著者
押川 正毅 戸塚 圭介 山中 雅則
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.10, pp.814-819, 1999-10-05
参考文献数
34

磁性体において磁化を磁場の関数としてプロットしたものは磁化曲線と呼ばれる. その名のとおり, 磁化は飽和するまで磁場の増加とともに滑らかに増加するのが通常である. しかし最近, 磁化曲線の途中にプラトーと呼ばれる平坦な領域が出現し, プラトーにおける磁化が特定の値に量子化される現象が注目されている. 何故プラトーが出現し, そこで磁化が量子化されるのか, 主に一次元の系について理論面から解説する.
著者
星文彦 山中 雅智 高橋 光彦 高橋 正明 福田 修 和田 龍彦
出版者
公益社団法人日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.43-48, 1992
被引用文献数
16

椅子からの立ち上がり動作の運動学的解析を行い, 各筋群の機能的役割を考察した。計測方法:ビデオ, 床反力計, 表面筋電図, 及び殿部の離床を記録するためのマットスイッチ(自作)を用いて椅子からの立ち上がり動作を記録した。またビデオ, 床反力計, 表面筋電図は自作のトリガー発信器を用い同期記録した。分析結果:床反力は, 動作開始直後下降, その後急上昇し, 姿勢及び重心位置の変化を忠実に反映していると思われた。またその時の筋活動から立ち上がり動作開始時に体幹を前傾させることと重心位置を前下方へ移動させる原動力となっている筋群として縫工筋, 大腿直筋さらに前脛骨筋が重要な役割を果たしていると考えられた。
著者
西村 公伸 山中 雅喜 吉村 彦一郎
出版者
一般社団法人電子情報通信学会
雑誌
電子情報通信学会技術研究報告. EA, 応用音響 (ISSN:09135685)
巻号頁・発行日
vol.104, no.454, pp.31-36, 2004-11-18
被引用文献数
4

オーディオ再生音による音像表現や音質は、再生装置を構成する種々の音響機器・コード類さらに信号源となるCDやD/A変換などで生じるジッタの影響など種種雑多な要因により、高度な音響情報・感性情報が失われ、録音時の音源や周囲状況の再現力が大き変化することが報告されている。本報告は、こうした報告の再確認となる面もあるが、部屋の吸音状況、スピーカの振動処理方法、信号伝送ケーブルの差異など、音響システムの改善に用いられている手法のいくつかに焦点を当て、物理的特性の変化と聴取実験との比較により、音像表現の変化や音質の変化の傾向について、実験的に調べている。特に、標準ステレオ再生において、3次元的な音像定位に影響する要因について実験的に確認している。
著者
山中 雅子
出版者
鈴鹿大学
雑誌
鈴鹿国際大学紀要Campana (ISSN:13428802)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.121-137, 2005-03-20

文致6(1823)年8月上旬に蜂起した「桑名藩文政一揆」は、藩主の国替により以前より開講していた助成講の講掛金返還をめぐる事件である。この事件を複数の史料から構築したのが当考察である。各史料が異なった立場から記されていることに着目し、一揆の背景から終息、事後処理をまとめたものである。桑名藩は助成講という講を開いていたが、文政6年幕府から武蔵国忍へと国替を命じられた。講に加入していた農民らは在方の講加入を勧めた役人らに講掛金の返還を要求したが、埓があかず訴願のため城下の役所へ詰めかけた。城下へ詰めかける農民が増長したため、藩では農民らと交渉の用意をしながら一揆の蜂起に備えた。8月6日から7日にかけて打壊しが始まり、一揆へと化した。農民らは武装し近隣村々の庄屋宅を襲撃した。このとき一揆鎮静に導いたのは、本願寺御坊輪番の寺僧・笠松役所及び桑名藩郡奉行らの説諭であった。町屋川原で農民の訴願を聞届ける旨を約束したため一揆は解体するが、一方領主側に召捕らえられた農民に因果を含めて開放し一揆を鎮めるという手段も模索された。一揆終焉後、国替は無事完了し入封してきた松平越中守家と、かつての領分の一部を忍領として残し国替となった松平下総守家との立会によって一揆に関わる吟味が行われた。そして、3名が死罪となる。また、笠松役所によって「聞届」を約束された要求の多くは叶えられなかった。領主側は「聞届」と「聞済」の語意の違いをもって農民らの要求は叶えたと主張する。が、農民らは異議を唱えることなく一件は落着した。以上の動きを複数の史料から紹介したものである。
著者
山中 雅也 奥村 徳夫 園原 史訓 小西 滋 杉本 博行 梶川 真樹
出版者
一般社団法人 日本消化器外科学会
雑誌
日本消化器外科学会雑誌 (ISSN:03869768)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.722-727, 2019-12-01 (Released:2019-12-28)
参考文献数
22

