著者
池田 直也 内田 愼爾 井上 宏
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.77-89, 1999-06-25
被引用文献数
1

バイトプレート上における咬合接触状態の変化が,開閉口運動と開閉口筋活動に及ぼす影響を観察するため,下顎両側臼歯部歯列を覆う実験用バイトプレートを作製し,上顎臼歯部の左右機能咬頭を8点接触させるよう調節した(AL).この状態からバイトプレート上の咬合接触点を7__-6__-5__-∣5__-6__-7__-,7__-6__-∣6__-7__-,6__-∣6__-,6__-∣接触と変化させていき,各接触状態でopen-close-clench cycleを行わせた.この時の外側翼突筋下頭(Lpt),顎二腹筋削腹(Dig),咬筋(Mm)からの筋電図を,MKG下顎切歯点運動とともに記録し,下顎運動とEMGの時間的要素,筋活動要素,開閉口経路,閉口時終末顎位の分析から,次のような結果を得た. Cycle time,各筋のdurationおよびintervalは,おおむね咬合接触の減少とともに短縮した.平均開口加速度はAL接触から6__-∣6__-接触まで有意に増加したが,6__-∣接触で再び低下した.変異係数(CV)の観察では,cycle timeのCV値には接触点の変化による変動が見られなかった.durationのCV値は,開口筋,MmともにALでは低い値を示し,接触点が変わると変動したが,その傾向は筋間で異なった.積分値は開口筋,Mmとも接触点の減少により低下する傾向を示した.開閉口経路は,接触点の変化により変化しなかった.切歯点の閉口時終末点平均値は,接触点の変化によって,左右,前後方向とも有意に変動しなかったが,そのばらつきを示す標準偏差(SD)は,6__-∣接触時に他の接触条件に比べて左右方向で有意に増大した. 以上の結果より,AL接触は開閉口リズムは遅いものの規則性に優れており,接触点の減少によって開閉口運動に要するエネルギーは少なくなり,開閉口速度は速くなるがリズム性は乱れる可能性が示唆された.特に片側性の接触では,リズムばかりでなく,終末顎位にも影響を及ぼすことが示された.
著者
上田 善弘
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.g15-g16, 1995-08-25

