著者
神谷 真子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

現在までに、新規フルオレセインを母核として分子内光誘起電子移動(PeT)を最適化することで、β-ガラクトシダーゼに対する高感度蛍光プローブ(TG-βGal、AM-TG-βGal)の開発に成功した。そこで本年度においては、同様のストラテジー、つまりPeT、による精密な蛍光制御法が、フルオレセインとローダミンの骨格を半分ずつ有するロドール骨格にも有効であるか検討した。ロドール骨格は、フルオレセインの持つ優れた蛍光特性(高いモル吸光係数・蛍光量子収率)に加え、フルオレセインよりも褪色に強い、導入する置換基により吸収・蛍光波長が変えられるという魅力的な特性を有するにも関わらず、これまでに蛍光プローブの母核として用いられることが少なかったため、本研究においてはその特長を生かした新規蛍光プローブの開発を行うことを考えた。まず始めに、ロドール骨格のフェノール性水酸基に、ROSとの反応部位兼蛍光消光部位としてHydroxyphenyl基、Aminophenyl基を導入したRhodo1-HP及びRhodol-APを開発した。蛍光特性を精査した結果、これらのプローブの蛍光強度は低く抑えられていたことから、ロドールの蛍光もPeTにより制御可能であることが示された。また、各種ROSとの反応性を検討した結果、Rhodol-APはOCl選択的に蛍光強度上昇を示し、当研究室で開発したHPF、APFやMitoHR、MitoARとは異なるROS選択性を示すことが明らかになった。また、好中球で産生されるROSも蛍光検出できることが示された。また、ロドール骨格を母核として、β-ガラクトシダーゼに対する蛍光プローブHM-rhodol-βGalの開発も行った。このプローブはβ-ガラクトシダーゼと反応することにより約90倍の蛍光強度上昇を示し、かつ生細胞におけるβ-ガラクトシダーゼ活性を検出可能であることが示された。
著者
名倉 仁
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

バクテリア由来のNaチャネルであるNaChBacの変異体解析によって、電位センサーに位置するT110にシステインを導入した際に自発的なチャネルの失活が観察されており、この事実はT110C同士の結合が強く示唆されていた。これについて、4つのサブユニットを結合させた変異体の解析によって、T110間の近接は一つのチャネル内部で起こりうる事を示すことが出来た。また、今までの様々な変異体の解析から得られた知見を統合し、これをNaChBac以外のチャネルで見られる現象とも比較しながら実験結果を解釈して、電位依存性イオンチャネルに対する議論を深めることが出来た。まず、4量体型のNaChBac変異体に導入したシステインの影響を解析した結果から、24回膜貫通型のイオンチャネルのサプユニット配置を議論し、これらのチャネルのサブユニットが周回状の配置を取らない可能性を示唆した。また、T110C変異体の電流減衰の挙動を解析した結果から、電位センサーの側方への可動性は、脂質膜の性質変化などの膜電位とは別の機構によって制御されているのではないかという仮説を提起した。電位依存性イオンチャネルの開閉と脂質2重膜の性質との関係は、電位依存性のKチャネルでも報告されており、本研究で見出された電位センサーの側方への動きはこういった性質の基礎となっている可能性を示唆した。本研究の結果は、Biochemical and Biophysical Research Communications (399巻341-346頁)に投稿して発表した。
著者
伊敷 吾郎
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、この世界に存在する四つの力(重力・電磁気力・強い力・弱い力)を記述できるようた理論(統一理論)を構成することにある。超弦理論は統一理論の候補として期待されているが、その構成は非常に困難であることが分かっている。そこで、AdS/CFT対応という関係が注目されている。この関係は、超弦理論が超対称性を持ったゲージ理論によって記述される、という予想である。この対応が正しければ、ゲージ理論を用いて超弦理論を理解することができる。本研究ではこれまで、この対応を示すために、N=4SYM理論というゲージ理論をある行列模型のラージN極限として定式化した。この行列模型による記述を用いることで、強結合領域(相互作用が非常に強いような領域)においても物理量を計算することができると期待される。原理的には、このような領域での計算結果を、超弦理論側の計算結果と比較することで、AdS/CFT対応の成否を確かめることができるのである。私は、強結合領域の解析に向けて、この方法の有効性をいくつかの側面からチェックした。まずウィルソンループや場の相関関数などの期待値が、行列模型から正しく計算されることを示した。また、有限温度領域で、弱結合極限で知られていたSYMの相転移を行列模型を用いて再導出することができた。今後、この行列模型によるゲージ理論の定式化を用いて、様々な物理量を計算することを計画している。例えば、超弦理論で見られるブラックホールの相転移が、ゲージ理論側の計算で確認されるかどうかを確かめたい。
著者
大塩 寛紀 GRAHAM Newton NEWTON Graham
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

