著者
岡田 俊裕
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.193-215, 1997-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
129
被引用文献数
2

小川琢治は中国への並々ならぬ関心を終生持ち続けた.その契機は『台湾諸島誌』 (1896) の執筆にあり,その際重用した中国の古地誌・史料への興味が歴史地理研究へと向かわせた.彼は,儒家によって異端邪教視された史料を重用し,中国の地理的知識の拡大過程および古代の東アジア世界と地中海世界との地域交流などを考究した.以後,歴史地理学ないし地理学史研究が京都(帝国)大学における地理学研究の伝統となった.また彼は,情況に対応した中国経営論を展開した.その視点は植民地経営者のものであったが,研究者としての見識も示した.しかし,反日・抗日運動が活発化した蘆溝橋事件以後は一変し,中国との連携志向を失った.このような論策の背景には,自らが先鞭をつけた戦争地理学研究があった.それは当初政治学の分科ゲオポリティクとは区別されたが, 1930年代にはゲオポリティクを政治地理学の分科と規定し,同じ政治地理学の分科である戦争地理学がゲオポリティク的要素を含むことを理論づけた.それを踏まえて中国経営論も変容したと考えられる.
著者
貞方 昇
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.11, pp.759-778, 1991-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39
被引用文献数
1 9

鳥取県弓が浜半島における「外浜」浜堤群の形成に関与した,鉄穴流しに由来するとみられる堆積物の役割を論じた.美保湾に面する「外浜」の地形は,より古い他の二帯の浜堤群(「中浜」,「内浜」)と大きく異なり,低平で堤間低地に乏しく,ほとんど砂丘の発達をみない.また「外浜」の表層堆積物の粒度組成と岩石・鉱物組成は,他の二帯のそれらと比較して著しく粗粒で,花崗岩類起源の岩片・鉱物に富むとともに,鑪製鉄の廃棄物である鋲滓粒を多く含む.地表下10mまでの「外浜」堆積物は,海浜の急速な堆積過程を反映して,深さ約6mまでの粗粒堆積物と,その下の数mの厚さの細粒堆積物に二分される.そのいずれにも鉄津粒を含み,「外浜」の堆積物が鉄穴流しと密接な関係をもつことを裏付ける.火山岩類の割合を指標として,「外浜」と「内浜」両浜堤群の堆積物を比較検討した結果,「外浜」の堆積物中における,鉄穴流しによるとみられる堆積物の割合は,少なくとも,全体のおよそ75%に及ぶものと評価された.また,既存地質柱状図と地区別の面積から得た「外浜」浜堤群の堆積物の全土量のうち, 1.3×108m3が,おもに鉄穴流しに由来するとみられた.この値は,日野川流域における既知の鉄穴流しによる廃土量のおよそ半分近くに相当する.
著者
長谷川 均
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.63, no.10, pp.676-692, 1990-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3

The Hatenohama sand cays located at the eastern end of Kume Island are the largest coral sand cays in Japan, with a total length of about 6 km and a width at the widest point of 300m. The aim of this paper is to describe the long-term changes in shorelines along the Hatenohama sand cays caused by typhoons. Vertical aerial photographs were taken 5 times in the period between 1962 and 1984. Shoreline changes in the sand cays were measured with a digitizer from these aerial photographs. In order to compare changes of intertidal and subtidal sand areas in the areas surrounding the sand cays, image enhancement techniques were employed on these photographs using a personal computer system and a CCD camera. Typhoons and their wind data recorded at the Kume Island Weather Station over the period 1.962-1984 were analyzed. During those 22 years the number of typhoons wihch approached Kume Island was 126. Wind energy resultant vectors were calculated using the wind velocity and the wind direction at the times when typhoons passed near or over the island. The analysis of sand cay shoreline changes and wind date of typhoons for the period 1962-1984 at Kume Island indicated that the changes of shorelines reflect changes inn the wind-induced waves. Shoreline changes occurring since 1962 were related to the wind-induced waves from the south associated with the occurrence of typhoons. Significant changes have occurred since 1970. Con-siderable quantities of sand have moved, exposing beach rocks on the southern beach and covering formerly exposed beach rocks on the northern beach. Because of the strong south wind, the south sides of the cays experienced ramparts erosion, while the sandy beaches on the northern sides increased in area. It was found that the shoreline changes and changes in the shapes of the sand areas surrounding the sand cays occurred frequently. However, the long-term trends of shoreline erosion/accretion patterns and the changes in mor-phology of sand areas are not clearly understood. This study shows that the eastern and the western ends of the sand cays have been elongated and significant changes have occurred, On the other hand, the middle of the southern beach has suffered little or no shoreline change, with the beach rock being extensively exposed for the length of about 1km. It is assumed that the beach rock supports sandy sediments and protects the shoreline from wind-induced wave erosion.
著者
宮川 泰夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.5, pp.351-361, 1998-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28

