著者
吉田 ゆか子 ヨシダ ユカコ Yoshida Yukako
出版者
国立民族学博物館
雑誌
国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology (ISSN:0385180X)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.1-36, 2016

バリ島南部のパヨガン・アグン寺院に伝わる天女の舞トペン・レゴンは,ご神体の天女の面をかぶって少女が舞うもので,その歴史や神聖性のために特別な価値を置かれてきた。この演目が1980 年代に芸術祭に招待された際,寺院側は神聖な仮面の神聖さが損なわれる事を恐れ,レプリカを作成してこちらで代用した。本研究が注目するのは,このレプリカのその後である。 レプリカや模造品も,生み出されたあと,人々との関係のなかに入ってゆく。現在このレプリカは,特定の寺院祭儀礼でも用いられる。この仮面を,「代用品の仮面」と考える者も,オリジナルの「子ども」と位置づける者も,オリジナルと混同する者もいる。曖昧かつ両義的に意味づけられるこのレプリカの仮面は,天女の舞の上演に特別な魅力を付与してもいる。本論では,このレプリカの仮面が,オリジナルの仮面とは別のやり方で,天女という神格の一部を「創っている」ということも論じる。Topeng legong is a ritual dance in which masks representing celestialsare worn by little girls. This highly sacred dance has received special attentionbecause of its sacred nature, history, authenticity, and beauty.Currently, there are two sets of masks used in topeng legong. One setconsists of centuries-old masks believed to possess magical powers for protection;the other set comprises replicas. The replica masks were made whentopeng legong dancers were invited to perform in an art festival in 1988.Ketewel locals were afraid that their sacred masks might be "defiled" ifbrought to a secular context or place, so they decided to create replicas assubstitutes.At first glance, people seem to differentiate sufficiently between secularperformances and religious rites by using non-sacred masks. However, theactual situation is more complicated. Some regard the replicas as "children"of the original ones, and show respect for them. Some cannot distinguishthe replicas from the originals. The meaning and role of the replicas are thusambiguous and inconsistent.In this study, I argue that because of that ambiguous status, the replicamasks have generated unique and interesting effects on the development oftopeng legong and its original masks.
著者
關 雄二 井口 欣也 坂井 正人 鵜澤 和宏 米田 穣 清水 正明 長岡 朋人
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2011-04-01

本プロジェクトでは、アンデス文明初期にあたる形成期(前3000年~紀元前後)に焦点を絞り、ペルー北高地に位置するパコパンパ祭祀遺跡を調査し、遺構、出土遺物の分析を考古学のみならず理化学を含む分野横断的体制の下で進め、経済面以上に、イデオロギー面基盤を持つ社会的リーダーが紀元前800年頃に出現したことをつきとめた。またその権力形成過程や基盤に地域的多様性が認められることが判明した。この成果はアンデス以外の世界の古代文明においても適用できる可能性があり、その点で唯物史観に依存してきた文明研究に新たな視座を与えることができたと考えられる。
著者
長坂 康代
出版者
国立民族学博物館
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2012-08-31

ベトナムの首都ハノイで、同郷会の活動や母村の祭りに参加して、都市と村の相互扶助の関係を確認した。この数年、同郷会が運営する施設について、同郷会と母村の長老たちと意見の相違があったが、歩み寄りがみられた。同郷会の総会では、民衆による組織体制づくりに立ち会うことができた。また、ハノイの市場(いちば)での出稼ぎ労働者のコミュニティネットワークについて調査した。経済格差や地域格差を超えた、商業をめぐる相互扶助や、出稼ぎ労働者同士の都市生活の支え合い、ハノイの都市経済と宗教の緊密性が明らかになりつつある。
著者
藤井 龍彦 熊井 茂行 加藤 隆浩 友枝 啓泰
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2001

3年計画の調査の最終年度である本年度の現地調査は、短期間の補充調査にしぼった。調査の中心は、2002年秋に行われた全国的地方選挙に関して、クスコ県の地方都市のケースを具体例として、決起大会にはじまり、政策綱領の策定、選挙終了時の総括、評価、活動記録など、地方における選挙活動の実態に関する録音テープによる記録を分析し、それらのデータに基づいて現地研究協力者と意見を交換した。さらにその他のインタビュー資料も併せて、ペルーの地方政治の実態を分析した。分析結果は、現在まとめつつある、これまの分析で、都市・農村を問わず、住民の政治意識はかなり高いこと、その際の基準はあくまでも自分たちの利益にかなうかどうかであること、つまり、農民の場合、低利の融資、トラクターや肥料・農薬などの安定した供給などであり、都市住民の場合、雇用の確保、道路の建設、公設市場の運営などにある。結果として、前回の選挙もあいかわらず利益誘導型の金権選挙が幅をきかせ、一方で教会を中心とした既成の権力の介入を止めることができなかった。
著者
吉本 忍 金谷 美和
出版者
国立民族学博物館
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2011

本研究は、現在アジア、アフリカにおいて民族衣装の素材として広く使用されているプリント更紗が、インドネシアやインドの伝統的染織技法とデザインをもとにして、ヨーロッパの植民地支配を背景にしたグローバルな交易と産業革命による技術革新によって創出され、広く展開してきた歴史的経緯を、サンプル帳を始めとする資料の検討によって実証的に明らかにしたものである。本研究を通して、私たちが経験する伝統工芸の変革と文化の創出の場面におけるグローバル化の功罪などの本質的意義について批判的視座を提示した。
著者
相島 葉月
出版者
国立民族学博物館
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は、空手道の稽古に取り組むエジプトの都市中流層の事例を手がかりに、中東におけるモダニティの系譜を探求することであった。近年、新自由主義経済の広がりにより、学歴や所得で中流層と下流層を差異化することがより困難になる中、「教養」の有無を指標とする新たな「階層観」が構築されつつある。この文脈において本研究は、エジプトのスポーツ実践に象徴された「身体化された教養」をめぐるポリティクスを、西洋的近代性に代わる、独自のモダニティを創出する試みとして考察した。
著者
末森 薫
出版者
国立民族学博物館
雑誌
研究活動スタート支援
巻号頁・発行日
2014-08-29

中国甘粛省の麦積山石窟および敦煌莫高窟の壁画を対象として、1)壁画彩色材料光学情報の可視化、2)壁画制作材料・技法の非破壊分析、3)千仏図描写法の解析を進めた。1)では、狭帯域LED光源を用いた光学調査法を確立し、壁画表面の光学情報の抽出に有用であることを明らかにした。2)では、X線回折分析、蛍光X線分析、顕微鏡観察により、麦積山石窟壁画片に用いられた彩色材料や技法を同定・推定した。3)では、敦煌莫高窟の北朝期(5~6世紀)に描かれた千仏図が持つ規則的な描写表現を解析し、石窟空間における千仏図の機能を明らかにするとともに、千仏図の変遷より北朝期の石窟造営の展開について一考を提示した。