著者
有田 佳代子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.5-20, 2021-09-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
55

本稿は,日本語教師が日本社会のマジョリティ≒日本語母語話者への日本語教育にかかわろうとする,その理由と方法について論じるものである.まず,その理由を三点に整理した.①日常的に非母語話者と場を共有している者として,母語話者に,非母語話者とのコミュニケーション方略を伝えるためである.②日本社会の大言語の教師として,少数言語の価値とその話者の権利を守る,すなわち「ことばの平等」を社会に根付かせる一翼を担うためである.③コミュニケーションの教師として,価値観の違いによる分断と対立を解消するための対話を生み,人と人をつなぐ役割を果たすためである.そして,その方法論として,日本語教師養成プログラムの枠組み転換,市民の一般教養としての日本語教育の位置付け,責任あるステークホルダーへの働きかけ,企業研修への関与をあげ,その一例として大学学部での一般教養科目としての日本人学生向け日本語教育コースの実践概要を報告した.
著者
打浪 文子 岩田 一成 熊野 正 後藤 功雄 田中 英輝 大塚 裕子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.29-41, 2017-09-30 (Released:2018-02-07)
参考文献数
30
被引用文献数
1

本研究では,知的障害者に対する「わかりやすい」情報提供を実践する媒体である「ステージ」と,外国人向けの「やさしい日本語」で時事情報の配信を行うNHKの「NEWSWEB EASY」(以下NWE),およびNWE記事の書き換え元であるNHKの一般向けニュース原稿の3つのメディアのテキストを,文長や記事長,難易度や使用語彙の観点から計量的および質的に分析し,その共通点および相違点を明らかにした.分析の結果から,ステージとNWEの共通点として形態素数や和語の率が近いことや,「外来語」や「人の属性を表す語」などの名詞や動詞を中心とした難解語彙の群があることが示された.また相違点として,ステージには副詞や接辞等に「やさしい日本語」の基準に照らせば書きかえ可能なものがあること,さらにステージのみの特徴として同じ動詞をさまざまな形で重ねて使っていることが示された.条件を統制した上で上記3つのメディアの共通・相違性に関する比較研究を深めること,知的障害者向けの情報提供のさらなる分析と知見の収集を行うこと,従来の研究領域を超える「言語的な困難を有する人」すべてを対象とした「わかりやすい」日本語による情報保障の具体的な方法を提示することの3点が本研究の今後の課題である.
著者
田中 ゆかり 上倉 牧子 秋山 智美 須藤 央
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.5-17, 2007-09-30
被引用文献数
1

日本でもっとも多言語化が進行している東京圏のデパート37店舗を対象に,言語景観調査を2005年に実施した.ランドスケープの観点から店内案内のパンフレットと店内の全館案内掲示,サウンドスケープの観点から閉店時の店内放送の多言語化の実態について報告する.その上で,東京圏のデパートにおける多言語化の進行過程と,デパートという商業形態における言語の経済価値について述べる.実態調査結果からは次の点が明らかとなった.(1)「23区内多言語使用」対「東京近郊単言語使用」という地域差が観察された(2)23区内には次のような地域特徴が観察された.「新宿地域の東アジア系言語重視」「銀座・有楽町・日本橋・東京の西欧言語の取り入れ」(3)東京近郊における「大宮・立川・吉祥寺の多言語化の萌芽」(4)旗艦店に多言語化が著しい(5)パンフレットの多言語化がもっとも進んでいる.ついで店内放送が多言語化している.店内掲示はほとんど多言語化していなかった.(6)多言語化の進行過程として次のパターンが指摘できる.「日本語単言語⇒日本語・英語(2言語)⇒日本語・英語・中国語・韓国/朝鮮語(4言語)⇒日本語・英語・中国語・韓国/朝鮮語+α(5言語以上)」上記結果の背景としては,東京23区における日本語以外の言語を使用する居住者ならびに観光などによる一時滞在者数の多さと,東アジア系ニューカマーの新宿地区における増加が指摘できる.顧客が使用する言語に対応した実質言語としての英語・中国語・韓国/朝鮮語の採用と,デパートのイメージ戦略に対応したアクセサリー的言語(イメージ言語)としての西欧言語(フランス語・イタリア語)の取り入れの両側面が指摘できる.
著者
長岡 千賀 小森 政嗣 桑原 知子 吉川 左紀子 大山 泰宏 渡部 幹 畑中 千紘
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.188-197, 2011