本研究では、高い分子設計の自由度と電子状態の多様性をもつ金属多核錯体の特徴を生かし、適切な有機配位子を選択し、反応条件の試行錯誤を行うことにで、金属イオン間の相互作用や相乗効果による特異な物性・反応性の発現を目指して研究を行う。特に、自己組織化を伴う超分子錯体合成においては、生成物質を正確に予測することは困難であり、高度に分子設計することでプログラミングされた自己組織化を行うことは機能性分子材料の開発に不可欠であるといえる。本研究では特異な分子構造・結晶構造および電子状態をもつ超分子の創出を目的とし、以下の実験を行った。金属イオンの多核化に必要な架橋配位子であるトリアミン誘導体の合成を行い、これを原料とする新規配位子を合成した。さらに,これまで合成したコバルトクラスターや他の骨格構造をもつクラスターのコリガンドを変えることにより、反強磁性的相互作用をもつ多核錯体など、多様な磁性を示す物質系の合成に成功した。トリアジン骨格を持つリジッドな新規配位子をもちいた場合、金属イオン間に反強磁性的相互作用を示す、混合原子価多核金属錯体M_6(M=Ni, Co, Mn)の合成に成功した。また、異種金属錯体である{M_3M'_3}錯体(MおよびM'=Ni, Co, Mn)の合成にも成功し、元素分析・構造解析および磁気測定から、混合金属多核錯体であることが明らかとなった。これらの結果から、適切な配位子選択と合成条件の試行錯誤により、特徴的な磁気的相互作用を示す様々な多核金属錯体の構築に成功した。
著者
田中 均
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

当該年度の研究実績は、主に以下の三点に整理できる。(1)シュレーゲルの小説『ルツィンデ』(1799年)の研究成果を『美学』に投稿し、修正を経て掲載された。修正の段階では、芸術創造における親密性の役割についてのシュレーゲルの思想を、社会学者ニクラス・ルーマンの親密性に関する理論と関連づけて、シュレーゲルの歴史的な位置づけを明確にすることを試み、恋愛と友情との関係、親密性と芸術との関係についてシュレーゲルの思想に独自性があることを指摘した。(2)シュレーゲルにおける「新しい神話」と公教性/秘教性の問題を検討し、研究成果を国際美学会議で発表した(英語)ほか、『ドイツ文学』に研究論文として掲載された。論文執筆の過程において、重要な先行研究であるD.v.Petersdorff"Mysterienrede"との関係について再検討し、研究の独自性を明確にした。特に、1800年頃までのシュレーゲルは、公教性と秘教性を厳密に対立させず、両者の性格を併せ持った言語形態として「アイロニー」を構想したことを指摘した。(3)これまでの研究成果を統一的な視点のもとにまとめる作業を行った。具体的には、これまでに発表した研究実績を相互に関連づける、シュレーゲルの「アイロニー」、「ロマン的文学」の概念を改めて整理する、またシュレーゲルの各時期における文学ジャンルの理論を整理するなどの課題に従事した。シュレーゲルの理論をさらに歴史的コンテクストのうちにおく作業は、いまだ途中段階にある。
著者
黒崎 文雄
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

