著者
小坂 浩隆 田邊 宏樹 守田 知代 岡本 悠子 齋藤 大輔 石飛 信 棟居 俊夫 和田 有司 定藤 規弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.255-261, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
21

自閉症スペクトラム障害(ASD)の中核症状である社会性障害の脳基盤を解明するために,青年期の高機能ASD群に対して,共同研究機関とともに行ってきたfMRI研究を一部紹介する。自己顔認知課題においては,ASD群は自己顔認知処理がなされる後部帯状回の機能低下と情動処理に関わる右島の賦活異常を認め,認知と情動的評価に解離がみられた。相互模倣課題においては,自己動作実行と他者動作観察の同一性効果を求め,ASD群は左側の extrastriate body area の賦活が不十分で,症状重症度と逆相関を認めた。アイコンタクト・共同注視課題における2 台 MR同時測定(Dual-fMRI)においては,ASD群は視覚野の賦活低下を認めたほか,定型発達者ペアで認められた意図の共有を示す右下前頭葉活動の同調性が認められなかった。これらの脳領域が,ASD の social brain markerになる可能性があると考えられた。
著者
酒井 雄希
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.101-105, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
17

小さな即時報酬と大きな遅延報酬の選択(異時点間の選択問題)において,前者を過度に頻繁に選ぶ「衝動的選択」は衝動性をとらえる指標の1つとされ,前頭葉や線条体といった脳領域の障害やセロトニン機能低下で引き起こされることが知られている。近年,計算モデルを用いた機能的MRI解析によって,線条体・島皮質において,腹側が衝動的な短期報酬予測に関与し背側が長期報酬予測に関与すること,セロトニン濃度が低いときは短期報酬予測に関連した腹側の活動が優位となることが明らかとなり,衝動的選択の神経基盤として注目されてきた。 一方で,様々な精神疾患において前頭葉─線条体回路の障害・セロトニン機能障害の関与を示唆する知見が集積してきているが,その包括的理解は進んでいない。本稿ではセロトニン機能障害を背景とした前頭葉─線条体回路の機能変化と衝動的行動選択といった観点から,様々な精神疾患の理解が深まる可能性を示す。
著者
那波 宏之 村山 正宜
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.147-151, 2019 (Released:2020-03-30)
参考文献数
20

近年,ヒトの知覚認知機能が単純に感覚受容器の信号(ボトムアップ情報)だけを基に発現しているのではなく,記憶,経験,情動の脳内信号(トップダウン情報)によって修正,介入されていることが脳科学領域で重要視されるようになっている。本来,このトップダウン情報は記憶や状況判断より形成され,その予測される情報を感覚受容野に提供することで,より正確に認知することを目的にするのである。しかし実際の感覚受容器からの信号が制限されたり,過度な注意や薬物などによりトップダウン情報が介入しすぎると,予測情報そのものが間違って実感覚として認知される,つまり錯覚や幻覚となる可能性がある。ドパミンはそのトップダウン情報を担う前頭前野の活動を高め,セロトニンは脳全体の情報連合性を亢進させるので,覚せい剤などの薬物が,錯覚・幻覚を誘発する事実とも矛盾しない。ここではトップダウン障害仮説と統合失調症の幻聴・錯聴との関連性について考察を加える。
著者
衣斐 督和
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.173-176, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
9

精神疾患の発症および進展には,遺伝的要因と環境要因による分子異常がかかわることから,その病態解明は非常に困難である。近年,精神疾患の病態への活性酸素種(ROS)の関与が示唆されているが,その産生源および標的分子とその制御機構は明らかとなっていない。本稿では,うつ様行動発現におけるROS産生酵素NOX1/NADPHオキシダーゼの役割を検証した。その結果,社会敗北ストレスの曝露またはコルチコステロン(CORT)の慢性投与により引き起こされるうつ様行動がNox1遺伝子欠損マウス(Nox1-KO)で減弱した。NOX1がかかわるうつ様行動発現には中脳皮質神経回路がかかわることを見いだした。さらに,NOX1由来ROSの標的分子がNMDA受容体サブユニットNR1であり,NR1の酸化修飾によるBDNF発現減少がうつ様行動の発現に寄与することが示唆された。
著者
堀 弘明
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.148-154, 2022 (Released:2022-12-25)
参考文献数
17

