著者
山本 志帆子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.109-122, 2010

本稿は,近世末期下級武士とその家族の日常会話における言語実態を知りうる『桑名日記』を対象として,そこにみられる命令形による命令表現の運用実態を社会生活との関わりから捉えようとしたものである.本稿では,日記の内容や桑名藩に残る歴史的な史料から属性や場面の性質といった待遇表現の使い分けに関わる要因を把握し,そのうえでそれらの要因と関わらせながら命令形による命令表現の運用実態を分析した.その結果『桑名日記』には,日常会話における命令形による命令表現として,御〜ナサレマシ,御〜ナサレ,ナサレ,ナレ,ヤレ,[敬語動詞連用形]+マシ,[普通動詞命令形]があり,次のように場面によって使い分けられていることがわかった.すなわち,【ア】礼儀を必要とするような改まった場面では御〜ナサレマシ,[敬語動詞連用形]+マシ,御〜ナサレが用いられる.一方,【イ】親しい間柄の打ち解けた場面では,ナサレ,ナレ,ヤレが用いられる.そのうちナサレは,親しい間柄の中でも一定の礼節を必要とする近しい人に対して用いられ,ナレ,ヤレは親しい間柄の中でもより近しい人に対して用いられる.さらにナレとヤレは上下関係によって使い分けられ,具体的な形式をみると「ナヘ」「ヤヘ」「ヤレ」がそれぞれ上位,同等,下位の者に対して用いられる.また,これらの形式の下に位置する[普通動詞命令形]がある.
著者
横山 詔一 笹原 宏之 當山 日出夫
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.16-26, 2006
被引用文献数
2

文字コミュニケーションのメカニズムを解明するため,異体学の選好に関する実験を行った.異体字とは,「桧-檜」のように読みと意味は同じで字体だけが異なる文字の集合を指す.IT機器で漢字を書いている場面を実験参加者にイメージさせ,異体学263ペアについての選好判断を2肢強制選択法で求めた(選好課題).同じ実験参加者グループに対して半年後に同じ課題を与え,旧字体選好率の積率相関係数を求めたところ,r=0.96ときわめて強い正の相関がみられた.これから,選好課題の結果は高い信頼性を有することが明らかになった.さらに,別の実験参加者グループを用いて異体学ペアのいずれの親近度が高いかを2肢強制選択法で判断させ(親近度比較課題),選好課題との相関を分析した.その結果,親近度比較課題と選好課題の間にはr=0.95ときわめて強い正の相関関係がみられた.ある異体学が社会でよく使われている場合は人間がその異体学に接触する頻度が高くなり,接触頻度が高くなると単純接触効果によってその異体学に対する親近性が増加するとともに好意度も高くなると考えられる.選好課題と親近度比較課題の間に見られる強い相関関係は,単純接触効果の影響を色濃く反映した結果であると説明できる.
著者
片岡 邦好
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.84-99, 2017

<p>本論考では,オバマ上院議員が民主党代表として大統領選への出馬を決定づけた,2008年のアイオワ州における勝利宣言の演説を題材にして,オバマ氏の言語的,身体的表象のみならず,TV放映による戦略的なメディア実践をマルチモーダル分析により考察する.それをもとに,聴衆,さらには視聴者に訴える演説の効果は,語り手個人の技能に負うばかりではなく,聴衆とメディアによる多層的な共謀関係により達成されることを検証する.その目的のために,テクスト構築,演説実践,放映実践の3層からなるパフォーマンスを想定し,(1) 演説内容がフラクタル的な3連構造に基づく詩的な意匠により練り上げられ,(2) 演説におけるオバマ氏の視線,ジェスチャー,音調的な特徴などが聴衆に発話境界を予告して双方の相互行為の達成に寄与し,(3) TV放送スタッフはそのような暗黙知を援用して歴史的勝利を伝える映像を効果的に演出していることを述べる.</p>
著者
平本 毅 山内 裕
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.286-302, 2018

