著者
田村 均 TAMURA Hitoshi
出版者
名古屋大学文学部
雑誌
名古屋大学文学部研究論集 (ISSN:04694716)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.43-78, 2008-03-31 (Released:2008-10-01)

I bring forward an argument for dismissal of methodological individualism as an adequate theory for understanding human action. I make use of Kashiwabata Tatsuya’s theoretical explication of selfsacrificial action propounded in his recent book, Jiko-Giman to Jiko-Gisei (Self-deception and Selfsacrifice), in order to produce the evidence for explanative insufficiency of personal intentional states for bringing about self-sacrificial decision making. Kashiwabata establishes that a self-sacrificial action of an individual can be regarded as rational only if it is assessed in terms of the shared intention among people who are engaged in a collective activity. An individual always has good reason not to take such an action as may carry a great loss to her. In reality, however, no one can avoid all the situations that could cause personal losses in the name of collectivity: one’s family, the community, or the nation. She would be entitled to say that her action be self-sacrificial if she were persuaded into doing something that was not good for her. She might not be considered as utterly irrational provided that she gave up the good thing for the sake of others. No one can deny this but the concept of rational action with personal utility cannot explain the rationality of such an action as this. The shared intention to promote some sharable good rationalizes an individual’s self-sacrificial decision making that cannot be rationalized by means of the individual’s personal utilities. As long as the act of self-sacrifice is to be placed at the high position in the list of virtuous acts, philosophers cannot take it for granted that methodological individualism is the correct way of explaining all the human actions.
著者
木村 祐哉 山内 かおり
巻号頁・発行日
2009-07-26