本研究は,心理カウンセリングの対話における,カウンセラーがクライエントを望ましい変化へと導くそのプロセスを明らかにするための予備的研究である.長岡・小森(2009)では熟達したカウンセラーが施行した50分間の模擬カウンセリングを収録し,クライエントとカウンセラーの身体動作の同調性,カウンセラーの発話冒頭形式(発話の最初に相槌的表現がついている,など)およびクライエントの長い沈黙に関して定量的分析を行った.その結果,身体動作の同調性は,カウンセラーの発話冒頭形式の時系列的変化,ないしクライエントの沈黙の出現にほぼ同期して変化していたことが示された.本研究ではこれを踏まえ,非言語行動の変化の直前に焦点を置き,その際のクライエントとカウンセラーの発話内容に対する臨床心理学の熟達者による解釈,ならびにクライエントやカウンセラー本人にカウンセリング映像を見せながら報告させた内観を分析した.結果から,非言語行動が変化するのと対応して,クライエントとカウンセラーに心理的変化が生じていることが示された.クライエントの心理的変化に関わるカウンセラーの技能について議論した.
著者
山本 裕子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.364-380, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
15

近年「材料を切っていきます」や「煮込んであげましょう」のように,手順や方法を説明するような接客場面で補助動詞が多用される.本稿はこの現象が待遇意識の変化の現れの一つとして捉えられることを,大学生への質問紙調査を通して示したものである.調査は接客場面をいくつか示し,1)提示された選択肢の中でどのような表現を好むか,2)その表現にどのような印象を抱いているか,の2段階で実施した.1)の結果,大学生は接客場面において,非敬語よりは敬語を,また短い形式よりも長い形式を好む傾向があることが示された.2)からは,敬語にはもっぱら「丁寧さ」のみを感じているが,補助動詞には「丁寧さ」に加えて「親しい」「楽しい」「優しい」等の近接化に関わる印象を抱いていることが示された.これらの近接化に関わる印象は,各補助動詞の本来の意味からもたらされるものである.同時に補助動詞がしばしば縮約形で用いられることも影響している可能性がある.また調査2)の結果を「距離」の観点から整理すると,補助動詞は水平方向に適度な距離感をもたらすものであると言える.以上のことから,補助動詞の多用は,ポジティブ・ポライトネス・ストラテジーと同じく「共感・連帯」によって配慮を表す志向性(〈寄り添い志向〉)の一つの表れであり,待遇意識の変化の方向性と合致していると結論付けられることを述べた.
著者
西阪 仰
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.83-95, 2008-03-31 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
4

この論考では,ある錯綜した発言を取り上げ,それがいかに秩序だったものであるかを示していきたい.そのなかで,この発言の秩序が相互行為的な秩序であることを明らかにしよう.そのために,順番構成的な完結性と表現形式的な完結性という分析道具と用意する.一方,進行中の発言がいまだ順番構成的にも表現形式的にも完結していない場所が,相互行為のための重要な焦点となりうることを明らかにしていこう.かの発言の錯綜は,このような場所における,可能な相互行為的な問題への対処の結果として,記述可能である.最後に,表現形式的完結性の相互行為的な意味についても触れていく.
著者
田中 真理 長阪 朱美
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.108-121, 2009-08-31

