著者
張 明姫
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.97-104, 2007 (Released:2008-02-07)
参考文献数
32

本研究は,気象要素とくも膜下出血罹患との関連性について検討することを目的とした.本研究における患者データとしては 2000 年 1 月から 2006 年 12 月までの 7 年間,順天堂大学付属病院及び関連病院での 1191 例のくも膜下出血入院患者の診療録を用いた.また,気象データとしては国土環境研究所いであ株式会社から提供された気象データを利用し,以下の結果を得た.(1) 対象は,男性 421 名(平均年齢 62.1±11.8),女性 720 名(平均年齢 68.0±13.6)であった.(2) 発症時間がはっきりした 776 例を観察すると,午前 6–10 時に最も多く,次に午後 16–20 時で,午前 0–6 時は少なかった.(3) くも膜下出血の発症は明瞭な季節変動があり,2 月,3 月に有意に多く(p<0.05),7 月,8 月に有意に少なかった(p<0.05).また,この季節変動は若年者が高齢者より明瞭であった.(4) 前日の日平均気温が低い時に発症が多くなる傾向が見られた(p<0.05).(5) くも膜下出血の発症は,年齢,高血圧症の既往歴有無に関係なく,前日気温日較差と有意な正の関連を示した(p<0.05).(6) くも膜下出血の発症は平均気圧,相対湿度,日照時間と有意な関連は示さなかった.
著者
長野 和雄 志村 恭子 三嶋 真名美 井上 司 桐山 和也 須藤 美音 堀越 哲美
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.81-94, 2020-11-12 (Released:2021-04-23)
参考文献数
39

本研究はアスファルト道路舗装材の改質によって夏季の屋外歩行者への熱的影響を緩和できるかを検討した.密粒,透水性,遮熱性,保水性アスファルト舗装および対照として芝生を加えた5種類の舗装体を豊田市内の屋外試験場に各5m四方の大きさで敷設した.観測項目は,各舗装体における鉛直温度分布・4成分放射量・蒸発水量,代表1点における気温・湿度・風向・風速・降水量・全天日射量,透水性舗装および保水性舗装の2小試験体の含水量変化であった.最も表面温度が低かったのはアルベドが約0.2であった芝生で,次いでアルベドが約0.3と最も高かった遮熱性舗装であった.アルベドが芝生と同程度であった保水性舗装の表面温度は遮熱性舗装よりわずかに高かった.これは芝生と保水性舗装では蒸発冷却によって表面温度上昇が抑えられていたためである.遮熱性舗装とは対照的に,密粒・透水性舗装はアルベドが0.1未満のため表面温度が非常に高いが,上向き短波長放射量は非常に少なかった.そのため新たに開発した体感指標・有効受感温度OETを用いて評価すると,全放射の体感影響は遮熱性舗装が最も大きく,保水性舗装が2番目に小さく,芝生が最も小さかった.ただし晴天日が続くと芝生の蒸発冷却効果は低下するが保水性舗装では継続するため,保水性舗装は歩行者の熱ストレス緩和に対し効果的と評価された.
著者
渡邊 慎一 石井 仁
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.133-144, 2020-02-20 (Released:2020-07-28)
参考文献数
21
被引用文献数
1

熱中症の予防策の一つとして日傘がある.本研究は,素材・加工および色の異なる7種の日傘のUTCI低減効果を明らかにすることを目的とする.実測は2013年7月及び8月に,大同大学にて実施した.日向及び日傘下において,気温・相対湿度・風速・上向き下向き長短波放射量を測定した.その結果,以下の知見を得た.日傘の日射遮蔽率は,日射量に依らずほぼ一定であった.最も日射遮蔽率が大きい日傘は「ラミネート白」の99.7%であり,最小は「通常白」の48.3%であった.日射量が増加するに従って,日傘の長波長放射増加率が大きくなった.黒色日傘の方が白色日傘よりも長波長放射増加率が大きい.日射量1,000W/m2において,日傘下のMRTは日向よりも7.9℃〜15.0℃低温となった.日射量800W/m2以上において,UTCI低減効果が最大の日傘は「ラミネート白」で-3.7℃であり,最小は「通常白」の-1.8℃であった.
著者
吉野 正敏
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.41, no.4, pp.141-154, 2005-03-01
参考文献数
34

