著者
木内 正人
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.39-48, 2006-07-31
被引用文献数
1

セキュリティ・デザインとは、偽造防止を主な目的として紙幣をはじめ証明書等に施される緻密な線画模様を指すものである。これまでセキュリティ・デザインに関する文献は国内には無く、またセキュリティ・デザインを科学的に解析した文献も存在しなかった。しかし、今まで誰にも語られることの無かったセキュリティ・デザインは、歴史、経済システム、政治システム等を背景に、社会の変遷に伴って様々な要素が複雑に関係し合って、今もなお進化を続けているデザインでもある。本研究では、セキュリティ・デザインの表現手法とその役割について現状と歴史的価値を説明し、セキュリティ・デザインの法則を空間周波数解析によって検証することで、デジタル技術を活用した将来のITソリューションへの応用など、今後の偽造防止策並びにデザインに役立てることが可能であることを明らかにする。
著者
金 志香 桐谷 佳恵 玉垣 庸一 宮崎 紀郎
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.79-86, 2010-01-31
被引用文献数
1

本研究では,ウェブでのアフォーダンスを「仮想空間(ウェブ上)でのデジタル情報がユーザーに提供するもの」と定義する。アフォーダンスは,インターネットショッピングにおける消費者の情報探索の手がかりとして働き,購買行為を支える。本研究は,インターネットショッピングにおける情報探索時のアフォーダンスを把握することを目的としている。そのため,ウェブでの買い物行動実験を行ない,プロトコル分析を用いて解釈した。その結果,10項目の要因を抽出することができた。さらに,ウェブアフォーダンスを,「使用性のアフォーダンス」「情報探索のアフォーダンス」の2つに区分した。抽出した10項目のなかで「操作方法」「サイト構成」「ページ評価」の3つが,使用性のアフォーダンスに関するものであった。「商品情報提示方法」「商品属性」「商品への関心」「商品との関与」「商品の付随的条件」「商品にとの関与」「他人の評価」の7つは情報探索のアフォーダンスに関するもの,と分類することができた。
著者
堀口 利枝 宮崎 清
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.56, no.3, pp.89-98, 2009-09-30
被引用文献数
1

本研究は、平安時代から室町時代までの約400年間に描かれた絵巻物に登場する傘の意匠について、観察・解析したものである。絵巻物に登場した傘の図像は303点であった。それらより、傘の意匠の特質を次のように導出した。(1)絵巻物を通してみられる傘の多くは開閉可能で、平安時代には覆いが大型であったが、鎌倉時代以降に小型の覆いをもつ傘が現れる。それに呼応し、短柄の傘が出現する。(2)覆いが小型の傘の登場により、鎌倉時代以降、傘を使用する階層が拡大するとともに、差しかけられる形態から、傘の柄を自ら保持する形態に変化していく。(3)階層ごとに、使用する傘の形状、覆いの大きさ・色彩・材質に一定の関係性がみられる。(4)祭りに使用される傘には、神を迎えて時間空間を同一化する意匠がうかがえる。(5)往時の人びとの傘の使用には、陽よけ・雨よけの物理的機能に加え、傘によって表象的・結界的な時空間を演出・創出する企図がみられる。
著者
森 優子
出版者
日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.139-146, 2001-11-30

文を書くには, 文字以外に句読点をはじめとするさまざまな記号や符号が使用される。文をより正確に, 読みやすく表現するためには, これらの記号類は重要な要素となる。日本語の横組の文で用いられている句読点には, 現在3通りの組み合わせが存在する。本稿では, 句読点の不統一性に着目することでその現状について把握し, 問題点の所在を明確にすることを目的とする。まず, これらの句読点がどのような規則に基づいて決められ, 使用されるに至ったのかを把握するため, 句読の指針を示す記述がある文献について調査した。次に, 句読点の使用の現状を知るために, 現在発行されている定期刊行物がどの方式を採用しているのか調査し, それらの分野ごとの傾向について比較した。最後に, アンケートを通して個人の句読点に関する意識調査を行った。句読点の不統一性に着目した3調査の結果, 句読点に関する一般の規則と, 印刷物における使用の実態, さらに個人が持つ意識の間には差異があることが明らかになった。
著者
坂手 勇次 小島 菜穂子
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.62, no.6, pp.6_43-6_50, 2016-03-31 (Released:2016-05-30)
参考文献数
15