本研究では,なぜライティング評価の一致が難しいのか,その原因について検討する.ライティング・パフォーマンス・テストは真正性は高いが,人間が介在するアセスメントである.主観的になりうる評価の信頼性確保のためには,評価基準の共有と評価者のトレーニングが必要だとされている.田中ほか(2009)では,第二言語としての日本語ライティング評価のためのマルチプル・トレイト評価表を開発し,その講習会を実施した.その後,講習会に参加した8名の日本語教師に2種類各26編の小論文を評価してもらった.その結果,評価の内的一貫性はあったが,個々の小論文では,評価が一致している小論文もある一方で,ずれの大きな小論文も認められた.そこで,原因を探るために,評価者を対象にアンケート調査と評価者間ミーティングを行った.本稿では,そこから得られた示唆をもとに,ライティング評価の不一致の原因について,トレイト,プロンプト,レベル,ライティングの潜在能力,評価者の個人的要因の観点から分析する.本研究において,真正性は高くとも,人間によるパフォーマンス評価には限界のあることが示唆されたが,評価基準の改善,評価プロセスの分析,評価者間ミーティングの活用等によって,ライティング評価一致の難しさの問題は解決できるものと考える.
著者
鄭 惠先
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.58-67, 2001-09

本研究の目的は,複数を表す接尾辞「たち」と「ら」の選択の条件を明らかにすることにある.方法としては,映画シナリオを資料とし,その中から「人称代名詞+たち」と「人称代名詞+ら」の形式を取りだして,使用実讐を考察した.選択条件としては,話し手の属性による観点から「地域差」と「性差」,発話内容による観点から「聞き手包含・非包含」という項目を立てた.すなわち,地域が関東か関西か,話し手が男性か女性か,また,自称複数に聞き手を含むか含まないかを調べ,「たち」と「ら」の使用率を比較した,分析の結果,「たち」と「ら」の使用上の選択条件として,以下のことが検証された.(1)関西では関東に比べ,「ら」の使用率が高い.(2)関東では,男性が女性に比べ,「ら」の使用率が高い.(3)関東では,自称複数に聞き手を含まない文が聞き手を含む文に比べ,「ら」の使用率が高い.
著者
中島 武史
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.109-124, 2021-09-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
50

少数派のみに注目し多数派と切り離された研究は,人々の分断を生み出す危険性がある.このような認識のもと,本論文では分断や二極化を回避する共生のあり方を模索する.最初に,言語面でのサポートとして存在感を増している〈やさしい日本語〉と言語権を批判的に検討し,共生を実現するために不足している論点をまとめる.次に,言語権のもつ二種類の権利保障について確認したうえで,言語権と〈やさしい日本語〉の関係についても検討する.後半部では,言語権を情報保障やコミュニケーションへの権利を含むより普遍的な枠組みに拡張し,障害学的言語権として組み直す.そして,人の多様性にも対応可能な障害学的言語権をもとに,多数派を共生にまきこむことを試みる.最後に,これからの社会言語学は具体的な「場」で起こる相互行為の過程を分析することで,上から与えられた共生ではなく,草の根の小さな共生に目を向ける必要があると主張する.
著者
渋谷 勝己
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.2-10, 2000-03-31 (Released:2017-04-26)

本稿では,徳川宗賢の遺した業績を検討することによって,徳川の学問の特徴を抽出することを試みた.結果をまとめれば次のようになる.徳川は,置かれた状況に対応しつつ,自身の学問の基盤を築き上げてきた.具体的には,(a)徳川には,恩師東条操と,国立国語研究所の先輩柴田武の影響の跡が強く見られる.(b)続いて大阪大学で社会言語学講座を担当するという経験を通して,研究の対象が大きく拡大する.また,具体的な業績については,(C)『日本言語地図』のための調査,糸魚川調査,九学会連合に参加することによって個別的な研究を行うとともに,それらを踏まえたうえで,高所からする方言地理学の理論と方法の深化活動に従事した.(d)また,日本語社会の急激な変貌,日本語の国際化などの現実問題に対応する総合的,実践的な研究分野=ウェルフェア・リングイスティクスを構想した.さらに,誰もが簡単にアクセスできる情報を集積し,研究者間のネットワークを作ることを試みた.自身の思想の独自性よりも,人や環境との相互作用を重んじたところに,徳川の学風があった.
著者
松尾 慎
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.3-17, 2006-03-30 (Released:2017-04-29)