ストレス社会ともいわれる現代社会において,過剰なストレスからうつ状態やうつ病を呈する者は多い。ストレスやうつ病に関連して生じる生物学的異常には種々のものが報告されており,とりわけストレス応答に重要な役割を担う生体システムである視床下部‐下垂体‐副腎(HPA)系および免疫炎症系の異常が鍵を握ると考えられている。しかし,うつ病におけるHPA系や炎症系の知見には不一致が存在し,病因・病態の解明には至っていない。 筆者らは,うつ病におけるストレスの関与を明らかにすることを目的として,HPA系と炎症系を標的とした検討,および末梢血RNAを用いたデータ駆動型のトランスクリプトーム解析を行ってきた。とりわけ幼少期逆境体験やパーソナリティ特性,概日リズムに着目した検討を行った。その結果,人生早期に始まる強度のストレスや長期・反復性のストレスによって心理的・身体的なストレス脆弱性が形成されることが,うつ病発症に至る重要な経路の一つである可能性が示唆された。
著者
出山 諭司 金田 勝幸
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.178-182, 2022 (Released:2022-12-25)
参考文献数
24

「モノアミン仮説」に基づく既存の抗うつ薬は遅効性で,約3割のうつ病患者は治療抵抗性を示す。一方,NMDA受容体拮抗薬ケタミンは,治療抵抗性うつ病患者にも即効性かつ持続性の抗うつ作用を示すことから近年大きな注目を集めている。ケタミンの抗うつ作用には,内側前頭前野(mPFC)での脳由来神経栄養因子(BDNF)遊離を介した錐体ニューロンの可塑的変化が重要であることが知られている。筆者らは最近,mPFC錐体ニューロンにおける血管内皮増殖因子(VEGF)シグナルの亢進が,BDNFシグナルと同様にケタミンの抗うつ作用と,その基盤と考えられるケタミンによる錐体ニューロンの可塑的変化に重要であることを見いだした。さらに,mPFCにおけるBDNFシグナルとVEGFシグナルの相互作用が,ケタミン様の抗うつ作用発現に重要であることを発見した。本稿では,筆者らの最近の研究成果を中心にケタミンの抗うつ作用におけるBDNFおよびVEGFシグナルの役割について概説する。
著者
福島 順子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.21-27, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
13

自閉症スペクトラム障害(ASD)では非言語性対人的相互性の障害の基礎にある脳機能として表情認知の障害が注目されている。本研究は ASD における表情認知の特徴を明らかにする目的で,表情認知課題遂行中の大脳皮質活動を fMRI で調べた。ASD 群と定型発達者群各 13 名に,視覚刺激として happy(H),anger(A),sad(S),neutral(N)の 4 種類の表情からなる顔写真を用い,課題遂行中に撮像を行い SPM8 で解析した。MarsBar を用いて左右紡錘状回,左右ミラーニューロン(MN)領域,補足運動野,前部帯状回,左頭頂間溝,右島の 8 ヵ所の関心領域(ROI)を設定し,各表情の偏回帰係数を ROI 毎の ANOVA により検定し,ASD 群で AQ 値と各表情の偏回帰係数の相関を ROI 毎に求めた。ANOVA では右 MN 領域で群×表情の交互作用を認め,2 群間での有意差のあった領域は,右紡錘状回(H, S, N)と右 MN(A)であった。AQ 値と各表情の偏回帰係数では右 MN 領域においてH と N で有意な負の相関を示した。これらの結果は表情認知に際して ASD 者は定型発達者とは異なる皮質活動を右 MN 領域で行っていることを示唆し,表情に対する情報処理に違いがあることを示している。
著者
紀本 創兵
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.192-198, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
33

統合失調症の認知機能障害には,背外側前頭前皮質(前頭前野)における GABA 合成酵素である 67- kDa isoform of glutamic acid decarboxylase(GAD67)の発現量低下,それに続く抑制性神経伝達の異常が関与していることが想定されている。GAD67 は神経活動依存性に発現が誘導されるが,この転写調節領域に同じく神経活動依存性に発現される Zif268 の結合部位があり,Zif268 の結合および発現量の変化に一致して GAD67 発現が変化することが知られている。今回は統合失調症患者の前頭前野で Zif268 の発現変化が GAD67 発現の変化に関与しているのかを,ピッツバーグ大学精神科の脳バンクに保存されている統合失調症患者と健常対照被験者をマッチさせた 62 ペアの死後脳を用い,GAD67 および Zif268 の mRNA の発現量を測定した。結果,統合失調症患者の前頭前野内において,GAD67 および Zif268 の mRNA 量は有意に低下しており,その発現量は正の相関を示した。またこれらの変化は,病気の経過,病歴などの交絡因子の影響は本質的に関与していなかった。これらの結果は,統合失調症における抑制性神経伝達の異常,および認知機能障害を引き起こす分子メカニズムの一つを明らかにする所見と考えている。
著者
疋田 貴俊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.40-43, 2018 (Released:2019-07-30)
参考文献数
14

