著者
中西 新太郎
出版者
横浜市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

研究実施期間の5ケ月間、a東京オリンピックのナショナルな統合に関する検討、b植民地朝鮮におけるスポーツを通した統制・同和動向の検証、c朝鮮人の運動会、体育・スポーツイベントを通した抵抗ナショナリズムの検討を行ってきた。課題aに関しては、高度成長期のただ中で開催された東京オリンピックが、国民統合の強力な装置であったことを検証し、戦後日本のナショナルな民国統合にとってオリンピックという国際的スポーツイベントがきわめて重要な役割を果たしていたことを、当時の資料検討にもとづいてあきらかにすることができた。課題b,cに関しては、朝鮮総督府学務局などの史料にもとづき、同化政策が謳われていたにもかかわらず、現実には植民地朝鮮における体育政策が兵式体操を中心とし、日本人と朝鮮人との競技が禁止されていたこと、「教練」が抵抗の温床になるとして行われなかったことなど、植民地統制の一環としての性格を帯びていたことを確認した。また、そうした統制政策に抵抗して植民地下においても民族主義体育の運動が継続していたこともあわせてあきらかになった。戦前と戦後のスポーツ・ナショナリズムには言うまでもなく性格の相違が看取されるが、スポーツ史にそくした検証をつうじ、スポーツイベントを手段とする国民統合の継承・連続と断絶という両様の位相をあきらかにする展望が開けてくる。上記の研究をつうじて、日本における近現代スポーツ・ナショナリズムのそうした位相を解明する有益な手がかりをえることができた。
著者
北上 真生
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

当該年度においては、幕末期の宮中女房・庭田嗣子による記録に焦点をあてて検討を試みた。嗣子は、和宮親子内親王の降嫁に際して、典侍という宮中女房の身分のまま随行する。そして、嗣子は江戸城大奥において宮の動静を日次に記した『和宮御側日記』とともに、それを補完する別記を記録している。特に、別記の一つである「将軍昭徳院凶事留」は、宮中の女房によって将軍家茂の凶事が記録されるという、文学的概念にはそぐわない相貌を見せる。嗣子は、随行に際して、江戸城大奥においても御所の風儀(京風)を遵守し、皇女ひいては朝廷の威光を立て公武一和へ導くようにとの大命を帯びる。このようななかで、大奥の実権は和宮の姑である天璋院の掌中にあり、将軍正妻としての和宮の存在基盤は非常に脆弱なものであった。そこで、嗣子は、皇女の威光を立てて京風を守りつつも宮の夫である将軍家茂や天璋院に孝養・礼節を尽くすことで家風も落ち着き公武一和が結実すると和宮や御附女中に論し、京方と江戸方との拮抗を抑え、位階による身分秩序と家長を中心とした武門の家族秩序とを如何に整合付けるかを模索するのである。そして、和宮の大奥における存在基盤の確立を支える一具として記録が作成されるのである。しかし、和宮の家茂との結婚生活はわずか五年弱で終焉を迎え、家茂の死によって降嫁の意義が曖昧なものとなる。嗣子は和宮の行末の立場を案じ、妻たる御台所としての果たした役割と夫への礼節・孝養を示す最後の機会である凶事に焦点を絞り、和宮に視点を置いて宮の主体的な凶事への関わりを「将軍昭徳院御凶事記」として記し留めたのである。以上のように、複雑な様相を呈する近世期の女房日記の一特質を明らかにした。
著者
松崎 瑠美
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