背景: 一般に医療従事者は過度なストレスに曝されていることが知られており、獣医療に従事する者もまたその例外ではないと考えられる。このような過度のストレス暴露を受けることにより、うつに代表されるような、心身に及ぶ種々の問題が生じる可能性が示唆されているが、演者らの知る限り、動物看護職におけるストレスに関する調査はこれまでに報告されていない。そこで本研究では、動物看護職の中でもうつなどの問題が実在していることを確認し、労働環境などのストレス要因との関連を述べることを目的として、質問紙による調査を試みた。 対象と方法: 本調査は動物看護師を対象とし、2008年10月27日~2009年3月10日に実施した。調査対象者は、動物看護職向けのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)であるAniProを通じてウェブ上のアンケートフォームに回答するように求めるか、それを印刷した物を演者らの知人に配布することによって募集した。質問内容には性別や年齢などのプロフィールを問う項目、想定される19種のストレス因子への暴露の有無を問う項目(表)、産業衛生領域におけるうつのスクリーニングツールとして作成された心と身体の健康調査表(STPH)の簡易版であるSTPH-15(カットオフ値7/8点)を含み、さらにその他のストレス因子について自由な記述を求めた。回収された質問紙はまず単純集計し、STPH-15の値に基づいて「うつ群」と「非うつ群」を区別した。さらに、プロフィールやストレス因子への暴露の有無によって、STPH-15の値に差があるかどうか統計学的に解析した。処理には無料で入手可能な統計パッケージであるR version 2.8.1を用い、連続変数の値をとるものはSpearman順位相関係数、離散変数の値をとるものはWilcoxon順位和検定による解析を実施した。なお、回答内容に欠損値(無回答)が含まれるものについては、集計から除外した。 結果: 現役の動物看護師32名の回答が得られた。そのうち欠損値のあった1名を除外すると、女性が30人を占め、男性は1名だった。平均年齢は27.9歳で、未婚者が24名、既婚者は7名だった。勤続年数は平均6.1年、1日の勤務時間は平均10.7時間だった。STPH-15が陽性となり、うつであることが疑われるのは31名中15名だった(46.8%)。統計学的解析では、STPH-15の値は年齢、勤続年数、勤務時間との間に相関を認めず、既婚者は未婚者よりも有意に陽性者が多かった(P=0.03)。その他には、現在の自分が理想の動物看護師像そのものであると感じられなければ、STPH-15の得点が高かった(P=0.01)。自由記述では、ストレスの原因として将来への不安、家庭生活との両立の困難、同僚との接し方に関する悩みなどが挙げられた。 考察: STPH-15を用いることにより、調査対象に偏りのある恐れはあるものの、うつに悩む動物看護師が確かに存在することが示唆された。こうしたうつの傾向は、結婚している、あるいは動物看護師としての理想と現実に差異のある者に強く表れていることが明らかになった。自由記述からの示唆も踏まえると、将来性も考慮に入れた労働条件やワーク・ライフ・バランスの改善は、動物病院経営における今後の大きな課題となるであろう。また、理想と現実との差異は、ある面においては雇用者-被雇用者間で動物看護に対する認識が異なることに起因していると考えられ、旧来の就職活動における両者のマッチングの不備を示唆するものである。こうした点については、動物看護師を養成する側からも対策を考慮していく必要があるであろう。 今後の展望: 本調査において検討したストレス因子は探索的研究によって導き出されたものではなく、未だ不十分と考えるべきであり、より適切な因子を抽出するための質的な研究が求められるであろう。その上で、対象の偏りがないように配慮した拡大調査を進め、動物看護職における労働条件の改善に取り組むことが重要である。
著者
中村 亮 Nakamura Ryo
巻号頁・発行日
2008-03-25 (Released:2008-06-20)
著者
平井 俊夫
出版者
京都大學文學部
雑誌
京都大學文學部研究紀要 (ISSN:04529774)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.1-54, 1976-03-31

この論文は国立情報学研究所の学術雑誌公開支援事業により電子化されました。
著者
西村 泰一
巻号頁・発行日
2008

近代日本が行った戦争という話になると、戦後は一切戦争をしていないので、明治維新から終戦までという話になるが、日清日露の両戦争に代表される前半と、満洲事変に始まり終戦に至る15年戦争に代表される後半に大きく分かれる。前半については、日清戦争はともかく、日露戦争は全くの辛勝で、いくつかの大きな幸運に助けられたという側面は否定できず、織田信長の行った戦争に例えるなら、桶狭間の戦いあたりになるのであろう。ただし織田信長は生涯に一度しか桶狭間の戦いのような戦争をしていないが、日本軍はこの日露戦争をその後の範としてしまったところがあり、太平洋戦争末期の負け戦であることが歴然としている状況下でさえ、インパール作戦のようなとんでもない起死回生の大博打を打って墓穴を掘っている。 ☆☆☆ そして前半と後半の間にくるのが第1次世界大戦であるが、日本はここでは本格的な戦闘をなんら経験せずに漁夫の利を得たことが、かえって総力戦時代に見合った軍隊の近代化を遅らせることになる。