2 0 0 0 OA 地割の進展

著者
井上 修次
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.51-79, 1960-02-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
3
被引用文献数
1

1. 地割の進展を,それと不可分な居住-直接には居宅配置,間接には全生活との連関において眺めた.この揚合まず何よりも,地割・居住両者の進展それ自身の客観的描写,展開を,応分の意義あるものとした. 2. そのため,図面を多用し,資料はなるべくそのなかに織込み,図主文従の形をとり,解説の紙面は最小限にした(地理学における地図の価値・活用は,もつと強調されてよいと思う). 3. 説明に当つては,次の点を考慮した.地割も居宅配置も,あくまで時の函数として進展する.その時は,たとえば両者に,いかなる年齢的行動をとらせているのか?それは,具体的にいつて,どのようなものが,どんな速さで,どのように変つてゆくのか?場所や,時代や,その他多勢は,その際,どんな役割を演ずるのか? 4. 実例としては,次の7つをとつた(括弧内は観察期間). a. 南米PampaのPirovano農場 (1875-1930). b. 北満克山県第172号井 (1913-1935). c. 北海道芽室原野の上伏古 (1910-1955). d. 武蔵野の上富村 (1696-1954). e. その2隣村北永井と藤久保(特定期聞なし). f. 北海道旧美唄兵村 (1892-1954). g. 夜見浜の旧富益村(特定期間なし). 5. これらのうちでは,上富がその資料と価値とから,主動となつているが,他のものもこれを助けて,問題点の客観化による理解に役立てられている.
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.27, no.11, pp.490-496_1, 1954

1) プロローグで筆者の言わんとする所は,学問の世界での偶像(イドラ)の破壊であり,既成概念を疑つてかかれというごとである.この立場から,主題の2つの学問の正しい結びつきが,何故かくも妨げられているのかという形で,問題が整理されるごとになる.人文地理に縁が深いはずでありながら,案外,地理学徒から顧みられずにいる.「生態学」に注意を喚起しつゝ「植物生態学の成長に役立つたのは,ブローラを群落によつて捉え,それを遷移の諸相に即して考察するという研究態度」であつたことを指摘し,これを社会科学の用語にいいかえてみれば,「人交地理は,地域的社会集団をその発展の諸相,発達の諸段階に即して考察するということに外ならない」とし,転じて「人類の地域社会と自然との関係を検討しようとする場合にかぎつて,非歴史的・非社会的な立場に義理立しなければならぬといういわれはない」と切言する.<br> 2)「近代地理学のたどつてきた道」については,「地理と歴史との歩み寄りの前提」・「宿命論」・「地理的決定論」・「ドイツ浪漫主義」・「ダーウィニズム」・「歴史の行末不明」などに分けて,それぞれ克明な史的実証に基いて論究しているだけに,人文地理学の現実を明かにするには屈竟の所論であり,従って従来学史的研究の乏しい日本地理学界に対しては,空谷の跫音ともいうべきもので,これを筆者の名著『人交地理学説史』と併せ読むことによつて,一層啓発に資する所が多い.<br> 3)「フランス学派の人文地理学」は,筆者が巳に多くの飜訳書『人文地理学原理』・『大地と人類の進化』などによつて紹介されておるせいか, (2)や(4)に比べると,頁数は10頁にまとめてあるに過ぎないが,在欧留学前後から今日に至るまでの長い研究生活の成果が滲み出ている.ブラーシュの高弟たちの分厚な『地域的特殊研究』の諸篇に関連して,「この世代の人たちは,ピカルディーとかノルマンディー,ブルターニュといつだような,習慣的に1つの地域として扱われているどころを各自の研究のフィールドとして,いちおうその地域の生活を規定し,地域の特色を作りあげていると思われる,あらゆる要因を洗つてみるという仕事からはじめた1つの地誌を仕上げるのに, 1人前の学者がかゝり切りで,それぞれ7, 8年を要しているのは,そのためである.この学派の人々の勉域を分担するチーム・ワークの見事さは,後に体系的な『世界地理』15巻・23冊の完成にもあますところなく発揮された」と述べている.<br> 4)「世界史と地理」には,「郷土の知識」・「郷土への全面的な依存関係からの解放」・「地域間の大商業」・「郷土地理から世界地理へ—そして世界地理も,世界史も,まず近代西洋の立場から書かれたということ」・「世界史における中世ヨーロッパの取扱いと地中海地域」を論じ,最後に「東洋における西洋,西洋における東洋」を加えての30頁に亙る長篇である.<br> 5) エピローグは,空前絶後の海上制覇—航空網の支配」と副題してある. 19世紀から20世紀も,第1次大戦め世界秩序は英国が中心で,それは産業革命の先駆者としての同国の工業力に淵源している.「世界の海上交通の要所要所は,殆んど独占的に自己の掌中におさえ,こうして用意された交通地理上の優越性を存分に自国の政治経済上の要求のために活かすという有利な条件は,およそ世界交通の大動脈といえば,海上交通を連想してまちがいのなかつた最後まで英帝国のものであつた」しかしながら第2次大戦を境として,急速に実現された長距離航空の時代は,いぜん,海上交通の要所・要所を英国の手にのこしたまゝ,このかたちで交通地理的優越性を全く過去のものとしてはいないまでも,すでに2次的なものとして歴史の中に置去りにしつゝあることをいなめないともいい,次いで,アメリカの世界的規模をもつ航空網の支配に注意を喚起しつゝ,世界史の舞台が新しい観点から吟味し直されねばならぬ所以を論じている.
著者
長尾 隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.219-231, 1960-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
17