本研究では,日本の伝統的な撥水・防水加工和紙素材を再現し,それを応用した2種類のサンプルを制作した。その対象を,特殊な装飾品や伝統工芸品ではなく, 普段の生活のなかの実用品とすることで, 廃れつつある日本古来の紙文化を再認識することを狙いとした。現代ではあまり利用されていないが,昔は撥水, 防水加工を施した和紙が多く使われていたことに着目し, 食器や雨具などの水に関わる日用品を想定した和紙素材の再現を行った。具体的には、まず、漆,荏油(えのゆ), カキ渋などの伝統工法を試し, 次に、最新工法の液体ガラスコーティングを用いて, 和紙の撥水,防水加工の可能性について,実際の試作による検討を行った。最後に, この試作した撥水・防水加工を施した和紙素材を用いてカップ(食器)と合羽(雨具)を制作した。
著者
堀川 将幸 藤村 諒 佐藤 浩一郎 寺内 文雄
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.4_45-4_54, 2022-03-31 (Released:2022-04-26)
参考文献数
16

本稿では,精神的充足に向けたデザインを行うための指針を導出することを目指し,習慣化に関する主体的行動を対象とした精神価値の成長要因を明らかにしている。具体的には,まず,ハマるに至るきっかけから定着化するまでの習慣化に関する主体的行動を調査し,その経験価値の変化の特徴を分析し,これらの結果に基づいた経験価値変化モデルを提案している。次に,習慣化,定着化に至った主体的行動の事例を対象として,評価グリッド法とクラスター分析を実行した。その結果から,習慣化に関する主体的行動における精神価値の成長に起因する4つの心理状態「高揚感」「平穏感」「好奇心」「向上心」が,価値実感期,価値成長期,価値定着期の3期において変化し,定着化するプロセスを示している。また,各状態の具体的な成長要因として,価値実感期での感動体験や潤沢な体験,価値成長期での共同体験や上達体験,価値定着期では日常化体験や到達体験を導いている。さらに,これらの成長プロセスの変遷を考察することで指針構築の一助とした。
著者
石川 義宗
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.2_19-2_28, 2023-09-30 (Released:2023-10-25)
参考文献数
50

本稿の⽬的は我が国のインダストリアルデザインの理論的特徴を明らかにすることである。そのために1970 年前後のJIDAの機関誌を参照し、主に「道具」に関する議論に注⽬する。その議論から少なくとも下記の4つの理論的な分節を指摘することができる。(1)⽇本の現状を省察し、インダストリアルデザインの理論に空間的、時間的変化を付与した。(2)上記(1)の実証として、コンポーネント家具やユニット住宅が注⽬され、「複合機能」や「機能の系」といった概念が提起された。(3)上記(2)を深めるため、⽣活者の創造性に⽬を向け、デザイナーとユーザーの共同意識を浮き彫りにした。(4)上記(3)を⼀般化するため、デザイナーのコミュニティ以外に知⾒を求め、⾃然物と⼈⼯物を俯瞰する視野を獲得した。これらにより、従来の普遍的なインダストリアルデザインの理論に我が国の特徴が付与されたと考えられる。
著者
土屋 篤生 青木 宏展 植田 憲
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.2_1-2_10, 2023-09-30 (Released:2023-10-25)
参考文献数
15

千葉県における伝統的鍛冶技術は、職人の高齢化や後継者不足、社会構造の変化などの要因により消失の危機にあり、その記録および継承が急務である。館山市の房州鎌職人および柏市の型枠解体バール職人への聞き取り調査をもとに、それぞれの製作技術をまとめた。房州鎌:①地金と鋼を鍛接する。②鎌の形状になるように叩いて曲げ、薄く延ばしたのち、型どおりに切断する。③刃元の段差、ミネの勾配およびコバを付け、強度を増す。④水で焼き入れ・焼き戻しをする。型枠解体バール:①四角柱と八角柱の鋼材を鍛接する。頭部に用いる四角柱の方に硬度がより高いものを用いる。②スプリングハンマーを用いて頭を直角に曲げる。③爪を斜めにし、先を割って成形する。④同様にして尾を成形する。尾はおよそ 25 度の角度をつける。⑤焼き入れ・焼き戻しをする。焼き入れでは、工業用の油で半分ほど冷ましたのち、水冷する。両者とも要所の繊細な工程は手作業で、五感を駆使して行うが、鍛接や延ばしなど単純だが力を要する工程には機械を併用することで、高齢でも今日まで続けられている。
著者
上原 勝
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.40, no.5, pp.33-38, 1994-01-31 (Released:2017-07-25)

