著者
荒川 歩 中谷 嘉男 サトウ タツヤ
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.18-25, 2006-03-30

本研究では,世代の要因と同世代から顔文字付きのメールをどれくらい受信するかの要因の2種類が,顔文字の評価に与える影響について検討した.大学生38名(男性14名,女性24名,平均年齢20.3才)と40才代と50才代の34名(男性17名,女性17名)がメールメッセージの印象評定実験に参加した.また調査対象者には「同世代の親しい人」からどの程度顔文字付きのメールを受け取るかについて回答を求めた.その結果,同世代の親しい人が顔文字を使う頻度が,受信者の顔文字に対する印象に影響を与えることが認められた.しかし,顔文字付きのメールの受信頻度が高い限りは,顔文字の印象に世代による差は認められなかった.これらのことは,普段から顔文字を利用するスタイルが一般的なコミュニティに属しているのかそうでないのかが,顔文字の印象に対して重要な影響をもたらすことを示している.
著者
山下 里香
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.61-76, 2014-09-30

継承語は移民コミュニティの民族アイデンティティの要のひとつ,またコミュニティの団結の資源とされることが多い.特に,第二世代以降には,コミュニティ内でのフォーマルな場面や,上の世代との会話に使われると言われる(生越,1982, 1983, 2005; Li, 1994).また,語用論的には,言語選択や言語の切り替えは,コンテクスト化の手がかり(contextualization cues)という,談話の機能を持つとも言われる(Gumperz, 1982).日本語と継承語が流ちょうに話せる子どもたちは,移民コミュニティにおいて実際にどのように複数の言語を使用しているのだろうか.本研究では,コミュニティでの参与観察をふまえて,在日パキスタン人バイリンガル児童のモスクコミュニティの教室での自然談話を質的に分析した.児童らの発話の多くは標準日本語のものであったが,ウルドゥー語や英語の単語,上の世代が使用する日本語の第二言語変種(接触変種)に言語を切り替えることがあることがわかった.児童らは,こうした日本語以外の言語・変種を,上の世代の言語運用能力に合わせて使用していたのではなく,談話の調整や,時には上の世代に理解されることを前提としない意味を加えることで自分たちの世代と上の世代との差異を確認し強めながら,世代間の会話の資源として利用していることがわかった.
著者
池田 智子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.52-60, 2003-07-31

従来,相互行為における笑いは主に会話分析の枠組みの中で研究されてきた.本稿では日本語の二者対面状況の中で笑いという行為がいかになされ,どのような結果をもたらすかを,あるインタビューの事例を通して具体的に検証する.分析の対象としたのは,フェミニスト刊行物の編集者が読者ボランティアに対して行ったインタビューである.基本的な価値観を共有する二者間のやりとりを子細に検討した結果,以下の現象が観察された.(1)デリケートな内容に関する質問は笑いと共に発せられ,受け手の笑いをも引き起こす.(2)話者自身のトラブルを披露する発話の終了地点付近では,必ずと言ってよいほど笑いが発せられ,受け手も笑いで応じる.相互行為における笑いは偶発的なものではなく,組織的に産出され,またコミュニケーションの次の展開に影響を及ぼすリソースとなる.本データでは,笑いが参加者の一体感を高めつつ,インタビューの目的達成に貢献している様子が観察された.
著者
江端 義夫
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.27-38, 2001-03

