- 著者
-
佐藤 努
中島 望
長橋 厚
江井 邦夫
佐藤 幸一
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2009, pp.E4P1200, 2010
【目的】<BR>近年,障害者の社会参加や生活の質の向上に向けた取り組みや促進が求められる中,職場復帰や積極的な地域参加などを念頭においた理学療法を展開していくことが必要である.その中で,障害者の自動車運転へ向けた取組みも十分に考えられる.当地域における,近隣への移動手段として自動車が一般的である.そこで今回,障害者の自動車運転再開へ向けた取組みおよびシステムの構築を目的とし,自動車教習所の協力の下,障害者を対象とし自動車運転体験を実施した.<BR>【方法】<BR>自動車運転免許を取得されており,且つ管轄の警察署にて適性検査を受講され,重篤な高次脳機能障害を呈さない脳卒中片麻痺患者3名を対象とした.対象者ごとに,運動能力(麻痺の程度,歩行状態等)や知能能力(高次脳機能,認知機能等)の情報を作成し,自動車教習所側に個別情報提供表として事前に提示した.自動車教習所では,基本走行や応用走行などの運転技術のレベルアップを目的として実施されている「安全運転講習」を個々の運転技術に沿って実施した.<BR>【説明と同意】<BR>今回の体験を行うにあたり,本研究に関しての趣旨を十分に説明し,被験者および自動車教習所側に同意を得た.<BR>【結果】<BR>症例1,67歳,女性,要介護2.平成14年に脳内出血による左片麻痺を呈する.以後,自動車運転は未実施.麻痺側上肢機能に関しては,Brunnstrom―Stage(以下Br―S略)3.今回の自動車体験においては,基本走行のみ実施.自動車への乗車時において座席への着座に不安定を認めた.座席調節の際は,非麻痺側上肢にて調節レバー,シートベルトやハンドブレーキ,オートマティックトランスミッションの切り替え等の操作が困難であり,介助を要した.走行検査においては,走行速度が平均約5km/h程度と低速走行であった.非麻痺側上肢によりハンドル操作を行なうも,直線走行時には中央線へのふらつきを認めた.また,カーブ走行時には急なハンドル操作や細かな修正困難が認められた.症例2,61歳,男性,要支援2.平成19年に脳内出血による左片麻痺を呈する.半年前に数回の運転経験あり.麻痺側上肢機能に関しては,Br―S5.今回の自動車体験においては,基本走行及び応用走行を実施.自動車への乗車動作や座席調節には特に問題なく,両上肢にて行なっていた.自動車走行に関しては,一時停止標識やカーブ走行時におけるブレーキの減速不十分を指摘されたが,口頭指示後に修正可能であった.また,ハンドル操作やトランスミッションの切り替え等も両上肢を使用し安定し可能であった.走行速度の変化におけるハンドル操作のタイミング等には問題なく,今回の運転技術において十分に路上での自動車運転再開が可能であると判断を受けた.症例3,48歳,男性,要介護3.平成16年に脳内出血による左片麻痺を呈する.数年前までは,障害者用自動車による運転経験を有するが,現在はセニアカーにて移動.麻痺側上肢機能に関しては,Br―S2.乗降動作において短下肢装具装着のためハンドル・座席間のクリアランスの問題にて介助を要した.今回の自動車体験においては,基本走行及び応用走行(坂道,S字,クランク等)をノブ付き自動車(片手ハンドル操作)にて実施した.方向転換やカーブの際における,方向指示器の操作時にハンドルのブレを認め指摘されるが,それ以外のアクセル調節,車両間隔,速度変化におけるハンドル操作等の運転技術等には問題なく,路上運転が十分に可能であるとの判断であった.<BR>【考察】<BR>今回の結果より,当地域における障害者の自動車運転再開において,各機関がそれぞれの役割を担う必要があると感じた.理学療法士としては,歩行能力や高次脳機能障害の状態,自動車教習所側が実車講習を行うため必要となる留意事項(乗降動作,シート上での動作状況,シートベルトの着脱などの細かな機器の操作など)の運転評価表の作成・指導,またその情報の共有が必要であると感じた.基本的動作や状況判断能力(反応の速さ,注意力の左右差)などの観点から理学療法士としての関わりの重要性が示唆された.このように,身体状況や運転技能に合わせた実車講習を通し,より安全な運転再開にむけた評価機関が必要であると思われた.さらに,制度上の相談,情報提供などの窓口の設置が必要であると感じた.今回の試みを通し,各機関における連携や地域の環境作りの重要性が示唆された.自動車運転は,便利な反面,リスクと社会的責任をともない安全運転技術の修得および家族を含めた検討については,今後の課題のひとつである.<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>理学療法士の職域は広がりをみせており,身体機能面や日常生活動作面などへの理学療法に限定されず,それぞれの地域性に応じたアプローチが求められており,今回の試みもそのひとつと言える.