紀元前21世紀ころから中国では季節観測,特に季節現象の継続的な観測と記述,その体系化や,農事季節を取り込んだ季節暦が作成された.このことは世界の生気候学史ではもちろん,自然科学史のなかでも注目すべき事柄である.紀元前11世紀には天気現象だけでも約200種に分類して記述していた.古代ギリシャのParapegmata(紀元前5世紀,大理石に書いた天気暦)に比較すると数百年早かった.時間スケールの細かさも中国が進んでいた.中国の季節学(中国語では物候学)は農民の農作業・農業生産に貢献するのが主目的であったから,農耕生活に関係する現象ばかりでなく,動植物季節や人間の疾病現象の季節変化についても把握し記述していた.紀元前11世紀には15日を単位とする二十四節気ができ,紀元前1世紀には5日を単位とする七十二候が完成していた.また,気候把握に重要な正常年と異常年の差に着目して占いの形式ではあるが,役所の専門の部署が季節予報を行った.俚諺の形式で農民の間に季節変化,年によるその異常発生の知識が浸透し,今日でもこれらは役立っている.<br>
著者
鷹股 亮
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.55-59, 2004 (Released:2004-11-12)
参考文献数
9
被引用文献数
4

体温調節反応,特に暑熱環境下における体温上昇に対する反応は,体液の量と組成に影響を及ぼす.発汗(温熱発汗)は体液量を減少させるだけではなく,細胞外液の浸透圧を上昇させる.これは,汗が細胞外液に比べて低張であるためである.また,皮膚血管の拡張は,特に立位時には末梢への血液の貯留を招き,静脈還流量を減少させる.細胞外液量のモニターは主に心肺圧受容器で行われているために,静脈還流量の低下は実際に体液量が変化していなくとも細胞外液(血漿)量が減少したときと同様な状態を作り出す.一方,体温上昇時の体温調節反応は,体液状態に大きく影響される.細胞外液(血漿)量の減少は,心肺圧受容器を介する反射により抑制される.また,血漿浸透圧の上昇は発汗および皮膚血管拡張反応の核心温閾値を上昇させることにより,これらの体温調節反応を抑制する.これらは,体液調節系および循環調節系が体温調節系に優先されて機能していることを示している.水分摂取により脱水の進行を予防して体液の量と浸透圧を一定に保つことにより,循環系に対する負担を軽減して体温調節機能を高いレベルで機能させることが可能になると考えられ,これが熱中症予防において水分摂取が効果的であるという事実の根拠となる.温熱脱水では,水だけではなくナトリウムを失うために水だけを摂取すると体液量は完全に回復しない.これは「自発的脱水」と呼ばれ,温熱発汗後のナトリウム摂取が不可欠であることを示す.暑熱順化や運動トレーニングにより汗ナトリウム濃度が低くなることから,有効な摂取溶液のナトリウム濃度が異なり,順化していない人ではナトリウム濃度の高い溶液の摂取が効果的となる.また,暑熱環境下で運動を行う際には,運動前にあらかじめ水分摂取を行うことが有効である.
著者
中井 誠一
出版者
Japanese Society of Biometeorology
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.41, no.1, pp.51-54, 2004-08-01
被引用文献数
2

わが国の高温による死亡数(熱中症)人口動態統計と新聞記事から検討した.熱中症死亡数と年間の日最高気温度32 °C,34°C,36°C以上の日数との間にはそれぞれ相関関係が認められた.また,日最高温度が38度を超えるような日が出現する年では熱中症件数が高値を示した.運動場面の熱中症発生状況は,若年男性が多く,運動種目では,野球が最多であり,屋外だけでなく屋内においても発生がみられた.また,運動強度の強いランニング時の発生数が多いことも特徴である.発生要因をまとめると以下のようになる.(1)全国各地で発生.(2)若年男性が多い(新入生が多い).(3)運動種目は屋外だけでなく室内でも発生し,ランニング時が多い.(4)気温は24 °C以上,湿球温度20°C以上,WBGT 23°C以上で発生.(5)着衣条件と体調不良も見逃せない.熱中症の発生実態とグラウンドの環境温度観測値をもとにして検討された運動時の熱中症予防指針(日本体育協会)は,WBGT 21°C以下:ほぼ安全,WBGT 21~25°C:注意,WBGT 25~28°C:警戒,WBGT 28~31°C:厳重警戒,WBGT 31°C以上:運動は原則中止,となっている.一方,日常生活での曝露温度は自然環境温度の変化と乖離がみられ移動による急激な温度編も観察された.従って,温度条件を考える場合,自然環境による気象変化だけでなく人工環境による温度変化も合わせて考慮する必要性があることを指摘した.<br>
著者
中井 誠一
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.169-177, 1993-12-01 (Released:2010-10-13)
参考文献数
23
被引用文献数
10