年平均の太陽黒点数が変化したとき,シンギユラリティおよびその前後の天気の性質がどうかわるかを, 12月30日, 2月5日, 4月6日のシンギユラリティを例にとつて調べた.調査はLettauの“Specific singularity”の方法に従つて,各暦日の資料を太陽黒点数が60より大きい場合,60と15の間にある場合, 15より小さい場合の3つに層別化した.得られた結果の主なことは次のとおりである. (I) シンギユラリティ当日の天気は太陽黒点数が増加すると,日本内地の雨は全般的に増加するが,減少するときには,日本の南岸を除いて全体として著るしく雨が少い. (II) シンギユラリティの前後の日には太陽黒点数が60より多いときは,九州南部から四国にかけて著るしく雨の少い地域が見られるが,少い日にはむしろ反対の傾向が見られる. これらの結果をもたらす機構は,太陽黒点数の変化により日本付近を通過する高低気圧の数が増減するために起るものであり,このことは各暦日における気温の度数分布の変化からも間接に証明される.
著者
山極 二郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.50-61, 1925-03-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
1
著者
山極 二郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.155-165, 1925-04-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
1
著者
町田 洋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.157-174, 1962-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
14
被引用文献数
2 3 15

富山県の常願寺川流域を対象として,過去およそ100年間の侵蝕,堆積とそれによる地形変化の過程を追究した. 1) 常願寺川上流部にある河岸段丘(第2図)は,主として土石流砂礫層から作られており,土石流で埋積された谷がふたたび刻まれて生じたものである.この土石流砂礫層は, 1858年の「大鳶崩れ」といわれる変災時の絵図記録を検討してみると,このときに発生した大土石流の堆積物である. 2) 1858年の土石流は,地震のために源流部の立山カルデラの一部(鳶崩れと本文で呼んだ部分)が大規模に崩れて生じたもので,下流部の扇状地,三角州まで流下形態をほとんど変えずに流下した・しかし土石流の主要な部分は上流部(海抜550m以上の部分)にとどまり,谷を深く埋めた.このため埋積谷の縦断形の傾斜は増した. 3) 1858年の変災以後,崩壊地から供給される岩屑が少なくなるにつれて,埋積谷の侵蝕は,上流部,とくに,谷の合流により流量がかなり増し,しかも河床傾斜の大きい部分から始まつた.崩壊地から4km以下の高位段丘で,土石流砂礫層の上にのり,やや円磨され,成層した砂礫層はこの開析初期の土石流砂礫層の2次的堆積物である.この上流の部分から始まつた下方侵蝕はさらに上流へ谷頭を後退させたばかりでなく,下流へも進行した.回春谷の上流部の河床は土石流の堆積直後から急速に低下し,下流部の河床は一時2次的堆積物によつて上昇した後に,相対的にはゆつくりと低下した. 4) 1858年に発生した土石堆積物の量はおよそ4.1×108m3,それ以後100年間の侵蝕物の量はおよそ2.1×108m3,このうち約10%が扇状地に堆積し,天井川を作つた. 5) 常願寺川における過去100年間の,山地の大崩壊を契機とする谷の侵蝕は,谷底部の著しい地形変化をひき起して,急速に進んだ.そしてこのことがこの川の砂防を難しくした.
著者
久野 久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.18-32, 1936-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
3