1.「急速熱分解反応を可能にする新規低コスト炭素化炉の開発・設計」急速熱分解反応を可能にする加熱方法として、黒鉛型枠に原料を充填し通電加熱する方法を採用した。通電加熱法の場合、試料量の増加や大面積の実現のためには、黒鉛型枠を大きくする必要がある。しかし、熱容量が増加するため、急速度での昇温はより困難であった。そこで、型枠の厚みを極力薄くした黒鉛型枠を設計・自作し、実験結果をもとに黒鉛型枠の最適化を検討した。その結果、急速熱分解反応を可能にする昇温速度の制御の実現と従来に比べて、10倍程度の重量と面積を有するマクロ・ポーラス炭素材料の合成に成功した。2.「急速熱分解を応用して合成したマクロ・ポーラス炭素材料の多孔質構造の評価と普遍化」加熱温度400℃以下の炭素化物では、著しく早い昇温速度であっても、マクロ・ポーラス炭素材料特有の三次元ネットワーク構造は存在せず、原料の微細構造が維持されていた。一方、加熱温度450℃以上の炭素化物では、昇温速度1℃/秒以上の場合、三次元ネットワーク構造を有していた。また、保持時間による影響はほとんど確認されなかった。以上の結果より、従来の加熱温度より低い温度での合成や保持時間が短縮化できることが示され、より少ないエネルギーでマクロ・ポーラス炭素材料を合成し得ることが示された。3.「原料の疎水性および乾燥方法の相違による微細構造変化」昇温速度以外のファクターによるバイオマス原料の微細構造の崩壊および凝集現象を検討した。t-ブチルアルコールへの溶媒置換したキチンナノファイバーを原料とし、炭素化したところ、原料の微細構造の崩壊が起こらず、原料の微細構造が維持されたナノファイバーカーボンが得られた。原料の疎水性および乾燥方法をファクターとして、急速加熱法に組み込むことで、マクロポーラス炭素材料の特徴である多孔質構造の制御の幅を広げることができると期待される。
著者
吉田 治典 RIJAL Hom Bahadur
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

ネパール・ヒマラヤ地域における伝統的住宅の冬の熱的主観申告調査と温熱環境調査を行い,居住者の熱的満足度と中立温度について以下のことを明らかにした。1)温冷感,快適感と適温感の快適範囲の出現頻度が高く,居住者は温熱環境への満足度は高いといえる。2)Griffiths法で求めた中立温度は,住宅A,B,Cを合わせると10.7℃であり,居住者の着衣量の調節や冬の適応によって,中立温度は一般的に言われている快適範囲より低い。3)住宅Cの中立温度は12.9℃であり,住宅Aより4.5K,住宅Bより2.3K高く,居住者がある程度適応範囲を持っていることから,中立温度の大小は暴露気温の大小によって決定され,同一地域内で中立温度の差がある。また,ネパールの亜熱帯地域における伝統的住宅の夏の温熱環境と居住者の温熱感覚に着目し,パッシブクーリングの観点から分析した。その結果,居住者は室内だけではなく室外や半戸外を適切に利用するパッシブな生活様式をもつこと,気候に則した広い土間床,土や煉瓦の壁,巨大壷などのパッシブ的要素を持つ住宅が形成されていること,近代的な建築材料の利用が必ずしも温熱環境の改善にはつながらないこと,室内で裸火のイロリを利用するためエネルギー効率が良くないこと,などを見出した。得られた成果は以下の通りである。1)居住者の滞在場所に関する調査から,居住者が内部,半外部,前庭を時間的に移動して居住温熱環境を緩和している実態が示された。2)昼間の土間の表面温度は外気温より土壁造で7.4K,煉瓦造で5.9K低い。土間,土壁,煉瓦壁,壷などには夏に涼しく保つのに有効的である。3)開放型イロリで多量の薪を燃焼している台所の昼間の室温が37.7℃であり,台所の過熱を処理する必要がある。4)屋根裏表面温度は昼間に草葺きで37.9℃,粘土瓦葺きで39.4℃,セメント瓦葺きで42.2℃であり,草葺き屋根の断熱性がもっとも高い。
著者
山本 睦
出版者
総合研究大学院大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

