著者
池内 慈朗
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.43-54, 2010-03-20

本稿は,幼児教育で有名なイタリアのレッジョ・エミリアとハーバード・プロジェクト・ゼロの共同研究Making Learning Visibleプロジェクトについて考察を行うものである。MLV Projectでは,ドキュメンテーションを用いることによって,学習を「可視化」することが中心的な役割りを果たす。また,ドキュメンテーションは,ポートフォリオの利点も兼ね備え,小グループでの学びを「可視化」する次世代の学習ツールとして,プロジェクト・ゼロは期待をもって推進している。グループ学習をドキュメンテーション化することで子ども達にグループ・アイデンティティの感覚が生まれ,「個の学び」とは異なったグループでの「協同の学び」が生まれる。MLVの研究を進めていく過程で,1970年代後期より,レッジョ・エミリアとプロジェクト・ゼロは教育哲学が近いところにあり互いに影響を与え合ってきたという結論を得た。
著者
平野 智紀 三宅 正樹
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.36, pp.365-376, 2015-03-20

本研究は,対話型鑑賞で観察される鑑賞者の成長という現象と,それがどのようにして促されるのかを,ヴィゴツキー以降の学習理論,具体的には正統的周辺参加理論(レイヴとウェンガー)と認知的徒弟制の理論(コリンズ)に基づいて明らかにした。鑑賞場面で生起する参加者の全発話をテキスト化し,先行研究をもとに学習支援に関する発話カテゴリを設定して定性的に分析した結果,対話型鑑賞場面ではファシリテーターの学習支援が徐々に鑑賞者に移譲され,さらに鑑賞者同士でお互いに学習支援を"わかちもつ"ことで鑑賞者が成長する現象が確かめられた。さらに対話型鑑賞場面では個人の美的能力の発達よりも"場"としての共同的な発達が促されている様子も明らかになった。
著者
上西 知子
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.30, pp.81-97, 2009-03-21

本稿は,美術教育が表現教育や鑑賞教育にとどまらず「自己理解」を担う教育であることを明らかにするために,コラージュ画制作後のインタビューの「語り」をテキストとする「制作経験調査」結果の考察から,コラージュがなぜ「自己理解」へとつながり易いのかについて検討する。コラージュの制作過程では,制作者が切断された不連続な「断片」を「試行錯誤」を通じて「再構成(綜合)」し作品を作る。その「作品」について制作者が「語る」中で,作品の中の「不連続性」を「創造的解釈」によって一つの「物語」としてつなげようとする時,自分の記憶や期待が浮かび上がり,その意味を理解しようとすることが「自己理解」につながることが明らかになった。
著者
瀬谷 裕美
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.32, pp.229-241, 2011-03-20

本稿は,石膏像素描教育が近代日本の美術教育に導入された意図と,その後の変容を歴史的に明らかにすることを目的とする。工部美術学校と明治期の東京美術学校を中心に,教育目的,指導法,素描様式の3つの観点の変化について,現存する資料と先行研究を基に考察を行った。その結果,石膏像素描は西洋の文化理解の目的で導入され,工部美術学校から東京美術学校へと主要な専門美術教育機関が変遷したことに伴い,臨画から直接の素描へと指導方法も変化したことが明らかになった。また,素描様式には,輪郭線を強調し,中間の調子を抑えて描くという共通点はあるが,構図への配慮は少なくなったことがわかった。
著者
瀬谷 裕美
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.33, pp.249-261, 2012-03-25

本稿は,教材としての素描用石膏像が伝播していった過程と範囲を明確にし,その供給の実態と変遷を明らかにすることを目的とする。東京芸術大学所蔵の資料実物や文献からの調査の結果,石膏像生産業は,素描教育の方法と共に,美術学校主体から民間へと移行していったことがわかった。工部美術学校において西洋から輸入してそのまま使っていた石膏像は,東京美術学校時代からは国内で生産販売するようになった。明治10年代後半の中学校増設に伴い図画教育の総量が増え,大正期に入ると民間の業者も画材を多く扱うようになり,石膏像の生産と供給の量も増えていく。石膏像素描教育は制度として広がったというより,美術教育関係者を中心とした教育法と教材の伝播により,徐々に民間へと普及していった。
著者
池内 慈朗
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.30, pp.65-79, 2009-03-21

