著者
渡辺 登 坂井 禎一郎 多田 幸司
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.26, no.10, pp.1120-1122, 1984-10-15

I.はじめに エフェドリン(ephedrine)は気管支喘息治療薬として繁用されるphenylethylamine誘導体であり,覚醒剤(phenylaminopropaneやphenylmethylaminopropane)と化学構造や薬理作用が極めて類似している。そのため,本邦では大量のエフェドリン服用によって覚醒剤中毒と近似した精神障害を呈した症例が現在までに23例報告1〜4,6,9,10,12,13)されている。 立津11)は慢性覚醒剤中毒の精神病状態として最もよく発現するのが,1)躁うつ病様状態であり,次いで,2)分裂病様状態,3)両者の混合状態,4)無欲・疲労・脱力状と述べている。ところが,報告されたエフェドリン精神病に生じた病像のほとんどは幻覚や妄想を主体とする分裂病様状態であり,躁うつ病様状態はなかった。今回,われわれはエフェドリンを主成分とする市販喘息薬である新エスエスブロン液を乱用し躁うつ状態を呈した1症例を経験したので報告したい。
著者
大原 健士郎 増野 肇
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.3, no.9, pp.775-783, 1961-09-15

はしがき 精神病をのぞく自殺の要因の研究は,すでに数多くの報告がなされているが,心理学的要因の中でも家庭環境的因子は,とくに重要な要因として学者の注目を集めている。すなわちE. Ringelは,精神病をのぞく650例の未遂者の生活歴を検討し,片方または両方の親を12才以前に失つた者は123例(19%)で,とくに孤児が多く,実母の欠損のほうが問題が多い,とのべ,さらに養育上の問題があつた者は92例(14%)で拒絶的態度と過保護的態度が問題として多く,また同胞間に問題が認められた者は164例(25%)であり,ことにひとり子が81例を占めていた,と報告している。L. M. Moss,D. M. Hamiltonは自殺企図例の60%が片親または両親を若いころ(大多数は青春期に,ほかの者は幼小児期)に失つている,とのべた。彼によれば,この期間に40%は父親を失い,20%は母親を失つていた。Palmerは,25例の自殺企図者について連続的に背景因子を観察し,84%の者が両親や同胞の死亡,不在に直面しており,68%の者が14才前に親を失つていた。また,近親者の死亡は25%以上において結実因子となつていた,とのべている。Teicherは統計的にこの成績を支持した。H. J. Walton,J. Mentは憂うつで自殺を企てた60例の患者と憂うつだが自殺は企てなかつた163例の患者を比較し,14才以前に親を失つた者は前者では46例であり,後者では32例であつたと報告し,自殺企図と親の欠損との関連性を強調している。Wall Jamiesonは,自殺した患者について,以前に受診していた病院で家族歴を調べ,自殺者の1/3に家族問題がかなり強く影響していることを認めた。Zilboog,Reitman,Keelerは,長じてからの自殺衝動を幼児期における両親の死に関する感情の問題としてとりあげた。Keelerは,親が死亡したさいに,11人の子供に生じた反応を研究した。すなわち,抑うつ感情は11人全部にあらわれ,両親への強い愛情を示していた。死んだ両親に再会するという空想は,8名がもち,一緒に死にたいとのべた者が7名であつたとしている。Bender, Schilderは13才以下の子供について自殺を研究し,子供にとつて自殺は,耐えがたい環境を逃がれようとするこころみであり,つねに愛情の喪失から生じている,とのべた。わが国でも加藤は,26例の未遂者中,一方または両親を12才以前に失つた者は5例,養育上の問題がある者10例,同胞間の問題が考えられる者5例を認めている。著者らの報告でも自殺企図者で17才以前に両親または片親を失つた者は対照群に比し,有意差をもつて多く,とくに実母の欠損が影響していた。養育者を調べると自殺企図者のほうに,親が小学入学までのめんどうをみなかつた者が有意差をもつて多かつた。青年層における希死念慮の理由では,家庭事情をあげた者は,大学生8.1%,高校生13.0%,中学生16.5%,未遂者13.0%,となつている。とくに年少者に家庭問題や叱責の影響していることがわかつている。最近の報告では青年層のみならず,老人の自殺においても家庭問題が強く影響をおよぼしていることが明らかにされた。 しかし一方,川畑,勝部は京大生を対象として親の欠損や養育者を調べ,自殺企図者と非企図者との間にほとんど差がないというnegative dataを報告している。Schneidman,Farberowは,対照者に自殺すると仮定して遺書を書かせ,既遂者の遺書と比較した。その結果として,いかにStressによる条件が生活史にあつたとしても,それだけについては,各群の間に差がなく,ひとり子,欠損家庭,家族内自殺などの点でも各群の間に差はなかつた,とのべているが,自殺を研究する学者の間では,家庭環境要因はもつとも重要視すべき部門の一つとされている。
著者
奥村 泰之 藤田 純一 野田 寿恵 伊藤 弘人
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.79-85, 2010-01-15

