著者
舟場 保之 寺田 俊郎 小野原 雅夫 加藤 泰史 大越 愛子 松井 佳子 牧野 英二 舟場 保之 大橋 容一郎 御子柴 善之
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

2001年9月11日のいわゆるテロ事件が印象づけた国際社会の諸問題に、カント哲学やヘーゲル哲学のみならず、法哲学やジェンダー論、宗教学、教育学、環境論といった最も広い意味における哲学の立場から応答することを試みた「<9.11>を多角的に考える哲学フォーラム」における議論を発展・継承させ、その後いっそう緊張を強めた状況の中でグローバル・コミュニティが必要とする倫理、すなわちグローバル・エシックスを構築するうえで基盤となる理論的な研究を行った。研究に際して、テロリズムと暴力、正義と法、戦争と平和、人権とジェンダー、地球環境、多元主義と教育といった問題群をテーマ化し、一般に開かれた形で研究会を運営・開催しながら、公共空間における哲学的思考のあり方を模索すると同時に、公共空間そのものの創出を実現した。それは、カントが『啓蒙とは何か』のなかで主張したような、個々人がそれぞれの社会的な身分からは独立した「学者としての」「公共的な理性使用による異議申し立て」を行えるような公共圏そのものであり、言葉の力のみを頼りとする参加者たちが対等の立場で議論し合う空間であった。ここにおいて、具体的には、哲学の伝統がこれまで積み重ねてきた議論(たとえば、カントの永遠平和論やバトラーのジェンダー論など)を思想的な資源として活用しつつ、これらに哲学的反省を加えながら、その他の学問分野の専門家や市民とのコミュニケーションのなかで対話的・反省的思考を重ねることによって、グローバル・エシックスを形成するためにクリアしておかなければならない諸問題の所在を明確なものとし、グローバル・エシックス構築のための理論的基盤を明らかにすることができた。
著者
荻野 弘之 大橋 容一郎 田中 裕 渡部 清 勝西 良典 谷口 薫
出版者
上智大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2003

過去4年間の研究を集約して以下のようなまとめを得た。(1)西洋古代哲学の領域では、実践的推論の結論を字際の行為に媒介する「同意」の概念から派生した「意志」に相当する「われわれのうちにあるもの(如意)」(epi hemin)に関して、後期ストア派、特にエビクテトスとマルクス・アウレリウスにおける展開が跡づけられた。これについては07年度末までに、単行本として成果の一端を刊行する予定。(2)アウグスティヌスの内面的倫理思想の分析として、正戦論の祖とされる聖書解釈の検討により、中世盛期スコラ学の自然法思想との相違が明らかになった。これらについては単行本の形ですでに刊行された。(3)同時にこの概念が、仏教的な「如意」の思想として近代日本思想史に接続する状況を跡づけた。その結果、西川哲学を、孤立した(独創的な)日本独自の思想としてのみならず、明治期の西洋哲学の受容史のうちに置き据えることにより、これまで仏教、特に禅との比較でのみ論じられがちであった西田哲学を、キリスト教の受容史の視点から読み直すという新しい視座を獲得しつつある。これについては渡部によって引き続き研究が継続される。西田に関しては新カント派を経由するかたちで大橋によって、また東西の比較霊性史の見地から田中によっても積極的な提題があり、とりわけ「自覚」と「意識」「人格」の概念的な結びつきが改めて問われることになった。清沢満之の新しい全集の刊行もあって、今後はストア倫理学と仏教思想、キリスト教修道思想の微妙な関係を歴史的、構造的に問題にしていく可能性が開かれつつあることは大きな前進といえよう。(4)残された課題も依然として多い。そのうちでも、近年英米圏の哲学において「後悔」「自信(自負)」といった感情の分析が、モラル・サイコロジーの手法によって、また哲学史研究としても隆盛を見せている、こうした研究動向を睨みながら、従来の思想史の読み直しがどういった可能かについては、今後の課題でもある。
著者
加藤 泰史 青山 治城 入江 幸男 大橋 容一郎 篠澤 和久 直江 清隆 舟場 保之 別所 良美 松井 佳子 松田 純 宮島 光志 村松 聡 山内 廣隆 山田 秀 高田 純 RIESSLAND Andreas
出版者
南山大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

本研究の研究成果としては、(1)現代価値論の観点から「尊厳」概念を絶対的価値として基礎づけることの可能性と重要性が明らかになったこと、(2)ドイツの「人間の尊厳」理解として義務論的なハーバマスにせよ(人間の尊厳/人間の生命の尊厳)、功利主義的なビルンバッハーにしても(規範的に強い意味での尊厳/規範的に弱い意味での尊厳)、「尊厳」概念は二重構造を持っており、それが一般的に妥当性を持つとして広く受け入れられていること、しかしまた同時に(3)ドイツの「尊厳」理解において身体性を重視する議論が新たに提示され始めており、この点で従来のパラダイムが転換する可能性があること、それに対して(4)日本の「尊厳」概念史がほとんど研究されていないことが判明し、本研究でも研究の一環としてそれに取り組み、一定程度明らかになったが、その根柢には「生命の尊厳」という理解が成立しており、それはきわめて密接に身体性と関連していて、この点で(3)の論点と哲学的に関連づけることが可能であり今後の重要な哲学的課題になること、(5)「人間の尊厳」概念から「人権」概念を基礎づけることの重要性が明らかになったこと、(6)近代ヨーロッパの「尊厳」概念成立に際してヨーロッパの外部からの影響が考えられうることなどを指摘できる。これらの研究成果は、まずは『ドイツ応用倫理学研究』に掲載して公表したが(第2号まで公刊済み)、第一年度の平成19年度以降各年度に開催されたワークショップやシンポジウムの研究発表をもとにして論文集を編纂して差しあたりドイツで公刊予定(たとえば、その内のひとつとして、Gerhard Schonrich/Yasushi Kato (Hgg.), Wurde als Wert, mentis Verlagが編集作業中である)である。そして、これらの論文集の翻訳は日本でも刊行を予定している。また、特に(4)に関しては、加藤/松井がこの研究プロジェクトを代表してドイツのビーレフェルト大学で開催されたワークショップ「尊厳-経験的・文化的・規範的次元」において「Bioethics in modern Japan: The case for “Dignity of life"」というテーマで研究発表した。さらに研究成果の一部は最終年度の平成22年度の終わりにNHK文化センター名古屋教室の協力を得て市民講座「現代倫理・「人間の尊厳」を考える」で江湖に還元することもできた。