根管充填用シーラー(シーラーと略)には緊密な根管封鎖性と高い組織親和性が求められる. さらに, 根尖孔を硬組織で封鎖させる作用を有することが理想的とされている. 最近, リン酸カルシウムの硬組織誘導能と高い組織親和性が注目され, リン酸カルシウムを主成分とする新しいシーラーの研究, 開発が進められている. 今回, α-リン酸三カルシウム(α-TCP)とクエン酸/タンニン酸溶液を主な成分とする2種類と, リン酸四カルシウム・リン酸水素カルシウム等モル混合物(TeDCPD)と低濃度クエン酸溶液からなる1種類のシーラーを試作した. そして, これらの物性と組織刺激性を検索し, 臨床応用の可能性を検討したのでその結果を報告する. 実験材料および方法 試作シーラー-1 (NS-1)の粉剤は70% α-TCP/30% TiO_4で, 液剤は35%クエン酸/5%タンニン酸溶液, 試作シーラー-2 (NS-2)の粉剤は85% α-TCP/15% BaSO_4で液剤は35%クエン酸/5%タンニン酸溶液である. また, 試料シーラー-3 (NS-3)の成分はTeDCPDと増粘剤および防腐剤を含む2.1%クエン酸溶液である. 対照には市販の酸化亜鉛ユージノール系シーラー(ZOE)とリン酸カルシウム系シーラー(ARS)を用いた. 試料シーラー練和後のpH, 硬化時間, 崩壊率を測定して物性を検討するとともに, エックス線回折(XRD)による硬化体内反応物の同定を行った. また, 根管を拡大・形成(#70)したヒト抜去上顎中切歯40歯に各シーラーをレンツロで根管に填入し, 一部を液体窒素中で凍結, 割断し根管壁とシーラーの界面および硬化後のシーラー内部の観察のために走査型電子顕微鏡(SEM)の検索に供し, 残りは墨汁に浸漬したあとに根管封鎖性試験に用いた. さらに, 試作シーラーの組織刺激性試験を Sprague Dawleyラット背部皮下組織と根尖歯周組織で行った. すなわち, 30匹のラット背部皮下に各シーラーを埋入した1および4週後の, また, 別の75匹のラットで下顎左右側第一臼歯根管の抜髄と根管拡大・形成(#25)を行い, 各シーラーを充填した. その後, 1, 2, 3, 4および5週後の組織反応について, それぞれ通法に従って作製した6μmの連続切片(ヘマトキシリン・エオジン染色)にて病理組織学的に検索した. 結果・考察 液剤が練和後のpHに強く影響し, NS-1, NS-2およびARSは酸性を示し, NS-3のみが中性域にあった. また, 根管封鎖性は試作シーラー, なかでもNS-3が有意に優れていた. 硬化時間はすべてのシーラーで有意差が認められ, NS-2の硬化が最も早く, ARSが最も遅かった. 崩壊率はNS-1とNS-2は3%を超え, ARSも約3%であったが, NS-3は約0.9%で優れた結果を示した. TiO_2やBaSO_4の添加が硬化時間の遅延および崩壊率の増加に関係すると思われる. 練和後14時間のXRDでは, NS-1とNS-2にハイドロキシアパタイト(HAp)が検出されず, α-TCPとTiO_2あるいはBaSO_4が検出されたのみであった. NS-3では低結晶性がHApがおもに検出された. SEMでの観察の結果, NS-1とNS-2には貫通性の小孔が存在し, NS-3には板状と塊状の粒子で満たされた小孔が存在した. XRDとSEMの結果から, NS-3の優れた封鎖性が確認された. 組織刺激性はNS-2が最も強く, 高い酸性度とBaSO_4の影響が示唆される結果が得られた. 結論 1. NS-1は強い酸性を示したが組織刺激性は緩徐で, 新規シーラーとして応用できる可能性が認められた. 2. NS-2は強い組織刺激性を示し, 新規シーラーとして不適当であると結論された. 3. NS-3は凝結硬化するために初期にマクロファージ系細胞を誘導するが, 優れた生体親和性を有することが確認された. さらに, NS-3は崩壊率が小さく, pHも中性域にあることから, 新規シーラーとして有望であると判断された.
著者
上り口 晃成 井上 宏 森本 兼曩
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.48-54, 2003-03-25
参考文献数
27
被引用文献数
7

本研究の目的は,唾液を非侵襲的に採取し,そのコルチゾール濃度を分析することで,歯科処置によるストレス反応に治療内容の詳細な説明と来院の繰り返しが与える影響を検討することにある.被検者は,専門的な医学的知識をもたない者を対象に本研究の主旨を説明し,実験協力の同意を得たボランティア18名(男性16名,女性2名,平均年齢20.3歳)を用いた.実験手順として,まず被検者を診療室に入室させ,実験の説明を行い,同意を再確認した.説明群には実験器具をすべて見せながら詳細な手順を説日し,非説明には実験の概略のみを説明した.次に,SpielbergerのSTATE-TRAIT ANXIETY INVENTORY(以後STAIとする)および不安に関するVisual Analogue Scale(以後VASとする)を記入させた.そして水平位にて歯科処置を行い,唾液を採取し,再度VAS、STAIを記録した.歯科処置として,□腔内診査,上顎中切歯部歯肉への浸潤麻酔,下顎歯列の超音波スケーリング,上顎のアルジネートによる印象採得を順に行った.統計解析の結果,コルチゾール濃度のCV値は,非説明群が説明群と比べて有意に高い値を示した.また,非説明群において第1日目のCV値が高<,第2日目にかけて減少する傾向がみられた.STAIの状態不安スコアに関しては開始時が終了時よリ,また第1日目が第2日目より有意に高い値を示した.不安に開するVAS値は説明の有無と来院回数間に交互作用がみられ,非説明群において第1日目が第2日目よリも有意に高い不安VAS値を示した.さらに,不安に関するVAS値と疼痛に関するVAS値はともに同一処置への来院の繰り返しによって低下することが示された.以上の結果から、歯科処置によって生じるストレス反応は,来院回数によって慣れが生じて減少するとともに,ストレスの軽減には詳細な処置内容の説明が有効であることが明らかとなった.
著者
井上 博
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.62-63, 2000-06-25

