献数
1

自律神経機能検査ならびに血漿ノルエピネフリン (以下PNE), リンパ球β受容体の測定を行ない, 交感神経と副交感神経による循環調節機能に及ぼす加齢と高血圧の影響を検討した. 対象は正常血圧者 (140/80mmHg以下) 54名 (14~77歳) と本態性高血圧 (160/95mmHg以上) 36名 (40~78歳) である. 方法は Valsalva 試験, 70度起立試験, 寒冷昇圧試験, アトロピン (0.02mg/kg) 静注負荷試験を行ない, PNEと血漿レニン活性 (PRA) を測定した. 自律神経機能の評価は Valsalva 試験は第II相および第IV相における収縮期血圧に対する心拍数の回帰係数 (Baroreflex Sensitivity Index, BRSI), 起立試験は起立時心拍数, 血圧, PNEとPRAの変化, 寒冷昇圧試験とアトロピン負荷試験は心拍数と血圧の変化を観察した. β受容体はリンパ球を分離し<sup>125</sup>Iodocyanopindolol と結合させ結合容量と結合親和性を測定した.<br>結果: 1) Valsalva 試験での第II相及び第IV相のBRSIは加齢と共に低下し (p<0.01), 高血圧群 (H群) は正常血圧群 (N群) に比べ第II相で有意に低下した (p<0.05). 2) 起立時の血圧低下度は加齢の影響が少ないが, 心拍数増加度 (ΔHR) は若年群に比し中老年群で有意に低かった. 安静時PNEは加齢に伴ない上昇した (r=0.315, p<0.05). ΔHRとPNEの増加度 (ΔPNE) との間に有意の相関があり, ΔHR/ΔPNEの値は加齢に伴って低下した (r=0.498, p<0.01). H群でも同様の傾向がみられた. (p<0.05). PRAの起立時の変化は加齢と共に低下した (p<0.001) がH群では有意でなかった. 3) 寒冷昇圧試験における心拍数増加は加齢により抑制された. 4) アトロピン負荷試験では加齢に伴ない心拍数の増加が低下した. 5) リンパ球β受容体結合容量と結合親和性は共に加齢の影響がなかった. 以上加齢と高血圧の影響で交感神経と副交感神経による循環調節機能の低下が認められ, 特に心拍数に関係した副交感神経機能の障害が顕著であった. β受容体結合能の成績から受容体以後の障害や心血管系の構築変化による機能不全も大きい役割を担っているものと考えられる.
著者
武久 洋三
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.48, no.3, pp.239-242, 2011 (Released:2011-07-15)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1

高齢者は複数の疾患を抱えており,治療が遷延し回復に時間を要することが多い.急性期病院では臓器別専門医による専門分野の治療が中心である.老年医学は老年患者の病態を把握した上で総合的に診るという機能があるが現在の日本の医療制度では,高齢者が脳卒中などを引き起こした場合には,まず急性期病院へ運ばれ治療が行われる.しかし急性期病院は平均在院日数の短縮化やDPC制度の弊害により,主病名の治療が一段落すると退院促進をすることが一般的である. 慢性期医療を担う病院では,主病名の治療を終えた各専門科の患者が慢性期病院へ紹介されてやってくる.慢性期医療とは,高度急性期病院で受けた治療後の患者の治療を継承するとともにその疾病や治療によってもたらされた身体環境の悪化(「医原性身体環境破壊」)に対する治療を総合的に行い疾病前の状態に回復させ,患者が施設や在宅療養に移行できるようにQOLを回復し病状の悪化を防ぐ機能を含め非常に広範囲な医療の概念が必要と考える.そのためには医学的治療だけでなくリハビリテーションをはじめ,看護・介護ケア,栄養ケアなど様々な方面からサポートしなければならない. 現在,慢性期医療を担う病院ではICUの入院患者と変わらない症状の患者を治療している.同じ医療区分1の患者であっても施設で対応可能な軽症患者から重症患者まで多種多様であり現在の診療報酬の医療区分の体系で患者状態を保険診療していくのは困難である. 15年後には,死亡者が現在より50万人も多い160万人になると推測されており,さらに病院・施設・在宅療養対象者が300万人も増えることが予想されているにもかかわらず国は今後病床数を増やさない方針であるため,在宅療養支援機能の強化が必要となってくる.今後は病院が地域包括医療センターとして地域包括支援センターの役割も併設しトータルで医療と介護をコーディネートしていく必要があると考える.
著者
金森 雅夫 鈴木 みずえ 田中 操
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.39, no.2, pp.214-218, 2002-03-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
10
被引用文献数
30 73