<p>本稿ではサービス場面における時間がサービス提供者と消費者の相互行為により意味付けされる過程を解明する.カフェで落ち着いた時間を過ごすことや,クラブで楽しい時間を過ごすことのように,サービス場面における時間への意味付けは,そのサービスの価値の一部になっている.近年のサービス中心論理の議論を援用しながら,相互行為の中でいかにして時間が意味付けされるかを調べることが,サービスの価値を行為者が共創する過程の経験的分析になることを指摘する.この経験的研究の一例として,本稿では江戸前鮨屋の注文場面の会話分析を行う.具体的には,職人が客に注文を伺った後に,つけ台(カウンター)を拭いたり包丁を洗ったりといった手元の作業に従事するというプラクティスに着目し,このプラクティスの詳細を解明する.このプラクティスは,その場に適切な注文品をじっくり選ぶ時間を客に与える.分析結果をふまえて,客に適切な注文品を選ぶ時間を与えることにより,相互行為の中でサービスの価値が共創されていることが論じられる.</p>
著者
宇佐美 まゆみ
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.4-22, 2008-08-31 (Released:2017-05-01)

本稿では,これまで,いわゆる「ポライトネス研究」としてまとめて言及されることが多かったものを,その目的の違いによって,「ポライトネス記述研究」と「ポライトネス理論研究」に分けて整理し,従来明確に区別されることなく論じられてきた両者を含む「ポライトネス研究」の約30年間の流れを,その違いを明確にする形で概観する.「ポライトネス記述研究」とは,各個別言語におけるポライトネス,敬語体系や敬語運用の研究,それらの比較文化的研究などを指し,「ポライトネス理論研究」とは,言語文化によって多岐・多様にわたるポライトネスの「実現(realization)」の基にある動機とその「解釈(interpretation)」のプロセスを,統一的に説明,解釈,予測しようとする「理論(theory,principle)」に重点をおいた研究である.それぞれの意義と役割,問題点などを確認した上で,本稿では,後者の「ポライトネス理論研究」のほうに焦点をあて,Brown&Levinson(1978/1987)のポライトネス理論が普遍的であるとして提唱されて以降,他の研究者から提起された問題点や,普遍理論追究のために重要だと考えられる新しい捉え方のポイントをより具体的にまとめる.その上で,「ポライトネス理論研究」の今後の課題をまとめ,これまでに指摘されてきた様々な問題点を克服する形で構想されている「対人コミュニケーション理論」としての「ディスコース・ポライトネス理論」(宇佐美,2001a,2002,2003)の最新の構想の一部を提示する.
著者
林 明子 西沼 行博 谷部 弘子
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.30-40, 2007-03-31 (Released:2017-04-30)

本研究では,日本語の普通体会話における発話末の表現形式とその韻律的特徴に焦点をあて,統語レベルの表現形式とそれを音声として表出した場合の両側面から,若年層男女の日本語運用の一断面について考察した.都内の大学で学ぶ19歳から29歳の日本語母語話者110名を対象に,説明場面での会話文作成と音声表出実験を行った結果,統語レベルの表現形式のヴァリエーションについては,統計的に有意な男女差は見られなかったが,韻律的特徴には,有意な男女差が認められ,女性は場面によって韻律的特徴を使い分けている様相が明らかになった.
著者
小玉 安恵
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.18-33, 2019

<p>本稿では,山口(2009)により日本語の引用で最も重要かつ基本的選択とされる引用助詞ッテとト及び無助詞の機能を明らかにすべく,44の芸能人の体験談をLabov (1972)のナラティブ分析の時間的節構造とThompson & Hunston (2000)の評価の枠組みを用い量的かつ質的に分析した.量的分析では,杉浦(2007)のッテを発話引用専用とする説と,山口のッテを対立的,トを中立的とする説に加え,トをフォーマル,ッテをインフォーマルとする従来の説を検証した.結果,一人称ナラティブではッテと無助詞が発話引用に,トが思考引用に使用される傾向が最も顕著であることが判明した.次に,その例外である思考引用のッテと無助詞,発話引用のトを含んだ場面の質的分析を行ったところ,思考でも知覚したことに対し継起的に語られる即時的反応にはッテが,状況的に相手に言えない登場人物「私」の思考には無助詞の裸の引用が,語りの導入部と事件の発端となる発話や一連の会話の区切りには発話でもトが使われることから,本稿ではッテが登場人物「私」の物語世界で知覚感知した引用を,無助詞が物語世界の引用当事者視点からの引用を,トが語り手の今の視点から語られた引用であることを示す標識であると主張する.</p>
著者
李 善姫
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.53-64, 2006-03-30 (Released:2017-04-29)
被引用文献数
3