はじめに 治療効果研究成果に基づいて治療ガイドラインが作成されるなど,精神科領域においても,「効果が十分に確認されている,さまざまな治療やサービス」15)である科学的根拠に基づく実践(evidence-based practice;EBP)が普及しつつある。EBPの必要性は行政機関や学会などで支持されている。 しかし,EBPは実際の診療にまで浸透していないという問題が提起されている9,11,15)。このような,EBPの普及と実施を阻害する主要な原因は,「EBPへの態度」であると指摘されている16)。たとえば,統合失調症患者への抗精神病薬の処方は単剤およびクロルプロマジン換算で1,000mg以下であることが治療ガイドラインで推奨されている13)が,EBPへの態度が不良であると,このガイドラインに従わないという研究もある10)。 このように,EBPへの態度を測定する試みはこれまでいくつかの研究でなされており,精神科医の治療ガイドラインへの態度10,19),双極性障害の臨床家の治療ガイドラインへの態度17),臨床心理士の治療ガイドラインへの態度5),物質関連障害の臨床家が特定の科学的根拠に基づいた治療を行うことへの態度12)などが測定されてきている。しかし,従来のEBPへの態度を測定する試みは,ある特定の専門家や特定の疾患を対象としており,より一般化した態度を測定することが内容的に難しいという問題があった。 Aarons1)が開発した,「科学的根拠に基づく実践を適用することへの態度尺度(evidence-based practice attitude scale;EBPAS)」は,特定の専門家や特定の疾患に限定せずにEBPへの態度を測定することが可能な,数少ない尺度である。EBPASは,15項目,5段階評定,4下位尺度から構成されている自己記入式尺度であり,探索的因子分析1)と確認的因子分析1,3)により,EBPASの下位尺度は以下の4つから構成されていることが明らかにされている。 (1) 要請(requirements):EBPを実施する要請がある時に,EBPを適用する可能性(例:あなたにとって初めての治療や介入の訓練を受けたとして,その治療や介入を上司から命じられた場合に,その治療や介入を利用する可能性を答えてください)。 (2) 魅力(appeal):EBPへの直感的な魅力(例:あなたにとって初めての治療や介入の訓練を受けたとして,その治療や介入が直観的に魅力的だと感じた場合に,その治療や介入を利用する可能性を答えてください)。 (3) 開放性(openness):新しい実践への開放性(例:クライエントを援助するために,新しいタイプの治療や介入を用いてみたい)。 (4) かい離性(divergence):研究者が開発した介入と現状の実践との間の認知のかい離(例:研究に基づいた治療や介入は,臨床的に用をなさない)。 2004年に開発されたEBPASは,2008年末までに,筆者らの知る限り,9つの論文で利用されており1~4,6~8,20,21),その応用可能性の広さのため,徐々に普及が進むことが考えられる。そこで,本研究では,EBPAS日本語版を開発し,その心理測定学的特徴を検討することを目的とした。
著者
千丈 雅徳 佐藤 友香 中島 公博 坂岡 ウメ子 林 裕 田中 稜一
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.44, no.10, pp.1061-1068, 2002-10-15