症例は18歳の男性で,突然の左肩痛と背部痛,腹痛を主訴に当院を受診した.腹部造影CTで,脾腫,脾周囲の血腫および遅延相での造影剤の血管外漏出像を認め脾破裂と診断した.循環動態は安定していたために保存的治療とした.また,顎下リンパ節の腫脹,疼痛があり,血液検査で単球の上昇,EB virus抗体VCA-IgM陽性,異型リンパ球の出現などを認め,伝染性単核球症による脾破裂と診断した.以後,再出血することなく軽快し21病日に退院した.脾臓は免疫において重要な臓器であり,若年者では脾破裂の場合も可能なかぎり温存することが望まれる.伝染性単核球症による脾腫が原因となって生じた脾破裂に対して,保存的治療で脾臓を温存することができた症例を経験したので報告する.
著者
星 文彦 山中 雅智 高橋 光彦 高橋 正明 福田 修 和田 龍彦
出版者
一般社団法人日本理学療法学会連合
雑誌
理学療法学 (ISSN:02893770)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.43-48, 1992-01-10 (Released:2018-10-25)
被引用文献数
17

椅子からの立ち上がり動作の運動学的解析を行い,各筋群の機能的役割を考察した。計測方法 : ビデオ,床反力計,表面筋電図,及び殿部の離床を記録するためのマットスイッチ(自作)を用いて椅子からの立ち上がり動作を記録した。またビデオ,床反力計,表面筋電図は自作のトリガー発信器を用い同期記録した。分析結果 : 床反力は,動作開始直後下降,その後急上昇し,姿勢及び重心位置の変化を忠実に反映していると思われた。またその時の筋活動から立ち上がり動作開始時に体幹を前傾させることと重心位置を前下方へ移動させる原動力となっている筋群として縫工筋,大腿直筋さらに前脛骨筋が重要な役割を果たしていると考えられた。
著者
矢来 博司 小林 知勝 森下 遊 山田 晋也 三浦 優司 和田 弘人 仲井 博之 山中 雅之 攪上 泰亮 上芝 晴香
出版者
一般社団法人 日本写真測量学会
雑誌
写真測量とリモートセンシング
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.6-11, 2016
被引用文献数
2

噴火に伴う被害の軽減のためには,火山活動のモニタリングが重要である。近年,地殻変動の空間分布を詳細に把握できる利点から,SARを搭載する「だいち2号」の活用が期待されている。この「だいち2号」の干渉SARにより,箱根山や桜島などで火山活動の活発化に伴う地殻変動が捉えられた。箱根山では大涌谷で地殻変動が検出され,継続的な観測により変動の推移が捉えられた。桜島では,捉えられた地殻変動から昭和火口の直下へのマグマ貫入が推定された。これらの情報は火山噴火予知連絡会などに報告され,評価に活用されている。
著者
山中 雅之
出版者
広島大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

