著者
加藤 泰史
出版者
日本哲学会
雑誌
哲学 (ISSN:03873358)
巻号頁・発行日
vol.2009, no.60, pp.9-31_L3, 2009 (Released:2010-11-09)
参考文献数
28

Aufgabe dieses Beitrags ist es, die Probleme in Bezug auf die „Armut“ in der sich gegenwärtig vollziehenden Globalisierung über den Bereich der Wirtschaft hinaus umfassend darzustellen und philosophisch zu analysieren. Dazu stellt der vorliegende Beitrag vor allem die folgenden Fragen:1.Wenn die Unterscheidung zwischen einfacher und reflexiver Modernisierung, wie sie z. B. von Beck vertreten wird, übernommen werden kann und wichtige Vorkommnisse in der modernen Gesellschaft auf dem Weg zur reflexiven Modernisierung durch das Konzept der „Individualisierung“ besser charakterisierbar sind, worin bestehen dann die besonderen theoretischen Schwierigkeiten angesichts der gegenwärtigen Armut?2.Wenn die Globalisierung die staatlichen Funktionen zunehmend fragmentiert, welche Rolle spielen dann die Nationalstaaten noch bei der Beseitigung dieser Armut?An dieses Projekt knüpft sich die Hoffnung, die modernen Debatten über „Umverteilung“ (Fraser) und „Anerkennung“ (Honneth) von einer Kantischen Perspektive aus (und ergänzt durch die im Neukantianismus erneut interpretierten kantischen und fichteschen Ansichten) verständlich zu machen, um dadurch die Armut in der Globalisierung umfassend als Verletzungen der Menschenwürde verstehen zu können. Hierbei greift das folgende Kantische Konzept: „Der ursprüngliche Kontrakt“ (Gemeinspruch, AA, VIII, 297) lässt sich als „Institutionalisierung von Institutionen“ oder „Institutionalisierung der Institutionalisierung“ (Schönrich) interpretieren und wiederum lässt sich durch „den öffentlichen Gebrauch der Vernunft“ (Aufklärung, AA, VIII, 38) realisieren, durch den man Verletzungen der Menschenwürde finden und dem „Publikum“ oder der Öffentlichkeit aufzeigen kann.Um die Armut zu bekämpfen, ist diesem Konzept zufolge der Kampf um das Recht durch das Recht bzw. der Kampf um die Institutionen durch eine Institutionalisierung von großer Wichtigkeit. Als problematisch erweisen sich in diesem Punkt Frasers Argumente, da ihnen, wie von Honneth detailliert ausgeführt, die rechtliche Dimension fehlt. Zudem fehlen sowohl in Frasers als auch in Honneths Argumentation entscheidende Einsichten in die Rolle der multinationalen Unternehmen als „Global Players“, die sich in der Globalisierung einerseits außerhalb von staatlichen Kontrollen betätigen, andererseits aber, wie Rosanvallon hervorhebt, dabei tief in die Interessen der Staaten eingreifen. Folglich müssen wir es uns zur Aufgabe machen, eine Theorie zu entwickeln, die für Staaten und Unternehmen zugleich gültig sein kann. In diesem Zusammenhang erweist sich eine Erörterung des Kantischen Konzepts des Weltbürgerrechts als ausgesprochen fruchtbar.
著者
和泉 ちえ 森 一郎 飯田 隆 小手川 正二郎 秋葉 剛史 河野 哲也 笠木 雅史 池田 喬 鈴木 伸国 村上 祐子 大河内 泰樹 佐藤 靜 加藤 泰史 吉原 雅子 小島 優子 菅原 裕輝
出版者
千葉大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

1.男女共同参画推進および若手研究者支援に関して先駆的取り組みを展開している英国哲学会理事のJoe Morrison博士を日本に招聘し,第76回日本哲学会大会ワークショップ「どう変わる!日本哲学会」(2017年5月21日,於・一橋大学)において啓発的な講演と率直な議論を重ねる機会を企画実践した。またMorrison博士によるレクチャーは,千葉大学,東北大学,京都大学においても開催され,幅広い層の研究者たちと共に議論を深めることができた。特に男女共同参画を確実に実践するために英国哲学会が策定した「Good Practice Scheme」について哲学的視点に基づく論拠をMorrison博士を交えて再検討する機会を得たことは有意義であった。日本の哲学分野における男女共同参画および若手研究者支援に関して,今後も英国哲学会と緊密に連絡を取り合いながら積極的に推進する方針が確認された。2.哲学分野で活動する若手研究者を対象に実施した大規模アンケート結果を分析・公表すると共に,諸方策について提言をとりまとめた。3.日本学術会議総合ジェンダー分科会と協力しながら,日本哲学会大会の時機に合わせた人文・社会科学系学協会男女共同推進連絡会の正式発足会合に向けて実質的な貢献を積み重ねた。また日本学術会議公開シンポジウムにおいても哲学分野における男女共同参画推進・若手研究者支援の取り組みについて報告と提案を行った。4.国際会議「ジェンダー研究と哲学史」(於・一橋大学)を共催開催した。5.若手研究者を対象にした査読論文指導ワークショップを開催した(於・立教大学)。6.日本全国の諸大学における哲学分野の専任教員ポストに関して調査を行った。7.日本哲学会の機関誌『哲学』第69号特別企画「ハラスメントとは何か?ー哲学・倫理学からのアプローチ」を取りまとめ諸論点を提起した。
著者
杉田 正樹 竹内 整一 加藤 尚武 沖田 行司 香川 知晶 篠澤 和久 直江 清隆 菅野 孝彦 小山 嚴也 加藤 泰史 井上 厚史 田中 智彦 九鬼 一人
出版者
関東学院大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

