著者
岩下 誠
出版者
青山学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

1資料・史料蒐集と読解:平成21年3月より翌22年3月まで一年間にわたってバーミンガム大学において在外研究に従事し、Lambeth Palace Library等を始め複数の図書館や地方文書館を訪れて史料調査を行う傍ら、バーミンガム大学のデジタル・アーカイヴズを駆使して史料蒐集と整理を行った。現時点で、21年度に蒐集した史料の5割程度の読解を完了した。2研究論文の執筆その他:今井康雄編『教育思想史』(有斐閣、2009年)にジョン・ロックの教育思想に関する論文を寄稿した。また、サラ・トリマーの教育活動に関する論文を21年7月に脱稿した。これは、Malcolm Dick and Jane Martin(ed.), Recovered from Hisrory : Women, Children and Education in the Eighteenth Century(Brewin Books, 2010)に掲載予定である。さらに、国教会系の民衆教育団体である国民協会の設立に関する論文を脱稿した(平成22年4月に、History of Education Society(UK)に投稿予定)。3学会発表その他:ユトレヒトで行われた国際教育史学会、イギリス・シェフィールドで行われた教育史学会をはじめ、複数の学会や研究会に参加し、内外の研究者と交流した。また、平成21年12月には、バーミンガム大学において国民協会の設立に関する口頭発表を、DOMUS Seminarで行った。4研究成果の意義と重要性:ロックに関する論文は、ロック思想を重商主義国家の統治技術として読解したものであり、本研究の思想史的側面の一部をなす。トリマー論文は2007年に発表した論文の英訳であるが、在外研究中に蒐集した一次史料を加えてより実証性を高めた。国民協会に関する報告および論文は、国民協会成立における国教徒内部の葛藤と調整の存在を明らかにし、19世紀初頭における国制変化の一部として国民協会の設立を理解する視座を示したものであり、このテーマに関する内外初の研究としてオリジナリティを有するものであると同時に、本研究の中核をなす成果であると確信している。
著者
奥野 拓也
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

本年度は昨年度まで用いてきたNiFe多結晶試料に加えCoNbZrアモルファス合金試料を用いて磁気渦中心の垂直磁化(吹き出し磁化)の磁気的性質を調べ、ブロッホポイント(BP)と呼ばれる原子サイズの磁気構造が関係する磁化反転過程CoNbZrはNiFeと同様磁気異方性が無視できるほど小さく、NiFeと比べ構造のみが違う(多結晶とアモルファス)系であると考えられる。まず膜厚60nmのCoNbZrアモルファス膜を直径450mmの円盤状ドットに加工し、CoNbZrアモルファス膜における吹き出し磁化の反転磁場を測定した。その結果、NiFe試料と比較して、反転磁場値はほぼ同じであった。両者の飽和磁化はほぼ等しく、反転磁場値は飽和磁化に依存することが示唆される。一方、反転磁場分布はCoNbZr試料の方が明らかに小さくなり、反転磁場分布が膜質によって大きく依存することがわかった。吹き出し磁化の反転過程においては原子サイズの磁気構造であるブロッホポイント(BP)が試料表面に生成し、進行すると考えられており、結晶粒界といった交換結合のミクロな分布が反転磁場分布に大きくするという以上の結果は、吹き出し磁化の反転過程がBPの生成、進行を伴うことを強く支持する。次に上記CoNbZr試料を用いて反転磁場の温度依存性を調べた。強磁性転移温度より十分低い温度領域では、反転磁場の温度依存性を調べることは、外部磁場に対するエネルギー障壁の高さの変化を調べることになる。反転磁場の温度依存性より、吹き出し磁化の磁化反転におけるエネルギー障壁の変化は外部磁場の1乗に比例することが判明し、通常の微小磁性体の3/2乗に比例する振舞いとは異なることがわかった。また、Thiavilleらがシミュレーション計算により求めたエネルギー障壁の外部磁場依存性と比較すると、実験結果との良い一致はみられなかった。シミュレーションではメッシュサイズ以下の微細磁気構造は原理的に再現できないことから、この結果は吹き出し磁化の反転に際し彼らのメッシュサイズ(2nm)以下の磁気構造、つまりBPの出現を示唆する。
著者
鈴木 健士
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、軌道自由度を有する遷移金属酸化物における磁性-誘電性-結晶構造の相関現象の観測及び解明を目的としている。特に本年度は、光学測定を通じ、スピン・軌道の秩序化に伴う電子状態の変化を明らかにする事を主な目的とした。まず、スピン-軌道が同時に秩序化するMnV_2O_4の光学反射率測定を行った。その結果、スピン-軌道が秩序化する温度以下で光学伝導度の顕著な変化が観測された。これは、隣接V間のMottギャップ励起がスピン・軌道整列に伴い変化するためであると解釈した。また、ラマン散乱測定においてもスピン・軌道整列に伴い、ピークの出現及び強度の増大が観測された。特に、低エネルギー領域(170cm^<-1>及びその倍の波数)に観測されたピークの出現については、非弾性中性子散乱の結果及びラマン散乱で観測された対称性から、磁気励起(1マグノン及び2マグノン励起)によるものと解釈した。本研究で得られた軌道・スピン結合系の励起状態に対する知見は、軌道-スピンの物理を解明する上で重要な成果となると期待できる。更に、Vが形式的に非整数価数をとるBaV_<10>O_<15>も研究対象として選んだ。この物質では、構造相転移を起こす温度において、電気抵抗率に3桁に及ぶトビを示す異常が観測されており、この転移に伴う電子構造の変化を明らかにする事は、電荷の自由度と軌道の自由度との結合を解明する上で重要な知見となる。この目的の為に、赤外領域の光学反射率測定系を立ち上げ、赤外領域から可視領域までの光学反射率測定を行った。その結果、構造相転移温度においてギャップが開き、電気抵抗率の変化が金属絶縁体転移による事が明らかになった。また、光学伝導度は異方的である事も明らかになった。更に、放射光X線回折実験によりVが三量体を形成している事を示唆する結果が得られており、これが金属絶縁体転移の起源であると考えられる。
著者
三原 真智人 AQIL Muhammad MUHAMMAD Aqil
出版者
東京農業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

