著者
向井 正 LYKAWKA P.S. P.S. Lykawka
出版者
神戸大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

海王星軌道以遠に発見されている氷天体(太陽系外縁天体;TNOsと呼ぶ)の空間分布とそれらの起源について、諸天体の軌道進化の数値シミュレーションに基づく研究を行った。加えて、木星以遠の巨大ガス惑星や、惑星系外縁部の初期環境や、その後の進化の過程を明らかにした。大規模数値シミュレーションは、N体系の軌道進化を50億年にわたって追跡するもので、得られた結果は、現在の観測量と比較検討した。その結果、TNOsのみならず、巨大惑星の軌道進化や、天体軌道の力学共鳴の過程、太陽系の起源と進化について有益な成果が得られた。主な成果を列挙すると、(1)カイパーベルト全域の太陽系外縁天体の軌道分布に基づく分類を突施し、それらの空間構造の起源を明らかにした。この際、「新惑星」の存在を仮定すると、太陽系外縁天体の軌道分布の特異性が説明できるというモデルを提案した。(2)地球サイズの新惑星による影響が、太陽系の起源と進化シナリオに与える制約を明らかにした。(3)海王星軌道に発見されているトロヤ群の起源と軌道進化の数値シミュレーションから、海王星トロヤ群がその場で生まれたものと、海王星移動時に捕獲されたものの混合群である事を示した。(4)カイパーベルトに発見されているハウメア衝突族の起源を明らかにするために、衝突破片の軌道進化の数値シミュレーションを実行し、この族が生まれてきた過程を明確にした。また、今後、新メンバーが観測によって発見される可能性を示唆した。これらの結果は、4件の雑誌論文と6件の国内外の学会で発表した。
著者
太田 明子 (中川 明子)
出版者
熊本大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

平成17年11月に全国の全自治体を対象として、以下に示す歴史的建造物保存活用に関するアンケート調査を実施した。すなわち、1.歴史的建造物の保護を担う担当部署、2.歴史的建造物の保護に携わる専任職員の設置状況、専任職員の専門領域、3.市民団体との協働の度合い、4&5.歴史的建造物保存活用のメリット、6.自治体自身の歴史的建造物保存活用への取組に対する自己評価について質問した。その結果、全体の約6割の自治体からの回答を得た。特に都道府県レベルでは8割の自治体から回答を得、現在、これらの調査結果を集計しつつあるところである。故に、正確な結果はまだ得られていないが、データ入力の過程で、歴史的建造物に専門的に関わっている自治体職員は京都府、奈良県などのごく一部の自治体を除き、殆ど存在しないことは既に判明している。1997年、「建築文化財専門職の設置」の要望書が日本建築学会から各都道府県及び政令指定都市宛に出されているにもかかわらず、状況が殆ど改善されていない様子が明らかになったことは大変残念なことであり、再度、何らかの提言を行う必要があると考える。一方、自治体が、地域住民やNPO等と協働することによる、歴史的建造物の継承に踏み出し始めていることも判明し、この分野でも地方が自らの知恵を出し、活動する時代になっていることが明らかになっている。また、この作業と平行し、全国の自治体のHPから歴史的建造物に関する情報をどれだけ得られるか検証しつつあるが、市町村合併が振興している最中であるため、確認に時間がかかっている。今後、速やかの上記の結果をまとめ、HP上で公開する必要がある。また、これまでまとめた、フランスの歴史的建造物に関わる人材育成の様子、保存理念に関する研究と合わせ、今後の日本の文化財行政に対する提案を行う予定である。
著者
茂木 信宏
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

平成19年4-8月雑誌論文(Journal of Aerosol Science)の執筆この論文では、レーザー光散乱法で従来では不可能であった、蒸発性粒子の散乱断面積を計測するための新たな手法を発表した。この方法を応用することにより、大気中のブラックカーボンの被覆状態を定量的に計測することを可能にした。平成19年9-11月学位論文(理学博士)の執筆平成19年12月-平成20年2月従来のレーザー白熱による煤エアロゾル測定器の信号処理回路、計測ソフトウェアを独自に発案、設計、製作し、従来よりも検出粒径範囲を大幅に拡張した。このことにより、レーザー白熱法による煤エアロゾルの検出粒径範囲の広さで世界一を達成した。平成19年3月上記の改良した世界最高性能の煤エアロゾル測定器がNASAの北極での航空機観測プロジェクトARCTASに採用されたため、この期間渡米し、NASAの航空機(DC-8)内において測定器のメンテナンス・オペレーションに携わった。この観測を通じて最先端の航空機観測技術、世界最大規模の共同観測研究がどのように進められるかを学んだ。また、この観測により、地球上で最も温暖化の著しい北極域における煤の気候影響を評価するための詳細なデータを取得した。
