著者
北村 成寿
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

極域電離圏は、そこから伸びる磁力線が地球磁気圏の外側や惑星間空間に接続しており、磁力線に沿ってプラズマが流出していく。磁気圏の尾部に輸送されたプラズマは内部磁気圏のエネルギーの高いプラズマの源となるため、極域電離圏は磁気圏全体のプラズマの源として重要な領域である。あけぼの衛星、Intercosmos衛星、EISCATスバールバルレーダーのデータを用いて、地磁気静穏時の極冠域電離圏-磁気圏での電子密度分布、電子温度、イオン温度の太陽天頂角依存性を明らかにし、電離圏への日照の有無がこれらのパラメータに極めて強い影響を与えていることを明らかにした。さらに、電離圏が日照状態の場合について、過去のモデル計算でイオン流出への重要性が指摘されている光電子に着目し、FAST衛星の観測データを解析した。その結果、地磁気静穏時には磁力線に沿って電位差が存在し、電離圏から流出する光電子を減速、反射していることを観測的に示した。高高度で反射されてくる光電子のエネルギーの解析から、典型的な電位差は20V程度であり、過去のモデルによる予測よりは小さいものの、高高度に大きな電位差の存在を予測したタイプのモデルが静穏時の極冠域電離圏からのイオンの流出の描像として比較的妥当であるという結果を得た。一方、磁気嵐時のイオン流出については、あけぼの衛星が電子密度増加を観測し、ほぼ同時にPolar衛星がイオン上昇流を観測している2000年4月6日から7日にかけての同時観測データを解析し、磁気嵐中の電子密度増加の発生時に磁気圏へ流出できるエネルギーをもったイオン上昇流の見られる領域は、高度9000km付近の極域磁気圏においてはカスプから昼側極冠内に昼夜方向に10°程度も広がっていることを明らかにした。これは、磁気嵐時の磁気圏への重イオンの供給に関して、極域磁気圏においての昼側極冠域の重要性を示している。
著者
那須野 三津子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

外国において特殊教育を必要とする児童生徒の教育の機会均等化を促進するために求められる実現性のある解決策や対策を提言するため、今年度は以下の研究を行った。障害児童生徒の教育機会均等化を外国において実行可能とさせる条件を総合的に考察するために、いち早く1982年より障害のある児童生徒を受けいれ、その後も障害の種別や程度の異なる児童生徒の受け入れ体制を展開してきたシンガポール日本人学校を取りあげた。具体的には11月24日から12月5日の間にシンガポール日本人学校(クレメンティ校小学部・チャンギ校小学部・中学部)を訪問し、管理職及び養護教育担当者に養護教育の現状と課題について聞き取り調査を行った。また、プライバシーの保護を厳守することを条件に、養護教育展開の経緯を示す資料の閲覧を行った。さらに、12月から2月の間に、養護教育展開過程の経緯に記録されていない初期の時期について、当時の保護者および教育関係者を対象に聞き取り調査を実施した。その際、氏名の公表の可否について尋ねた。特殊教育のはじまりは20年ほど前に遡るため、当時の特殊教育関係者の記憶があいまいな点もあった。そのため、聞き取り調査においては、まず文書で残された記録の有無を尋ねた。(現在、執筆中)また、アメリカ合衆国と国内において他言語環境下にある障害児童生徒については、前年度の調査結果を基に、分析、比較、検討を行っている。
著者
馬見塚 拓 HANCOCK Timothy Peter
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、生命科学の様々なデータを統合し、各データの解析のみからでは得られない新たな知識発見が可能な統計的手法を構築することである。特に近年の生命科学ではグラフやネットワークで表わされるデータが増えている。そこで、事例間の類似性すなわちグラフと事例の実数値ベクトルの2つを入力とする研究課題を設定した。具体的には、事例は遺伝子に相当し、グラフは遺伝子ネットワーク、実数値ベクトルは遺伝子の発現を表す。このデータにおいて、実数値ベクトルにラベル(クラス)が与えられている状況を考え、グラフ上での、実数値ベクトル(事例)の分類問題を設定した。