本稿では日本語母語話者と韓国語母語話者を対象とし,日常生活で遭遇する可能性の高い場面において,それぞれどのように不満を表明するかを調べ,両者の「不満表明」にみられる相違点を明らかにすることを目的とする.15場面からなる談話完成テストを用いて,両者の場面別不満表明ストラテジーの使用を比較した結果,多くの場面で不満表明ストラテジーの選択が異なっていることが分かった.さらに,両者の不満表明ストラテジー内の言語表現や「不満表明」の切り出しや終結部に用いられた言語表現を分析したところ,両者の間には相違点があることが明らかとなった.
著者
遠藤 智子 ヴァタネン アンナ 横森 大輔
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.160-174, 2018-09-30 (Released:2018-12-26)
参考文献数
29

本研究は,フィンランド語・日本語・中国語における先行発話に重なって開始される応答,特に同意的応答について,対面会話の録画をデータとして検討する.会話分析の手法を用いた分析により,まず,完結可能点より早い位置で同意を開始することは,話題に関する認識的独立性を主張し,同意的応答が持つ行為連鎖上の従属的な性質を調整するということに動機づけられていることを示す.重なって開始される同意的応答の構造的特徴として,(1)同意のパーティクル+理解の提示および(2)認識性に関する修正を含む繰り返しという2つのパターンが3言語に共通して見られた.また,重ねられる側の発話には,条件節や因果節による複文構造やトピック–コメント構造が3言語に共通して見られた一方で,フィンランド語と中国語ではSVX語順が,日本語では引用構文が観察された.これらの構造は,その前半または初めの部分が次にどのような内容が産出されるかを強く投射するため,聞き手が完結可能点よりも早く応答を開始することを可能にする.本研究は,発話の開始位置と発話の言語構造を調整することによって会話参与者間の知識状態に関する相対的な位置取りを交渉するということが,人類の文化に(あるいは少なくともここで取り上げた3言語に)共通してみられる普遍的なプラクティスであることを示唆するものである.
著者
尹 盛熙
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.19-36, 2016

<p>本稿の目的は,日本語の翻訳字幕を観察し,強い時間的・空間的制約が課される談話形式において「省略・縮約」という言語的手段が日本語でどのように実現するか,また構造的に類似している韓国語とはどのように異なるかを明らかにすることである.そのためにアメリカとイギリスのテレビドラマシリーズのDVD(日本発売期間2001年~2012年)11作品から両言語の翻訳字幕を集め,文字数などを基にした情報量の比較と使用形式の分析を行った.日韓の字幕を観察すると,全般的に日本語の方が文字数・情報量ともに少なく,省略の度合いが大きい傾向がある.日本語字幕において省略を行う手段は,情報内容を減らす以外に,文の成分や文法要素を削って短さを実現することである.このような縮約の形式は「助詞止め文」「名詞止め文」の2種類で実現する.「助詞止め文」は述語を省くことにより文が助詞で締めくくられるもの,「名詞止め文」は文が名詞(句)で締めくくられるものだが,いわゆる名詞述語文でコピュラがないものも含まれる.両方とも韓国語字幕ではあまり観察されない形式であり,日本語の縮約戦略の一つであるといえる.さらにこれらの縮約形式には,「簡潔で強い印象を与える」という語用論的機能が持たれ,劇的緊張を高める場面で効果的に活用されることがあるが,これは省かれた情報を補う働きをするものと考えられる.</p>
著者
中東 靖恵
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.36-48, 2014-09-30 (Released:2017-05-03)
被引用文献数
4

近年急速に進むグローバル化と国境を超える人々の頻繁な移動により,日本の多言語状況は拡大しつつある.オールドカマーに加え,ニューカマーと呼ばれる南米やアジア諸国からの外国人の増加は1990年代以後顕著となり,多様な言語・文化背景を持った定住外国人の増加は,コミュニケーション問題をはじめ地域社会に様々な課題を生み出した.本稿では,岡山県総社市に集住する南米系ニューカマーであるブラジル人住民を対象に言語生活実態調査を行った結果に基づき,地域で暮らすブラジル人住民の言語生活の実態と日本語学習を行う上での諸問題,その背後にある様々な要因を明らかにした.日常生活におけるブラジル人住民の日本語使用は極めて限定的であり,ブラジル人社会の中でポルトガル語を中心とした言語生活を送り,地域の日本人住民との関係性が希薄であること,話し言葉能力は日常会話程度,書き言葉能力はひらがな・カタカナ程度であること,日本語学習意欲は高く日本語学習の必要性も強く感じながらも,目本語学習を継続して行えない社会生活環境にあることが明らかとなった.ブラジル人住民が抱える問題の解決には日本語能力の向上が重要であるだけでなく,地域の日本人住民との交流と相互理解が不可欠である.地域における日本語学習支援のあり方を考える時,日本語教室を単なる日本語学習の場としてではなく,地域住民同士の交流の場として機能させる必要がある.
著者
曹 偉琴
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.39-54, 2009-02-28 (Released:2017-05-01)