日本における1970年から1990年までの熱中症死亡数と気象条件の関係を検討した.熱中症死亡数は21年間で1, 450件であり, 年平均にすると69件 (26件から155件の範囲) であった.熱中症死亡数1, 450件のうち65歳以上の年齢の占める割合は41.4%, 25歳から64歳までは37.2%であった.東京および大阪管区気象台の資料から熱帯夜 (日最低温度が25℃以上の日) 真夏日 (日最高温度が30℃以上の日) の日数を調査した.その結果年間熱中症死亡数と熱帯夜および真夏日の年間発生数との間に有意な相関関係が認められた.
著者
福永 龍繁
出版者
Japanese Society of Biometeorology
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
pp.45-47, 2012

異状死の発生は,冬季に多く,春から夏季にかけては少なくなる.例年の冬季の増加は,高齢者の入浴中やトイレ内での死亡が多くを占め,寒冷環境の影響が大きい.しかしながら,2007(平成 19)年 8 月及び 2010(平成 22)年 7 月に検案数の異常な増加があった.この原因は,梅雨明け後の小雨,かつ記録的な猛暑の影響から熱中症による死亡の急増であると判断されたので,監察医務院から関係省庁及び報道関係に対して「熱中症の予防」を訴える警鐘を鳴らした.本稿では,監察医務院で取り扱った熱中症の実態を紹介すると共に,熱中症死の死体現象,その診断の実態について解説し,併せて寒冷環境の死亡に与える影響についても紹介する.<br>

2 0 0 0 OA 紅葉の季節学

著者
松本 太
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.141-148, 2013 (Released:2013-01-25)
参考文献数
33
被引用文献数
1

紅(黄)葉は秋の関心事であると同時に,その変化は温暖化など気候変化のバロメーターである.本稿ではイチョウ,イロハカエデの紅(黄)葉のメカニズムや気象的要因,および近年の気候変化と紅葉との関係を概説した. まず紅葉の化学的なメカニズムを述べ,イロハカエデの紅葉(クロロフィル減少)に低温の積算が関係していることを示した.そして紅(黄)葉日と地球温暖化や都市の昇温との関係を述べた.イチョウの黄葉日は同一地域内での地点差や個体差が大きく,発芽の遅速など生理的要因の関与が示唆された.一方イロハカエデの紅葉日は地点差や個体差が小さく,気候の影響を反映すると推察された.よって紅(黄)葉日を評価する際には,樹種によるメカニズムや,気候への反応の違いを考慮に入れる必要がある.
著者
田中 正敏 徳留 省悟 大中 忠勝 藤井 幸雄
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.119-127, 1988-12-01 (Released:2010-10-13)
参考文献数
30

東京都監察医務院の記録による1978年より1982年までの5年間の凍死症例は83件であり, 検案数に対する割合は平均0.29%である.40, 50歳代の男子が多く, 浮浪者なども含め無職ないし職業不詳の場合が男子全体の80%以上を示している.発生は1, 2, 12月の3か月で全体の80%近くを占めている.ほとんどの症例は気温11℃以下において発生し, 屋外では気温0~5℃での発生が多い.酩酊状態の場合には, 屋外で気温15~19℃といった場合にも発生がみられる.症例の75%は屋外における発生であり, わけても酩酊し路上での発生が多い.剖検時の血中アルコール濃度は1.5~2.4mg/mlの中等度酩酊が多いが, 40, 50歳代では2.5mg/ml以上の強度酩酊の場合が多い.剖検時の臓器所見としてアルコールによるとみられる肝障害も多くみられた.ローレル指数も一般に小さく, 栄養状態の劣っている者が多く, 都市型低体温症の場合には低栄養とむすびつきやすい.
著者
侘美 靖 森谷 きよし
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.42, no.4, pp.145-157, 2005 (Released:2006-02-18)
参考文献数
26
被引用文献数
1

