著者
阿部 永
出版者
The Mammal Society of Japan
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.51-65, 2003-06-30
被引用文献数
5

本州,九州,四国および隠岐島(島後)のほぼ全域にわたる63水系,191箇所において大型はじきワナ(幅 8.5cm,長さ 14cm)によるカワネズミ Chimarrogale platycephala の捕獲を行い,本州と九州の調査地177箇所中86箇所から139個体を捕獲した.四国と隠岐島(島後)では良好な環境でも全く捕獲できなかったことから,従来の予測通り生息しないものと考えられた.河床沿いの線状ワナかけによるワナ数と捕獲結果の関係から,カワネズミは個体ごとの縄張りをもつことが示唆された.生息地の標高分布の下限は北方で低く,南方で高い傾向があり,その上限は川の源流の標高に依存した.昼間の活動個体目撃例や捕獲例が比較的多いことから,カワネズミは1日複数回の活動周期を持つことが示唆された.相対的に遮蔽物の少ない河床環境において昼間も活動するカワネズミにとっては,下側に空隙や陰を作る岩や倒木などが数m から 10m 程度の間隔で存在するような河床環境が生息場所としての重要な条件であることが分かった.また,川岸が水流によって削られた河岸洗掘洞も同様の働きを持つ環境要素であった.これらの環境要素を備えたところでもカワネズミの採集されない川が多く見られたが,その場合には,濁流の発生をもたらし,水生昆虫相を壊滅させる各種土木工事等が上流側で行われているか,あるいは過去に行われたと思われる例が多く見られた.そのことから,カワネズミは環境の人為的改変に対して大変脆弱な動物であることが示唆された.
著者
酒井 悠輔 坂本 信介 加藤 悟郎 岩本 直治郎 尾崎 良介 江藤 毅 篠原 明男 森田 哲夫 越本 知大
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.57-65, 2013 (Released:2013-08-13)
参考文献数
22
被引用文献数
1

飼育下でアカネズミ(Apodemus speciosus)の自然交配による繁殖を誘導できる飼育交配手法を検討した.巣穴環境を擬似的に再現することで繁殖が誘導できるとの作業仮説のもと,ケージ内の床敷きを覆うように板を設置した中蓋あり飼育ケージを考案した.季節的な環境要因の影響を考慮するため,自然環境温度・自然光周期条件である半野外飼育施設において中蓋あり条件と中蓋なし条件で交配実験を行った.さらに環境条件が一定の室内飼育施設においても中蓋あり条件で交配実験を行った.その結果,半野外飼育施設の中蓋なし条件で雌個体の妊娠が確認されたのは11個体中1個体で1例のみだったのに対し,同施設での中蓋あり条件では9個体中4個体で6例の繁殖が誘導された.さらに室内飼育施設での中蓋あり条件では10個体中4個体で12例の繁殖が誘導でき,繁殖したペアの多くが複数回の繁殖を行った.半野外飼育施設の結果から,飼育ケージに中蓋を設置し疑似巣穴環境を再現することで,飼育下においてアカネズミの繁殖が誘導できることが示唆された.さらに繁殖の誘導が困難とされてきた室内飼育条件においても,繁殖に適した物理環境条件下であれば中蓋を用いることで繁殖を誘導できることが明らかとなった.これらのことから,飼育下における本種の繁殖誘導には飼育ケージに中蓋を設置するという簡便な手法が有効であると考えられる.
著者
山本 さつき 鈴木 馨 松浦 友紀子 伊吾田 宏正 日野 貴文 高橋 裕史 東谷 宗光 池田 敬 吉田 剛司 鈴木 正嗣 梶 光一
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.321-329, 2013 (Released:2014-01-31)
参考文献数
35