インドネシア総人口の3%前後を占める華人の出自言語である中国地方語とマンダリンは,スハルト政権(1966年〜1998年)の間,教育が禁止され,公の場での使用も禁止されていた.本稿の目的は,インドネシア華人の言語シフトがどのくらい進んだのか,また,ある言語使用領域で華人が何語を選択しているのかを明らかにすることである.さらに,言語シフトと言語選択に影響を与える人口構成,教育環境等の要因に関する考察を行う.調査法として,留置き式のアンケート調査をジャカルタ,メダン,ジョグジャカルタで行い,回収した341部のデータに対し量的分析を行った.分析結果から,ジャカルタでは,中国地方語からインドネシア語への言語シフトが進行中であること,ジョグジャカルタでは言語シフトが最終段階にあること,メダンでは中国地方語が華人の共通語として広く使用されており言語シフトがあまり進行していないことが明らかになった.
著者
植野 貴志子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.64-79, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
25

本研究では,日本語とアメリカ英語の初対面の教師・学生ペアの会話をデータとして,会話マネージントに関わる発話行動を分析し,そこに反映する教師と学生の関係を文化・社会的観点から考察した.同一のテーマを与えられた日英語会話において,教師と学生が(1)会話開始時,どのように第一話題提供者を決めるか,(2)自身による話題提供後,どのように相手を次の話題提供へと仕向けるか,(3)話題が尽きたとき,どのように次の話題を探索するかを分析した.その結果,英語会話では,教師,学生ともに,相手の話題選択の自由を確保しながら話題提供を促す等,対等な働きかけを介して,二者のステイタスの違いを平均化する傾向が認められた.一方,日本語会話では,教師が一方的に話題を提案しながら学生に話題提供を促す等,非対称の発話行動が見られ,そこには疑似親子的な一体感が醸されていることが指摘された.日本人に特徴的な発話行動の仕組みは,理性と感性の二領域のはたらきを含めた「自己の二領域性」のモデル(清水,2003)を導入することにより,より適切に説明されることを論じた.
著者
井上 史雄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.19-29, 2004-09-30

この論文では,従来分析を進めてきた日本語標準語形の地理的分布データについて,新たな地理的情報を加え,二つの単純化技法を適用した.一つは地理的位置を鉄道距離によって表現したことである.もう一つは2次元的な地理的情報を点で表わして,日本列島を東西の1次元で示したことである.これにより,もう1次元に別現象を表示できる.ここでは県ごとの標準語形使用率を示した.地理的位置と標準語使用の散布図にあたる.本論文では「河西データ」を用いた.『日本言語地図』(LAJ)の一部項目の数値データである.鉄道距離という広義の社会言語学的情報を加え,県ごとの標準語使用率との関連を分析した.東京と京都の影響力の大きさをくらべることにより,標準語形使用に古都京都が基本的な力を及ぼしていたことと,東京からの伝播が地域的にも時期的にも限られることが,読み取れた.本稿ではこの考察をふまえて,社会言語学の理論的問題にも言及する.
著者
村中 淑子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.176-183, 2017-09-30 (Released:2018-02-07)
参考文献数
6

「国会会議録」(予算委員会)における伝統的な関西方言の出現の様相をみることにより,なぜ関西方言が公的場面で使われうるのかについて考察した.本稿で調べたのは「~まへん」「~まっせ」のようないわゆる「コテコテ」の関西方言のみであり,国会予算委員会における出現数は約60年の間に約100件とごく少数であった.しかし,それらは国会において,自分の意見を主張して強く相手に迫ったり,ワンポイント的にピシャリと批判したりする文脈で出現すること,当初はごくまれにしか使われていなかったが,1970年代から1980年代にかけて出現数が増え始めたこと,関西方言のノンネイティブであっても聞き覚えて使った話者もいそうであること,などの傾向をみてとることができた.少数事例の観察からではあるが,いわゆる「コテコテ」の関西方言は,ある効果を持つフォーマルスタイルの日本語として公的場面において認知されつつあり,その有用さが,公的場面における関西方言使用の広がりに結びついているという可能性がある,と指摘した.
著者
滝浦 真人
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.23-38, 2008-08-31 (Released:2017-05-01)
被引用文献数
2