この問題では、事例間の類似性を情報として利用可能なことにより、実数値ベクトルにより事例を単純に分類することに較べて精度の良い分類が期待できる。加えて、どのような類似性が分類に重要かという知識発見も可能である。この問題に対し、2つの解決手法を考案した。まずマルコフモデルの混合分布に基づくモデル・学習手法を構築した。この手法は、確率モデルであるためノイズや誤差に頑健であり、生命科学データに適していると考えられる。また、人工データのみならず遺伝子ネットワークおよび遺伝子発現の実データにおいて、手法の有効性を実証した。本成果は論文にまとめ現在投稿中である。次に再帰的な分割に基づく学習手法を構築した。この手法は、決定木の学習やグラフクラスタリングに類似しており、実際、決定木の学習にグラフクラスタリングのいくつかの標準的な分割基準を導入した場合とほぼ等価である。この手法は人工データのみならず実データでの実験により評価を行いGenome Informatics誌に発表を行った。
著者
谷口 英理
出版者
東京芸術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

1.長谷川三郎に関する作品・資料調査を甲南学園長谷川三郎記念ギャラリー、宇都宮美術館で実施した。また、従来、一部しか知られていなかった長谷川三郎の写真作品の画像を収集し、データベース化を進めた。今後、この作業を進めていくことによって、長谷川という作家の全体像がより明確になるはずである。2.瑛九の油彩画とフォトデッサンに関する作品調査を、宮崎県立美術館で行った。また、愛知県立美術館の山田光春アーカイヴを調査し、瑛九に関する基礎調査を進めた。特に、戦前期の瑛九の活動に関する新たな事実の発見があった。3.山田光春のガラス絵に関する作品調査を、愛知県立美術館、宮崎県立美術館で行った。山田は、主に瑛九研究者として知られており、作家としての活動は本格的に行われてこなかった。山田のガラス絵を調査・研究することは、長谷川三郎、瑛九の制作とも関連性や1930年代後半の前衛美術の流れを再考する上で重要な意味がある。4.上記1~3の基礎調査を踏まえ、メディア環境やメディア・テクノロジーとの関わりという観点から、1920年代~50年代の日本の前衛芸術を総体的に考察した。その成果の一部は、『昭和期美術展覧会の研究』所収の論文として発表し、さらに現在も学位申請論文「近代日本の前衛芸術とメディア、テクノロジー」として発表準備を進めている(2010年度提出予定)。同様のテーマから日本の前衛芸術を考察した先行研究は、個人作家論にとどまっていたが、本研究では近代日本の視覚文化をを総体的に捉えようとしている。その意味において近代日本美術史研究に新たな視点をもたらすはずである。
著者
松原 渉
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究では,データ圧縮を単に保存領域の削減にとどまらず,処理の効率化を目指して,圧縮文字列のための文字列アルゴリズムの開発を行った.とりわけ,文字列の繰り返し構造に着目し,圧縮文字列から繰り返し構造を検出するアルゴリズムの開発を目指して研究を行った.ひとつに,繰り返し構造に込められた制約をより明確にするために,繰り返し構造から,もとの文字列を推測するという逆問題に取り組んだ.本年度は,繰り返し構造の中でも局所周期に着目して逆問題に取り組み,部分的な成果を得た.結果として,計算複雑性がアルファベットサイズに依存して変化し,アルファベットサイズに制約がない場合か,アルファベットサイズが2以下であるとき,効率良く逆問題を解くアルゴリズムを与えた.アルファベットサイズが3以上の定数である場合の計算複雑性を明らかにすることが今後の課題である.本研究の成果は,学術論文誌Discrete Applied Mathematicsの特集号に投稿済であり,査読中である.ふたつに,圧縮文字列照合について,文字列に含まれる繰り返し構造を求めるアルゴリズムの開発に取り組んだ.既存研究として,圧縮データ長をn,展開文字列長をNとしたとき,繰り返し構造の存在判定を行う0(nlogN)時間アルゴリズムが知られている.本研究では,この結果をベースとして,スクエア(2回繰り返し部分文字列)および連(極大な周期的部分文字列)の個数を求めるアルゴリズムに拡張した.この成果について,国際学会への投稿を準備している.