著者
渡邉 裕樹
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成20年度は,(1)計算機代数を応用した形式的検証手法および(2)高信頼なデータパスジェネレータに関する研究を平行して実施し,それぞれ以下の成果を得た.(1)大規模な算術演算回路に対する効率的な機能検証手法の実現を目指し,まず,重み数系と整数方程式を用いて算術演算回路を統一的に表現可能なデータ構造を提案した.このデータ構造に対する検証手法として,グレブナー基底や多項式簡約など計算機代数の手法に基づく手法を提案した.また,従来の形式的検証手法との比較し,算術演算回路の種類に応じて提案手法と従来手法を切り替えることで,検証時間を大幅に削減できることを明らかにした.(2)提案手法に基づく検証系を組み込んだモジュールジェネレータを開発した.本システムは,多入力加算や積和演算などの多様な算術アルゴリズムをライブラリとして有し,その組み合わせで900種類を越える演算器モジュールを自動生成することができる.また,計算機代数に基づく形式的検証を適用することにより,64ビットの演算器であれば数分以内に検証することができる.本システムを公開したWebページ(http://www.aoki.ecei.tohoku.ac.jp/arith/mg/)は,平成20年度末までに12万件以上利用されている.以上の研究により,計算機代数に基づく算術演算回路の形式的設計手法を提案し,その有効性を示すとともに,実用性の高い演算器モジュールジェネレータを実現した.
著者
根津 朝彦
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は、研究実施計画通り学位申請論文「戦後「論壇」における『中央公論』のジャーナリズム史研究-「風流夢譚」事件と編集者の思想を中心に」を完成させた。2009年5月の予備審査に草稿を提出し、それに合格し、同年11月に博士論文を提出し、2010年3月に博士(文学)の学位授与が認められた。本年は、とりわけ博士論文の未完成部分であった一章の論壇時評の分析と、二章の『中央公論』の主要論文の分析を中心に取り組んだ。一章では、1945~1972年の『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』の膨大な論壇時評を読み込み、それぞれの時期ごとの特徴を位置づけた。二章では、これまで作成したものに加えて、1950年代後半の『中央公論』の論調を代表するルポルタージュの分析を行った。それにこれまで総計22人延べ30回の聞書き調査の内容を精査し、中央公論社の一次資料である『書店はんじょう』『中公社報』『社内だより』の分析を盛り込み、これまでの投稿論文から構成した三章と四章に加筆して、博士論文を完成した。研究の成果は大きくいって四点に集約される。第一に、戦後「論壇」の全体像を提示したこと。第二に、その「論壇」において『中央公論』を特徴づける主要論調を明らかにしたこと。第三に、「風流夢譚」事件の全貌を戦後ジャーナリズム史の中で位置づけたこと。第四に、総合雑誌編集者の役割の問題提起を行ったことである。2年間を通じて滞りなく研究課題を遂行し、最大の研究目的である博士論文の完成を計画通り達成することができた。
著者
斎藤 喬
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年度は、当初の研究実施計画に沿って平成19年9月21日から同年12月21日までの91日間フランス共和国に滞在し、研究対象となる「グラン・ギニョル」に関連する文献資料等の収集を行った。これまでパリの「グラン・ギニョル」に関連する研究はフランスにおいてもごくわずかなものであったが、本年はアメリカの研究者によるロンドンの「グラン・ギニョル」についての専門書が刊行された。また、演劇史的観点から「グラン・ギニョル」以前となる17世紀までのホラーのスペクタクルについて論文集が編まれるなど、ごく近年になって非常に著しい成果が見られる。報告書の作成においてこれらの関連資料は不可欠であると同時に、欧米における「恐怖」研究の広がりと深まりを如実に感じさせるものである。しかしながら、宗教学的な視座をもってこのような対象を分析する研究は現在のところ管見の限り見当たらない。上記した「グラン・ギニョル」関係の成果以外に、本年度は雑誌論文が一本掲載された。そこでは、十八世紀西欧において、啓蒙主義思想家たちが当時の民衆を理性の光で開明された状態へと導こうとする言説と、彼らが批判し脱却しようとした旧弊としてのキリスト教的な制度を形作る説教の言説とが「教える」という身振りにおいて形式的な相同性を持つことを指摘している。その他、東京大学で行われた表象文化論学会第二回大会において、「死」と「ホラー」を主題とするパネル発表を企画し構成した。広義のスペクタクルに携わる多くの研究者が集うこの大会において、「恐怖」なる感情を直接の研究対象として提示し取り上げることができたのはたいへん有意義なことである。