本稿では,まず中国の明清時代と現代の胡同名の命名の特徴を分析し,次に,民国時代と文革期及び1990年代以降の改称の特徴を分析した.その結果,胡同名の命名は,どの時代も地物・人物・市場等の表示性の顕著な地名が優勢になり,「表示性重視型」命名法の特徴が現れていると指摘できる.そして,胡同名の改称は,(1)民国時代には,多くの俗称的な地名が表示性の乏しい嘉称・好字地名に改称されていること,(2)文革期には,坂や寺院等の表示性の高い地名が消失し,共産党の歴史や思想等を反映する地名に改称されていること,(3)1990年代以降も,異称化名称の多くが表意性の高い地名に改称されていること,が判明した.このことから,胡同名の改称には,「表意性重視型」命名法の特徴が現れていると指摘できる.また,胡同名の現況は,都市開発により,胡同とともに胡同名が消失するという問題があるが,政府も,改造された住居区や道路等に伝統的な地名を伝承して命名するなどの対策を講じ,市民も胡同名の保存・保護に取り組むようになっている.しかし,現状を見る限り,多くの胡同名が消える一方で,拝金主義的な「金」「銀」の文字の付く地名や流行を追う外来語の名称等が増え,北京住民の地域的,社会的,個人的アイデンティティを脅かしている.今後,北京の胡同名を保存し,住民のアイデンティティを守るための対策が急がれる.
著者
大江 元貴 居關 友里子 鈴木 彩香
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.226-241, 2020

<p>日本語の左方転位構文は,情報構造上どのような働きをするか,話しことばか書きことばか,という問いのもとでその特徴が記述されてきたが,そのような抽象的なレベルでの記述では実際の使用を十分に捉えられていなかった.本稿は,具体的な言語使用環境(ジャンル)ごとに異なる文法の存在を想定する「多重文法モデル」の考え方を基盤として,コーパス横断的調査に基づいた左方転位構文の分析を行った.その結果,以下の二点が明らかになった.①日本語の左方転位構文は,情報構造のレベルよりも大きな談話展開のあり方に関わり,大きく〈予告・総括〉型と〈項目提示・注釈挿入〉型の二つのタイプに分けられる.②日本語の左方転位構文の特徴は,話しことばか書きことばかという対立では捉えられず,「独演調談話」とでも呼ぶべき,話し手と聞き手の不均衡な関係を前提としたジャンルと結びついている.多重文法で想定されている多様なジャンルの輪郭を明確にしていくためには本稿のような具体的な言語表現から出発してその言語表現のジャンル特性を特定していくというアプローチを取り入れていくことが重要になる.</p>
著者
簡 月真
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.3-20, 2002

本稿は,言語接触のただなかにある台湾をフィールドとし,4つの言語集団による言語使用意識をもとに,アタヤル語・閩南語・客家語・北京語・日本語など諸言語の機能的分布の変化について考察したものである.その結果,台湾において次のような異なった再編成のパターンが同時に観察されることがわかった.(1)[言語シフト]アタヤル族・客家人の言語生活においては,北京語が「公的な場」→「暗算・祈り」→「隣家」→「家庭」という順番で浸透しつつあり,言語シフトが進行中である.(2)[二言語併用]閩南人の場合,閩南語と北京語の二言語併用へと再編成が行われている.なお,閩南語の使用はほかの言語集団にも伝播している.特に「公的な場」において閩南語が北京語と競り合っているのが注目される.(3)[言語維持]外省人の言語生活において,閩南語の受容も見られるが,EGLの北京語が絶対的な優勢であり,言語維持が観察された.(4)[第三言語の採用]使用者の年齢層が限られているが,かつて「国語」として普及した日本語は,現在,老年層において(1)異なるグループの間の共通語,(2)暗算する際の言語,(3)隠語,という役割を果たしている.
著者
伊藤 崇 関根 和生
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.141-153, 2011-09-30 (Released:2017-05-02)
被引用文献数
2

