著者
笹原 和俊 杜 宝発
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.65-77, 2019

<p>道徳は人々を結びつけ,集団を形成する原動力になる一方で,集団を敵と味方に分断し,対立を生む要因にもなる。ソーシャルメディアはこのプロセスに関与し,場合によってはそれを加速させる危険性もある。本論文では,Twitterから収集した大規模なLGBT(性的少数者)関連の投稿(ツイート)を分析し,ソーシャルメディアにおける道徳的分断の実態を調査した。LGBTをめぐる社会の動向には,多様性を目指す社会にとって重要な道徳的問題が含まれる。LGBTツイートの拡散をネットワーク分析によって調べたところ,高い道徳的類似性(ホモフィリー)を持つ少数のコミュニティが形成されていることがわかった。さらに,英語と日本語の道徳基盤辞書(MFD及びJ-MFD)を使ってLGBTツイートの投稿内容を分析したところ,英語でも日本語でも共通して,LGBTは忠誠基盤の問題,つまり,集団に関わる道徳的問題として語られていることがわかった。また,忠誠基盤に加え,あるコミュニティは擁護基盤,別のコミュティでは権威基盤という具合に,コミュニティによって異なる道徳基盤を重視する傾向があることも示された。このことが道徳的分断と関係している可能性がある。これらの結果は,ソーシャルメディア上の道徳的分断を計算社会科学のアプローチで理解し,道徳的分断を緩和するための方略を考える上で重要な示唆を与える。</p>
著者
藤代 裕之
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.143-157, 2019

<p>本研究は,2018年に行われた沖縄県知事選挙に関するフェイクニュース検証記事を事例に,地方紙である沖縄タイムスのニュース制作過程を,地方紙のニュースバリューである「地域性」,「取材先」,「社内」,「同業他社」をインターネットメディアとの関係性を考慮に入れながら明らかにしたものである。3人の記者の聞き取り調査から,フェイクニュースを取材することで,これまでは異なると考えられていた既存メディアとインターネットメディアのニュースバリューが重なり,インターネットメディアであるバズフィード日本版が「同業他社」として位置づけられたことが分かった。これにより,候補者間で偏りが生じないよう報道するという記者が捉えていた選挙報道のニュース制作過程の公平性の「原則」が揺らぐことになった。また,地理的環境に左右されないインターネットメディアにより,地方紙が重視するニュースバリュー「地域性」に二重性が生じた。これらの変化が,これまでの地方紙のニュースバリューで取材を進める記者に戸惑いを生むことになった。選挙時のフェイクニュース検証記事における課題として,公平性についての議論が必要である。本研究の調査対象者は限られており,フェイクニュース検証記事の制作過程を一般化することは難しいが,フェイクニュース検証というソーシャルメディア時代の新たなニュース制作過程を明らかにしたという点で意義がある。</p>
著者
澤田 昂大 五十嵐 祐
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.177-189, 2020-07-01 (Released:2020-08-27)
参考文献数
32

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)において,私たちは様々な情報を発信し,周囲の人々とのコミュニケーションを行っている。その一方で,SNSで個人情報を含むセンシティブな内容を発信することは,プライバシーの懸念を高めうる。この問題に対処するため,多くのSNSでは利用者が情報の公開範囲に一定の制限を設けることのできるプライバシー設定機能が実装されている。本研究は,大学生のTwitterユーザーを対象として,ツイートの非公開設定機能の利用動機尺度を作成し,学年,性別および非公開設定機能の利用動機がプロフィール欄における個人情報の記載行動に与える影響について検討を行った。探索的因子分析の結果,「公開範囲のコントロール」,「不利益の回避」,「社会的影響」の3因子が抽出された。また,これらの下位尺度得点を含めた重回帰分析の結果,「公開範囲のコントロール」はプロフィール欄における名前の匿名化を促し,「社会的影響」は個人の特定を容易にしうる情報の記載を促進していることが示された。さらに,学年が上がるにつれてさまざまな情報の記載が抑制されていることや,女性がより積極的に情報の記載を行っていることも示された。
著者
中谷 勇哉
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.167-177, 2015