中部圏開発整備の課題について,地域計画の理念と計画地域の領域との両面から考察した.中央日本,中部圏,中京という計画地域の概念は戦時体制下での地域計画成熟していたが,計画地域として明示されるに至ったのはいずれも高度経済成長期の1960年代である.しかしその後は国土庁大都市圏局や東海旅客鉄道のような中央日本を管理領域とする官民の地域計画主体が誕生しても,1960年代のような三者の関連についての議論は深あられていない.中央日本の要となる計画領域としての中京が中部圏において明瞭に位置付けられ,中京の役割を内外のクロスロードとして明示することが,構造的に中部圏開発整備の一つの課題となってきた.地域計画理念の上では,地域からの発想と地域主体による自主的な工業振興計画が継承されてきている.これに加えて,地域が培ってきた地域住民の生活と地域環境の改善とを重視し,地球の環境と人類の厚生に配慮して,地域自らが自律的に内外の地域と連携してそれらを実現する計画の立案が,中部圏開発整備において今求められてきている.
著者
ミデール ライムンドS.
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.59, no.6, pp.362-369, 1986

第2次大戦後のポーランド経済,とくに工業の急激な発展によって,急速な都市化過程が生じた.1950~80年の間に,都市人口割合は総人口の38.4%から58.7%へ増大した.この時期に,ポーランドの市・町の人口は1,140万人(54.3%)増加した.そのうち,ちょうど42.4%は自然増加, 33.9%は農村地域からの流入, 23.7%は行政区域の変更によるものである.<br> 1980年末には,ポーランドには804の都市と都市的集落とがあった.ポーランドの町のうちでは,小さい集落(人口1万人以下)が圧倒的に多い.それらの小集落は,都市的集落総数のうち55.9%を占め,同時に全都市人口の約10%を占めている.同年,人口5万人以上の町は75(都市的集落総数の9.3%)を数え,全都市人口の62%以上を占めている.<br> 空間的視点から見て,最も都市化しているのはポーランド西部および南央部であり,全国の都市化指数を超えている.国土には16の都市アグロメレーションがつくり出され,その中で9つが充分に発達したもの(上シロンスク,ワルシャワ,ウッジ,クラクフ,プロツラフ,ポズナニ,シュチェチン,グタニスク・グジニア,ビドゴシュチ・トルニ)であり, 7つがある程度発達した都市アグロメレーションである(スデーティ,スタロ・ポルスカ,ビエルスコ,オポーレ,チェンストホバ,ルブリン,ビアウイストック).顕著な16の都市アグロメレーションは,全国人口の20%以上,都市人口の60%以上,全産業人口の約65%以上を占めている.別に, 4つの都市アグロメレーションの発生が目立つ.すなわち,タルノブジェック—スタロバ・ボラ—サンドミエシ,周カルパチア,下シロンスク,カリシュ・オストルフである. 20世紀末には,ポーランドの総人口は, 3,900~4,000万人の水準に達し,そのうち65~75%は都市人口と推定される.現在目立つ16の都市アグロメレーションは,多中心地結合集落システムの内部で主要な経済的中心地の機能を果たし,ポーランドの都市人口の約80%が集まっているであろう.
著者
藤目 節夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.235-254, 1997-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
1