明治以降、今日にいたる日本の起業家たち、具体的には、渋澤栄一、大原孫三郎、武藤山治、波多野鶴吉、から、現代の稲盛和夫(京セラ)、中村俊郎(中村ブレイス)、大山健太郎(アイリスオーヤマ)、小倉昌男(ヤマト運輸)、大山康夫(日本理科学工業)などについて、インタビューなどを含めて、かれらの公益志向を作り出した、気概、精神、背景にある倫理思想を明らかにした。これは、伝統思想である、儒教や神道、仏教に解消できない、独自の思想であることがあきらかとなった。
著者
舟場 保之 寺田 俊郎 小野原 雅夫 加藤 泰史 大越 愛子 松井 佳子 牧野 英二 舟場 保之 大橋 容一郎 御子柴 善之
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

2001年9月11日のいわゆるテロ事件が印象づけた国際社会の諸問題に、カント哲学やヘーゲル哲学のみならず、法哲学やジェンダー論、宗教学、教育学、環境論といった最も広い意味における哲学の立場から応答することを試みた「<9.11>を多角的に考える哲学フォーラム」における議論を発展・継承させ、その後いっそう緊張を強めた状況の中でグローバル・コミュニティが必要とする倫理、すなわちグローバル・エシックスを構築するうえで基盤となる理論的な研究を行った。研究に際して、テロリズムと暴力、正義と法、戦争と平和、人権とジェンダー、地球環境、多元主義と教育といった問題群をテーマ化し、一般に開かれた形で研究会を運営・開催しながら、公共空間における哲学的思考のあり方を模索すると同時に、公共空間そのものの創出を実現した。それは、カントが『啓蒙とは何か』のなかで主張したような、個々人がそれぞれの社会的な身分からは独立した「学者としての」「公共的な理性使用による異議申し立て」を行えるような公共圏そのものであり、言葉の力のみを頼りとする参加者たちが対等の立場で議論し合う空間であった。ここにおいて、具体的には、哲学の伝統がこれまで積み重ねてきた議論(たとえば、カントの永遠平和論やバトラーのジェンダー論など)を思想的な資源として活用しつつ、これらに哲学的反省を加えながら、その他の学問分野の専門家や市民とのコミュニケーションのなかで対話的・反省的思考を重ねることによって、グローバル・エシックスを形成するためにクリアしておかなければならない諸問題の所在を明確なものとし、グローバル・エシックス構築のための理論的基盤を明らかにすることができた。
著者
加藤 泰史 青山 治城 入江 幸男 大橋 容一郎 篠澤 和久 直江 清隆 舟場 保之 別所 良美 松井 佳子 松田 純 宮島 光志 村松 聡 山内 廣隆 山田 秀 高田 純 RIESSLAND Andreas
出版者
南山大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

本研究の研究成果としては、(1)現代価値論の観点から「尊厳」概念を絶対的価値として基礎づけることの可能性と重要性が明らかになったこと、(2)ドイツの「人間の尊厳」理解として義務論的なハーバマスにせよ(人間の尊厳/人間の生命の尊厳)、功利主義的なビルンバッハーにしても(規範的に強い意味での尊厳/規範的に弱い意味での尊厳)、「尊厳」概念は二重構造を持っており、それが一般的に妥当性を持つとして広く受け入れられていること、しかしまた同時に(3)ドイツの「尊厳」理解において身体性を重視する議論が新たに提示され始めており、この点で従来のパラダイムが転換する可能性があること、それに対して(4)日本の「尊厳」概念史がほとんど研究されていないことが判明し、本研究でも研究の一環としてそれに取り組み、一定程度明らかになったが、その根柢には「生命の尊厳」という理解が成立しており、それはきわめて密接に身体性と関連していて、この点で(3)の論点と哲学的に関連づけることが可能であり今後の重要な哲学的課題になること、(5)「人間の尊厳」概念から「人権」概念を基礎づけることの重要性が明らかになったこと、(6)近代ヨーロッパの「尊厳」概念成立に際してヨーロッパの外部からの影響が考えられうることなどを指摘できる。これらの研究成果は、まずは『ドイツ応用倫理学研究』に掲載して公表したが(第2号まで公刊済み)、第一年度の平成19年度以降各年度に開催されたワークショップやシンポジウムの研究発表をもとにして論文集を編纂して差しあたりドイツで公刊予定(たとえば、その内のひとつとして、Gerhard Schonrich/Yasushi Kato (Hgg.), Wurde als Wert, mentis Verlagが編集作業中である)である。そして、これらの論文集の翻訳は日本でも刊行を予定している。また、特に(4)に関しては、加藤/松井がこの研究プロジェクトを代表してドイツのビーレフェルト大学で開催されたワークショップ「尊厳-経験的・文化的・規範的次元」において「Bioethics in modern Japan: The case for “Dignity of life"」というテーマで研究発表した。さらに研究成果の一部は最終年度の平成22年度の終わりにNHK文化センター名古屋教室の協力を得て市民講座「現代倫理・「人間の尊厳」を考える」で江湖に還元することもできた。