近世後期における武家の女性の実態やジェンダーの仕組みについて、薩摩藩島津家を事例として、分析を進めた。その結果、側室の中には、藩内で正室格として処遇される者が存在したが、幕府への公式な手続きを経た正室と違い、幕府との儀礼という政治的役割は担えなかったこと、幕府との儀礼や島津家の縁組決定過程の分析から、大名家の「奥」と江戸城大奥とを結ぶ奥向のルートの構築過程と、表向のルート及び奥向のルートの利用形態を具体的に明らかにした。また、当該時期・地域の庶民の家について、建築構造面から家の間取りを比較し、「表」と「奥」に明確に区分された大名家の家と、区分のない庶民の家という階層性の違いを明らかにした。さらに、近代初期における島津家について分析した。その結果、邸宅における「表」と「奥」の空間分離や、「表」と「奥」それぞれに対応した職制の存在が見られ、近世のジェンダーの仕組みが引き継がれていた。また、一家の掟である家憲の分析によると、明治期の家憲では、母親が未成年の家主の後見人となり得たが、大正期の家憲では、後見人は親族・分家の男性に限定された。これは法制面での変化であるが、実態面での変化はどうであったのかを今後明らかにする必要がある。以上のように、今年度の研究では、近世後期と近代の一時期における武家社会の女性やジェンダーについて明らかにした。今後も、通時的な視点で引き続き幕末期や近代の分析を進めていきたい。
著者
安田 章人
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究は、カメルーン共和国・ベヌエ国立公園を調査地とし、現代アフリカにおけるスポーツハンティングを基盤とした自然保護政策と地域住民の関係に焦点を当て、人と野生動物の共存関係の構築を前提とした住民参加型自然保護政策のあり方を探求することを目的としている。採用第2年度目にあたる2008年度は、研究成果をまとめ、発信することを重点として研究活動をおこなった。詳細は、次項の一覧を参照していただきたい。これまでの研究成果をまとめた2本の論文が、査読を経て学会誌に掲載された。また、もう1本も印刷中・刊行予定である。学術雑誌および商業誌への執筆もおこない、4本(うち1本は国際ワークショップのプロシーディング集)が刊行済みあるいは刊行予定である。研究発表に関しては、今年度は海外での発表に精力的に取り組んだ。その結果、ケニア・ナイロビおよびカメルーン・ヤウンデでの国際ワークショップでの発表をおこなった。研究発表以外にも、他の研究者との関係作りをおこなうことができたことも、大きな成果であった。また、国内でも学会発表をおこなうとともに、これまでのようにアウトリーチ活動の一環として、高校での授業もおこなった。年度末に調査地であるカメルーン北部へ赴き、2ヶ月間の補完調査をおこなった。現在、このデータをまとめ、これまでの成果と融合させ、2009年度内の博士論文の完成および学位の取得のために尽力している次第である。
著者
大橋 裕太郎
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

「理科離れ」と呼ばれる理科や科学に対する若い世代での興味・関心の薄れの問題に対して、筆者はサイエンスコミュニケーションのアプローチから問題解決のための試みを行った。サイエンスコミュニケーションとは、最先端の科学を市民へ紹介し、理解を促すことで社会全体の科学への理解促進を目的とした活動を指す。近年、博物館や科学館などの文化施設、さらには野外学習の場では、ITを利用したサイエンスコミュニケーションを支援する試みが盛んに行われている。筆者は、自然や理科に楽しみながら親しむことができ、真正性がある学習の場として水族館の教育的価値に着目し、水族館におけるITを利用した学習環境デザインを行った。神奈川県藤沢市の新江ノ島水族館と共同で、携帯端末を利用した映像ナビゲーションシステムのアプリケーションを開発し、2008年5月3日から6日の4日間にわたって来館者に対して実証実験を行った。システムの利用後に、満足度や操作性、内容やネットワークに関する質問紙調査を行った。質問紙調査の結果から、システムの操作性やコンテンツに対して好意的評価を得た。特に「システムが観察に役立った」、「システムによって知識が深まった」など、学習効果に関する質問項目に肯定的に回答した利用者数に有意な差を確認することができた。その他、利用者の会話によるプロトコル分析から、利用者の観察行動の特徴を抽出した。利用者は端末のディスプレイを他者と共有することで相互的な気づきを促進していることが分かった。実証実験中にアクセスの集中などにより、ネットワークの接続に問題が発生したことがあったため、この点は今後の課題である。
著者
椿 清文 LANBERT RT
出版者
津田塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

日本学術振興会外国人特別研究員としての一年目、ランバート氏は歴史研究と人種の問題に焦点を当てつつ、資料収集、理論書の解読、そして論文の作成をおこなった。「『ミシシッピ・バーニング』・ファイルの新たな開封」は2006年3月発行の『黒人文学研究』75号に掲載予定。「『オペラ・コミーク』からMTVの『カルメン』へ:メディアスコピー」「アリス・ウォーカーの『カラー・パープル』:ウーマニストの民話」「スティーブン・スピルバーグの『カラー・パープル』における映像の語りと印象主義的傾向」は現在アメリカの諸雑誌で審査中である。「ウォルター・モズリーの『青いドレスの悪魔』:ネオ・ノワールの改革の精神」はアンソロジー「異常な目:ポストコロニアリティと探偵小説」のための一章。ランバート氏はまた2006年の春から秋にかけて、日米の諸学会の大会、支部会などにおいて、ラルフ・エリソン、パーシヴァル・エヴェレット、『ミドル・パッセージ』などを取り上げつつ、人種に焦点を当てながら、文学と映画の関係について精力的に発表を行う予定である。
著者
濱田 純一 HALD Gabriele HADL Gabriele
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

