著者
西阪 仰
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.83-95, 2008-03-31 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
1

この論考では,ある錯綜した発言を取り上げ,それがいかに秩序だったものであるかを示していきたい.そのなかで,この発言の秩序が相互行為的な秩序であることを明らかにしよう.そのために,順番構成的な完結性と表現形式的な完結性という分析道具と用意する.一方,進行中の発言がいまだ順番構成的にも表現形式的にも完結していない場所が,相互行為のための重要な焦点となりうることを明らかにしていこう.かの発言の錯綜は,このような場所における,可能な相互行為的な問題への対処の結果として,記述可能である.最後に,表現形式的完結性の相互行為的な意味についても触れていく.
著者
西阪 仰
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.369-383,400, 1985-12-31 (Released:2009-11-11)
参考文献数
24

一九七一年にハーバマースとルーマンの間でたたかわされた論争で両者は、 (1) 意味が社会学の根本概念であること、および (2) 意味概念にはすでに諸主体の非同一性が含意されていること、この二点を共通の出発点としていた。ここから生じてくる問題は、 (a) 意味が常にすでに非同一的諸主体を前提とするとしたうえで、なおかつ意味を根元的に (すなわち、すでに有意味な何ものかをあらかじめすべり込ませておくことなにし) 把握することができるかということ、また (b) そのような意味概念をもとに、有意味な行為の構成、さらに行為が織りなす世界の布置の形成はどのように考えることができるかということ、これである。本稿は、まず最初に単独「主体」による意味の決定が不可能であることを証明し、次いでこれに基づいて、ハーバマースとルーマンの各論点を整理する。そのなかで (a) 行為が常に実践として公的におこなわれること、および (b) 有意味な世界は行為が連鎖することのうちで成立することを指摘し、そこから、 (i) 両者がそれぞれ強調する妥当性要求の普遍性 (ハーバマース) と規定された世界の布置の特殊性 (ルーマン) とが同値であること、さらに (ii) この同値性に注目することによってのみ行為および行為者の把握が可能となることを示す。
著者
西阪 仰
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.163-164, 2001-06-30 (Released:2009-10-19)

2 0 0 0 OA 自然な人工物

著者
西阪 仰
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.2_50-2_61, 1996-05-31 (Released:2008-10-03)
参考文献数
13

Many sociologists have attempted to explain what changes in our social life have been caused by new artifacts (e.g., the print, the telephone, radio, television, the computer and so on) and also what socio-cultural conditions made possible the appearance in the world of those artifacts which have so drastically changed our social life. On the other hand, such sociological explanations have taken for granted, and presupposed, the fact that those artifacts are there as such in the natural way. This paper treats this fact rather as a social phenomenon to be investigated in its own right. In the analysis of audio-visually recorded fragments of a word processor instruction session, an attempt is made to demonstrate how the natural way of being of artifacts is accomplished jointly by the instructor and the instructee in, through and as the spatio-temporal arrangement of their bodily movements, vocal or unvocal, and to show that the naturalness of artifacts being there as such is an interactional achievement in the normative order. Some consequences for conceptualizing the so-called man-machine interaction are suggested.
著者
西阪 仰
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.65-77, 2009 (Released:2010-06-11)
参考文献数
33
被引用文献数
3

In the Conversation Analytic tradition, one has noted and discussed the substantial contribution of hearers' conduct to the constitution of each utterance in conversation, in ways very sensitive to some prominent sequential positions in interaction such as a possible completion point of an utterance. In this article, I focus on the spatial distribution of orientations which all the participants in interaction show in and through their bodily arrangement. The spatial distribution of participants' orientations constitutes, and is incorporated into, a distinct and describable activity. One should note, however, that the organization of a distinct activity with a distinct distribution of orientations is still embedded in the sequential order of interaction. I show that various context-free, general resources are available in interaction for participants to organize the current, on-going activity sequentially and jointly in and through the actual development of interaction.
著者
西阪 仰
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.58-73,122, 1992
被引用文献数
3

およそ社会的場面は身体の集合としてある。ある一定の形式のもとに配列された身体の集合は、どうじにその各身体にとって有意味ななにものかとして経験される。ここにある種の捻れがあるのは、みやすい。つまり、身体たちが自分たちの集合を有意味なものとして経験できるのは、身体が一定の形式のもとに集められているからであり、身体の集合が一定の形式のもとにあるのは、身体たち自身が、自分たちの集合を有意味なものとして経験しているからである。本稿は、身体 (=その社会的場面への参与者) たちが、この捻れを承知し利用しつつその場面を組織していく様子にたいして、ビデオ分析により積極的な記述をあたえていこうとするものである。ゴッフマンやケンドンなどの議論を参照し、その不十分な点を指摘しながら、エスノメソドロジカルに方向づけられた「会話分析」の手法に拠って、身体の配置の構造をあきらかにする。
著者
西阪 仰
出版者
[出版者不明]
巻号頁・発行日
1997