GISやリモートセンシング技術を活用して、ベンガワンソロ流域における土壌侵食の原因の解明と土壌劣化の評価に取り組んだ。これまでの研究の結果、流域全面積の約36%から年間60t/haを超える深刻な土壌侵食を生じていると評価でき、特に急傾斜地での農地開発は土壌劣化を加速させることが明らかとなった。土壌劣化や土地生産性の低下を削減することを目的に、保全地域を特定するとともに、土壌・水保全対策の実施に向けて土地保全マップを作成した。この保全マップは行政機関のみならず、学校においても土壌・水保全に関する教育プログラムとして使用できる仕様とした。更に、土壌損失の低減を目指した作物残渣マルチング(土壌被覆)法の保全能を評価するために、人工降雨装置を活用してモデル実験を行った。実験の結果、マルチングを施さない試験枠からの土壌流亡量と比較して、30~40%の土壌被覆によって土壌流亡量を38%から53%程度を削減できることが明らかとなった。このマルチング法による保全対策は、現地で容易に手に入る作物残渣を活用して適用できるものであり、ベンガワンソロ流域の現地農家からも受け入れられる技術であると期待が寄せられている。土壌劣化や土地生産性の低下の削減を目的に作成された土地保全マップに基づいて、作物残渣マルチング(土壌被覆)法などの適切な保全技術を普及することで、ベンガワンソロ流域における土壌・水保全に大きく貢献するものと評価できる。併せて本研究では、リアルタイムで河川水のモニタリングに向けた情報システムの開発にも取り組んだ。このプログラムによって約94%の予測精度で24時間後までの水位予測を可能にすることに成功している。IJERD国際誌(International Journal of Environmental and Rural Development)に掲載されたこれらの研究成果に対して、優秀論文賞が「環境に配慮した持続可能な農村開発に関する国際会議」で授与されている。
著者
多和田 眞 (2008-2009) 多和田 真 (2007) 孫 淑琴 (SUN Shuqin)
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