大脳基底核は運動制御のみならず,意思決定などの高次脳機能においても重要な脳部位であり,薬物依存などの病態にも大きく関与している。大脳基底核神経回路は直接路または間接路に二分され,ドーパミンによる制御を受けているが,意思決定や薬物依存における大脳基底核神経回路機構は不明であった。世界中の研究室で線条体/側坐核に混在する直接路細胞と間接路細胞をそれぞれ特異的に神経活動遮断または活性化する手法が開発され,それぞれの神経回路を区別した機能解析がされている。本稿では,これらの手法によって明らかとなった,意思決定と薬物依存症における大脳基底核神経回路機構,特にドーパミンによる直接路と間接路のスイッチング機構を概説する。今後,薬物依存をはじめとした精神疾患における病態解析において神経回路からの視点が重要と考えられる。
著者
石黒 浩毅
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.129-132, 2022 (Released:2022-09-25)
参考文献数
13

精神疾患のゲノム解明が進むことにより,疾患への偏見回避や治療・予防法の革新が期待できる。一方でゲノム情報は個人やその血縁者などに発症の不安を与える可能性もあり,その取り扱いには精神科医療ならびに精神保健や支援が望まれる。遺伝子・染色体疾患患者の精神症状に対する小児期医療から成人期医療へのトランジション問題とコモンディジーズである精神疾患の遺伝相談について,精神科医に求められるリテラシーを概説する。
著者
北岡 志保
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.168-172, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
16

適度なストレスは生体の適応反応を誘導する。一方,ストレスの遷延化は精神疾患のリスク因子となる。このようなストレスによる情動変容のメカニズムには不明な点が多い。近年ストレスによる情動変容における炎症様反応の重要性が確立され,中枢および末梢での炎症様反応が調べられている。脳内では,反復ストレスによる前頭前皮質のドパミン系の抑制にミクログリア由来の炎症関連分子が関与し,反復ストレスによりミクログリアは活性化される。末梢では,ストレスによる内分泌応答は骨髄系細胞を活性化し血中の炎症性サイトカインを上昇させ,ストレスによる交感神経の活性化は血中の好中球・単球を増加させる。さらに,末梢の変化がミクログリアの活性化に関与する可能性が示唆されている。これらの知見は,中枢‐末梢連関が炎症の悪循環を形成することを示唆しており,ストレスによる炎症様反応を標的とした新規抗うつ薬の開発を期待させる。
著者
中川西 修
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.114-119, 2021 (Released:2021-09-25)
参考文献数
38

統合失調症の発症原因解明,予防や治療法の確立の手段の一つはヒトに類似した動物モデルを作製し,解析することである。ヒト疾患のモデル動物確立の際,3つの条件(妥当性)を満たす必要がある。①表面妥当性,②構成概念妥当性,③予測妥当性によって評価される。本研究では発症までの時間軸を取り入れた簡便な統合失調症モデルマウスの作製が急務であると考え,妊娠期のマウスに神経新生抑制薬であるメチルアゾキシメタノール酢酸(MAM)を投与し,出生した雄性マウスの行動解析および神経化学的検討を行った。胎生期MAM曝露マウスは,陽性症状様の運動亢進,陰性症状様の社会性低下,短期記憶・感覚情報処理の障害を惹起させた。これらの行動障害は,56日齢以降に顕著であり,統合失調症が思春期以降に発症することと一致していた。前頭前皮質におけるドパミン神経系の変化,海馬錐体細胞の形態的変化が認められた。胎生期MAM曝露マウスの行動障害は定型抗精神病薬では運動過多以外は改善されず,非定型抗精神病薬ではすべての障害が改善された。以上のように,胎生期MAM曝露マウスは,ヒト疾患のモデル動物確立の際,3つの条件(妥当性)を満たし,胎生期MAM曝露“ラット”よりも優れた統合失調症のモデル動物に成り得る可能性を提唱した。
著者
豊島 学 吉川 武男
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.119-123, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
10