洪積期の初期多賀火山・湯河原火山の斜面が形成され,地殻運動によつて此斜面上に隆起部(玄岳一池〓山峠附近)と沈降部(田代・丹那盆地)とを生じ,斜面上には谷系も出現した後,丹那斷〓の著しい活動が起つた。そして斷〓を境にして其の西側の地塊が東側地塊に對し南方に役1粁水平移動をなし,且つ池ノ山峠附近では東側地塊に對しさらに役100米〓の隆起運動を行つた。丹那斷〓は丹那盆地の盆地地形成因の重要な要素ではない。同盆地は多賀火山斜面が楕圓形に沈降して生じた構造盆地である。丹那斷〓は此盆地の中央を横ぎつて生じ,盆地の外形を稍複雑なものにしたに過ぎない。
著者
髙木 亨 田村 健太郎 大塚 隆弘 佐藤 竜也 佐藤 亮太 清水 康志 高橋 琢 吉池 隆 鳥海 真弘 浜田 大介
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100235, 2012 (Released:2013-03-08)

東日本大震災を起因とする福島第一原子力発電所の事故は、福島県を中心に甚大なる放射性物質による汚染被害をあたえ、今なお多くの住民に避難を強いている。 今回の原子力災害では、県内をはじめ各地域で、避難「する」「しない」といった住民の「分断」が見られる。これは、住民間に対立を生み、地域コミュニティの崩壊を招く恐れがある。本研究では、このような分断を発生させる要因について、一つの集落での住民の避難行動を分析することによって明らかにし、「分断」の予防について検討することを大きな目的としている。今回の報告では、以前から交流のある福島県いわき市川前町高部地区を事例に、住民の原発事故発生直後の「避難する・しない」の判断をさせた要因について明らかにする。 高部地区は福島第一原子力発電所から半径30km圏のすぐ外側、31~32kmに位置しており、事故発生直後からその影響が心配された地区であった。事故発生当時はどの程度の放射能汚染があるかははっきりと把握できなかった。このため事故発生直後、高部地区外へ避難した住民と避難しなかった住民とに二分される結果となった。表1は事故発生直後に避難した住民への聞き取り調査結果である。避難先は、福島第一原子力発電所から遠いところであり、遠方にいる親戚や子息を頼って避難している。避難理由は様々であり、親族の病気や娘の避難の呼びかけに応じて、というものである。しかし、避難先での暮らしが窮屈なこともあり、早々に避難先から高部地区へ戻って来ている。 一方、避難しなかった住民は、住民同士が声を掛け合い、15日あたりから集会所に集まって過ごしていた。17日には屋内待避指示の関係で福岡県警の警察官が集会所に常駐、放射線の観測機器等を持っていたことから、住民に安心感を与える事となる。避難しなかった理由は、仕事の関係、家畜の飼育などの理由であった。 「避難した・しなかった」は、住民間にとっても微妙な問題である。個々の住民が抱える状況によってその行動に差異が生じている。このため住民間のコンフリクトを引き起こし、地域コミュニティの崩壊につながる可能性があった。一方で、一時避難から戻って来た住民を「受容」するなど、コミュニティ維持への「知恵」ともいうべきものがみられた。
著者
佐藤 浩 青山 雅史
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100197, 2014 (Released:2014-03-31)

1944年12月7日に発生した東南海地震(M7.9)では、紀伊半島沿岸で甚大な津波被害が発生した。その3日後には、米軍が偵察飛行によって被害状況を調べ、縮尺1/16,000の空中写真を残した。先行研究は、空中写真判読によって三重県尾鷲市中心部の被害状況を報告した。本研究では、尾鷲市南部に焦点を当てて、その空中写真判読によってその被害状況を報告する。
著者
太田 陽子 平川 一臣
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.52, no.4, pp.169-189, 1979-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
32
被引用文献数
17 9