【抄録】 解離性同一性障害患者の主人格および交代人格に風景構成法とPCエゴグラムを施行し,人格の成長・変化を認めるとともに寛解に至った1例を報告した。失恋を契機にαが出現し,αが成長して全体をまとめるδとなった。また,陰性感情は持続していくつかの交代人格が所有したが,最終的には主人格も陰性感情を引き受けることでまとまるに至った。すなわち,交代人格には固定化した感情状態を持続する者と,そうでなく成長する者が存在することが示唆された。また,名を持たぬ不気味な存在に名を付与することで具体的な対応が可能となり治療的に大きな転機となった。風景構成法およびPCエゴグラムは人格特性を簡便に把握し,人格の推移を知る有効な手段であることが示された。
著者
長井 真理
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.23, no.5, pp.p465-472, 1981-05
被引用文献数
1
著者
杉浦 元亮
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.223-230, 2009-03-15

はじめに 「自己と他者」という概念には,わかるようでわからない,曖昧なところがある。 自分の身体,自分の顔,自分の名前は明確に他者の身体,他者の顔,他者の名前,と区別ができる。その区別ができなくなったら大きな問題だし,そういう意味で自己と他者を区別する能力というものが脳に存在することは,誰もが認めるであろう。 では,「自分の家族」とか「自分の友人」はどうであろうか。「自分の」というのだから「自己」の側にいるのかもしれないし,明らかに自分とは異なる人格を指しているのだから「他者」なのかもしれない。この「自分の家族」や「自分の友人」を,そうでない人々と区別する能力は,自分の身体や顔や名前を他者のそれと区別する能力と,やや趣が異なりそうだ。 さらに,こちらはどうだろう。多くの若者が「本当の自分」がわからないことに焦り,本当の自分を探すために,(多くの場合比喩的な意味で)旅に出る。若者が見失ったり,発見したりする「本当の自分」とは,いったい何なのか。この意味での「自己」に相対する「他者」とは何なのか。この意味で自己と他者を区別する能力について考えるためには,また別の考え方が必要そうである。 このように「自己と他者」は,少なくとも単一の明確に定義できる概念ではない。そのこと自体は,心理学・哲学では昔から自明のことで,多くの論者が複数の「自己」や「自己と他者の区別」(の概念)について,盛んにそれぞれの立場と動機でさまざまな分類・モデルを提唱してきた6)。その数多くの分類・モデルそれぞれは,それぞれの立場で合理的であり,合目的的である。しかし筆者が,神経科学や認知科学の研究者という立場で脳内基盤を研究する目的で眺めたとき,「自己」や「自己と他者の区別」という概念を包括的に明確に解剖した分類・モデルは(筆者の知る限り)いまだ確立されていない。 本稿で筆者は,脳機能画像研究者としての立場から,「自己と他者の区別」の脳内基盤を解明する目的で,「自己と他者」の多因子モデルを提案する。脳機能画像研究者の立場で「自己と他者の区別」の脳内基盤を解明するということは,「自己と他者の区別」を実現する脳内情報処理をできる限り明確に定義し,これに関与する脳領域あるいはその複数の脳領域で構成される脳ネットワークを明らかにするということである。したがって,ここで提案するモデルは,次の3つの条件を満たしている必要がある。まず,①「自己と他者の区別」を独特の脳内情報処理として定義・説明できなければならない。それから,②その情報処理能力が特定の神経基盤に依存している必要がある。この2つは具体的には,中枢神経系の障害(できれば特定の脳領域の損傷)によってその脳内情報処理能力が特異的に欠落している(と考えられる)例を挙げられること,で同時に満たされる。そして,③脳機能画像実験の課題操作でその情報処理を作動させたり,抑制したりすることが可能,あるいはその情報処理能力の個人差を定義し,なんらかの心理測定法で量的評価ができること,が必要である。 これら3つの条件は,精神疾患の臨床と相性がよい。精神疾患の症状・障害の多くはなんらかの意味で「自己と他者の区別」の障害としてとらえることが可能である。条件1と2を満たすモデルがあれば,とらえどころのない精神疾患の症状・障害を,脳内情報処理能力の欠落/低下の概念で明確に定義・説明することができる。また,症状・障害の原因となる神経基盤から,その分子基盤(障害の原因となっている蛋白や遺伝子)を特定できる可能性が出てくる。そして条件3を満たせば,脳機能画像を用いた診断の可能性が出てくる。 筆者は,これまで自己顔認知の脳メカニズムについて,脳機能画像を用いた研究を行ってきた。その中で,自分の顔の認知に特異的な認知処理が単一の脳内情報処理や脳ネットワークでは説明できないことを実感した。「自己」について神経科学的に説明するためには,より包括的な「自己と他者の区別」の多因子モデルが必要であると確信するに至った。本稿では,まずこれまでの自己顔認知研究のあらましをまとめ,そのうえで現在筆者の妄想する「自己と他者」の多層性モデルを説明し,最後に「自己と他者」をめぐる脳画像研究の今後について述べる。
著者
林 暲
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.6, no.6, pp.475-476, 1964-06-15