本研究の目的は、初期国家成立以前のアンデス文明形成期(B.C.2500-50)における権力の生成過程を動態的に捉え、これを理論化したモデルの構築である。本研究では、当該社会の統合の中心とされる祭祀建造物を対象とし、17年度からペルー・ハエン郡にて遺跡分布調査と発掘調査を実施してきた。調査では、長期の建設活動を確認し、コンテクストの確かな土器などの人工遺物と生物依存体(獣骨、貝)などの自然遺物といった充実したデータを獲得した。そして20年度は、前年度までの成果を受けて出土資料の整理・分析作業に重点的に取り組んだ。建築については、作成した図面と測量データを組み合わせ、時期ごとの建設プロセスを明らかにした。また、人工遺物については地点・層位ごとに整理・分析をすすめ、建設活動との対応を明確にした。特に、土器と石器は、先行研究をふまえて分類し、周辺地域との比較分析の基礎を築き、土器編年を打ち立てた。自然遺物は、専門家に種の同定を依頼し、その結果、海岸部より遠隔地にある調査地で、海産種の貝が特に装身具として多く利用されたことがわかった。また、魚類や獣骨の種の同定を通じて当該地域の生業の一端もうかがえた。さらに、土器内壁の依存体の分析ではトウモロコシが検出され、儀礼活動との関連が強く示唆されるなど、物資の流通ルートといった先史アンデス形成期に関する多くの具体的なデータが得られた。これらは、調査地の社会動態と祭祀建造物を中心として展開した地域間交流の実態を実証データから明らかにしつつあるという点において、アンデス先史学のボトムアップに貢献するだけではなく、アンデス文明形成期における権力の生成メカニズムの実証的な解明作業の手がかりとなるものであり、特に重要である。また、日本では主に研究関連文献を収集、渉猟し、今後の研究の基礎を築いた。
著者
南 暁彦
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

構造相転移において、ある温度領域で秩序相と無秩序相が共存する効果に付いて、弾性効果を考慮に入れたモデルを構築し、それによって安定状態として秩序相と無秩序相が共存するミニマルなモデルを提示することに成功した。これは昨年から行っている中間状態の研究の3次元版であり、これによって3次元系でも中間状態が発生し、2次元と同じ手法で相図を解析することが可能となった。
著者
木島 梨沙子
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

気象庁気象研究所の高解像度全球気候モデル(GCM20)による現在気候再現ならびに100年後予測の出力時間雨量を用いて,100年確率降水量といった異常降雨指標の解析を行った.初めにGCM20による異なる時間スケールの極端降雨の再現性を検証し,その上で将来気候で起こりうる,時間スケールの異なる極端降雨現象の変化とその変化が洪水へ与える影響の評価を行った.具体的には,GCM20から推定された異なる時間スケールD(D=1,7,15日)の年最大雨量ならびにその100年確率降雨量の再現性を,全球雨量計観測情報の日雨量データを用いてさまざまな地域で検証を行った.その結果,日本やアメリカといった中・高緯度の国においてはD=1日スケールでの年最大雨量の再現性は良く,100年確率降雨の推定精度も良い一方で,アジアの低緯度域における極値降雨の評価には,D=15日程度の時間積分値が必要であることを明らかにした.またアジアモンスーン域を対象として,異なる時間スケールD(D=1,3,6,12時間,1,7,15日)の100年確率降雨量の将来変化を解析した.また,将来変化については100kmの空間平均値を用いた評価方法を提案し,多くの領域で将来変化の顕著なトレンドを抽出することに成功した.さらに,年最大D雨量の生起する季節(月)の変化にも着目し,降雨の時期の移動が将来の洪水に及ぼす影響を検討した.極値降雨が生起する時期についてはメコン河流域において顕著な将来変化を認め,将来,年最大15日雨量の生起する時期が9月から8,月に早まる傾向にあることを示し,将来,メコン河下流域の洪水のピークを早めることに寄与する可能性があることを提示した.またその15日雨量の将来変化をもたらした要因として,気象場の解析を行った.
著者
太田 和孝
出版者
大阪市立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2006

