著者
杉浦 郁子
出版者
Japan Society of Family Sociology
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.148-160, 2013
被引用文献数
2

本稿では,性別違和感のある人々の経験の多様性が顕在化したことを背景に,「性同一性障害であること」の基準として「周囲の理解」が参照されるようになった可能性を指摘する.また「性同一性障害」がそのように理解されるようになったとき,性別違和感のある子とその親にどんな経験をもたらしうるのかを考察する.<br>まず,1980年代後半から90年代前半に生まれた若者へのインタビュー・データを用いて,「周囲の理解」という診断基準が出現したプロセスについて分析する.次いで,「性同一性障害」の治療を進めようとする20代の事例を取り上げ,医師も患者も「親の理解」を重視していることを示す.そのうえで,親との関係調整の努力を要請する「性同一性障害」という概念が,親子にどのような経験を呼び込むのかを論じる.
著者
篠塚 勝正 窪田 三喜夫
出版者
成城大学
雑誌
成城文芸 (ISSN:02865718)
巻号頁・発行日
no.221, pp.98-84, 2012-12

Among three distinctive types of Japanese writing systems (Kanji, Hiragana and Katakana), a behavioral experiment using 97 university students as subjects implies that Katakana is regarded as most difficult (approximately 90%) followed by Hiragana (10%) for the comprehension. Kanji is easiest to comprehend (100%). This indicates Kanji might be comprehended by accessing semantic recognition directly. On the other hand, Hiragana and Katakana might be comprehended by accessing semantic recognition through phonological recognition with an obligatory subvocalization. However, the subvocalization could occur depending on the familiarity or difficulty of stimuli. I also conclude that the subvocalization includes shallow to deep ones depending on the three Japanese writing systems. In addition, interpreters and translators should avoid using Katakana words as much as possible in order for both their listeners and readers to ease their cognitive workload for understanding the meanings of the words.
著者
志田 哲之
出版者
Japan Society of Family Sociology
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.105-105, 2001

セジウィックによる本書は, 奇しくもバトラーの『ジェンダー・トラブル』と, その原著 (1990), 日本語訳 (1999) ともそれぞれ同年に出版された。バトラーが既存のジェンダー理解を構築主義的視点から批判的に問いかけたというならば, セジウィックは同様の視点から同様の問いかけを既存のセクシュアリティ理解に対して行なったといえ, 両書はジェンダー・セクシュアリティ研究に対し, 強いインパクトを与えた。<BR>「近代西洋文化の実質上どのような側面についての理解も, 近代のホモ/ヘテロセクシュアルの定義に関する批判的な分析を含まない限りは, 単に不完全というだけではなく, その本質的部分に欠陥を持つことになる」 (P.9) 。冒頭においてそう主張する著者は, その批判的分析を, 異性愛主義を内在化させている20世紀の西洋文化全体の側からではなく, 近代のゲイ理論および反同性愛嫌悪 (アンチ・ホモフォビア) の理論といった, 相対的に中心から外れた視点から始めることが適切であるとし, この視点から本書を著わした。このような問題関心から, 本書は二項対立化されている男性のホモ/ヘテロセクシュアルの定義が内包する矛盾や非一貫性に着目し, この矛盾や非一貫性に対して裁定を図るのではなく, むしろそれらの有するパフォーマティヴな効果を明らかにすることを企図した。<BR>序論では, ホモ/ヘテロセクシュアルの定義問題や二項対立について, またジェンダーとセクシュアリティを区分することによって生じる研究上の生産性についてなど, ホモセクシュアリティを研究していくうえでの諸議論に対し, 鋭い予備的考察が公理のスタイルをとって展開されている。序論としての役割を果たしながらも, この序論のみでホモセクシュアリティに関する今日的議論の概観を把握することが可能であり, まずはこの序論を一読することを勧めたい。<BR>第1章から第5章にかけては20世紀の欧米の文学作品を分析対象として, 本質主義対構築主義の拮抗, 二項対立, ホモセクシュアル・パニック, クローゼットという沈黙の発話状態などについて詳細に論じている。<BR>西洋文化圏において対照的な二項対立化された諸カテゴリーが, 実は暗黙のうちにダイナミックに存続しており, ホモ/ヘテロセクシュアルもその一部であるという筆者の主張は家族研究に連結する。なぜならこれら諸カテゴリーのリストとして筆者がとりあげた私的/公的, 男性的/女性的などは, 近代家族論の立脚点と相通じるからであり, 本書において筆者が行ったこれら二項対立の脱構築の試みは, 今後の家族研究のさらなる展開に対し示唆的であろう。また, 近代家族論以前の家族研究が, ホモセクシュアリティを研究の対象外とするか, あるいは病理として扱い, そして近代家族論においてはジェンダーを主要な軸のひとつに据えているものの, ホモセクシュアリティについては俎上に乗せられなかったという経緯をふまえるならば, 近代家族論以降の家族を論じる際にホモセクシュアリティという, あらたな軸を導入する意義や可能性について検討するヒントも本書から与えられるだろう。
著者
李 泰鎮 邊 英浩 小宮 秀陵 KOMIYA Hidetaka
出版者
都留文科大学
雑誌
都留文科大學研究紀要 (ISSN:02863774)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.175-202, 2014

本稿は李泰鎭(イ・テジン ソウル大学名誉教授)が「韓日両国知識人共同声明記念第3 次学術会議」(2014 年1 月27 日)で行った報告を論文としたものである。直前に安倍首相が靖国神社を参拝し、韓国と中国、米国などからの批判をよびおこしていたが、靖国参拝の思想的背景の解明が必要とされていた。思想的源流はまず征韓論にあることは周知の通りであるが、被害当事国である韓国では、征韓論に対する研究は意外なほど少なく、本論文はその研究上の空白を埋めるものである。本論文では、韓国併合にいたる過程は、通説的な理解である近代的な帝国主義による膨張ではなく、吉田松陰が唱えた封建的な膨張主義である征韓論が実現していく過程であり、実際にも松陰の門下生たちがその後韓国併合をなしとげていったことが明かにされている。また併合過程で言論機関の統制を担ったのが徳富蘇峰であったが、徳富も吉田松陰の信奉者であり、徳富が吉田松陰のイメージをつくりあげていくうえで大きな役割を果たしたことも明かにされている。本論文が、現在悪化している日韓関係を巨視的にみていくにおいてもつ意義は決して小さくはない。 日本語への翻訳は小宮秀陵(こみや ひでたか 啓明大学校招聘助教授)が草案を作成し、邊英浩(ピョン ヨンホ 都留文科大学教授)が点検した。なお以前の本研究紀要では、邊英浩を辺英浩、BYEON Yeong-ho をPYON Yongho と表記した論説があることを付記しておく。
著者
光嶋 勲
出版者
金原出版
雑誌
小児科 (ISSN:00374121)
巻号頁・発行日
vol.45, no.13, pp.2327-2330, 2004-12