著者
富松 宏太
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

Ge(001)表面にIV族元素X蒸着すると、XとGeからなる二量体(X-Geダイマー)が表面に形成される。平成19年度までの研究で、走査トンネル顕微鏡(STM)探針からのキャリア(電子・正孔)注入により、Sn-Geダイマーの表面からの傾斜を反転できることを明らかにした。さらに、STMで電子定在波を測定することにより、Sn-Geダイマーによる表面一次元電子の散乱を明らかにした。当該年度は、(i)X-Geダイマーの散乱ポデンシャルの形成機構と(ii)キャリアによるダイマー傾斜の反転機構を解明する目的で、Si-Geダイマーを作成し、Sn-Geダイマーの結果との比較を行った。実際にSi-Geダイマーは作成可能であり、これらのダイマー傾斜もSTMで反転できる。我々は、電子定在波をSTM測定し、電子伝導経路にX元素が位置するダイマー傾斜において、Si-GeダイマーとSn-Geダイマーが逆符号(引力または斥力)の散乱ポテンシャルを形成することを示した。さらに、清華大学(北京)の理論グループとの協同研究により測定結果を理論検証し、散乱ポテンシャルは伝導経路にある元素の原子軌道エネルギーから説明されることを見出した。これらの研究成果は、学術誌(Physical Review B誌)および国内外の学術会議で論文発表した。国際会議(ISSS5)において招待講演発表も行った。また、我々は、Si-Geダイマー・Sn-Geダイマーの傾斜反転に必要な電子エネルギーをSTMで精密測定した。上述の清華大学の理論グループと協同して、測定した電子エネルギーは表面周期欠陥の局在電子状態によって特徴付けられていることを示した。これらの実験・理論結果に基づき、ダイマーの傾斜反転は、「共鳴散乱」と呼ばれる電子の非弾性散乱過程により誘起されていることを解明した。一連の研究成果は、学術誌(Surface Science誌)で論文発表を行った。
著者
広瀬 茂男 PAULO Cesar Debenest
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

2006年の11月から2007年の1月の間、我々のロボットは、カンボジアでテストを行った。カンボジアの組織CMACが、シュリムアップ近くの実験場を供給してくれた。ここでは、位置の認識できるところ(キャリブレーション地区)と位置のわかっていない地区(テスト地区)とに地雷が埋められていた。クロアチアとの実験とは異なり、我々自身ではロボットは使用せず、現地作業員に操作方法を教え、我々は技術的問題の補助を行った。トレーニングの期間、我々の部隊は、キャリブレーション地区でテストを行い、ソフトと機構上の調整をおこなった。クロアチアでの実験以降に改良した点は、ペンキとプラスチック円盤を用いたマーキング機構を追加したところであり、両者とも良好に動いた。GPSデータを用いた地図座標の取り入れ機構も導入し、1cmの精度で計測できた。操作者と評価者の為のユーザーインタフェースの改良も行った。言語の違いとコンピュータ操作の不足があったが、現地作業員は、操作手順を早く習得し、簡単な問題点は、自分達で解決することができた。カンボジアでは、2つのロボットを同時に操作させる事も行った。それぞれのロボットは、金属探知機および、GPRを装備した二種類がある。マーキングも別々のものを装備した。第一次実験の結果から、金属探知機のみを装置したロボットが人間作業者よりも早く作業をすることができた。地雷を間違って認識することは特別な状況以外はなかった。金属探知機を、GPR機を装備したロボットはGPRの検出速度の制限からスピードは、はるかに遅かった。また地雷検出能力も高くはなかった。GPRデータは、岩石等と地雷を判別する事ができなかった。我々は現在、核磁気共鳴型装置を用いたセンサーで火薬そのものを検出するセンサーを開発中である。センサーは、今迄のものよりもはるかに重いため、新しいマニュピュレーターを作る必要がある。現在、その実験は大阪大学にて実施している途中である。
著者
嶋田 義皓