デザイン材料計画には,2つの考え方があることが分かった。1つは,製品の機能からの考察で,材料選択,材料開発,材料設計,材料改良,新機能付与である。他は,材料の性質からの考察で,新材料や廃棄物の用途開発,転用やリサイクルである。デザイン材料計画の動向を,製品と材料のかかわりの変化,考慮要因の変化,技術の変化,材料の変化,材料の役割の変化について調査した。結論として,次の事を得た。1)新材料の出現は材料と製品との新しいかかわりを作り出している。2)材料計画は全体のシステムやサイクルから考慮しなければならない。3)ゴミ問題に関係し,材料計画は一層重要になっている。
著者
平野 聖 石村 眞一
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.55-64, 2007-09-30 (Released:2017-07-11)
参考文献数
33
被引用文献数
1

本論では,扇風機のデザインの歴史を研究することを通じ,我が国家庭電化製品のデザイン開発における特徴を解明する一助としたい。明治,大正時代の史料を調査することにより,以下のことが判明した。明治時代には,先進国から我が国へ輸入された製品が,扇風機を普及させる中心的役割を果たした。欧米では,天井扇の需要が大いにあったが,我が国においてはほとんどなく,卓上扇風機を中心に開発が進められた。我が国における職人の能力は高度であった為,欧米から導入された技術を受容できる余地があった。当初は町工場も扇風機を製造していたが,やがて財閥系の大企業が製造を独占するようになる。大正時代に入ると多くの大企業が扇風機製造に進出し,各社の宣伝活動が盛んになった。大正時代前半には,扇風機のデザインにおける基本的な4つの要素が出揃った。すなわち,黒色,4枚羽根,ガード,首振り機能である。扇風機は高価であったので,大半の人々は扇風機の貸付制度を利用していた。その結果,扇風機はステイタスシンボルとして機能した。
著者
金子 宜正
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.6, pp.1-10, 2004-03-31 (Released:2017-07-19)
参考文献数
26

バウハウスを退職した後、ヨハネス・イッテンは、独自の造形美術学校イッテン・シューレ(1926-1934)をベルリンに創設した。同校の教師陣には、日本人画家・水越松南、竹久夢二がおり、小原図芳は水越の授業を見学した。また、自由学園からの二人の留学生(山室光子・笹川[当時旧姓今井]和子)が同校で学んだ。本稿で筆者は、ベルリンにおけるイッテンと日本人との交流の詳細、日本人画家がイッテンの芸術論に与えた影響、イッテンと日本人画家を結びつけた長井亜歴山の活躍、日本に伝えられだイッテン教育にみられる日本画の影響を明らかにした。更に、山室・笹川が日本でイッテン教育を広め、イッテンと教育的交流を持ち続けたこと、二人の友人でイッテンの教え子エヴァ・プラウトが大智浩にイッテン教育を教え、彼が後にイッテンの色彩論を邦訳するに至ったことを明らかにし、イッテンと日本のデザイン教育との接点について論じた。
著者
郭 庚熙 青木 宏展 植田 憲
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1_11-1_20, 2023-07-31 (Released:2023-08-03)
参考文献数
16

今日、急速な経済発展の傍らで、地域に根ざして形成されてきた地域固有の文化の衰退が危惧されている。その対策として、当該地域の文化や資源を活かした地域活性化が求められている。本稿は、千葉において誕生・発展した漁師の晴れ着「万祝」を対象としたものである。万祝の型紙のデジタル化に基づき、万祝の認知度向上や共有化に資する資源の活用方法を、実践を通して提示することを目的とした。具体的には、万祝の型紙の図柄のデジタルデータの取得・保存を行うとともに、それらを活用した生活用品の提案、展示・ワークショップの実施、職人との連携などを試みた。以上の取り組みの結果、万祝のデジタル化・活用による地域活性化への可能性について以下を抽出した。(1)地域住民とのコミュニケーションによる万祝の顕在化、(2)自律的な地域活性化への可能性、(3)地域社会での共有のためのプロセスの提示、(4)職人との協力による伝統的工芸の継続。
著者
長井 千春 宮崎 清
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.77-86, 2007-05-31 (Released:2017-07-11)
参考文献数
34