制度:新 ; 文部省報告番号:乙1288号 ; 学位の種類:博士(文学) ; 授与年月日:1997/6/10 ; 早大学位記番号:新2495
著者
西阪 仰
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.58-73,122, 1992-06-30 (Released:2009-09-16)
参考文献数
18

およそ社会的場面は身体の集合としてある。ある一定の形式のもとに配列された身体の集合は、どうじにその各身体にとって有意味ななにものかとして経験される。ここにある種の捻れがあるのは、みやすい。つまり、身体たちが自分たちの集合を有意味なものとして経験できるのは、身体が一定の形式のもとに集められているからであり、身体の集合が一定の形式のもとにあるのは、身体たち自身が、自分たちの集合を有意味なものとして経験しているからである。本稿は、身体 (=その社会的場面への参与者) たちが、この捻れを承知し利用しつつその場面を組織していく様子にたいして、ビデオ分析により積極的な記述をあたえていこうとするものである。ゴッフマンやケンドンなどの議論を参照し、その不十分な点を指摘しながら、エスノメソドロジカルに方向づけられた「会話分析」の手法に拠って、身体の配置の構造をあきらかにする。
著者
松本 健義 西野 範夫 佐藤 公治 上野 直樹 布川 和彦 茂呂 雄二 西阪 仰 松本 健義
出版者
上越教育大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

現在の子どもの根源的な危機は,学力低下にあるのではなく,<学ぶことの根拠>である<生>の低下,すなわち,他者と共にアクチュアルに生きる機会の激減にあるという認識にたち,以下のように研究を進めた。(1)感じ・考え・行う身体の論理と筋道を働かせて,子どもがもの,こと,人に働きかけ働きかけられて<学び合い・生き合う>ことを通して,根源的な<学び-知>が生成され成りたつ過程を明らかにする。(2)現象学的心理学,状況的学習論,談話心理学,相互作用・相互行為分析の視点と方法を取り入れた学びの過程の臨床的分析と教育実践の構想実践を行い,学びの過程に対応するカリキュラムと教育実践の総合的在り方を明らかにする。その結果,以下のような成果を得た。1.子どもの<学び-知>は,自己の行為の論理を働かせた,もの,こと,人との相互作用・相互行為の過程で,記号や道具を媒介にして,子どもともの,こと,人とのあいだに<できごと世界<関係=意味)>を,状況的・相互的・協働的に生成し,世界,行為,他者,<私>の意味を同時に生成する過程であることを明らかにした。また,意味生成としての子どもの学びの過程をとらえるあり方を学習臨床学として明らかにした。2.子どもの行為の論理による<できごと世界>の生成としての学びの過程が生起し,その過程で,過去の経験や活動といまここで未来へと向かいつくられる活動との関係,他者やできごととの関係を,子どもが新たにつくりつくり変えて自己の<生>と,世界,行為,他者,<私>の意味とを共に新たに生成することを支える教育実践のあり方を,学習臨床カウンセリングとして明らかにした。3.他者と共に<生きる-学ぶ>ことにより子どもが、<知>を生成する過程を通して,あらゆる教科の学びの基礎・基本となる子ども<生>の論理に対応した学習過程の臨床的カリキュラムが構成されることを明らかにすることができた。
著者
江原 由美子 樫村 志郎 西阪 仰 藤村 正之 山崎 敬一 山田 富秋 椎野 信雄 坂本 佳鶴恵
出版者
東京都立大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1990

初年度においては文献研究と研究計画の決定のための研究活動をおこない、第二年度においてはその研究計画に基き調査を実施した。最終年度においては、それらをもとに、研究成果を論文化することを主要な課題とし、研究報告書の作成に着手した。本研究の性格上、収集したデータの分析は、今後も継続して行われると思われるが、報告書作成段階において得られた知見を以下に挙げる。第一に、対面的相互行存状況においては、状況内にある参与者の身体(視線、顔、身体の向き、参与者相互の身体配置等)が相互行存進行の上で非常に重要な意味をもっていること。第二に、特定の制度的文脈においては、特定の相互行存的特徴がみられること.第三に、特定の制度的文脈において発生する会話トピックには、一定の範域があり、その範域をコントロールしようとする参与者の実践がみられること。第四に、それらの特定の制度的な文脈における相互行存の特徴は、相互行存参与者の、「協働的達成」として成立していること。これらの知見は、社会秩序それじたいが、行存者の「協働的達成」として成立していることを明らかにしている。社会秩序の「協働的達成」のための身体技術に関しては、その一部を報告書において明らかにしたが、今後さらに詳細な研究が必要である。