著者
Yoshimi Osawa 大澤 由実
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.379-405, 2019-10-29

本稿の目的は,食文化そして社会的文脈においてうま味がどのような感覚として捉えられ,認識されているのか,またその認識はどのように構築されたのかを,現代日本の事例をもとに明らかにすることである。味覚としてのうま味が発見されたのは 20 世紀前半の日本であり,その発見と味の概念としての普及はうま味調味料や化学調味料と呼ばれているグルタミン酸ナトリウムを主原料とした調味料の産業化と密接な関係があった。うま味の発見以来,自然科学的なうま味の解明が進むなかで,物質化,言語化されたうま味は科学的な根拠を元に第5 の味覚として概念化され,一般に定着した。一方でうま味の認識には,美味しいという評価的要素と,出汁やうま味調味料の味という性質的要素が複合的に存在していることが示された。新しい味としてうま味の認識は,個人の感覚的経験や実際の食物との関係性など複数の要因に基づき構築されたものであることが明らかになった。
著者
Aiko Hibino 日比野 愛子
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.44, no.2, pp.255-278, 2019-10-29

本稿では,労働生産の文脈で手作業と機械がどのような関係性を取り持つのかを技術論・組織論の観点から明らかにすることを目的とする。技術史家の中岡哲郎の理論的枠組みに沿うならば,手作業と機械の関係性のあり方は,工場が一つの組織として成り立つ過程の中で定まっていく。日本の青森県に立地する食品加工工場と機械加工工場でのフィールド調査をもとに,機械化が進む際の手作業と機械の新たな役割,ならびに分業を検討した。そこでは,“手作業の復権” とも呼べるような手作業の役割の強化が見出される一方,機械にシンボルとしての役割が付されていた。加えて,工程を制御するための知的熟練にも限界があることを事例の中から提起した。こうした手作業と機械の関係性は,生産の流動化と高付加価値化といった外部環境に対応する過程の中で形成されてきたと考えられる。総合考察では,以上の身体-機械関係性の議論が現代の自動化問題に対して持つ含意について論じた。
著者
清水 昭俊
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.543-634, 1999-03

マリノフスキーは,「参与観察」の調査法を導入した,人類学史上もっとも著名な人物である。その反面,彼は理論的影響で無力であり,ラドクリフ=ブラウンに及びえなかった。イギリス社会人類学の二人の建設者を相補的な姿で描くこの歴史叙述は,広く受け入れられている。しかし,それは決して公平で正当な認識ではない。マリノフスキーがイギリス時代最後の10年間に行ったもっとも重要な研究プロジェクトを無視しているからだ。この論文で私は,アフリカ植民地における文化接触に関する彼の実用的人類学のプロジェクトを考察し,忘却の中から未知のマリノフスキーをよみがえらせてみたい。マリノフスキーは大規模なアフリカ・プロジェクトを主宰し,人類学を古物趣味から厳格な経験科学に変革しようとした。植民地の文化状況に関して統治政府に有用な現実的知識を提供する能力のある人類学への変革である。このプロジェクトは,帝国主義,植民地主義との共犯関係にある人類学のもっとも悪しき実例として,悪名高いものであるが,現実には,彼の同時代人でマリノフスキーほど厳しく植民地統治を批判した人類学者はいなかった。彼の弟子との論争を分析することによって,私は,アフリカ植民地の文化接触について人類学者が観察すべき事象とその方法に関する,マリノフスキーの思考を再構成する。1980年代に行われたポストモダン人類学批判を,おおくの点で彼がすでに提示し,かつ乗りこえていたことを示すつもりである。ラドクリフ=ブラウンの構造機能主義は,この新しい観点から見れぽ,旧弊な古物趣味への回帰だったが,構造機能主義者は人類学史を一貫した発展の歴史と描くために,マリノフスキーのプロジェクトの記憶を消去した。戦間期および戦後期初めの時期におけるマリノフスキーの影響の盛衰を跡づけよう。
著者
高根 務 Tsutomu Takane
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.1-20, 2006