言語表現のみならず,参与者の身体的表現に着目することは,授業の実際の展開を理解する上で重要である.特に視線は,参与者が聞き手としてその場に参与する仕方を明らかにする上で有効な行動指標である.本研究では,小学1,3,5年生による一斉授業を対象に,教師と児童による視線配布行動を検討した.3学年各2学級,1時間ずつの国語の授業の映像・音声資料から抽出した3分間ずつのシークエンスについて,教師と児童の視線の向き先について1秒ごとのタイムサンプリングを実施し,コーディングを行った.その結果,次の3点が明らかになった.(1)教師の視線配布行動は,発言する児童を頻繁に見る,発言していない児童を頻繁に見る,黒板を頻繁に見るという3つのスタイルに分けられた.(2)児童の視線配布行動には,同学年内で一貫して共通する側面と,同学年内でも学級間で一貫しない側面とがあった.(3)教師と児童の視線配布行動の相互行為的な関連については,教師を見ていた児童が教師の見る対象に視線を向け直すという連鎖と,教師を見ることなく自律的に視線を動かすという連鎖の,少なくとも2つの連鎖パターンがあった.これらより,児童が授業に参与する上で教師の視線は有効な手がかりとなる可能性と,学年が上がるにつれて児童が参与構造を自律的に組織化する可能性を論じた.最後に,これらの結果の教育実践への示唆,および結果を解釈する上での限界について議論した.
著者
須永 将史
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.194-209, 2020-09-30 (Released:2020-10-07)
参考文献数
27

本論文は,在宅マッサージの場面において,施術者と患者が「痛み」をどのように扱うのかを,会話分析の方法によって明らかにする.マッサージの活動手順の進行中に生じる患者の痛みを,施術者がどのように尋ねるのか,そのやりとりがマッサージの進行にどのように影響するのか.以上を問う.まずは,痛みについての質問を検討する.痛みについての質問のなかでも,とりわけ,患者の身体に触れながらなされる「施術進行のための質問」を検討する.そのとき,この質問が「否定疑問」で尋ねられるのか,「肯定疑問」で尋ねられるのか,に注目する.そして,同じ「施術進行のための質問」であっても,痛みが否定疑問で尋ねられる場合を最適化された質問デザインとして特徴づける(Boyd & Heritage, 2006).また,肯定疑問は患者による痛みの報告をしやすくするためのデザインとして特徴づける.続いて,このように質問を状況に依存しながらデザインするための資源として,患者の表情を検討する.施術者が,質問デザインする際におこなうプラクティスのひとつとして,患者の顔のモニタリングを挙げる.
著者
山本 敦 古山 宣洋
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.84-99, 2020-09-30 (Released:2020-10-07)
参考文献数
29

演奏表現は,楽曲の解釈や表現意図に沿って,楽譜に示されていない細かな音のゆらぎを付与することで達成されるが,その指導において,このゆらぎの構造は学習者によって概念的・聴覚的に把握されるだけでなく,学習者の知覚–運動の調整を通して,実際の演奏として達成されなければならない.本稿では,音楽大学の学生と教授であるプロの演奏家による1対1のピアノレッスンを録画したデータを対象に,指導の相互行為におけるマルチモーダルな資源が組織化される過程を分析することで,演奏表現が学生と教師によって協働的に構築,産出されていることを明らかにした.教示においてゆらぎの構造は,発話や演奏,歌,ジェスチャなどの組み合わせによって知覚的に構造化され,音楽概念と結びつけられて呈示されていた.その結びつけの構造が維持されたまま,学生,教師双方によってジェスチャ–楽曲の組み合わせが実際の演奏の中で反復・同期されることで,理解の例証,調整の求め,確認の与えといった相互行為上の機能を果たしていた.さらに,このマルチモーダルな呈示の同期を通して,学生の演奏運動それ自体が同時的かつ即興的に調整を受けることで,演奏表現は協働的に達成されていた.これらの結果は,専門的な実践における知覚の相互行為的な調整および音楽教育の観点から考察された.
著者
名嶋 義直
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.5-20, 2020

<p>グローバル化という世界的な変化の流れを考えれば,日本社会の目指す方向は「多様性に寛容な,ゆるやかな結束性を持つ社会」であろう.そこでの「新しい学習・教育」を考えた時,言語研究者には何ができるだろうか.本稿ではドイツや欧州評議会で展開されている「民主的シティズンシップ教育」に「新しい学習・教育」としての可能性を見出す.その上で,それをただ模倣するのではなくローカライズすることが重要であり,それを行えば,民主的シティズンシップ教育はさまざまな場面や手法で実践が可能であることを述べる.そして,多様な他者と「対話」を通して主体的に関わる活動の例を挙げ,「民主的シティズンシップ教育」が有する「新しい学習・教育」としての可能性を論じる.</p>