著者
山下 祐一
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.114-116, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
10

計算論的精神医学とは,脳における情報処理プロセスを数理モデルで表現することで神経・精神疾患の病態理解・治療法の開発を目指す,精神医学の比較的新しい研究領域である。高度な数理モデルを含む学際的知識が求められる分野ではあるが,その中でも臨床精神医学の知識は欠かせないと考えられる。臨床経験をもち,精神医学における臨床疑問を理解する精神科医が積極的に参入し,領域がますます活性化することが期待される。
著者
滝沢 龍 笠井 清登 福田 正人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.41-46, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

現在の臨床精神医学の克服すべき点の1つに,診断と治療に役立つ生物学的指標を探索・確立することがある。今回は,発達(個体発生)や進化(系統発生)の視点から,生物学的精神医学において必要な脳研究の方向性に示唆が得られないか探ることをテーマとした。人間の脳の発達・成熟のスピードは部位によって異なり,より高次の機能を担う部位では遅く始まると想定されている。思春期には,前頭前野のダイナミックな再構成が起こり,この時期の発達変化の異常が統合失調症などの精神疾患の発症と関連している可能性も指摘されている。進化の視点からは,前頭前野の中でも前頭極や言語機能に関連する脳部位が人間独特の精神機能と関連するとして注目が集まってきている。進化論により注目される脳部位と,それに関連する最も高次な認知機能への理解が進むことは,人間独特の精神機能や,その障害としての精神疾患への鍵となる見識をもたらすことが期待される。
著者
松田 真悟
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.57-59, 2018 (Released:2019-07-30)
参考文献数
16

恐怖記憶と関連のある精神疾患の多くは有病率に性差が認められ,女性のほうが高い。この性差の生物学的背景を解明するために,恐怖記憶を忘れる過程(恐怖消去)に着目した研究が進められている。恐怖関連疾患の一つである外傷後ストレス障害の患者は恐怖消去の安定性が低いことから,恐怖消去の性差を担う分子機構を解明することで恐怖関連疾患の有病率の性差に対する生物学的背景の解明やそれを利用した新規治療法の開発へ発展することが期待される。
著者
石井 良平 池田 俊一郎 青木 保典 畑 真弘 補永 栄子 岩瀬 真生 武田 雅俊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.241-245, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

自閉症スペクトラム障害(autistic spectrum disorder ; ASD)患者の運動実行時・運動観察時のβ帯域(15-30Hz)の運動後β帯域リバウンド(Post-movement beta rebound : PMBR)を求め,健常被験者のそれと比較検討することで,ASD患者におけるミラーニューロンに関連した生理学的変化を解明し,ASD患者のMNSに関連する障害について検討した。ASD患者7名と健常被験者10 名を対象とし,右手指の運動観察時と安静時,運動実行時と安静時の脳磁図を測定し,それぞれの課題と安静時の間でのβ帯域(15-30Hz)活動の電流源密度分布をBESAで解析後,BrainVoyager QX にて各群におけるPMBRの平均分布と群間比較(両側T検定,p < 0.05)を行った結果,両群において運動実行時,運動観察時ともに,後頭部(視覚野)やローランド領域にてPMBRの最大値が見られた。運動実行時には両群間で差は認めなかったが,運動観察時には両群間で対側感覚運動野,同側運動前野,中側頭葉,前帯状回(ACC)で PMBRに有意差を認めた。ASD患者群における運動観察時での PMBRの有意な減少は,ASDでは運動観察時に健常被験者とミラーニューロンを中心とした脳活動が異なることが示唆された。
著者
根本 隆洋 水野 雅文
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.3-8, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
22

統合失調症の早期介入に対する世界的な関心の高まりの中で,予後決定因子として精神病未治療期間(duration of untreated psychosis : DUP)が注目を集めている。我々は本邦における DUPを報告し,その要因や転帰との関連について検討してきた。DUP 短縮への努力は治療臨界期における治療の開始に直結しているが,近年はさらに進んで,顕在発症予防の視点に立った疾患の前駆期における介入も世界的に展開されつつある。我々は発症危険状態(at-risk mental state : ARMS)と初回エピソード統合失調症に特化したケアユニットであるユースクリニックとユースデイケア「イルボスコ」を開設し,詳細なアセスメントを行うとともに,思春期・青年期に配慮した心理社会的アプローチと脳機能への直接的介入を目指した認知機能訓練とを両輪とした,包括的な治療サービスの提供を行っている。
著者
松澤 大輔 清水 栄司
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.185-191, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
27

不安障害に対しては薬物療法と共に,認知行動療法(CBT)が治療の選択肢にあるが,いずれも効果が高い一方で,恩恵に預かれない患者も多いなど,個人差が大きく,治療後にも再燃/再発がしばしば認められる。その個人差の背景には何らかの生物学的因子があるはずである。本稿では,その背景を,1つには繰り返しの知覚刺激を減弱する脳の感覚ゲート機構という脳の生理学的応答の違いから論じた。指標としたのは,事象関連電位P50である。強迫性障害を対象に測定したP50 は,脳内感覚ゲート機構の障害を示しており,病態生理に関連があることを示唆している。もう1つには,恐怖や不安の消去学習を,恐怖条件付けを用いた動物モデルから解説し,消去学習を促すためのcongnitive enhancer の可能性をD-cycloserine を代表例にして紹介する。
著者
文東 美紀 岩本 和也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.161-164, 2023 (Released:2023-12-25)
参考文献数
10

体細胞変異は,受精後の発生段階の途中で生じ,個体中にモザイク状に存在するゲノム変異を指し,生じる時期によっては脳組織に特異的な変異となる。またこのような脳特異的な変異の一部には,神経疾患の原因になるものも報告されている。筆者らは体細胞変異の中でもレトロトランスポゾンの一種であるlong interspersed nuclear element‐1(LINE‐1)挿入に着目しており,これまでに統合失調症患者の神経細胞においてLINE‐1コピー数が増大していること,LINE‐1が新規挿入された部位は神経機能に関与する遺伝子の近傍に多いことを示してきた。このようなLINE‐1挿入ゲノム部位プロファイルをより詳細に決定するため,筆者らは新たなシングルセルレベルでの解析法であるNECO‐seq法を確立し,統合失調症患者死後脳を使用してケース・コントロール解析を行った。合計1,000個以上の神経細胞核の解析の結果,患者群において神経発生の比較的初期で生じたと考えられるLINE‐1挿入は,神経関連遺伝子の近傍に蓄積されていることが示された。LINE‐1挿入が生じた遺伝子には神経伝達物質受容体などが含まれており,このようなLINE‐1挿入は,神経細胞の形態や機能に多大な影響を与えると考えられた。
著者
内山 竣介 寺尾 知可史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.156-160, 2023 (Released:2023-12-25)
参考文献数
15

近年のゲノム解析により,健常者において加齢とともにクローン造血の特殊な状態である血中体細胞モザイクが増加し,造血器腫瘍の発生リスクとなることが明らかとなった。正常脳の神経細胞においても,神経発生のさまざまな段階において一塩基レベルでの体細胞変異が蓄積していることに加え,DNMT3Aなどクローン造血に関連する変異が多いことが明らかになった。この結果は正常脳においても加齢と共に体細胞モザイクが蓄積することを示唆する。自閉症スペクトラム障害(ASD)や統合失調症など精神疾患では,一塩基レベルや染色体レベルでの血中・脳の体細胞モザイクが増加していることが報告されており,病気の発症リスクになると考えられている。本稿では,正常脳の神経細胞における体細胞モザイクの関連を説明したうえで,一塩基レベル/染色体レベルでの体細胞モザイクと,ASD,統合失調症の関連について最新の話題を解説した。
著者
加藤 忠史
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.183-187, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
12

小児思春期双極性障害が米国で急増している。小児期に発症する双極 I 型障害がまれながら存在することは確かであろう。しかし,最近増えてきたケースは,激しい易怒性,攻撃性を示すが,長期に続く気分の障害ではなく,双極 I 型あるいは双極 II 型の診断基準を満たさない。こうした場合,成人型の双極性障害に進展するかどうかは不明である。このように,米国では過剰診断が懸念されており,DSM-5 ドラフトで提案された Temper Dysregulation Disorder with Dysphoria(TDDD)は,この過剰診断を防ぐ目的で導入された診断基準である。今後,この診断基準を元に研究を進め,こうした情動障害の背景に,双極性障害の家族歴,AD/HD,精神刺激薬治療などがどのように関わっているのか,そしてこうした症例のどれだけが成人型の双極性障害を発症するのか,明らかにしていく必要がある。
著者
鵜飼 聡
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.199-205, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
36
被引用文献数
1

これまでに多様な精神疾患・病態を対象に反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療の臨床研究が報告されているが,その対象はうつ病に対するものが圧倒的に多く,その他,統合失調症の言語性幻聴と陽性・陰性症状,強迫性障害についてはメタ解析が報告されている。うつ病に対して,rTMS は,電気けいれん療法との比較では有効性・即効性の面で及ばないものの非侵襲的で忍容性が格段に高く,薬物との比較では遜色のないレベルの有益性があるとの報告もある。米国食品医薬品局は2008年にうつ病に対して適応に厳しい条件を付けたうえでrTMSを認可しており,今後の症例数の増加,臨床研究の発展が期待される。統合失調症の幻聴に対しては比較的良好な成績が示されているが,陽性・陰性症状および強迫性障害に対しては有益性が示されていない。外傷後ストレス障害については複数の二重盲検試験が報告されているが,現状ではメタ解析が可能なレベルの報告はない。
著者
河上 緒
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.53-57, 2023 (Released:2023-06-25)
参考文献数
12