さる3月24日,虎の門の付近に所用があつてタクシーで米大使館にそつた霊南坂を下りかけると坂下の方に車や人が集まつて何やらあわただしい空気である。いそぐままに坂下近くで車をすてて歩きながら聞くともなしに耳にしたところではライシャワー大使が刺されたという。虎ノ門病院に近い目的のビルについて,病院に収容されたこと,傷は脚で全治2週間くらいという話をきかされた。午後1時ごろのことである。夕刊で犯人は精神障害者らしいということを見てやれやれそうかと思つたが,さて問題はそれからであつた。国会会期中のことでもあり,当然本件についての質問が集中しそこに当局の思いつきのような逆行的な答弁の現われる傾向も見られた。新聞,週刊誌などには例によつて患者をすべて野獣視する野放しということばを用い,責任の追求はこれまで精神衛生的施策をなおざりにした厚生当局よりも警察,治安対策の方面に集中し,政府も早川自治相兼国家公安委員長に詰腹を切らせることで当面を糊塗した。また犯人の実態についての確かなことの解らぬままに,変質者,精神異常,分裂病,また精神薄弱といつたよび方がされ,また林髞氏のような非専門家が例のごとき変質者危険論,隔離論を語る始末で,全体として警察行政的な対策のとびだす恐れも十分うかがえたので,3月26日に厚生省精神衛生課長をつかまえて,このさい精神衛生審議会にこの事態についての対策を諮問するなり,あるいは審議会が独自で意見の具申をするようにできまいかと申入れた。とくに厚生省としては犯人の患者の実態,家人が一度精神病院に入院させながらその後家庭看護に終始してきた事情などについてよく調べておくべきであり,犯人の身柄は検察庁におさえられて専門家に見せられないにせよ,家人の協力を得て発病以来の経過をきぎ,家人が最初の入院以后精神病院に不信の念をいだくようになつたらしい事情などを確かめる必要があるといった。課長はいずれの提案に対しても難色があり,どうなるかと思つたが,審議会はともかく4月2日にとりいそぎ開催されることになり,これには厚生大臣も出席するということになつた。
著者
須賀 英道
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.59, no.11, pp.1019-1027, 2017-11-15

