著者
高川 晋一 西廣 淳 上杉 龍士 後藤 章 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.109-117, 2009-05-30

絶滅のおそれのある水生植物アサザ(Nymphoides peltata)の個体群を土壌シードバンクから再生させるための事業が、霞ヶ浦(茨城県)において、国土交通省により行われた。本論文では、この事業の概要と、連動して実施した研究の成果について報告する。事業では、アサザの発芽・定着適地の条件を、生理生態学的特性と過去の湖岸環境に関する知見に基づき「春先の季節的水位低下で湖岸に露出する裸地的条件」と予測した上で、そのような条件を含む場の整備が行われた。その結果として、工事を実施した2002年に267個体の実生を定着させることに成功した。しかし、定着した実生は陸生型にとどまり、2002・2003年の生育期を通して浮葉型としての栄養成長は認められなかった。そこで、一部の実生を採取し、栽培条件下で過去の霞ヶ浦に存在した水位変動の条件を再現して育成し、2004年に湖に再導入した。その結果、少なくとも10ジェネットが定着し、導入から3年後にはその浮葉は合計488m^2の範囲に広がり、開花、種子生産、およびそれに由来すると推測される湖岸での発芽も確認された。これらの取り組みを通じて、「春先に水位が低下し、その後に上昇する」という、かつての季節的水位変動パターンを回復することが、自立的に存続可能な個体群の再生にとって重要であることが検証された。
著者
西廣 淳
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2003

霞ヶ浦を主なフィールドとした平成16年度までの研究により、湖岸や湖底の土砂中には、現在地上植生から消失した種も含めて多様な水生植物の土壌シードバンク(埋土種子集団)が残存していることが明らかにされた。また、湖岸植生帯を構成する植物種の多くが自然の水位変動に適応した発芽戦略をもつが現在の人為的な水位管理条件下では種子からの更新の機会が大幅に抑制されていることが示された。平成17年度は、これまでに明らかにされた湖岸の植物の発芽特性、特に発芽季節と発芽や実生定着に対する冠水の影響に関する知見を活用し、湖沼の水位管理のパターンに対する湖岸の植物の発芽・定着適地(発芽セーフサイト)の動態を予測するモデルを構築し、予測・検討を行った。この研究では、先行研究の結果を踏まえ、湖岸の植物の発芽セーフサイトの定着条件を定義し、この条件をみたす場所の面積を、霞ヶ浦をモデル湖沼として湖岸の微地形(国土交通省による横断測量調査結果を活用)のデータと湖の水位データ(国土交通省による日平均水位記録を活用)から算出した。その結果、霞ヶ浦の場合では、現在の「管理目標水位」(水門による水位管理の目標とする水位で、長期を対象にした場合の平均値と一致)を現在よりも10cm上昇させると湖岸の植物のセーフサイトは50%程度まで減少すること、15cm低下させると2倍程度に増加することなどが予測された。水生・湿地生植物の発芽に対する水文環境の重要性は多くの研究からも示されているが、具体的な湖沼管理のプランが湖岸の植物に及ぼす影響を定量的に予測した研究はほとんど存在しない。植物の発芽・定着特性、湖岸地形、水位から植物のセーフサイトを予測する本モデルは、霞ヶ浦以外の湖沼でも適用が可能であると考えられる。
著者
赤堀 由佳 高木 俊 西廣 淳 鏡味 麻衣子
出版者
日本陸水学会
雑誌
陸水学雑誌 (ISSN:00215104)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.155-166, 2015-12-10 (Released:2017-05-30)
参考文献数
31
被引用文献数
4