著者
鄭 潔西
出版者
関西大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

今年度は、研究に関係する資料収集を行った上で、計画したいくつかの課題を遂行した。一、論文「万暦二十一年潜入日本的明朝間諜」(『学術研究』2010年第5期総306期)、「16世紀末明朝的征討日本戦略及其変遷-以万暦朝鮮之役的詔令資料為中心」(『明史研究論叢』第8輯)、「一六世紀末明朝の対日本情報システムの一環となった琉球国」(『南島史学』75・76合併号)、「万暦二十一年豐臣秀吉中毒〓命誤伝考」(王勇主編『中日美系的暦史軌迹』、上海辞書出版社)、「萬暦二十年代傳入明朝和朝鮮的日本豊臣秀吉死亡情報」(松浦章編著『明清以來的東亜海域交流史』、[台北]博揚文化事業有限公司)を発表し、学術報告「Information Networks in East Asia during the Last Decade of the 16th Century : Intercommunication and the Imperial Strategy of Ming Dynasty China」(The Fourteenth Asian Studies Conference Japan(ASCJ)、日本・東京・早稲田大学、2010年6月19日)、「16世紀末的東亜和平構建-以日本侵略朝鮮戦争期間明朝的外交集団及其活動為中心」("東亜区域合作与中日韓美系"学術研討会、中国・上海・復旦大学、2010年11月8日)、「関于隆慶万暦前期倭寇的両个問題被虜人和御倭賞格」("国際視野下的中西交通史研究"学術研討会、中国・広州・〓南大学、2010年12月20日)と「16世紀末的東亜-以中日両国向的人物往来和情報流通力中心」(広東省社会科学院広東海洋研究中心招待講演、中国・広州・広東省社会科学院、2010年12月30日)を行い、明代万暦時期における明日間の人的往来、情報ネットワーク、明朝側の対日本戦略などの諸問題に関する最新の研究成果を発表した。二、関西大学に博士論文「明代万暦時期の中日関係史の研究」を提出し、文化交渉学の博士号を取得した。上記のように、今年度の研究は計画通り遂行した。
著者
岡崎 竜二
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究は強相関電子系において近年数多く発見されているエキゾチックな超伝導状態の解明を目的としている。本年度は重い電子系超伝導体URu_2Si_2の特異な超伝導状態の舞台となる「隠れた秩序」状態について研究を行った。この物質ではT_c=1.4Kで超伝導転移を示し、これまでの熱測定による先行研究や昨年度までの本研究による下部臨界磁場の実験結果より、時間反転対称性の破れた特異な超伝導状態であることが示唆されているが、その発現機構の解明には至っていない。その一方で、この物質ではT_h=17.5Kで比熱が明瞭な2次相転移を示すことが知られており、その秩序変数は発見以後25年経過した現在においても明らかになっておらず、「隠れた秩序」として注目を集めている。この物質では圧力・温度相図においてこの隠れた秩序相でのみ超在導が発現することが知られている。従って超伝導発現機構を解明する上で、この隠れた秩序相の解明は極めて重要である。そこで本研究では、この隠れた秩序状態を明らかにすべく、T_hで何の対称性が破れているかに注目して、磁気異方性に非常に敏感な磁気トルク測定装置の開発及び測定を行った。今回、正方晶単結晶のab面内に正確に磁場を印加することによってトルク測定を宅った結果、隠れた秩序相において正方晶では予期されない2回対称振動を観測した。このことに隠れた秩序が正方晶の面内4回回転対称性を破る電子状態であることを示唆しており、隠れた秩序の解明に向けた重要な実験結果であるといえる。
著者
片岡 佐知子
出版者