能登半島の海成段丘を調査して,第四紀中・後期における古地理の推移と地殻変動を考察した.能登半島の海成段丘は,高位からT, H, M, Lの4群に大別され,さらにTは7段,Hは4段,Mは3段に細分される.M1面は最も連続的に分布し,貝化石と海進を示す厚い堆積物とを伴う広い面で,最終間氷期の海進(下末吉海進)に形成されたと考えられる.M1面より高位に約10段もの海成段丘があるので,その分布から,能登半島の大部分が更新世中期以降の離水によって生じたものであるとみられる.M1面の旧汀線高度ば北端の110mから南部の20mまで,全体として南下り,富山湾側への緩い低下を伴う傾動が推定される.しかし,半島全体が一つの傾動地塊をなすのではなく,1辺10~20km,それぞれが南下りの傾動を示す数個の小地塊の集合からなっている.M1面とそれより古期の段丘の傾動の量はほぼ等しいので,各地塊の傾動はM1面形成後に活発になったと考えられる.北端部での平均隆起速度は1m/1,000年となる.
著者
望月 勝海
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.171-195, 1932-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
15

The so-called Honshu arc, the main part of Japan, was formed as the result of a ‘peri-Japan-Sea’ tectonic movement. The arc is divided geologically into two parts north-eastern and south-western Japan, by a line drawn from Itoigawa to Shizuoka. The Noto Peninsula and Sado Island, which are similar in form and on the concave side of the arc, were both elevated by this movement. At the eastern end of South-Eastern Japan, we observe several mountain ranges arranged en échelon. The uplift of the Kaga-Mino range extends northwards and joining that of the peri-Japan-Sea movement, formed the great Noto Peninsula. At Sado Island, however, the two blocks that compose the island were elevated parallel with the tectonic features of the main part of the Honshû arc. Therefore Sado has remained an island. In consequence of periodical uplifts of land, a step-like topography is developed extensively in the two districts. These steps are wider on the peninsula than on the island, but are at higher levels on the island than on the peninsula.
著者
清水 龍来
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100174, 2014 (Released:2014-03-31)

米山海岸地域は、近年のGPS観測によって明らかになった最大剪断歪み速度の大きい地帯(新潟−神戸構造帯)(Sagiya et al. 2000)に含まれ,日本海東縁変動帯の陸域への延長部と考えられている。そこでは、歪みが塑性的な変形として蓄積され、主要な活構造が分布している(大竹ほか 2002)。近年、本地域の南西部に位置する高田平野の東縁に高田平野東縁断層帯(渡辺ほか 2002)が報告され、また周辺海域において2007年7月16日新潟県中越沖地震(M6.8)の震源断層と考えられているF−B断層や,より南西のF−D断層(原子力・安全保安委員会 2009)も報告されており,詳細な変動様式の解明と定量的な評価に基づく本地域のネオテクトニクスの解明が必要である。本地域には数段の海成段丘が分布し、分布高度が南西に向かって増大する傾向が指摘されていた(渡辺ほか 1964)。しかし、米山海岸地域全域に渡る系統的な地形・地質調査に基づく編年・対比は行われておらず,また隆起を引き起こす活構造など詳細は不明であった。本研究では米山海岸地域全域の地形・地質調査を実施し段丘の編年・対比を試みた。その上でそれらが示す地殻変動の傾向と周辺の活構造との関連を考察した。 本研究では米山海岸地域に分布する段丘地形を、HH、H1、H2、M1、M2、Lの5面に区分した。岸ほか(1996)はM1面構成層と風成砂層との境界付近にNG(中子軽石層=飯綱上樽cテフラ:15–13万年前噴出(鈴木 2001))を見いだし、M1面を下末吉面相当とした。本研究では、M1面構成層とされる安田層及び大湊砂層を、より南西方まで追跡し、M1面の分布を明らかにした。また小池・町田(2001)などによってMIS5eに対比されていた上輪新田付近の段丘について,東京電力株式会社(2008)は、構成層にクサリ礫を含むことに加え、風成層上端から90cm以内にAT,DKP,Aso-4を確認しその下位に数mの風成ローム層を挟んで、温暖期を特徴付けると考えられる古赤色土(松井・加藤 1962)が存在することから,本面の形成を下末吉期より大きく遡ると考えた。本研究でも東京電力株式会社(2008)の見解を支持する結果が得られ本面をH1面に対比した。 研究地域全域に広く分布するM1面の分布高度から地殻変動の傾向を明らかにした。M1面の旧汀線及び分布高度は、柏崎平野付近において約20mで南西に向かって高度を増大し、青海川付近で約50m、笠島付近で45mと概して北東へ傾動する傾向を示すことがわかった。 周辺に分布する活断層の活動が,段丘の形成や高度分布に影響すると仮定し、Okada(1992)のディスロケーションモデルに基づき活断層の地殻変動量をモデルを用いて計算した。またF−B断層に関しては、国土地理院が公開している新潟県中越沖地震時の地殻変動データを参考にした。その結果、米山海岸地域の北東への傾動は、上越沖に分布するF−D断層の活動による南西側の大きな隆起による効果と,F−B断層の活動による北東側の沈降が大きく寄与すると考えられる。一方、ひずみ集中帯の重点調査研究による地殻構造調査では、高田平野東縁断層最北部では上端の深さは約3kmの東傾斜の断層が地下に認められている。この断層がより北東方向へ伸びるとすれば、米山海岸地域の傾動に寄与する可能性がある。   参考文献 Okada 1992.BSSA 82:1018-1040.大竹ほか編 2002『日本海東縁の活断層と地震テクトニクス』.岸ほか 1996.第四紀研究135:1-16.原子力・安全保安委員会 2009.東電柏崎刈羽原発敷地周辺の地質・地質構造に関わる報告書. 小池・町田編 2001.『海成段丘アトラス』.地震調査研究推進本部2009a.高田平野東縁断層帯の長期評価について:1-31.鈴木 2001.第四紀研究40:29-41.東京電力株式会社 2008.東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所 敷地周辺の地質・地質構造に関わる補足説明:1-14.ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究プロジェクト『平成23年度成果報告書』.松井・加藤 1962第四紀研究 2:161-179. 渡辺ほか 1964.地質学雑誌70:409.渡辺ほか 2002.国土地理院技術資料 D・1-No. 396. Zeuner 1959.The Pleistocene Period :447 Hutchins
著者
大塚 彌之助
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.10, no.8, pp.645-670, 1934-08-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

