著者
福井 淳
出版者
一般社団法人 日本透析医学会
雑誌
日本透析医学会雑誌 (ISSN:13403451)
巻号頁・発行日
vol.53, no.5, pp.243-249, 2020 (Released:2020-05-28)
参考文献数
19

【目的】HD患者では亜鉛欠乏が懸念されているため, HDと亜鉛濃度の関係, 亜鉛補充の有効性や安全性に関して後ろ向きに検討した. 【対象と方法】HD患者143例のうち, 亜鉛値が80μg/dL未満患者61例に, 酢酸亜鉛水和物含有製剤 (ZA) を服用させ, 血清亜鉛値および銅値, 血清Hb値, Ht値, Alb値, 1週間あたりのエポエチンα換算ESA投与量を測定した. 【結果】HD患者132例は血清亜鉛値80μg/dL未満で亜鉛欠乏を示した. ZA投与により, 血清亜鉛値, Hb値, Ht値およびAlb値が有意に増加し, ESA投与量およびERIが有意に減少した. 亜鉛欠乏による食欲不振や味覚異常の自覚症状が改善した. 【結語】ZAによる亜鉛補充療法は, Hbや赤血球数が増加し, ESA投与量の減少およびERIを改善したことから, HDにおける選択すべき治療法になり得る. この療法には, 亜鉛値と銅値をモニタリングする必要性があると考えられた.
著者
福井淳 編
出版者
明善堂
巻号頁・発行日
vol.上, 1886
著者
福井淳 編
出版者
長尾佐太郎
巻号頁・発行日
1884
著者
石川 日出志 七海 雅人 中野 泰 佐藤 信 平川 新 平川 南 千田 嘉博 川島 秀一 浅野 久枝 竹井 英文 八木 光則 安達 訓仁 宇部 則保 菅野 智則 斉藤 慶吏 佐藤 剛 菅原 弘樹 高橋 憲太郎 千葉 剛史 福井 淳一 室野 秀文 小谷 竜介 辻本 侑生 藤野 哲寛
出版者
明治大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

気仙地域は、海・陸域の複合生態系が豊富な資源を生み出し、縄文時代から現代までそれらを活用した人類営為が展開した。本研究は、当地域の歴史文化を歴史・考古・民俗学の手法で研究し、地域の方々と行政に提供する。これは甚大な東日本大震災被害から復興する当地域の方々を支援する取組でもある。調査は多岐に亙る。考古学では、古代・中世の漁撈関係遺物・集落遺跡データの集成、被災地域石碑の所在調査、中世塚・板碑群調査、中世城館群の縄張図作成等。歴史学では、中世遺跡群と文献史料との比較、熊谷家近世文書群の調査、大島正隆論文の公開等。民俗学では横田・小友地区で民俗慣行の調査と実施。3か年市民向け報告会を開催した。
著者
福井淳 著
出版者
与民社
巻号頁・発行日
1888
著者
福井 淳一 井上 健太郎 向出 裕美 尾崎 岳 道浦 拓 徳原 克治 岩本 慈能 坂井田 紀子 植村 芳子 權 雅憲
出版者
一般社団法人 日本消化器外科学会
雑誌
日本消化器外科学会雑誌 (ISSN:03869768)
巻号頁・発行日
vol.47, no.4, pp.223-229, 2014-04-01 (Released:2014-04-12)
参考文献数
10

症例は65歳の女性で,下血を主訴に前医受診し高度貧血を認めた.上部・下部内視鏡にても原因不明の消化管出血に対し,造影CTを施行し小腸に強い造影効果を伴う腫瘤を認めた.当院にて小腸カプセル内視鏡およびダブルバルーン小腸内視鏡を施行し,下部空腸に20 mm大のびらん・delleを伴う粘膜下腫瘍様の腫瘤を認めた.消化管出血を伴う空腸gastrointestinal stromal tumorと診断し腹腔鏡補助下小腸部分切除術を施行した.病理組織学的検査所見および免疫組織化学検査所見では中間悪性型の小腸glomus腫瘍であった.消化管原発glomus腫瘍は比較的まれで,そのほとんどが胃原発である.小腸glomus腫瘍は本邦では報告がなく英文報告でも2例しか報告されていない,極めてまれな疾患である.
著者
表 摩耶 脇本 裕 亀井 秀剛 浮田 祐司 原田 佳世子 福井 淳史 田中 宏幸 柴原 浩章
出版者
近畿産科婦人科学会
雑誌
産婦の進歩 (ISSN:03708446)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.134-142, 2018