奈良教育大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)のBelle実験グループは、社会に向けた情報発信活動の一環として、高校生を対象としたサイエンスキャンプに取り組んでいる。キャンプではBelleの資源を公開・活用して、「研究者と同一の環境」を主軸とした体験型学習プログラムを実施している。本研究では、ネットワークを通じて教育現場や科学館などっくば市遠方の地域において、これらの学習プログラムを実施し、より多くの中学生・高校生が科学コミュニケーションに参加できる基盤を築き上げることを目的としている。学習者にとって興味の持てる研究環境を具体的に把握する基礎研究として、高エネルギー加速器研究機構において平成21年9月20日~23日の日程でサイエンスキャンプを開催し、参加高校生23名に対してアンケート調査を実施した。さらに、これまでに得られた成果を基に、中学生を対象とした学習プログラムを開発し、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、奈良女子大学附属中等教育学校、熊本県南小国町立南小国中学校の3地点をインターネット回線で結んだ遠隔授業、及び実習授業を平成22年1月~2月にかけて全3回にわたり実施した。遠隔授業は大阪大学と共同で遂行し、大阪大学が開発した「超鏡(ハイパーミラー)」システムを利用した。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力を得て、超高速インターネット衛星「きずな」の衛星回線を利用した。
著者
関根 和生
出版者
国立情報研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は,身振りは幼児期から発話生成に影響を及ぼしているのか,また,身振りの使用が言語発達と共にどのように変化するのか,ということを実証的に検討することである。この目的を遂行するため,最終年度では,以下の4点の研究活動を行った1.平成21年度に行った研究1「談話構築における身振りの使用とその変化」と平成22年度に行った研究2「児童期における空間利用の変化」の結果から,児童期における身振りと空間利用の発達段階を提案した。また,自然状況下での談話場面のデータを収集・分析した。その結果,実験的場面から得られたデータを支持するものとなった。2.本研究の理論的貢献となる"身振りと発話の変化に関する説明理論"と,"発達段階ごとの身振りの産出モデル"を構築した。3教育心理学会や,データ収集を行った小学校で研究成果を報告し,現場の教師からフォードベックをいただいた。それをもとに,実践的貢献となる研究結果の教育場面への応用を提案した。身振りの空間利用の仕方が談話発達の予測することから,身振りが指標となるという提案である。4.最後に,本研究の問題点や限界点を総括し,今後の課題や研究の方向性を検討した。以上の研究活動から,児童期後半から,談話知識とともに人物参照のための身振りが出現することが明らかになった。この現象は,教室場面や自然会話場面など,幅広い文脈でみられるものであった。これらの知見は,談話構築がマルチモーダルに達成されていることを明らかにするデータであり,これまで言語を中心に分析してきた談話研究に対して,新たな理論的・実践的観点を提供するものである。
著者
中野 琢磨
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究の目的は,微細加工技術のフォトリソグラフィーを用いて円形断面を有しかつ内径の滑らかな変化を有する内径10-500μmの細動脈・毛細血管モデルを作製し,血管シミュレータ・再生医療への応用を果たすことである.これまでに私が作製してきたブロック型毛細血管モデルは,大学医学部におけるIn vitro実験や,民間企業における医療機器開発の評価デバイスに用いられたりしている.また,ワックスプリンター製血管モデルとしてのマクロ流路とフォトリソグラフィー製ネットワーク血管モデルとしてのマイクロ流路をシームレス接続した,循環型血管シミュレータに関する研究はAmerican Institute of physicsのBiomicrofluidicsに掲載された.積層型三次元露光装置の開発においては,高精細な加工精度を有する様々な微細加工法を比較検討し,システムとして一番安定している二光子光吸収法(分解能:100nm)を採用した.本システムは,二光子光吸収を発生させるフェムト秒レーザと,レーザ光をスキャニングする光学系・ステージ制御機構により構成されている.従来研究では,光造形やフォトニック結晶の作製例があるがサブマイクロオーダーの血管モデルを作製した例はなく,非常にインパクトのある研究である.また,マスクアライナとフェムト秒レーザを併用してパターニングする方法(Femto Mask hybrid Exposure : FMEx)を提案し,循環型三次元毛細血管シミュレータを作製することに成功した.
