著者
佐藤 田實
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.211-215, 2002-05-20
参考文献数
18
被引用文献数
2 1

治療に際し処方の効きが鈍いとき,少量の附子を加えると効果を著しく高めた。これは附子と薬との相乗効果の結果と思った。その解明のため自験例と古典の記載を分析し考察を加えた。第1例は22歳女性の紅斑性狼瘡で小柴胡湯合当帰芍薬散に附子1gを追加し6週間で紅斑が消えた。第2例は25歳女性のニキビで当帰芍薬散+補中益気湯に附子末1gを追加して8週間でニキビが治った。第3例は44歳男性で慢性微熱に補中益気湯に附子末2gを加えて6週間で治癒した。附子はどんな症状に効果的なのか。3症例には冷えは認めずむしろ熱のある例も含まれた。また症状はまちまちで一定の傾向がなかった。そこで症例を増せば大凡の傾向が出るものか,古典の附子加味の例を集め分析した。すると症状は陰陽虚実,気血水で見ても,自験例と同様に,様々であった。この結果を説明するに,多様な症状に応じ附子に各の効能を想定すると,多数の効能が必要となりそれは不自然である。そこで附子は,分量が少なくそれ目体の効果は少ないが,組む相手薬の効能を高めると仮定すると,説明し易いことを示した。以上の議論を集約し,附子の働きには薬への感受性を高める間接効果即ち相乗効果と,四逆湯のような熱薬としての直接効果との,2通りの様式があることを述べた。最後に附子加味の臨床に有用な事柄を古典をもとに纏めた。
著者
藤永 洋 萬谷 直樹 喜多 敏明 柴原 直利 寺澤 捷年
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.267-273, 1999-09-20
被引用文献数
1

激しい腹痛発作を繰り返すガス症状優位型の過敏性腸症候群に対して、『医学統旨』の柴胡疎肝湯が著効した一例を経験した。 患者は31歳男性。1994年11月より2〜3ヶ月ごとに激しい腹痛発作と腹部膨満感を訴え、近医へ救急受診を繰り返していた。これまでに3回入院して精査を受けたが器質的異常は認められなかった。腹痛発作に腹部膨満感などのガス症状を主に伴うことよりガス症状優位型の過敏性腸症候群と診断した。また、腹部単純X線写真で左結腸脾彎曲部に著名なガス像を認めたことから脾彎曲部症候群が疑われた。1996年6月より当科外来で『医学統旨』の柴胡疎肝湯を開始したところ、その後症状は出現しなくなった。さらに感情不安定や立ちくらみ、皮膚症状なども軽快した。 柴胡疎肝湯の目標は四逆散証で気鬱の病態が強いことであり、ガス症状優位型の過敏性腸症候群に対して有効な処方であることが示唆された。
著者
矢野 博美 田原 英一 田中 祐子 村上 純滋 前田 ひろみ 伊藤 ゆい 吉永 亮 上田 晃三 土倉 潤一郎 井上 博喜 犬塚 央 三潴 忠道
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.99-106, 2015 (Released:2015-08-12)
参考文献数
10

54歳女性。左大腿ヘルニアが,整復不可能となり,外科で1ヵ月後に左大腿ヘルニア根治術を受けたが,イレウスのため入退院を2度繰り返した。小腸壁の浮腫はあるが,諸検査で器質的な閉塞機転を認めなかった。しかし腹痛が持続するため,当科に転科した。腹痛のために食事が摂れず47kg から37.5kg まで減少したので中心静脈栄養管理を行った。陣痛のような激しい腹痛により額に冷汗を認め,倦怠感のため臥床がちであった。皮膚は枯燥し,脈候は浮,大,弱,濇であった。腹候は腹力弱で,下腹部優位の腹直筋緊張を認め,腹壁から腸の蠕動が観察された。附子粳米湯で治療を開始したが無効で,腸管の蠕動が腹壁から見えることから大建中湯,皮膚枯燥と腹直筋の緊張を認めることから当帰建中湯の証があると考え,中建中湯加当帰に転方したところ,転方5日目から腹痛は消失した。大腿ヘルニア術後の偽性腸閉塞症に漢方治療が有効で試験開腹を免れた。
著者
渥美 聡孝 上原 直子 河崎 亮一 大塚 功 垣内 信子
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.155-164, 2015 (Released:2015-08-12)
参考文献数
15
被引用文献数
2