平成20年度(20年4月1日〜20年9月29日)の主な研究内容は以下の通り。【文献研究】市民社会メディア、メディア政策やコミュニケートする権利に関する文献(英語、日本語)を収集し、先行研究の確認を行った。【「市民社会メディア研究コンソーシアム」に関する活動】国際的なコンソーシアム(CSMPolicy)をコーディネートした。国際学会でセッションをコーディネートし、来年東京で開催する交流シンポジウムの準備に携わった。【研究会運営】昨年度設立したCSM&Policy@iii研究会を本年度4回開催した。開催の知らせや報告をブログで定期的に公開、調査プロジェクトに協力した。【調査研究】CSM&Policy@iii研究会のメンバーによる調査チームを組み、非商業的なメディア(行政系をのぞく)関係者の意識調査(ウェブアンケート)を実施した。結果を研究会で議論し、仮報告書を執筆した。【学術論文執筆】・「Media and Civic Engagement in Japan」(著者:HADL Gabriele)in Contemporary Civic Engagement in Japan,Henk Vinken&国立民俗学博物館(編).New York:Springer。2010年出版予定。・「コミュニケートする権利と市民社会メディア」(仮称)(著者:濱田純一、HADL Gabriele,浜田忠久)来年学術誌に投稿する予定。【学会および社会活動】・IAMCR学会にcommunity communication分科会副会長として参加(ストックホルム大学、7月)・国際シンポジウム『環境・グローバリズム・メディア』(早稲田大学、2008年5月31日)にて討議者・市民メディアセンターMediRのメディア講座にてゲストスピーカー・早稲田大学大学院政治学研究科・瀬川至朗ゼミ(2008年6月30日)にてゲストスピーカー・Cultural Typhoon 2008学会、セッション「世界の市民メディアを語る」(せんだいメディアテーク、2008年6月28日)にて討議者【学術誌の客員編集者(guest editor)】・Media and Cultural Politics誌(Intellect出版)の「Convergences:Civil Society Media and Policy」特集号(Vol.5.1)学術誌の特集号の企画をたて、論文を募集した。投稿された論文を編集し、複数のレフリーに審査してもらい、その上で最終修正、編集を行った。さらに前書きを執筆した。
著者
中川 貴雄 JEONG Woong-Seob
出版者
独立行政法人宇宙航空研究開発機構
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