著者
佐藤 雅浩
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

本年度は、主として明治末から昭和初期にかけて発行された医学書・医学雑誌・マスメディア資料などを収集・分析し、当時の精神医学者らによって構成された病理学的心理学言説を通時的に考察した。その結果、20世紀初頭には大衆レベルで「神経衰弱」や「神経病」に関する言説が幅広い注目を集めていたこと、また1920〜30年代に入ると、欧米から導入された「精神衛生(Mental Hygiene)」概念が、医学者・福祉事業家などを中心とする専門家の広範な関心を集めていたことを見出した。次にこれら戦前の病理学的心理学言説を考察した結果、そこでは従来指摘されていたような精神医学による「逸脱の医療化」の実践とともに、より軽微な疾患(神経衰弱・ノイローゼ等)を社会的に発見・治療するための「日常生活の医療化」の実践が開始されていたことを実証した。これは現代社会における「メンタルヘルス」概念の起源を考察したものであり、近代日本における精神医学が、全人口の精神的健康を診断する「社会医学としての精神医学」へと変貌した過程を分析したものといえる。さらに以上の考察を行う中で、近代日本の病理学的心理学言説を分析する際に「逸脱の医療化」と「日常生活の医療化」という二系列の言説を包括的に射程する必要性を見出した。すなわち、従来の歴史社会学的研究では前者の実践のみが分析される傾向にあったが、近代日本における病理学的心理学言説を総体的と把握するためには、両者の言説=実践がどのように関連しつつ構成されてきたかに注目する必要がある。たとえば戦前の「精神衛生」概念には、日常的な精神疾患に対処する「日常生活の医療化」という側面と、触法精神障害者や「変質者」に対処する「逸脱の医療化」の側面が並存しており、本年度の研究では20世紀の病理学的心理学言説の原型がこの概念(精神衛生)に象徴されていることを示した。
著者
金子 貴昭
出版者
立命館大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

当年度は、板木デジタルアーカイブと、2009年度に構築した板本デジタルアーカイブの連携に取り組み、公開されているシステムに実装を行い、研究ツールとしての付加価値を高めた。奈良大学に板木が所蔵されている享保十七年版「十巻章」の諸本調査のため、7月に真言宗智山派智積院智山書庫所蔵本の調査を行った。奈良大学所蔵板木は、半丁ごとに板木が寸断された状態で伝存しているが、袋綴じと粘葉装の板本を摺刷できるよう、元4丁張の板木を半丁毎に分断したものであることが判明した。板木が現存する板本を対象に匡郭高の全丁採寸調査を行い、匡郭高低差および板木の構成に相関関係を見出し、かつ高低差発生の原因が木材収縮に起因することを明らかにした。昨年度デジタル化を行った出版記録の記述内容について検証を進めた。結果、異なる記録間で情報の出入りや齟齬があり、可能な限り全ての記録を参照して初めて確定的な事実が得られるとの結論に至った。当年度は、2009年度以前の成果報告に上記の研究成果を加え、博士学位論文「板木デジタルアーカイブ構築と近世出版研究への活用」の執筆に注力し、博士(文学)の学位を取得した。
著者
宇野 佑子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

ミツバチは齢差分業や高い記憶学習能力といった発達した脳機能を持つ。前年度までに得られた研究成果から、ミツバチで顕著に発達している高次中枢(キノコ体)の小胞体がカルシウム放出、貯留機能を亢進していることを示唆する結果を得た。ヒトの脳ではこれらの遺伝子の亢進は報告されているが、ミツバチの近縁種でありモデル生物であるショウジョウバエでは検出されておらず、これらの遺伝子の亢進が社会性を持つ生物でのみ亢進している可能性もあると考えている。本年度はこの結果を国際紙に投稿すべく追加実験・論文執筆を行った。