私は、一昨年・昨年に複数の代替繁殖戦術を持つタンガニイカ産カワスズメ科魚類Telmatochromis vittatusの雄の精子形質についての研究を行った。この研究は、精子の形質はこれまで言われてきたことに加えて、「受精場所」の影響を受けることを新たに発見した(なお、この研究結果はEthology誌に投稿し、現在リバイス中である)。私は、この結果が一般的な現象であり、体外受精生物の精子形質は、配偶システムの進化と共に変異してきた受精場所の影響を大きく受けて進化してきたであろうという仮説を立てた。そこで、本年度は配偶システム・受精場所が様々な複数の種を対象に精子形質と受精場所の関係を調べた。この調査において、24種の行動観察・精子形質・DNAサンプルを採集した。現在、これらのサンプルを解析している最中である。具体的には、精子の寿命と運動性を撮影したビデオから測定し、鞭毛の長さをホルマリンサンプルから計測している。また、父性判定をおこない、どれぐらいの雄が1回の配偶に参加しているのかということを測定し、精子競争のリスクを評価している。これまでみられる全体的な傾向として、口内で受精が起こる種は精子の寿命が長いこと、基質で受精が起こる種は、受精場所と代替繁殖戦術との交互作用が精子の形質に影響を与えるように思われる。また、代替繁殖戦術を持つ種の精巣は非常に重いということが分かった。しかし、この傾向に矛盾する種も見られる。現在は父性判定が進んでいないため、行動観察によってのみ精子競争のリスクを評価している。それゆえ、この結果は精子競争のリスクは正しく評価されていない状態でものである。今後は父性判定を進めていく。
著者
浅野 友子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

1970-1980年代にかけて、北東アメリカや北ヨーロッパの国々ではpH4.7以下の酸性雨が降り、森林流域からの流出水のpHが5.0以下に低下するなど陸水の酸性化が顕在化する地域が見られた。日本では同程度の酸性雨が降っているのにもかかわらず、現在のところ流出水の酸性化は顕在化していない。将来予測を行なうためには、日本で酸性化が起こっていないメカニズムについて明らかにする必要がある。本研究では、これまで継続して行なっている滋賀県南部田上山地での詳細な水文・水質観測に基づいて、森林の成立と土壌生成にともなう流域の酸中和過程の時間変化について検討してきた。本年度は、これまでに得られた結果や、日本の他の地域で得られた結果それに北欧米との比較から、上述のように日本では陸水の酸性化が顕在化していない原因について検討した。その結果、日本の山地流域においても、森林土壌は北欧米の過去に酸性化した地域と同様に酸性化しているが流出水の酸性化は見られないこと、田上山地で得られた知見からその原因の一つとして岩盤中の流出経路における酸中和が卓越するためであることが明らかとなった。岩盤中の水移動についてはいまだ不明な点が多く、その流出経路とそこでの酸中和過程を明らかにすることが日本における酸性雨の陸水影響の将来予測をする上で重要であることが示された。また、山地森林流域からの流出水の水質は、斜面の浸透過程のみならず、渓流の流下過程における生物地球化学過程等によってもコントロールされる。それらの過程には、森林植生、土壌、地質、地形などさまざまな要因が関与していると考えられる。そこで、それらの要因の空間分布が山地斜面の酸中和機構に与える影響を評価するために、流域のスケールとの水質の分布を500ha程度の流域内で多点で調査し、実態を捉えた。その結果、多くの無機イオン、シリカ濃度については、集水面積の小さい採水地点では大きくばらつくが、集水面積が大きくなる(>10~100ha)とある一定の値に収束する傾向があることが明らかとなった。
著者
河本 昇 DE BEAUCE Vivien DE BBEAUCE Vivien
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2004