銃器捕殺の勢子による追い込み狙撃法(n=4),大型囲いワナ(銃)(n=6),出会いがしらに狙撃するストーキング(n=9),シャープシューティング(n=14),および麻酔薬を用いた不動化捕獲の移動式囲いワナのアルパインキャプチャー(n=14),大型囲いワナ(麻)(n=8),待ち伏せ狙撃するフリーレンジ(n=10)を用いてニホンジカ(Cervus nippon)を捕獲した.肉体的ストレスの指標として測定したクレアチンキナーゼは,追い込み狙撃法(2,057±1,178 IU/L)がシャープシューティング以外の全ての捕獲方法より,また交感神経興奮の影響を反映するアドレナリン,ノルアドレナリンは,追い込み狙撃法(アドレナリン:16.500±4.655 ng/ml,ノルアドレナリン:20.375±8.097 ng/ml)が他の全ての捕獲方法より有意に高かった(P<0.05).精神的ストレスの指標として測定したコルチゾルは,囲いワナ(アルパインキャプチャー:2.63±1.90 mg/dl),大型囲いワナ(銃:1.38±0.50 mg/dl)および大型囲いワナ(麻:3.10±1.79 mg/dl)が他の捕獲方法より高い傾向が見られたが,これらは全てGaspar-Lópezほか(2010)により報告されたアカシカ(Cervus elaphus)の正常変動範囲内(1.30~6.49 mg/dl)であった.以上の結果から,追い込み狙撃法は身体的負荷が大きいこと,囲いワナは他の方法に比較して著しいストレス反応を伴う捕獲方法ではないことが明らかになった.よって,大量捕獲が可能な囲いワナで生息密度を低下させることは,アニマルウェルフェアに配慮した適切な個体数管理の手法になりうると考えられた.
著者
酒井 悠輔 坂本 信介 加藤 悟郎 岩本 直治郎 尾崎 良介 江藤 毅 篠原 明男 森田 哲夫 越本 知大
出版者
The Mammal Society of Japan
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.57-65, 2013-06-30

飼育下でアカネズミ(<i>Apodemus speciosus</i>)の自然交配による繁殖を誘導できる飼育交配手法を検討した.巣穴環境を擬似的に再現することで繁殖が誘導できるとの作業仮説のもと,ケージ内の床敷きを覆うように板を設置した中蓋あり飼育ケージを考案した.季節的な環境要因の影響を考慮するため,自然環境温度・自然光周期条件である半野外飼育施設において中蓋あり条件と中蓋なし条件で交配実験を行った.さらに環境条件が一定の室内飼育施設においても中蓋あり条件で交配実験を行った.その結果,半野外飼育施設の中蓋なし条件で雌個体の妊娠が確認されたのは11個体中1個体で1例のみだったのに対し,同施設での中蓋あり条件では9個体中4個体で6例の繁殖が誘導された.さらに室内飼育施設での中蓋あり条件では10個体中4個体で12例の繁殖が誘導でき,繁殖したペアの多くが複数回の繁殖を行った.半野外飼育施設の結果から,飼育ケージに中蓋を設置し疑似巣穴環境を再現することで,飼育下においてアカネズミの繁殖が誘導できることが示唆された.さらに繁殖の誘導が困難とされてきた室内飼育条件においても,繁殖に適した物理環境条件下であれば中蓋を用いることで繁殖を誘導できることが明らかとなった.これらのことから,飼育下における本種の繁殖誘導には飼育ケージに中蓋を設置するという簡便な手法が有効であると考えられる.<br>
著者
辻 大和 高槻 成紀
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.221-235, 2008 (Released:2009-01-06)
参考文献数
117
被引用文献数
4

哺乳類の食性の長期研究の動向を探るために,BiosisとGoogle Scholerを用いて文献検索を行い,93の文献から99の事例を収集した.食性評価の期間には2年から16年とばらつきがあった.食性の長期研究事例には分類群ごとにばらつきがあり,食肉目(Carnivora)と霊長目(Primates)で多く,齧歯目(Rodentia)と翼手目(Chiroptera)で少なかった.食性の長期研究事例は時代とともに増加する傾向があった.多くの事例では食性評価に糞分析を用いていたが,特定の分類群に特徴的な分析手法がみられた.80%以上の事例で食性の年次変動がみられたが,多くの事例では食物環境の定量的な評価を行っておらず,さらに個体群パラメータへの影響を評価した事例はごくわずかだった.動物の食性の長期変化の把握は動物の基礎生態の理解に貢献するだけではなく,種子散布や採食に付随する行動などの派生的な研究,ひいては保全戦略の策定などにも貢献すると思われる.
著者
本川 雅治 下稲葉 さやか 鈴木 聡
出版者
The Mammal Society of Japan
雑誌
哺乳類科学 = Mammalian Science (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.46, no.2, pp.181-191, 2006-12-30
被引用文献数
2

日本産哺乳類の最近の分類体系について,阿部(2005)「日本の哺乳類 改訂版」(以下,日本哺乳類2)とWilson and Reeder(2005)「Mammal Species of the World」第3版(以下,MSW3)での扱われ方について検討した.明らかな外来種と鯨目,および海牛目を除くと,日本産哺乳類として,日本哺乳類2は116種,MSW3は120種を認めた.高次分類群に関連して,日本哺乳類2を含む従来の文献で食虫目(Order Insectivora)とされていた一群は,MSW3ではアフリカトガリネズミ目(Order Afrosoricida),ハリネズミ形目(Order Erinaceomorpha)およびトガリネズミ形目(Order Soricomorpha)の3つに分割され,日本産の「食虫目」に含まれるトガリネズミ科とモグラ科はすべてトガリネズミ形目に含まれた.種レベルでの両書の分類体系について,記述された内容や引用文献の内容などに基づいて対応表を作成したところ,種レベルでの分類体系について両書で相違が見られた.また,両書が編集,出版された後に,日本産哺乳類の分類体系について大きな変更や分類学上の重要な知見がいくつかの種で得られている.これらの37項目について,本文中でコメントした.
著者
小林 亜由美 神崎 伸夫 片岡 友美 田村 典子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.13-24, 2009 (Released:2009-07-16)
参考文献数
36