太平洋戦争を待たずとも、そのことが如実に現れたのがノモンハン事件で、2度の五ヵ年計画ですっかり様変わりしたソビエト軍に、泣く子も黙る関東軍は翻弄されることになる。“賢者は失敗から学び、愚者は同じ失敗を繰り返す”と言うが、日本の軍部がどうしてソ連をアメリカに替え、戦場を陸から海に替えればすべてうまくいくなどと思ったのか理解不能である。ノモンハン事件で、もっと悍ましいことには、辻政信あたりのA級戦犯が大した処分もされずに、ほどなく軍部の中枢に返り咲いているのに対し、彼の命令に忠実であった何人もの下級仕官は理由にもならない理由で、詰め腹を切らされて、自決に追い込まれている。 ☆☆☆ 前半と後半を分ける大きな違いは、前半は、軍人ではないが日清戦争でPivotal Leadershipをとった伊藤博文あたりが典型的であるが、幕末に下級武士としての教育を受けた人達が担ったのに対し、後半の戦争を担ったのはいわゆる陸大あたりで養成されてきた軍事Technocratsで、東条英機あたりがその典型となる。近代国家の戦争は、国家をあげての営みで、特に第一次世界大戦後のように総力戦の時代に入ると、なおさらである。当然、軍事と政治、外交、経済がきちんと統括されないとまともな戦いはできない。下級武士の教育というのは、いわゆる儒学と朱子学中心というか、要するに、論語あたりを幼い頃から、意味がわかろうがわかるまいがに関係なく、素読させる。それでどういう技術が身につくというわけでもないのだが、大所高所から考えるという人生や社会に対する処し方は身につく。技術的なものは後で必要になれば、大急ぎで勉強することも、あるいは下の者に任せることもできるが、この大所高所から考えるという態度は一朝一夕に身につくものではない。これに対し、陸大あたりの教育は、完全に軍事技術的な話に偏り、戦争でLeadershipを取る人間に絶対欠かせない社会科学あたりの教育はほとんどないか、お粗末そのものである。結果として、蛸壺的な軍事に関する知識以外には、他愛もない精神主義しかない軍事Technocratsを大量に生み出し、こういう人間が、国家をあげての戦時体制に移行して、経済や外交にも嘴をはさんでくるようになるとどうなるかをまざまざと示しているのが、15年戦争の頃の日本である。 ☆☆☆ 太平洋戦争の火蓋を切った真珠湾攻撃の折も、敗戦を決定的としたサイパン陥落の折も首相の座にあったのは東条英機である。安倍晋三元首相の外祖父にあたる岸信介は、東条内閣に商工大臣として入閣しているが、東条を評して“裸にすれば、橋本欣五郎以下の男だ”と喝破している。橋本欣五郎というのは、三月事件と十月事件というチャチなクーデター未遂事件を起こした桜会の中心人物で、奇矯な行動で有名な方である。ドイツの社会学者Max Weberは“最高の官僚は最低の政治家である”という名言を残しているが、これが見事なまでに当てはまるのが最高の軍事官僚であった東条なのである。官僚というのは、規則にさえ従っていれば、その結果に対して責任を問われることはない。これに対して政治家は結果責任である。東条の側近であった星野直樹は東条を評して、“やれと言われれば何でもできるが、そこから先がない”と的確なCommentを残している。満州事変の立役者で、東条と犬猿の仲だった石原莞爾あたりになると、もっと辛辣で、極東軍事裁判の参考人として“あなたと東条はよく意見の対立があったようですが”と水を向けられると“私には多少とも意見がありますが、東条には意見と呼べるものが全くありません。意見のないものとは対立のしようがありません。”と鰾膠も無い。 ☆☆☆ 2009年2月にBirkhauser社から中澤武雄という数学者に関する本を現代語現代文化学系の黒田先生と共著で出版した。中澤武雄は1913年高知県生まれで、シベリア抑留の後、33歳で1946年にハバロフスクの病院で栄養失調で他界されている。本学の前身の前身である東京文理科大学の副手を1930年代に数年間務められた数学者で、Matroid理論の先駆者であるにもかかわらず、長い間その業績は顧みられることはなかった。先の太平洋戦争では、中澤に限らず、夢半ばで他界された若者は数え切れない。先に述べた著書は200Pages強であるが、その最初の60Pagesくらいを当時の日本がどのようにしてこの戦争に導かれたかという歴史学的ならびに社会学的分析に費やしたので、ここでは繰り返さない。中澤に興味を持ったのは、2006年の夏であるが、上記の本を執筆する過程でこみ上げてきた合理的思考には収まりきらない情念のようなものをこの作品で表現してみた。なかなか一言では言いにくいのだが、“愚かさに対する怒り”とでもいうべきものである。この“愚かさ”は特定の個人というよりは、日本という国家の歩みのなかで突出したそれを指している。そしてもっと恐ろしいのは、それは決して過去のものではないという点である。そんなことを頭の片隅において鑑賞していただければ、幸いである。