またミツバチで上記仮説等を検証するためには、脳への遺伝子導入系やその評価系が必須であると考えられるが、これまでにミツバチ成虫で利用可能な実験系は確立されていない。そこでその実験系の確立を目的に、ウイルスベクターを用いたミツバチ脳への遺伝子導入系の確立に携わった。まずは系の確立を目的としているため、Green Fluorescent Protein(GFP)遺伝子を成虫にインジェクションした個体の脳を用いて、インサイチュウハイブリダイゼーション法により脳へのGFP導入が検出可能かを検討し、同方法で検出が可能であるという結果を示唆した。遺伝子導入系やその評価系を確立することは、本研究の仮説検証に必須であるのみならず、ミツバチの脳機能と脳で発現している遺伝子の機能の相関を検証するうえで重要であり、研究分野へのインパクトが非常に大きいものである。
著者
栗本 陽子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

雍正2年(1724)に来朝したチャンキャ三世は,主に乾隆年間に清朝のチベット仏教政策を牽引し乾隆帝の最も信頼するチベット仏教政策顧問として大きな足跡を残した人物として有名である。その来朝の経緯を明らかにするとともに,彼が招請され,前世の地位を継承したことが後の清朝のチベット仏教管理制度である扎薩克喇嘛制度にもたらした変化を以下のように具体的に明らかにした。(1)チャンキャ二世の時代から清朝はチャンキャを重用していたが,康煕年間にはチャンキャと同じアムドのグンルン寺系の転生僧に対する重視が始まったに過ぎず,チャンキャの地位は定まっていなかった。雍正年間にチャンキャ自身の転生者が来朝してその地位を継承したことで,初めて後代に受け継がれる慣例ができた。(2)チャンキャ三世招請が決定されたのは清朝による青海平定の最中で,雍正2年正月のグンルン寺との交戦後であった。当初の予定になかった幼いチャンキャ三世の招請によって,清朝とアムドの寺院勢力の間の紐帯となりうるチャンキャ三世の存在感が高まり,その後双方によってチャンキャと清廷の因縁が随所で強調され,利用されていった。(3)雍正12年にチャンキャ三世が大国師を継承するにあたり,清朝とアムド寺院勢力双方の思惑により,チャンキャ縁の複数の転生僧が禅師としてその脇を固めることとなった。これにより,札薩克喇嘛制度がチャンキャ体制ともいうべき形へと整えられていく。チャンキャ三世が前世の地位を継承したことで,このチャンキャ体制も転生相続制度によって代々継承されていくシステムができていった。雍正年間のこれらの決定は,その後のチャンキャの地位を安定的且つ絶対的なものとし,またそれまで方向が定まっていなかった清初からの扎薩克喇嘛制度そのものを大きく転換させるなど,後世に大きな影響を及ぼすものであった。
著者
上田 真世
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

昨年度、アヒル(水禽類)及びニワトリ(家禽類)各線維芽細胞に対するA/duck/HK/342/78(H5N2)感染実験において、ニワトリ細胞でのみ生じる進行性のアポトーシスの要因としてミトコンドリアの膜電位低下を明らかにした。これに基づき、今年度は膜電位低下の主要因とされる活性酸素の過剰産生ならびに細胞内Ca^<2+>濃度の変化に焦点をあて、ニワトリ細胞におけるアポトーシス誘導に関与するか検討した。ニワトリ細胞における活性酸素マーカーの発現はH5N2感染・非感染群間で大差は認められなかったが、抗酸化剤存在下において細胞生存率の回復が認められた。次に発育鶏卵を用い抗酸化剤処理・非処理両群にH5N2感染実験を行ったが、両群間で鶏卵平均死亡時間に変化は見られなかった。以上の結果より、H5N2感染時細胞単位では活性酸素の過剰産生がニワトリ細胞における進行性のアポトーシスに関与している可能性が示されたが、個体単位における病原性には活性酸素に加えさらなる因子の存在が示唆された。一方、細胞内Ca^<2+>濃度に関してはニワトリ細胞においてH5N2感染時顕著な濃度変化は認められず、Ca^<2+>キレート剤存在下においてもアポトーシスは進行した。