著者
柚洞 一央
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.13, pp.809-832, 2006-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
2 1 3

家畜であるミッバチの生態を利用した養蜂業は,植生や気候などの自然環境の変化に大きく左右される産業である.花を求めて全国を移動するという日本の養蜂業の形態は,明治期において確立されたが,戦後の蜜源環:境の劣化に伴い,近年ではその経営形態も大きく変化してきた.本稿は,日本の養蜂業が,今日どのような経営を行っているのか,各種の統計資料と全国131の養蜂業者に対する聞取り調査をもとに,その地域的特色と近年の変化を明らかにし,それらの変化が持っ意味にっいて考察する.今日の養蜂業者は,経営者の高齢化や中部地方以西における著しい蜜源植物の減少に伴って,廃業や移動空間の「狭域化」を余儀なくされている.その一方で,ハチミツ生産のみでなく,ローヤルゼリー生産や,花粉交配用にミツバチを貸し出すポリネーションなどの新しい生産形態を取り入れて,経営の多様化・安定化を模索してきた.こうした点にっいて,養蜂業の持っ特質,つまり「移動性」と「間接性」という観点から,近年の養蜂業の経営動向にっいて考察を行った.その結果,蜜源分布の変化に合わせた移動空間の変更や,ミッバチを媒体とした資源利用の方法という点では,柔軟な対応を行ってきたと評価できる一方,蜜源環境の維持や,業界内部における資源配分という点においては,さまざまな問題を残しているという現状が明らかになった.
著者
申 英根
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.6, pp.491-505, 2008-07-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
27
被引用文献数
1

本稿では, 大韓民国江原道春川市で行われている春川マイム祭りを事例として, 新たに創られた祭りによる地域おこしをめぐって, 春川マイム祭りが地域社会に及ぼした影響を経済的側面と社会的側面から考察した. 経済的側面では, これまで祭りに無関心であった春川市は, 春川マイム祭りが中央政府の「文化観光祝祭」に選ばれるなど評価が上がるにつれて, 財政支援の拡大とともに「観光商品化」を目指したが, 地域経済に及んだ影響は大きくないことが明らかとなった. 社会的側面では, 主催団体の活動と春川市の支援によって春川マイム祭りの地域社会への定着が図られ地域住民の認知度は高まったが, 住民が積極的に参加する段階にはまだ至っていないことが明らかになった.
著者
中澤 高志 神谷 浩夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.9, pp.560-585, 2005-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
71
被引用文献数
6 2

本稿は,金沢市と横浜市の高校を卒業した女性のライフコースについて,高校卒業時および最終学歴修了時の進路決定のプロセスとそれ以降の就業にみられる差異を把握し,そうした差異をもたらすメカニズムを明らかにする.金沢対象者は,学校側の積極的な介入の下で進学先を決定していた.そのことは,自分が学んだ分野と就職したい分野の葛藤に悩む学生を生んだ反面,教員や看護士の職に就く者を増やし,結婚後の就業率を高める一因となっていた.さらに金沢対象者では,結婚・出産後も女性が働きやすい環境にも比較的恵まれている.横浜対象者が通った高校では,進路について教師からの働きかけはほとんどなかった.そのため生徒は就職時の有利不利はあまり考慮せずに,進学先を決定していた.就職についても,民間企業を中心にイメージを重視した就職活動を行った.こうした進路決定は,現実との齟齬による離職を生んだ.これに加え,横浜対象者は家事や育児と両立しながら就業を継続することが難しい環境にある.このように,個人のライフコースは,地域が付与する固有の可能性と制約の中で,過去に規定されつつ,形成されてゆくのである.
著者
片岡 博美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.6, pp.387-412, 2005-05-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
44
被引用文献数
5 3

本稿では,静岡県浜松市におけるブラジル人のエスニックな連帯の様態を,エスニック・ビジネスの利用状況に注目することにより分析した.エスニック・ビジネス事業所は,財・サービスの提供のほか,同胞間の情報の結節点,ネットワークの構築,同胞援助,受入国との接点といった社会的機能や,母国文化の保持・発信,母国との紐帯,アイデンティティの保持・育成などの文化的機能を持ち,浜松市のブラジル人にとり「特別な場所」となっている.これら機能の発達は,「市場媒介型移住システム」をはじめとしたブラジル人の国際移動形態と密接に関連する.浜松市のエスニック・ビジネス事業所は,「開かれた」,「弾力性を持つ」エスニック・コミュニティの拠点として機能しており,ブラジル人の滞日が長期化する中,今後,一層その必要性は高まると考えられる.
著者
大竹 伸郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.8, pp.615-637, 2008-11-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
33
被引用文献数
4 5