ある特定地域の生活の質 (quality of life, QOL) を評価する場合には,当該地域のみならず隣接する地域のQOLを構成する指標をも考慮する必要があるとの基本的認識から,近接性を考慮したQOLを評価する方法を提案し,これを愛媛県70市町村に適用し,近接性を考慮した場合と考慮しない場合のQOLを求めた.その結果,近接性を考慮した場合のQOLのパターンは,考慮しない場合のそれとはかなり異なること,とくに松山市などの中心都市の周辺地域でのQOLの評価の向上が顕著であること,などが明らかとなった.周辺地域住民が短時間で容易に中心都市を訪問できることを考えると,この結果は,近接性を考慮しない場合に比較し,各地域のQOLをより的確に評価していると考えられ, QOLを評価する対象地域が相互に隣接している場合には,近接性を考慮する必要性があることが示唆された.
著者
平井 誠
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.72, no.5, pp.289-309, 1999-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
38
被引用文献数
3 3

大都市郊外地域における高齢者の転入移動の特性を明らかにするために,本稿は東京の郊外地域に位置する埼玉県所沢市への高齢者転入移動を移動者個人のレベルから分析し,移動の類型および移動の要因について考察を行つた.アンケート調査および聞取り調査によって得られた112件の高齢者転入移動の事例を検討した結果,以下の点が明らかとなった.高齢者転入移動を随伴移動者別に検討すると,移動者の属性,移動理由,移動パターンに差異が認められた。また,高齢者が主体的に行う「同居志向型」,「近居志向型」および子供世帯に随伴して行う「随伴型」という三つの移動の類型が見出だされた.「同居志向型」は70歳以上の女性に顕著であり,単独で子供世帯の下へ移動する.「近居志向型」は60歳代の比較的若い時期に夫婦で子供世帯の居住地の近隣に移動していた.三つの類型とも,とくに移動先の決定に際して子供世帯の影響を強く受けていた.親である高齢者とその子供の関係が,大都市郊外地域への高齢者転入移動と密接に関係していると結論される.
著者
池 俊介
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.131-153, 1986-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
20
被引用文献数
8 7

わが国にかつて広範に存在した入会林野は,主に明治以来の政府の入会林野解体政策によって,その多くが解体していった.しかし現在でも,近代的所有形態をとりつつも,実質的に入会林野としての性格を維持している例がかなり存在している.本稿では,財産区という所有形態で旧入会林野を維持し,観光事業に利用している二つの集落をとりあげ,旧入会林野の有効利用の実態を明らかにするとともに,財産区をめぐる諸問題についても考察した. その結果, (1) 1960年代からの白樺湖・蓼科高原の著しい観光地化の中で,財産区は土地貸付・直営観光事業によって莫大な収益を得,財産区民の生活水準の向上に利用されていること, (2) 観光地化による財産区の事務量増加の中で,人事面において問題を生じていること, (3) 財産区制度の矛盾により,財産管理面で観光地化による新来住民の存在が問題化していること, (4) 財産区収益の増大により,市当局の行政面での圧力が増す可能性が生じてきたこと,などが明らかとなった.

1 0 0 0 OA ドイツの国境

著者
浮田 典良
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.1-13, 1994-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
37