これらの結果よりH5N2感染時のニワトリ細胞におけるアポトーシスにはCa^<2+>濃度変化は関与しないことが明らかとなった。アポトーシスに関与するウイルス因子として、昨年度組み換えウイルスを用い高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV)のヘマグルチニン(HA)が重要であることを示したが、今年度はHPAIV-HAが細胞外から内へのCa^<2+>の流入を促す因子であり、その結果細胞内Ca^<2+>濃度の上昇をもたらしアポトーシスを誘導することを見出した。またHAと相互作用する宿主因子として小胞体シャペロン蛋白質であるGRP78を同定した。
著者
李 佑眞
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究ではRC造建築物の外装塗料が様々な環境条件により劣化し、RC造建築物の中性化現象が起きることを考慮した有限要素の構成モデルを設定し、様々な環境条件に露出された建築物の外装塗料の劣化挙動を有限要素解析による予測を可能とすることを目的とし、実環境と近い実験環境でRC造建築物の外装塗料の劣化を促進させ、その劣化による中性化抑制効果の変化を実験的に検証した後、その結果を用いて外装塗料を施したRC造建築物の有限要素構成則を構築し、より正確な解析及び劣化挙動評価を行った。本研究での特徴は実環境を再現することで紫外線、凍結融解作用による劣化を受ける建築物の外装塗料に対して促進試験を定量的に行い、促進試験と実環境の関係を解明することが可能になったと考えられる。なお、これまでの研究は実環境での劣化を実験的に様々な促進試験を行い、また、実際複合的に起きている実環境での劣化を個別的劣化と考えている結果となっており、その結果を用いて持続可能なRC造建築物の耐久設計をすることができなかった。しかし、本研究の結果により様々な劣化に対し、RC造建築物の外装塗料の挙動を明らかになり、補修や補強の時期を正確に決めることが可能になると考えられる。また、RC造建築物のLCCも計画の段階から低減することができると判断される。
著者
小野寺 恒信
出版者
東北大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究課題では、光触媒還元法を確立し、新規な有機・無機ハイブリッドナノ構造体を創製するとともに、有機・無機双方の特性を相乗的に活かした物性・機能を探求する。本年度は、作製した有機・高分子ナノ結晶をコアとする金属ナノシェル複合体の評価と、複合体の集積化を行った。1.有機・高分子ナノ結晶をコアとする金属ナノシェル複合体の評価ポリジアセチレンナノ結晶をコアとする金属ナノシェル複合体について、SEM/TEM観察および分光測定を行った。金属ナノシェルは、金属種によってシェルの凹凸に顕著な違いが認められた。その中でも、銀ナノ粒子は被覆率の違いと表面プラズモン吸収ピークのシフトに相関かおり、銀ナノ粒子間の双極子-双極子相互作用により議論できた。さらに、共同研究として単一粒子のレイリー散乱スペクトルの測定、特に偏光依存性を評価した結果、ポリジアセチレンナノ結晶の光学異方性に対応したスペクトルを観測すると共に、銀ナノ粒子の表面プラズモン吸収についてもコア結晶の屈折率の異方性に影響されたスペクトル変化が観測され、単一粒子レベルでコアーシェル間の相互作用を詳細に評価できた。これらは、複合体の構造と電場増強効果の相関解明に向け、重要なデータと成り得る。2.金属ナノシェル複合体の集積化交互積層法を用いて、複合体を35層まで積層し、非線形光学特性評価に必要な吸光度1程度の薄膜の作製に成功した。しかし、薄膜のSEM観察から、μmオーダーの凝集体が確認でき、より光学品質の高い薄膜を作製するには積層過程での複合体の分散安定性に留意する必要がある。以上のように、金属ナノシェル複合体の評価を行い複合化の特色を明確にすると共に、複合体の集積化を行うという当初の目標を達成できた。また、本研究の成果は学会および論文発表を行った。非線形光学材料・触媒・メタマテリアルなどの作製に貢献すると期待している。