漢方薬は医師の7割以上が日常的に処方しており,日本の医療の中で重要な要素となっているが,薬学の分野における漢方教育は確立の途上である。薬学生の漢方に対する認識を把握し,卒後も自主学習できる実践的な漢方教育のあり方を考えるため,本学薬学生を対象にアンケート調査を行った。その結果,漢方に関心のある学生は80.8%,大学で漢方を勉強する価値があると答えた学生は91.1%であり,学生は漢方に対して高い関心を持っていた。しかし漢方を「患者に紹介する自信はない(60.2%)」という,関心の高さに反して漢方の知識が身についていないことも明らかとなった。自由回答からは,1~4年までは生薬に実際に触れる体験型の講義を,5~6年生は症例検討会や西洋薬との薬物相互作用などの臨床に関する講義を希望していることが明らかとなった。変化する学生の興味を認識し,授業を行うことで,学生の学習意欲を向上させることができると考えられた。
著者
谷川 久彦 遠田 裕政 岡本 洋明 森山 健三
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.91-94, 1986
被引用文献数
3 1

酸棗仁湯が嗜眠傾向に対して有効であった1症例につき報告した。患者は52歳の主婦で体格は小さく痩せており, いつも身体が疲れていて, 夜は十分眠れるのに昼間もなお眠く感じ, ともすれば横になり眠ってしまうような嗜眠傾向の状態であった。腹力はやや軟で臍上に動悸と臍傍に圧痛点を認めた。<br>初め, 当帰芍薬散料加附子と酸棗仁湯を交互に服用させたが, 後には, 酸棗仁湯を主として, 当帰芍薬散を兼用とした。約2ヵ月余で, 嗜眠傾向は全く改善された。<br>すでに報告した酸棗仁湯で有効な不眠症の2症例をも考慮してみると, 酸棗仁湯は不眠にも嗜眠にも有効であることが確かめられた。また, 不眠や嗜眠に対して, 酸棗仁を妙る妙らないは必ずしも関係なく, むしろその成分が煎液によく出ることが必要なのではないかと思われる。
著者
伊東 俊夫
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.42, no.3, pp.349-352, 1992
被引用文献数
6

副腎皮質ホルモン剤投与中に柴苓湯を併用したところ, 血清補体値が正常化し, 副腎皮質ホルモン剤の減量が可能になったSLEの症例を経験した。21歳, 女性。平成2年5月より全身倦怠感, 食欲低下, 発熱, 多発性関節痛, 皮疹が出現, 入院。水着の露出部にほぼ一致して皮疹あり。軽度の貧血とリンパ球数の減少, 軽度蛋白尿陽性, 軽度の肝機能障害を認めた。抗核抗体, LE細胞, LEテストの陽性, 抗DNA抗体の増加, 血清補体C3値の低下を認めた。lupus band test 陽性。SLEと診断し, プレドニゾロン30mg投与を開始。解熱, 関節痛, 皮疹消失。血清補体値の正常化, 抗核抗体, 抗DNA抗体の低下を認めた。プレドニゾロンを漸減したところ, 血清補体C3値の低下を示し, 柴苓湯を併用したところ, 血清補体C3値が正常化したので, さらに漸減可能になった。SLEの治療において, 副腎皮質ホルモン剤の効果が不十分な場合や減量の際に柴苓湯の併用を考慮されるべきと思われる。
著者
上辻 章二 山村 学 權 雅憲 奥田 益司 山道 啓吾 山本 政勝
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.211-214, 1991
被引用文献数
1