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究はマルチフェロイクスやキラル磁性体などの時間反転対称性と空間反転対称性が同時に破れた系においてのみ発現する「光学的電気磁気効果(Optical Magneto-electric ; OME)効果」および「磁気カイラル効果」の微視的メカニズムを明らかにし、機能効率の向上やデバイス応用に向けた新しい物質設計の指針を提示することを目的とする。このような時間・空間反転対称性が同時に破れる系として、強誘電体に磁性を担う希土類イオンを添加する手法がOME効果の観測に有効であるという前年度の研究成果をもとに、今年度は希土類サイトを有する強誘電性結晶について同一結晶場環境下での希土類依存性や同一希土類での結晶場依存性、遷移の振動子強度依存性などに注目して研究を進めた。前年度までに研究を行った強誘電性チタン酸化物La2Ti207と同様の結晶構造を有する強誘電性Nd2Ti207に注目し、Nd3+の4f-4f遷移による吸収におけるOME効果の検証を磁場変調吸収測定によって行った。Nd3+は反転中心のない結晶場環塊におかれk⊥H⊥Pの配置でOME効果に起因する非相反的方向二色性が生じると予想された。前年度までに研究を行った発光における方向二色性と本年度行った吸収における方向二色性は本質的には同じ2次のOME効果を起源とする非相反的光学応答を観測している。しかし、吸収測定では励起準位の占有率の影響が無いため、多くの状態へのff遷移が観測可能である点で発光とは大きく異なっており、全てのAサイトがNd3+で占められているNd2Ti207結晶を用いることで、初めて各遷移間での系統的な強度の吸収スペクトルにはNd3+のff遷移による構造が多く見られ、Judd-Ofelt理論による9つの励起状態について定量的にアサインを行った。磁場変調スペクトルには吸収スペクトルの構造に対応して、多くの構造が見られ、発光での測定同様、電気分極の反転にともなう磁場変調スペクトルの符号反転によってファラデー効果と区別でき、得られた磁場変調スペクトルがOME効果によるものであることを確認した。磁場変調スペクトルの積分強度から見積もったOME効果による振動子強度の移送量と、電気双極子(E1)・磁気双極子(M1)遷移の振動子強度の半経験的な計算値を比較することで、OME効果の微視的起源がE1遷移とM1遷移の干渉にあることを半定量的に裏付けた。実験によって得られた振動子強度移送量と計算によって得られた量では、結晶場分裂した励起状態に関する和のとりかたが、前者と後者では異なっていることに起因して、20倍もの違いが生じており、両者の相関はあきらかであるにせよ、定量的な比較は困難であった。
著者
廣野 喜幸 KIM SungKhum KIM SungKhun
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

19世紀以降、東アジア(中国・朝鮮・日本)に西洋近代医学が大規模に移植された。こうした移植に対する反応は各国様々であった。本研究では、そうした反応の差異を、特に日本と朝鮮に焦点を絞って検討した。西洋医学の大量移入に対して、当時、朝鮮の伝統医学者たちがとった態度は、大きく三つに分類できよう。(1)積極的導入派は、伝統医学の理論的な基盤であった陰陽説と五行説を厳しく批判した。(2)折衷派は、伝統医学の主な概念は西洋医学の言葉で翻訳できるし、二つの医学の間には疎通の可能性が残されていると考えた。(3)否定派は、身体に対する西洋近代医学の暴力性(侵襲性の高さ)に注目し、その限界を指摘した。近代朝鮮の医学システムの変化と比べると、日本の医学システムは遥かにドラスティックな形で転換した。近代日本は、江戸時代以来の伝統医学システムをほぼ廃止し、西洋近代医学に基づく新しい医学的システムを構築した。つまり、圧倒的大多数が積極的導入を支持した。また、その過程で近代日本は、朝鮮における医学システムの変化を促した直接的な介入者として機能することになる。われわれは、当時の朝鮮伝統医学がもっていた限界および可能性を、先の三つのグループに見出した。また、このような朝鮮の伝統医学者たちの理論は、日本による朝鮮植民地化以降、政治的な抵抗運動の理論と結合しながら、さらに精密化していくことになった。19世紀以降、東アジアの伝統科学はほとんど西洋近代科学に置き換えられた。しかし、そのなかでも伝統医学のみは、現在も現場の医療として臨床的成果を挙げている。東洋の伝統医学と西洋近代医学との衝突の中で起きた理論的境界に迫ることで、伝統医学のみならず、東アジア伝統科学の真相を再認識する手がかりを得ることができた。
著者
植原 亮