Seit der Eröffnung der Berliner Mauer im November 1989 und der Vereinigung der beiden deutschen Staaten im Oktober 1990 hat man sich auch in Japan für das Phänomen der Staatsgrenze sehr interessiert. Bis etwa 1960 sind die Probleme der Staatsgrenze in der Regel nur von der Politischen Geographie untersucht worden. Die Staatsgrenzen behandelte man in den europäischen Ländern und auch in Japan hauptsächlich unter folgenden Gesichtspunkten: a) “frontier” and “boundary” (strategischer Aspekt). b) Grenzverlauf. (Handelt es sich um natürliche oder künstliche Grenzen?) c) Funktionen und Wirkungen der Grenzen. Seither haben die geographischen Untersuchungen über die Staatsgrenzen in Deutschland, Österreich und der Schweiz auch Aspekte der Landschaftsforschung und der Sozialgeographie aufgegriffen. Man kann die Forschungsthemen in drei Gruppen gliedern. A. Analysen der Kulturlandschaft beiderseits der Staatsgrenze: Sie betreffen vor allem (1) die historische Gestaltung der Kulturlandschaft wie Flurformen und Siedlungsformen. Zum Beispiel findet man beiderseits der deutsch-niederländischen Grenze im Emsland unterschiedliche Formen der Moorkolonisation und der Kanalsiedlungen, die auf der topographischen Karte bemerkbar sind. (2) die Differenzierung der landwirtschaftlichen Bodennutzung unter dem Einfluϖ einer unterschiedlichen Agrarpolitik. Unter anderem findet man beiderseits der schweizerisch-österreichischen Grenze am Alpenrhein Weinbau nur auf der schweizerischen Seite. (3) die Unterschiede der Wirtschaftsstruktur beiderseits der Staatsgrenze. Beispiel: In der Oberrheinischen Tiefebene differiert die Erwerbstätigkeit der Bevölkerung auf der deutschen und französischen Seite erheblich. B. Untersuchungen der Beziehungen über die Staatsgrenzen: Sie gelten vor allem (1) den Grenzgängern oder Grenzpendlern. Zum Beispiel kommen von den Niederlanden, Belgien, Frankreich und Österreich viele Grenzpendler nach Deutschland. Dagegen orientieren sich die Grenzpendler von Deutschland aus vor allem auf die Schweiz. (2) den zentralörtlichen Beziehungen. Beispiel: Der Einzugsbereich der Grenzstadt Flensburg reicht auch nach Dänemark hinein. Viele Leute kommen von dort nach Flensburg, um alkoholische Getränke, Schokoladen, Elektroartikel and andere Waren zu kaufen. (3) dem Fremdenverkehr. Der moderne Tourismus zeigt hohe absolute Zuwachsraten in der Form des grenzäberschreitenden Reiseverkehrs. C. Grenzäberschreitende Zusammenarbeit im Bereich der räumlichen Entwicklungsplanung. Im Vordergrund stehen (1) die Verkehrsplanung and das Wirken zwischenstaatlicher Einrichtungen. Beim Neubau der Straϖen und anderer Verkehrswege wird oft eine grenzäberschreitende Zusammenarbeit nötig. Regionale oder kommunale Organisationen, wie EUREGIO Maas-Rhein und Regio Basiliensis gewinnen zunehmend Bedeutung. (2) Aspekt des Umweltschutzes. Die Umweltverschmutzung (tuft, Wasser) sensibilisiert in Grenzregionen zunehmend die durch “die andere Seite” belastete Bevölkerung. Für die Lösung der oft komplizierten technisch-ökonomischen Problem spielt die grenzäberschreitende Zusammenarbeit eine unentbehrliche Rolle.
著者
岡 義記
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.55-73, 1990-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
69

W. M. Davisの地形学は今世紀の前半に全盛時代を迎え,その影響力は今日にも及ぶ.しかし,その影響力ゆえに今日ほどDavisが酷評を受けている時代はない.Davis地形学の中心的概念であった侵食輪廻に焦点をあて,その意義を考え,その歴史的展開と日本の地形学の対応を歴史的に考察した. その結果,侵食輪廻説に含まれる空想とその前提にいくつかの矛盾があったために,それを放棄しなければならない歴史をたどったことを指摘した.また,日本では,その影響を強く受けていたが,侵食輪廻説の根底にある仮定にまでさかのぼる徹底した議論がみられなかったために,それに基づく古典的削剥年代学は温存される結果となったことなどを指摘することができた.
著者
谷口 真人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.60, no.11, pp.725-738, 1987-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
18 16