正常ラットに閉塞性黄疸を作製し, 胆汁うっ滞型肝障害時に閉塞を解除, 解除後より小柴胡湯合茵〓蒿湯を投与し, 肝機能障害改善効果について検討した。<br>非投与群では, GOT, GPT, T-Bil, ALP 値は, 閉塞解除後徐々に改善し, 2週間後にはほぼ閉塞前値に回復するのに対して, 投与群では, GOT値およびALP値が解除3日目で非投与群に比べ有意に改善された (p<0.01およびp<0.001)。T-Bil値は解除5日目で有意に改善された(p<0.001)。<br>以上より, 小柴胡湯合茵〓蒿湯の閉塞性黄疸解除時よりの投与は, 胆汁うっ滞型肝障害に対し, 速やかな改善傾向を示し有効であった。
著者
加藤 耕平 及川 哲郎 花輪 壽彦
出版者
The Japan Society for Oriental Medicine
雑誌
日本東洋醫學雜誌 = Japanese journal of oriental medicine (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.374-381, 2011-05-20
被引用文献数
1 1

〔背景と目的〕漢方医学は食事を重視してきた医学であり,漢方薬には食用となる様々な植物が用いられている。したがって,栄養学との関連性があり,栄養学科の学生に対する漢方医学教育の必要性があると考えられる。しかしこれまで栄養学科の学生を対象にした意識調査は行われていない。このため栄養学科の学生に対して漢方薬(漢方医学)の意識調査を実施した。<br>〔方法〕管理栄養士養成課程の3年生に質問項目13のアンケートを行った。<br>〔結果〕9施設延べ509名から回答を得た。漢方薬(漢方医学)に「興味がある」と答えた学生は全体の59.3%であった。「興味がない」と答えた学生の86.4%は,その理由は「漢方薬(漢方医学)に触れる機会が少なく,よく分からない」と回答した。一方「授業で漢方薬を取り扱って欲しいですか」という問いに対して81.3%が「そう思う」と回答した。<br>〔結論〕漢方医学は,栄養学科の学生に対して教育的ニーズがあることが示唆された。
著者
粕谷 大智 山本 一彦 江藤 文夫
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.773-779, 2003-07-20 (Released:2010-03-12)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1 4

長期透析患者に起こる合併症の一つにアミロイドーシスを主因として引き起こされる透析性脊椎症がある。これはβ2-ミクログロブリンの異常蓄積を原因とし, 靭帯や関節などの軟部組織に沈着し, 炎症反応と線維化, 靭帯肥厚を伴いつつ, 靭帯付着部を中心に骨・軟骨破壊が進行する。これら軟部増殖性病変と骨・軟骨破壊により脊柱管狭窄を生じ, ついには脊髄, 馬尾の圧迫をきたし, 種々の臨床症状を呈するに至る。今回我々は透析性脊椎症によって腰部脊柱管狭窄を起こし間欠破行を呈した2症例を経験したので鍼治療の効果について検討した。鍼治療は狭窄部位を中心に置鍼術にて週1回の頻度で約3ヵ月行った。その結果, 症例1の神経根型は跛行距離およびJOAスコアの改善が著明に認められ, 症例2の混合型は症例1に劣るものの跛行距離の若干の改善およびJOAスコアの改善 (特に痛みの軽減) が認められた。透析性脊椎症による腰部脊柱管狭窄症を呈する透析患者に対して鍼治療は, 効果が期待できることが示唆された。
著者
木村 容子 佐藤 弘
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.453-458, 2006-07-20
被引用文献数
2 1

月経痛,月経周期異常に対し,気剤単独で,奏功した5例を報告した。症例1では,激しい心窩部痛及び月経痛が半夏厚朴湯で改善,症例2では,柴朴湯で月経不順及び月経痛が軽快,症例3では,半夏厚朴湯で月経痛が軽減した。〓血の所見を認めたが,気欝の症状に基づいて処方を選択した。症例4では,加味逍遥散から桂枝加竜骨牡蛎湯に変方して月経痛及び月経不順が改善,症例5では,主訴の蕁麻疹を桂枝加竜骨牡蛎湯加味方で治療中,月経周期が40日以上から30日に改善した。後者2例では,明らかな〓血症候を認めなかった。腹部動悸亢進や怖い夢,いやな夢がみられたため,桂枝加竜骨牡蛎湯を選択した。月経異常は,漢方医学的には,特に「血」に関連する病態が多いとされる。しかし,5症例の経験から,ストレス状況で発症した月経障害に対し,〓血の症候を認めても,気鬱や気逆など「気」の関与を考慮し,気剤が有効な症例もあることが示唆された。
著者
大田 静香 前田 ひろみ 伊藤 ゆい 上田 晃三 吉村 彰人 土倉 潤一郎 岩永 淳 矢野 博美 犬塚 央 田原 英一
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.23-27, 2014 (Released:2014-07-22)
参考文献数
17