歯周炎などの炎症歯周組織には, リンパ球をはじめとする免疫担当細胞の浸潤が認められることにより, 局所的免疫反応が歯周疾患発症の要因であると考えられる.NK細胞は, CD16を介した抗体依存性細胞傷害活性を発揮し, また, IL-2刺激に応じて活性化や増殖を行うことにより, 炎症病変の形成と進展に関与していると考えられる.NK細胞による標的細胞の認識は, 非自己認識(標的細胞)による活性化シグナルと, 自己認識による抑制性シグナルとの微妙なバランスのよって決定されていると考えられる.したがって, 両者の調節機構を明らかにするためには, NK細胞上の各レセプターのシグナル伝達経路を明らかにする必要がある.今回私は, NK細胞活性化におけるCD2とIL-2を介したシグナル伝達経路を解析し, 両刺激による細胞増殖への協調効果との関連について検討した.実験材料および方法 1)ヒトIL-2依存性NK様細胞株, NK3.3細胞を2nMのリコンビナントIL-2添加RPMI1640培地で継代培養した.2)NK細胞を各種抗体を固相化したプレートに播種し, IL-2存在下に37℃, 5%CO_2条件下で72時間培養した.細胞増殖能は, WST-1溶液(20μL / well)をプレートに加え37C, 5%CO_2下で3時間呈色反応させ, プレートリーダーを用いて波長405nm(対照波長:630nm)で測定した.3)NK細胞を各種抗体で処理後, polystyrene beadsに固相化した二次抗体を用いて, IL-2の存在下あるいは非存在下で架橋刺激後, 細胞溶解液で可溶化した.抗Syk, 抗Shc, 抗Cbl, 抗Grb2抗体でそれぞれ免疫沈降を行い, SDS-PAGEによる電気泳動後, ナイロン膜上に転写した.ナイロン膜を抗チロシンリン酸化抗体で処理し, ECLシステムを用いてレントゲンフィルムに感光させチロシンリン酸化バンドを検出した.4)前述の様に細胞刺激後可溶化し, GST-Grb2 fusionタンパクを加え4℃で2時間反応させ細胞溶解液上清中のGrb2とGST-Grb2 fusionタンパクとを結合させたのち, 抗GST抗体で免疫沈降した後, 前述の方法でチロシンリン酸化バンドを検出した.結果および考察 1)NK細胞の増殖活性は, 固相化抗CD2抗体による架橋刺激とIL-2との協調刺激により, IL-2単独時に比べ有意に増加した.2)CD2架橋刺激によりSykの強いチロシンリン酸化が誘導されたが, IL-2やIL-12刺激では認められなかった.3)Shcのチロシンリン酸化はCD2架橋刺激およびIL-2両者により誘導されたが, Cblのチロシンリン酸化はおもにCD2架橋刺激により増強した.4)CblとGrb2との結合は, 刺激の如何に関らずGrb2のN末端側SH3ドメインを介して認められた.一方, ShcとGrb2との結合はGrb2のSH2ドメインを介して起こっており, CD2架橋刺激およびIL-2依存性に認められた.IL-2とCD2の協調効果により, NK細胞の増殖活性が亢進した機序は, 1)IL-2刺激によるLckの活性化とCD2刺激によるSykの活性化が協調してShcのチロシンリン酸化を増強し, Grb2との結合を介してRasを活性化した可能性, 2)IL-2によるShc-Grb2のシグナル経路とCD2によるCbl-Grb2のシグナル経路とが協調し, Rasを活性化した可能性が考えられる.これらのシグナル伝達機構やその相互作用についてはまだ不明な点が多く, 今後さらに分子レベルでの解析が進められ歯周病の発症機構が解明されることにより, 有効な治療法の開発に至るものと考える.
著者
藤井 孝政 柏木 宏介 川添 堯彬
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.92-98, 2005-03-25
被引用文献数
2