衰退を続ける日本の水田稲作の再生をめざして, 政府は生産性の向上を可能にする大規模経営体を中心とした担い手の育成を進めている. しかし, 伝統的な村落社会に根ざした水田稲作地域は, 担い手農家や農外就業に依存した兼業農家, 自らは農業を行わない土地持ち非農家など多様な農家からなっている. したがって, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 担い手農家以外の農家をも視野に入れた地域農業の再編が必要である. 本研究では, 第二種兼業農家率が高く, 小規模農家の割合が高い富山県砺波平野において生産の組織化を図りながら, 大規模水田稲作経営を展開している農業生産法人を事例にして, 持続可能な水田稲作の実現に向けた考察を行った. その結果, 持続可能な水田稲作を実現するためには, 地域の実情に即した経営戦略を有する農業生産法人を育成し, 地域内の余剰労働力や農地などの有効活用を実現する地域農業の形成が鍵となることが明らかとなった.
著者
友澤 和夫
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.9, pp.628-646, 2004-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
24
被引用文献数
11 5

本稿では,インドのバンガロールに進出したトヨタ社の現地法人トヨタ・キルロスカ・モーター (TKM) 社を事例として,生産の小規模性に対応して構築された生産システムの特徴を明らかにした.TKM社では,当面の生産規模拡大の不透明さを前提に設備投資が抑えられ,廉価で調達できる労働力を活用した生産ラインが築かれた.部品は,同国の主要な自動車産業集積地に所在する日系企業,外資系企業,ローカル企業から調達しているが,金額的にはバンガロールに進出したグループ企業によって大部分が占められた.サプライヤーからの部品搬入には,ミルクラン方式が全面的に採用され,JITを実現しながら物流コストを削減する仕組みがっくられた.TKM社とローカル・サプライヤーとの取引金額は概して小さく,それらの取引の基本構造である範囲の経済性の追求を変えるには至っていない.日系サプライヤーの中にも,同社以外のメーカーとの取引を始めているものもみられ,インドでは取引先の多様化が競争優位を獲得する一つの方法であることが示された.
著者
戸所 泰子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.481-494, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21
被引用文献数
3 1 1

本稿は,都市における空間利用と,人々が都市景観を認識する際に重要な視覚情報となる建築物の外観に使用される色彩に着目し,その両者の関係性について,京都市都心部を事例に分析したものである.その結果,幹線道路には,大規模・中高層建築物に収容される商業・業務関連機能が,細街路には,京都の伝統的建築物である京町家を中心に居住関連機能が各街路に沿って卓越すること,都市景観の識別に大きく影響する色彩には「地域の色」と「企業の色」があることなどがわかった.幹線道路沿道には,地域性よりも全国一律の企業アイデンティティを重視した「企業の色」が,細街路沿道には,その地域の自然・文化を反映し,地理的・歴史的に形成されてきた「地域の色」が現れる.「地域の色」は主として建築物の外観に用いられ,都心景観全体のベースを成すが,近代化に伴う機能的地域分化・都市更新の過程で「企業の色」が「地域の色」を凌駕し,地域性を喪失させている.
著者
伊藤 慎悟
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.2, pp.97-110, 2006-02-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
3 3

本研究では,横浜市において1960年代後半に開発された住宅団地を対象とし,人口高齢化に差異が生じるかを検証した.その結果として,1975年という開発間もない時期に,すでに年齢構成に差異がみられた.そこで本研究は,住宅形態ごとに四つに類型化し,高齢化の進展状況を比較した.1975年は持家率の高さが居住者の年齢や,その偏りに影響を及ぼすことが判明した.しかし,1985年になると持家率にかかわらず公団・公社の共同住宅において居住者がかなり入れ替わり,居住者年齢の偏りは大幅に緩和された.一方,公営の借家住宅ではこの偏りがあまり緩和されず,中高年層の転入もあって急激に高齢化が進展した.戸建て住宅も同様に高齢化の進展が著しく,公営の借家住宅と戸建て住宅の中には,2000年時点で,高齢人口比率が30%を超えた地区も出ている.
著者
久保 倫子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.45-59, 2008-02-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
4 3

本研究は, 水戸市中心部に立地するマンションに居住している世帯の現住地選択に関する意思決定過程の分析を行った. 水戸市中心部におけるマンション居住者の多くは, 周辺地域からの住み替え世帯であり, 核家族世帯や中高年夫婦世帯が多い傾向がある. マンションの選択は, 水戸市中心部への選好と密接に結びついている. つまり, マンション自体への評価と水戸市中心部への志向によって中心部のマンション需要が生まれている. マンションが評価されているのは, 将来的な賃貸や売買のしやすさ, 戸建住宅や賃貸住宅と比較しての購入しやすさ, セキュリティや維持管理の容易さ, そして立地的優位性である. マンション購入世帯の意思決定過程の特徴は, 居住形態の決定の段階によって意思決定のパターンや転居先の選択要因, 転居先の探索地域に差異がみられることである. また, 居住形態の選択要因は, 世帯の経済状況や世帯構成, 親族との関係などを反映している.
著者
戸所 隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.48, no.12, pp.831-846, 1975-12-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
15
被引用文献数
9 2