著者
伊原木 大祐
出版者
同志社大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

今年度は、初年度の研究から得られた成果をもとに、本研究全体の核心をなす「受肉」概念の哲学的解明に着手する段階として位置づけられる。具体的な成果は以下のとおりである。1、後期アンリによるキリスト教論の基本的な方向性を把握すべく、レヴィナスとの違いを強く意識しながら、情感性の概念に立脚した「法」批判の意義を検討した(「生の現象学による法の批判」、雑誌『理想』に掲載予定)。アンリは、いわば「ユダヤ-カント的なもの」(リオタール)への批判的立場をヘーゲルやシェーラーと共有しているが、スピノザ哲学に想を得つつ、その立揚をいっそうラディカルな内在思想によって先鋭化している。この着眼のおかげで、レヴィナス思想との錯綜した関係もかなりはっきりと捉えられるようになった。2、アンリによる受肉概念は、エロス的関係における欲望の「挫折」という問題を踏み台にして成立している。サルトル受肉論との対比によって、逆にアンリの独自性が明確になってきた。また、前年度にレヴィナスの生殖論を「生の現象学」によって基礎づける可能性を示唆したが、レヴィナスが十分に扱いえなかった「胎児」の哲学的ステイタスという問題に関して、それを極めて特殊な「有機的抵抗」の経験として厳密に内在的な観点から再理解する方途が探求された。これは、パーソン論とは大きく異なる生命倫理学的な視野を切り開くものである。3、本年度の研究目標の一つとしていた「共同体と個体の関係」の解明からは、「種的社会の展開」および「擬態としての現象」(来年度発表予定)という二つの副産物が生まれた。いずれの論考も、現代フランス現象学に固有の考え方と深い親近性をもった分析となっている。
著者
藤田 美琴 (久木元 美琴)
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

昨年度より調査してきた海外在住の日本人の保育ネットワークについて知見をまとめ,国内外の学会において報告・議論した計.この報告では,海外在住の日本人母同士の対面接触を通じた相互の情緒的サポートの様相と,特に対面接触の得られにくい海外地方圏におけるコミュニケーション・ツールの重要性が示された.これらの学会での議論をもとに英語論文を作成し,現在,海外誌『Netcom』に投稿中である.次に,子育て支援の多様化の一環として,非共働き世帯向けの子育て支援である「地域子育て支援拠点事業」を取り上げ,大都市圏と地方都市における供給状況と利用可能性について現地調査を行った.これにより,行政の関与の強さの違いが施設配置にも影響を及ぼしており,利用可能性に格差を生じさせていることが明らかとなった.さらに,非大都市圏における保育の問題をさらに考察するために,沖縄県での調査を実施した.沖縄県は,非大都市圏のなかでも多くの待機児童を抱える地域であるとともに,アメリカ統治時代の歴史的背景によって,固有の「5歳児保育問題」が生じている.こうした地域的背景から,沖縄県では,認可保育所のみならず,認可外保育所や幼稚園,学童保育といったサービスが相互に補完的な役割を果たしながら保育のシステムを形成していることが示唆された.以上の調査研究による知見を踏まえ,昨年以前に得られた知見とあわせ,地域の子育て支援のシステムに関する博士論文としてまとめた.博士論文では,大都市圏と地方圏における保育ニーズの多様化と,それに応じたサービス供給の地域的様相や利用者の生活空間,サービス供給において重要となる地域的主体の役割が明らかにされた.この博士論文によって,2010年3月に博士(学術)を取得した.なお,博士論文の内容の一部(「地方温泉観光地における長時間保育ニーズへの対応」)は,『地理学評論』に掲載された.