本研究では, 繊維強化コンポジット(FRC)を応用したメタルフリーブリッジの強度の向上を目指し, FRCの形態がブリッジの曲げ強さに及ぼす影響について検討した.実験材料として, FRC(BR-100, KURARAY MEDICAL)とハイブリッド型レジン(ESTENIA, KURARAY MEDICAL)を用いた.臼歯部3ユニットブリッジの支台歯を想定した金型を印象採得し, 超硬石膏にて作業用模型を製作した.作業用模型に透明シリコンの型枠を装着し, FRCとハイブリッド型レジンを填入してブリッジを製作し, 実験試料とした.FRC(厚さ1mm, 長さ28mm)の形態は, 幅3mm(F3)および幅6mm(F6)のそれぞれを, 平板状にしたもの(Straight)およびポンティック部で曲げたもの(Bent)の4種類に設定した.また, 参考としてハイブリッド型レジン単体の実験試料を用意した.実験試料はそれぞれ5個ずつ, 計25個製作した.実験試料を室温, 空気中で24時間保存し, 接着性レジンセメントを用いて金型に接着した.万能試験機を用いてポンティック中央部に荷重を加え, 破折時の最大荷重値を曲げ強さとして求めた.統計学的解析はFRCの幅および形態を要因とする二元配置分散分析を用いた.統計学的有意水準を1%に設定した.分散分析の結果, FRCの幅および形態に有意差が認められた.曲げ強さはF6 Bentが最も大きく, 以下F6 Straight, F3 Bent, F3 Straight, およびハイブリッド型レジン単体の順となり, FRCの幅を3mmから6mmにすること, およびポンティック部でFRCを曲げることによって, それぞれ約400Nの強度の向上が認められた.以上の結果から, FRCをブリッジへ応用する際には, FRCの幅を大きくすること, およびFRCをポンティック部で曲げることが望ましいことが明らかとなった.
著者
土居 正英 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.189-204, 1995-06-25
被引用文献数
4

著者らは, Prevotella intermedia (P. intermedia) strain E18に強い赤血球凝集活性を見いだし, 凝集因子を分離精製している. P. intermedia strain E18の継代培養でしばしば黒色色素を産生しないコロニーがみられるので, 本実験では, これらの黒色色素非産生コロニーを分離し, 黒色色素産生株との性状を比較検討した. その結果, P. intermedia strain E18, 3株の黒色色素非産生株(strain E1801, E1802, E1803)およびtype strainであるP. intermedia ATCC 25611は, API ZYM systemでそれぞれ alkaline phosphatase, acid phosphatase, phosphoamidase および α-glucosidase 活性を示した. SDS-PAGEによる可溶性タンパク泳動パターンはいずれの菌株とも類似していた. また, P. intermedia strain E18と黒色色素非産生株は菌体表層に線毛構造がみられず, 両者の間に形態学的な相違は認められなかった. 赤血球凝集性は, 対照としたP. intermedia ATCC 25611では8AUであったのに対して, P. intermedia strain E18と黒色色素非産生株はともに32AUであった. 試験したすべての培養菌液と P. intermedia strain E18を硫安分画で濃縮し, ショ糖密度勾配遠心で得た vesicle画分である fraction B と C に対する抗fraction B および抗fraction C抗血清との間には共通する二本の沈降線が認められた. また, fraction Aを Arginine-agarose とゲル濾過でさらに精製し, SDS-PACEで約25kDaのバンドを示す赤血球凝集因子に対する抗血清と各培養菌液とを反応させた場合も共通する一本の沈降線が認められた. P. intermedia strain E18および3株の黒色色素非産生株はいずれもβ-lactamase, DNase, lecithinase および lipaseを産生した. パルスフィールド電気泳動では, P. intermedia strain E18, 黒色色素非産生株とも2,200kb と 750kb付近に二本のバンドが認められ, chromosomal DNAに相違は認められなかった. 以上の結果から, 黒色色素非産生株は P. intermedia strain E18由来の変異株であると考えられる.
著者
山脇 裕 川本 達雄
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.53-63, 1996-03-25
被引用文献数
7