V de B氏は博士論文の定式化の拡張として、ゲージ場まで拡張した格子上でのWhitney formsを用いた場の理論の定式化に取り組んできており、その定式化の完成が滞在中の研究テーマの一つであった。この定式化の持つ最大の特徴は、微分形式とホモロジーを基礎とした格子上での定式化になっており、これまで達成されていない格子上のトポロジーを導入した定式化になっている。この部分の数学的な定式化は定義されて上記のまとめとして出版されることになっている。一方この定式化を場の理論の定式化として発展させるために受け入れ研究者の私と色々議論を行ってきた。その結果この定式化では、格子上のシンプレックスを特徴付けるために、それぞれの基本単体に幾つかのパラメーターが導入され、これ等のパラメーターが基本単体の部分形式の導入としてトポロジーの性質を取り入れる役割をしており、具体的な格子計算を行ったときにこれ等のパラメーターの役割を明らかにする必要があるが、この点の問題点が依然として残されておりこの定式化が場の理論の定式化として役に立つかの判断が問われておりこの点に課題が残っている。また、受け入れ研究者である私は格子上のゲージ超対称理論の定式化を調べてきており、限られた場合であるがその定式化が完成した。この観点からV de B氏の定式化にどのような関係があるかは、興味のある問題であり議論を続けてきた。V de Bの定式化は、格子上で問題になる微分作用素がライプニッツ則を満たさないという困難が回避できる定式化に成っているのに対し、我々の定式化は超対称電荷をリンクの上に乗せ行列の概念を導入することによりライプニッツ則を満たす代数構造を導入している。これ等の関係を明らかにすることにより、トポロジーと代数構造の関連が明らかになると期待されるが上記のWhitney formsと関連されて導入されるパラメーターの問題との関連が明らかになっていない。そこで我々はこの関連を明らかにすることを一旦離れて、我々の模型の行列模型としての定式化の共同研究を開始し、一つの回答を得ている。ツイストされた超対称ヤング・ミルズの格子上での定式化は行列表式で具体的に表現することが出来ることを示し、現在これに関して論文作成段階にある。
著者
佐藤 もな
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