This paper will be published in English in the Bull. Earthquake Research Institute, Imp. Univ. Tokyo, at no distant date.
著者
太田 陽子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.37, no.5, pp.226-242, 1964-05-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11
被引用文献数
5 4

大佐渡沿岸には数段の海岸段丘が発達しており,それらは高度,連続性などから第1段丘 (160~220m), 第2段丘 (80~140m), 第3段丘 (60~120m), 第4段丘 (35~70m), 第5段丘 (25~40m) および第6段丘 (5~8m) の6段に大別される.とくに,二見半島から大佐渡西岸には発達が顕著であるが,東岸にはきわめて断片的に小平坦面として分布するにすぎない.これらの中で第3, 第4段丘はほぼ全域に巾広く,また第6段丘は狭いが島全体をとりまいて分布する.段丘面の性質は地域によりかなり異なっている.すなわち,西岸ではおもに外洋における海蝕作用による海成段丘として,真野湾沿岸ではやや内湾的な場所で多少堆積作用も働いた結果の海成段丘として形成された.東岸では,急崖下の小規模なおし出し状隆起扇状地の性格をもつ所が多い.国中平野では,第2, 第3段丘は金北山下の斜面を流下する諸河川によって堆積された隆起扇状地であるが,第4段丘は,比較的厚い浅海堆積層の堆積面として形成された.なお第6段丘は全地域において海成段丘であり,温暖な fauna を含む厚い海成冲積層からなる国中平野の冲積面に続いており,日本各地で認められている冲積世初期の海進に基く地形であろう.第4段丘は冲積世海進前の海面低下期に先立つ比較的明瞭な海進期に形成されたものと思われる. 段丘面の性質の地域的差異を生じた原因は,西が緩やかで東が急斜面をもっという大佐渡の非対称な地形と,西側が外洋に面し,国中平野側が内湾的であったというような,後背地の地形および前面の海況などがおもなものであったと考えられる.このように,背後の地形や海況に著しい差異がある所では,岩石的制約は,火山岩地域などのような抵抗性の大きい岩石地域における段丘面上の stack の存在などとして現われてはいるが,段丘の形成には二次的な意味をもつにすぎないと思われる. 段丘の高度は,東西方向では大きな差異はみられないが,南北方向では島の両端から中央部に向って高くなり,しかも古い段丘ほどその傾向が著しい.おそらく第1段丘形成時(あるいはその前から)から島の中央部に軸をもつ撓曲的性格の上昇運動がつづき,その間に全域にわたる海面変化が繰返されて現在のような段丘の配列をみたのであろう.地殻運動と海面変化との関係についてはまだわからないが,少なくとも段丘面の高度の地域的変化を生じた原因は上述の示差的な地殼運動であるらしい.
著者
FUJIBE Fumiaki MATSUMOTO Jun
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan series B (ISSN:18834396)
巻号頁・発行日
vol.96, no.2, pp.41-49, 2023-12-25 (Released:2023-12-28)
参考文献数
21