矯正歯科臨床においてパラクルバーは舌の機能力を上顎大臼歯に伝達し, 上顎大臼歯の垂直的な矯正力に対するコントロールを行うことを目的として用いられる場合がある. 嚥下時に舌によりパラクルバーを介して上顎第一大臼歯に伝達される垂直力の大きさ, および特性を明確にすることを目的として本研究を行った. 被験者は正常咬合を有する22名で, 平均年齢は22.3歳であった. 測定装置はカンチレバー式ストレインゲージトランスデューサーを用いた口腔内センサー, ひずみ測定用直流増幅器およびオシログラフよりなる. 口腔内センサーは左側第一大臼歯の矯正バンドに設置した. パラクルバーはゴシュガリアンクイプとした. パラクルバーの右側脚部は大臼歯バンドに固定し, 左側脚部は遊離端として口腔内センサーに連結した. 測定条件は37で, 5mlの水の嚥下時, 意識下での唾液の嚥下時および180mlの水の嚥下時とした. 測定は波形, 力の大きさ, 持続時間および力の時間積分について行った. 測定の結果, 波形は二相性を示した. 5mlの水の嚥下時の垂直力の平均値は743.3g, 持続時間の平均値は1.30sec, 時間積分の平均値は396.2g・secであった. 唾液嚥下時の垂直力の平均値は816.0g, 持続時間の平均値は1.63sec, 時間積分の平均値は628.2g・secであった. 180mlの水の嚥下時の垂直力の平均値は925.2g, 持続時間の平均値は10.37sec, 時間積分の平均値は2,792.4g・secであった. 嚥下頻度に関する研究の結果より, パラクルバーに嚥下時に力が付加される頻度は非常に高いことが推測される. また, 本研究において得られた付加される垂直力の大きさおよび持続時間より考えパラクルバーは矯正歯科臨床において上顎大臼歯の垂直的コントロールに効果があることが示唆された.
著者
森 直樹 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.139-150, 2006-12-25
被引用文献数
6

細菌が菌体外多糖(exopolysaccharide: EPS)を産生し,バイオフィルムを形成すると,たとえ弱毒菌であっても難治性感染症を惹起し得ることが近年の研究で明らかとなっている.我々はこれまでに,歯周病原細菌の1つであるPrevotella intermedia (P. intermedia)のなかに,EPSを産生してバイオフィルム様構造をもつものが存在すること,EPSを産生するP. intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,EPSを産生しない株と比較すると100〜1,000倍強いことを報告してきた.EPS産生性はP. intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,その産生調節に関わる遺伝子は未だ不明である.本研究では,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,EPSを産生するP. intermedia strain 17と,strain 17のvariantで,EPS産生性を失ったstrain 17-2を用いて,両菌株の病原性と遺伝子発現の差について検討した.マウスにおける膿瘍形成試験の結果,strain 17の膿瘍形成能はEPSを産生しないstrain17-2と比べ,約100倍強いことが明らかとなった.ヒト好中球を用いた貪食試験により,strain 17は好中球の貪食に対して抵抗性を有することが確認された.Strain 17の全ゲノム配列をもとにマイクロアレイを作製し,strain 17が菌体周囲に網目状構造物の産生を開始する培養12時間頃の遺伝子発現を,これを産生しないstrain 17-2と比較した.その結果,strain 17において21遺伝子が2〜4倍発現上昇していた.機能の特定が可能であった遺伝子としては,熱ショックタンパクである10 kDa chaperonin, 60 kDa chaperonin, DnaJ, DnaK, CIpB遺伝子が含まれていた.また,膜輸送に関わるABC transporter遺伝子の1つであるATP結合タンパク遺伝子も発現上昇していた.以上の結果から,EPS産生性はP. intermediaの病原性に強く関わっており,その産生に熱ショックタンパクとABC transporter関連遺伝子が介在することが示唆された.
著者
酒匂 潤 覚道 健治 白数 力也
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.160-168, 1999-09-25
被引用文献数
1

慢性関節リウマチ(以下RAと略す)のモデル動物であるMRL/lpr/lprマウスの顎関節について組織学的に,そしてMMP-3とTIMP-2の局在を免疫組織化学的に観察した.MMP-3は32週齢でパンヌスと思われる増殖滑膜組織および変形した表層関節軟骨の細胞周囲で強陽性であった.さらに滑膜および変形した下顎骨軟骨においてMMP-3陽性でTIMP-2陰性の部位も認められた.このことは局所的にMMPとTIMPのバランスが崩壊していると考えられた.関節円板は成長発育の時期においては最菲薄部でMMP-3が強陽性であったが,週齢を重ねるにつれ軟骨様細胞においても陽性像がみられるようになった.骨は全週齢を通して陰性であった.以上の結果からRAに罹患した顎関節におけるMMP-3の産生部位は滑膜,関節円板および関節軟骨であることが示唆される.
著者
原 佳代子 小野 圭昭 権田 悦通
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.271-282, 2001-09-25