症例は68歳女性,当科受診の1年前に環状肉芽腫症を発症し,トラニラストで改善傾向にあった。しかし肝障害が出現し継続困難となり,皮疹が悪化したため漢方治療を試みることとなった。のぼせ,舌,皮疹の性状から熱候が示唆され,黄連解毒湯を開始し,改善傾向にあったが,入院3日目から治癒が横ばいになった。裏寒の存在を疑い,麻黄附子細辛湯の併用を開始したところ,開始5日目から急速に肉芽の縮小を認めた。臨床的に改善を認めたことより,陽証と陰証の併存があったと考える。
著者
山田 光胤
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.201-213, 1999-09-20
参考文献数
21
被引用文献数
1

Japan has created a unique culture, based on the influence and acceptance of Chinese culture since long years ago. This can also be said of medicine. Traditional medicine of Japan, is called "Kampo" medicine, which had been rearanged form Chinese medicine years ago suitable for the topography, climate, and race of the Japanese islands. The rearrangement of Chinese medicine to Japanese medicine started at the latter half of the 16th century. This took place during the Ming era when medical treatment was that of the Chin-Yuan era. In Japan, Li-Chu medicine was accepted among schools in medicine, and resulted in establishing the socalled Gosei-Ho school later. During the 18th century, there arose a movement to search for the origin of its medicine and to follow the original medical treatment. They finally attained the "Chang Han Lun" ("Shokan-Ron" in Japanese), established in the Heu-Han era in China. Many doctors read and studied that textbook and wrote their interpretation in their own books at that time. The medical treatment based on "Shokan-Ron" is called Ko-Ho school. Also the name Kampo, taraditinal Japanese medicine, may be implicated by the original medical treatment of the Han (Kam in Japanese) era. The unique point of Ko-Ho school in medical treatment of Japanese kampo medicine may be the restoration of the old medical textbook "Shokan-Ron" to apply for clinical practice. The following books have left great influence up to the present time, "Ruiju-ho" written by Tohdo Yoshimasu, "Fukusho-Kiran" (1800) and "Fukusho-Kiran yoku" (1809-1853) which contain the method for abdominal examination by palpitation socalled Fukushin, written by Bunrei Inada and Shukuko Wakuda, respectively. On the contrary, Ko-Ho school established a therapeutic method based on the readjustment of disorders mentioned in "Shokan-Ron" (Shokan namely febrile acute illness), followed by the concepts of Hyo-Ri, Kan-Netsu, and Kyo-Jitsu. Also, the school recalled Fukushin (abdominal sho), the sign of the abdominal wall, written in "Shokan-Ron" following the objective restoration. Based on its original Fukusho, other Fukushos were found and extended its original Fukusho, other Fukushos were found and extended its category to apply for other diseases. This has been handed down to the present era. My presentation on this theme, review of Japanese traditional medicine: Kampo, will be given more concretely.
著者
浅岡 俊之
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.407-412, 2007-05-20

今から30年ほど前に漢方薬は保険収載され,徐々に医師により処方される一般的な薬剤のひとつとなった.しかしながら保険収載された当時,あるいは現在も医師の殆どは東洋医学に対する認識が薄く,全くその内容を知らないことも稀ではない.そのような環境は臨床家に漢方治療の価値を考えるための材料を提供してはいない.漢方薬は本来,東洋医学の治療方法のひとつとして成立していたものであり,その使用根拠,適応,禁忌などは東洋医学の論理で理解されるべきものであるが,現状はそれとは異なった状況にあり,西洋医学にその根拠を求めようとしている.この現状がもたらされた理由を歴史的背景から理解することは非常に重要である.なぜかといえば,それは漢方治療を行うことの意味や価値を教えるからである.
著者
大塚 恭男
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.5-11, 1996-07-20