本稿は,都心部の形成過程を通じ,最近の日本の都市で急速に進んでいる立体化について,とくに中高層建造物を中心に考察したものである.その結果,都市の機能分化は,従来の平面的機能分化以外に,その内部において立体的な機能分化を内包していることが判明した.すなわち,都心部では,物品販売・社交娯楽機能は地下1階~地上2階を中心に立地し,地下街とも有機的に結合している.地下2階以下は,主に駐車場や倉庫にあてられ,高層部分は業務・居住厚生機能の利用が多い.また,地下鉄など交通機関の立体化は,高層建造物の増加と関連が深く,さらに地下街も地下鉄や高層建造物の地下階の建設にともなって誕生した場合が多い.都心部の立体化は,これらのコンプレックスとして把握されねぽならないと考えるが,ここではとくに重点を中高層建造物において考察し,都心研究における立体的視点の重要性を示した.
著者
東木 龍七
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.2, no.8, pp.659-678, 1926-08-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
1 5

之を綜合して簡單に示せば次の二項になる。 1.貝塚分布線を伴ふ溪谷の存在する陸地の一部は極めて近い過去に於て沈降し、其溪谷には海水が侵入しだ。 2.其溺れ谷の灣頭は一度は必ず貝塚分布極限線附近の溪谷底に存在した。 III 奮海岸線決定の方法近い過去に於ける陸地の沈降に因つて生じだ溺れ谷の海岸線即ち舊海岸線は次の順序によつて定むることを得る。 1.貝塚分布線を件ふ溪谷は陸地の沈降に因る奮溺れ谷と決定する。 2.其灣頭海岸線の位置は貝塚分布極限附近の溪谷底とし、其形状は其處の谷底を横斷する直線で示す。 3.灣側海岸線は溪谷底側線で示す(地形的現象によう)。 IV 陸地沈降の地質的證跡既に記載した陸地沈降の證跡に加うるに最近地質的證跡が發見せられた。即ち大下正十三年十月に發表せられた地質調査の結果に據れば(復興局地質調査東京地質調査第一囘報告)、東京群の貝塚分布域の溪谷に、陸地の沈降に因つて海水の侵入したことが地質的に立證せられた。其詳細は辻村助教授によつて論ぜられて居る(本誌第一巻第二號一九三頁-一九五頁)から記載は省く。
著者
今里 悟之
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.77, no.7, pp.483-502, 2004-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
103
被引用文献数
2 1

本稿は,1980年代以降の英語圏の地理学の主要トピックの一つである景観テクスト論について,その理論的枠組を再検討する.まず,景観テクスト論の中心論者であったDuncanらの論点とその思想背景を整理する.次に,このDuncanさらにWaltonらとPeetおよびMitchellとの間で展開された,一連の論争の争点を指摘する.最後に,仏語圏や日本の空間記号論も一部参照しつつ,今後の課題を指摘する.すなわち,使用する概念の記号論的な体系化,テクストの空間的な単位と体系への注目,意味の「構造」の多様性・重層性・変動性の解明,事例研究の蓄積とそれらの比較検討,などである.
著者
石黒 聡士
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.7, pp.535-550, 2008-09-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
32
被引用文献数
2 2

2004年12月26日のスマトラ沖地震に伴いアンダマン諸島からスマトラ島にかけて大規模な地殻変動が生じた. このうちアンダマン諸島北西部では, 特に大きな隆起量が推測されたにもかかわらず, 余効変動の影響もあり, 地震直後の隆起量がわかっていない. 本論文では, 新たに考案された高解像度衛星画像を用いる標高計測手法により, 地震前後の汀線位置の標高変化を計測し, 北アンダマン島北西端における地震直後の隆起量を推定した. その結果, 本地域が地震時に2.2m隆起していたことを確認した. これは今回の地震に伴う隆起量の中で最大級である. 計測誤差は手法の制約から標準偏差で0.8mであったが, 縁脚地形の離水を衛星画像中に視認できることと, 撮影時の潮位から, 隆起量は2mを上回ると判断された. 本地域は海溝からの距離や重力異常から, より隆起しやすいことが示唆され, 地震時隆起量が大きいことと関連していると考えられる.
著者
川久保 篤志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.9, pp.455-480, 2006-08-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
4 2