本研究は,多様な地方差が見られる日本のあいさつ表現とあいさつ行動を地理言語学的に研究したものである.あいさつの調査票は日常のあいさつ表現について11分野,88項目で構成されている.実地調査は1994年から2000年にかけて,日本の全県で行い,併せて,通信調査を1997年から2000年にかけて,全国約500余地点で実施した.本稿には,二種のサンプル地図がある.一つは,「朝起きた時に家族にどんなあいさつをするか」であり,他の一つは「朝家族を玄関で見送る時のあいさつ行動はどのようであるか」である.研究の結果,次のことが明らかになった.1)朝起きた時家族に「オハヨーゴザイマス」とあいさつをするのは都市の家族であり,これは地方では聞かれない.都市においてこの表現が頻用されるのは,個室に分割された居住環境に基づく.地方の古い家では,障子や唐紙によって各部屋を仕切っただけの居住環境であり,朝起きた時に他人行儀なあいさつ表現を行わない.しかし,1960年以降の高度経済成長に伴い,この傾向は変化しつつある.ただし,2)「朝家族を見送る時のあいさつ行動」の地図が明示するように,都市には「イッテラッシャイ=イッテキマス」という行為(建て前)が見える.地方では「無言」(本音)があり,対立は厳然としている.あいさつ表現の言語地図を解釈するためには,社会生活の変化に対応した人間生活の変化とその意識を考慮しながら行う,ダイナミックな見方や感性が必要である.This study geographically describes the greeting expressions and behavior in Japan, which vary according to dialects. The questionnaire consisted of 11 parts with 88 questions about Japanese daily greeting expressions. Fieldwork was done in each Japanese prefecture from 1994 to 2000, followed by a postal survey from 1997 to 2000 using the same questionnaire. A sample result showed that when family members in urban areas speak to each other after getting up in the morning, they use the expression Ohayo-gozaimasu. However, this expression is not heard in rural locations. The use of this expression depended on the use of separate rooms in the urban areas. However, old houses in rural areas have rooms divided simply by paper screens with wood frames called Shoji or Karakami. This makes it natural for family members not to use courtesy expressions during their first meeting every morning. After the 1960s, however, changes occured. In conclusion, the author believes that the interpretation of the greeting expressions, related to changes in social life, becomes increasingly important. Also a dynamic view and sense should connect the atlas with changes in human life.
著者
森田 笑
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.42-54, 2008

本稿は自然な会話のデータをもとにして相互行為助詞「ね」を会話の展開の中で詳細に分析し,「ね」が相互行為の構築にどのように関わっているかを探る.発話の継ぎ目に起こる問題を観察することで,「ね」が行為の区切りをマークし,相互行為において参加者の「協調」がそこで取り立てられていることがわかる.「協調」とは行為をインタラクティブに達成するために志向される最も根本的な秩序である.それを明示することによって参加の枠組みを構築するのに用いられる「ね」は,相互行為の組織に欠かせない資源である.またこのような「協調」の明示というプラクティスが,これまで「ね」について言われてきた「共通の感情」,「丁寧さ」,「馴れ馴れしさ」または「女性らしさ」など,語用論的,社会言語学的な解釈にどのように結び付くのかを検討する.
著者
小林 隆
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.105-107, 2004-09-30

現代方言の社会的意味について,共通語と対比しつつ,方言の性格や機能の変貌という視点から考える.結論として,現代方言には「アクセサリー化」とでも呼ぶべき質的変容が起こりつつあることを指摘する.
著者
打浪(古賀) 文子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.85-97, 2014-09-30

情報化社会が発展するにつれ,障害者の情報アクセスをいかに保障するかが課題となりつつある.特に知的障害者は直接アクセスできる情報源がほとんどないため,情報格差の最下層に取り残されている.本稿では,これまで国内にごくわずかしか研究蓄積のない知的障害者への「わかりやすい」情報提供について,学術的課題の検討を行った.また,国内での「わかりやすい」情報提供の先駆的な実践である,知的障害者向けの定期刊行物「みんながわかる新聞『ステージ』」の編集担当職員への聞き取りによる実態調査,及び「ステージ」編集会議の録音調査から,知的障害者への「わかりやすい」情報提供の普及のための実践的課題の考察を行った.学術的課題の整理から,先行研究における当事者的視点の不足が指摘された.また「ステージ」編集担当職員への聞き取り調査から,「ステージ」の詳細及び意義と課題が明らかとなった.さらに「ステージ」編集会議への録音調査から,「わかりやすさ」「わかりにくさ」に関する当事者視点からの示唆が得られた.今後,当事者視点からの検証に基づいた研究蓄積を一層増やしていく必要がある.また,「ステージ」のような試みが既存の領域や障害枠を超えて共有されるような展開を検討すること,他分野との連携を模索することが課題である.
著者
細馬 宏通
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.102-119, 2012-09-30