ヨーロッパの後進国ドイツは、19世紀末には世界屈指の産業国家に成長していた。日本では、同じ頃、イギリスに代わる近代化の準拠国として新たにドイツに照準をあわせ、重要な輸出産業である陶磁器製造においてもドイツを模範とした。本稿は、マイセンでの磁器開発を起点に盛んとなるドイツ磁器産業の発祥から発展の経緯を検証するなかで、その特性を整理し考察を試みた。19世紀中葉のドイツ文化圏には4つの特徴ある磁器産業地帯が形成されていた。各産地ともに資源環境に恵まれ、量産技術の開発と合理的な経営に優れた工場が多く、これまで特権階級の所有物であった磁器を日用必需品として、幅広い生活層への普及に貢献した。そして、20世紀初頭には輸出量でアメリカ市場を制覇し、かつて粗悪で悪趣味と呼ばれた磁器製品は、国策としての工芸振興とデザイン運動との連動により、技術力とデザインで国際的に認知されるまでに力をつけ始めていた。
著者
高橋 正明 高山 英樹 山手 正彦
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.43, no.3, pp.1-10, 1996-09-10 (Released:2017-07-25)
参考文献数
14

我が国の時刻表では、必要な情報をより得やすいものにすることと、新たな情報を収めるという相反する要求に対し、視覚伝達という視点から、様々なデザイン上の技術的回答が示された。ページ方式の採用と判型の定型化は、限られたスペースの中に情報を掲載するためのデザイン開発の誘因となった。ピクトグラムは、その代表的な例であり、我が国の時刻表では、限りある紙面の中で情報を速く分かりやすく伝達することを目的として早い時期から採用された。索引地図は、検索機能を優先した我が国独自の変形地図として、煩雑な文字情報だけでは得にくい細かな情報に、瞬時に到達させるという点において優れたデザイン上の工夫であった。また、視覚情報への置き換えが困難な文字による列車情報では、文字に微妙な変化を与えることによって見る情報としての要素が加えられた。この様に時刻表では、全体を通して「読む」から「見る」への一貫した提案が行われてきた。
著者
町田 俊一
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.50, no.4, pp.79-84, 2003-11-30 (Released:2017-07-19)
参考文献数
5

これまでの伝統的工芸品産業が、デザインを取り入れることができなかったことについては、産地が形成されてきた経緯のなかで、高度な社会分業体制が構築され、新たな業務に対する柔軟性を失ったことが原因として考えられる。また、明治以来、製造業の社会的地位が低く見られるようになり、職人が手作業労働者に位置づけされたために、職入のなかからデザイナーを養成する余裕もなかったことも要因にあげられる。デザインを取り入れるためには、現在の製造システムを大幅に変革し、合理化する必要性があるが、その効果は大きいことが示唆された。それは、製品の価値を拡大するだけでなく、製造従事者の社会的地位や労働の魅力を向上し、伝統的工芸品産業自体を再生するものである。また、デザインを産地内に定着させるためには、産地の特性に適したカリキュラムを有する教育の場が必要であり、地方公設試験研究機関や大学などがその役割を担うことが期待される。
著者
樋口 孝之 宮崎 清
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.45-54, 2008-01-31 (Released:2017-07-11)
参考文献数
49
被引用文献数
1