<p>本発表の目的は, 与えられたテーマ(「現代日本にある多様な文化はそれぞれ, 情報技術とどのような相互作用を持っている(あるいは持っていない)」)のであろうか)について, 知覚の変化という観点から, 現代を「メタ複製技術時代」として捉え考察することである。事例としては, 初音ミクのライブを扱う。そのなかでまず, 既存の初音ミク論について整理した後, フラッシュモブとハクティビズムという現代の文化現象が, ロックフェスティバルとハッカー文化にその原型をもっていること, そしてそれらの関連性について述べる。その後それらのことから, 複製技術時代からメタ複製技術時代への移行と音楽聴取形態の変容が関連して起きていることを示す。また, 以上の議論から, 文化領域における情報の価値についても考察を試みる。</p>
著者
林 浩輝 梅原 英一 小川 祐樹
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.165-175, 2020

<p>本研究では,政治的コミュニケーションの新たな手段として期待されるSNSの中でもTwitterに着目し,意見の一極集中やアナウンスメント効果などの世論形成理論の成立の可能性を考察した。2015年5月に実施された大阪都構想のツイートを分析対象とし,トピック分析および新聞記事と比較することで,ツイートとアカウントを賛成と反対に分類した。これを用いて賛成および反対の投稿数及びアカウント数の推移を分析した。その結果,多数派認知がTwitterの投稿に影響を与えている可能性は確認できなかったものの,リツイートのネットワーク分析の結果では,賛成と反対が明確に分かれたネットワークが存在することが分かった。また次数中心性および媒介中心性が極端に高い少数のアカウントが存在することが確認できた。その結果,オピニオンリーダーの出現とアナウンスメント効果の成立の可能性を見出すことができた。</p>
著者
木下 浩一
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.19-35, 2018

<p>放送制度では多元性・多様性・地域性が重視されてきたが,地上波テレビにおいては東京一極集中が進行している。しかしながら1975年以前には,フリーネットやクロスネットが存在し,現在よりも多様性が高かった。なかでも,教育局である日本教育テレビ (NET) と準教育局である毎日放送テレビ (MBSテレビ) によるネットワークは,多様な展開をみせた。一方でNETとMBSテレビは,教育局・準教育局ゆえに,教育番組や教養番組であっても視聴率がとれる番組を追求した。その結果,1960年代末にクイズ番組が大量に編成された。「クイズ局」と呼ばれたこの現象は,商業教育局による特異なネットワークにおいて,いかにして生じたのだろうか。</p><p>本稿では,「クイズ局」という事象を史的に分析し,番組種別の規制がネットワークを通じて傘下の送り手に与えた影響を明らかにした。結論は以下の通りである。「クイズ局」という現象は,クイズ番組という形式が,教育局が量的規制をクリアしつつ高い娯楽性を実現するのに有効であったと同時に,ネットワークを組んだ在阪局が東京へ情報発信する上で有効な形式であったがために生じた。番組種別の量的規制は,規制対象の局に影響を与えるだけでなく,ネットワーク関係にある局に対しても影響を与えたことが確認された。</p>
著者
数永 信徳
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.207-222, 2020-07-01 (Released:2020-08-27)
参考文献数
34

いつでも,どこでも,ネットに接続してコンテンツを視聴することが可能になり,人々の視聴習慣に変化が生じてきている。そのため,テレビやネット配信といったメディアを問わず,国民・利用者が多様で良質なコンテンツを視聴できる環境を確保することが,必要不可欠となっている。英国では,多様で良質なコンテンツを確保するために,主要放送事業者に対して,外部独立製作番組割当規制(クオータ制)を遵守することが義務づけられている。この外部独立製作番組も含め,BBCやITVなどの主要放送事業者は,2007年から先駆的に「同時配信」や「見逃し配信」等の動画配信OTTサービスを展開してきた。それゆえ,当然の帰結として,英国では,早い段階から外部独立製作番組のネット配信に向けた著作権等の利用と保護に関する法的枠組みが構築されてきた。そこで,本稿では,外部独立製作番組のネット配信に向けて,「どのメディアかではなく,いつの時点での利用か“when, not where”」という考え方を出発点として議論されてきた英国の先行事例を検証していくこととする。はじめに,クオータ制を構成する「量的目標」,「独立製作事業者の定義」,「著作権等の基本原則」の三要素を概観する。その上で,外部独立製作番組のネット配信に向けた共同規制による著作権等の利用と保護に関する「合意形成」の過程を考察していく。
著者
川畑 泰子
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.47-64, 2019-12-31 (Released:2020-01-18)
参考文献数
44