近年のiPS細胞技術の進歩により,iPS細胞から神経幹細胞や神経細胞が作製可能となり,患者由来のサンプルを用いて統合失調症のさまざまな病因・病態仮説を検証できるようになった。我々は統合失調症の発症脆弱性基盤として支持されている神経発達障害仮説に注目し,22q11.2の微細欠失を持つ統合失調症患者由来iPS細胞を用いて,神経分化・発達の異常にかかわるマイクロRNA(miRNA)の分子病態について解析した。患者由来の神経幹細胞では,神経細胞への分化効率の異常など神経発達障害を示唆する表現型がみられ,これらの異常は特定のmiRNAやp38の発現変化がかかわっていることが明らかになった。更に,統合失調症患者死後脳においても,神経細胞とアストロサイトのマーカー量比に異常があることが判明し,脳発達期における神経幹細胞の分化効率の微細な変化が,統合失調症の病因の可能性の一つであることが示唆された。
著者
橋本 亮太 大井 一高 山森 英長 安田 由華 福本 素由己 藤本 美智子 梅田 知美 武田 雅俊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.63-67, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
4

遺伝要因が強い統合失調症ではリスク遺伝子を発見するための研究が盛んになされているが,主観的な診断基準や遺伝的な多様性があるため,それを見出すことは困難な状態にある。そこで,中間表現型という概念が統合失調症のリスク遺伝子を見出し,その病態メカニズムを同定するための手法として注目されている。筆者は,統合失調症をはじめ,気分障害,発達障害,健常者のゲノムサンプル付きの中間表現型データベースを構築しており,これらを用いた研究を推進している。本研究においては,免疫応答における主要な転写因子NFκβの構成因子であるRELA遺伝子と統合失調症の関連を検討した。RELA遺伝子の3つのSNPが統合失調症と関連し,特に男性において強いが認められた。最も関連の強いSNP は RELA遺伝子のプロモーター領域のアンドロゲン受容体の結合モチーフを欠如させるものであり,この統合失調症のリスクSNP が RELA遺伝子の発現の低さと関連した。その上このリスクSNPは統合失調症患者におけるプレパルス抑制障害(PPI)とも関連した。これらの結果は,RELA遺伝子の機能的なSNPをリスク多型として同定したため,病態解明に向けて大きな意義があると思われる。このような臨床研究によって精神疾患の分子病態に迫ることは,生物学的精神医学の1つの方向性として,重要であると考えられる。
著者
上原 隆 住吉 太幹 倉知 正佳
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.154-160, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

統合失調症の病態は未だ明らかでなく,予防法および根治的治療法は開発されていない。神経発達障害と神経変性による脳の形態学的変化が,統合失調症の病態生理に関与する可能性が指摘され,症状が顕在化する以前(前駆期)にすでに生じているとされる。特に parvalbumin 陽性ガンマアミノ酪酸(GABA)介在神経細胞の障害が統合失調症の認知機能障害に関与していると考えられている。ゆえに,これらの形態学的変化に作用する薬物が,統合失調症の予防・根治療法につながると期待される。神経栄養因子様作用を有する低分子化合物である T-817MA は神経突起伸展の促進作用や酸化ストレス抑制作用を有し,アルツハイマー病などの神経変性疾患の治療薬として開発された薬物である。われわれは統合失調症モデル動物における形態学的,行動学的異常を,T-817MA が改善することを見いだした。これらの所見は,T-817MA が統合失調症の予防的・根治的治療薬として有望なことを示唆する。
著者
木村 大樹 尾崎 紀夫
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.14-17, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
18

統合失調症の発症に強い影響力を持つまれなゲノム変異として,コピー数多型(CNV)が挙げられるが,CNVを起点として如何なるメカニズムによって統合失調症の発症に至るのかは不明である。筆者は日本人統合失調症の全ゲノムCNV解析から発症に強い影響力を持つと判明したCNV領域内の神経発達関連遺伝子を対象としたシークエンス解析を実施し,統合失調症の発症に強い影響力を持つ一塩基変異(SNV)の探索と,同定したSNVに基づく分子病態解明研究を行った。その結果,22q11.2領域内に存在するアミノ酸置換RTN4R‐R292Hや,16p13.11領域内に存在するNDE1‐S214Fが統合失調症と有意な関連を示すことが示唆された。さらに,これらのSNVによって,神経細胞の発達異常が引き起こされることも証明された。今後は,多発家系例などを対象とした全ゲノムシークエンス解析による新たな発症ゲノム変異の同定や,変異を模したモデル動物や変異を有する患者由来のiPS細胞を対象とした解析により,統合失調症の病態解明や,病態に基づく診断法・治療薬開発につなげていきたい。