発展途上国の二重経済について、環境政策と貿易政策がどのように協力して経済厚生を上昇させるかという課題に取り込んできた。特に発展途上国経済の特徴を代表するモデル(Harris-Todaro、1970)に環境問題を導入し、環境保護政策や貿易政策が労働移動や経済厚生にどのような影響を与えるかを分析した。また、循環資源貿易とリサイクル活動をH-Tモデルに取り込んで、貿易自由化がこの経済にどのような影響を及ぼすかも検討してきた。二重経済モデル(Harris-Todaro)についての拡張は多く見られるが、環境問題や循環資源貿易を導入した分析はそれほど多くない。本研究では生産要素は二要素として部門間移動が自由な労働と各部門に固定的な資本を考え、小国開放経済を想定する。そして、従来の研究を発展させて、労働移動のインセンティブが賃金の格差ではなく効用の格差であると考えて分析を行った。その下で工業部門の生産活動が環境汚染を引き起こし、消費者に悪影響を与えると考えて、工業部門の汚染発生率や工業部門の固定賃金水準の変化など、工業品の輸入に対する関税の賦課が労働移動や経済厚生水準にどのような影響を与えるかを考察した。結果は汚染削減技術の推進などの環境保護政策が都市失業の増加を招くが、経済厚生を上昇させるなどの結論を導出した。また、Harris-Todaroモデルに循環資源貿易とリサイクル活動を取り入れた新たな一般均衡モデルを構築し、循環資源の貿易パターンがどのような要因によるのか、循環資源の貿易自由化がこの経済にどのような影響を与えるかを検討してきた。そして、これまでの研究をまとめて、2編の論文を作成して、そのうち1本は国際誌に、もう1本は国内レフェリー誌に掲載となっている。
著者
熊田 俊吾
出版者
金沢大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は,乾燥地植林前後での炭素動態を解析・予測・評価可能な技術を開発することにある。本年度は,対象地である西オーストラリアにて炭素動態に関する調査を行うとともに,(1)林間閉鎖度と土壌炭素量の関係について解析を加え,土壌炭素量を推算するための土壌炭素動態モデルを構築した。また,(2)塩湖での温暖化ガス発生量および有機物分解速度についてまとめた。さらに,(3)対象地の塩湖を終点とする乾燥地森林生態系の炭素収支を推算するとともに,炭素動態解析のためのフレームワークを構築した。以下の点が明らかとなった。(1)林間閉鎖度と土壌炭素量の関係について調査結果と解析を加え,林間閉鎖度をパラメータとした土壌炭素量を推算するための土壌炭素動態モデルを構築した。モデルによる土壌炭素量の推算値は,林間閉鎖度と土壌炭素量の実測値の関係をよく再現した。この構築したモデルと林間閉鎖度分布を用いて研究対象地全体の土壌炭素量の推算が可能となった。(2)塩湖土壌呼吸の測定結果について解析を加え,塩湖から放出される二酸化炭素フラックスとメタンフラックスについてまとめた。解析の結果,塩湖からの温暖化ガス発生量としては,二酸化炭素がメタンよりも2~3オーダー大きいことがわかった。また,高塩分,高pH条件下にもかかわらず,塩湖での有機物分解速度は極端に遅いものではないことがわかった。(3)対象地の塩湖を終点とした乾燥地森林生態系における炭素動態解析のためのフレームワークを構築し,炭素収支を推算した。その結果,林地から年間流出する総リター量のうち約1/3が塩湖に流入すると推算され,さらに塩湖からの炭素放出量は対象地全体の総炭素放出量の約1/5を占めると推算された。提案した解析手法は,世界中に広く分布する塩湖を有する乾燥地森林生態系に対して有用であり,植林実施時の炭素固定量評価モデルへの応用に期待できる。
著者
赤間 知子
出版者
早稲田大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

生体分子において重要な光化学反応の電子的メカニズム解明のためには、大規模系の電子状態ダイナミクスを記述できる理論的手法の開発が必要である。報告者はこれまで、分割統治法を用いた大規模系のための高速化法の開発と、実時間発展形式の時間依存Hartree-Fockおよび時間依存密度汎関数理論(RT-TDHF/TDDFT)による電子ダイナミクスの記述に関する研究を行ってきた。今年度は、大規模電子状態ダイナミクスシミュレーションの実現に向けて、電子ダイナミクスに関する下記のような研究を行った。以前の報告者の研究において、ホルムアルデヒド二量体のRT-TDHF/TDDFT計算に対して短時間フーリエ変換解析を適用することにより、光誘起された分極が分子間で伝播する様子を追跡できることがわかっている。今年度はさらに研究を進め、分子間で起こる伝播の周期は分子間相互作用により生じた2つの擬縮退励起状態のエネルギー差に対応しており、励起状態と関連付けた電子ダイナミクスの解析が可能であることを明らかにした。さらに、伝播周期の距離依存性を検証することにより、分子間相互作用の主要な成分を解析した。(J.Chem.Phys.132,054104)また、これまでのRT-TDHF/TDDFT計算では主に数値グリッド基底や平面波基底が用いられており、取り扱われるエネルギー領域は価電子励起のみに限られていた。報告者は、ガウス型基底を用いたRT-TDHF/TDDFT計算のフーリエ変換解析によって、価電子励起だけでなく内殻励起に対しても周波数領域のTDHF/TDDFTの結果を再現できることを確認した。(J.Chem.Phys.132,054104)さらに、周波数領域のTDDFTで価電子励起・内殻励起ともに高精度に記述するために開発されたCV-B3LYP汎関数をRT-TDDFT計算に適用し、RT-TDDFT計算においても内殻励起を高精度に記述することに成功した(Chem.Lett.39,407)
著者
米田 剛
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