高齢者用グループホームで行われるカンファレンスでは,介護者が報告中に過去の介護行為や入居者の行為をジェスチャーを用いて説明する場面が多発する.こうした場面では,成員どうしは単に言語だけではなく,身体動作も含む活動をお互いにやりとりすることで現実を構成していると予測される.かつてGarfinkelは,社会成員が言語的資料を手がかりに現実を構成する方法(「ドキュメント的解釈法」)を分析した.では,介護者は他の介護者の身体動作を手がかりに,いかに現実を構成し,身体的資料によるドキュメント的解釈法(「身体的解釈法」)を実践しているのだろうか.この問題を考えるために,介護者どうしが発話とジェスチャーを用いて議論する行為連鎖を選び,マイクロ分析を行った.その結果,ジェスチャーの構造の一部が介護者間で繰り返される「相互行為的キャッチメント」が観察された.また,相互行為的キャッチメントには,入居者の身体に対する観察結果や具体的な介護方法に関する,発語には含まれない知識が埋め込まれていた.さらに,個人間でジェスチャーが繰り返される過程で,先行するジェスチャーにはない新たな要素が付け加わり,知識が次々と更新されていく過程があることも明らかになった.ジェスチャーの微細な構造は個人間に開かれており,介護者は先行する別の介護者のジェスチャーを発語とともに関連づけ,身体的解釈法を実践していることがわかった.
著者
久保田 竜子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.49-63, 2023-09-30 (Released:2023-10-31)
参考文献数
36

近年,北米の言語教育研究の分野では,社会情勢を反映して,社会正義,特に人種問題が頻繁に取り上げられている.本稿では,人種・レイシズムに関する概念的枠組みを基に,日本における人種と言語との交差性に焦点を当て,外国につながる日本語使用者たちの人種および他の属性の交差性が,どのような形で生活体験に影響を与えているのかを,最近出版されたフィクション小説の内容を通じて考察する.登場人物たちが日本で受ける異なる扱いには,人種言語イデオロギーやステレオタイプが作用していると同時に,それぞれ異なる人種・民族・国籍・言語・ジェンダー・セクシュアリティ・社会経済的地位が絡み合っている.そして彼らは権力の序列の中に位置づけられてしまっている.外国につながる日本語使用者という共通集団に属しているといえども,それぞれ遭遇する体験は大きく異なる.特に,不可視的な特権を持つ白人性と日本人性がイデオロギーとして働き,これらの登場人物と日本人との権力関係を交差性と相まって複雑な形で構築している.言語教育の中で,個々の人間の尊厳を重んじる反レイシズム,反差別,反規範主義を推し進めていく必要がある.
著者
原田 大介
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.37-51, 2021-09-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
44

本稿の目的は,「共生」の観点から国語科教育の問題を考察することにより,その教科の可能性と課題を模索することにある.本稿ではまず,(1)文部科学省が考える「共生」の概念について,文部科学省が作成した報告資料等を検討する.次に,(2)学習指導要領における国語科教育の位置づけについて,特に小学校段階における「国語科の目標」に焦点を当てて確認する.その上で,(3)「共生」の観点から見た国語科教育の可能性として,包摂と再包摂をめぐる国語科授業の方向性と,「我が国の言語文化に関する事項」の「伝統的な言語文化」に関する国語科授業の方向性を提案する.最後に,(4)国語科に残された課題として,「社会や文化を批判的に読む力」を育成する観点を小学校国語科カリキュラムに導入する必要性を述べる.
著者
尾崎 喜光
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.58-73, 2003-03-31 (Released:2017-04-29)

