著者
尾野 正晴
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.69-78, 2001

1968年に、東京のふたつの画廊で開催された「トリックス・アンド・ヴィジョン」展は、トリッキーといわれる美術を集大成した、画期的な展覧会であった。企画者は、美術評論家の中原佑介と石子順造である。国内から19名の美術家が参加したが、そのうち6名は、静岡周辺に在住していた。トリッキーな美術は、その外見ゆえに、安易な美術と見なされることが多いが、視覚のあいまいさを視覚化した点で、再度見直されるべき価値があるように思われる。また、世界的に見ても、当時、他にあまり例を見ない動向でもあった。今回の研究の目的は、「トリックス・アンド・ヴィジョン」展はどのようなむのであったか、またそれは、我が国の戦後美術の流れのなかで、どのような位置にあったか、以上二点を検証することである。
著者
土肥 秀行
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.107-115, 2009

詩人・小説家・映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニPier Paolo Pasolini(1922-75)をめぐるイタリアでの一連の社会的な現象について概括する。死後30余年を経ていまなお注目される存在であるものの、その都度スキャンダラスな死ばかりが話題となってきた。一方、近年では全集の出版などによりニュートラルな研究基盤が築かれつつある。著者のこれまでの研究もその地平に 置付けられる。またモラルの規範としてのマエストロ(師)像が作り上げられ、左派・右派問わず広範な支持を得ている。とはいえ生前は時代遅れの詩人とみなされ、1960年代の後半から「もと詩人」とでも呼べる姿勢で詩作に臨まなければならない試練にも直 している。ここではその一例、1970年の詩「瞑想の語り」を挙げる。
著者
尾野 正晴
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.61-72, 2002

昨年度の学部長特別研究では、静岡の美術グループ「幻触」に焦点を当てた。「幻触」とは何か、また、それは我が国の戦後美術の流れのなかにどう位置づけられるか、などを研究したわけだが、その結果、「幻触」は、1968年に、東京のふたつの画廊で開催された「トリックス・アンド・ヴィジョン」展でひとつのピークに達したことが明らかになった。今年度の学部長特別研究は、同展に出品されたか、その前後に制作された「幻触」の主要メンバーの作品を大学ギャラリーに集めて、同展の雰囲気を可能なかぎり再現することを目的とした。また、「幻触」の機関誌、展覧会ポスター、「幻触」の精神的な支えともいえる故石子順造の著作などの関連資料もあわせて展示した。添付した「幻触一主な活動の記録」は、未確認の項目もあるが、「幻触」の動向に関する現時点での最も詳しい記録である。
著者
高田 和文
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-9, 2005

日本におけるイタリア語学習者の数は、1990年頃から急増したと思われる。本稿ではまず、文科省等の資料とイタリア語担当教員に対するアンケート調査の結果に基づいて日本の大学におけるイタリア語教育の現状を把握する。ごく大雑把に見て、現在おおよそ100の大学でイタリア語教育が行なわれ、全国で1万人を超える学生がイタリア語を学習しているものと推定される。次いで、イタリア語も含めて大学における第二外国語教育一般の意義と目的を明らかにする。何よりも重要なのは、外国語学習を異文化体験の機会と捉え、世界の文化や言語の多様性を学生に理解させることである。そのためには、文法・訳読中心の旧来の方法から「聞く」「話す」に重きを置いた教育法へと転換を図る必要がある。最後に、実際の外国語の授業運営についていくつかの提案をする。具体的なテーマとしては、目標設定とシラバス、教授法の問題、外国語学習と異文化理解、言語についての理解、海外語学研修と大学の授業、新しいイタリア語教材の開発、などを取り上げる。
著者
磯村 克郎 谷川 真美 根本 敏行
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 = Shizuoka University of Art and Culture bulletin (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.139-146, 2015-03-31

Projectability〜この街でおきていることはどうしておもしろいのか?〜と題された展覧会を浜松市のまちなかで開催し、144頁の同題の冊子を制作した(2014年3月)。 浜松市内では、市民の自主的な活動による様々なプロジェクトがみられる。それらは、まちづくりに通じたり、ものづくりをおこなったり、ひとを育てたり、種々雑多である。筆者たちは地域のNPOと協同して、14プロジェクトを調査、その内5プロジェクトと恊働した。活動の現場では、主催者の思いや社会的な意義を認めることができた。展覧会は、その姿をアートワークで表現し、市民や社会に還元しようとする試みである。冊子には、活動の様相をビジュアルとテキストで記録している。本稿は、その調査、活動参加、編集、制作の経緯を報告するものである。An exhibition entitled Projectability - Why are projects in this city interesting? - was held in downtown of Hamamatsu City, and the booklet of the same title of 144 pages was produced . (March 2014) In Hamamatsu city, a variety of projects by the voluntary activities of citizens can be seen. They are miscellaneous including community development, manufacturing, and human resource development. In cooperation with the NPO in the region, we investigate the 14 projects and participate 5 projects of them. In the field of any project, we were able to recognize the thought of the organizer and the social significance. We tried to transfer native projects to society and citizens through the artwork in this exhibition. The booklet, we recorded the appearance of the projects. In this paper, we report the circumstances the investigation, activity participation, editing, and production.
著者
片桐 弥生
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.168-176, 2013