著者
三上 修
出版者
立教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、世界の複数の都市における鳥類群集を、文献・フィールド調査により収集し、都市に進出している鳥はどのような性質をもっているのか、さらに、都市の鳥類の種組成にはどのような特徴があるのかを明らかにすることである。この研究の背景には、群集生態学における古くからの疑問である群集の集合法則(どのような種の組み合わせで生物群集ができているのか)を明らかにするという基礎科学的側面と、都市における自然環境の保全の基礎情報とするという応用学的な側面の両方がある。前者の基礎科学的な側面に基づく研究として、都市の鳥類群集の形成において種間競争が効いているのか、中立説が成り立つのかといったことを議論した論文を作成し投稿しているが(昨年度から修正を加えている)、まだ受理に至っていない。後者の応用学的な側面については、昨年度に引き続き、都市において最も個体数が多くまた人々にとってもっとも身近な鳥類であるスズメに焦点をあてた研究を進め2つのことを論文化した。一つは、スズメが現在の速度で減少して言っても、日本版のレッドリストには入らないということを示した論文(これはスズメの減少が報道されたときにスズメが絶滅するのではないかという心配をする人がいたがそれを払しょくするためのものである)、もうひとつは、スズメがなぜ減少しているかということについて、都市部と農村部で増殖速度に違いがあるからではないかという視点のもとに行った研究である(都市部では、両親に連れ添っている巣立ちビナ数が農村部に比べ少なく、都市部で繁殖がうまくいっていない可能性が示唆された)。また、都市全体の鳥類の多様性がどのように維持されているかについて、フィールド調査を行った。このフィールド調査のデータは現在まとめ中である。
著者
荏原 小百合
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

ロシア連邦サハ共和国におけるホムス(口琴)の伝承に関する調査を行い、人と音文化の関わりについて考察するため、本年は二度サハに渡航した。当初首都と近郊、遠方都市の伝承状況の差異に注目したが、ホムス演奏は村や都市で個別に演奏される他、国内、諸外国でと多岐にわたり、ホムスを巡る人々の動向は、その個々の焦点化だけでは全体像が見えないとホムシストから助言があった。筆者の研究は多角的で実践性も多分に含んだ音を通じた人のネットワークの試みのため(調査では司会や演奏を含む参加型参与観察)、その指摘を反映した調査内容を以下に列記する。1.愛知万博でのサハ文化団のマンモスラボ開会式儀礼、ロシアパビリオンサハ週間を司会等行い参与観察(期間:05年3月18日〜4月3日)。マンモスラボ閉会式同行調査(9月30日)。2.「ヨーロッパとアジアのホムスコンサート」出演及び同行。3.共和国文化大臣と副首相に愛知万博への文化団派遣の意図聴取。4.サハ共和国国立高等音楽院ホムス講師に集中的インタビュー。本調査で明らかとなったことは、共和国政府(初代大統領が1990年代半ば日本を始とする各地に演奏家を連れて回った等)、祭り、学校、コンクール、ホムシスト、国際口琴大会、サハ語によるテレビ、ラジオ放送と広範囲のファクターが立体的・多層的に絡まり合い、現時点で観光や音楽産業と強い結びつきが無くとも、内外からその音世界が強い関心を集める世界でも稀有な状況を浮かび上がらせていることだ。この多層的に出現する音の空間が、互いに絶妙なハーモニーを奏でる現状がこの独自性を裏付ける鍵と指摘したい。また、筆者も会員の北海道標茶町塘路口琴研究会「あそう会」は、会の発足が1991年以来のサハのホムシストとの演奏交流に由来し、演奏・製作技術の創造的な場を持ち続けてきた独自性も指摘する。本成果は『季刊北方圏』131号〜134号等に反映した。
著者
風早 竜之介
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

前年度にまとめた浅間山火山における長周期地震と火山ガスの関係性に関する論文が国際雑誌[Geophysical Research Letters]に掲載された。これは火山ガスと火山性長周期地震という異なる事象を結びつけ両者の関連性について言及した非常に重要な研究成果である。またこの成果は従来は火山活動のモニタリング等にメインに用いられてきた火山ガス研究が、他の地球物理的研究とのコラボレーションにより火山内部の知見を得る手法として、火山学として新たな可能性を示している事を意味している。また、上記の火山性地震と火山ガスの関係性を用いれば、地震を伴って火山から放出されるガス量と地震を伴わずに地表に放出される火山ガスの量の長期的な吟味が可能となる。これについて評価した結果、浅間山火山にて2009年2月に発生した噴火の前後で両者の比が大きく変化し、噴火後にはより地震を発生しながらガスを噴出しやすい機構に火山内部が変化したという事が示唆された。