高齢者が定期的にペット型ロボットAIBOとの活動に参加することで Quality of Life, 孤独感などに何らかの影響を及ぼしたと考えられるので報告する.施設高齢者では, AIBO活動中の評価の1回目と20回目を比較すると「発語」,「感情語」,「満足度」が有意に上昇していた (p<0.05). AKO孤独感尺度は3.33 (±2.16) から1.00 (±1.26) と有意に減少していた. SF-36のAIBO活動前後の比較を示したが, 日常役割機能 (身体) (RP) は活動前と比べると活動後が有意に上昇していた. カテコラミン濃度変化と相関する唾液 Chromogranin A (CgA) では, ロボット活動の対象群は活動直前と比べると有意に低下していた (p<0.01).症例1: 女性, 68歳, 慢性関節リウマチ, AKO孤独感尺度が減少し, 心がやすらぐと訴えた.症例2: 女性, 74歳, 頚椎骨軟骨症, AKO孤独感尺度が5点から2点と減少した. 他の入所者とのトラブルで塞ぎ込んでいたが, 後半はロボット活動に積極的に参加した.症例3: 男性, 84歳, 脳梗塞による体幹機能障害, AKO孤独感尺度は6点から1点と減少, ロボットと一緒に歌うなど表情が明るくなった. 家庭の親子間の会話の量が非常に増えた.以上の結果からペットロボットは動物と違い細菌感染の危険が全くないため, 医療機関では無菌室, ICU,痴呆病棟, 小児病棟における動物介在療法の代償として, あるいはロボット技術の進歩によってさらに別の心理社会療法として活用される可能性が示唆された.
著者
吉村 幸雄 井藤 英喜 吉村 英悟 鎌田 智英実 奥村 亮太 秦野 佑紀 鈴木 太朗 堀江 寿美 高谷 浩司 大見 英明
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.51-64, 2018-01-25 (Released:2018-03-05)
参考文献数
21
被引用文献数
1

目的:移動販売車利用者の栄養素摂取量および食品摂取量を,店舗利用者のそれらと比較した.さらに,移動販売車利用者の中で買い物回数の違いおよび買い物手段が移動販売車以外にもある場合と無い場合の栄養素摂取量および食品摂取量についても比較した.これらの検討から,移動販売車利用者の栄養摂取状況の問題点を明らかにする.方法:買い物に移動販売車または店舗を利用した65歳以上の女性高齢者257名を対象に24時間思い出し法による食事調査および食料品アクセスに関するアンケート調査を実施した.栄養素摂取量および食品摂取量の比較は,年齢を共変量とした共分散分析により行った.結果:移動販売車利用者の栄養素および食品摂取量は,店舗利用者と比較して,エネルギー摂取量が168 kcal有意に低く,また3大栄養素および種々のビタミン,ミネラル類が有意に低値であった.食品摂取量では,移動販売車利用者は緑黄色野菜,その他の野菜,肉類等が有意に低値であった.次に移動販売車利用者について解析を行った.移動販売車のみを買い物手段とする者は,移動販売車以外に買い物手段を持つ者より,エネルギー,3大栄養素およびその他の栄養素が有意に低値であった.さらに,移動販売車のみの利用者で買い物回数と栄養素摂取量および食品摂取量を比較したところ,1週間の買い物回数が1回の者は,2回の者よりもエネルギー,たんぱく質等の摂取量が有意に少なかった.結論:移動販売車利用者では,3大栄養素や種々のミネラル,ビタミン摂取量が低値であり,食品としては野菜,肉類,乳類等の摂取量が少なかった.これらの事実は,移動販売車利用者では,食事量そのものが不足気味であることを示唆している.その一因として,移動販売車以外の他の買い物手段がないことや買い物回数が週に1回であることが考えられ,これらの改善が望まれる.
著者
小澤 利男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.1-9, 1998-01-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
23
被引用文献数
4 5