関西では男女共通に使われるが関東では主として男性の間で使われる間投助詞「なぁ」と推量的確認表現「やろ」(関東では「だろ」)について,関西の女性がこうした表現を使った場合,関東の人がそれをどう評価するか,また関西の人は関東の人がどう評価しているとイメージするかを調べた.その結果,判断保留的な回答を除く部分で見ると,関東の人は「良い感じがする」と肯定的に評価する人の方が,「あまり良い感じがしない」と否定的に評価する人よりもむしろ多いことが分かった.その一方で関西の人は,関東の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価しているだろうと考える人の方が,「良い感じがする」と肯定的に評価しているだろうと考える人よりもむしろ多かった.関東の人は,関西の女性が使うこうした表現を,当の関西の人が推測するほどには否定的に受け止めていないようである.他方,関西では使用がそれほど一般的でないが関東では男性よりも女性の間で一層よく使われている間投助詞「ねぇ」と推量的確認表現「でしょ」について,関東の男性がこうした表現を使った場合,関西の人がそれをどう評価するか,また関東の人は関西の人がどう評価しているとイメージするかを調べた.その結果,判断保留的な回答を除く部分で見ると,関西の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価する人が5〜6割と多数を占め,「良い感じがする」と肯定的に評価する人よりもはるかに多いことが分かった.その一方で,関東の人も,関西の人は「あまり良い感じがしない」と否定的に評価しているだろうと考える人の方が,「良い感じがする」と肯定的に評価しているだろうと考える人よりも多いものの,否定的な評価の数値は当の関西ほど高くなく,実際よりもやや楽観的に推測しているところが見られた.
著者
尾崎(和賀) 萌子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.181-196, 2023-09-30 (Released:2023-10-31)
参考文献数
51

本稿では,日本人の親が0–4歳の子どもに対して絵本の読み聞かせを行う際に,どのように登場人物になりきった発話をするのかを量的,及び質的に検討した.親子間の絵本の読み聞かせ場面において,親が絵本の登場人物になりきって発話することは日本の家庭において一般的に行われることであるにもかかわらず,それがどのような時期にどのような目的でなされるのかについてこれまでの研究において十分に検討されていない.そこで日本人親子(子どもの年齢:0;2–4;11, n=105)を対象に,親が子どもに日本語で『はらぺこあおむし』を読んでいる様子をビデオ録画し,書き起こした後に探索的コード付けを行った.その結果,なりきり発話は行為・感覚・会話という3つに分類することが可能であり,それぞれが子どもの年齢に応じて使い分けがされていることがわかった.さらに日本人の親は子どもの乳幼児期から「なりきり発話」を豊富に用いる一方で,子どもが成長するにつれて徐々にその使用頻度を減らしていくことが明らかとなった.定量的な結果と合わせて個別のデータの質的分析を行うことで,絵本の読み聞かせ場面における「なりきり発話」の使用は,乳児期から4歳頃までの共感形成と社会的ルーチンの習得のための足場である可能性が示唆された.
著者
神吉 宇一
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.21-36, 2021-09-30 (Released:2021-11-16)
参考文献数
103

本稿は,近年の外国人労働者受け入れ増加に伴う制度・政策変更を踏まえ,改めて共生社会を実現するために必要とされる日本語教育について論じたものである.まず,政策的に共生という概念がどのように位置づけられているかを概観したあと,共生社会を目指す日本語教育がどのように展開しているかを整理した.そして今後,共生社会を目指す日本語教育のあり方として,制度的な位置づけの明確化,言語保障を実現する学習のモデル化,介入的研究活動の必要性という三点が重要であることを述べた.
著者
武田 康宏
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.38-46, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
11

国語施策の歴史は,内閣告示の実行などによって,社会一般における表記の緩やかな統一を図るとともに,公用文や法令における揺れのない表記法,言わばある種の「正書法」の形成過程でもあった.昭和30年代の国語審議会における正書法についての議論を振り返った上で,公用文が揺れのない表記を前提としていることを,日本語において正書法を導入しようした場合のひな形として捉え直す.それらによって,日本語における正書法に検討の余地があったのかどうかを改めて考えようとする.
著者
田中 ゆかり 上倉 牧子 秋山 智美 須藤 央
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.5-17, 2007-09-30 (Released:2017-04-30)
被引用文献数
3