本研究は,中高年者が多数参加し,2月から約4ヶ月間にわたって週2回の踊り練習を継続する北海道のYOSAKOIソーランチームを対象に,踊りの運動強度としての心拍数(HR)と腰部位の合成加速度,また踊り練習への参加による運動量や体力向上を検討した.中年踊り子の演舞時HR最高値が180拍/分を超えるほど踊りの運動強度は高く,HRと腰部位加速度値は正相関していた.また,演舞中HR最高値は,練習時に比べ祭り時は20拍/分ほど高くなる場合もあり,緊張感と気象条件の影響が推察された.被験者NR(50歳女性)の練習日の1日当たりの歩数と運動によるエネルギー消費量は,非練習日に比べ有意に増加した.YOSAKOIソーラン祭り参加者の体力レベルは,約4ヶ月の間に改善していた.YOSAKOIソーラン踊り練習と祭りへの参加により,冬期に運動不足になりがちな寒冷地域に住む人々の健康増進に効果のあることが示唆された.
著者
宮島 成江 森谷 〓 阿岸 祐幸
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.131-138, 1997-12-01 (Released:2010-10-13)
参考文献数
13
被引用文献数
3

湯温37-39℃の入浴 (微温浴) とラベンダー精油の経鼻腔吸入はそれぞれ鎮静作用を持つことが確かめられてきている.しかし, ラベンダー湯入浴 (ラベンダー精油の混入された微温浴) のリラクセーション効果に関しては, 実証的な研究がなされていなかったので, 本研究で, 青年男女を対象とし, 39℃, 15分間のラベンダー湯入浴中及び出浴後の変化を, 同じ温度と時間の対照湯入浴における変化と比較し, 検討した.2入浴条件の差は特に出浴後に認められた.出浴後, ラベンダー湯入浴では対照湯入浴に比べて, 男性の心拍数が有意に低下し, 女性の心電図R-R間隔変動係数 (CVR-R) 並びにNowlisの質問紙を基にして評価した快適性の気分が高まり, リラックスした状態にあったことが示された.
著者
櫻井 博紀 戸田 真弓 戸田 南帆 高橋 吾朗 酒向 慎貴 久野 祐功 渡邉 茂樹 佐藤 純
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.37-43, 2022-07-30 (Released:2022-09-03)
参考文献数
21

高気圧環境によるストレス軽減効果を調査するため,被験者(成人男女16名)を微高気圧(大気圧+10 hPa)と空気質(酸素,二酸化炭素濃度)を調整した空間に短期暴露し,精神気分尺度と自律神経系に与える影響について検討した.微高気圧暴露は,「微高気圧」と,空気質も変化させた「微高気圧+酸素付加」,「微高気圧+酸素付加+二酸化炭素抑制」の3条件で行った.測定項目は,不安・抑うつ尺度および気分尺度と,自律神経指標として血圧,心拍数,心拍間隔変動周波数を取得した.微高気圧暴露単独は,気分尺度,抑うつ尺度を改善させ,暴露中に副交感神経活動が賦活された.さらに,空気質を調整することで,微高気圧暴露単独の場合よりもストレス軽減効果および不安・抑うつ尺度の抑制効果が大きかった.これらから,微高気圧に加えて空気質を調整することで,ストレス緩和効果がより強く得られることが明らかになった.
著者
永井 信 小谷 亜由美 丸谷 靖幸
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3-4, pp.89-99, 2022-11-25 (Released:2022-12-06)
参考文献数
61

春の気候変動と植物季節の対応関係を長期的に評価するためには,気象庁による生物季節観測が行われていない過去におけるサクラの開花季節の記録の発掘(マイニング)は重要な課題である.本研究は,明治から大正期を対象に,教育者である跡見花蹊(あとみ かけい:天保11年 [1840年]〜大正15年・昭和元年 [1926年])の日記からサクラの開花季節の記録をマイニングし,その品質と系統的な誤差を調査した.明治6年(1873年)から大正13年(1924年)の間に,開花日を22年,満開日を33年,それぞれマイニングできた.この期間における開花日や満開日は,現在と比べて10日程度遅かった.日記の記録は,観察場所や観察者の違い・不連続な観察日・サクラの種や個体差を要因とした系統的な誤差を少なくとも数日程度含むと考えられる一方,植物季節に対する気候変動の影響を明らかにするための有用性が示された.
著者
北村 恵理奈 柴田 祥江 松原 斎樹
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.13-29, 2016-04-01 (Released:2016-04-18)
参考文献数
28
被引用文献数
4