現代の天文学における大きな課題の一つは、宇宙における大規模構造の形成の原因を解明することにある。我々はその大きな課題に赤外線天文衛星「あかり」を活用して、その謎の解明に挑んだ。「あかり」打ち上げ前には、数値シミュレーションにより、「あかり」の観測戦略を検討し、打ち上げ後は、そのデータ解析活動において、中心的な役割を果たしてきた。宇宙における大規模構造の形成の原因の情報は、積分された形でCosmic Infrared Backgroundの中に埋もれている。我々は、赤外線天文衛星「あかり」のデータを解析し、「あかり」の優れた空間分解能により、Cosmic Infrared Backgroundのかなりを点源として分離できることを示した(Jeong, et. al.2007)。さらに、「あかり」の多色サーベイを用いることにより、さまざまなタイプの銀河を抽出し、銀河の進化を観測的に追うと同時に、極めて珍しい種族の銀河も抽出できることを、数値シミュレーションにより明らかにした(Pearson & Jeong, et. al.2007)。さらに、「あかり」のデータ解析、観測に関して、多くの共同研究を行った。それには、小マゼラン雲において、初めて中間赤外線で超新星残骸を検出(Koo, et. al.2007)、過去の宇宙における星形成史を「あかり」遠赤外線による観測から解明(Matsuura, et. al.2007)、さらに中間赤外線15μmで検出された天体と光学観測との同定(Matsuhara, et. al.2007)など、多くの研究論文が含まれている。
著者
武田 はるか
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は、現代作家サミュエル・ベケット(1906-1989)、マルグリット・デュラス(1914-1996)、ナタリー・サロート(1900-1999)の作品を分析対象に据え、三作家による多分野(小説、劇、映像等)に亘る「声」の表現の探究の独自性とその複雑な相互関係を、厳密な作品分析に基づいて解明し、文学における「声」の問題の重要性を明示することを目的とする。本年度は、言葉とイメージの関係を作家たちがどのように捉え、かれらが共通して、(1)なぜ抽象的な声の表現を必要としたのか、(2)かれらがいかにして声を(あるいは声をともなう言葉を)表現し、それがなにを可能にしたのか、以上の二点を基軸に、これまで個別に行った作品分析の成果を下地にした考察を展開した。かれらの作品を全体的かつ具体的に辿ると、言葉によるイメージの表現には(テクストであれ、映像作品であれ)、共通して、言葉への強い執着と紙一重の懐疑が出発点としてあり、それが、かれらの作品に、断片的で輪郭の不確かなイメージを、頻度を高めながら繰り返させる。この点に着目し、(1)そこにどのように声の問題がかかわっているのか、(2)書かれたテクストにおける声の扱い方と、劇や映画における物質的な声を扱う実験的試み、これら異なる声へのアプローチが、いかなる共通の一貫した意図によって進められたのかを明示し、(3)さらにはその意図が、晩年の作家たちを、いかなる声のエクリチュールに向かわせたのかを、とりわけ自伝的・伝記的要素の独特の組み込み方に着目しながら分析した。この過程に、作家ごとの表現方法の変遷と、その差異を明確化することで、かれらの作品が、いかに必然的なかたちで記憶の問題に結びついているのかも明らかになった。「声」の問題は、アウシュヴィッツ以後の世界ゆえに生じた問題として検討する視点が立てられるが、本年度は、ジャック・デリダやモーリス・ブランショの声にまつわる議論の再検討を詳細に行うことで多くの示唆を得、戦後文学という時代性のみに思考を還元せず、エクリチュールと記憶の問題に根底的にかかわる問題として、声にかんする哲学的な考察をより自由に展開できる足場ができたため、作家たちの試みを単純化することなく、より広い視点からとらえなおし、かれらの文学のありかたを通して、文学とはなにかを問い直すことができるようになった。学術振興会の研究員に採用され、補助金を受けることで、研究指導の委託の制度によって、パリ第八大学のブリューノ・クレマン教授のもと、フランスでの研究を進めることができ、また、これに付随して、フランス国立図書館およびフランス国立視聴覚研究所(INA)、そして、イギリスのレディングにあるアーカイブでのベケットの映像資料の調査を行うという、日本ではできなかったことが可能になり、非常に大きな意義があった(費用は学術振興会の研究遂行費でまかなった)。非常にコーパスの広いテーマ研究であるため、補助金交付期間終了後も、引き続き、残された課題を遂行し、発表していく必要がある。期間中、研究資料のひとつであるデュラスの短いテクストの翻訳を水声社刊行の『水声通信』(28号)にささやかながら寄稿することができた。また、日本での資料調査のために一時帰国した際には、指導教官からの提案を受け、所属する大学院フランス文学科の修士以上のすべての学生・研究者を対象に、本研究にかんする四十五分間の発表をする貴重な機会を得た。さまざまな時代・作家を扱う専門家たちを対象に、一般的かつ専門的な内容の発表を行ったことで、テーマ研究のひとつの可能性を打ち出すことができた。以上の翻訳および発表は、学会や雑誌への公の研究発表ではないため、項目11の欄には未記入だが(なお、同じ理由から、帰国費用は私費によった)、個別作家研究が主流の日本の研究者たちに、テーマ研究の可能性、重要性をうったえることができたという意味でも重要な意義を持ったと考えている。今後、より正式な形での発表を行うことを強く希望している。
著者
程木 義邦
出版者
島根大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本研究では、貯水池等の河川構築物が水質の不連続性が河川および海域の生物生産に及ぼす影響について、現地調査および既存データの解析により評価を行った。島根県斐伊川水系の5基の貯水池下流、および天塩川水系の最上流部にある岩尾内ダム湖を対象として調査を行った結果、貯水池直下流では、1)融雪期の濁水貯留による河川下流域の濁度の増加と長期化、2)融雪水の希釈放流に起因する夏季の水温低下、3)貯水池表層における植物プランクトンの発生にともなう下流河川栄養塩類濃度の不連続的変化、4)秋期の貯水池水位の低下に伴う堆積物の巻き上げによる河川下流域の濁度の増加、などの水質変化が確認された。このような貯水池下流域における水質の変化は、下流にゆくに従い支流の合流により緩和され、不連続結合の影響が及ぶ範囲は数キロから10km程度と推定された。また、河川下流域の河川構築物による水質不連続性の評価として、分流のための潮止堰下流の河川感潮域を対象とし調査を行った結果、堰下流域では潮汐の阻害により河川水と海水の混合力は弱く、わずか2kmから3kmの間に急激に塩分が変化する水域が形成されていた。そのため、汽水域に由来する植物プランクトン群集は見られず、上流からの淡水性藻類の流下と塩水とともに侵入する海洋性植物プランクトンが見られ、両者の明確な境界が形成されていた。また、この様な境界域では、光合成活性も低下するため、植物プランクトンの種組成という点だけでなく、一次生産速度の不連続ももたらされていることとが明らかとなった。また、暗渠による分流や下流域への放流の影響は、これまで、瀬切れ等の局所的な問題として扱われてきたが、水質や物質輸送の不連続性という観点でも、流域全体に与える影響が大きいことが推測された。
著者
大澤 武司
出版者
慶應義塾大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