本研究は未解明の部分が多い鎌倉時代初期の密教思想解明の一端として、当時の代表的な真言僧の一人である道範の思想を中心に文献学的検討を行うことを目的とするものであるが、本年度は以下のような研究活動を行った。1.昨年度の研究実績である、東寺で発見された道範著の新出写本(『貞応抄』断簡)に関し書誌学的検討を加え、その結果を第53回日本印度学仏教学会(於ソウル)で口頭発表を行った。(詳細な内容については、3月末に発行される『印度哲学仏教学研究』第51巻2号に掲載予定。)概要としては、新出写本は13世紀のものであるが、『大正蔵経』掲載本(仁和寺所蔵本)と同様に本文巻尾が中断される形で終わっている点、紙背がある点などが特徴として挙げられる。2.昨年度に引き続き、東寺観智院所蔵の道範著写本のうち、8点ほどの書誌調査を行った。その結果、これまで検討されたことが無く、現存写本の極めて少ない『開宝決疑抄』という文献について、その内容を掌握することができた。これに関しては、今後『般若心経必鍵開宝抄』との比較検討を行いつつ、来年度に学術発表を行う予定である。3.滋賀県・坂本の叡山文庫に所蔵されている道範関係の文献に関し、書誌調査を行った。その結果、これまで存在が指摘されたことのない『秘密念仏鈔』の室町時代写本があることが明らかになった。これについては今後各種写本と校合を行い、テキスト校訂を行う予定である。
著者
住 明正 車 恩貞
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本研究の目的は大気大循環モデルプログラムを用いて、モデルの長期積分を行い、そこに生じる年々変動の解析を行うことである。特に、各種観測データの統計分析やモデル実験の結果の解析を通じてエルニーニョの気候システムへの影響やメカニズムの解明を行うことが中心である。平成17年は顕著な異常気象をもたらした年(たとえば、2004年猛暑)を選び、大気大循環モデル(T106)を用いて季節予報を行い、再現できるかどうかを確認した。研究の開始が平成17年10月からであり、現在は、時間積分を継続しているところである。今までの大気海洋結合モデルの結果では、エルニーニョの振幅が弱いことが示されえている。この主たる理由は、温度主躍層が拡散することであるが、その理由を探ることを行っている。さらに、分解能を高くしたT213の大気大循環モデルを用いて再現を試みている。近年季節予報における結合モデルの重要性が指摘されているので、共生プロジェクトで開発された気候モデルを用いて季節予報を行い、結合モデルと単独の大気モデルの結果を比較している。とりわけ大気海洋相互作用の意味について考察中である。
著者
緒方 知美
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1)平安時代に制作された紺紙金字経典((2)〜(5)、(7)〜(9))、および料紙装飾経典((1)(6))の調査を行った。東京・浅草寺本法華経并開結(11世紀)、(2)中尊寺交書一切経のうち賢劫経巻第十一・阿毘曇心経巻第二(3)神護寺一切経のうち諸法最上王経(4)伝藤原頼通筆無量義経断簡(11世紀)((2)〜(4)は兵庫・黒川古文化研究所所蔵)、(5)兵庫県歴史博物館保管中尊寺交書一切経のうち大般若経巻第二百九十八、(6)和泉市久保惣記念美術館本法華経方便品第二、(7)山口・遍明院本法華経、(8)静岡・妙立寺本藤原基衡発願法華経并開結(保延4年)、(9)福島・松山寺本紺紙金字法華経。(特に表記のない作品は12世紀)2)中国の蘇州・瑞光寺塔発見紺紙金字法華経に関する実地見学・資料収集を行なった。3)平安時代の紺紙金字経典制作に関する文献記録を収集した。作品調査の結果、(1)や(6)の料紙装飾経では、遠視点による細密画風という特殊描法が共通し、それ以外の紺紙金字経とは明らかに異なる系譜にあり、作者も別系統のものを推定すべきであること、本文書体は、11世紀((1)(4))の温雅なものから12世紀の扁平な典型的写経体へと変化すること、紺紙金字経典見返し絵の絵画様式としての完成期が12世紀にあること、が確認された。調査によって明らかとなった、書体と見返し絵の様式展開の並行現象、材質・技法上の共通性、そして当時の記録から考察して、書写をおこなう筆者と見返し絵や表紙絵を描く画家は別個の存在ではなく、経典制作を専門的に行う僧侶として共に活動し、院政期に僧綱位を与えられ社会的地位を確立される「経師」集団の一員として、作善業としての経典書写に自主的な意識をも持って参加していたという仮説を導いた。作者の自主的参与を可能にする経典制作環境が、平安時代の経絵様式の成立を導いた原因となったと結論した。
著者
谷口 円香
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

本研究は、ランボーの詩がもつ強いイメージ喚起力に焦点をあて、詩表現そのものに内在する絵画性を文体論および記号論的アプローチから解明することを目的とする。詩的言語の働き方と絵画の表現構造の共鳴を探り、19世紀後半から20世紀初頭にかけての詩と絵画の関係の変遷という広い視野から、ランボー詩の言語記号の自律が絵画の分野での線と色彩という記号の働き方の刷新に先行し、影響を与えているという領域横断的な考察を提示する意義を持つ。本年度はまず、ランボーのイメージ造形が、昨年度考察したロマン主義的ピトレスク詩、および高踏派の詩の絵画的イメージ造形とどう違うのか分析した。その結果、それら先行詩人の手法を学んだ上でその主観性を批判し、当時の政治戯画といった同時代の視覚イメージの暗喩に満ちた表象の2層構造を意味伝達のレベルにおいて抽出し、手法に取り込むことで、語る自己を巧みに隠し、意味伝達記号として自律した言語表現が喚起するイメージが浮き上がる表現構造が構築され、それが詩的イメージの視覚性を強め、ランボー詩に内在する絵画性を形成していることが明らかになった。ついで、ランボー詩における言葉という記号の革新的使用方法がどの程度後世に認識されていたのか、詩人のみならず画家にも具体的な影響が見られるかを検討した。既に先行研究のある19世紀末の象徴主義の再評価を確認した上で、20世紀初頭の受容に注目し、キュビスムの画家、ロジェ・ド・ラ・フレネが詩人コクトーを通してランボーの詩を知り、『イリュミナシオン』に挿絵をつける予定で制作した版画の存在に着目した。画家のカタログ・レゾネにも載っていない、フランス国立図書館に所蔵されている貴重なリトグラフを参照し、キュビスムと抽象の間で揺れる画家の創作上の進化の過程でランボー詩に対する考察が大きな意味を持っていたことを見出した。その成果をカナダの学会にて発表した。
著者
鈴木 亮平
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2008