冬期のヒートショックは高齢者に健康被害をもたらす恐れがあるのでその対策は急務である.本研究は居住者視点からヒートショック対策を検討するために,(1)トイレ・脱衣室の温度認知調査,(2)住宅内の温湿度測定,(3)簡易断熱の効果測定を実施した.結果,(1)高齢者の温度認知はあまり正しくなかった.その理由は,高齢者の温熱感覚が低下していることと,滞在時間が短いためと推測される.(2)各住戸の温度の実測値は 17℃以下,高齢者に限ると 10℃以下が多かった.(3)簡易断熱調査では,全住宅でわずかな熱的性能と居住者の熱的快適感の向上をもたらした.居住者に室内温熱環境の改善への意欲を引き出せた事例が観察された.温度計による室温の正しい認知と,簡易な断熱による効果の認知は,居住者視点の有効なヒートショック対策と考えられる.今後は対策実施の有効性,経済的費用など具体的な情報発信が重要である.
著者
前田 亜紀子 山崎 和彦 野尻 佳代子 栃原 裕
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.43, no.2, pp.103-112, 2006 (Released:2006-09-13)
参考文献数
31
被引用文献数
2

本研究の目的は,濡れた衣服を着用したときの体温調節反応について観察することであった.被験者は健康な成人女子11名であった.人工気候室は,気温30,25,20℃(相対湿度は80%一定)に制御された.衣服の様式は,スウェット上下(様式 S)と T シャツおよび短パン(様式 T)とし,気温と衣服の条件より 5 種条件(30S, 30T, 25S, 25T, 20S)を設定した.衣服の濡れ条件は,D(乾燥),W1(湿った),W2(びしょ濡れ)の 3 種とした.条件 D, W1, W2 における全衣服重量の平均は,様式 S では各々819, 1238, 2596 g,様式 T では各々356, 501, 759 g であった.各濡れ条件において,安静期と作業期を設けた.作業期における踏み台昇降作業のエネルギー代謝率は2.7であった.測定項目は,酸素摂取量,直腸温(Tr),平均皮膚温(Tsk),および主観申告値とした.酸素摂取量は,衣服重量および寒冷ストレスの影響を受けて変化した.Tr の値は,条件 25T と 20S では漸減した.Tsk は環境温に依存して漸減し,特に条件 20S においては著しく低下した.本研究の要点は次の通りである.1)濡れた衣服を着用した場合,気温30℃では着衣の工夫により温熱ストレスは最小に止めることができる.2)気温25℃以下では,軽装の場合,寒冷ストレスが生じ得る.3)衣類が乾燥状態であれ濡れた状態であれ,全身温冷感が中立であるとき,Tsk は約33℃であった.4)濡れた衣服条件における特色は,全身温冷感が「冷たい」側へシフトするとき,平均皮膚温が著しく低下することである.
著者
中川 哲 山口 良文
出版者
日本生気象学会
雑誌
日本生気象学会雑誌 (ISSN:03891313)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3-4, pp.51-56, 2022-03-31 (Released:2022-04-22)
参考文献数
19

哺乳類の冬眠は,体温保持のためのエネルギーコストが増加するにも関わらず食料が不足する寒冷環境を生き延びるための生存戦略である.冬眠の際には熱産生と熱反射を能動的に抑制することで,環境温度付近まで体温が低下した低体温・低代謝状態となる.哺乳類の中で冬眠を行うものを冬眠動物と呼ぶ.冬眠動物は,ヒトやラットなど,冬眠しない哺乳類には備わっていない,低温耐性,季節特異的な脂質代謝増強機構,筋萎縮耐性,概年リズムといった,興味深い性質を数多く備えている.こうした性質は先天的なものと,季節に応じて誘導される後天的なものとに分けられることが近年の研究から明らかになりつつある.本稿では,冬眠の基本的背景を解説するとともに,分子機構解明に向けたモデル冬眠動物であるシリアンハムスターを用いた私たちのアプローチを紹介する.