新潟県長岡平野における地下水温の形成機構を解明するために,地下水温の時空間分布の観測と熱移流を考慮:した数値解析を行なった.その結果,地下水温鉛直分布の季節変化パターンは特徴的な4つのタイプに分類され,その分布域も地域的な特徴を持つことが明らかになった.また,地下水流動による熱移流を考慮した数値解析により,これらの地域的差異が,地下水の涵養・流出・移流・揚水によって生じたものであることが明らかになった。地下水流動系の涵養域および流出域に出現するタイプは,それぞれ年間を通じた0.01m/dの下向きおよび上向きのフラックスの存在により,恒温層深度が鉛直一次元の熱伝導による計算値より約5m下方および上方へ移動する.河川近傍に出現するタイプは,水平熱移流の影響を受けて全層一様に温度変化する.市街地中心部に出現するタイプは冬期の消雪用揚水により,浅層の高温な地下水が水塊状に下方へ移動することにより説明できた.
著者
奥野 隆史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.8, pp.431-451, 2001-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
52

F. K. Schaeferの例外主義論文の発表以来,今日までに半世紀を経ている.その間, 1960年代前半の既存の統計手法の利用に始まり,その後地理学固有の概念・手法の重視が叫ばれ,それに伴い立地論のモデル展開や空間行動の計量分析などが盛んとなり,そのアブ面一チが集計的なものから非集計的なものへと変化していった・1970年代後半以後・際立った変革が技術と方法の両面に現れてきた.主なものはGISの発達とロにカルモデルの構築である.GISの計量地理学分析への結合は必ずしも十分ではないが,分析法のコンピュータプログラム化の遅れとともに,それの未開発部分の多さにもその原因がある.近年における分析法の開発の主点は,前代の空間プロセスのグローバル面のモデル化から,それのローカル性に焦点を当てたモデル化に移行されっっある.この移行は,地域個性の計量的解明を目指すとともに,空間的非定常性問題の解決を意図する動きといえる.それに関して, (1) 点パターンや空間的自己相関などの伝統的問題に対するローカル分析, (2) 空間的拡張法,空間的適応フィルタ法,多水準モデル法,地理的加重回帰法など多変量的問題状況に対するローカル分析について論評する.またこれらの分析と深く関わる可修正地域単位,実験的推測,地理的加重モデルなどの新しい研究動向にっいても言及する.
著者
仙田 裕子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.66, no.7, pp.383-400, 1993-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
5 5

高齢者の生活の質を理解するためには,生活空間の把握が不可欠であると考え,本稿では余暇的活動を行なう際に取り結ぶ社会関係の空間的範囲(「関係空間」と称す)に焦点を当て,調査を行なった.調査地域には今後高齢化の進展が予想されている東京大都市圏の郊外地域(横浜市戸塚区秋葉町)を選定した.調査は,「関係空間」の広がりと属性との対応に関するアンケート調査と,ライフヒストリーとの対応に関するインテンシブな聞き取り調査の2段階に分けて行ない,その結果以下のことが判明した. (1)高齢者の「関係空間」の広がりは,高齢以前の生活空間によって規定されるが,身近な地域については高齢以後に形成される関係に規定される. (2)職住の空間的な分離や人口の流動性の高さといった郊外地域の特性は,加齢に伴った「関係空間」の変化を余儀なくする.高齢者はそうした空間的な変化に対しても適応する必要が生じている.
著者
長坂 政信
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, no.3, pp.239-257, 1988-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

岩手県におけるブロイラー産業は1960年代前半に大船渡市で開始され,その後半には県南地域に波及した.その担い手は飼料資本の地元飼料特約店であり,処理加工場を設立しつつ,地元の生産者を確保するために主に委託契約方式を採用してブロイラー飼養を行なわせた. 1960年代後半から70年代前半にかけ,次第に県北地域へとブロイラー産業は地域的に拡大した.その担い手は地元飼料商のほか,総合商社・飼料資本の子会社,単位農協地元農民など多様であった. 1970年代後半には大手のローカル・インテグレーターを中心に,種鶏・ふ卵場の設置,直営農場によるブロイラー飼養,荷受・卸売部門への進出を通して,生産から販売に至る一貫した自己完結型のインテグレーションを形成し,また飼養農家の強い生産意欲にも支えられて市場競争力を強め,南九州産地と並ぶ日本のブロイラー産業の生産地を確立した. 岩手県のブロイラー産業の主産地を形成している南東部地域と北部地域では,零細農家が収益の相対的優位性を最大の要因としてブロイラー飼養を選択し,また,複数のインテグレーターが地域の農業経営や農家経済の状況に対応して,ブロイラー産業への地域的条件整備の役割を果たしてきたという共通の存立基盤のあることが判明した.
著者
中村 和郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.3, pp.155-168, 1998-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
1

