著者
佐藤 広英
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.17-28, 2012-09-30 (Released:2017-05-02)
被引用文献数
2

本研究の目的は,他者の匿名性を情報の種類の観点からとらえ,コミュニケーション行動に及ぼす効果を検討することであった.研究1では,匿名性を他者情報の種類の観点から分類するため,CMC場面を想像させる場面想定法を用いて検討を行った.その結果,他者情報は,私的情報,属性情報,識別情報に分類され,特に他者の属性情報が初対面の相手に対するコミュニケーション行動に影響を及ぼす可能性が考えられた.研究2では,匿名なCMCにおいて他者の属性情報を実験的に操作し,コミュニケーション行動に及ぼす効果を検討した.結果は次の3点に集約された.第一に,他者の属性情報は,効果は弱いものの,コミュニケーション中の不安感を低減させ,発言量を促進することが示された.第二に,他者の属性情報は,敬語表現の増加やパラ言語の減少など,対面場面に近いコミュニケーション行動を促進していた.第三に,自己開示および親密感に対する他者の属性情報の効果は見られなかった.最後に,他者の私的情報および識別情報による効果について考察を行った.
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.50-65, 2019

<p>本稿は,日本語を上層(語彙供給)言語とする「宜蘭クレオール」の指示詞について論じるものである.「東岳村」で得たデータをもとに考察を行った結果,次のようなことが明らかになった.まず,宜蘭クレオールの指示詞は,日本語由来の形式が取り入れられているが,アタヤル語と同じく近称と非近称の二項対立をなしている.次に,日本語と同様,指示代名詞・指示形容詞・指示副詞にわけることができるが,基層言語であるアタヤル語からの影響や傍層言語である華語からの影響,習得の普遍性からの影響を受け,日本語とは異なる用法に変化している.そして,世代間変異の様相から,変化のプロセスを捉えることができた.</p>
著者
橋内 武
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.3-18, 2018

<p>本稿は社会言語科学会第40回大会における筆者の特別講演をもとにして,「ヘイトスピーチの法と言語」について論述するものである.第一に2016年5月に成立したヘイトスピーチ解消法の言語的特徴を明らかにし,第二に(主に在日コリアンに対する)ヘイトスピーチ蔓延の実態について述べ,第三にヘイトスピーチ解消法の成立の経緯と問題点について考察する.とりわけ,ネット右翼によるSNS投稿・拡散や街宣デモによって顕在化したヘイトスピーチには,歴史的・政治的・社会的背景があるということを強調すると同時に,ヘイトスピーチ解消法を「法と言語」の観点から分析するものである.</p>
著者
櫻田 怜佳
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.191-206, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
28

本研究は,アメリカ英語母語話者と日本語母語話者のパブリック・スピーチに現れる構成と言語表現を分析することを通して,各言語話者のスピーチに見られる傾向を明らかにし,その背景にあると考えられる語り手と聴衆の関係を考察することを目的とする.書き言葉においては,これまで多くの対照研究がなされており,言語文化によって文章の構成に異なりがあることが明らかにされている.一方,話し言葉では語り手が自由にアイデアを語るパブリック・スピーチを扱った対照研究は未だ少ない.本稿は,TED Talksをデータとして用い,1) スピーチの構成と2) 使用されている言語表現の2つの側面から,各言語話者が行うスピーチの傾向を比較分析する.さらに,分析の結果から,パブリック・スピーチにおいて語り手と聴衆はどのような関係であるかについて論じた.結果として,英語母語話者は,聴衆に情報の確実性を強調する傾向が見られ,語り手はあたかも「リーダー」のように聴衆を先導する関係が見られた.一方,日本語母語話者には,語り手と聴衆の一体化や知識の共有化という傾向が見られ,語り手は聴衆の「パートナー」のように同行するという関係が見られた.
著者
林 〓情
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.20-32, 2003-03-31 (Released:2017-04-29)