『源氏物語竟宴記』は九条稙通が叔父である三条西公条の源氏物語講釈を聴聞し終えたのを記念して、永禄三年(一五六〇)十一月十一日に行った竟宴の記録である。この竟宴では、紫式部が石山寺に参籠し湖上に映る月をみて『源氏物語』を発想した様子を描かせた掛軸がかけられたが、まさしくこの時の紫式部図と考えられる作品が宮内庁書陵部に現存する。本稿では、まず本図が『源氏物語竟宴記』に記載される作品であることを確認したうえで、絵の筆者が土佐光元であると考えて問題ないこと、また本図は江戸時代以降に多く描かれた「紫式部観月図」などと称される一連の作品の規範となる作品であることを示す。加えて本図が飾られた「源氏物語竟宴」の場が、平安時代以来の源氏供養などの『源氏物語』享受の歴史のなかでどのような意味があるか明らかにする。
著者
小岩 信治
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.171-174, 2012

楽器産業によって長らく世界に知られ、「音楽の都」を目指す浜松市に立地している静岡文化芸術大学は、文化や産業に関する学際的な研究領域を射程に収める文化政策学部を擁しており、浜松というユニークな都市の文化史を楽器産業を軸に探究する使命も負っていると言えよう。こうした研究(それを仮に「楽器産業文化学」と呼ぶ)は、本学入学者が学ぶべき「浜松学」「静岡学」の一部を構成するはずであるし、それは地域の人びとの「シビック・プライド」の醸成に繋がることにもなろう。筆者は本学の奥中康人、根本敏行、羽田隆志とともに、二〇一二(平成二四)年度学長特別研究を本論のタイトルで行っている。その成果は来たる二〇一三(平成二五)年度研究紀要で報告することになるが、本稿はその一部に関する中間報告である。
著者
林 在圭
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.13-21, 2011

韓国における伝統的な儀礼は年中行事と通過儀礼に大別される。こうした年中行事や通過儀礼は人々の生活に癒しの休息と活力を与えてくれる。また年中行事や通過儀礼などの諸儀礼の過程では、特別季節料理がご馳走として調理され、四季折々の食物とともに豊穣祈願、家内幸福、厄払いなどの願いをこめて、あるいは祖先崇拝の象徴として供物が供えられる。それゆえ、儀礼食の供物は霊や神と人間との関係性における媒介の役割を果たしている。 韓国の祖先祭祀は儒教的大伝統に則って、儒教の教えを行為に表した典型的な儀礼として、祖先祭祀を行うことによって、その教えを体得することができ、それが社会的評価にもつながる。そのため、韓国人にとって祖先祭祀を祀ることが重要な生活規範になっている。 特に祭祀供物には韓国文化の歴史的経過とその特徴が反映されており、肉や魚料理をはじめ餅や果物などが供えられる。したがって祭祀供物を通して、日常の食事ではほとんど食べない肉料理や魚料理を中心とした良質の動物性蛋白質を摂取しうる機会を得ることができる。
著者
小岩 信治
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.143-152, 2004

ショパンがピアノ協奏曲を書いた十九世紀序盤に、このジャンルの音楽は今日とは異なるやりかたで出版されていた。フル・オーケストラで演奏するための、全パート譜の揃ったセットのほか、弦楽器とピアノの声部だけの「部分販売」セットがしばしば販売されていた。こうして当時のピアノ協奏曲は、出版されると同時に、ピアノ付き室内楽、つまり管打楽器なしで演奏できる音楽になっていた。それはこのジャンルが、家庭やサロンで、より気楽に楽しめる音楽として存在し得たことを意味している。
著者
冨田 晋司
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.135-142, 2013

本研究は浜松地域における楽器産業、特にピアノ製造の歴史を概観し、戦後のピアノ需要拡大期に急速に増加し、需要のピークアウト後は急激にその数を減らした中小ピアノ製造業者に焦点を当て、その歴史的な位置づけ及び役割を明らかにするものである。現在ではヤマハとカワイの二大メーカーを除く中小ピアノ製造業者はほとんどピアノ生産を行っていない状況となっているが、1950 年代から1960 年代にかけては、浜松地域に数多くの製造業者が存在し、様々なブランドでピアノを製造していた時期があった。本稿ではその発展と衰退の経緯を明らかにするとともに、楽器の街であり、とりわけピアノの街である浜松の産業文化の魅力をどのように発信していくのかを考察する。
著者
美濃部 京子
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-7, 2001