著者
山田 明徳
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究計画の主要な仮説は「熱帯林床のリター(枯葉、枯枝)をめぐって、微生物とシロアリとの間に競争関係がある」のではないか、というものである。前年度までに、微生物によるリターの分解量(リターの炭素無機化量=呼吸量による二酸化炭素の放出量)が雨期になると増加することを示してきた。「熱帯林床のリター(枯葉、枯枝)をめぐって、微生物とシロアリとの間に資源獲得競争関係がある」とすれば、微生物によるリター分解量が比較的少ない乾期にシロアリによるリター分解量が多くなることが予想される。そこで、タイ国・サケラートのシロアリによるリター分解を代表するキノコシロアリの菌園の現存量(土壌中に分布するキノコシロアリの菌園の現存量)を雨期と乾期とで比較し、乾期に比べると雨期では統計的有意に少なくなることを明らかにした。したがって、熱帯林の降水量の変化は微生物とシロアリによる分解量のそれぞれに逆の影響を及ぼし、微生物とシロアリが結果として相補的に熱帯林床におけるリターの迅速な消失(分解)に関係していることが示された。熱帯林におけるリター分解におけるシロアリの重要性は上述のように定量的には明らかになってきたが、空間的にどのようにシロアリがリター分解に関わっているか、ということは明らかになっていない。しかしながら、リターの分解過程を詳細に明らかにし、熱帯林の炭素循環や二酸化炭素収支などを考える上では、空間的に不均質に分布するシロアリによるリター分解パターンを解明することは必要不可欠である。そこで、メッシュサイズが異なる2種類のケージを用いてそれを比較することで、シロアリによるリター分解の強度と頻度を調査した。その結果、シロアリによるリター分解は微生物によるリター分解と比べると局所的・集中的に起こることが明らかになり、シロアリはリターの分解過程を空間的に不均質にするような効果があること明らかになった。
著者
前原 由喜夫
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本年度は昨年度から行ってきた協同実行機能課題に関する実験を継続すると同時に,成人の「心の理論」における作動記憶の役割に関する研究成果を英語論文にまとめた。また,新たな成人の「心の理論」課題も開発して国際学会で発表した。さらに,小学校で注意欠陥多動性障害(ADHD)児童の療育の実施とスーパーバイズを行い,共同研究者とともにADHD児童の社会的場面における実行機能の改善に焦点を当てたトレーニング課題を論文化する準備を進めてきた。実行機能は人間の目標志向行動を支える認知機能の総称であり,前頭葉にその脳機能が集中しているとされ,今まで数多の研究が行われてきたが,他者との協力場面における実行機能の働きについては検討されてこなかった。そこで,協同実行機能課題に関する研究では,他者との協力場面における実行機能の働きをコンピューターとの協力場面における実行機能の働きと比較することによって検討した。実験の結果,相手が人間のときのほうが自分の反応をうまく抑制できていることが判明し,対人状況での共感性が高い人ほど自分の反応のコントロールも十分にできていることがわかった。この結果は,対人協力状況における実行機能の働きが,従来調べられてきたコンピューターを相手にして1人で課題を遂行するときの実行機能の働きと異なる特徴を備えている可能性を示唆している。ADHDは実行機能の障害が原因だと広く考えられてきたため,実行機能課題を繰り返し訓練して注意制御能力の改善を実現した研究はいくつか存在する。しかし,注意制御能力が改善されても多動性や衝動性といった問題行動の改善が見られていない。そこで,上述の協同実行機能研究の知見を踏まえて,対人協力場面で実行機能を駆使する必要のあるトレーニング課題をADHD児童に実施し,行動制御能力の改善を試みる研究を行った。