本研究は,アンケート調査をもとに,両国の非親族に対して用いられる呼称例を収集し,類型を作り,その類型から呼称の使い分けとその特徴について対照比較したものである.分析の結果,(1)既知の人に対する場合,両言語では,親族名称,実名・愛称,人称代名詞,地位・役職名,職業・役割名などが呼称として用いられている.呼称表現の使用をみると,韓国語では年上に対しては親族名称が,同年輩,年下に対しては実名・愛称で呼びかけるのが一般的である.これに対し日本語では,同僚や知人においてごくわずかな親族名称だけが用いられているだけで,非親族に対しては実名・愛称で相手のことをとらえることが圧倒的である.(2)一方見知らぬ人に対する場合,両言語では,親族名称,人称代名詞,「喚起語句」などが呼びかけとして用いられており,その中でも「喚起語句」が多用されている点で共通している.しかし親族名称の使用には違いが見られ,日本人に比べて韓国人のほうが多用している.
著者
中西 久実子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.132-138, 2005-09-30 (Released:2017-04-29)
被引用文献数
1

本稿は,韓国語を母語とする日本語学習者(以下,KL(Korean speaking learners of Japanese)の携帯メールの特徴を実例を示しながら報告したものである.KLの携帯メールでは,韓国語をカタカナ表記するという特殊な現象が観察された.本稿では,これを「カタカナ韓国語」と呼び,母語話者どうしの母語でのメールでさえ頻繁に日本語(学習言語)と母語(カタカナ韓国語)とのコードスイッチングが行われることを指摘した.このほか,KLの携帯メールのデータでは,親愛の呼称,副詞,流行している表現,感情を強調する表現,待遇的な配慮を必要とする表現がカタカナ韓国語になりやすいことを明らかにした.これに対して,パッチム(ハングルの音節末に付く子音k,n,t,r,m,p,〓)はカタカナで表しにくいため,パッチムを含む語彙ではカタカナ韓国語が回避され,アルファベット表記されるという特徴が観察された.
著者
勝谷 紀子 岡 隆 坂本 真士 朝川 明男 山本 真菜
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.107-115, 2011-03-31 (Released:2017-05-01)
被引用文献数
1

本研究は,日本の大学生が「うつ」に対してどのような素朴な概念(しろうと理論)をもっているかについて,自由記述データに対するテキストマイニングおよびKJ法で検討した.首都圏の313名の大学生が調査に回答した.「うつ」という主語を用いて,文章完成法による自由記述を求めた.305名分の自由記述の内容について3名の評定者によるKJ法を用いた内容整理,および形態素レベルに分割してテキストマイニングを用いた内容分析をおこなった.その結果,うつの一般的な特徴,うつの人々へのイメージ,うつの特徴,うつの原因,うつの治療法についての記述がみられた.うつのしろうと理論を検討することの理論的示唆について考察した.
著者
サフト スコット
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.56-70, 2017

<p>本稿は最近ハワイで顕著になり始めているハワイ語メディアで使用されている言語を見ることにより,ハワイ先住民であるということがどのように表象されているかを考察するものである.具体的には成員カテゴリーの観点から,一人称複数代名詞kākouの使用により伝統的なハワイ人としてのアイデンティティがどのように構築され補強されているかを検証する.絶滅の危機に瀕する言語のメディアへの出現は復興運動に直接関わり貢献するということを見ていく.</p>
著者
竹田 らら
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.87-102, 2016-09-30 (Released:2017-04-12)
参考文献数
38

本論文は,同一参与者を含むジャンルや親疎が異なる日本語話者同士の相互行為に見る重複発話に着目した.そして,ジャンルや親疎の相違が重複発話と協調性の関係にどう影響するか,頻度と機能の面から解明を試みた.データは,親しい女子大学生ペア(以下,大学生ペア)と,初対面の女性大学教員と女子大学生ペア(以下,初対面ペア)各11組の「自由対話」と「課題達成談話」の2つのジャンルの録音資料と書き起こし資料を用いた.分析の結果,参与者間の親疎を問わず,自由対話の方がターンあたりの重複発話総数が多かった.また,あいづち(笑い)を伴う重複発話は自由対話の方が,あいづち(笑い)を伴わない重複発話や同一(類似)表現による重複発話は課題達成談話の方が多かった.さらに,自由対話での重複発話は話題の進行に寄与するが,課題達成談話での重複発話は発言内容の共通性も含めて,見解の明示に寄与していた.その上で,自由対話では雰囲気重視の協調性が,課題達成談話では内容重視の協調性が,重複発話から創出されることを示した.ただし,いずれのジャンルでも,大学生ペアでは参与者間の親近感や共感性を,初対面ペアでは距離感や沈黙への気遣いを反映する重複発話が見られた.そこから,重複発話を通して,各参与者がジャンルに応じた協調性を強く意識していたと共に,その枠内で親疎という対人関係に応じた協調性を強く意識していたことを浮き彫りにした.
著者
土岐 留美江
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.74-88, 2003