はじめに 統合失調症が日本で減少してきたことや軽症化もみられることは,多くの精神科医が指摘していることである。これは日本に限ったことではなく,海外でも統合失調症は消えて行くのではないか5)とまで言われて久しい。多くの精神科医がその傾向を感じる中で,日本では根拠のないことは何も言えないといった風潮がある。日本では最近の疫学調査が十分なされておらずエビデンスがないため当然かもしれない。しかし,この見方はエビデンス医学の視点であり,科学者にとっては手法として今後も続けるべきであるが,臨床現場で精神科に従事する医師の誰もがあるべき見方でもないだろう。 逆に,臨床家がエビデンス手法の束縛によって患者と接する日頃の臨床の場で何も言えなくなっていく30)ことのほうが怖くもある。村上陽一郎の言葉を借りれば,精神科医には科学者もいれば,臨床家もあり得るということである。一人の臨床家としてこの場を借りて,誰もが感じている統合失調症の減少と軽症化について言及し,今後の疫学調査など研究にも波及することを望むところである。 最近の臨床現場で,統合失調症の初発患者との出会いが四半世紀前に比して少なくなり,また軽症化していると,多くの精神科医が感じているのは事実である。これは,気分障害や,不安障害,発達障害,認知症の患者に接することが増え,統合失調症とのかかわりの頻度が相対的に減ったこともある。また,入院の必要とされるような精神病症状の目立つケースについては,行政区域内で規定された病院に受診となるようなルートの確立によって一極化が生じ,一般精神科医のもとに来なくなったこともあろう。こうした最近の流れが,減少と軽症化のイメージをより強めているとも言える。ここでは,一元的な見方でなく,さまざまな視点から統合失調症の減少と軽症化について考察してみたい。
著者
宮永 和夫 川原 伸夫 高橋 滋 尾内 武志 森 弘文 横田 正夫
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.43-49, 1985-01-15

抄録 CTスキャンを施行した群馬大学医学部附属病院受診者を調査し,透明中隔腔及びヴェルガ腔を有する症例を抽出し検討した結果,以下のような知見を得た。 (1)全科9,408例(男5,104例,女4,304例)中,男29例,女16例の計45例(0.47%)にこれらの腔を認めた。なお男性に女性より多く認められた。 (2)45症例は,透明中隔腔のみ35例(78%),透明中隔腔及びヴェルガ腔9例(20%),ヴェルガ腔のみ1例(2%)に分けられた。 (3)45例には,疾患別にみると,てんかん,頭痛,発育障害,精神分裂性障害などが多く認められた。 (4)内因性精神病,すなわち精神分裂性障害と感情障害においては約5%の頻度でこれらの腔が認められた。 (5)これらの腔と精神分裂病症状の関係は,1)症状形成に関与する,あるいは 2)単なる合併であるというつの可能性が指摘された。
著者
新川 祐利 梅津 寛 大島 健一 岡崎 祐士
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.54, no.9, pp.881-888, 2012-09-15

抄録 大麻乱用後に幻覚妄想状態を呈した2症例を報告した。症例1は大麻精神病,症例2は大麻乱用の経験がある統合失調症と診断し,両者の違いを考察した。急性期症状は類似点が多いが,本症例の大麻精神病は幻覚妄想に対し恐怖や緊張を伴わず,妄想内容が了解可能であることが統合失調症と異なっていた。大麻精神病の経過では,大麻による無動機症候群を認め,意欲減退などが原因で社会機能が低下し,統合失調症の陰性症状と類似した。しかし,対人関係の障害や認知機能障害は認めず,治療により社会機能が病前の状態まで回復したことが異なっていた。大麻乱用が統合失調症を惹起する可能性が推察された。
著者
西園 昌久 牛島 定信 松口 良徳 野入 敏彦
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.13, no.11, pp.1091-1096, 1971-11-15