初年度となる平成19年度は、大学院における研究を発展させる基礎を構築すべく、研究の基礎史料となる中華人民共和国外後部档案(公文書)の完全なる調査・収集を目指した。この点については、平成19年8月19日から9月8日までの約3週間、中国北京の中国外交部档案館における調を実施し、その目的をほぼ遂げることができた。また、この期間をはさみ、同年8月から10月までの3ケ月間は、北京大学歴史系客員研究員(受入研究者歴史系主任牛大勇教授)としても研究交流活動を行った。なお、本年度は具体的な研究課題として、(1)戦後初期中国の外交を主宰すると共に、中国の対日「戦犯」処理を指揮した周恩来の日本人「戦犯」認識を明らかにする研究、(2)中国残留日本人の残留過程を実証的に解明する研究、(3)中国の対日「戦犯」処理政策の要ともいえる「一個不殺(一人も処刑しない)」方針の確立過程を解明する研究という三つのテーマを掲げ、いずれも成果があった。まず(1)については、「幻の日本人『戦犯』釈放計画と周恩来」において、周恩来が日本人「戦犯」を外交カードとして認識していたことを中国側公文書に依拠して明らかにした。なお、(1)については、中国の対日「戦犯」処理政策をより詳細に扱った「対日戦犯処理政策与周恩来--相関『領導』的実際情況」を平成20年に中国で公共予定である。次に(2)であるが、まず終戦直後の前期集団引揚について「戦後東アジア地域秩序の再編と中国残留日本人の発生」を公表した。これは総司令部主導の中国地域からの日本人の引揚過程を一次史料に依拠して体系的に解明した成果である。また、(2)については、平成20年に「『ヒト』の移動と国家の論理」(東大出版会より出版予定)という後期集団引揚に関する体系的研究成果も公表予定である。最後に(3)についてだが、前掲の中国語論文「対日戦犯処理政策与周恩来--相関『領導』的実際情況」が一部このテーマに関連しており、これは平成20年度中に日本国内でも公表する予定である。
著者
染谷 臣道 WIBAWARTA Bambang
出版者
国際基督教大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

「大逆事件」に連座した関係者の断罪によって日本の民主化は大きく後退することになった。その歴史的経過について、また、「大逆事件」の犠牲者ゆかりの地で展開されている現時点での市民運動について、関連文献と現地調査によって明らかにした。すなわち「大逆事件」に連座した一群の知識人すなわち幸徳秋水については、その生誕地である高知県中村市(現四万十市)で、大石誠之助、高木顕明、峰尾節堂については、和歌山県新宮市、成石平四郎、勘三郎兄弟については和歌山県本宮町、内山愚堂については、和歌山県中辺路町と神奈川県箱根町の林泉寺などを訪れ、関係者にインタビューし、多くの資料を得た。また、「大逆事件」に強い反応を見せた石川啄木ゆかりの岩手県玉山村字渋民、北海道の函館、小樽などを訪れ、彼がたどった足跡を追った。スハルト体制下で弾圧を受けた知識人については、フランスのパリやオランダのアムステルダムやライデンに在住するSimon Sobron Aidit, Ki Budiman, Mintardjo, Usmar Said氏らを訪れ、多くの資料を得た。ジャカルタ、ジョグジャカルタでは、Pramoedya Ananta Toer, Amarzan Loebis, Joko Pekik氏らを訪れ、多くの資料を得た。明治期の日本とスハルト体制下のインドネシアを比較した結果、いわゆる知識人は大きく三つに分類できるのではないかと考えた。すなわち真理を追究し、現世的な関心をもたない知識人(intellectuals)と、政治経済に深く関わろうとした知識人(intelligentsia)とその中間的存在である。それぞれがどのような役割を果たしたのか、を考察した。
著者
横井 一仁 MIOSSEC Sylvain
出版者
独立行政法人産業技術総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