本研究は古代語の物語会話文を対象に動詞基本形終止文の用法を分析し,現代語との相違点及び共通点を明らかにすることを目的とする.古代語の動詞基本形終止文を現代語と比較分析した結果,以下の3点の相違点が観察された.1)自然現象のような典型的な恒常的事実を表す例がない.2)現代語のテイル形やタ形に相当する場合にも現れ得る.3)現代語では「〜ナンテ」や「〜ノダ」などの他の文末形式が付加する場合にも現れ得る.以上の特徴から,古代語の基本形終止文は,現代語のように純粋な事柄の概念を表すことを基本とするものではなく,テンス・アスペクトや他の文末形式の意味をも含み込んだ遥かに広い範囲をカバーする述語形式であったことがわかる.別の観点から見れば,事態を分析的に表現し分ける現代語とは異なる記述態度を反映しているとも考えられ,古代語資料の「会話文」が当時の会話の実態とはかなり異なっている可能性があることを示唆している.
著者
近藤 行人
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.10-26, 2017-03-31 (Released:2017-04-28)
参考文献数
18

本研究は,日本とウズベキスタンにおいて,作文教育に携わる教師の有する文章観を明らかにし,その類似点,相違点を探る.日本人大学生及びウズベク人大学生が書いた作文を評価的態度を持って読んでもらったうえで,「いい文章とは何か」という点から,それぞれの教師の文章観を語ってもらった.これらの文章観についてのインタビューを質的に分析し,日本人教師とウズベク人教師を比較した.その結果,両者とも,言語的規範を順守すること,書き手が深い考えを備えた独自の主張を展開することをいいと捉えていた.一方で,文章構成に対する期待は異なっており,ウズベク人教師は,詳しい情報が記述された序論を持ち,冒頭で意見を表明しない文章構成を好み,日本人教師は冒頭で意見表明がされる文章構成を好んでいた.また,どのような論拠を説得力がないと捉えるかについてもそれぞれが感情的であると捉える論拠や,宗教的な記述,豊富な情報量に対する評価は分かれていた.日本人教師とウズベク人教師は,それぞれが身近でなじみのある文章を好んでいることが示唆された.
著者
彭 国躍
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.63-76, 2001

本稿は主に二つの側面から中国社会言語学の研究状況を展望する.一つは80年代以降現れたことばと社会に関する三つの研究分野:社会言語学,文化言語学,民族言語学について概説し,その領域形成の歴史回顧と著書の解題をおこなう.もう一つは次の4つの部分に分けて社会言語学に関する具体的な研究テーマについて概述する.(1)言語併用と言語接触,(2)言語変異と言語意識,(3)言語規範と言語政策,(4)命名論と敬語論.最後に中国の社会言語学に見られる次のような特徴を指摘する.(1)少数民族言語や言語併用問題の研究に著しい成果が現れている,(2)歴史的,文化論的な視点による考察が目立つ,(3)数量化による実証研究より記述的研究が多い,(4)消滅の危機に瀕する言語への対応が今後急がれるべき課題として残っている.
著者
井上 史雄
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.128-146, 2015-09-30 (Released:2017-05-03)