超新星爆発は一般的に、爆発後数週間の明るい時期が「光球期」と言われ、この時期に観測を行うと膨張大気のより外層について制限を与えることができる。Ia型超新星においては、極大絶対光度と減光速度に強い相関関係が認められ、一様な観測的特徴を示すことで知られている。このような特性を用いて、宇遠方超新星の観測から宇宙膨張は加速しているという重大な研究成果が得られている。しかしながら、爆発メカニズムや爆発する元の天体については決着がついておらず、その正体に制限を与えるような観測的研究が期待される。初年度は、広島大学宇宙科学センター付属東広島天文台にてかなた望遠鏡を用いて超新星の明るい初期に時間的に密な観測を実行した。本年度においては、爆発から200日以降の最大高度より100倍暗いフェーズにおける大口径望遠鏡を用いた観測研究を遂行した。このような爆発からおよそ一年経過した時期においては、超新星の膨張大気は光学的に薄くなり、噴出物質全体を見通した観測が可能となる。すなわち、爆発構造の最内層構造について幾何学的・物理学的に制限を与えることが可能である。私は国立天文台所有8.2m「すばる」望遠鏡での公募観測における観測提案を行い、2010年4月と2011年5月に超新星の非常に暗い状態での観測に成功した。対象となった超新星は、広島大学かなた望遠鏡、県立ぐんま天文台1.5m望遠鏡などを用いて初期に集中的に観測を行った極めて明るいIa型超新星「SN 2009dc」である。SN 2009dcは極大光度がIa型超新星としては異常に明るく、減光速度も遅く、またスペクトルにおいて炭素の吸収線が卓越した特異な超新星であることが明らかになっていた(Yamanaka et al.2009,ApJ,707L,118)。すばる望遠鏡の観測においては、このような描像に加え超新星の内部構造において、予期されぬ減光と本来外側に分布するはずのカルシウムが鉄より内側に分布していることを明らかにした。このような発見は特異なIa型超新星に強い制限を与える観測結果であり、現在論文を準備中である。
著者
山中 雅子
出版者
鈴鹿大学
雑誌
鈴鹿国際大学紀要Campana (ISSN:13428802)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.47-60, 2004-03-20

南町奉行矢部駿河守定謙は北町奉行遠山左衛門尉景元とならび天保改革に携わった江戸町奉行であったが、間もなく町奉行を罷免され、桑名藩預けという重い処罰を受けることになった。その直接的な原因は、天保七(一八三六)年江戸市中御救米取扱掛買付不正事件の筋違い調査、町奉行就任後の調査放棄、刃傷事件の事実隠蔽、吟味中の供述態度・行動を問われたものである。しかし、彼を失脚に向けた事件は、天保改革推進者水野忠邦との市中政策をめぐる対立、天保一一(一八四〇)年に発令された三方領知替を再審に持込み水野との確執を深めたこと、あるいは、幕閣で大塩平八郎の理解者であったはずの矢部だが、その大塩の告発対象者であったことなどが失脚の一因ともされている。罪人として、江戸桑名藩邸から伊勢国桑名へ移送された矢部定謙は、桑名城吉之丸御用屋敷内御囲座敷で御預人としての一生を終える。桑名博物館に所蔵されている「桑名藩矢部駿河守預り関係史料」と題される史料は、矢部の桑名到着直前と死去後の二回にわたり作成されたものを書き写して纏めた可能性が強い史料である。この史料からは、矢部定謙が憤死をしたと伝えられる事柄からほど遠い記録が残されている。史料内容は、矢部が佐屋(現愛知県海部郡佐屋町)から桑名へ船で移送され御囲座敷へ入ったであろう経路、矢部死去後に作成された生前の御囲座敷における制限や日常生活、また、矢部の持病が悪化して死去にいたる経過、矢部死去後の公儀検使に対するマニュアルが記録されている。また、矢部定謙の死去が一般に流布されているような憤死によるものかどうか、史料から読みとることはできない。しかし、この史料から窺われるのは、御囲座敷の生活が逃亡・自刃防止のための警備のなか罪人として制限され監視を受ける日常であり、持病との闘いであったこと、また、御懸医師の口書が彼の最期を知る手がかりとなろうことである。御預人矢部定謙の最期の、そのほんの部分を「桑名藩矢部駿河守預り関係史料」によって紹介したいと思う。