Babin-Mahalov-Nicolaenkoは1997年に「初期値が周期関数におけるNavier-Stokes方程式の時間大域解の存在」を示した.この問題に対して著者は初期値が概周期関数の場合の大域解の存在,より具体的には任意の時間区間内における滑らかな解の一意存在を示した.コリオリカとは地球の自転によって引き起こされる力のことをいい,台風などの発生原理を追求する際にはこの力は無視できない.現在,気象変動などの地球規模の流体を解析するときには,コリオリカ付きの流体方程式を扱うのが主流である.最近はコンピュータを用いたシミュレーションによる気象変動などの研究が盛んにおこなわれており,工学的な技術としても重要な方程式である.コリオリカ付きNavier-Stokes程式の非線形項は,周波数集合の相互作用を分析することでコリオリカに依存する部分と依存しない部分に分けることが出来る.Babin-Mahalov-Nicolaenkoで行われているこの分解法に対して,私は2進数に基づく作用素族を導入して計算がより見やすくなるようにした.コリオリカに依存する部分を取り除いた非線形項をもつ方程式は2次元的なので,ここではextended2D-NSという(E2DNS).その方程式の解はコリオリカに依存しない.このE2DNSが滑らかな大域解を持つということを示すのが,証明の鍵となる.そこでGiga-Inui-Mahalov-Matsuiが2005年に初めてNavier-Stokes方程式へと応用したFMO空間を使った.FMO空間とは,原点に点質量(デルタ測度)を持だない有限ラドン測度のフーリエ逆変換像全体である.私はそのFMO加空間上のmild solutionを使ってE2DNSの大域解の存在を導いた.
著者
永田 憲史
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

財産的制裁をどのような場面で利用していくべきか、どのように使い分けていくべきかを明らかにする一助とするため、個々の財産的制裁の目的について探究を行なった。第一に、アメリカ合衆国の被害弁償命令に関する立法、判例、運用及び改革提案について、前年度に引き続いて研究を行ない、犯罪者が惹起した結果を犯罪者に認識させつつ、損害の回復を行なう目的を有していることを確認した。第二に、アメリカ合衆国で利用が拡大している、刑事司法で生じる費用・手数料の犯罪者への賦課に関する立法、判例、運用及び今後の動向について研究を行ない、犯罪により生じる負担を犯罪者に認識させつつ、国庫収入の増大を図る目的が存在することを考察した。第三に、没収に関するアメリカ合衆国及びドイツの立法、判例、運用及び議論を参考にすることにより、(1)財産に関連する場面では、犯罪収益を剥奪する目的があること、(2)犯罪収益を罰金により剥奪することもあり、没収と罰金の境界線がしばしば不明確であることを確認した。第四に、罰金刑に関するアメリカ合衆国及びドイツの立法、判例、運用及び議論について研究を行ない、その日的が多岐にわたり、それゆえ、罰金額の量定の理由が分かり難くなっていることを確認した。以上から、犯罪により被害者に直接生じる被害を被害弁償命令で、刑事司法に及ぼされる負担を費用・手数料で、犯罪収益を没収でそれぞれ取り扱うこととし、それ以外の要素、すなわち犯罪態様や法秩序の侵害などだけを罰金で取り扱うことにより、どのような負担を誰に与えたのかを犯罪者にも被害者にも一般国民にも明確にすることができ、有用であると考えるに至った。
著者
植野 優
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

私は銀河系内宇宙線の起源として殻型の超新星残骸に注目している。シンクロトロンX線が超新星残骸で宇宙線が加速されている証拠となっている。しかし、知られている220個の超新星残骸のうち、10天体程度からしかシンクロトロンX線が受かっていないため、宇宙線加速が超新星残骸で普遍的に行われているかどうかがわかっていない。そこで、本研究ではシンクロトロンX線を示す超新星残骸を新たに発見することで、他の超新星残骸と何が異なるのかを明らかにし、また、シンクロトロンX線を示す超新星残骸が銀河系内に何天体程度存在するのかを推定することを行った。透過力に優れた硬X線による銀河面のサーベイであるASCA銀河面サーベイのデータを詳細に解析したところ、超新星残骸の候補を新たに、10天体発見した。この結果は、初年度や2年度目のG28.6-0.2やG32.45+0.1の発見と合わせると、電波のサーベイで見つからなかったような超新星残骸がまだ銀河面に数多く存在することを示している。さらに、これらの超新星残骸のスペクトルはX線がシンクロトロンである可能性が高いことを示している。つまり、今後のX線サーベイによってシンクロトロンX線を示す超新星残骸が数多く見つかるであろうことが分かった。また、これらの超新星残骸が電波で暗いのは、物質密度の低いところに存在していることを示唆し、そのような超新星残骸からシンクロトロンX線が検出される可能性が高いといえる。これら、超新星残骸の研究と平衡して、X線偏光測定装置を開発している。本年度は読み出し回路の完全2次元化を行った。その結果の性能評価のため、偏光度の高い放射光を用いて実験を行った。ネオンやアルゴンの検出ガスを用い、8keVや15keVのX線に対して偏光測定に成功した。今後は、増幅率の一様性の改善などを行う必要がある。
著者
松本 淳
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の知見や結論として主に4点挙げられる。第1に、選挙における候補者の政策公約について、多くの政党では同じ政党の候補者同士でも各争点に対する主張に概ねばらつきがあり、また二大政党の候補者間にみられる主張の違いの程度が選挙区によって大きく異なっている。よって、候補者の主張は選挙制度改革以降も明確に政党ごとにまとまっておらず、各選挙区での二大政党間の対立は横断的にみれば一様ではなく、政策的には二大政党化が選挙区レベルにまで浸透していないといえる。第2に、多くの選挙区では候補者間で主張の違いがありながらも、それが投票参加に影響していない。先行研究として、有権者は支持候補の当落がもたらす利益の得失差をより大きく認知するほど投票に行くとの議論や、そうした認知上の差がわが国では小さくなっているとの指摘があるが、これらを踏まえれば、候補者の議論が有権者に正確に届かず、認知上の差を生まないことが、上記結果に至る一因と考えられる。第3に、衆議院の委員会でみられる議員の主張は自らの立場を明確に示すものばかりではなく、また委員会採決の際、議員は概ね政党単位で結束して行動するため、選挙では政党内でばらつきのあった主張がこの時点で収斂をみることになる。よって、その是非は別にして、委員会審議では、選挙での候補者の主張や有権者認知の内容とは異なる事態が生じることがある。第4に、有権者が公約を認知する際に誤解が生じていること、また公約に対する有権者の信頼や関心の低下が指摘され、有権者の多数は自らの意思が国の決定に反映されていないと考えている。この背景には、上述の通り、選挙で多くの候補者の主張が曖昧か、政党ごとに収斂していないために有権者にわかりにくく、そもそも必ずしも有権者の関心に即す内容等ではないこと、また議会での上記のような行動や選挙時との主張のギャップが上記有権者意識に影響していると考えられる。
著者
大方 潤一郎 BOONTHARM Davisi
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では平成19年度に以下の4つの活動(成果)があった。1つめとして、文献レビューを実施し、既往文献の整理および要約をおこなった。2つめとして、平成19年6月に原宿において「春期・夏期」調査(フィールドリサーチ)をおこなった。具体的には、建物形態の状況調査(描写およびスケッチ)と来街者の行動観察調査を実施し、さらに東京のまちづくり専門家へのインタビュー調査も並行して実施した。3つめとして、展覧会「Made in Harajuku」を原宿現地にて平成19年6月26日〜7月2日に実施した。当展覧会への来場者とのコミュニケーションを通じて、原宿地区(特に「裏原」地区)についての解釈を深めることができた。4つめは、研究成果の公表である。学術雑誌記事「Shophouse and Thai Urbanism:Towards a software approach」において、バンコクのファッション最先端地である「Siam Square」を対象として、タイの都市様式(アーバニティ)の原理として、既成市街地の物的環境と「shophouse」(東南アジアの都市に存在する商業機能を合わせ持つ「長屋」)とについて論じた。本論ではシンガポールを比較対象とし、shophouseを主として物的環境として考慮しているシンガポールに対して、タイ・アーバニティの中では、よりソフトウェア的な存在として位置づけられている点が明らかとなった。また、書籍「Harajuku Urban Stage-Set Q&A」では、東京のファッション最先端地の1つである原宿は、物的・地理的・社会的複雑さが特徴であり、地区自身が「劇場の舞台装置」にメタファーできると捉えて「Urban Stage-Set」と名付けている。
著者
渡邊 達也
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

周氷河地形は、岩石・土壌中の水分の凍結融解作用、永久凍土の破壊や変形など寒冷地域特有のプロセスによって形成される.周氷河プロセスには気候・水文・地質条件など様々な要因が影響するため、未解決な問題が数多く残されおり、詳細な現地調査・観測が必要とされる。本研究では、代表的な周氷河地形の一つである構造土の内部構造、形成環境や変形が生じる条件を理解することを目的とし、特にローカルなスケール(同一気候条件下)で多様な構造土が形成される要因の解明を目指した。そこで、北極圏スピッツベルゲン島のスバルバール大学に長期滞在し、多様な構造土の内部構造調査や土層変形・破壊、地温、土壌水分、積雪深の観測を実施した。調査結果に基づいて、各構造土の分布と地盤・水文条件の関係や温度条件について調べた。その結果、円形土と大型多角形土の分布域では粘土含有量,飽和度,凍結構造に明瞭な違いがみられた。また、急冷による凍結クラックを形成プロセスとする大型多角形土は、円形土に比べて冬季の地温低下が著しい傾向があり、積雪深や地盤の熱的性質の違いがその分布に影響しているとみられる。また、円形土を取り巻くように発達する小型多角形土は、円形土の凍上・沈下に対応するように収縮・膨張する変形パターンを示しており、大型多角形土とは変形条件が異なる可能性が示唆された。研究経過に関して、スバルバール大学にて開催されたヨーロッパ永久凍土学会でポスター及び野外巡検コースでの発表を行った。
著者
小泉 一二三
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

現在、日本を含め北半球の温帯部には100種以上のトリカブト属が分布している。トリカブトは古来より、食中毒事故を起こす毒草としても有名であり、その葉部でも誤食すれば、嘔吐、下痢、呼吸困難などを起こし、摂取量によっては死に至る。この中毒を起こす成分は、いわゆるトリカブトアルカロイドと呼ばれ、その量はブシあるいはウズと呼ばれるトリカブトの塊根部に多量に含まれている。レペニンは1991年キンポウゲ科トリカブト属ホナガウズより単離、構造決定されたジテルペンアルカロイドである。本化合物は高度に酸素官能基化された六環性化合物であり、3つの不斉四級炭素を含んでいる。その構造の複雑さから未だに全合成は報告されていない。今回、7位の立体化学のみを利用することで四級炭素を含む全ての立体化学を制御することを目的に合成研究を開始した。その結果、分子内ディールスアルダー反応を二度用いることで、4位および8位の四級不斉中心の立体制御に成功した。残る10位の四級炭素構築に関して、ニトリルオキシドおよびニトロンの分子内環化付加反応を用いた構築を検討したが、目的とする化合物は得られなかった。その他種々検討を行い、分子内1位10位に相当する二重結合の酸素官能基化に成功し、これを足掛かりとする10位四級不斉炭素の構築への可能性を示した。
著者
古木 葉子 (鬼頭 葉子)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

社会学者ギデンズの議論とティリッヒ思想を比較検討し、社会状況におけるティリッヒ思想の役割について研究を行った。近代以降、伝統的な共同体が変化する中で、個人の行為の基準とは何か、道徳的判断について考察した。ティリッヒまたギデンズによれば、我々の時代において、近代以前の伝統的な共同体の物語や展望が揺らいでいる。そのため、個人の行為の基準や体系的認識に対する信念が個人の判断に委ねられるようになった。しかし、人間は何らかの共同体に起源を持ち、自分がどこへ向かうのかを、自らの行為によって選択していかざるを得ない存在である。ティリッヒは、個人が共同体において、何をなすべきかの基準を「道徳的命法」として提示した。道徳的命法とは、共同体において他者の人格を肯定せよ、という命令であり、その根底には宗教的次元がある。現在、個人の行為が影響を及ぼす「他者」の範囲は拡大しつつあり、この基準は、より個人の高い見識や判断を必要とする困難な問題である。また、ティリッヒの死の思想について、同時代の実存主義・実存哲学ならびに同時代のキリスト教神学における死についての考察と比較しつつ明らかにした。ティリッヒは存在論に基づく実存の分析を行う点で、ハイデガーやヤスパースとの接点を持つ。また、「私個人の死」を思惟の対象とする点で、ジャンケレヴィッチの方法とも共通する。二つ目に、ティリッヒはさらに死の向こう側について語るが、この立場は、人間から見た時間軸(過去-現在-未来)と、神の時間軸(始め-終わり)が異なるという時間概念の特徴に基づく。三つ目に、ティリッヒの死の思想に関する問題点。ティリッヒが希望を見出している「永遠」については「わからなさ」を残し、モルトマンのように今「わかる」希望を語る立場とは異なる。また実存的分析に基づく「死」は、他者や世界との関係性といった観点から捉えることは難しい。
著者
岡 明憲
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

私は、当年度において、光学的に厚い原始惑星系円盤におけるスノーラインの位置とその進化を数値計算によって求めるという研究を行った。特に、これまで円盤の温度構造に大きな影響を持つと考えられてきた氷粒子の減光による影響について調べた。まず、計算のための準備として、シリケイトと氷の2種類のダスト粒子による減光(吸収・散乱)を考慮した1+1次元の輻射輸送計算コードを開発した。この計算コードは輻射輸送方程式を高精度で解いており、世界的にもレベルの高いものである。今後、このコードを用いて様々な応用が期待される。計算の結果、スノーラインは、円盤進化初期においては中心星に向かって移動し、円盤進化後期には中心星から遠ざかっていくことが分かった。また、円盤進化初期においては、中心面の上層に生じた氷粒子の雲が中心面で発生した粘性加熱による熱エネルギーを円盤外部へ逃げにくくし(毛布効果)、中心面付近の温度を上昇させ、氷なしの場合と比べてスノーラインの位置を中心星から遠い位置に追いやることが分かった。その遠ざかる比率は円盤ガス中の水蒸気量に依存し、それを見積もるための式を導出した。本研究の成果により、これまで不明であった、氷粒子を考慮したときの現実的なスノーラインの位置の振る舞いを解明することができた。これにより、惑星形成や円盤内の化学進化などについて、より精度の高い議論がでさるようになると思われる。また、近年原始惑星系円盤において氷粒子が観測されるようになってきており、本研究で開発した計算コードを用いることによって観測における理論的サポートを行うことができた。
著者
安部 力
出版者
岐阜大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

過重力環境下飼育によって引き起こされる摂食抑制の改善過重力(3G)環境下でラットを飼育すると摂食量の低下が見られ,この原因として,前庭系を介する酔いが考えられる。実際,前庭系を破壊したラットでは,摂食量低下の改善が見られた。今回,我々はセロトニンの5-HT2A受容体に注目した。5-HT2A受容体のアンタゴニストであるketanserinは,前庭器からの入力を受ける前庭神経核の神経活動を低下させる。そこで,ketanserinを慢性投与しながら過重力環境下で飼育し,摂食量の測定を行った。Ketanserinを投与したラットでは,前庭系を破壊したラットには及ぼないものの,有意な摂食量低下の抑制がみられた。このことから,過重力環境におけるラットの摂食量低下には前庭系が関与しており,その改善にketanserinが有効であることが示唆された。起立時の動脈血圧調節における前庭系の関与起立時には,血液が下方シフトし,静脈還流量・心拍出量が低下し,その結果動脈血圧の低下が生じる。この動脈血圧の低下は圧受容器反射により緩衝され,動脈血圧は維持される。また,姿勢変化時には前庭系に入力が入る。我々は,起立によって生じる動脈血圧低下の影響を小さくするために,前庭系がフィードフォワード的に働いているのではないかと仮説を立て,自由行動下ラットの起立時の動脈血圧を測定した。圧受容器および前庭系を破壊したラットでは,圧受容器だけを破壊したラットに比べ,起立時には有意な動脈血圧の低下が見られた。また麻酔下の実験では,前庭系が正常なラットではhead-up tilt時に交感神経活動が増加し動脈血圧の低下を防いでいることがわかった。このことから,姿勢変化時の動脈血圧の調節には,前庭系が関与していることがわかった。
著者
井堀 宣子
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

