- 著者
-
藤川 賢
- 出版者
- 環境社会学会
- 雑誌
- 環境社会学研究
- 巻号頁・発行日
- no.18, pp.45-59, 2012-11-20
本稿では,公害に関する被害構造論の知見をいかして,福島第一原子力発電所の事故をめぐる今後の被害拡大とその予防の可能性を考察する。被害構造論では,加害構造ともむすびついた被害の潜在化を指摘しているが,福島原発事故においても,健康被害と派生的被害の両方で潜在化の恐れがある。それについて,被害構造に関する先行研究と,福島県内でのヒアリング結果を照らしながら,被害と加害の関係を論じている。そのなかで,とくに社会的な視点から重要なのは,福島原発事故をめぐる避難がさまざまな関係性を分断していると同時に,それが自分自身の選択の結果として受け止められる傾向である。それによって,苦渋の選択を迫られてジレンマにおちいる人もいれば,物理的な分断に関連して地域の信頼関係が崩れる場合もある。こうした点は,原子力施設の立地や存廃問題が,地域内での対立をもたらしながら,立地地域が施設の存続を希望するかのような状況をつくりだしてきたことと深くかかわっている。原発事故の被害地域や原発立地地域の人たちは,ベックが個人化論に関して指摘したのと似た不本意な選択を強いられている。今後,被害者の孤立や問題の風化を防ぐためには,選択の強要を受けること自体が被害であることを社会全体が認識して,加害側の構造を見直し,それを是正するための社会的責任を明確にする必要がある。