話型「絞首台からきた男」(AT366)の話は、イギリスにおいては「黄金の腕」や「ちいちゃいちいちゃい」などの類語を中心にたいへん人気のある話であるし、日本においても同様の話は「こんな晩」などの形で若者を中心によく語られる話として知られている。本稿では「絞首台からきた男」の話型について、イギリスの類語を比較する。また、これらの話は他の話型である「赤ずきん」のサブタイプである「カテリネッラ」(AT333A)や「苦悩から解放された魂」(AT326A)の類話とも、語りの形式において共通する点が見られる。こうした比較を通して、『昔話の型』では「魔法昔話」に分類されているこれらの話が、実際には「形式譚」として分類したほうが望ましいことを論ずる。
著者
美濃部 京子
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.67-73, 2009

ウェールズはイギリスの一地域でありながら、隣接するイングランドとは異なる文化的特徴を持っている。現在ではネイティブの話者は20%近くにまで落ち込んでいるが、ケルト系のウェールズ語が話され、アングロサクソン系のイングランドとは異なる文化を現在にまで伝えている。 ウェールズの首都カーディフの郊外セント・ファガンズにある国立歴史博物館は、ウェールズの伝統的な人々の暮らしを後世に伝えるために様々な取り組みを行っている。ひとつは歴史的な建物から、伝統的な暮らしにかかわる道具や日用品、民芸品などの収集・整理・展示、そしてもうひとつはウェールズの失われつつある伝統文化をフィールドワークによって調査することである。そうして集められた民俗資料はアーカイブに整理・保存されている。 本稿では国立歴史博物館のコレクションおよびアーカイブの資料について触れながら、博物館がウェールズの民俗学、昔話研究に たした役割について紹介する。
著者
和田 和美
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.151-166, 2013

本研究は、YouTube 等によるスムースな動画配信を身近にした動画コンバート技術と、光や無線LAN による常時接続で加速するインターネット動画配信技術がクロスオーバーするところで可能になるインタラクティブな動画配信の可能性を探るものである。具体的には、近年のAdobe Flash Professional によって可能になった画期的な技術の一つに動画配信技術があるが、これに3D 画像作成技術も加えて全方位動画コンテンツを作成、インターネットにおいて配信再生し、さらなるアプリケーションの可能性を模索するものとして研究を重ね、一定の成果が得られたので、これを報告する。
著者
孫 江
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.43-50, 2010

本稿では、近代知の生産と流通という角度からヨーロッパの中国文明西来説について考察する。 一八八〇年代から一八九〇年代にかけて、ラクーペリは一連の研究のなかで、黄帝は両河流域のバビロンから移住してきたのであり、ゆえに中国人(漢人)の祖先はバビロンのカルデア人であった、という仮説を提出した。ラクーペリは、ビクトリア時代のイギリス経験主義の学問的潮流のなかで注目されたアッシリア学研究から多くのヒントを得た。彼は中国語とカルデア語を比較し、文献と出土品をつき合わせて両者の共通点を見いだすという自らの方法を「言語科学」、「歴史科学」と見なしていた、その研究は当時のヨーロッパ一流の東洋学者から批判を受けた。 しかし、ラクーペリの「西来説」は明治期日本に伝わった後、日本の中国研究者たちの間で大きく注目された。反対派桑原隲藏と擁護派三宅米吉、白鳥庫吉の意見対立は、成立したばかりの日本の東洋学がヨーロッパの東洋学に出会った際に遭遇した一つの問題を照らし出している。白河次郎・国府種徳がラクーペリの「西来説」をその著『支那文明史』(一九〇〇年出版)のなかに取り入れたことは、後に「西来説」が中国で受容される直接的なきっかけとなった。 一九〇三年、『支那文明史』の四種の中国語訳は東京と上海でほぼ同時に刊行された。清朝打倒を目指す革命者や「国粋派」は、政治的目標の実現や漢族アイデンティティの確立という観点から「西来説」に関心を寄せた。しかし、その一方で、「西来説」が逆に漢族の外来性を際だたせてしまい、排満革命の政治目標に合致しないことに気づくと、彼らは躊躇なくそれを捨てた。 近代中国のナショナリズムに関するこれまでの研究は、ほとんどの場合、近代中国のナショナリズムを直線的な歴史叙述のなかに組み入れており、そのため、異なるテクスト同
著者
永井 聡子
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.91-96, 2011