高齢者では多臓器に慢性疾患が併発し, 痴呆, 移動障害, 失禁, コミュニケーション障害, 転倒, うつ状態, 廃用性萎縮などを来して要介護となる. こうした生活機能障害に対しては身体的, 精神的, 社会的に総合評価し, これを適切な医療ケアにつなげることが必要である. その手法が総合的機能評価 comrehensive geriatric assessment (CGA) である. それは医学的診断治療に加えて, 日常生活動作ADL, 痴呆とうつ状態のスクリーニング, 必要な介護などの社会的な側面等の, 生活機能を包括的に評価するものである.CGAは記述的な内容をスコアで表現する. 使用する方法は, 妥当性, 信頼性, 感度, 特異度, 変化に対する反応性, 使いやすさなどの条件を満足するものでなければならない. 主たる対象は虚弱高齢者で, 個体もコミュニティも対象となる. チーム医療の取り組みを要し, 評価の結果は個別的に適正なケア計画となって実施に移される.評価法は様々であり, 英米でその発展がみられているが, ここでは英国老年医学会とロンドン医師会とが共同して刊行した標準化スケールを紹介した. CGAの効果は入院で大きく, 外来, 在宅では低い傾向があるといわれてきたが, それは適切なケア計画の作成と実施に問題があるためである. しかし最近では在宅CGAが積極的に施行される傾向があり, 入院頻度の減少, 入院日数の低下, 施設入所の減少, 生活の質QOLの向上などの面でよい成績が上げられている. また, うっ血性心不全など, 個々の疾患に固有の評価をすることによって, 高齢者の慢性疾患の長期在宅ケアの改善が得られている. 我が国ではこうした面の医療ケアが等閑となっている傾向があり, 今後の発展が望まれる.
著者
山田 明弘 土井 貴明 小國 孝 川本 龍一
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.36, no.11, pp.817-821, 1999-11-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
11

下垂体卒中は, 発症の誘因が不明のことが多い. 今回, 老年者下垂体腺腫において, 感冒症状から腺腫内出血を引き起こした1例を経験したので報告する.症例は, 74歳, 女性. 1997年6月19日より発熱, 眉間から前頭部にかけての頭痛を訴え, 嘔気を自覚し, 嘔吐を認めた. 近医にて感冒の診断で内服加療されたが症状は軽快せず, 食思不振も自覚するため, 精査加療目的で6月21日当科入院となった.入院時の神経学的所見では, 瞳孔は左眼は散瞳し, 対光反射は左眼は消失, 右眼は遅延していた. 彼女は両眼とも上転が困難であった. 入院時検査所見では白血球は6,700/μl, CRP 16.2mg/dl, 腰椎穿刺では総蛋白97mg/dl, 総細胞数82/μlでリンパ球が主体であった. 臨床症状と腰椎穿刺の所見より当初は中枢神経のウイルス感染症と診断しγ-グロブリンを投与した. 第16病日より動眼神経麻痺の症状である左眼瞼下垂と複視を約2週間認めたが, 経過観察で神経症状は改善した. 第23病日のMRI像から下垂体卒中が強く疑われた. 下垂体腺腫内の血腫が吸収され, 圧迫により麻痺していた動眼神経機能は改善されたと推察できた. 第71病日に施行した Hardy 手術時の摘出標本の組織所見から下垂体卒中の確診に至った.高齢者で, 頑固な頭痛と嘔気, 嘔吐, 発熱に加え外眼筋麻痺の症状を認めた場合には, 下垂体卒中の発症を鑑別に加える必要があり, この疾患を病初期に診断するのは難しいと考えられた.
著者
鴨川 賢二 冨永 佳代 岡本 憲省 奥田 文悟
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.126-131, 2006-01-25 (Released:2011-03-02)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

今回我々は短期間に6例の手口感覚症候群を経験したのでその臨床像と責任病巣について検討した. 年齢は56~90歳で, 男性4例, 女性2例であった. 発症から受診までの時間は当日受診が3例, 翌日2例, 5日目1例であった. 感覚障害の分布は全例とも手口型で, 自覚的感覚障害は全例でみられ, 他覚的感覚障害は4例でみられた. 自覚的しびれの身体部位は表在覚低下部位よりも広い傾向があった. 随伴症状は3例でみられ, 失調性不全片麻痺, 不全片麻痺, 巧緻運動障害, 構音障害であった. 全例とも視床近傍の梗塞 (5例はラクナ梗塞, 1例は branch atheromatous disease) により発症し, 責任病巣は後腹側核群 (4例), 視床枕・内側膝状体近傍 (1例), 視床後腹側部・内包後脚・放線冠 (1例) であった. 3例で無症候性脳梗塞がみられた. 危険因子は高脂血症, 高血圧, 糖尿病, 頸動脈硬化, 喫煙, 多血症であった. 予後は1例でのみ自覚的感覚障害が消失したが, 残りの5例では感覚障害や麻痺が残存した. 手口感覚症候群は主として視床の後腹側核群の病変により生じるが, 上行性感覚線維の障害によっても発症することが示唆された. 初発症状は軽症であるが, 運動障害を合併する例もあるため早期の診断, 治療が必要である.
著者
大西 玲子 藤井 弘二 津田 博子 今井 克己
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.49, no.6, pp.746-751, 2012 (Released:2013-07-24)
参考文献数
19