この論文では二つの新しい見方を導入する.一つは言語変化の調査理論に関わるもので,従来の「実時間」「見かけの時間」に加えて「記憶時間」「空間時間」という概念を導入する.二つ目は記憶時間に基づく調査結果の表示技術で,複数の広域グロットグラムを整合的に見渡すための技法を紹介する.その結果「オトーサン」の呼称について,現在の言い方と「記憶時間」による子どものころの言い方がかなり違うことが示された.このデータを元に理論的な考察も行う.
著者
歌代 崇史 柳沢 昌義
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.93-107, 2009

相づちに代表される聞き手反応は対面コミュニケーションにおいて不可欠である.しかし,その形態や使用は言語・文化により異なるため,日本語学習者にとって聞き手反応の学習は,目標言語環境におかれたとしても,必ずしも容易ではない.聞き手反応を教授する試みはあるものの,聞き手反応の教授が日本語学習者にどのような効果を及ぼすか実証的に調査した研究は非常に少ない.そこで本研究は,聞き手反応の教授が日本語学習者に及ぼす効果を明らかにするため,22名の中・上級日本語学習者を聞き手反応を教える群(RT群)と教えない群(NRT群)に分け,それぞれの群に70分の教授を行い,教授の前(pre),直後(pos1), 1週間後(pos2)に母語話者との対面会話テストを実施した.さらに,学習面に関する効果を検討するため, pos2においてインタビューを行った.対面会話テストの分析の結果, RT群の適切な聞き手反応の使用に関して, pre-pos1間とpre-pos2間で統計的に有意な差があり,教授により学習者の聞き手反応の産出能力が向上することが示された.さらに,インタビューの分析から, RT群には教授後,母語話者の対面会話を意識的に観察するといった学習行動の変化が複数見られ,語用意識の向上が示された.これらの結果に基づき,聞き手反応の教授による日本語学習者の聞き手としての認知変容モデルを示した.
著者
林 誠
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.16-28, 2008

時間の流れの中で行為が産出されるとき,進行中の行為は常に「次に何が起こるか」を予示・予告する性質を持っており,そのような性質を「投射」と呼ぶ.投射は複数の人間が互いの行為を調整し,相互行為を協同で構築するための資源を提供する.本稿では相互行為の資源としての投射のメカニズムを文法構造との関連で考察する.本稿の出発点となるのは,発話の統語的軌跡の投射に関して,日本語文法の後置的特性のゆえに,英語と比べて日本語では投射が比較的「遅れた」形で達成されるという先行研究の主張である.この指摘を背景として,本稿では日本語会話でよく見られる,指示詞「あれ」を含んだ発話フォーマットに着目し,そのフォーマットが日本語の「遅れた投射可能性」への対処の手だてとして用いられることを明らかにする.すなわち,文法構造に基づく一般的な「投射の遅れ」の傾向に対処する一つの方策として,日本語話者にも「早期の投射」を実現するターン構築上の戦略的手段が存在することを示す.
著者
遠藤 織枝
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.51-64, 2000-12-31

1998年11月,江沢民中国主席が訪日した際,「おわび」「謝罪」のことばがとびかった.これをきっかけとして,日本の戦後処理に関する謝罪のことばが,過去においてどのようなものであり,現在どのように使われているかを確認したいと考えた.その方法と手順は以下のとおりである.1.発話行為としての「謝罪」のことばのあり方を考える.2.日本政府首脳と天皇の,主として中国・韓国首脳との会談の言辞を歴史的な流れの中でとらえる.3.それらが,中国・韓国側にどのように受け止められたかをみる.その結果,日本政府は,1990年以降は韓国に対しては,明確に「おわび」を繰り返しているが,中国に対しては細川首相が93年に訪中した際の1度だけ「おわび」のことばが述べられていることが明らかになった.また,日本政府の謝罪に関する発話行為が,70年代の「反省」「遺憾」という不完全なものから,90年代の「反省とおわび」という完全なものへと推移する経過を跡づけた.それは,「話し手の責任」の認識の変化と並行するもので,その変化は,今次の戦争について述べることばの変化に表されている.すなわち,「不幸な一時期」というあいまいな表現から「過去の戦争への反省」へ,さらに「侵略戦争」「植民地支配」へと具体化しており,この変化に合わせて相手側の受容-謝罪の遂行-の傾向が強まってくる動きをとらえることができた.