本論考では,「感性」というあいまいさを含む概念を解釈すべく,海外の諸領域での異なったアプローチから感性を様々な角度より浮かび上がらせ検討を試みた。(1)「言語と思考」の研究からの解釈,サピア-ウォーフ仮説,文化と言語の関係,(2)J.J.ギブソンのアフォーダンス理論と,ネルソン・グッドマンの流れを受け継ぐガードナーの考えをもとに,シンボル・システム理論との関係について考察した。(3)アナロジー,メタファーは抽象的な情報を抽出し,その類似性を比較し事象の「見立て」「意味づけ」の対応づけである。アナロジー,メタファーは感性を引き出すのに重要な役割があり,イメージ・スキーマはそれらが働く前段階であり,カテゴリー化による構造化された知識と,それを創造的に用いようとする我々のimaginationが見出せる点が明らかになった。日本人特有の「感性」についても考察した。
著者
藤原 智也
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.441-455, 2014-03-20

本論では,臨時教育審議会以降の新自由主義教育改革における美術教育-学習の機会保障の問題を検討した。まずケインズ主義から新自由主義への政策的転換及び成長期近代から成熟期近代への社会的変容という背景と,それに伴う社会構造改革の一部としての教育改革という位置づけを示した。そして,第二の改革勢力としてのポストモダン派の要請とを整理しながら,1990年代から2000年代にかけての新自由主義教育改革の実質化と変容を明らかにした。これらを踏まえて,美術科縮減圧力を複線化と融合統合化による境界曖昧化であることを明らかにした。そして,これまでの制度改革や進行中の議論,今後のリスクシナリオの描写を含めた考察を行い,美術教育における課題を提示した。
著者
井坂 健一郎
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.18, pp.39-49, 1997-03-31

In this paper, I have described the current problems of universities of arts in Japan, and discuss what would be like. Universities of arts in Japan had been mostly aimed to appear in great numbers of artists, but not teachers of art. And also, it had not changed its educational policy for a long time, therefore, there is a little gap between the school and public tendency of art. The problems are: 1) the educational art curricula. 2) the educational policy which is out-of-date. 3) the entrance examinations in the universities of arts. The second purpose of this paper is to analyzes art education curricula in universities of arts in Japan. The curricula in Japan and England are compared the theory of Elliot W. Eisner for developing the continuity and sequence of the structure of. The curricula in universities of arts, should emphasis on high academic achievement through personalized learning, value-centered education, and contribution to create a vibrant learning.
著者
有田 洋子
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.28, pp.27-38, 2007-03-31

本稿は,光琳「紅白梅図屏風」の左隻・右隻間で生じている流水のずれの不自然さを,どう解釈するかを軸にした鑑賞教材化研究である。光琳は鑑賞者に両隻間で流水のつながりを想像させるようにずらして描いたという仮説をたて,次の検討を行った。まず,屏風という空間の中に奥行きをもって存在する作品形態についての考察から,鑑賞教育の内容と過程が,1.屏風の折り方,2.左隻と右隻の間の距離,3.左隻と右隻の間隙の想像的接続,という三段階になるとした。さらに,教科書等の挿図で流水のずれがどのように解釈されているのかを調べた。以上を踏まえた鑑賞授業の試行的実践を行い,鑑賞教材としての教育的可能性を確認した。
著者
湯川 雅紀
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.35, pp.523-533, 2014-03-20

ゲルハルト・リヒターの抽象絵画は美術教育に貢献することができるのか。本研究は,この点に関して考察を行う。絵画の終わりが喧伝される現代美術において,突然変異的に出現したリヒターは,今までのモダニズム絵画を百科事典的に網羅するスタイルによって,現代を代表する芸術家になった。本論考では,彼の様々なスタイルによる幅広い表現の奥に潜むコンセプトに迫りつつ,それが現代の美術教育にどういった意味をもたらすかを明らかにする。そして,授業実践を通じて彼の絵画は,抽象絵画を体験的に理解させるための有効な手段であることが確認され,さらに抽象絵画全般の理解につながる題材開発の可能性を示唆し,さらなる教育的広がりを予感させるものとなった。
著者
初田 隆
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.27, pp.337-349, 2006-03-31