これは長期的な火山活動推移予測評価手法として直接的に役立つ研究であり、今後他の物理観測データとの比較・議論が期待される。この成果について国際学会IUGGにて発表を行った。また、二カ月間の間海外イタリアのカターニャに渡航し、火山ガス観測装置である紫外線カメラの装置開発及びこの装置の自動化に関する実験・シミュレーション技術の開発を行った。紫外線カメラは火山学において非常に重要な観測技術である。だが、紫外線カメラ観測は天候等の影響を受けやすく、良いデータを取ることはなかなか難しい。よって、この装置を用いた定常観測環境の実現が求められるが、まだ世界的にもこの装置の自動化を実現している研究例はない。また、同じく海外イタリア・エトナ火山にて上記装置を用いた火山ガス観測を行った。海外イタリア研究機関INGVのスタッフとも積極的に火山学に関する議論を行い、セミナー発表を行った。また桜島火山における火山ガス観測の成果をまとめ、雑誌火山桜島特集号に投稿した。また、上記を含む特別研究員3年間の研究成果を東京大学にて博士論文としてまとめ、発表した。
著者
小野 文生
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、ドイツ・ロマン主義、W・ベンヤミン、J・デリダという3つの定点を設定し、これらの視角から人間の生成・変容のメカニズムとしての「ミメーシス概念」を分析すること、そして、このミメーシスという技法にかかわる思想を軸とした教育思想史を再構成しながら、新たな学習論・伝承技法を構想していくための思想的・哲学的基盤を提示することであった。当初の予定に従い、本年度は特にドイツ・ロマン主義とユダヤ思想の関連に着目しながら文献の蒐集・読解・分析を行い、神秘主義、聖書学、世紀転換期の政治神学にかかわる研究に重点をおいて進めた。具体的には、ドイツ・ロマン主義の中のユダヤ思想の影響に関して思想史的観点から文献調査し、またベンヤミンとデリダ哲学的試みに見られる神学的問題やミメーシス概念の読解・分析や彼らとかかわりのある思想(ショーレムとブーバー)について分析を加えた。また、ミメーシスの多様な側面について分析を加えるために、人類学など学際的領域における象徴や儀礼に関する研究到達点を調査・分析し、整理した。さらにドイツ短期滞在により、ドイツでの受入予定研究者だったCh・ヴルフ教授(ベルリン自由大学)と意見交換・指導を受けた。また、ヴルフ教授の共同プロジェクト「パフォーマティヴなものの諸文化」の研究員と意見交換し、国際シンポジウムに参加することで学際的・国際的なミメーシス研究の最前線を調査した。なお、年度途中での就職により以後の研究を辞退したため、全体の研究は計画通り完遂しなかった。特に18世紀のロマン主義に関する分析が比較的手薄になってしまったこと、またベンヤミンやデリダの思想が生まれてきた背景について、ミメーシスの認知科学的・心理学的側面における知の布置の変容にかんする分析は必ずしも十分に検討することができなかったことなどが課題として残された。個人的に研究自体は継続し、別の機会に論じたい。
著者
長谷 海平
出版者
東京藝術大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

本年度は映画教育に必要な実践内容を提示するために、具体的な実践から学習者の反応を記録し、その記録に対して考察を深め論文化を行った。また、映画における学習効果に関する研究を行った。映画制作を用いた教育実践を行う上で、実践者が留意しなければならない事はその実践に見込まれる学習効果である。しかしながら映画制作は基本的に協同的な作業であるため、個別の学習者について学習効果を測定する事が難しい。映画制作を用いた教育の有用性が認識されているものの、手法に多くのバリエーションが存在しないのは、この学習効果の見込みや測定の困難さが原因の一つである。つまり、学習の目的を明確にしづらいため映画を用いた教育をデザインしにくいのである。そこから、本年度は学習者が映画制作を体験学習し、その学習から受けた影響がどのようなものであるかについて作品の分析を通じて行った。そのために、映画制作内でのそれぞれの学習者の役割を明確にし、個別の学習者と作品に反映された表現の関係性が明確になるように実践を行った。分析はショット単位で行い、結果として自ら映画言語を獲得しようとする創意工夫、すなわち学習者個人の映画的な表現が見られた。映画制作を通じた教育実践には協同学習的な教育的価値、映像情報形成の仕組みを知るためのメディア・リテラシー的教育的価値などが存在し、これらの観点から学習的な意味が問われる研究が広く行われているが、本研究では映画を通じた芸術教育の可能性を提示する事ができた。
著者
SWANSON Paul MOLLE Andrea
出版者