オンライン上の私たちの挙動は,公衆ネットワーク通信網上のログとして1秒1秒膨大かつ精密な情報として蓄積されている。昨今,オンライン上の過剰な意見の衝突がオンラインから日常生活へダイレクトにもたらすソーシャルリスク,フェイクニュースの膨張など懸念材料が多くニュースや書籍などでも参照され出している。社会通念における認識や理解,定義なども良い面でも悪い面でも増長・フォーカスされやすくなっている。社会規範から逸脱した発言における言語単位での規制は各国々のOSN(Online Social Networks)によっても異なる。今後,合意形成に関して定量的な知見や傾向に関する知見を集約し,社会的・経済的リスクをもたらす状況に対する定量的な見解を導く手法の提案も求められるだろう。本論では,実測のデータを用いながらオンライン上のソーシャルネットワークに関する研究と数理モデルを用いた計算社会科学的な解析アプローチによるケーススタディの比較手法の事例に関して述べたい。
著者
堀内 進之介
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.169-185, 2019-12-31 (Released:2020-01-18)
参考文献数
45

ビッグデータを解析する情報処理技術の高度化を背景に,評価対象の動向を合理的な精度で予測するアルゴリズムの開発が進んでいる。金融分野では,FinanceとTechnologyを融合させた〈FinTech〉と総称される企業やサービスが,この技術によって顧客の与信管理を自動化したことで,多くの人びとが金融サービスにアクセス可能になった。治安維持や司法の現場でもビッグデータを解析し,将来,誰が被害者や加害者となる蓋然性が高いかを評価する予測アルゴリズムの導入が進んでおり,犯罪予測や予測的ポリシングが常態化しつつある。予測アルゴリズムは多くの恩恵をもたらしているが,他方では,さまざまな人間活動や決定がビッグデータを基にした予測によって影響を受け始めており,自由な活動や決定を委縮させる可能性が増している。そこで,本稿では〈ビッグデータによる予測〉の実態を,特に与信管理との関係を中心にケーススタディとして考察する。この考察では,まず個人のライフチャンスへの影響について,いくつかの事例を取り上げ,それらに共通すると思われる諸問題を整理・検討する。その上で,それら諸問題に関する個人的および社会的な対策にはどのような課題があるかを明らかにする。そして最後に,諸問題の是正には既存の対策に加え,特に何が検討されるべきか,その論点を提示する。
著者
木下 浩一
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.125-141, 2019-12-31 (Released:2020-01-18)
参考文献数
42

情報格差が拡大するなか,手軽に情報が摂取できる地上波テレビは,情報弱者にとって重要性を増している。現在,日本の地上波テレビは,大量のソフトニュースで編成されている。例えば日本テレビは,月曜から木曜の朝4時から夜7時の15時間のうち,14時間35分をソフトニュースで編成している。日本におけるソフトニュースの嚆矢は,1964年に日本教育テレビ(NET,現在のテレビ朝日)で放送が開始された《木島則夫モーニング・ショー》であるとされる。1960年代のNETは,ニュースショーというジャンルを牽引する存在であった。本稿は,1960年代のNETという送り手を事例に,送り手がどのような意志のもとニュースショーという形式を決定していったのかを,当時の社会状況などを含めて史的に分析した。この分析から,①ニュースショーの原型は,どのような形式の番組であったのか。②ニュースショーという新しい番組形式をもたらした要因や主体は何だったのかを明らかにした。結論は次の通りである。①内容はコーナーなどによって細部化され,教育的な内容も娯楽化されて取り込まれた。帯の生番組という編成形式は不変であり,細分化された内容は視聴率によって迅速に見直された。送り手内部では,内容と作り手が分離され,内容の見直しの自由度が向上した。②NETが商業教育局であったことが,大きな要因のひとつであった。NETにおけるニュースショーという形式は,ラジオの経験者と雑誌編集の経験者という主体によってもたらされた。NETが教育局であったために,番組種別上の「教育」と「報道」の混交が生じ,さらに「娯楽」の要素も付加されたことが,付随的に明らかになった。
著者
山本 仁志
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.35-46, 2019-12-31 (Released:2020-01-18)
参考文献数
41