人間型ロボットは,人に類似の形状を有するため,人の生活空間での活躍が期待される.人の生活空間は工場などのように整備された環境ではないため,人間型ロボットの行動を妨げる様々な障害物が存在することが予想される.一方,人間型ロボットは車輪移動型ロボットと異なり,障害物を跨ぎ越えるといった空間を3次元的に利用する障害物回避行動をとることができる.本研究では,人間型ロボットの3次元空間での障害物回避行動計画手法を確立し,人間型ロボットの行動範囲を拡大することを目的とする.平成18年度は,前年度までに得られた研究成果を基に,歩行動作にも関係する足を後ろから前に振り出す動作について検討を行い,人間型ロボットの最適な動作を生成するアルゴリズムを確立した.開発した人間型ロボットの最適な動作を生成するアルゴリズムを用いて最適な動作を生成し,それを人間型ロボットシミュレータOpenHRPに実装し,人間型ロボットHRP-2の計算機モデルを用いた計算機シミュレーションを行い,提案手法により計画された最適な動作の有効性を確認するとともに,産業技術総合研究所の保有する人間型ロボットHRP-2を用いた実験を行い,実験的にも提案手法の有効性を検証した.なお,本研究成果はIEEE International Conference on Robotics, Automation and Mechatronics(RAM2006)にて発表した.また,IEEE International Conference on Robotics and Biomimetics(ROBIO2006)においても研究成果発表を行う予定である.
著者
亘 悠哉
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では,外来捕食者と生息地改変の複合的な影響を明らかにすることを目的とし,21年度はデータ解析と論文執筆を主に実施した.以下に概要を述べる.1.外来捕食者根絶後の生態系の回復外来捕食者の根絶後の在来生物群集の回復が,環境要因によって異なるかどうかを調べるために,年度の後半はパリ第11大学に滞在し,フランス領ニューカレドニアのサプライズ島で,生物群集の調査を行った.この島の生息地は,木本パッチと草本パッチからなり,外来種クマネズミ根絶後の在来生態系の回復の異なる生息地間での違いを明らかにするのに適している.根絶前後での在来種群集の生息データと比較すると,ウミドリ類,トカゲ類,植物,無脊椎動物類のすべてで顕著な回復が見られた.また,この回復の度合いは環境間で異なり,開けたパッチほど回復が顕著であった.これは,開けたパッチは,外来種の捕食圧の軽減の効果だけでなく,植生もより大幅に回復しており,これが在来生物の隠れ家や餌を提供するという,相乗効果が見られたと考えられた.環境の違いによる復元の違いを示したのは本研究が初めてであろう.これらの成果をカナダでの国際学会で発表し,外来種の根絶についての論文集に受理された.2.外来種対策が引き起こす想定外の現象の総説良かれと思って実施した外来種対策が,想定したほど効果がなかったり,時には逆効果になってしまうことがある.こういった事例は個々に報告されてはきたが,その概観がまとめられたことはなく,現場の担当者が生じている現象を正しく診断し,適切な対処法を講じていくのは難しい状況にあった.今回はこうした想定外の事例について,潜在する生態学的プロセスとそれに応じた対処法をまとめた.これは,今後,より効果的な外来種対策を実施していくのに役立つであろう.
著者
五十嵐 泰正
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

2006年度は、年度内に発表した業績は非常に少ないが、本研究課題「重層的なヒトの移動と、都市コミュニティ・アイデンティティの再編成」の総まとめとしての単著『グローバル化時代の「下町」上野』(仮題)の執筆に専念した。同書は、2007年末に刊行予定であり、S書房からの出版企画が進行中である。その中で、国際シンポジウム「カルチュラル・タイフーン2006」において、「戦後の記憶、大衆の痕跡」という大規模なセッションを企画・コーディネイトし、自らも理論的な整理を提示する口頭報告を行った。同セッションは、昭和30年代を参照する近年のノスタルジー・ブームを批判的に検討しつつ、終戦後すぐの闇市の記憶を含む都市の歴史的重層性や、コミュニティの結節点としての大衆食堂・立ち飲み屋の視点から、労働や生活が切り離された消費的な都市空間が優越してゆく都市再開発の現状を再考するものであり、このセッションの準備過程(大阪市築港地区・世田谷区下北沢でのフィールドワークを含む)は、私の上野での実証研究の深化にきわめて重要な影響をもたらした。また、昨年度の米国出張における、シカゴに再移民した元在日不法就労パキスタン人への聞き取り調査をもとに、外国人支援NGOの機関紙に、「群馬経由、シカゴ行き」という研究ノートを寄せた。同小論は、まだ萌芽的なものではあるが、グローバルなエスニック・ネットワークに媒介された現代の移民現象を考える上で、今後の研究へと発展しうる重要な論点を提起した。
著者
狩俣 繁久 BAKSHEEV Evgeny Sergeevich BAKSHEEV Evgeny Sergeevic
出版者
琉球大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