棒人間を描くことによって人体表現と向き合うことを避ける子どもが年々増えている。棒人間という記号を意図的に操作し,利便性やかわいらしさを見出す傾向も認められるが,特に小学校低学年では抑圧された表現欲求や人とのかかわりの希薄さなどが窺える。本稿では大学生及び教員を対象としたアンケート調査,児童・生徒・学生の作品分析を通し,今日の子どもたちの描画発達の特徴と美術教育の課題を捉えようとした。考察の内容は次の通りである。(1)棒人間表現が近年増加傾向にあること。(2)棒人間表現の発生が低年齢化していること。また,棒人間が継続的に使用されていること。(3)棒人間を描く理由と使用場面。(4)現代における棒人間表現の意味と特徴。(5)棒人間表現の背景。
著者
三根 和浪
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.18, pp.295-307, 1997-03-31

This is a practical study of a lesson on art appreciation. The lesson was given to 38 six-grade pupils at elementary school. A hypothetical situation was created in which the pupils were all connoisseurs of fine arts, and they looked nine works of art painted by three painters; three works by Paul Signac, three by VincentVan Gogh, and three by Paul Klee. The information of these works, for example, the names of the paintings, the names of painters, and so on, were withheld at first. Pupils compaired these works of art with one another and divided them into three groups based on their own critiques. Then they discussed their impressions of the individual pictures and the characteristics of the three groups, and appreciated them. After this practice, the activity was examined from the following viewpoints: 1. creating a hypothetical situation in which the pupils were all connoisseurs of fine arts 2. instructing the pupils in a method of comparing works of art 3. using prints of works of art 4. selections of works of arts 5. pupils' words of expression on art appreciation
著者
本村 健太
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.30, pp.399-409, 2009-03-21

本稿は,バウハウス教師であったヨハネス・イッテンの造形教育において実践されていた「昔の巨匠絵画の分析」の理念及び方法論を確認するとともに,その今日的な展開の可能性を試みる実践研究である。この研究の前提には,筆者の継続するバウハウス研究の課題としてのバウハウス認識の見直し,また,イッテン研究の課題としての彼の造形活動や教育実践の明確化,そして,美術教育研究の課題として昨今注目されてきた鑑賞教育のあり方に対するオルターナティブの提示という目的が重ねられている。イッテン教育の方法論が今日にまで射程を延ばしていることの例証のため,ここでは画像処理による絵画イメージの変容を試行して,絵画の認識を深める実践を行った。
著者
北野 諒
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.34, pp.133-145, 2013-03-25

本稿は,対話型鑑賞における美学的背景についての考察を経由して,芸術をめぐる学びとコミュニケーションの様態を再検討することを目的としている。具体的には,「開かれた作品」「(敵対と)関係性の美学」といった美学理論の解題から,「半開き性」という鍵概念-芸術/学び/コミュニケーションの基礎的条件をなす弁証法的運動-を抽出し,分析を展開していく。行論のすえ,本稿はふたつの可能性(暫定的な結論と仮説の提議)にいたるだろう。ひとつは,「半開き性」を,対話型鑑賞の学びの場面へ実際的に応用する「半開きの対話」の可能性(暫定的な結論)。もうひとつは,「半開きの対話」を楔に,コミュニケーションをメディウムとした現代アートの作品群と芸術教育の実践群とを接着し,新たな芸術教育パラダイムのコンセプト・モデルとして胚胎させる可能性(仮説の提議)である。
著者
杉本 覚 岡田 猛
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.34, pp.261-275, 2013-03-25