互恵的な協力は人間社会の持続的な発展の重要な基盤である。基礎的な互恵的協力として「過去において自身に協力した他者には協力する」という直接互恵が存在する。一方で,直接的な見返りが期待できない見知らぬ人間同士でも安定して協力行動を維持する仕組みは関係の流動性の高い現代において極めて重要になりつつある。このような協力が安定して成立するためには,非協力的な人だけが得をしないように,良い人と悪い人とを判断する評価ルール(規範)が必要であり,有効な規範の精緻な分析が進められてきた。しかし多くの先行研究は単一の規範が社会で共有されるという前提を置いており,多様な規範が混在する中からどのような規範が社会で受け入れられるのか,更には社会のネットワーク構造が規範の進化に与える影響は未解明の課題であった。そこで本研究ではエージェントシミュレーションを用いて多様な規範が存在する規範エコシステムをモデル化し,規範と協力の共進化過程がネットワーク構造によってどのような影響を受けるのかを分析した。その結果これまで協力を実現できないとされてきた規範が,相互接続の次数が高い社会において協力が進化するためには必須であることがわかった。この結果は協力社会の実現のためには協力を維持する方策だけではなく,協力の進化過程において必要な規範についても検討する必要性を示している。
著者
中谷 勇哉
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.167-177, 2015-03-31 (Released:2017-01-25)
参考文献数
14

本発表の目的は, 与えられたテーマ(「現代日本にある多様な文化はそれぞれ, 情報技術とどのような相互作用を持っている(あるいは持っていない)」)のであろうか)について, 知覚の変化という観点から, 現代を「メタ複製技術時代」として捉え考察することである。事例としては, 初音ミクのライブを扱う。そのなかでまず, 既存の初音ミク論について整理した後, フラッシュモブとハクティビズムという現代の文化現象が, ロックフェスティバルとハッカー文化にその原型をもっていること, そしてそれらの関連性について述べる。その後それらのことから, 複製技術時代からメタ複製技術時代への移行と音楽聴取形態の変容が関連して起きていることを示す。また, 以上の議論から, 文化領域における情報の価値についても考察を試みる。
著者
大井 奈美
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.49-64, 2019-06-30 (Released:2019-07-10)
参考文献数
28

本研究の課題は,喪失体験における意味の回復プロセスを明らかにすることである。フロイトによれば,喪失体験の本質は意味の喪失である。意味が回復されてはじめて喪失とともに生きられるようになり,喪失がその後の人生の礎になりうる。本研究の方法として,構成主義の立場から心を一種の自律的なシステムと理解する「心的システム論」を参照する。心的システム論は,主にオートポイエティック・システム論に基づく,心をめぐる様々な研究を含む。社会情報学はそれらを理論的に参照してきた。心的システム論は,いかなる内的な意味や価値の実現に向けて心的システムが「作動する」のかに注目する。この分析観点は,喪失体験をめぐる苦しみの原因と癒しについて考察するために有益と思われる。本研究は,喪失の意味が回復または再構成される過程を「4モードモデル」として提案する。そこでは,心的システムが意味を創出する基準(「成果メディア」)を4つの段階に類型化した。システム進化の観点から4モードモデルを心的システムの発達モデルとして理解することで,従来の心的システム論の展開を試みた。結論として,心的システムが意味構成体としての自律性・閉鎖性を発現させ,個別的な理想性を克服する普遍的な自己超越を志向することが,喪失の意味回復を可能にする。最終的に,同様に苦しむ他者の内的観点に立って他者を理解する「内部観察者」へと心的システムは進化しうる。このとき喪失の絶望から「愛」が生じる価値の反転が起こる。
著者
原島 大輔
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.31-47, 2019-06-30 (Released:2019-07-10)
参考文献数
30