目的:栄養評価に必須である体重測定において,寝たきりの要介護高齢者では,ベッド式体重計や吊り下げ式体重計等特別な装置が必要となる.また在宅の高齢者では体重の計測そのものが困難であることが多い.そこで,身体計測値から体重推定式の算出を試みた.方法:対象者は要介護病棟・長期療養病棟に入院している患者のうち,同意を得られた74歳以上の要介護度4~5の165名(男性33名,女性132名)である.身体計測項目は,身長,体重,上腕周囲長,上腕三頭筋皮下脂肪厚,肩甲骨下部皮下脂肪厚,下腿周囲長,腹囲とした.結果:体重と各身体計測値および年齢との相関関係を検討したところ,男性では腹囲(r=0.891,p<0.0001),年齢(r=0.779,p<0.0001),下腿周囲長(r=0.614,p<0.0001)の順に,女性では腹囲(0.806,p<0.0001),上腕三頭筋皮下脂肪厚(r=0.723,p<0.0001),上腕周囲長(r=0.662,p<0.0001)の順に体重と強く相関することが分かった.重回帰分析により求めた体重推定式は男性では体重=0.660×腹囲(cm)+0.702×下腿周囲長(cm)+0.096×年齢(歳)-26.917(R2=0.862,p<0.001),女性では体重=0.315×腹囲(cm)+0.684×上腕周囲長(cm)+0.183×身長(cm)-28.788(R2=0.836,p<0.001)となった.結論:男性では体重の約86%,女性では約84%を説明できる推定精度の高い推定式が作成できた.男女ともに腹囲が独立変数として選択されたことから,内臓脂肪蓄積の指標として使用されている腹囲は,寝たきり要介護高齢者の体重を推定するうえで有効な身体計測項目と考えられた.
著者
村田 成子 入来 正躬
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.157-163, 1974-05-31 (Released:2009-11-24)
参考文献数
19
被引用文献数
7 7

老人では暑さに対する反応より, 寒冷に対する反応がより顕著に障害され, その体温調節反応の特長は, 外来刺激感受性の鈍化から招来される反応発現の遅延であるとされている. しかし, この様な老人の体温調節反応を特長づける調節機構についての詳細な検討はなされていない.一方皮膚感覚については, 感覚点の分布密度が, 温点, 冷点, 痛点, 圧点などについて1920年代に詳細に検討されているが, その後は皮膚感覚についての研究は, 閾値の問題, 感覚神経の電気生理学的検討などが主な問題点とされて来ている. 皮膚感覚の加齢による変化についても, 痛覚閾値の変化などを検討した報告はあるが, 皮膚の感覚点の問題を検討した報告はみられない.老人の体温調節機構を解明して行く最初の試みとして, 老人の外来刺激感受性の鈍化に当然予想される皮膚自身での感覚受容の変化が, 皮膚感覚点頻度の増減の問題として把握し得る面があるか否かを検討するため, 平均年齢73±4歳の老人グループ30名と平均年齢26±5歳のコントロールグループ20名につき, それぞれ身体8ヵ所で冷点及び痛点の頻度を測定した. 得られた結果は次の通りである.1) 老人グループのコントロールグループに対する冷点及び痛点の頻度の減少は, 1ヵ所の痛点を除きすべて有意であった.2) 冷点の頻度は, 躯幹部で高く, 四肢末梢部で低い. 老人グループでは下腿部および足甲部で冷点の頻度の減少が大きい.3) 痛点の頻度の部位の差及び老人グループでの減少の部位の差は, 冷点ほど著明でないが足甲部はコントロールグループで痛点の頻度が低く, かつ老人での減少も顕著であった.
著者
入來 正躬 田中 正敏
出版者
The Japan Geriatrics Society
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.23, no.6, pp.579-587, 1986
被引用文献数
1