N.ネフスキーが80年前に宮古島を訪問して得た資料に基づき現代との変容の有無などを現地で確認、検証した。琉球文化圏における村落祭祀を行なう御嶽(聖地)を中心に宮古、八重山、沖縄、奄美の民間信仰・民俗文化の比較研究・調査を行なった。聖地およびその祭祀の記録として映像資料を作成した。そのために、宮古、八重山、奄美、沖縄の各地で国内調査研究旅行をした。宮古サニツ(久松)、ナーパイ(砂川)、桟橋ニガイ(佐良浜)、ダツマス(伊良部)、スツウプナカ(高野)、旧八月十五夜(狩俣)、世乞(伊良部)、豊年祭(友利)、ヤーマスプナカ(来間)、正月行事(平良)、御葬式・三日目供養・開眼行事・四九日目供養(友利)、聖地・その年中行事並びにミャーカ墓などの墓制調査(平良、久松、狩股、来間、池間、下地、伊良部、上野、城辺)。沖縄島旧正月(糸満)、遺跡・聖地・門中墓などの墓制(糸満、浦添、西原)。八重山旧盆・アンガマ(西表祖納・星立)、十六日祭・洗骨(与那国)、聖地・墓制(祖納・星立;与那国)。奄美ショチョガマ・新節(龍郷町秋名)、柴差し(喜界島、宇検村阿室);ノロ祭り(宇検村阿室);聖地・ノロの祭祀・墓制(名瀬、龍郷、笠利、宇検;喜界;加計呂麻)。ネフスキー資料の調査採取・記録の状況を現地宮古島各地で調べた。宮古・沖縄にかんするネフスキーの論文ならびにネフスキーについての資料のカタログ・データベース作り始まった。ネフスキーの未発表の論文・資料の翻訳および公開のための準備を行っている。日本人言語学者との共同作業の結果で「宮古方言ノート」の大部分を解読して、日本語の翻訳をした。「N・ネフスキー『宮古方言ノート』の民俗学的考察」等の解説をまとめている。これから「宮古方言ノート」をもとに「宮古方言辞典」が完成されて、発行する予定である。
著者
岡部 繭子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

マウスオーバル細胞の細胞表面抗原分子の探索を行った。オーバル細胞を誘導した肝臓で発現する膜・分泌タンパク質を、シグナルシークエンストラップ法でスクリーニングし、正常時に比較してオーバル細胞誘導時に発現が上昇する膜タンパク質遺伝子として、Epithelial cell adhesion molecule(EpCAM)を同定した。そして、マウスEpCAMに対する抗体を作製した。作製した抗マウスEpCAM抗体を用いた免疫染色により、EpCAMがオーバル細胞に発現していることが示唆された。また、抗EpCAM抗体とセルソーターを用いてオーバル細胞を誘導した肝臓から分離したEpCAM陽性細胞は、既知のオーバル細胞マーカーであるサイトケラチン19やA6に陽性であり、オーバル細胞マーカー遺伝子を発現していた。分離したEpCAM陽性細胞は、in vitroでの培養で旺盛な増殖能を示し、継代培養も可能であった。また、培養したEpCAM陽性細胞では、オーバル細胞マーカー遺伝子の発現が確認された。培養したEpCAM陽性細胞をサブクローニングし、10コの独立したクローンを得た。これらのクローン化した細胞株においても、オーバル細胞マーカー遺伝子の発現が確認された。クローン化した細胞株を用いて、肝細胞および胆管上皮細胞への分化誘導を行った。その結果、いくつかの細胞株が肝細胞と胆管上皮細胞の二種類の細胞への分化能をあわせもつことが明らかとなった。以上の結果から、EpCAMはオーバル細胞のマーカーであり、抗EpCAM抗体を用いてセルソーターによりオーバル細胞を分離できることを明らかにした。
著者
ペリー アンソニー VERMILYEA M.D.
出版者
独立行政法人理化学研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