情動は,生命システムの作動プロセスの活性度にほかならない。これは,観察記述するシステムの視点によって,次の三種類に分類される。すなわち,機械的情動,生命的情動,そしてそれらの両義的な情動(社会的情動)である。機械的情動は,ある種の自動操縦プログラムであり,他律系の行動を誘発する。この自動的行動は,社会システムの道徳的規範とある程度一致したものになる。なぜなら,メディアの機能によって社会システムが制約した拘束としての現実が,可能な行動の選択肢を有限な範囲にあらかじめ限定しており,機械的情動が誘発しうるのはこの範囲内で選択された行動だからである。これは,基礎情報学のHACS(階層的自律コミュニケーション・システム)モデルでいうと,上位システムの視点からみた下位システムの行動として観察記述される。生命的情動は,自律系が固有の意味と価値を自己形成する自己産出の行為である。これは無限の偶然性から有限の可能性を自己限定する。これが,システムに,規範主義的な道徳性ではない,倫理的な責任をもたらすのである。これは下位システムの視点からみた下位システム自身の作動プロセスとして観察記述される。そして,これらの情動の両義性の感情が,社会的生物としてのシステムの自己感覚を実感させる。これはHACSの社会的自律性の活性度を自己観察記述する方法のひとつである。
著者
田畑 暁生
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.127-134, 2015-03-31 (Released:2017-01-25)
参考文献数
22

ビッグデータは情報社会における最新の流行語の一つとなり, 日経や野村総研などが盛んに使ってそのビジネスを盛り立てているが, 他方, ビッグデータ利用がもたらすプライバシー侵害問題についても, 日立とJR東日本の事例のように注目を集めることがある。本論文では第1節でビッグデータの中身を再検討し, 第2節でビッグデータによるプライバシー侵害問題の特徴を述べ, 第3節では, いわゆる「監視社会」が, ビッグデータと人工知能技術の結びつきによって, 人間の判断が機械に肩代わりされるような社会へと向かっていく可能性および危険性を論ずる。
著者
西田 亮介
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.39-52, 2016

<p>本稿は,2010年代の自民党の情報発信手法と戦略,ガバナンスの変容について論じている。自民党は2000年代以後,広報戦略と手法を革新し続けてきた。本稿では,(1)2000年代の自民党の広報戦略の変容(2)2013年の第23回参議院議員通常選挙における自民党のネット選挙対策部門トゥルースチームの取り組み(3)2016年の投票年齢引き下げにあたっての自民党の取り組み,という3つの事例を取り上げた。事例の分析を通じて,「標準化」と「オープン化」という特質を持つ「選挙プラットフォーム」と化した自民党の現在の姿を明らかにした。これらは,2000年代における自民党の試行錯誤と創意工夫が結実したものである。そして間接的に2010年代における野党の劣勢と混乱,情報発信手法の革新の停滞が影響し,日本の政党の情報化の取り組みのなかでは,自民党の存在感は確固としたものになっている。本稿は,情報化に適応し,変化する自民党の姿を明らかにするとともに,日本政治の情報化に伴う現状と課題を展望する。</p>
著者
岩本 茂子 小川 祐樹 諏訪 博彦 太田 敏澄
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.1-15, 2019-03-31 (Released:2019-05-01)
参考文献数
24