平成21年度は,当初の研究実施計画を拡張し,ノードのリアルタイム性を意識した転送ノードのスケジューリング手法(RT-Pipe)とシンクノードから任意の地点へのpipelineの構築手法(BS-Pipe)を提案した.上記提案手法の概要を以下に述べる.1.RT-Pipe:センサデータ送信元ノードとシンクノードとの間でデータ配送を行う配送ノードの往復時間と,ノードの加減速にかかる消費電力を考慮し,送信元ノードのストレージオーバフローによるデータロスを最小にする中で、消費電力を最小とする配送ノードのスケジューリング手法を提案し,平成20年度に提案したセッションプロトコルへの拡張を行った.2.BS-Pipe:平成20年度提案したセッションプロトコルは要求される転送レートが比較的大きいデータを送信する場合を想定しており,温度のモニタリング等,転送レートの小さいデータを送信するノードが比較的多い環境では,有効とは言えなかった,そのためBS-Pipeでは,シンクノードから事前に決定し地点への経路上に配送ノードを並べたpipelineを複数構築することで,領域全体に広がるセンサノードのデータ配送効率を向上させる提案を行った.ここで,BS-Pipeでは,利用可能な配送ノードの数と領域の広さ等のパラメータを元に最適なpipelineの長さ,また数を決定するアルゴリズムを提案した.また,平成21年度は,RT-Pipe,BS-Pipeに平成20年度に提案したセッション管理における経路統合アルゴリズムを加えた統合シミュレーションを行い,評価と議論を行った.さらに平成21年度は,SunSpotを基盤としたプロトタイプロボット7台の作成により、実験環境の構築と簡易実験を行った.
著者
酒井 雄祐
出版者
東京工業大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

水素様窒素の再結合レーザー発振に要求される高速放電パルスを得るための放電部開発を進めた。水コンデンサ後方に,低インダクタンスな自爆型のギャップスイッチ,伝送線路とキャピラリー負荷部を組み合わせるシステムを考案し,より整合のとれた放電部の開発を行った。そして,波高値にして約3倍程度,またパルス幅とし50ns程度のパルス発生を可能とした。また,この装置の特徴として,伝送線路の線路長を変化させることである程度の電流波形制御が可能となった。結果として,75mmのキャピラリーに,電流ピーク値として65kA以上で,パルス幅が50ns〜80ns程度のパルス電流の生成に成功した。並行して,最適な実験条件を探るため,イオンの状態を知るための電磁流体(MHD)シュミレーションコードと,放電部のパルス形成のためのコードの開発を進めた。そして,実験装置で形成可能な電流波形を基に,作成したMHDコードによる計算を行い,水素様窒素の再結合励起に滴する電流波形の形成を試みた。計算結果として,ピーク値50kA,立ち上がり25ns,立ち下がり25ns程度の三角波電流を用いた場合,最大ピンチ時に150eV,電子数密度として1×10^<20>cm^<-3>程度までプラズマが圧縮され,その後10ns程度で数十eVにまで急峻に冷却きれた。そして,ピンチ後数ns後に,全窒素イオンの20%程度が7価まで電離し,小利得信号としてG=1cm^<-1>が得られた。最終的に,実際に開発したパルスパワーシステムにより,三角波電流の生成を行った。そして,実際に放電を行い,窒素プラズマからの放射光の計測を進めた。現在までに,XRDにより波長3nm以下の放射光の時間変化の計測を行った結果,数nsに渡り強い信号を観測し,最大ピンチ時付近における,水素様窒素の存在を確認し,再結合レーザー発振の可能性を示した。