著者
加藤 秋人
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.4, pp.276-296, 2020-07-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
24
被引用文献数
2

国内工業においては研究開発機能への資源集中が進み,それに応じて中小企業も試作・開発機能強化が進む.いくつかの集積地域では中小企業のネットワーク化による企業間連携の深化を通じ,試作・開発機能の強化を試みている.本稿は京都と四日市の2地域を事例に,中小企業ネットワーク参加企業を分析し,集積地域の質的変容,すなわち当該ネットワークが参加企業間の連携強化をいかにもたらしたか,比較により明らかにすることを目的とした.その結果,京都地域では100社以上が階層的な組織を構築し,各企業が緩やかにつながりさまざまな需要に対応していた.一方,四日市地域では参加16社が厚い信頼関係を構築して共同開発を行い,集積の深化につなげていた.その背景には,多様な受発注先が厚く集積する京都地域と,同地域に比べて集積の厚みに欠ける四日市地域という,両地域の特性が影響しており,それに応じた企業間連携と,試作・開発の取組みが行われていた.
著者
谷本 涼
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.3, pp.204-220, 2020-05-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
37
被引用文献数
2

本稿では,大阪府高槻市を対象に,異なる送迎手段による保育施設利用の実態を反映してアクセシビリティの推計方法を改良し,現状分析と将来人口に基づくシナリオ分析を適用した.その結果,2018年時点の対象地域においては,保育施設の需要と施設立地との間に,相当の空間的ミスマッチがある.とりわけ1~2歳では,市内中心部の駅周辺での供給不足が顕著である.また,公立幼稚園の認定こども園化による保育施設の増強は,一定の効果を有するが,現在の需要を完全に満たすには及ばない.一方,地域的な需給格差を緩和する上で,送迎保育は有効な補助的対策である.そして,将来発生しうる児童数の減少と保育需要の増加に対しては,未収容児童数の増加を招かぬよう,保育サービスの柔軟な供給調整が必要である.これらの知見から,本稿で提案したアクセシビリティ指標とシナリオ分析の手法の有効性も確認できた.
著者
埴淵 知哉 中谷 友樹 上杉 昌也 井上 茂
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.3, pp.173-192, 2020-05-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
49

本研究は,個人の意識・行動・属性と人々が居住する地域環境の情報を併せもつ統計データ(地理的マルチレベルデータ)を,新たな調査法の組合せによって構築する試みである.東京都文京区の住民を対象に,回収数の最大化を意図したインターネット調査を実施した結果,すべての郵便番号界から一定数の回答が得られた.次に,Google Street Viewを用いて効率化した系統的社会観察を実施し,街路景観評価に基づく近隣特性の面的把握を行った.そして,これらを結合した地理的マルチレベルデータを分析し,近隣のミクロスケール・ウォーカビリティと住民の余暇歩行の間に有意な正の関連性がみられることを確認した.従来型の社会調査や国勢調査を利用したデータ構築が困難さを増す中,本研究が提案した方法は,地理的マルチレベル分析を近隣単位かつ広域的に実現しうる一つの有用な選択肢となる.
著者
中澤 高志
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.3, pp.149-172, 2020-05-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
60
被引用文献数
7

本稿では,長野県上田の若手創業者の実践を通じて,地方都市における雇われない働き方・暮らし方の可能性について検討する.自営業の減少という一般的傾向は,規模の大きなコーホートの引退によるところが大きく,青壮年層には「新しい自営業」と呼ばれる人々が一定程度存在する.上田の若手創業者の活動は,学校縁や場所が育むつながり,自然発生的な創業者同士のつながりなど,多様な契機によるマルチスケールの関係性に支えられており,利潤動機のみには回収しえない多面性を持つ.そうした活動は大きな経済的価値をもたらすものではないが,地域社会をより包摂的にし,芸術や文化,社会関係資本を涵養している点で,その意義は大きい.本稿の後半では,ポランニーの統合の諸形態とJ. K. Gibson-Grahamの多様な経済の概念に基づき,上田の創業者の諸活動が市場での交換以外の多様な経済に彩られていることを示し,その理論的・実践的意味について考察する.
著者
松山 洋
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.2, pp.109-110, 2020-03-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
3
著者
甲斐 智大
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.93, no.2, pp.61-84, 2020-03-01 (Released:2023-02-19)
参考文献数
33
被引用文献数
5

本稿では多様化する認可保育所の設置主体間の保育士確保戦略について考察することで,保育サービス供給に関わる規制緩和が保育サービス供給の偏在にいかに影響しているのかを明らかにした.東京都内において古くから保育サービスを提供してきた社会福祉法人は,制度的に公的機関から優遇を受けており,養成校や地域との結びつきの中で,優先的に保育士を確保することができていた.一方,規制緩和によって新規参入が認められた株式会社法人は,保育士採用に関する養成校とのネットワークから排除されているため,採用コストをかけ,地方からも保育士を採用することで施設を増設させていた.このことは,地方出身保育士などによって保育サービスの拡充が図られていることを示している.こうした保育労働市場の構造はニーズに合わせた新規施設の立地を阻害する側面を有しており,単一の制度の中でのサービス供給を可能とすることが望まれる.