本稿では,系統外出荷組織の1形態である集出荷業者の集荷・販売活動の特徴と産地維持に果たしてきた役割の解明を試みた.事例地域はミカンの集出荷業者の集積が著しい熊本市河内町である.その結果,集出荷業者の集荷・販売活動の特徴である農家からミカンを集荷する際の契約事項(集荷する品種や量,期日・時間帯,家庭選別基準など)の簡素さが,ミカン価格低迷下での農家の営農継続に大きく寄与していたことが判明した.簡素な荷の受委託は,大規模に出作地を経営する農家や労働力基盤の弱体化した農家にとって,収穫・選別・出荷作業を省力化できる点で農協共選より好ましかったのである.しかし,1990年代に入りミカンの市場環境が変化すると,集出荷業者が苦境に立たされる一方で農協は糖度センサー選果機の導入を機に糖度別出荷を徹底して販売成績を上げたため,出荷委託先を農協に変更する農家も増え始めた.今後の熊本市河内町では,販売面で優位に立った農協を中心に産地再編が進むと思われるが,集出荷業者も農家ニーズに応じた多様なサービスの継続によって産地維持に一定の役割を果たし続けるものと考えられる.
著者
陳 国章
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.31-50, 1966-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
8
被引用文献数
1

本研究の目的は台湾におけるパイン栽培の地域的特色を明らかにし,かつそれらの成立要因を解明することにある.研究範囲は台湾本島の全域で,取り扱う地域単位は日本の市町村に該当する市鎮郷である.論述の進め方としては,まず台湾におけるパイン栽培地の分布とその生産構造を明らかにし,販売と自給の関係を基準にして地域型を設定し,それぞれの地域型の分布とその特色並びにその成立要因を解明しようとした.大局的にみれば,台湾のパイン栽培は北部と中西部・南西部および南東部の4地域に区分することができ,それぞれに地域的特色がみられると同時にその成立要因が明らかになった.
著者
吉田 英嗣 須貝 俊彦 坂口 一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.10, pp.649-660, 2005-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
3 3

岩屑なだれをはじめとする大規模土砂供給イベントが,流域の長期的な地形発達に与える影響を評価する事例研究として,約2.4万年前に浅間火山で発生した大規模山体崩壊に由来する前橋泥流が達した利根川・吾妻川合流点付近を対象とし,河川地形発達史を考察した.本地域では最終氷期初頭以降,泥流流下時までの間,気候変動に対応した段丘発達過程がみられた.本地域に達した泥流は,5~6万年前までに段丘化した段丘面に衝突し,段丘面を覆うローム層を削剥しながら,これをのりこえていった.他方,利根川を遡上し,堆積した泥流堆積物は,速やかに河川に侵食されていった.最終氷期最盛期前後には,泥流堆積物が再堆積するなどして,下流側において小規模な谷埋めが生じ,晩氷期には側刻が卓越し,完新世に入ってから下刻が始まった.最終氷期最盛期以降の利根川本流の河床変動は,泥流イベントの影響を残しつつも,再び広域的な気候変動に対応してきたと考えられる.
著者
野澤 秀樹
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.14, pp.837-856, 2006-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
59
被引用文献数
2 2

石川三四郎は日本を代表するアナ-キストの一人である.「土民哲学」,「歴史哲学」にその思想的特徴がある.石川の思想形成に大きく関わった一人として19世紀フランス最大の地理学者といわれるエリゼ・ルクリュがいる.ルクリュはカール・リッタ-の弟子として,「地と人」の統一思想のもとに『新世界地理』全19巻を著わす一方,パリ・コミューンに参加するなどアナ-キズムの理論的指導者としても活躍した.その思想のもとに書かれた『人間と大地(地人論)』全6巻は,石川に強く影響を与えた.石川とルクリュは,「世界観」,「宇宙観」を共有していたが,世界,宇宙における人間をどのように見るかの人間観に差異があった.石川は,そこに人間の無常を感じ,虚無観,厭世観を抱いていた.石川の内省的・求道的な個人主義的傾向,反文明,反科学の歴史哲学は,それに由来する.一方エリゼ・ルクリュは,微小,泡沫な人間ゆえに連帯を説き,そこに「進歩」と「希望」を託していた.
著者
羽田野 正隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.39, no.4, pp.229-239, 1966-04-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11

断裂図(法)は分布図としてすぐれた性質を有しているが,利用度は必らずしも高いとはいえない.筆者は主としてグード以来発表されてきた諸断裂図を,いろいろな角度から検討した結果,その原因が断裂そのものにあるのではなく,過度の分離性と不自然な形態を惹き起こす断裂の仕方にあることを認め,この点が改良されれば,断裂図の価値およびその利用度は高まるであろうと考えた. このような観点から,筆者は断裂図に点対称概念を導入した新らしい型の断裂図を作成した.そして,それが上記の目的によく合致することを認めた。