南山大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

モッレ、アンドリア氏は平成20年度には「日本の新宗教運動と武道」をテーマに、主に以前行われたフィールドワークに基づき、データベースを作成し、研究を纏めた。訪問先やフィールドワークの対象になったものとして、名古屋大学合気道クラブ、名古屋の居合道道場、少林寺拳法名古屋東道場、合気道大阪武育会、栃木県気Society本部、東京の合気会本部道場、合気神社などである。新宗教運動として主に崇教真光を中心に研究を進めたが、綾部の大本教にもより、インタービュウーなどの研究活動をすすめた。また、インターネットやメールを通しての情報収集を行ってきた。データ(研究ノート、写真、書類、など)はNvivoによって入力・管理し、データをStOCNETによって分析をしている。また、この研究に基づき、多くの報告(著書の章、学術論文、研究報告、書評、翻訳、インターネット上の報告、など)を発表した。最後の一年間には引き続きフィールドワークを実施し、データを纏め、さらなる論文を作成し、今後の研究につなぐ準備をした。
著者
安藤 正規
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1.2002年8月〜2003年8月にかけて、大台ヶ原においてニホンジカのルーメン液を用いたin vitro培養試験を2週間×3回おこなった。すなわち、ニホンジカの主食であるミヤコザサに樹皮を5%混合した試料と、ミヤコザサ単体の試料をそれぞれ培養し、発酵過程の違いについて調べた。その結果、樹皮の5%の混合はササの消化には影響を及ぼさないことが明らかとなった。また、樹皮単体の消化率は常にササの消化率よりも低いことが明らかとなった。さらに、春(5、6月)の実験において、樹皮の消化率が負の値を取ることが多かった。これは、樹皮によるルーメン液中のタンパク質もしくは微生物の吸着を示唆していると考えられる。この結果から、樹皮はルーメン内でササとは異なる反応をし、またその反応は季節によって異なる可能性があるということが示唆された。2.2002年8月〜2003年8月にかけて、大台ヶ原においてニホンジカの血液サンプルの採取をおこない、19個体分のサンプルを得た。この血液について血中尿素窒素濃度と血中ミネラル濃度(Ca、Mg、NaおよびK)を測定した。シカの血中尿素窒素濃度には季節的な変化は見られず、また家畜(ウシ)の標準濃度より高い値であった。この結果から、大台ヶ原のシカは、サンプルのなかった冬季を除いて良好な栄養状態を保っていることが示唆された。また、血中K濃度が夏季(8月)に高い傾向が見られた。過去の研究から、シカの主食であるミヤコザサのK濃度は夏季に高くなることが明らかとなっており、シカの血中K濃度はこの影響を受けて夏季に高い値を示すと考えられた。3.上記を含むこれまでの研究結果を基に、論文を2編作成した(投稿中および投稿準備中)。
著者
山形 伸二
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

エフォートフル・コントロール(EC)は,実行注意の効率を表す気質で,非顕在的な反応を行うために顕現している反応を抑制する能力をさす.申請者は,前年度までにEC尺度の信頼性・妥当性,遺伝的斉一性を明らかにするとともに,ECの低さが外在化問題行動(衝動性が極端に高い場合に生じる不適応;ADHD,行為障害,物質乱用などの総称),抑うつ・不安などの内在化問題行動の両方の遺伝的素因である可能性を明らかにしてきた。本年度は,まず(1)「因果の方向性モデル」という手法を用いて昨年度までに得られたデータの再解析を行い,ECと問題行動との関連が年齢とともに変化することを明らかにした(博士論文の一部,学会発表)。また,(2)ECの成人期における発達的結果と考えられている勤勉性・協調性について,アメリカの双生児サンプルの二次データ(National Survey of Midlife Development in the United States ; MIDUS)を用いて,宗教性の個人差が勤勉性,協調性への遺伝的・環境的影響の強さを調節することを明らかにした(投稿中)。この他,(3)衝動性についての気質モデルの行動遺伝学的な妥当性および発達的変化について検討し(パーソナリティ研究,Personality and Individual Differences,ともに印刷中),また(4)アメリカ・ドイツの研究者との共同研究を行い,他者評定によって得られた双生児のパーソナリティのデータを用いて,パーソナリティの5次元構造の高次因子が認知的バイアスによるartifactである可能性を示唆した(投稿中)。最後に,(5)パーソナリティ研究における行動遺伝学的知見と今後の展望をまとめ,Handbook of Behavior Geneticsの一章にまとめた(印刷中)。