デザインを保護する制度の整備について,明治初期に,物品の「新形」の「発明」・「創製」を保護する,あるいは「形状模様」の「新按」を保護するものとして検討がなされていた。明治中期にデザインを保護する制度を日本へ導入する際,英国法におけるdesignは日本語の「意匠」へ訳出された。1888(明治21)年に発布された意匠条例は,高橋是清が尽力して制定したものである。高橋は,1年間にわたって欧米諸国のdesign保護制度の調査を行なった。帰国後,デザインを保護する必要を訴求する意見書において,日本の人民の技能の長所は専ら「意匠」にあると述べている。そして,「形状模様もしくは色彩」に関わる「意匠」を保護するものとして制度を制定した。意匠条例を制定する審議の際に,保護対象となるdesign概念を「人ノ意匠上ヨリ成レルモノ」ととらえて,designを「意匠」と訳出したと記録されている。1888年に発布された意匠条例において「意匠」の語は,主体(人)が客体(物品)をどのようなものとするか案出する思考行為,またはその思考行為から得られた成果を示す意味内容で用いられていた。
著者
横井 聖宏 中島 瑞季
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.67, no.3, pp.3_49-3_56, 2021-01-31 (Released:2021-02-20)
参考文献数
29

本研究では,無彩色の平面で表現された写真,絵画などの作品の印象や季節感を演出する要素として,作品を照らす展示照明の活用可能性を検討するため,照明の色温度と照射位置を要因として取り上げて,これらがモノクロ写真作品の印象と季節感に与える影響を評価実験によって確かめた.実験では,20枚のモノクロ写真作品を1枚ずつ無作為な順番で壁に展示した状態で実験参加者に呈示し,5枚ごとに作品を照らす展示照明の色温度と照射位置の組み合わせを変更したうえで,それぞれの作品に対して7段階SD 法による印象評価と5段階評定尺度法による季節感評価を求めた.その結果,展示照明の色温度や照射位置によって,作品の印象や季節感に有意な差が認められた.また,照射位置は季節感に直接的な影響を与え,色温度は明るさ感の印象を変化させることで間接的に季節感に影響を与えるという有意な因果関係が認められた.ただし,これらの影響は小さく,作品に対する評価や解釈をまったく異なる方向に変化させるようなものではないと考えられる.
著者
肖 穎麗 宮崎 清 植田 憲
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.55, no.5, pp.5_19-5_26, 2009-01-31 (Released:2017-11-08)
参考文献数
23

本稿は、中国における意匠権保護のあり方を導出するための一過程として、古文献に基づき、古代中国における「模倣」の観念について考察したものである。 その結果、以下の知見を得た。 かつての中国において、「模倣」は「臨模」という概念でとらえられ、学習過程でなされるべき行為であった。また、その体験を通して、ものの創造行為に対する敬意を涵養しつつ、自らの独自性が培われた。「模倣」は、決して悪の行為としてみなされることなく、学習・鍛練に不可欠な奨励すべき行為として位置づけられていた。「型」「手本」への出会いを喜び、その「真」に近づくべく徹底した「模倣」を積重ねることが、オリジナリティのある自己の世界の創造に通じると考えられていた。 「模倣」に関するこのような観念は、今後、知的財産としての意匠権のあり方を考えるにあたって、多くの示唆を与えてくれる。それゆえ、古代中国における「模倣」に関する観念は、今日、再認識されるべきである。
著者
松井 実 小野 健太 渡邉 誠
出版者
一般社団法人 日本デザイン学会
雑誌
デザイン学研究 (ISSN:09108173)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.3_1-3_10, 2016-09-30 (Released:2016-12-21)
参考文献数
42

進化理論の適用範囲は生物にとどまらない.本稿は文化進化の議論を基盤に,設計の進化について論じる.設計は2つに大別される.一方は理念で,機能に関するアイディアや情報である.他方は設計理念に基づいて開発された製品などである.本稿は,前者の設計理念は進化するが,後者の人工物は進化の主体ではないことを示す.設計理念とその発露としての人工物の関係は,生物学における遺伝子型と表現型の関係に似ている.表現型とは,腕や目,行動などをさし,遺伝子型はその原因となる遺伝子の構成をさす.表現型は,生物の製作するものをさすことがある.たとえば鳥の巣やビーバーが製作するダムなどで,「延長された表現型」とよばれる.人工物は設計の表現型ではあるが,人間の延長された表現型ではない.人工物は文化的遺伝子の発露であって,人間の遺伝子の発露ではない.もしそうであれば,人工物の良し悪しによってその製作者の遺伝子が繁栄するか否かが影響されなければならないからだ.進化理論は,とらえがたい複雑な現象である設計を理解するには非常に有用である.