著者
任 海
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.1, pp.22-38, 2016-01-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
46

中国では,1990年代から上海市をはじめとする大都市で,都市更新の計画が制定されてきた.本研究では,上海市静安区を例として中国の大都市における都市更新が中心市街地内部で引き起こした土地利用の変化を調査し,その実態を詳細に地図化するとともに,小地域レベルで人口分布の変化と土地利用の関係を明らかにすることを試みた.その結果,静安区の都市更新では,スクラップ・アンド・ビルドによって,主に商品住宅と呼ばれる住宅が建設されたことが明らかになった.土地利用の類型化によると,静安区の小地域は6種の土地利用タイプで構成されており,区の北部は住宅地域であり,南部は業務地域と文化財地域である.小地域レベルで分析した結果,静安区においては一部の小地域の人口密度が都市更新前より高くなった.また,旧来の住宅が大規模に取り壊される一方,人口密度が保持されながら,大量の優れた建物が歴史文化財として保存された.
著者
富田 啓介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.89, no.2, pp.53-67, 2016-03-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
14

自然保護地域の運営には,利用面の配慮が求められるが,都市近郊に位置する小面積の自然保護地域の利用実態は明らかではない.そこで,愛知県に存在する三つの湧水湿地保護区を事例に,利用者層・利用行動・利用体験の諸相を明らかにした.来訪者へのアンケートによると,来訪者の中心は,夫婦・親子・友人からなる2人または数人のグループで,その大半が近隣自治体に居住する50歳代以上の中高年者であった.主たる来訪理由は自然観察と散策で,滞在時間は短かった.こうした利用者の特性は,常時公開か否かといった公開方法や広報内容,公開時の運営手法によっても変わりうることが示唆された.利用者の満足度と満足内容を分析すると,保護対象についての知識や観察方法を適切にガイドすることが高い満足度に結びついていた.一方,湿原の植生遷移の進行や動植物の減少といった自然保護上の問題が満足度にも悪影響を及ぼしていた.
著者
最上 龍之介 橋本 雄一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.6, pp.571-590, 2015-11-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
46

本研究は東日本大震災以降の津波浸水想定の変更を踏まえて,積雪寒冷地の認可保育園における集団避難の取組みに関する現状と課題を検討した.対象地域には,積雪寒冷地である北海道道東地域において津波浸水想定域内の人口が最多となる釧路市を選出した.釧路市の認可保育園を対象とした聞取り調査から,移動面と運営面に関する次の課題が明らかになった.移動面の課題は,避難先まで長距離の移動を要する保育園がみられる点であり,冬季には積雪や路面凍結により歩行速度や避難効率が低下し,避難時間が増大することであった.運営面の課題は,東日本大震災以降,避難先に指定された高層建築物は暖房設備を十分に備えておらず,冬季には低温環境で乳幼児を長時間待機させなくてはならないことであった.さらに,郊外の保育園は市街地中心部の保育園と比較して,冬季の積雪や路面凍結,低温の影響を受けやすく,避難困難の問題は深刻度を増す可能性が指摘された.
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 竹上 未紗
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.6, pp.591-606, 2015-11-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
51
被引用文献数
1

健康を左右する一つの因子として,近隣環境への研究関心が高まっている.しかし,これまで日本を対象とした事例研究の蓄積は不十分であり,国際的にも全国的範囲を対象とした分析は限られていた.本研究では,人々が暮らす場所の近隣環境によって,健康に由来する生活の質(HRQOL)が異なるのかどうかを統計的に分析した.認知的および客観的に測定された近隣環境指標と,HRQOLの包括的尺度(SF-12)との関連性を,日本版総合的社会調査2010年版を用いたマルチレベル分析によって検討した.分析の結果,近隣環境を肯定的に評価・認知している人ほど,健康に由来する生活の質が高いという関係が明らかになった.他方で,客観的に測定された近隣環境指標はHRQOLとの独立した関連を示さず,場所と健康の間を取り結ぶ多様な作用経路が示唆された.
著者
手代木 功基 藤岡 悠一郎 飯田 義彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.5, pp.431-450, 2015-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

滋賀県高島市朽木地域に成立するトチノキ巨木林の立地環境を,自然環境と人為環境の双方に着目して明らかにした.調査谷には230個体のトチノキが生育し,そのうち47個体が巨木であった.トチノキの巨木は,下部谷壁斜面と上部谷壁斜面の境界をなす遷急線の直上,および谷頭凹地の斜面上部に多く分布し,小・中径木と比べて谷の上流側に分布が偏って樹林を形成していた.すなわち,トチノキ巨木は安定した地形面に生育していると考えられる.また,朽木地域のトチノキ巨木林は,炭焼きや刈敷の採集などの人為攪乱が頻繁に及ぶ山林の中に成立していた.トチノキは伐採が制限され選択的に保全されてきたが,巨木林の成立には個人の選択が強く関わり,巨木林が成立する谷としない谷が分かれてきた.以上により,本地域のトチノキ巨木林は,地形面の安定性と選択的な保全,他樹種に対する定期的な伐採が維持される環境下で成立したものと考えられる.
著者
松岡 由佳
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.5, pp.498-513, 2015-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
28

地域の精神科病院を核に,多様な主体が精神障がい者支援に関わる愛媛県南宇和郡愛南町を事例として,活動の地域社会への拡大と精神障がい者の受容過程を,主体間関係と「負のまなざし」の変容に着目して検討した.1962年の精神科病院開院後,病院職員と親交を深めていった地区住民は,社会復帰施設が開設された1970年代中頃から,地域の生業や伝統行事の闘牛を介して精神障がい者と関わり始めた.1980年代末には,専門職や企業経営者らの先導を背景として,ボランティア主体の精神障がい者支援組織が発足し,イベントの開催や就労支援の活動を精神障がい者と共に進めてきた.当初それぞれの主体が有していた精神障がい者への「負のまなざし」は,特定の精神障がい者と相互に顔の見える関係を築いていく中で,精神障がい者を受容する方向へと徐々に変容していった.しかしながら,近年は支援者間の意識のずれや,人口減少や高齢化に伴う活動の担い手不足も顕在化する.
著者
金 玉実
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.88, no.5, pp.514-530, 2015-09-01 (Released:2019-10-05)
参考文献数
32
被引用文献数
1 1

『狙った恋の落とし方』は,中国人が北海道道東の存在と魅力を認知し,ひいては中国人の北海道道東観光が成立するきっかけとなった中国の映画である.本研究は,この映画によって初めて中国人の団体パッケージツアーに含まれるようになった道東におけるロケ地観光の成立過程,観光客の行動の特徴,受入れ地の対応を分析することにより,地方におけるフィルムツーリズムとインバウンド観光振興の実態を明らかにした.ロケ地ツアー商品の分析からみれば,これら道東のロケ地は道東ツアーの重要な構成部分をなし,ツアーのセールスポイントでもある.しかし,アクセス条件の悪さや中国人観光客の目的地としては後進地であるなどの要因から,実際のツアー訪問者数は多くはない.斜里町を事例に行った地方の受け入れ態勢に関する調査により,中国人ツアーが地方にもたらす経済的利益は限られており,国と地方,ゲストとホストの思惑には温度差があることが明らかになった.