近年,美術館においてワークショップという形態の教育普及活動が頻繁に行われるようになってきている。しかし,ワークショップの実践家の数はまだ少なく,その育成が喫緊の課題として挙げられている。この課題を解決するためには,まずはファシリテーターの熟達過程を調査し,その実証的なデータに基づいた教育プログラムを作成する必要があるだろう。そこで本研究では,実際のワークショップにおいてスタッフの活動の様子を参与的に観察するとともに,参加したスタッフに質問紙を実施して,その回答やミーティングでのやり取りをもとに学習や認識の変化を分類し,ワークショップ内の活動との対応を検討した。その結果,スタッフの学習として「ファシリテーションに関する学習」「ワークショップ自体に対する認識の変化」「作品との関わり方に対する認識の変化」「日常の自身の姿勢に対する認識の変化」の4つのカテゴリが見出された。
著者
石崎 和宏 王 文純
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.55-66, 2010-03-20

本研究の目的は,美術鑑賞学習におけるメタ認知の役割を明確にすることである。その方法は,まず先行研究のレビューから,美術鑑賞学習とメタ認知のかかわりについて,発達や熟達化,転移,学習者の資質の観点から考察する。また,鑑賞スキルや思考の構造化を方略的知識としてメタ認知するよう促す事例を示し,美術鑑賞学習におけるメタ認知の有効性と今後の研究課題を検討する。その結果,鑑賞スキルを方略的知識としてメタ認知することが中学生以降において可能であることを確認し,また,知識や思考の構造化を方略的知識としてメタ認知することが熟達化や転移を促し,鑑賞の深化にも有効であることを指摘した。一方,メタ認知の精度と鑑賞の質,そして多様な学習者や環境などとの相関分析が今後の課題であるとした。
著者
王 文純 石崎 和宏
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.30, pp.465-476, 2009-03-21

本研究の目的は,1)鑑賞スキルの熟達化は学習によってどのくらい促されるかの検証,2)習得した鑑賞スキルが作品探究の方策として機能するかについての検証,3)鑑賞スキルの熟達化における転移のかかわりの明確化である。方法は,大学生への学習プログラム(5ユニット)を開発し,その調査結果の量的分析と事例分析による考察である。その結果,学習プログラムによる鑑賞スキルの熟達化は,熟達化の三つの指標値の有意な高まりで示された。また,鑑賞スキルは,その学習後に支援がなくても能動的に活用され,作品を探究する方策としての機能が確認された。そして,鑑賞スキルの熟達化か認められた場合,全体として鑑賞スキルの転移もうまくいっていた。ただし,学習者の資質に応じて転移の詳細は事例ごとに異なるものであった。
著者
三橋 純予
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.31, pp.353-366, 2010-03-20

筆者はこれまで美術教育の新たな領域として「アートマネージメント手法」の有意性を理論的に検証・提起し,実践研究として現代美術家との2つのアートプロジェクトを教材化して,その過程から育まれる「複合的鑑賞教育」の可能性を考察してきた。本稿では,これらの研究と平行して進めてきた北海道立近代美術館との3年間にわたる「連携授業プロジェクト」を新たな実践研究として,公立美術館を現場とした,展覧会の企画から実施までの授業プロセスを系統的に検証し,「作品と向き合うA段階」と,「他者(社会)と向き合うB段階」に分類し,「学習の転移」をキーワードとして,鑑賞教育におけるアートマネージメント手法の有意性を,理論的に明らかにする。
著者
鈴木 幹雄
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学 : 美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
no.29, pp.287-298, 2008-03-27

バウハウス教授陣のアメリカへの亡命に伴ってシカゴへ設立されたNew Bauhausに関して,我々は,『50年シカゴにおけるバウハウスの後継学校50.Jahre new bauhaus. Bauhausnachfolge in Chicago』とロサンゼルス郡美術館の共同研究『亡命者達と移民達-ヒットラーからのヨーロッパ芸術家達の逃走Exiles+emigres. The flight of European artists from Hitler』を手掛りに一定の一般的理解を持つことができる。本論ではこれら資料と並んで,イリノイ大学ジョン・ワォーリー文書のホルダー198,ペーター・ゼルツ,リチャード・コッペ著「美術教師の教育」,モホリ・ナギの弟子であり,後イリノイ大学美術部門の主任教授となった人物,リチャード・コッペの証言「シカゴのNew Bauhaus」(ドイツ語書籍『バウハウスとバウハウスの人々Bauhaus und Bauhaeusler』)を手掛りに,本テーマを開明する。