"忌避関係対冗談関係","敬語対タメ語","ネガティブ・ポライトネス対ポジティブ・ポライトネス"という3組の二項対立の間には平行関係が存在し,後二者は語用論的な性質をもつ点で"忌避関係〜冗談関係"という人類学的な区分と異なっている.本論文では,その2つの二項対立について,語用論的相対性に焦点を当てながら論じる.第一に,対人的な〈距離〉の表現手段である敬語は,非敬語とともに,話し手からの共感度に応じて人間関係を描画する.話し手が関係をどう見なすかによって描かれる像は異なり,それゆえこの働きは社会言語学的ではなく語用論的なものである.第二に,敬語は談話上で,"表敬""品位保持""あらたまり""疎外"そして"親愛"といった多様な機能を果たし,ときには,同じ形式を使用しても,遠隔的/近接的という正反対の効果が生じることさえある.鍵を握るのは文脈的要因の働きであること,そして,敬語と非敬語の談話上の働きを捉えるには,意味機能と語用論的機能を関数的に結びつける枠組の構築が必要であることを主張する.
著者
辻 加代子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.28-41, 2002-10-31 (Released:2017-04-29)
被引用文献数
1

本稿は,京都市方言・高年層女性話者による談話資料および江戸時代後期上方洒落本(京都板)を資料として,各時代の敬語の運用実態および運用構造を談話分析の手法により解明し,中年層女性の実態と比較検討しつつ変容過程を明らかにすることを試みた.当該方言では日常のくだけた場面において素材待遇語の使用が第三者待遇に偏るとされる近畿中央部方言の敬語運用上の特質を顕著に示すと同時に,関西各地で隆盛が指摘されているハルが専一的に使用されており,尊敬語機能から三人称指標ともいえる機能への変質が認められる.高年層話者においては上記の特徴を強く帯びているもののハルの用法に尊敬語の特質をいくらか残し,江戸時代後期資料にみられる敬語運用には「第三者待遇に偏る素材待遇語の使用」は認められないが待遇の別により異なる敬語形式が用いられていることを具体的に明示した.洒落本資料のうち,天保7年刊行の『興斗の月』にハルの前駆的な形態とされるヤハルのもっとも早い用例が現れ,第三者待遇で使用されていることも明らかにした.
著者
小川 敦
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.68-71, 2023-03-31 (Released:2023-04-08)
参考文献数
7
著者
林 誠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.16-28, 2008-03-31 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
3

時間の流れの中で行為が産出されるとき,進行中の行為は常に「次に何が起こるか」を予示・予告する性質を持っており,そのような性質を「投射」と呼ぶ.投射は複数の人間が互いの行為を調整し,相互行為を協同で構築するための資源を提供する.本稿では相互行為の資源としての投射のメカニズムを文法構造との関連で考察する.本稿の出発点となるのは,発話の統語的軌跡の投射に関して,日本語文法の後置的特性のゆえに,英語と比べて日本語では投射が比較的「遅れた」形で達成されるという先行研究の主張である.この指摘を背景として,本稿では日本語会話でよく見られる,指示詞「あれ」を含んだ発話フォーマットに着目し,そのフォーマットが日本語の「遅れた投射可能性」への対処の手だてとして用いられることを明らかにする.すなわち,文法構造に基づく一般的な「投射の遅れ」の傾向に対処する一つの方策として,日本語話者にも「早期の投射」を実現するターン構築上の戦略的手段が存在することを示す.
著者
石黒 圭
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.39-54, 2022-09-30 (Released:2022-10-19)
参考文献数
18

本論文は,対面コミュニケーションに比べ,話し合いへの参加者の積極的関与が失われ,参加者間の社交が困難になりやすいとされるオンライン・コミュニケーションについて,大学院のオンラインゼミの談話データを用いて,豊かなコミュニケーション活動が行われていることを質的な分析によって明らかにしたものである.参加者の積極的関与については,参加者同士の協力によって話者交替が積極的に行われ,沈黙による気まずさが回避される多様な方略が用いられ,参加者の話し合いへの積極的関与が失われているわけではなく,別の形で維持されていることがわかった.また,参加者間の社交については,オンライン会議ツールで共有されるビデオや音声に積極的に言及することで社交的な発話を行い,接続トラブルや研究上の困難を参加者間で協力しながら解決することで,信頼関係を醸成する姿が明らかになった.