本稿は、平成21年度静岡文化芸術大学「学長特別研究費」および平成22年度創立10周年記念特別公開講座(公演)ミュージカル・ドラマ「いとしのクレメンタイン」の初演制作と公演(平成22年12月17日(金)・18日(土)の2日間)の成果としての報告であり、制作過程における記録である。 公演は、本学が舞台芸術作品を自主企画制作して学生への教育とするとともに、一般公開することによって、地域における文化環境創造へのトライアルを目指し、「大学劇場」の役割とその可能性を探った。学生が舞台に様々な角度で関わることで舞台制作の動きを現実のものとして学ぶこと、大学の講堂を使用することによって学生が講義の場合と同様、日常的に教育を受ける場を与えることを意味する。 舞台芸術を学ぶ学生には、「地域に根差した創造的な」劇場運営の柱ともなるこれからの担い手として、また地域そのものの文化力向上を担える人材として育っていくことを期待するものであった。
著者
石川 清子
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.15-25, 2000

My essay presents a reading of two novels of Leila Sebbar, a French novelist, whose works are classified usually as North African literature written in French. Born in 1941 in Algeria during the colonial administration to a French mother and an Algerian father, Sebbar never formally studied the Arabic language. She left her homeland in 1959 to attend university in France; she currently resides in Paris. Sebbar's mixed heritage as a so-called "croisee' has engendered feelings of alienation and exile. Considered neither French nor Algerian, she exists simultaneously between two cultures and civilizations. She sets her novels in the economically-depressed milieu of the "Beurs", the second generation of North African immigrants residing in France's turbulent inner cities. Like the author, her characters experience the conflict between cultural identities imposed by France and the traditions of their heritage. In her novels, Fatima, ou les Algeriennes au square (1981) and Sherazade, 17 ans, brune, frisee, les yeux verts (1982), Sebbar creates marginalized heroines and an orality of expression inspired by the patterns of feminine speech unique to the immigrant community. The author explores the difficulties such women experience in forging a new identity amidst the opposing demands of two disparate traditions.
著者
根本 敏行
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.101-110, 2013

本研究は、近年世界的に関心が高まってきている産業遺産の活用による地域活性化やツーリズムとの連携と、戦争や民族紛争、労働問題といったいわば近代化の「負の」歴史遺産をミュージアムに取り入れ、これも地域活性化やツーリズムと連携させようとする取り組みの事例を取り上げ、広義の文化政策の視点から分析しようというものである。今回は旧東欧地域からポーランドとチェコの新しい事例を取り上げた。
著者
根本 敏行
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.123-135, 2012

今日、先進諸国の都市では、新しい創造的な諸活動の受け皿として、近代以降の産業遺産を活用した都市政策が展開されている。一方、先進国の近代化の過程には、戦争や民族紛争、奴隷貿易、強制労働などの負の文化遺産も同時に存在する。本論考では、英国、ドイツ、とりわけアイルランドにおいて、負の文化遺産にも正面から真摯に取り組み、新しい都市や地域の発展に結び付けようという試みについての事例を取り上げている。(文化政策研究科長研究委2011 による調査報告/根本担当分を含む )
著者
ヒューズ メアリー パルス トーマス
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.99-106, 2006

現在進行中のカリキュラム、英語ディプロマコース(以後EDC)の進展状況を報告する。EDCは、二年にわたって集中的に行われるインテンシヴな教育プログラムである。学習意欲の高い学生を対象とし、学生の英語によるコミュニケーション能力を-特にオーラル・コミュニケーションに焦点を合わせて-発展させることを目標としている。学生たちは、時事問題や個人的関心についての多様なトピックを適切な語彙を使用して、形式にとらわれずに話すことを学ぶと同時に、ビジネスにおいて使用できるレベルでも話せるように学習している。教材には、新聞、ビジネスレター、ラジオやテレビのニュース、インターネット上の情報などの多様なメディアを使用している。課題は様々なプレゼンテーションやレポートから成り、卒業後を視野に入れたテーマが設定されている。学生がこのコースを通じて成果をあげるためには、自習のために充分な時間を-例えばLL教室やインターネット上の材料を利用したり、日記をつけたりして活用しなければならない。このコースは学生の側に多大な献身を要求するものであるが、それなりの努力をした学生はコース終了時に、社会に出て働くにあたって英語を活用する準備が整っていることになろう。EDCは、それぞれが重なり合う三つのスキルを学生に伸長させることを意図している。それらは、英語力、生涯学習を続けるスキル、社会で働くためのスキルである。
著者
黒田 宏治
出版者
静岡文化芸術大学
雑誌
静岡文化芸術大学研究紀要 (ISSN:13464744)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.41-47, 2007
被引用文献数
1

近年、第3セクターを巡っては、経営破綻や法的整理なども続き、批判的な論調が強いが、一方で、地方圏には小規模ながら健闘している第3セクターも少なくない。本稿では、そのような第3セクターの事例を6社取り上げて、調査分析を行った。そこから、プロパー体制、デザイン戦略など組織面、戦略面にわたり6つの留意点を抽出することができた。