<p>慢性早剥羊水過少症候群(chronic abruption oligohydramnios sequence;CAOS)は,一般に周産期予後は不良で初回出血の週数が早いほど予後が悪いとされている.今回,われわれは異なる経過をたどり,CAOSの予後規定因子について示唆に富む2症例を経験したので報告する.症例1は妊娠14週4日より性器出血と絨毛膜下血腫(sub-chorionic hematoma;SCH)を認め,妊娠23週4日に腹痛と多量の性器出血により当院に救急搬送され入院管理となった.入院後も性器出血は持続し,妊娠24週1日で羊水過少を認めCAOSと診断した.妊娠31週6日に陣痛が発来し経腟分娩となり健児を得た.胎盤病理は絨毛膜羊膜炎(chorioamnionitis;CAM)を認めなかった.症例2は妊娠15週4日に性器出血を認め当院に受診し,SCHを認めた.妊娠16週1日より持続する性器出血と子宮収縮を認め入院管理とした.同時期より羊水過少を認めCAOSと診断した.妊娠21週3日より子宮内胎児発育停止を認め,妊娠24週1日で子宮内胎児死亡となり,妊娠24週6日に経腟分娩した.胎盤病理はCAM III度であった.2例の経過を比較すると,CAOSにおいてもCAMという炎症の長期持続が児の予後不良因子であった可能性が示唆された.SCHに羊水過少を認めた場合はCAOSを念頭に,児の関連合併症に注目するとNICU併設の高次医療機関での周産期管理が推奨できる.〔産婦の進歩70(2):134-142, 2018(平成30年5月)〕</p>
著者
福井 淳
出版者
慶應義塾福澤研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.22, pp.103-131, 2005