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年度は、研究課題である認識論(知識の哲学)に関わる学術論文一本が学会誌に掲載され、もう一本もまた雑誌に掲載予定であるという点で、目に見える成果を十分にあげることができた。具体的な内容に即して述べるならば、まず第一に、懐疑論的な議論を知識に関する一種の反実在論(あるいは認識論的ニヒリズム)として捉えたうえで、知識を自然種であるとする立場(知識の自然種論)からそうした反実在論を批判し、知識の自然種論という立場がさちに多くの認識論上の問題を解決しうる豊かなリサーチプログラムであるということを論じた。そして、第二に、直観の認識論的な身分に関わる問題に関して、反省的均衡の方法論的妥当性をめぐる議論においてそれがどのように位置づけられるのかを明確に示し、「認知的分業」の観点からこの問題を解決するという提案を行った。すなわち、直観や理論的枠組みは、おおよそ生得的・文化的バイアスによって個人や集団ごとに大きな偏倚を示すものであるが、にもかかわらず認知が個入に閉じるのではなく共同的営為である限りにおいて、認知ないしは探究は、全体としては十分と言えるような合理性を発揮することができるのだ、ということを明らかにしたわけである。上述の知識の自然種論からはまた、生物種や人工物に関する存在論的あるいは科学哲学的問題を引き出すことができたので、これに関する研究も進行中である。
著者
坂部 沙織
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

H5N1インフルエンザウイルスのサイトカイン誘導能の解析背景H5N1ウィルスによるヒトへの感染・死亡例は、依然増加している。その死因は、高サイトカイン血症であると考えられている。また、高サイトカイン血症には、肺胞マクロファージが大きな役割を担っていると考えられている。方法ヒト末梢血由来マクロファージに、様々なH5N1ウイルスおよび、コントロールとして、季節性インフルエンザウイルスを感染させ、ウイルスの増殖性と48種類のサイトカイン・ケモカイン放出量を調べた。さらに、高サイトカイン誘導能を示すH5N1ウイルス株と、低サイトカイン誘導能を示すH5N1ウイルス株で、遺伝子組み替えウイルスを作出し、サイトカイン高誘導に関わるウィルス遺伝子を同定した。結果H5N1ウイルスの中には、高いサイトカイン誘導能を示す株と、季節性ウイルスとあまり変わらないサイトカイン誘導能を示す株があることがわかった。また、増殖性に関しても、季節性ウイルスとH5N1ウイルスとで大きな差は認められなかった。さらに、組み替えウイルスを用いた実験から、H5N1ウイルスの、ヒトマクロファージにおける高サイトカイン誘導には、PA遺伝子が関与していることが明らかになった。H5N1ウイルスがヒトに対して高い病原性を示す原因は、未だ明らかになっておらず、PA遺伝子が何らかの役割を果たしていることが示唆された。今後、メカニズムを解明していきたい。
著者
喜田 宏 MWEENE Aaron Simanyengwe
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

新型インフルエンザウイルスの出現には渡りガモ、家禽およびブタが重要な役割を果す。研究代表者はヒトと家畜・家禽に発生、流行するインフルエンザを予防・制圧するため、地球規模で動物インフルエンザの疫学調査を実施している。研究分担者を疫学調査に参画させるとともに、ウイルス学・分子生物学的解析法ならびに動物実験法を習得せしめ、グローバルな疫学調査網のカウンターパートとして養成することを目的とする。研究分担者は調査で分離されるウイルス株の遺伝子を解析し、インフルエンザウイルスの宿主域の分子基盤を明らかにする。研究代表者および研究分担者らが国内で実施した調査における渡りガモおよび家禽からの糞便およびブタ鼻腔拭い液を発育鶏卵あるいはMDCK細胞を用いてインフルエンザウイルスの分離を試みた。本年度、渡りガモからは69株の様々な亜型のインフルエンザウイルスが分離された。分離されたウイルスの亜型、卵での増殖能などの情報を基に、ワクチンおよび診断用抗原として適切な候補株を系統的に保存した。現在この系統保存は135通り中101通りまで完成している。また、2004年1月から発生した国内における高病原性鳥インフルエンザの発生の原因ウイルスであるA/chicken/Yamaguchi/7/04(H5N1)の抗原解析、遺伝子解析を行い、今回の流行に有効なワクチン候補株の選抜を行った。また研究分担者は、インフルエンザウイルスの高感度迅速診断法を確立するために、インフルエンザウイルスNS1蛋白に対するモノクローナル抗体を作出した。これらのモノクローナル抗体は、抗体作成時に免疫原とした組換えNS1蛋白およびインフルエンザウイルス感染細胞中のNS1蛋白を高感度で検出できることがわかった。このモノクローナル抗体を用いた迅速診断キット試作品が完成し、ウイルス感染細胞におけるNS1蛋白の検出時期を本キットで調べた。現在A/chicken/Yamaguchi/7/04(H5N1)を感染させた鳥類の材料を用いて、本診断キットの有効性を評価中である。