In striking contrast to the long history of general maps, it was not until the latter half of the seventeenth century that thematic maps appeared. A. Hettner, (1927), who fully discussed the unique properties and importance of maps in geography, did not yet use the term “thematic maps, ” but stated instead that new types of maps had been introduced in the nineteenth century. A. Kircher (1665) and E. W. Happel (1685) were among the first thematic map makers. The contribution of E. Halley deserves special mention. His world map of trade winds and monsoons (1686) was the first map which used iconic symbols to depict wind directions, and even the seasonal reversal of the Indian monsoon was well demonstrated. Very few had ever used isolines before Halley, who made a chart of compass variations in 1701. Thematic maps made rapid progress in the eighteenth century, when maps of geology, biology, linguistics, population density, economics, administrative divisions, etc. were made. In the author's opinion, Alexander von Humboldt and Karl Ritter made full use of thematic maps to establish the firm foundation of modern geography. “Sechs Karten von Europa” by Ritter, attached to his book “Regional Geography of Europe, ” was the first printed atlas of thematic maps. An incredible amount of information concerning individual locations on the earth's surface was put into an orderly system of knowledge in the form of thematic maps. By making distribution maps of trees and shrubs and of cultivated plants, he delineated several natural regions which were almost parallel to the latitudinal zones. His famous definition of geography, that is, geography deals with the earth's surface as long as it is earthly filled (irdisch erfüllt), can be well understood through his intention to make various thematic maps, because comparable information must be collected for the whole region to complete a map. Halley's isoline map was followed only by those of Ph. Buache (1752) and J. I. Dupain-Triell (1791) until Humboldt made an isothermal chart in 1817. The isoline map is unique in that it can be made with a limited number of data. Humboldt used only 58 cities to produce his chart of a wide area in the Northern Hemisphere. In addition, isoline maps are also unique in that, once made, interpolation and extrapolation allow determination of the figure for every arbitrary point. With the aid of Humboldt, H. Berghaus, the eminent cartographer, published the “Physische Atlas” which included many thematic maps. It cannot be denied that Humboldt was also very keen to illustrate the regularities of physical phenomena and the interrelationships between them using thematic maps.Scrutiny of the history of modern geography from the viewpoint of thematic maps, discovering what type of map was developed for what purpose, etc., is a promising research area.For example, C. Darwin made a distribution map of coral reefs to test his subsidence theory explaining the formation of three types of coral reef. Emphasizing the shapes that maps can describe better than language, O. Peschel believed that a precisely prepared map could illustrate the hidden factors explaining the formation of fjords and other phenomena. F. Ratzel also recognized the importance of map representation in the science of “Anthropogeographie.” His movement theory was highly appreciated by the Kulturkreis school in cultural anthropology. L. Frobenius developed the culture-complex diffusion theory with the help of a number of thematic maps.K. Yanagita (1930), a Japanese folklorist, assembled more than three hundred parochial expressions for the word “snail” into a map. Identifying a concentric pattern with the center in Kyoto from a seemingly chaotic map, he concluded that the distribution pattern of some Japanese dialects resulted from a slow diffusion from the ancient cultural core.
著者
山下 亜紀郎
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.11, pp.621-642, 2001-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
15
被引用文献数
2