本研究は,組織内つぶやきシステムがもたらす効用を仮説構築的なモデルとして提示することを目的とする。ある企業において導入された企業内つぶやきシステムは,インフォーマルコミュニケーションの一手段として長期間利用されている。ソーシャルメディアなどでつぶやくことによる効用として,自己効用や関係効用など,様々な効用が指摘されているが,企業内に特化したつぶやきシステムに関する研究は見当たらない。労働者のストレスや不安の解消は,企業内の課題であるとともに,大きな社会問題であり,つぶやきシステムがもたらす効用を明らかにすることは意義がある。我々は,対象の企業内つぶやきシステムのユーザに対し,半構造化インタビュー調査を行い,つぶやきシステムがもたらす効用を仮説構築的なモデルとして提示した。具体的には,半構造化インタビューに基づいて得られた内容を,KJ法を用いて整理し,8個の要因に集約した。さらに,先行研究の知見に基づいてそれらの要因の関連付けを行うことで効用-課題-効果モデルを仮説構築的なモデルとして提示した。その結果,企業内つぶやきシステムがつぶやきの受発信を促進する場を構築し,その場の上で関係構築,社会的スキル向上,ストレス軽減の効用をもたらすことが期待できることを示した。また,企業内つぶやきシステムが情報共有促進,没個人の抑制,モチベーション低下の抑制の効果をもたらすことが期待できることを示した。
著者
渡部 春佳
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.3, no.3, pp.141-148, 2015-03-31 (Released:2017-01-25)
参考文献数
14

文化政策の現場に, 民間組織, NPO法人, 大学のような組織のみならず個人単位での参加がみられている。本研究は, 舞台芸術の創造・上演・鑑賞を目的とする公立劇場を事例に, その創造母体との関係を確認する。これまでに設立された施設の多くは, 専用ホールを持つものの明確な理念を持たないハコモノであった。しかし一部の地域においては, 国による舞台芸術の創造環境の整備のための法制化が進む2000年代以前から積極的な事業実施機能を持ち, 観客との関係を結ぶ施設がみられていた。本稿ではそのような公立劇場に対して, 地域内外のアーティストや文化・芸術団体とどのような関係を持っているのかを明らかにすることを目的とした。国内の公立劇場の事例に対して設立時および運営や事業実施に市民参加の仕組みはあるか, 特別な創造母体はあるか, 専門家はいるかという点を中心に検討を行った。そして専門家が存在しなかった場合では, 地域内外の創造母体へのアプローチが必要であったことを確認した。最終的に本稿は, 近年の動きとして, 公立劇場を拠点に個人のネットワークによって推進される演劇事業を取り上げ, それを可能にした条件等について考察した。
著者
高橋 徹
出版者
一般社団法人 社会情報学会
雑誌
社会情報学 (ISSN:21872775)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.65-75, 2016

<p>現代社会はローカルにもグローバルにも様々な問題に直面している。これらの問題に対して, 多様なスキルや専門性をもつアクターが, 多様なコミットメントの形態をとりながらボーダーレスな連携・協力関係を構築して取り組んでいる。その状況は, 官/民のような社会領域の伝統的二元図式やローカル/グローバルといった空間的図式さえも陳腐化させつつある。本稿では, そうした現代的な社会構築の営みをソサエタル・ガバナンス概念によって描き出そうとした。「ソサエタル」という形容詞が示すのは, 政治・経済・科学・法・芸術のような社会的諸領域の自律性を前提としたうえでそれを包括するような社会秩序の地平である。様々な取り組みのボーダーレス化が進む現代では, そのような社会的地平は, ローカル/グローバルのような空間的諸水準をも包括する世界社会として立ち現われる。本稿では, ソサエタル・ガバナンスの取り組みをアドヴォカシー, 資源調達, 連携促進の三側面から支援するメディアのカテゴリーとして, ソサエタル・メディア概念を提起した。このメディアは, 支援や連携を必要とするアクターたちを支援者や協力者たちと結びつけるリエゾンメディアとしての役割をもつ。それによってソサエタル・ガバナンスの取り組みが機動的に展開されるための条件が整えられる。本稿では, ガバナンスとメディアに関するこれらの概念を対概念として定式化し, それによってガバナンス論との邂逅によってもたらされる社会情報学の一つの視点を提案したい。</p>