偶発性低体温症 accidental hypothermia の日本における現況を把握するため, 昭和58, 59年度に, 北海道, 青森, 岩手, 山形, 新潟, 東京, 神奈川, 山梨の8地区を選び, アンケート調査を行った. アンケート発送数5743通, 回答数1697通, 症例数74例であった. 症例の中から, 発見時生存例30例について検討し, 次の結果を得た. 30例中改善21例, 不変2例, 死亡7例であった. 60歳以上8例中改善5例, 不変2例, 死亡1例であった.<br>1. 発症の状況<br>年齢: 60歳以上は30例中8例で26.7%を占める. 人口比から比べ老人に起こりやすいと言えよう. 性別: 若齢で男性に多く, 加齢とともに女性の占める割合が増す. 60歳以上では8例中7例が女性であった. 環境温度条件: 屋外での発症15例中13例は雪, 雨, 池に落ちるなど湿った状態で起こった. 屋内での発症は15例であった. 60歳以上の発症は1例を除き7例が屋内であった.<br>2. 発症の原因<br>事故と遭難13例, 酩酊7例, 自殺企図と疾病10例であった. 60歳以上では事故1例を除き他の例は何らかの疾患と関連していた.<br>3. 発見時の所見<br>発見時体温: 全例20℃以上であった. 20℃以上で改善例がみられた. 60歳以上の発見時体温は全例30℃以上であった. 意識: 30℃以下の全例で, また死亡例全例で意識が異常であった. 循環機能 (脈拍数と血圧): 35℃以下で血圧低下例や徐脈例が報告され, 25℃以下では全例で強い血圧低下と徐脈が報告された.<br>4. 処置<br>保温, 輸液, 呼吸確保が主な治療法として併用されている. 保温には電気毛布 (+湯たんぽ), 温水ブランケットなどが使用されている.<br>5. 合併症, 予後: 合併症は4例で報告された. 改善例21例では退院まで1週以内の退院9例, 1~3週3例, 3週以上7例, 不明2例であった. 死亡例では8例中7例が10日以内に死亡した. 60歳以上では退院までの期間が長い.
著者
大野 洋美 須藤 元喜 小山 貴夫 矢田 幸博 土屋 秀一
出版者
The Japan Geriatrics Society
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.45, no.6, pp.627-633, 2008-11-25
被引用文献数
1

<b>目的</b>:高齢者の静的および動的姿勢制御の特性を明らかにするために,高齢者と若年者の安静立位時·動作時·動作後静止立位時の重心動揺を測定し比較検討を行った.今回は動的平衡能力を測定する際の動作として,排泄時の衣服の着脱動作に着目し,パンツ型オムツはき上げ動作時の重心動揺の比較を行った.その際はきやすさを調節したオムツを使用し,動作負荷を変化させたときの姿勢制御特性の調査を行った.<b>方法</b>:評価サンプルには,はきやすさを調整するために,お腹周り全体の収縮率を低応力から高応力まで5段階に操作したパンツ型オムツを用意した.被験者には最初に,開眼および閉眼立位状態で重心動揺の測定を行い,その後,重心動揺プレート上でオムツおよび下着を装着し,動作時および動作後静止立位時の重心動揺を測定した.さらにその後,はきやすさに関する主観的評価を行った.<b>結果</b>:安静立位時の重心動揺は,開眼時·閉眼時ともに高齢者群の方が若年者群よりも大きくなる傾向が見られたが有意差は認められなかった.また,はき上げ動作時では,はきやすいオムツを履くときの重心動揺の大きさは両群で同等であるが,はきにくいオムツを履いた時に,高齢者群で揺れが顕著に増大した.さらに動作後の静止立位時においても,高齢者群でのみ,はきにくいオムツを履いた後に重心動揺の増大が継続するという現象がみられた.<b>結論</b>:静的姿勢制御能力が低下していない健常な高齢者においても,動作時には動作の負荷に相関して重心動揺が増加する,つまり動的姿勢制御が低下することが明らかになった.さらに高齢者では動的姿勢制御相がその後の静的姿勢制御能力にも影響を及ぼし,機能を低下させる可能性が示唆された.転倒防止の観点から,介護者は明らかな身体能力低下がみられない高齢者に対しても,動作時および動作後の動向に注意を向けることが必要だと考えられた.<br>
著者
揖場 和子 川崎 勲 山本 秀樹 魚井 孝悦 木下 迪男
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.36, no.5, pp.365-368, 1999-05-25 (Released:2009-11-24)
参考文献数
7
被引用文献数
2 1

銅を含まない濃厚流動食を経鼻にて数年間投与され血清銅の著減を示した三症例のうち二症例が白血球減少を合併した. 銅を豊富に含む流動食に変更後, 血清銅は正常範囲に上昇し, 白血球数は正常化した. その結果, 白血球減少が銅の欠乏による可能性が高いと考えられた. 経口摂取不可の寝たきり症例はチューブによる強制的な栄養に依存する. 管理栄養下ではカロリーだけでなく, 銅をはじめとする微量元素の内容にも配慮することが重要である.