The relationship between summer mortality and mean temperature in Japan was analyzed using monthly data from 1951 to 2020. During this period, the mortality rate decreased greatly and the elderly population has largely increased in Japan. A positive correlation between mortality rate and temperature was detected for all the analysis periods except for a highly disturbed feature before 1970, whereas the range of age-adjusted mortality variation per 1°C temperature anomaly has decreased by a factor of 5–10, indicating that the sensitivity of mortality to temperature has weakened over time. However, the mortality rate for deaths directly caused by heat decreased from the 1950s to the 1980s and then increased, showing a V-shaped change over the entire analysis period.
著者
山下 博樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100004, 2013 (Released:2014-03-14)

1.はじめに   大都市圏での都心回帰の進展、都市計画法改正による郊外の大規模集客施設の原則開発禁止など、コンパクトなまちづくりに向けた動きが進むなか、地方都市の中心市街地の活性化は依然遅れていると言わざるを得ない。中心市街地が抱える多くの課題の根本原因は、モータリゼーションを背景とした交通結節性の低下と、居住人口の郊外化による人口減少・高齢化の進展の影響が大きいと考えられる。そのうち、後者に対応する「まちなか居住」の推進に取り組む、あるいは検討する自治体が増えている。本報告では地方都市における「まちなか居住」に関連する課題を整理し、各自治体が取り組む支援策の特徴と問題点を明らかにしたい。 2.大都市での都心居住と地方都市のまちなか居住  東京など一部の大都市では、バブル崩壊後の地価下落、企業・行政の遊休地放出、不良債権処理にともなう土地処分などによりマンション開発の適地が増加した。さらに、都市計画法で高層住居誘導地区が導入され、それによる容積率等の規制緩和によって増加した超高層マンションを都心においても手ごろな価格帯で取得可能になったこと、都心居住の利点が見直されてきたことなどによって、都心部で居住人口が増加に転じてきた。   他方、地方都市では中心市街地の人口空洞化への対策として、まちなか居住の推進が課題になっている。地方都市においても中心市街地でのマンション開発は2000年代に比較的多くみられたが、依然として強い戸建て志向と郊外での安価な住宅供給により、相対的に地価の高い中心市街地ではこうしたマンション開発地区以外は人口の減少・流出が続いていることが多い。   大都市の都心部、地方都市の中心市街地のいずれにおいても、それぞれの郊外に比べて日常生活の利便性は相対的に低く、とりわけ買い物難民に代表されるモータリゼーションに対応できない高齢者世帯は負担が大きく、公共交通の利便性が低い地方都市ではより深刻な状況にある。また、首都圏の一部の地域では、大手流通企業の新業態として、小商圏に対応したミニスーパーが立地展開されるなど、都心部の買い物環境は改善されつつある。 3.地方都市のまちなか居住の課題  地方都市の中心市街地は、大都市の都心部とは異なり、中山間地並みに高齢化が進展している。そのため、人口再生産の機能が極めて低く、周辺からの流入人口の増加に期待せざるを得ない。たとえば、鳥取県では年間約3,000人の人口が減少しているが、そのうち自然増減によるマイナスはおよそ1割で、それ以外は若年層を中心とした社会減である。つまり、進学や就職などを機会に県外に流出する人口が多く、県内のこうした機能が脆弱であることを示している。県庁所在地レベルの都市であれば中心市街地には一定のオフィス立地がみられるが、それ以下の都市では中心市街地の就業先としては商業施設や医療機関などが中心となり、多くの就業が期待できる製造業の多くは郊外立地であるために、多くの地方都市では郊外での居住の方がむしろ職住近接となる場合が少なくない。近年では、郊外でも工場の閉鎖などが相次ぎ、地方都市の雇用環境は極めて厳しい。  地方都市の中心市街地における商店街の衰退は言うまでもなく、公共交通の脆弱さも深刻化している。そのため、中心市街地に居住するメリットは、比較的整備されている医療機関や図書館など公共施設への近接性、古くからの街並みなど郊外にはない文化的な雰囲気など限定的で、相対的にリバビリティは低い。4.まちなか居住推進支援策の特徴と課題  地方都市の自治体は、中心市街地の居住人口減少の影響として、空き家・空き地、駐車場などの低未利用地の増加とそれによる税収の減少、コミュニティ活動の停滞、防犯上の課題などへの対応が新たに必要となっている。こうした課題解決のために、まちなか居住推進のための支援策が多くの自治体で導入されつつある。大別すると、①賃貸・売買など空き家等の情報提供、②持家取得のための支援、③賃貸住宅入居のための家賃補助、④中古住宅の流通促進等のためのリフォーム補助などである。こうした支援策を講じている複数自治体へのアンケート調査の結果、人口規模の大きい金沢市などでは多彩な支援メニューを用意して対応しているのに対し、人口規模の小さい自治体では主にリフォームへの補助が多く利用されていた。これは流入人口による住宅取得ニーズが影響していると思われる。また、多くの自治体の取り組みは国の財源(社会資本整備総合交付金)に依存したもので、そうした都市では事業の継続性が低いことなどが明らかとなった。   本研究は、平成24年度鳥取市委託研究調査「他都市まちなか居住施策実績調査」の成果の一部である。
著者
矢澤 大二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.357-374, 1980-06-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
154
被引用文献数
1 1