著者
辻 由希
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は、1990年代以降の日本の政治経済改革の文脈の中で政治課題となったケアや家族関連の政策形成過程における議論と、その文脈において注目を浴びた女性の代表/表象実践を、ジェンダーの視点から分析することである。2010年度は、児童虐待防止法の制定および改正過程、ドメスティック・バイオレンス防止法の制定および改正過程、および教育基本法の改正過程に関する資料を収集した。本研究では、これらの資料を言説政治という観点から分析することを通じて、政策過程における対立軸を明らかにし、その中で政治アクターによって提示された家族像を析出することを試みた。本研究の結果、1990年代以降の日本政治の展開に関して以下のような特徴がみられることが分かった。第一に、1990年代以降の日本政治の主要争点の一つとして、ジェンダー平等が存在する。90年代以降の日本では、男女の性別役割分業の改革や「男らしさ」「女らしさ」といったジェンダー規範の変容が政治的課題となり、それらの争点をめぐる政治的対立、すなわち「ジェンダー政治」が展開されてきた。第二に、ケアや家族にかかわる政策過程の横断的分析の結果、いくつかの異なる「家族」像が提示されていることが明らかになった。本研究ではそれを、家族責任の軽減・拡大と性別役割分業の維持・改革という二つの軸に沿って四つに分類し、日本のジェンダー政治における対立軸を明らかにした。第三に、以上のような政治的対立の中で、女性の政治的代表の代表/表象戦略は変容をみせている。女性の衆議院選挙候補者は、1990年代後半には男女共同参画社会の実現という政治課題と結び付けて女性の政治社会参加の必要性を強調する戦略をとることが多かったが、2000年代に入り、「子ども」や少子化対策に重点を置くことが増えてきている。
著者
有光 敏彦 JIZBA Petr
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

特に力を入れてこの1年研究したものは,レニー情報エントロピーの物理的な基礎付けとそれに関連する重要な問題である[1-3]。最近盛んに議論されているレニー統計に関わる問題に,種々の定量的な観点を提供した.論文[1]では,観測可能性の問題とそれと密接に関わっているレニー・エントロピー(RE)の安定性の議論を行った。REを観測不可能としてしまう条件(レッシェの観測可能条件)はあまりに狭すぎ,実際,多くの標準的な物理量(例えば,感受率,相関長,自由エネルギー)がレッシェ条件を満たさないことになってしまうことを示した。その上で,「これらの臨界点を持つ物理量は,状態空間中の臨界点ではそめ寄与の測度がゼロである」とする,より直感的な観測可能概念を提供した。REの場合,状態空間はすべての可能な統計で構成された空間であり,その測度はバータチャリヤ測度である。臨界点(つまり,分布そのもの)が(超)希少事象に対応し,実際その測度がゼロであることを証明した。「ハゲドロン相転移が自然界に存在するか」,また「ハゲドロン臨界温度が現実的(観測可能)な量か」という現在盛んに議論されている問題にとって,REの観測可能性はたいへん本賛的で重要なものである。論文[2,3]では,繰込みの問題を扱った。そこでは,独立な情報の加法性と平均の準線形性を満たすミニマル繰込みの処方を堤供した。得られたREは,発散に関わるカルバック・リブラー測度(ネゲントロピーとも呼ばれる)そのものであることを直接示すことができた。エントロピー指数αの物理的な意味を知るために,マルティフラクタル構造を持つ系を調べた。このような系はたいへん重要で,しかも非常に多数の例が存在する。乱流,パーコレーション,集団拡散系,DNA列,財政,ストリング理論などがその例である。ヴィルダー・スティルテュス再構成理論を利用して,(マルティ)フラクタル系の「完全」な情報を得るためには,すべてのオーダーのREを知る必夢があることを示した。さらに,離散的事象や単純な測度空間(例えば,D^d)に対しては,シャノン・エントロピーの寄与が他のREの寄与を凌駕していることを証明した。マルティフラクタル上でシャノン・エントロピーを最大化することは,マルティフラクタル構造を陽に引き合いに出さずにREを直接最大化するとこと同等であることを,最大エントロピー(MaxEnt)の観点から示すことにも成功した。