- 著者
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瀬能 宏
松浦 啓一
篠原 現人
- 出版者
- 国立科学博物館
- 雑誌
- 国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
- 巻号頁・発行日
- vol.41, pp.389-542, 2006
- 被引用文献数
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相模灘産魚類の研究は,1900年代初頭にアメリカのジョルダンとその弟子たちによって本格化し,分類群ごとに論文がまとめられ,同時に多数の新種が記載された.その後,田中茂穂とその弟子の冨山一郎や阿部宗明など,日本人研究者によって多くの魚類が相模灘から報告され,研究材料の一部に相模灘産魚類が使用された.近年では相模灘の各地で地域魚類相の研究も盛んに行われているが,長い研究史とは裏腹に,相模灘の魚類が包括的に目録化されたことは一度もなかった.そこで本研究では,主要文献と標本に魚類写真資料データベース(KPM-NR)に登録された画像資料も加え,相模灘産魚類の全体像の把握を試みた.その結果,出現した魚類の総数は45目249科1517種に達した.科別種数の構成比をみると,ハゼ科(7.1%)が最も多く,ベラ科(5.7%)ハタ科(4.5%),フサカサゴ科(3.5%)スズメダイ科(2.8%),チョウチョウウオ科(2.3%),アジ科(2.1%),テンジクダイ科(2.1%)と続くが,その他の241科はすべて2%未満であった.魚類相の分析は,種多様性が高く,相互に同じ質での比較が可能な沿岸性魚類について行った.比較を行った地点は相模灘や屋久島,八丈島を含む南日本の6地点,琉球列島の5地点,および小笠原諸島の12地点である: 1)相模灘, 2)大瀬崎(駿河湾), 3)串本(紀伊半島), 4)神集島(四国), 5)屋久島, 6)沖縄島, 7)伊江島, 8)宮古諸島, 9)石垣島, 10)西表島11)八丈島,および12)小笠原諸島.これらの地点全体で記録された沿岸性魚類について,地点ごとに出現すれば1,出現しなければ0としてコード化し,クラスター分析を行った.その際,生物の分散を妨げる障壁の存在は非出現という共通性にも意味を持たせるとの観点から,距離尺度には単純一致係数を用い,要約手法としてはUPGMAを採用した.その結果,上記12地点の沿岸魚類相は琉球列島とその他の地域に大別され,相模灘は大瀬崎のものと高い類似性を示した.また,串本,柏島,屋久島および八丈島も互いに高い類似性を示した.相模灘と大瀬崎,串本ほか3地点は,西村三郎によって提案された暖温帯区と亜熱帯区にそれぞれ一致し,西村の仮説を支持したが,小笠原諸島については同じ熱帯区の琉球列島ではなく,南日本との類似性を示した.琉球列島とその他地域の非類似性は,トカラ海峡を安定して横断する黒潮が障壁として機能し,南日本から琉球列島への温帯性魚類の分散を妨げていることが原因と考えられた.また,小笠原諸島と南日本の類似性は,伊豆諸島を横断する黒潮の位置が南北に振れることにより,両地域間でファウナの交換が起こりやすくなっていることが原因と推察された.黒潮は生物の分散に寄与すると同時に,障壁として機能する可能性があることが本研究により示された.