Many theories of climatic classification and of division of climatic regions of the world have been presented in general books on climatology and on physical geography. However, few reports trace the current of thoughts synthetically from the very root of studies up to the present. In the present paper the author has an object to follow the development of thoughts successively and point out how the thoughts of significance had been exploited and developed further. This paper consists of three parts ; namely, an examination of effective methods, a discussion of the problem of humid and arid boundary, and an examination of genetic methods. Effective methods since the 1840's are examined. Some earlier works by Hult, Supan, Köppen, de Martonne, Philipsson etc. were followed by several modern works by Blair, Trewartha, Creutzburg Troll, etc. Special attention is paid to make clear the current of thoughts, regarding representative standards for clamatic classification and for objective divisions into climatic regions. Then, the problem of the boundary between humid and arid regions are reviewed and examined. The concept of effective humidity originated in Linssers's earlier work has been developed by various successors, in order to make clear the water budget or the limit of arid region, indirectly. Physiogeographic consideration by A. Penck was a pioneer work of importance. After genealogic consideration of various methods for evaluating aridity of climate (indices such as Regenfaktor, indice d'aridité, quotient pluviothermique, precipitation effectiveness etc.) and their applicability to distinguish humid and arid climates, the author examines concisely the approach to the rational classification of climate introduced by Thornthwaite, and developed by his successors. It is also pointed out that there are two currents of thoughts regarding the main division of climatic regions of the world. One is to divide, except for the polar region, the world into humid and arid regions, then to subdivide the former into thermal zones and the latter into regions depending upon the degree of aridity. The other is, on the contrary, to divide the world into several thermal zones, and then to subdivide them into subregions, based upon the degree of aridity or humidity of climate. The standpoint of these approachs, therefore, are different to each other. Finally, genetic methods of classification of climate and their applicability to the presentation of climatic regions are examined. The root of such a current could be found in the early works on wind systems or windregions of the world introduced by Mühry, Wojeikof, Köppen, Hettner etc. during the latter half of the last century and the first half of this
著者
IKESHOJI Norie
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan series B (ISSN:18834396)
巻号頁・発行日
vol.96, no.1, pp.25-37, 2023-09-30 (Released:2023-09-29)
参考文献数
25

Labour movement from East to West in the EU has been conspicuous since the enlargement of the EU in 2004, as one of the destinations in rural regions that have labour shortage problems. Research on migrating workers in the agricultural sector has accumulated over recent decades. However, there is not enough research about temporary workers in this sector in the region. Thus, this paper focuses on regional integration and issues related to the regional disparity from a case study of an agricultural sector that fulfils labour shortage by employing seasonal workers. Northern Limburg is the most prolific asparagus cultivating area due to the well-drained soil and warmer temperature. However, only a small number of farms engage solely in white asparagus production because it is challenging a temporary and intensive workforce for the short period needed for asparagus harvesting. All farmers that cooperated with interviews in this study employ seasonal workers with a supervisor system. The supervisor system works well for farm owners and seasonal workers with supervisor positions. However, the system has almost no advantage for seasonal workers without a supervisor position. Unless the wage gap between the West and the East disappears, hard work with low wages will probably persistently remain under capitalism. Therefore, researchers have to pay attention to the movement of temporary laborers who suffer the most uncertain working conditions.