特集・交詢社創立百二十五年交詢社は「互二知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」ことを目的として、一八八○ (明治一三)年一月二五日に結成された日本初の社交クラブである。しかし、折しも自由民権運動の高揚期であり、結成直後に『朝野新聞』が「府下にて政談を為す嚶鳴社交詢社…」(二月七日付雑報)と報じたように、当初から自由民権運動の一翼を担うとの世評があった。実際、三田演説会などを生んだ福沢諭吉が最高位の役員たる常議員議長に就いて陣頭指揮し、常議員にも藤田茂吉・矢野文雄・箕浦勝人ら民権家として鐸々たる門下生たちが並ぶ姿は、福沢的民権諭を実践する運動体とみなされてもいたしかたがない側面があった。福沢は、結成間もない二月九日の芝青松寺の小会で、政談が盛んなこの時期ゆえ交詢社を「政談会社ト思フモノモアラン」とか、= 種ノ政党ト誤認スルモ計リ難シ」と危惧する演説を行い(『交詢雑誌』第四号、八○年三月五日付、「小会記事」)、その後八二年四月二二日の明治会堂での第三回交詢大会でも「政党ハ政党ナリ交詢社ハ交詢社ナリ」とその違いを強調する演説を行って、世評を強く否定している(『交詢雑誌』第八二号、八二年五月五日付、「福沢諭吉君演説ノ記」)。ただし、そうはいっても、福沢も「筍モ社員タル人物ニシテ政治ノ思想ナキモノアランヤ」として、社外での「時ト処ト法トヲ誤ルナキ」関与は当然のこととして奨励した(『交詢雑誌』第三七号、八一年二月五日付、紀年会「演説」)。事実、交詢社副規則は、毎年の大会、年四回の小会において「政事二関スル問題ヲ議決スルコトヲ得ズ」と公的な会合での政談を禁じる(第二章第一九款) 一方で、交詢社社則は、「重要ノ時事二付疑問アル社員」による「演説討論」の催しを常議員長の許可によって認める(第五条第八節)こと、すなわち政治的な「演説討論ノ私会」(第五条第九節)の開催を許したのである。さらに「知識ヲ交換シ世務ヲ諮詢スル」回路として機関誌『交詢雑誌』を発刊し、「各社員本誌発出ノ旨趣ヲ了シ文学、法律、政治、経済、商買、工芸、農業、其他何事二限ラス其聞見スル所其講明スル所ヲ記シテ本局二送」るよう、政治も含めての情報や質問を全国の社員たちに促し(『交詢雑誌』第一号、八○ 年二月五日付、「緒言」)、また同誌に政論を掲げた。このように、交詢社はもちろん公然たる政治結社ではなかったが、社公認の私的会合で政談を許し、全国の政治的情報等は求め、発信する、いわば政治を内包する社交クラブ、というべきものであった。この複雑な構造が、結成当時から交詢社と自由民権運動の関係を分かりにくくさせてきた原因であったといえよう。さて、交詢社と民権運動の関係について言及した研究は「私擬憲法案」を扱ったものを中心に決して少なくないが、まとまった研究としては、発展する愛国社路線に「悼さすため」に創立され、その方向で全国的組織活動を進めたとする後藤靖氏の研究や民権期「交詢社員名簿」の作成があるにすぎない。また、交詢社編集・発行の『交詢社百年史』(一九八三年) は数少ない史料を駆使した労作ではあるが、通史である限界から民権運動に関する掘り下げは十分ではない。このように、交詢社と自由民権運動の関係についての研究はきわめて乏しいといわざるをえない。そこで本稿は、交詢社と民権運動の関係についての多くの明らかにすべき課題から、今後の研究の基礎となる問題をいくつか選択し、それらを努めて実証的に検討することを目的とする。史料としては『交詢雑誌』を中心に、時期と地域は結成された一八八○ 年から八二年にかけての草創期の東京での活動に絞り、当該テーマに迫ろうというものである。
著者
福井淳 編
出版者
岡本仙助
巻号頁・発行日
1886
著者
安本 亮二 浅川 正純 福井 淳一 和田 誠次 岸本 武利 前川 正信
出版者
社団法人日本泌尿器科学会
雑誌
日本泌尿器科學會雜誌 (ISSN:00215287)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.16-22, 1992-01-20

実験的膀胱癌誘発剤であるN-butyl-N-(4-hydroxybutyl) nitrosamine (以下BBN) の0.025%水溶液をラットに経口投与し, 投与5週目からラットinterferon-α (以下IFN-α) を0.1m1 (5×105units/kg/ml) 筋肉内注射し, 以後発癌に至るまでの膀胱の肉眼的変化と病理組織学的変化及びNatural Killer活性 (以下NK活性) の変化を経時的に検討した.1) BBN+IFN-α群の膀胱重量は, 膀胱粘膜に肥厚や血管増生などの肉眼的変化を認めるBBN投与10〜14週の時期 (A期) ではBBN群の膀胱重量と差は見られなかったが, 腫瘍が観察されるBBN投与15〜19週 (B期), 及び20〜30週 (C期) では, 前者重量は後者重量に比べて有意に小さかった.2) A期, C期における発癌率はBBN+IFN-α群の方がBBN群より低かった.3) B期, C期における膀胱癌の悪性度及び浸潤度は, BBN+IFN-α群の方がBBN群に比べて低かった.4) NK活性はA期では両群間に差は見られなかったが, B期ではBBN+IFN-α群の方がBBN群に比べて上昇していた.5) 以上の結果より, IFN-αはBBN誘発ラット膀胱癌の実験系において発癌過程から抗腫瘍的に作用していることが想定された.