当研究チームは、受精直後数時間中に起きるエピジェネティックなクロマチン再構築に関する研究を続けており、これまでに減数分裂再開の起因となる物質を精子頭部より採取し、これを減数分裂第II期中期の卵母細胞へ移植する方法を見付けている。この方法により、卵子や雄系クロマチンによる介入の変化を観察する事が可能となりその後、同ステージの受精卵で起こる変化と比較する事も可能となった。(この減数分裂再開は精子由来の活性因子がまだ衰退していない受精卵で通常起こる。)この結果、減数分裂第II期中期と受精卵で起こるヒストン修飾に相違が見られる事が判明した。そこでこの相違の列挙に取りかかったが全ての相違の掌握に限りがあり、そもそも基本的な再構築がどの様に起こっているのかまだ分かっていなかった。この事を考慮に入れて、当プロジェクトでは発生学と分子細胞の方法を統合し、より包括的に初期段階のヒストン変化を列挙させる事にした。またこの結果を元に我々は修飾を引き起こす遺伝子制御を解析しようとした。この研究は非常に研究結果の期待出来るものであって、現在取りかかっているマウス初期胚で起こるエピジェネティックな制御に関する研究への導入となる基礎を築いた。しかしながら残念な事に当プロジェクトは研究途中で中断させなければならなくなったが、ここで大きな進展のあった研究は現在も引き続き継続させている事を報告したい。当プログラムは米国籍の特別研究員を日本の研究室において研究する機会を与え、今後も米国と日本の研究室が研究交流を続ける機会を与えてくれた事は多いに意義があると言える。
著者
森口 裕之
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

第3年度の研究では、「Ink-jet Printing」および「マイクロピペット描画法」を用いた新たな細胞アレイ作成法を開発した。本手法を神経系の細胞群に適用することで、実際に「小規模な神経回路」(構成細胞数が1個から数個の神経回路)のアレイ(小規模神経回路アレイ)が形成され、様々な細胞構成の神経回路が規則的に配列されていることを生かした神経回路活動のハイスループット計測が可能であることを示した。本技術は、「神経回路」という多数の要素が入り組んだ相互作用を行う系における、種々の構成要素(細胞)の性質とシステム全体(神経回路)の挙動の関係をマルチスケールの生体計測に基づいて実験的にアプローチするための実用的な実験系であると位置づけられる。小規模な神経回路は、一枚の培養底面上に数百から数万個形成させることが可能である。これらの神経回路の多くにおいては、リズミックな自発発火と細胞内カルシウムレベルの振動が観察され、単一ニューロンのみからなる(アストロサイトなどのグリア細胞もいない)最小構成のオータプス神経回路においても、周期的な自発発火が生じ得ることが確認された。また、第1年度の研究で開発した可動式の金属微小電極を用いた細胞外の電圧パルス刺激に対しても、周波数と振幅の両面での減衰を伴う振動的な発火が数秒から数十秒間持続することを示す信号が観察された。本結果は、再帰的構造の神経回路ではニューロンの膜電位振動か自発的に生成され得ることを示唆しており、今後は、本実験系を用いた小規模神経回路活動の網羅的計測と解析を通して、機能的神経回路が自律的に形成されるプロセス、さらに、出来上がった神経回路が機能する仕組みを説明し理解していきたいと考えている。
著者
横江 未央
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

1.精米の賞味期限の設定精米の賞味期限が明らかでないため小売店や消費者は搗精年月日のみで精米の新鮮さを判断し,そのため,品質劣化していない精米が工場に返品されている。そこで,精米の賞味期限設定のために普通精米と無洗米を試料とし1年間の貯蔵試験を行った。その結果,理化学測定に比べ官能試験は米の食味の劣化を早く敏感に捉えられることがわかった。そこで官能試験を賞味期限設定のための最重要測定項目と考え賞味期限の設定を行った。本試験では精米の賞味期限は普通精米,無洗米ともに温度25℃で2カ月,20℃で3カ月,15℃で5カ月,5℃で7カ月が適当であると考えられた。2.北海道米および府県米の食味と品質の評価現在,米の生産や販売価格は,品種や産地銘柄の影響が強く反映されている。そのため,府県米に比較して北海道米は消費者のイメージが悪く,価格も低い。しかし近年,品種改良,栽培技術,ポストハーベスト技術の向上により米の品質および食味はおしなべて向上している。そこで,生産年,産地および品種が異なる56種類の試料を用いて,各種の理化学測定と官能試験を行い品質と食味を評価した。その結果,北海道米はタンパク含量とアミロース含量が府県米に大きく近づいていることが明らかとなった。また官能試験の結果から,北海道米の食味は府県米と同程度もしくはそれ以上であった。この結果は,品種や産地銘柄の影響が強く反映されている米市場の適正化につながると考える。