著者
黒木 美紗
出版者
九州大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

乳児が主導する注意共有行動(始発的共同注意行動)の出現における情動の役割の解明を目的として、本年度は、玩具遊び中の乳児がいつごろから他者の反応を予期して笑顔を伴った視線を人へと転換しはじめるのかについて検討した。調査は実験的観察法を用い、玩具遊び中の乳児(8,10ヶ月児)の養育者へのふりかえり行動と、それに伴う情動表出を記録した。実験には注目条件と非注目条件が設けられ、養育者は、注目条件時は乳児の行動に注目し、非注目条件では本を読むことで乳児には注目しないよう教示された。実験場面はマッキントッシュデジタルビデオカメラにより記録され、収集された動画データはDVDに記録されたのち、被験者の個人情報を保護する観点からスタンドアローンのパソコンによって分析された。またデータの信頼性を保障するためにビデオ評定者には乳幼児の行動評定に習熟した者を用いた。結果より、乳児のふりかえりの総回数は養育者の注目・非注目条件において変化しなかったが、ふりかえりに伴う微笑の表出タイミングには変化が見られた。中でも興味深いのは、生後10ヶ月児は養育者から注目されているときに「(養育者を見る前に)微笑を浮かべてから振り向く」行動を増加させるのに対し、生後8ヶ月児は養育者から注目されている時に「ふりむいてから(養育者を見てから)微笑する」行動を増加させたことである。これらの結果はJones, Collins & Hohg(1991)の知見とも一致するものであり、生後10ヶ月児は既に他者からの反応を予期してあらかじめ表情を調整してふりむくことができるのに対し、生後8ヵ月児は未だ他者の反応に対する予期の形成過程にあることが示唆された。一方で、黒木・大神(2003)の調査対象児となった地方自治体の幼児については、3歳に達した時点で乳児期の個人差の発達的帰結を確認するために心理社会面の発達を確認した。しかしながら、3歳時点における評価のみでは発達障害の有無を確定することが困難であったため、調査の信頼性を確保するために障害予測に関する検討は、障害特徴が明確化する5歳以降を待つこととなった。この確認作業は現在も継続中である。なお、これらの研究成果については国内学会においてポスター発表を行うと共に、論文としてまとめられた。
著者
村主 崇行
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

私の研究計画の主眼は、ソフト的には「物理的自由度、ないし計算資源」の適切な分配の実現、ハード的には価格性能比が良い汎用GPU型並列計算機の利用によりシミュレーション宇宙物理学で独創的な研究を実現することであった。DC2採択までに行った準備的研究の結果、当初の研究計画にあった無衝突粒子加速現象に加えて、当初の計画では、GPU化が困難と考えていた流体計算についても、GPU化できるという目途が立った。そこで、2009年4月から8月にかけては、無衝突加速現象の数値実験を行い、統計データをためる一方で、原始惑星系円盤における氷粒子の表面帯電と電荷分離の素過程の研究を行った。2009年10月にはこれに関する論文[1]を提出し、受理された。つぎに、2009年9月には、並列GPU計算機向けの3次元流体シミュレータを作成し、2009年11月より東京工業大学のTSUBAMEグリッドクラスタ、つづいて長崎大学のDEGIMA GPUクラスターコンピュータにて、本格的な規模のGPUを利用した研究を開始した。宇宙物理学の未解決問題として、星間物質の熱的不安定性によって引き起こされる3次元乱流の研究を選んだ。その結果、前人未到の高解像度の計算を実現し、幅広い応用〓をもつもののGPU化は困難とされていた流体計算がGPU計算に適していることを実証した。この結果を論文にまとめ、投稿している。私は自分自身の研究を進めつつ、共同研究、講習会を主催・参加してGPUのメリットを分かちあってきた。すると、GPUやより将来の計算機を使う上での障害も見えて来、研究計画にあった「アルゴリズムの記述を元に、設計の異なる計算機に対してコードを自動生成・変換する」手法の重要性がますます明確となってきた。そこで、長期的視点に立ったコード生成手法の研究開発を主眼とし、京都大学の次世代研究者育成センターの職員に応募したところ採用され、2010年4月より特定助教として、宇宙物理学および情報学、さらには学問一般を見据えた研究に邁進している。
著者
山口 潔子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