近年国内の浅い富栄養湖のいくつかでヒシ属植物の増加が報告されている。本研究では,オニビシの繁茂が水質に与える影響を明らかにするために,印旛沼においてオニビシが繁茂する地点(オニビシ帯)としない地点(開放水面)の水質を比較した。繁茂期(7月から9月)のオニビシ帯は,開放水面に比べ溶存酸素濃度および濁度が有意に低かった。溶存酸素濃度の低下は夜間と底層で顕著であり,無酸素状態になることもあった。濁度はオニビシが繁茂している時期にオニビシ帯の表層と底層両方で低くなった。オニビシ帯では,浮葉が水面を覆うことにより,水の流動は減少し,遮光により水中での光合成量は低下するため,溶存酸素濃度や濁度が低くなったと考えられる。栄養塩濃度に関してはいずれもオニビシ帯と開放水面の間で有意な差は認められなかったが,8月と9月に,アンモニア態窒素濃度が高くなった。オニビシの枯死分解に伴い無機態窒素が放出されるとともに,貧酸素により底泥から溶出した可能性がある。一方,オニビシが繁茂しない時期には,地点間でこれらの水質項目に明瞭な差は見られなかった。栄養塩濃度の差は,地点間の差よりもむしろ季節による差のほうが顕著で,オニビシ帯と開放水面共に,7月から9月は全リン濃度が高く,それ以外の時期は亜硝酸態窒素及び硝酸態窒素濃度が高かった。印旛沼では,このような栄養塩濃度の季節変動は毎年確認されており,栄養塩濃度の季節変動に与える複数の効果に比べオニビシの効果は小さいと考えられる。
著者
久城 圭 林 紀男 西廣 淳
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 = Ecology and civil engineering (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.141-147, 2009-12-30
参考文献数
22
被引用文献数
1 2

印旛沼の湖岸には,1960年代に湖底から浚渫された土砂を用いて造成された「高水敷」が存在する.この高水敷の土砂中に,現在の印旛沼の地上植生からは消失した沈水・浮葉植物の散布体バンクが存在している可能性について検証するとともに,散布体バンクからの個体を定着・成長させ種子生産させることでこれらの植物の保全に寄与することを目的として,高水敷に浅い池を造成する事業が千葉県により実施された.造成された6つの池のうち2つでは,絶滅危惧種であるガシャモク,シャジクモ,オトメフラスコモを含む8種の沈水・浮葉植物が確認された.沈水植物が出現した池では多数の種子が新たに生産されていることも確認され,この事業が散布体バンクの保全にも寄与したことが示された.しかし,4つの池では水生植物は確認されず,散布体バンクの分布には空間的な偏りがあることが示唆された.
著者
柚木 秀雄 高村 典子 西廣 淳 中村 圭吾
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.99-111, 2003
参考文献数
52
被引用文献数
4

霞ケ浦では沈水植物群落がほぼ完全に消失しているものの, 胡底の底泥中には沈水植物を含む散布体バンク(propagule bank)が残されていることが確認されている. 本研究では, 散布体バンクを活用して湖岸植生帯を再生する自然再生事業の実施箇所の一つである高浜入り「石川地区」において4基の隔離水界を設置し魚を排除するバイオマニピュレーションを行うことにより隔離水界内に散布体バンクから沈水植物が再生するかどうかを調べた. 隔離水界内では設置して2週間後に枝角類動物プランクトンの密度が11あたり500個体以上に増加し, クロロフィルa量が減少した. そして光の透適量が増加した. 隔離水界を設置して1.5ケ月後に枝角類動物プランクトン密度は減少しバイオマニピュレーションの効果はなくなったが, 隔離水界内には沈水植物のササバモ, クロモ, コカナダモ, オオカナダモと浮葉植物のビシが出現した. 沈水植物が消失した湖沼における小規模な再生の方法として, 散布体バンクの活用と魚類を排除する隔離水界の設置が有効であることが示唆された.
著者
野副 健司 西廣 淳 ホーテス シュテファン 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.281-290, 2010-11-30
参考文献数
27
被引用文献数
3