Ⅰ.緒言 向精神薬,なかでもneurolepticsを使用するさいにはいろいろの随伴症状や副作用があらわれるのをつねとするといえるほどである。したがってneurolepticsの随伴症状としてのパーキンソン症状群やその他さまざまの副作用を軽減する目的で,Artane, Akineton, promethazine (Pyrethia, Hiberna)が一般に使われる。ことにpromethazineは必須のように併用されている。それは,neurolepticaによってひきおこされる可能性のあるアレルギー反応ことに発疹,皮膚炎さらにパーキンソン症状群やアカシジアを予防し,抑制することを期待してからのことである。また,向精神薬療法のはじまりに人工冬眠療法といわれていたころ,chlorpromazineとともに併用することでカクテル療法とよび,phenothiazine誘導体を使用するさいに欠かすことのできないものとされていた当時のなごりがそのままひきつがれているともいえよう。 ところが,neuroleptics,抗パーキンソン剤とともにpromethazineを併用している症例において,しばしば,鼻閉,口渇,目のちらつき,排尿困難などの自律神経性障害,ねむけ,あるいは全身倦怠感などの中枢神経性障害を訴えるものがある。これらは,そのような副作用がもともとneurolepticsによってひきおこされるところに,promethazineの併用によってさらに,増強されたものとみられるのである。向精神薬の導入のころは,そのような副作用よりも,それら向精神薬の治療効果の方が重視されて,副作用は患者に耐えしのぶことを求めてきた。しかし,そのような副作用がつよくあらわれてきた時に,患者の苦痛ははなはだしい場合もある。また,このごろのように,長期にわたり,向精神薬を連用するようになると,社会復帰をしてなお向精神薬は継続して服用する症例がふえてきた。社会復帰したような患者にとって,上記したような副作用をもっていることは,日常生活に支障をきたすことになりかねない。自然,多少の副作用にも耐えて治療した時代から,副作用をできるだけ少なくして治療する時代へと移行してきている。
著者
高橋 道宏 多喜田 保志 市川 宏伸 榎本 哲郎 岡田 俊 齊藤 万比古 澤田 将幸 丹羽 真一 根來 秀樹 松本 英夫 田中 康雄
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.23-34, 2011-01-15

抄録 海外で広く使用され,30項目の質問から構成されるConners成人期ADHD評価尺度screening version(CAARS®-SV)の日本語版を作成し,成人期ADHD患者18名および健康被験者21名を対象に信頼性・妥当性を検討した。各要約スコアの級内相関係数の点推定値はいずれも0.90以上であり,また因子分析の結果,ADHDの主症状である不注意と多動性-衝動性を表す因子構造が特定された。内部一貫性,健康成人との判別能力ともに良好であり,他のADHD評価尺度CGI-ADHD-SおよびADHD RS-Ⅳ-Jとの高い相関が認められた。以上により,CAARS-SV日本語版の信頼性および妥当性が確認された。
著者
本間 正教 加藤 秀明
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.79-83, 2017-01-15

抄録 1990年にHoehn-Saricらは,fluvoxamineやfluoxetineといったセロトニン再取り込み阻害薬(以下,SSRI)投与中の患者5例にapathyが出現したことを報告した。今回,20歳台後半の男性の大うつ病患者に対し,escitalopramを投与したところ順調に改善し一旦寛解したものの,誘因なく急速に意欲低下を主とするapathyが出現したため,同剤を減量し,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるduloxetineを上乗せしたところapathyが速やかに改善した症例を経験した。SSRIの有害事象としてのSSRI-induced apathy syndromeは海外で複数例報告されているが,本邦では少なく,escitalopramによる報告はない。SSRIにて治療中で,apathyを主とする病状悪化をみた場合は,本症の可能性を考慮する必要があることを指摘した。
著者
中島 一憲 溝口 るり子
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.429-435, 1993-04-15

【抄録】 我が国では稀な病態である多重人格を主とする多彩な症状を呈した解離型ヒステリーの1例を報告した。症例は19歳の女性。発現した症状は,人格交代,健忘および遁走,幻聴などであり,人格交代では,本来の第一人格とは対照的な特徴を持っ第二人格と,13歳以前の第一人格への自動的な年齢退行を示した人格の二つの交代人格がみられた。第二人格への交代には,就職や失恋体験との時間的関連が強く認められた。入院治療が症状消退に対しては有効であった。 本症例では,特有な性格特徴を基盤として,現実生活における葛藤状況からの逃避や願望充足という意義を持つ心理的防衛機制が働き,症状発現に至ったものと考えられた。また13歳時の「母親の急死」という心的外傷体験が病理性をはらみ,症状発現に関与していたと推定された。さらに人格交代に対する治療的かかわり方や心理検査についても考察を加えた。
著者
見野 耕一 中嶋 義文
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.211-220, 2010-03-15

はじめに 無床総合病院精神科の危機について語られることが最近目立ってきている。無床総合病院精神科の診療特徴が人的な不足などの問題を生じさせ,それがある時点を越えると危機的な状況に発展してしまう。本稿では,危機的な現状を検証し,その状況に対する臨床現場での取り組みを紹介し,今後の課題を論じてみたい。 有床総合病院精神科の施設数と精神科病床数についてみてみると,日本総合病院精神医学会の調査では,2002年度は272施設,21,734床であったが,2008年度は239施設,17,319床へと減少,すなわち精神科病床数は2002年度から比べると2割減少している。調査後も休止したり診療をやめたりする病院が続いている。地域の中核病院などの総合病院精神科病棟が医師不足などから閉鎖・縮小されたり,精神科外来そのものが総合病院から消失しており,わが国の総合病院精神科はこれまでにないほど危機的な状況にさらされている5)。日本病院団体協議会の調査によると,2007(平成19)年度の病床休止もしくは返還は,産婦人科,小児科に次いで精神科が3番目であった。 無床総合病院精神科の場合はもっとも減少が顕著である。日本総合病院精神医学会無床総合病院精神科委員会の調査によれば,2009年8月現在,精神科常勤医のいる無床総合病院精神科の病院数と常勤医数は178病院,268名である(シニアスタッフ3名以上の大学病院など除く)。調査2)を始めた1999年より122病院が減少(41%)している。2008年度は,10病院が閉鎖となっている。 厚生労働省の調査では,精神科専門の医師数は微増しているが,この10年で診療所と精神科病院に勤める医師数は増加したのに対し,総合病院の医師数は1割減となっている。 減少の原因は複合的である。病院間では病院統廃合がまず挙げられるが,病院内では精神科医療の診療報酬が低く抑えられているため,診療科間の比較では不採算とみなされやすく,経営の観点から閉科となることが挙げられる。最大の理由は,多忙さにある。インセンティブのない多忙さは忌避され,常勤医の異動(開業など)に伴い欠員が生じた際に赴任を希望する精神科医がおらず,結果として非常勤医による外来診療をしばらく続けた後に閉鎖となるパターンが多い。診療報酬改定により,自殺未遂で入院した患者を精神科医が診察すると診療報酬が加算されたり,がん対策基本法で緩和ケアチームに精神科医の関与が求められるなど,精神科医の役割は増しているが,その主体となる総合病院精神科医自体が減少しているため,ニーズに応えられないのが現状である。
著者
志村 哲祥 田中 倫子 岬 昇平 杉浦 航 大野 浩太郎 林田 泰斗 駒田 陽子 高江洲 義和 古井 祐司 井上 猛
出版者
医学書院
雑誌
精神医学 (ISSN:04881281)
巻号頁・発行日
vol.60, no.7, pp.783-791, 2018-07-15

抄録 2015年から義務化され運用されているストレスチェックでは,標準的な問診票では「仕事のストレス要因」「周囲のサポート」「心身のストレス反応」を測定し,これに基づいて産業医面談の対象となる「高ストレス者」を抽出している。一方で,ヒトの心身に影響を与えるのは職業上の要因だけでなく,特に睡眠は,さまざまな経路を介して心身の健康に影響を与えることが知られており,業務以外のストレス要因として重要である。本研究で,睡眠とストレスチェックの各指標の関連を分析したところ,睡眠は心身のストレス反応に対して強い影響を与えており,仕事のストレスと同等かそれ以上である可能性も示唆された。