日本でもっとも多言語化が進行している東京圏のデパート37店舗を対象に,言語景観調査を2005年に実施した.ランドスケープの観点から店内案内のパンフレットと店内の全館案内掲示,サウンドスケープの観点から閉店時の店内放送の多言語化の実態について報告する.その上で,東京圏のデパートにおける多言語化の進行過程と,デパートという商業形態における言語の経済価値について述べる.実態調査結果からは次の点が明らかとなった.(1)「23区内多言語使用」対「東京近郊単言語使用」という地域差が観察された(2)23区内には次のような地域特徴が観察された.「新宿地域の東アジア系言語重視」「銀座・有楽町・日本橋・東京の西欧言語の取り入れ」(3)東京近郊における「大宮・立川・吉祥寺の多言語化の萌芽」(4)旗艦店に多言語化が著しい(5)パンフレットの多言語化がもっとも進んでいる.ついで店内放送が多言語化している.店内掲示はほとんど多言語化していなかった.(6)多言語化の進行過程として次のパターンが指摘できる.「日本語単言語⇒日本語・英語(2言語)⇒日本語・英語・中国語・韓国/朝鮮語(4言語)⇒日本語・英語・中国語・韓国/朝鮮語+α(5言語以上)」上記結果の背景としては,東京23区における日本語以外の言語を使用する居住者ならびに観光などによる一時滞在者数の多さと,東アジア系ニューカマーの新宿地区における増加が指摘できる.顧客が使用する言語に対応した実質言語としての英語・中国語・韓国/朝鮮語の採用と,デパートのイメージ戦略に対応したアクセサリー的言語(イメージ言語)としての西欧言語(フランス語・イタリア語)の取り入れの両側面が指摘できる.
著者
川上 郁雄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.77-90, 2019-09-30 (Released:2019-09-30)
参考文献数
35
被引用文献数
1

日本政府は2018年12月「経済財政運営と改革の基本方針」に基づき,2019年度より新たな在留資格を創設し外国人労働者を積極的に受け入れることを決定した.留学生を含む外国人労働者の在留資格の認定に,日本語能力の判定が大きく関わると思われるが,日本で働くためにどのような日本語能力が必要と判断されるのか,またその判断を支える考え方はどのようなものかはまだ十分に議論されていない.本稿は,移民受け入れ国で2000年以降導入された「市民権テスト」の実態とそれにともなう議論を検討し,それを踏まえた上で,国の政策と外国人労働者に対する日本語教育がどのような関係にあるのかを明らかにし,どのような日本語教育実践が必要かを提案する.
著者
平本 毅
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.198-209, 2011-09-30 (Released:2017-05-02)

発話ターンの冒頭にはしばしば,ターンテイキングの組織化,行為連鎖の組織化,活動の組織化・話題の管理,といった相互行為上の仕事を担う特定の言語的要素(ターン開始要素)が置かれる.本稿では,特定の相互行為的環境において行為連鎖の組織化や活動の組織化・話題の管理の仕事をほとんど行わないと考えられるターン開始要素「なんか」を取り上げ,そのターンテイキングの組織化におけるはたらきを分析する.具体的には,特定の次話者が選択されていない条件において,ターン開始要素「なんか」を伴って発された発話が他者の発話と同時開始により重複した際に,どちらが脱落するのかを調べる.分析の結果,話題の境界部の後など,特定の相互行為上の位置において,「なんか」を配置することにより重複に対する話者性の「弱さ」を示す,という相互行為上の手続きが存在することが明らかになる.この手続きが利用される理由の一つは,会話における「最小限の間と最小限の重複」を達成することにある.参与者は「なんか」を話者性の「弱さ」を示すものとして扱い,「なんか」により会話中の間を最小化しつつも,その発話が重複した場合には,「なんか」を利用した者が脱落することにより重複も最小化することができる.