東洋医学が現代医療の中で再び注目を浴びるようになって久しい。 ここでは, 今日の東洋医学, 特に漢方の復興に関わった幾人かの先哲を簡単に紹介した。 時代に即応した東洋医学のあり方と考える一助となれば幸いである。
著者
大野 修嗣
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.427-432, 2007-05-20
被引用文献数
1

中医学の診断と治療は,陰陽五行論とよばれる古代中国の哲学理論を基とした理論によって説明されている。中医学の診断と治療の過程は弁証論治と呼ばれている。弁証とは,中医学の診断であり,回診と呼ばれる診断技術によってその情報が収集される。弁証の結果から診断が生まれ,この診断を基に中医学の治療がなされる。この治療を論治と呼ぶ。ここでは,中医学の診断・治療過程を全体的に概観したい。
著者
酒谷 薫
出版者
社団法人日本東洋医学会
雑誌
日本東洋醫學雜誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.181-191, 2008-03-20

中国伝統医学(以下,中医学)では,陰陽五行学説を基礎として人体機能を考えている。陰陽五行学説は古代中国の自然哲学であり,難解で不可解なものとして日本漢方では重視されてこなかった。しかし陰陽五行学説を現代科学の視点から見直してみると,両者には共通している点が少なくない。本講演では,陰陽五行学説の考え方を現代科学の観点から読み解き,これを基にして中医学の人体機能や病態に対する考え方について解説する。1.陰陽五行学説と複雑系 陰陽五行学説は陰陽学説と五行学説から成り立っている。まず陰陽学説であるが,太極図の中にその意味することが全て示されている。太極図で注目すべき点は,白(陽)と黒(陰)の中に反対要素である権化点が存在することである。これにより人間を含めた世界というものは無限に陰陽に分割され,その全ての部分が太極図と同じ構造を持つことになる。すなわち,部分が全体を示すというフラクタルな世界観を示している。中医学では,舌や耳等の身体の一部分に全身状態が反映されていると考えるが,もし人体がフラクタルな構造を持つと仮定するとこの考え方も理解できる。一方の五行学説は,中医学における臓器機能の基礎となっている。五行学説に従って臓腑(五臓)は木・火・土・金・水の5種類に分類され,各臓腑の間には相生(=positive feedforward)と相克(=negative feedforward)という力学的関係が存在し,その相互作用により全体の機能バランスが維持されていると考える。興味深いことに,この考え方はカオス理論に基づいた生体モデルに酷似している。このように陰陽五行学説の考え方は,現代科学の複雑系理論に通じる点が少なくない。2.中医学における人体機能と病態 中医学における臓器の特徴は,脳が臓腑(五臓六腑)に含まれていない点である。すなわち中医学では,脳のさまざまな機能を五行学説に従い五臓六腑や関連する器官に分散させているのである。このため脳疾患は単一臓器の障害ではなく,上述の臓器間の機能バランスの障害による全身性疾患と考えられている。もう一つの特徴は,陰陽学説のフラクタルな世界観によりヒトと環境を一体として捉えている点である。つまり西洋医学では,ヒトは皮膚などのさまざまな「膜」により外界より分離した環境を保つことにより生命活動を維持していると考えるが,中医学では,ヒトは環境と一体化して存在し,ヒトの機能は環境から強い影響を受けると考えられている。3.まとめ 陰陽五行学説に基づいた中医学の人体機能に対する考え方は,われわれの西洋医学と異なるが,非科学的なものではなく現代科学にも通じるユニークなものである。中医学と現代科学を融合させた新しい医学の構築に向けて,伝統医学研究は,その治療効果に加えて生命観に関する理論的研究も重要と思われる。