植物種の多様性が高く19種の絶滅危惧植物の生育地でもある「妙岐の鼻湿原」(茨城県霞ヶ浦湖岸)では、1990年代後半からカモノハシが優占する植生域の縮小がめだつ。株立ちに伴い他の植物の生育適地となりうる微高地を形成する性質を持つカモノハシは、植物種多様性の指標として有効であるという仮説のもと、植生と環境条件の調査を行った。約52haの湿原内を相観によりカサスゲ優占域、地表面に蘚類を伴うカモノハシ優占域(以下、カモノハシ優占域[蘚類あり])、地表面に蘚類を欠くカモノハシ優占域(以下、カモノハシ優占域[蘚類なし])に分け、それぞれに1m^2のコドラートを32〜39個設置して植生を比較した。在来植物種密度は、カモノハシ優占域[蘚類あり]、カモノハシ優占域[蘚類なし]、カサスゲ優占域の順に有意に高かった。また絶滅危惧種密度も、カモノハシ優占域[蘚類あり]において他の植生域よりも有意に高かった。踏査により絶滅危惧植物の分布を調べたところ、4種の絶滅危惧植物の分布がカモノハシ優占域[蘚類あり]に有意に偏っていることが判明した。カモノハシ優占域[蘚類あり]内において、ミクロサイトスケール(0.2×0.2m^2)でのカモノハシ株元に発達する微高地の有無と植物種の分布の関係を解析したところ、微高地を含むミクロサイトではそうでないミクロサイトに比べて有意に種密度が高いことが示された。カモノハシ優占域は、他の植生域と比べ、植生上層の優占種であるヨシの被度と草丈は有意に低く、植生下層部および地表面付近の光利用性が高く、過去11年間における草刈りあるいは火入れによる人為攪乱の頻度が高いという特徴を有していた。以上のことから、妙岐の鼻湿原における植物の種多様性の指標としてのカモノハシの有効性が示唆された。カモノハシ優占域の縮小化は、妙岐の鼻湿原における植物種多様性の低下や一部の絶滅危惧種の消失につながることが危惧される。
著者
松田 裕之 矢原 徹一 竹門 康弘 波田 善夫 長谷川 眞理子 日鷹 一雅 ホーテス シュテファン 角野 康郎 鎌田 麿人 神田 房行 加藤 真 國井 秀伸 向井 宏 村上 興正 中越 信和 中村 太士 中根 周歩 西廣 美穂 西廣 淳 佐藤 利幸 嶋田 正和 塩坂 比奈子 高村 典子 田村 典子 立川 賢一 椿 宜高 津田 智 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.63-75, 2005-06-30
被引用文献数
20

【自然再生事業の対象】自然再生事業にあたっては, 可能な限り, 生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである. 1生物種と生育, 生息場所 2群集構造と種間関係 3生態系の機能 4生態系の繋がり 5人と自然との持続的なかかわり 【基本認識の明確化】自然再生事業を計画するにあたっては, 具体的な事業に着手する前に, 以下の項目についてよく検討し, 基本認識を共有すべきである. 6生物相と生態系の現状を科学的に把握し, 事業の必要性を検討する 7放置したときの将来を予測し, 事業の根拠を吟味する 8時間的, 空間的な広がりや風土を考慮して, 保全, 再生すべき生態系の姿を明らかにする 9自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 【自然再生事業を進めるうえでの原則】自然再生事業を進めるうえでは, 以下の諸原則を遵守すべきである. 10地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 11種の多様性を保全する(種多様性保全の原則) 12種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 13自然の回復力を活かし, 人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 14事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 15伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 16目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則) 【順応的管理の指針】自然再生事業においては, 不確実性に対処するため, 以下の順応的管理などの手法を活用すべきである. 17事業の透明性を確保し, 第3者による評価を行う 18不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる 19将来成否が評価できる具体的な目標を定める 20将来予測の不確実性の程度を示す 21管理計画に用いた仮説をモニタリングで検証し, 状態変化に応じて方策を変える 22用いた仮説の誤りが判明した場合, 中止を含めて速やかに是正する 【合意形成と連携の指針】自然再生事業は, 以下のような手続きと体制によって進めるべきである. 23科学者が適切な役割を果たす 24自然再生事業を担う次世代を育てる 25地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き, 合意をはかる 26より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる