著者
征矢 英昭 岡本 正洋 征矢 茉莉子 島 孟留 陸 彰洙
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.59-63, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
21

慢性的なストレスにより発症するうつ病は気分障害だけでなく認知機能の低下がみられる。慢性的なストレスは成体海馬神経新生(AHN)に抑制的に働くが,この現象はうつ病患者でも確認されることから,うつ病患者における認知機能低下の背景には AHN に関連した海馬機能低下が一つの要因として考えられる。近年,うつ病の治療方法として抗うつ薬のほかに,習慣的な軽い運動もうつ病に対して有効であることが想定されている。近年,乳酸性作業閾値(LT)以下の習慣的な低強度運動はAHN を促進し,さらに AHN 促進因子である脳由来神経栄養因子(BDNF)やアンドロゲンを海馬で増加させることが明らかとなった。さらに低強度運動が高強度運動に比べ AHN を促進させる背景には,これまで想定されていた因子のほかに,新たに同定された遺伝子として,脂質代謝にかかわる APOE,タンパク質合成にかかわるインスリン様成長因子Ⅱ(IGF-2),インスリン受容体基質 1(IRS1)や炎症性サイトカインである IL1B や腫瘍壊死因子(TNF)が AHN に関与することが明らかとなった。低強度運動にはこれらの AHN 促進因子を高める効果があり,うつ病患者の海馬神経を活性化させることで海馬神経可塑性を高めることが期待できる。低強度運動は抗うつ薬と同様に,うつ病の新たな治療法となるかもしれない。
著者
功刀 浩 太田 深秀 若林 千里 秀瀬 真輔 小澤 隼人 大久保 勉
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.177-181, 2016 (Released:2018-07-20)
参考文献数
14
被引用文献数
1

近年,緑茶の飲用頻度が高いとうつ病など精神疾患のリスクが低いことが指摘されている。緑茶特有の成分であるテアニン(L-theanine:N-ethyl-L-glutamine)は,グルタミン酸に類似したアミノ酸で,リラックス効果があることが知られていた。筆者らは動物実験により,テアニンはprepulse inhibition[PPI]で評価した感覚運動ゲイティング障害を改善する効果があるほか,持続的投与では強制水泳テストの無動時間を減少させ,海馬での脳由来神経因子の発現を高めるなど抗うつ様効果も認める結果を得た。健常者を対象にテアニン(200mgまたは400mg)を単回投与するとPPIが上昇することを見いだした。慢性統合失調症患者に8週間投与したところ,陽性症状や睡眠を改善する効果がみられた。大うつ病患者に対する8週間のオープン試験では,うつ症状,不安症状,睡眠症状に加えて認知機能の改善が観察された。以上から,テアニンは多彩な向精神作用をもち,統合失調症やうつ病といった精神疾患に対して有用である可能性が示唆された。
著者
溝口 義人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.38-43, 2021 (Released:2021-03-25)
参考文献数
44

うつ病およびアルツハイマー型認知症(AD)に共通する病態仮説として,神経炎症仮説,BDNF仮説が注目されているが,病態には糖尿病,肥満などの生活習慣病も関与しており,薬物療法以外にも食事,運動,睡眠など日ごろの生活習慣を見直すことが,発症予防や治療において大変重要であると考えられる。また,うつ病およびADの病態にミクログリアの活性化が関与していると示唆されるが,加齢によるミクログリアの老化(microglial senescence)にも着目することが大変重要であり,加齢により低下したミクログリアのアミロイドβ(Amyloid‐β:Aβ)貪食能を高めるなど,残存するミクログリアの機能を保護し,高めることが新規治療標的として重要だと考えられる。
著者
平 孝臣
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.11-21, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
73

精神疾患に対する脳神経外科治療(neurosurgery for psychiatric disorders :NPD)を行う脳神経外科医の大半が属する国際定位機能神経外科学会(WSSFN)の会長として,WSSFN でのNPD へのコンセンサス,スタンス,課題,および国際的現状を紹介する。WSSFNでは少なくとも現時点ではすべてのNPDを「研究段階の治療」とみなしている。FDA や CEの承認を背景に企業などの関与があり,純粋な医学的見地からは疑問視する声もある。したがってこれらの承認をもって一般医療とはみなしていない。「研究段階の治療」ではある一定の study protocol のもと,各国,各施設でのIRBなどの承認が必須で,患者や社会も「研究的,実験的」治療と認識しておく必要がある。多くの倫理規定やガイドラインがあるが,精神科医,脳外科医を含む複数の専門分野の十分経験のある医師の関与が必須である。このような条件下の研究は,難治性強迫神経症(OCD),難治性うつ病(TRD)が代表的であるが,アルコールを含む薬物依存,神経性食思不振,アルツハイマー病などもにも拡大している。一方WSSFNの原則に則らず,十分な情報開示もないまま,統合失調症,薬物依存,衝動的な攻撃性などに対して凝固術を行っている国もある。しかしこれらにはLevel 1のエビデンスはなく,安全性と有効性が Level 2の段階で,今後さらに科学的検証が必要である。DBSが可逆的で盲検可能で科学的アプローチが可能ということで注目を浴びているが,北米では現在もNPDに関与する脳神経外科医の半数が凝固術を行っている。薬物治療などの既存の治療の効果を評価する尺度で,同様に重度のOCD や TRDに対するDBSの効果を検討した場合,未だに完全ではないが,十分有望な効果が認められており,今後本邦でも看過できない領域である。
著者
山田 真希子 須原 哲也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.191-195, 2017 (Released:2019-07-30)
参考文献数
16

うつ病の認知心理モデルによると,うつ病患者において,健常人で認めるポジティブな認知バイアスが消失することや(抑うつの現実主義と呼ばれる),否定的に捉える負の認知バイアスが生じることが,抑うつ症状の悪化や治療抵抗性に関与している可能性が指摘されている。本稿では,自己と他者の評価に対する認知バイアスが脳内で生じる仕組みについて,機能的脳画像(functional magnetic resonance imaging:fMRI)と陽電子放射断層撮影装置(positron emission tomography:PET)を用いた研究を紹介し,うつ病症候に関わる認知バイアスの脳機能ネットワークとドーパミン神経伝達機能との関連について考察する。
著者
畑中 悠佑 和田 圭司 株田 智弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.115-120, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
41

自閉症スペクトラム障害は多遺伝子疾患であるが,近年,環境要因との相互作用にも注目が集まっている。一方で,子宮内で高濃度の男性ホルモンであるテストステロンに曝露された子どもは自閉症様の行動を示すことが,ヒトと動物モデルの研究の両方から明らかになっている。このことから本総説では,母体の子宮内環境における性ホルモンの異常が及ぼす子どもの脳発達への影響について,主にシナプス機構の観点から論じる。また,近年の発達障害モデル動物を用いた研究から,複数の発達障害モデルに共通する病的表現型として,シナプスの不安定性が認められることが明らかになってきた。さらに,興味深いことに,このシナプス不安定性は発達障害モデルのみならず,神経変性疾患モデルでも認められる普遍的な病態である。本総説では,シナプス不安定性という共通項が,精神神経疾患の病因論にもたらす意味について考察する。
著者
越前屋 勝
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.159-164, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
30

うつ病に対する断眠療法は,一晩の断眠直後から効果が発現する,有効率が約60 %と高い,副作用が少ない,薬物抵抗性の難治性うつ病にも有効である,といった利点がある。一方で,効果が持続しにくい,患者側・治療者側の負担が大きい,診療報酬請求ができない,といった欠点があり,今日まで我が国では普及してこなかった。しかし,断眠療法の効果を増強・持続させる方法について多くの研究報告が蓄積されてきた。断眠療法単独ではなく,抗うつ薬,炭酸リチウム等の薬物治療,高照度光療法あるいは睡眠位相前進等を併用することで,断眠療法の効果を増強・持続させ得ることが知られている。うつ病の治療においては一般的な薬物治療のみでは難渋・遷延するケースも少なからずあるため,断眠療法を治療選択肢の1つとして組み入れることは難治例の解決や治療期間の短縮につながると期待できる。
著者
田中 沙織
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.80-88, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
33

脳の複雑な機能の解明には,物質や回路の働きについての数理モデルを仮定し,それを実験的手法で検証する「計算論的神経科学」のアプローチが有効であることは近年神経科学のみならず,臨床や経済学といった様々な分野に広く浸透してきた。その中でも,ドーパミン,セロトニンなどの神経修飾物質の役割を記述する数理モデルは,予測と意思決定の脳の機能解明には不可欠であり,数理モデルに関する検証実験が盛んに行われている。予測と意思決定に関するドーパミンの代表的な数理モデルとして,強化学習理論における「予測誤差」が挙げられる。また予測と意思決定に関するセロトニンが関与する機能の1つとして,「衝動的選択」が挙げられる。これは,将来的に大きな報酬が得られる行動よりも,即時的に少ない報酬を得られる行動を選んでしまうことであり,ラットのセロトニン経路の破壊で,衝動的選択が生じたことが報告されている。これらの実験から,セロトニンが遅延報酬に対する価値の割引(時間割引率)に対応するというモデルが提唱されている。本稿は,強化学習理論をもとに,ドーパミンおよびセロトニンの機能モデルの紹介と,それを検証した一連の研究のレビューである。
著者
高橋 英彦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.51-54, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
4

自己と他者の所有物の高低と自己と他者との関係性の遠近というパラメータを調節することで,妬みの強さを調節し,f MRI 実験を行った。妬みの感情のもう 1 つの側面として,妬みの対象が不幸に見舞われると,私たちは他人の不幸は蜜の味ともいわれる非道徳な感情を抱くことがあり,この点についても併せて検討した。その結果,妬みと前部帯状回の背側部の活動が関係することがわかった。前部帯状回の背側部は身体的な痛みにも関わる部位で,社会的な痛みといえる妬みも同様な部位が賦活されたことは興味深い。また,妬みの対象に不幸が起こると,報酬系である腹側線条体の賦活を認め,文字通り他人の不幸は蜜の味であるかのような反応を認めた。
著者
近藤 一博
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.218-221, 2013

現代はストレス時代と言われ,ストレスの蓄積状態である「疲労」による,うつ病や自殺が増加している。このような状況を打開するためには,疲労を客観的に測定して予防することが必要となる。我々はこの目的のために,人の意志では変化しない疲労のバイオマーカーを検索し,唾液中に放出されるヒトヘルペスウイルス(HHV-)6による疲労測定法を開発した。HHV-6は突発性発疹の原因ウイルスで,100%の人の体内でマクロファージとアストロサイトに潜伏感染している。マクロファ ージで潜伏感染しているHHV-6は,1週間程度の疲労の蓄積に反応して再活性化し,唾液中に放出される。このため,唾液中のHHV-6の量を測定することによって中長期の疲労の蓄積を知ることができた。さらに我々は,HHV-6の再活性化の分子機構を研究することにより,疲労因子(FF)と疲労回復因子(FR)の同定に成功した。FF と FRは末梢血検体で測定可能で,被験者の疲労の定量だけでなく,回復力の評価も可能であることが明らかになってきた。HHV-6は,ほぼ 100%のヒトで脳の前頭葉や側頭葉のアストロサイトに潜伏感染を生じている。この潜伏感染HHV-6も,ストレス・疲労によって再活性化が誘導されると考えられる。我々は,脳での再活性化時に特異的に産生される,HHV-6潜伏感染遺伝子タンパクSITH-1 を見出した。SITH-1発現は,血液中の抗体産生に反映され,血中抗SITH-1抗体を測定することによって,脳へのストレスと疾患との関係を検討することが可能であった。抗 SITH-1抗体陽性者は,主としてうつ病患者に特異的にみられ,抗 SITH-1抗体がうつ病のバイオマーカーとなることが示唆された。さらに,SITH-1タンパクを,ウイルスベクターを用いてマウスのアストロサイト特異的に発現させたところ,マウスはうつ症状を呈することがわかった。これらのことより,脳へのストレス・疲労負荷は,潜伏感染HHV-6の再活性化を誘導することによって,潜伏感染タンパクSITH-1を発現させ,うつ病の発症の危険性を増加させるというメカニズムが示唆された。
著者
橋本 謙二
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.188-191, 2016 (Released:2018-07-20)
参考文献数
28

近年,精神疾患の病態に酸化的ストレスや炎症がかかわっていることがわかってきた。例えば,統合失調症患者やうつ病患者の血液中の炎症性サイトカイン濃度が,健常者と比較して有意に高い事が報告されている。以上のことから,抗酸化作用や抗炎症作用を有する化合物は,これらの精神疾患の予防薬・治療薬になりうる可能性がある。本稿では,統合失調症やうつ病の発症予防の可能性としてのブロッコリースプラウト等の野菜に含まれているスルフォラファンについて考察する。
著者
橋本 亮太 安田 由華 大井 一高 福本 素由己 山森 英長 武田 雅俊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.69-75, 2010 (Released:2017-02-16)
参考文献数
17

自閉性障害やアスペルガー障害などの広汎性発達障害は,対人的相互作用の質的な障害,コミ ュニケーションの質的な障害,限定された反復的で常同的な行動・興味・活動などによって特徴づけられるものである。広汎性発達障害は,遺伝因子と環境因子との相互作用が重要な役割を果たしている多因子疾患と考えられている。しかし,広汎性発達障害の一卵性双生児における一致率は,60-90 %といわれており,統合失調症の約 50 %と比較して遺伝因子が強く,その遺伝率は,90 %とされている。遺伝因子の研究では,自閉症スペクトラム障害関連症候群,連鎖解析,関連解析,染色体異常と CNV(コピー数変異)解析,遺伝子発現解析,中間表現型解析がなされており,これらの解析技術の進歩が著しい。 その結果,2003 年にX染色体上にある Neuroligin3 と Neuroligin4 遺伝子が自閉症の原因遺伝子として報告され,続いて 2006 年に 22 番染色体上の SHANK3 遺伝子が報告された。さらに,新たにできたDNA の変異のうち CNV(copy number variant)と呼ばれるゲノムの一部の領域の欠失や重複が,孤発性の自閉症では多いことが報告された。2008 年には,この CNV の全ゲノムサーチにより,2 番染色体の Neurexin 遺伝子が関連することが見出され,興味深いことに,Neuroligin と相互作用することから注目を浴びている。これらの遺伝子群は,すべてシナプスにて機能する分子であり,広汎性発達障害では,シナプス機能の障害があることが示唆される。本稿では,広汎性発達障害の遺伝子研究の歴史と最新の知見に加えて,今後の方向性について概説したい。
著者
栃木 衛
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.84-87, 2016 (Released:2018-02-08)
参考文献数
24

湾岸戦争病は,湾岸戦争終了後の多国籍軍側の帰還兵士にみられた関節痛,疲労,筋肉痛,頭痛,忘れやすさ,集中困難,気分の落ち込み,不眠,発疹などの種々の症状に対して,欧米を中心とするマスコミが呼称しはじめたものである。化学兵器への曝露やその予防薬,感染症や多種ワクチンの同時接種,砂漠に特有の諸環境,劣化ウランへの被曝,炎上した油井からの煙の吸入,精神的ストレスなどが原因として検討されてきたが,原因は未だ不明であり,湾岸戦争に由来する特異な病態ないし,新規の疾患の存在自体を疑問視する向きもあるのが現状である。一方,帰還兵に対して行われている追跡調査からは,低用量の神経剤曝露の長期的な影響が改めて問題とされている。本稿では,化学兵器曝露,中でもサリンへの低用量曝露と,精神的ストレス,とりわけ心的外傷後ストレス障害(PTSD)の影響という 2 つの観点から湾岸戦争病とサリン後遺症の共通点について考察した。
著者
加藤 隆弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.3, pp.151-157, 2016 (Released:2018-04-24)
参考文献数
35

精神医学研究において,精神病理学や精神分析学を含む心の研究は,生物学的研究(脳の研究)とは対極に位置すると思われがちである。筆者は,幸か不幸か,所属している大学病院精神科医局の中で精神分析と生物学的研究という両方の世界に割と深く身を置いてきた。こうした二足の草鞋を履くという経験を元に,現在では,両者は相補的な関係にあると考えており,例えば,精神分析理論の重要概念である無意識的欲動(「生の欲動」や「死の欲動」)の起源はミクログリアをはじめとした脳内免疫細胞ではないか?とさえ考えるようになっている。筆者の研究室(九大精神科分子細胞研究グループ)では,脳と心のギャップを橋渡しするためのトランスレーショナル研究システムを試行錯誤しながら萌芽的に立ち上げてきた。本稿では,特に若手精神科医向けに,こうした研究に着手するようになるまでの一端を紹介する。筆者としては,二足の草鞋を履き続けたことによるメリットを実感しているため,生物学的精神医学を志す精神科医にも精神分析的な素養を少しでも身につけていただければと願っている。
著者
栗山 健一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.151-157, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
42

近年の研究の進歩により,睡眠が様々な記憶の増強・長期保持に重要であることが証明されつつあるが,その背景となる神経学的メカニズムは明らかになっていない。睡眠中の様々な状態指標や生理学的特徴と,記憶増強との関連が示唆されているが,記憶・学習の種類や,情動等の付加条件により所見は一致せず,一定のコンセンサスは得られていない。本稿では現在までに得られている主な知見を紹介し睡眠中の記憶・認知機能に関して論じた。さらに一部のストレス関連障害の背景病理における睡眠の関与およびその予防方策における睡眠調節の可能性を示した。
著者
植村 富彦 楯林 義孝 持田 政彦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.4, pp.223-234, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
78

統合失調症の病態仮説として,神経細胞を中心としたドーパミン仮説,グルタミン酸仮説などが従来提唱されてきたが,その本質はまだよくわかっていない。本総説ではトリプトファン代謝経路上の分岐点に位置するキヌレニン(KYN)を水酸化する反応律速酵素,キヌレニン 3-モノオキシゲナーゼ(KMO)のミクログリアにおける活性低下およびアストロサイトにおけるキヌレン酸(KYNA)産生増加による認知機能低下の可能性,すなわち,「統合失調症の KYNA 仮説」を中心に紹介する。統合失調症における慢性炎症,さらにはアストロサイトも含む神経-グリア関連にも言及し,今後の創薬の可能性について議論したい。
著者
花澤 寿
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.47-51, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
14

進化心理学では,心の構造は進化の産物であるという前提に立ち,行動や心理的傾向の適応的意味や機能的意味を明らかにしようとする。精神障害の理解に進化心理学を適用することにより,その症状・特徴がなぜ生じてきたのかという究極要因の検討が可能になる。本稿では,現在までに提出されている摂食障害の進化論的仮説を概観し,進化心理学・進化精神医学による摂食障害の理解と治療の可能性について検討した。主要な仮説として,①生殖抑制説,②同性間競争説,③飢餓環境からの移動のための適応説をとりあげた。いずれの仮説も,現時点では実証困難であるが,摂食障害の不可解な特徴(長期の拒食,女性に極端に偏る性比,過活動,やせの否認と身体像の歪みなど)をある程度説明することに成功しており,停滞状態にある摂食障害の病態理解と治療法に新たな展開をもたらす可能性が示唆された。
著者
鬼頭 伸輔
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.131-136, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
31

経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation :TMS)は,非侵襲的に大脳皮質を刺激し,皮質や皮質下の興奮性を変化させる方法である。10 ~ 20Hz の高頻度刺激は皮質興奮性を増強し, 1Hzの低頻度刺激は皮質興奮性を抑制する。TMSによるうつ病治療では,左背外側前頭前野への高頻度刺激と右背外側前頭前野への低頻度刺激の2つの方法がある。うつ病患者では,背外側前頭前野の hypoactivityと梁下野や前頭葉眼窩野などの腹内側前頭前野のoveractivity があるとされる。著者らの研究は,TMSの治療効果が背外側前頭前野や腹内側前頭前野の脳血流量と相関していることを示唆し,右背外側前頭前野への低頻度刺激は,腹内側前頭前野のoveractivity に抑制的に作用し,左背外側前頭前野への高頻度刺激は,同部位の hypoactivity に亢進的に作用することにより,うつ病を改善させると考えられる。
著者
新井 誠 小堀 晶子 宮下 光弘 鳥海 和也 堀内 泰江 畠山 幸子 内田 美樹 井上 智子 糸川 昌成
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.27-33, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
26

統合失調症の精力的なゲノム研究が世界的に取り組まれているものの,統合失調症の病態生理が不均一であるが故に(異種性),その分子基盤を理解する際の大きな障壁となっている。筆者らは,これまでも臨床的な側面から特徴的な病像を呈する症例を集積し,かつ家系症例や希少症例を軸にして,個々の症例が有する分子基盤の一端を一般症例へ敷衍するというストラテジーを実践してきた。この研究手法により,まれな遺伝子変異を持つ家系症例から「カルボニルストレス」という代謝経路の障害を見出し,一般症例のおよそ 2 割に同じカルボニルストレス代謝の障害をもつ比較的均一な亜群を同定した。また,カルボニルストレスを呈する症例群の臨床的特徴を明らかにするとともに,カルボニルストレスの解毒作用をもつピリドキサミンを用いた医師主導治験を実施した。本稿では,これまでのカルボニルストレス性統合失調症について概説し,統合失調症研究における我々の将来展望について述べた。
著者
高橋 秀俊 石飛 信 原口 英之 野中 俊介 浅野 路子 小原 由香 山口 穂菜美 押山 千秋 荻野 和雄 望月 由紀子 三宅 篤子 神尾 陽子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.103-108, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
42
被引用文献数
3

聴覚性驚愕反射(ASR)は,精神医学領域におけるトランスレーショナル・リサーチにおいて,国内外で広く研究されており,特にプレパルス・インヒビション(PPI)は,精神障害の有力なエンドフェノタイプ候補と考えられている。自閉症スペクトラム障害(ASD)では,知覚処理の非定型性についてよく知られているが,ASD の PPI に関しては一貫した結論は得られていない。最近我々は,ASD 児では ASR の潜時が延長しており,微弱な刺激に対する ASR が亢進していることを報告した。そして,いくつか異なる音圧のプレパルスを用いて PPI を評価したところ,ASR の制御機構である馴化や比較的小さなプレパルスにおける PPI は,一部の自閉症特性や情緒や行動の問題と関連するという結果を得た。ASR およびその制御機構のプロフィールを包括的に評価することで,ASD や他の情緒と行動上の問題にかかわる神経生理学的な病態解明につながることが期待される。