- 著者
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眞境名 英幸
- 出版者
- 大阪歯科学会
- 雑誌
- 歯科医学
- 巻号頁・発行日
- vol.55, no.1, pp.g53-g54, 1992
細胞を取り巻く環境因子であるグリコサミノグリカン (GAG) あるいはプロテオグリカンの細胞モジュレーターとしての機能は, 病態下における疾患の発症や進展, あるいは組織修復との関連から, 興味ある課題として関心が寄せられており, 近年, GAGの糖鎖構造がその機能に重要な役割を果たしていることが明らかにされてきた. 著者の教室でも病態下の組織GAGの変化をHPLCで不飽和二糖レベルから解析し, ヒト炎症歯髄ではGAGの組成およびコンドロイチン硫酸 (CS) 由来不飽和二糖の組成が組織防御的にシフトしていることを明らかにするとともに, ラット顎下腺では糖尿病によってヘパラン硫酸 (HS) が低硫酸化を起こし, その変化は細胞機能と関連することを指摘してきた. 本研究は, 下顎第三大臼歯抜歯時に得た最後方臼歯遠心部歯肉を臨床的にも組織学的にも炎症所見のみられない健全歯肉と智歯周囲炎としての臨床所見を呈する炎症歯肉との2群に分けて試料とし, 歯肉GAGの炎症に伴う糖鎖レベルにおける応答を検索したものである. 歯肉GAGは脱脂乾燥歯肉から常法にしたがって抽出し, Bitter-Muir法でウロン酸量として定量した. GAGの分子種はセルロースアセテート膜電気泳動で, その構成比率は泳動スポットのアルシアンブルー定量で, CS由来およびデルマタン硫酸 (DS) 由来の不飽和二糖はHPLCでそれぞれ解析し, 次の所見を得た. 1) 健全群に比べ, 炎症群では歯肉組織乾燥重量当たりの総タンパク量とDNA量が増加し, Hyp量は減少した. また, 炎症群の歯肉GAG (ウロン酸) 量は健全群の約1.6倍に増加した. 2) GAGは両群ともヒアルロン酸, CS, DSおよびHSから構成されていたが, 炎症群ではCSが健全群の1.6倍に, DSは3.8倍に増加した. 3) 健全群のCS由来不飽和二糖は, 主成分のΔDi-0Sと少量のΔDi-4SおよびΔDi-6Sから構成され, 健全歯肉のCSは硫酸化傾向の低い糖鎖構造をもつことが示された. また, 炎症群ではΔDi-4SとΔDi-6Sが主成分をなし, 硫酸化不飽和二糖, 非硫酸化不飽和二糖の相対比は健全群 (0.34) より大きく上昇 (1.06) し, CSは炎症によって硫酸化傾向を強めることが明らかとなった. 一方, 健全群のDS由来不飽和二糖はおもにΔDi-4SとΔDi-0Sから構成されていたが, 炎症群ではΔDi-4Sが著明に増加し, 炎症に伴うDSの増加はΔDi-4Sに由来することが明らかになった. 一般に, CSは細胞増殖と, DSは組織コラーゲンの線維化とそれぞれ密接に対応しながら組織機能の維持と調節に関与することが知られている. したがって本実験の結果は, 慢性炎症時の歯肉組織ではGAGが量的にも糖鎖構造においても, 炎症に対して組織修復的に機能するようにシフトされることを示すものといえる.