富士山北斜面の標高2,100~2,300 mの亜高山帯針葉樹林において,ニホンリスを捕獲し,テレメトリー法によって植生環境の選択性を調査した.コメツガ優占林,カラマツ優占林,シラビソ/オオシラビソ優占林,ゴヨウマツ分布域,林縁,開放地の6区分の植生環境の中で,ゴヨウマツ分布域が選択的に利用される傾向があった.しかし,針葉樹の種子が利用できない春には,カラマツ優占林やシラビソ/オオシラビソ優占林も選択的に利用する個体があった.コメツガ優占林,林縁,開放地は忌避される傾向があった.これらの針葉樹のうち,1個の球果あたりのエネルギー量がもっとも多いのはオオシラビソで,次がゴヨウマツであった.カラマツ,コメツガは球果サイズが小さく,エネルギー量は少なかった.ゴヨウマツの球果サイズには同一の木の中で変異があり,ニホンリスはより大きな球果を選択的に利用することが明らかになった.球果サイズとその中に含まれる種子数には正の相関があるため,ニホンリスはより多くのエネルギーを効率的に得るために球果選択を行っていると考えられる.
著者
山本 輝正 佐藤 顕義 勝田 節子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.277-280, 2008 (Released:2009-01-06)
参考文献数
26

長野県飯田市上村北又渡の森林内において2007年8月にコウモリ類の捕獲調査を行ない,コヤマコウモリNyctalus furvusとクビワコウモリEptesicus japonensisを捕獲した.長野県において,コヤマコウモリは初記録であり,クビワコウモリは4例目の記録となる.コヤマコウモリの当歳獣が8月上旬に捕獲されたことは,本種の出産・哺育場所の存在を示唆するはじめての事例となる.また,コヤマコウモリの飛翔直前の音声(精査音)がFM型であることが明らかとなった.
著者
船越 公威 大沢 夕志 大沢 啓子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.29-34, 2006 (Released:2007-06-26)
参考文献数
6
被引用文献数
2

オリイオオコウモリPteropus dasymallus inopinatusについて, 沖縄島周辺島嶼での1994~2005年にわたる直接観察, 食痕・ペリットの有無および聞き取り調査によって, 古宇利島, 伊江島, 水納島, 伊計島, 宮城島, 平安座島, 浜比嘉島, 津堅島および久高島に生息することを確認した. 与論島のオオコウモリに関して, 入手された標本・資料の検討結果からオリイオオコウモリと同定し, 与論島が本亜種の新分布地として追加された. さらに同島では詳細な生態的調査も行い, 2004年9月と2005年2月に少なくとも5頭の生息を確認した. 特に夏~秋季には親子も見られた. 食物としては, 春季にはアコウFicus superbaやモモタマナTerminalia catappaの果実, 夏~秋季にはシマグワMorus australisやフクギGarcinia subellipticaの果実, 冬季にはガジュマルF. microcarpaやアコウの果実が利用されていた. 以上の観察結果からオリイオオコウモリは, 個体数が少ないながらも, 一年を通して与論島に定住し繁殖しているものと考えられる.
著者
船越 公威 大沢 夕志 大沢 啓子
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.52, no.2, pp.179-184, 2012 (Released:2013-02-06)
参考文献数
16

これまで沖永良部島においてはオオコウモリの分布記載がなく,また生息についても断片的な情報しか得られておらず,生息の有無を確定することができなかった.しかし,住民への聞き取りおよび記録写真等で2003年3月にオリイオオコウモリPteropus dasymallus inopinatusの生息が判明した.また,2011年6月に本種の成獣雄個体が捕獲された.同年10月と12月,2012年1月に本種が目撃された.加えて,2012年2月における精査で,少なくとも4頭の生息を確認し,この時期の食物としてギョボクCrataeva religiosa,オオバイヌビワFicus septica,モモタマナTerminalia catappaおよびアコウFicus superbaの果実が利用されていた.以上の観察結果等から,オリイオオコウモリは沖永良部島において個体数は極めて少ないものの,1年を通じて他の島への季節的な移動もなく定住しうると考えられた.