本研究では,金沢市における都市住民による用水路利用,ならびに用水路の維持に対する意識と実践にっいて,住民や地域組織などへのアンケート調査および聞取り調査に基づいて解明した.1970年頃まで,用水路は都市住民の生活にとって多様な機能を有していたが,現在では,景観要素としての「見て楽しむ」機能と火災や積雪に対する「防災」機能に特化している.用水路利用者の住民属性に関しては両校下で相違がみられ,長町校下では,用水路は幅広い住民層によって利用されているが,小立野校下では高年齢層や居住年数の長い人に限られる.居住地に関しては両校下とも,利用者が用水路からの距離に比例して減少している.用水路の維持に関しては,地域組織による活動が重要な役割を果たしている・現在の都市生活者にとって,個人単位で用水路を生活に利用し,維持するには限界があり,地域組織で用水路の新しい活用法を見出し,維持・管理していくことが重要である.
著者
山縣 耕太郎 町田 洋 新井 房夫
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.195-207, 1989-03-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
4 4

北海道南部の函館付近には後期更新世に噴出したと考えられる数枚のテフラ層が分布し,別個のテフラ層として銭亀沢火砕流堆積物・女那川火山灰という名称が与えられていた.本稿は従来明らかでなかったこれらのテフラの対比を行なうとともに給源火山,分布,層序を解明することを目的とした. まず層序,岩石記載的性質を調べた結果,上記の名称をもつテフラは,同一の給源火山から降下軽石の噴出に始まり火砕流の噴出で終わる一連の噴火によって堆積したことがわかった.この一連のテフラを銭亀一女那川テフラ(Z-M)と呼ぶ.このテフラ層の岩石記載的性質は垂直方向に顕著な変化を示す.これは分帯構造をもつマグマ溜りが存在していたことを示唆し,かつテフラの同定に役立った.次にその給源火口は,降下軽石と火砕流堆積物の層厚・粒径分布をもとに,函館東方の津軽海峡浅海底にある火口状凹地と推定された.またZ-Mのうち降下テフラは亀田半島から日高,十勝まで分布することがわかった.Z-Mテフラの噴出年代は,既存の14C年代やテフラと河成段丘堆積物の層位関係などから総合して, 3.3万年前と 4.5万年前との間と考えられる.
著者
小俣 利男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.74, no.10, pp.567-584, 2001-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
29

本研究では,従来の大地域別・州別分析では実態把握上限界があった,ソ連時代末期のロシア共和国における主業分布にっいて集落別の検討を試みた.まずソ連時代の工業・都市両概念を整理後,工業構成と州別工業分布を概観した.それを受けてモスクワ,チェリャビンスク,イルクーツク3州の工業企業に関するデータベースを作成し,企業数や業種の観点から集落別工業分布を検討した.その結果,国内中核部への工業集中と周辺部の採取工業割合の高さが示された.また,採取部門が工業に含められることに起因する見かけ上の分布拡大と周辺部の工業化,および集落特性と工業立地の密接な関係,とりわけモスクワ地域を筆頭とする大都市への顕著な工業集中が明らかになった.そのような大都市工業集中をもたらしたのは,工業の比較大都市指向性と行政中心地指向性であり,前者の典型的な業種は機械・金属加工,後者のそれは出版・印`刷であることも明らかにされた.
著者
三冨 正隆
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.66, no.8, pp.439-459, 1993-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
42
被引用文献数
6 6

台湾の蘭嶼に居住するヤミ族は,天上神を中心とした世界観と空間認識の体系を発達させており,人の霊魂は天界から蘭嶼に来りて誕生し,死ぬと死霊となり彼方の死霊の島に去ってここに永久に留まるという不可逆的な時間・空間の観念が卓越していて,他のオーストロネシア諸文化とは逆に外洋方向を良い方向,山岳方向を悪い方向として象徴化している. しかし蘭嶼がバタン諸島と渡洋交易を営んでいたはるか過去の時代には,祖霊を中心とした体系が発達しており,霊魂は山岳方向から来りて誕生し,死とともに外洋方向より死霊の島に去り,いつかまた再生するという循環的な時間・空間の観念が卓越していて,山岳方向が良い方向,外洋方向が悪い方向となっていた.この変容は,バタン諸島がスペイン人に征服されて蘭嶼が孤立した小世界となり,父系的血縁集団が衰退し,個人主義と威信競争が卓越するようになった社会秩序の変化と大きくかかわっている.