本研究は, 下顎骨弓幅径変化を計測し, 同時に切歯部と顆頭部の下顎運動との関係を分析することによって, 下顎の基本運動時における下顎骨弓幅径の経時的変化ならびに顆頭運動と下顎骨弓幅径変化との関連を明らかにすることを目的とした.被験者は顎口腔系の機能に異常を認めない25〜28歳の男性5名とした.下顎骨弓幅径の計測はLinear Variable Differential Transformer(LVDT)用い, 下顎運動(切歯点と顆頭点)の計測には6自由度顎運動計測器ナソヘキサグラフを用いた. 被験運動は, 開口運動, 前方運動, 側方運動とし, 被験者それぞれに可能な顎位まで運動を行わせた後, それぞれの最大移動顎位において下顎を保持させた.その結果, 以下の結論を得た.1.下顎骨弓幅径は各運動時に減少し, 最大減少量は, 前方運動時333.73±96.25μm, 開口運動時295.25±52.92μm, 側方運動時77.04±33.31μmであり, それぞれに有意な差が認められた.2.すべての運動において下顎骨弓幅径減少量は顆頭点の移動量増加に伴い有意に上昇した.3.すべての運動において顆頭点移動量に伴う下顎骨弓幅径の経時的変化に往路と復路間に差はなかった.4.顆頭点移動量に伴う下顎骨弓幅径変化は, 運動の種類によって異なり, 顆頭点の同一移動量における下顎骨弓幅径減少量は, 前方運動, 開口運動, 側方運動の順に大きかった.以上のことから, 各運動内においては下顎骨弓幅径減少量は顆頭点移動量と密接な関係を持つが, その経時的変化は運動の種類によって影響を受けることが明らかとなった.
著者
松浦 修 山中 武志 福島 久典
出版者
大阪歯科学会
雑誌
歯科医学 (ISSN:00306150)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.141-150, 2007-06-25

我々はこれまでに臨床分離のPrevotella intermedia(P.intermedia)のなかに,菌体外多糖(exopoly-saccharide:EPS)を多量に産生して単独でバイオフィルムを形成する株が存在することを明らかにしてきた.また,バイオフィルムを形成するP.intermediaのマウスにおける膿瘍形成誘導能は,非形成株と比較すると100〜1,000倍強いことや,EPS産生に関わる遺伝子発現についても報告してきた.EPS産生性獲得に伴うバイオフィルム形成性は,口腔常在菌であるP.intermediaの病原性を決定する重要な因子であると考えられるが,膿瘍形成誘導との直接的な繋がりについてはいまだ不明である.そこで今回,当研究室で辺縁性歯周炎病巣より分離した,P.intermedia strain OD 1-16よリ分離精製したEPSを用いて,これがヒト貪食細胞に与える影響について検討を試みた.貪食試験には,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞と直径2.0μmのラテックスビーズを用いた.オプソニン化したラテックスビーズを0.5〜2.0mg/mL濃度のEPSでコートし,HP-1細胞の貪食に与える影響を透過型電子顕微鏡にて観察した.THP-1細胞をEPSコート/非コ一トラテックスビーズと共培養したのち,RNAを回収し,純度を確認後,マイクロアレイにアプライし,遺伝子発現の差を検討した.精製したEPSでコートしたラテックスビーズを走査型電子顕微鏡観察し,OD 1-16のバイオフィルムに特徴的な菌体間の網目状構造がラテックスビーズ間にも再現されることを確認した.これをTHP-1細胞に貪食させたところ,EPSが濃度依存的にラテックスビーズの細胞内への取り込みを抑制することが明らかとなった.EPSによる貪食抑制を受けたTHP-1細胞と,活発にビーズを貪食した細胞の遺伝子発現をマイクロアレイ解析したところ,EPSによる貪食抑制を受けた細胞の約140遺伝子で2倍以上の発現上昇がみられた.今回の研究結果より,バイオフィルムを形成するP.intermedia由来のEPSが,ヒト単球系細胞であるTHP-1細胞の異物認識後の捕食を障害し,その遺伝子発現にも影響を与えることが明らかとなった.これらのことから,バイオフィルム形成細菌のEPS産生性は貪食細胞に対する抵抗因子として働き,さらには宿主細胞の動態に影響を与えることで組織侵襲性に関与していることが示唆された.