テレビゲームに関する研究のメタ分析を2種類実施した.メタ分析は文献のレビューとは異なり,領域すべての研究を量的に統合することが可能な手法である.まず,テレビゲームと認知能力との関係を検討した研究についてのメタ分析についてだが,ここでは,テレビゲームが,空間認知,情報処理能力,創造性,論理性,学校成績,、言語能力などの認知能力にどのような影響をもたらしたかについて検討した研究を収集し,知見を統合することを目的とした.オンラインデータベース「PsycINFO」,「Science Direct」,、「ERIC」等を利用し,テレビゲーム(コンピュータゲームを含む)と認知能力に関するキーワードで文献を検索し,テレビゲームの使用を独立変数とし,認知能力の測定を従属変数とした研究を抽出した.このうち,メタ分析に必要な統計値が報告されていなかったり,理論的にメタ分析に使用できない統計値しか報告されていない研究は除外した.その結果,本研究で対象とした研究は,空間認知に関するものが研究,情報処理能力に関するものが2研究,学校成績に関するものが7研究,言語能力に関するものが4研究,数学的能力に関するものが3研究であった.各研究で報告されていた統計値を,メタ分析で扱う数値に変換し,効果サイズZ_<FISHER>を求めた結果,重み付けを行わなかった場合は,いずれの認知能力の効果サイズも有意ではなかったが,重み付けを行った場合では,空間認知,情報処理能力,言語能力については,正の有意な効果サイズを示し,学校成績,数学的能力については負の有意な効果サイズを示した.これらの結果から,テレビゲームの使用は空間認知,情報処理能力,言語能力については,それらの能力を向上させるのに役立つ可能性が示され,逆に,学校成績や数学的能力については,それらの能力を低下させてしまう可能性が示された.次に,テレビゲームと攻撃性との関係を検討した研究についてのメタ分析についてだが,ここでは,テレビゲームが攻撃性などにどのような影響をもたらしたか検討した日本における研究のみを収集し,実施している.攻撃性の他に,攻撃行動,向社会的行動,社会不適応,共感性などの変数に関する従属変数を扱った研究についても同時に検討している.こちらのメタ分析については現在も進行中である.
著者
二神 泰基
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

Desulfitobacterium hafniense Y51株は、還元的デハロゲナーゼ(PceA)により環境汚染物質であるテトラクロロエテン(PCE)とトリクロロエテン(TCE)をcis-ジクロロエテンへと脱塩素化する。この反応はPCEとTCEを最終電子受容体とする脱ハロゲン呼吸でエネルギー生産系と共役する。平成17〜19年度に、Y51株の継代培養後に脱塩素化能を失った2種類の株が出現することを見出し、SD株(Small Deletion)とLD株(Large Deletion)に分類した。Y51株、SD株、およびLD株のpceA遺伝子の周辺構造を解析した結果、Y51株のpce遺伝子群は2つの相同な挿入配列(ISDesp1とISDesp2)に挟まれており、複合トランスポゾンを形成していた。一方、SD株はISDesp1を欠失しており、LD株はpce遺伝子群をすべて欠失していた。次に、クロロホルム(CF)存在下でLD株が高頻度に出現する現象を見出した。本年度は、この原因が、CFがY51株のフマル酸呼吸を阻害し生育を阻害するのに対して、LD株の生育を阻害しないことにより、Y51株から自然誘発的に発生するLD株が優占種となるためであることを明らかにした。また、CFによるY51株のフマル酸呼吸の阻害は、PceAの基質であるTCE、あるいはPceA活性を阻害する2塩素化メタンの存在下では無効化された。従って、CFによる阻害効果は、Y51株でのみ発現するPceAへのCFの結合により生じると考察した。以上の研究成果は、脱ハロゲン遺伝子群の機能進化を考察する上で興味深く、また、CFとクロロエテン類の複合汚染時のバイオレメディエーションを効率よく遂行するための知見として重要である。
著者
山口 理沙
出版者
青山学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は、前年度までの展開する教育関係について、総括的活動を試みた。その詳細は以下のとおりである。前年度より試みている『利休百首』について、論文の形にまとめることができた。茶の湯において文字として残された教育論を見出す作業として、道歌をその対象とし、検討を試みた。そのうえで、課題としていた『不白筆記』に見る教育論の位置づけを試みた。茶の湯における教育が、必ずしも口伝ではなく、テキストとして残されていた事実について、見出すことができた。関連して、茶の湯におけるテキストである茶書から教育論を見出す考察について、『不白筆記』を中心に、茶書の成立から位置づけをたどることから、教育史学会において提示した。教育史学へのアプローチを用いることによって新たに明らかとなったことは、ディシプリンとしての歴史、そして資料検討の重要性を重んじたうえで、教育史研究と教育思想研究の学際的見解から教育関係としての師弟関係の研究という展開余地である。教育学からの芸道教育の研究は先学に見出すことはできるが、それは方法論への還元を急いだ傾向がある。また、芸道広域を対象とするため、ひとつの技芸からの詳細な検討は展開余地がある。対象とする近世の茶の湯の教え学びの営みを「教育」のタームで扱うことについての妥当性については、「教育」の用語の成立背景を考えるならば、慎重にならねばならない。しかしながら、教え学びの営みという共通項を抽出することで、教育学の俎上で検討を試みることは、可能と考えられる。