今年度は、昨年度まで行っていた長期フィールドワークの成果を発表論文にまとめ、三つの国際シンポジウムで発表した。4月には、米・コーネル大学の東南アジアプログラムの院生シンポジウムで「アメリカ期における新しい都市空間の変成」"New Space in the American-period Philippines"を口頭発表した。発表後は、現在、フィリピンの歴史的資料が本国以上に存在するコーネル大学の図書館で資料収集をした。6月には、松江市で開催された建築系のシンポジウム、5th International Symposium on Architectural Interchanges in Asia (中国・韓国・日本建築学会共催)にて、都市計画の視点から調査結果をまとめ"Poblaciones in Cebu : Historical Town Planning as a Urban Heritage"を口頭発表した。9月には、パリで開催されたユーロ東南アジア学会の大会4^<th> EUROSEAS Conferenceの、建築・都市計画部門のパネルにおいて、セブというフィリピン第2の都市のもつ社会的・経済的な役割の変容を、都市拡大の歴史とともに"Cebu : Independently Global Island in the Philippines"として口頭発表した。まだまだ小規模な日本の東南アジア研究界や、独自なアメリカ式展開を見せるアジアの東南アジア研究界、その発端からポリティカルな要素をもつアメリカの東南アジア研究界とは大いに異なる、ヨーロッパの東南アジア研究界に触れられたことは素晴らしい経験であった。ユーロの東南アジア研究者たちから得た示唆と、日本にはほとんどいない同分野(東南アジア建築史)の専門家たちとの議論から得られた新たな視野をもって、年度末には研究論文を研究科に提出した。
著者
鈴木 環
出版者
独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では、バルカン半島からトルコ、カフカス諸国にいたるまでの黒海周辺地域に残された、中世の東方キリスト教教会・修道院遺構を対象に、「建設技術の地域間交流の解明」、「ポスト社会主義時代の歴史遺産の保存と活用に向けた遺産の評価」という2つのテーマを並行して行う。前者は、ビザンツ文化圏の周縁世界として偏った建築史研究上の位置づけを「地域性」と「技術者交流」という観点から再考することを目的とする。後者は、社会主義時代における宗教遺産の興廃と劇的な周辺環境の変化を経て、今後保存と活用にむけた遺産の再評価を行うことを目的とする。本年度はルーマニア・文化省歴史遺産保存局(ブカレスト)、イオンミンク工科大学にて保存修復に関する資料収集を行い、スチャヴァ、イアシ、アルゲシュの周辺に残る中世教会・修道院遺産を対象にフィールドワークを行った。教会・修道院建設における技術者交流のなかで、ドーム架構にみられるカフカス建築の影響に着目し、その分類を行った。各部屋の用途、平面形式、および壁画のプログラムと用いられるドーム架構の形式との間に相互関連があることを確認し、カフカス建築からの影響とみられる「星型ドーム」の導入と発展過程を知ることができた。またイスラームの影響を受けた装飾の付加、および19世紀のフランス人修復家による増改築・保存修復に着目した事例研究を行った。修復記録、図面および古写真から修復前と現在の姿を対照し、修復の理念と技術に関する時代的特徴を把握した。創建当初の正教の遺産としての価値に対する、他宗教の様式との混在、近代のデザインの介入など、異なる遺産価値を併せ持つ遺産としての評価とが課題となる。
著者
小畑 正明 SPENGLER Dirk DIRK Spengler
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

中国のSulu地域は平成19年度に本人が中国研究者の協力の下にフィールド調査を行い,新たに得たサンプルについて,一連の分析作業を行った。北部Qaidam地域については,平成20年夏に当該地域に置いて中国側の軍事演習が始まったため,外国人が立ち入れなくなり,当初計画していたフィールドワークは実施できなくなった。かわりに中国側の共同研究者(中国科学員J-.J.Yang教授)から提供されたサンプルをSu-Lu地域ざくろ石かんらん岩コレクションに加えて、詳細な分析的研究をおこなった。その結果,Sulu地域で見いだされた輝石-ざくろ石の微細構造は,従来言われていたような大陸地殻沈み込みに伴う超高圧変成作用によるものではなく,より古い時代に高圧下で,リソスフェアーの冷却により形成されたものであることが明らかになった。これらの研究成果は学会発表し(平成20年5月地球惑星連合大会(千葉);同年8月IGC(万国地質会議),オスロ),投稿論文は現在執筆中である。またノルウェーの研究成果の一部を国際誌Earth&Planet.Sci.Letterに出版した。同時にノルウェーのサンプルを用いてざくろ石の分解組織の研究も筆者と共同で新たに行い,まとまったデータを得て,その成果は現在論文執筆中である。