本稿では,独立期ガーナのココア部門とンクルマ政権の盛衰との関係を検討し,当時の政治経済状況の問題点を指摘する。注目するのは,政治・経済の両面で脱植民地化を目指した独立期のンクルマ政権が,実際にはその基盤を植民地期の遺産そのものに置いていた事実である。反植民地主義を掲げるンクルマが国家建設を進めるために採用した具体的な方策は,植民地期の遺産であるココアマーケティングボードを中心とした体制を利用し強化することによって,開発のための資金を調達し,また自らの政治基盤を農村部に浸透させることであった。本稿では経済・制度・政治のすべてが複雑に絡まって表出するココア部門とンクルマ政権の関係を明らかにすることにより,現代ガーナの諸問題の根源にある独立期ガーナの政治経済過程を再検討する。
著者
市川 彰
出版者
国立民族学博物館
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

本研究の目的は、1)先古典期から古典期(紀元後100年から900年)にかけてのメソアメリカ太平洋沿岸部の製塩活動と社会の実態を解明すること、2)イロパンゴ火山噴火が沿岸部社会に与えた影響を解明すること、そして3)紀元後5世紀イロパンゴ火山の巨大噴火前後のメソアメリカ太平洋沿岸部の生業と社会の特質について考古学的に明らかにすることにある。本研究の遂行により、「沿岸部社会・塩・火山噴火」というメソアメリカ考古学研究において重要視されながらも研究の実現が困難であった、もしくは調査研究が不十分であった課題を克服することが可能となり、生業研究や災害考古学への貢献が期待できる。研究成果は以下のとおりである。ヌエバ・エスペランサ遺跡の考古学調査では、発掘調査に加えて大量に出土する粗製土器片に付着する白色物質の化学分析、土壌成分の分析をおこなった。その結果、エルサルバドル太平洋沿岸部では少なくとも紀元後100年頃にはすでに集約的な土器製塩活動が存在し、それらは植物質食料(C4植物)を中心として定住生活を営む社会集団による季節労働であると推察され、製塩活動以外にも黒曜石などを遠隔地から入手し、墓には往時の社会的地位などを反映させていたことが明らかとなった。またイロパンゴ火山灰との層位的関係・出土遺物の分析の結果、噴火年代は紀元後400から450年頃、噴火時に儀礼をおこなう時間が存在したこと、つまり避難する猶予が存在したことが明らかとなった。また、イロパンゴ火山灰との層位的関係の明瞭な遺跡から出土した土器の型式学的分析や放射性炭素年代測定によって、火口からの距離によって噴火のインパクトが異なることを明らかにし、先スペイン期の人々の多様な火山噴火への対応の一部を考古学的に明らかにした。
著者
後藤 明 Akira Goto
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.315-359, 2002-11-20

人工物(artifact)の製作技術の研究は,材料や製作用具の特定や,工程の同定に止まるものではない。製作者は材料や製作用具に関する詳細な知識をもち,また製作物の形態や構造に関するデザインを行う必要がある。しかし技術的な知識とは,具体的な行為の中で,材料と製作用具を工程に沿って操作するための実践的知識なのである。また結果として生み出される人工物は,「青写真的」デザインが単に物質に鋳型のように上乗せされてできるものではない。 製作者は組織化された身振りによって素材の性質と絶えず対話を行い,偶発的な問題に対応しながら,ある一定の範囲で目指す構造や形態にたどり着くのである。製作工程では種々の決裁(decision-making)ないし意志決定が行われるが,それにはほとんど無意識の体の反応から,意識的あるいは組織的な行動に至るまで多層的に階層化した構造が見られる。またその意志決定の階梯は人工物を作る素材や目指す製品の形態や構造によって異なってくることが予想される。 本稿で取り上げるソロモン諸島の貝ビーズ製作は,貝を削って行うビーズの製作という減算的過程と,ビーズを組み上げるという加算的あるいは構成的な過程の結合で成り立つ。人々は習得した身体技法を通して作業を行ってゆくが,今日,製作の各工程において,材料の貝殻や中間段階の貝ビーズの調達に複雑な流通経路が形成されている。人々はこのような経路を使って,さまざまな計画的ないし偶発的な需要に対して臨機応変な対応をしている。 このように,無意識的なあるいは条件付けられた身振りから,材料調達に関する組織的な発案に至るまで,総体的に見ることで初めて技術の動態が理解できる。技術とは社会的に蓄積された知識であり,製作者の技能の習得から,材料調達の仕組みに至るまで,一定の行動パターンを生み出す一種の制度と考えることが有効であろう。 操作連鎖論的モデルは人工物の製作工程研究にきわめて有効な方法であるが,狭義の「工程の記述」に矮小化せずに,上記のような制度的な側面を含めるべく拡張し,再構築すべきであろう。