変性疾患脳における精神症候と病変局在を検討した神経病理研究は,精神疾患における病態を考えるうえで意義深い。アルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)やレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)などの認知症疾患は,病理学的にタウやα‐synucleinなどの変性タンパクが蓄積することが知られているが,病初期においてうつや幻覚妄想などの精神症候を伴いやすく,精神症候の責任病巣として辺縁系領域や前頭葉皮質に着目した報告が多い。AD同様,タウタンパクを病因とする神経原線維変化型老年期認知症では,老年期精神障害を呈する一群の存在が知られ,側坐核を含む辺縁系領域の高度タウ病変と精神症候との関連が示唆されている。さらに,DLBの抑うつを呈する群では,精神症状を欠く群と比べて側坐核や関連投射路において高度にα‐synuclein病変が多いとする報告など,mesolimbic dopaminergic pathwayと精神症状との関連を示唆する報告が相次いでいる。本稿は,わが国の精神科神経病理研究の礎となってきた松沢・医学研ブレインバンクにて,筆者らが進めてきた老年期認知症疾患における臨床病理学的研究の成果に触れ,最近筆者らが取り組んでいる神経回路に着目した精神神経疾患の病理学的探索研究について紹介する構成とした。
著者
水谷 隆太 Maree J Webster
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.63-67, 2023 (Released:2023-06-25)
参考文献数
8

筆者らは,放射光ナノCT法・マイクロCT法を用いて,ヒト脳組織の三次元解析を進めている。放射光は荷電粒子を加速して得られる光であり,強いX線源として用いられる。そのような高輝度のX線を用いてCTスキャンを行うことで,通常の1万倍の分解能が達成できる。これを統合失調症死後脳に適用したところ,神経突起の三次元構造の変化や,構造と幻聴スコアの相関が見いだされた。これは,統合失調症が神経細胞の変化を伴う精神障害であることを示している。このような精神障害の病態生理学の解明には,ヒト脳組織の研究が必須であり,ブレインバンクの重要性は今後さらに高まると思われる。そこで後半では,統合失調症や双極性障害で米国有数のブレインバンクとして知られるStanley研究所について,その成り立ちや運用を紹介する。また,米国でのブレインバンク事情を概観し,国家的リソースとしてのブレインバンクの連携などについて解説する。
著者
天間 雄祐 小尾(永田) 紀翔 林(高木) 朗子
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.94-99, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
23

昨今の脳神経科学の発展は著しく,脳の作動原理を次々に明らかにしてきたものの,統合失調症の病態生理は未解明な部分が多く,したがって病態生理に立脚した根治薬は存在しない。しかしながら,人類遺伝学をはじめとするさまざまなヒト由来サンプルや所見より,グルタミン酸作動性シナプスの異常が統合失調症の病態生理として示唆されている。そこで本稿では,精神疾患関連遺伝子のモデル動物を切り口に,モデル動物だからこそ可能となる操作的・侵襲的実験手法を用いた実験で,どのようなシナプスパソロジーが明らかにされているかについて述べる。最後に,われわれが開発したシナプスを時空間的に直接光操作することができるシナプスプローブを紹介する。このように最先端の技術を駆使した仮説検証を繰り返すことにより,精神疾患の解明を目指すわれわれの戦略について述べる。
著者
工藤 佳久
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.58-63, 2017 (Released:2019-01-19)
参考文献数
15

ヒトの脳におけるアストロサイトの数はニューロンより多い。発見以来長い間この細胞は血液脳関門としての機能や神経伝達物質の取り込み,ニューロンへのグルコースの供給などニューロン活動の支持役として機能しているのだと考えられてきた。電気活性の欠如のために情報処理装置としての脳機能への関与は低いと判断されてきたのだ。ところが,20 世紀末になって,アストロサイトが様々な神経伝達物質に細胞内Ca²⁺濃度上昇の形で応答するダイナミックな細胞であることが判明した。また,ニューロンが放出するほとんど神経伝達物質に対する受容体をG-タンパク質共役型の形で発現し,アストロサイト自身もグルタミン酸,ATP およびD-セリンなどのグリオトランスミッターを遊離することが明らかになった。現在では,アストロサイトはニューロン間のシナプスに組み込まれたトライパータイトシナプスとして機能し,高次機能の発現に関与する可能性が高いと考えられるようになっている。
著者
山末 英典
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.63-66, 2022 (Released:2022-06-25)
参考文献数
14

オキシトシンによって自閉スペクトラム症の中核症状が治療できるようになることが期待されている。しかし,単回投与ではこれまで一貫して改善効果が認められる一方,反復投与では報告が一貫しなかった。その理由として,オキシトシンを反復投与すると効果が変化することが疑われたが,自閉スペクトラム症の症状を繰り返して評価できるような客観的な方法がなく,この疑問を確かめることができなかった。筆者らの最近の研究では,対人場面に現れる表情を定量的に解析して評価項目とし,自閉スペクトラム症に関連した表情の特徴がオキシトシンの投与で改善されることについて再現性をもって示すことに成功した。さらにこの改善効果は時間とともに変化することを示し,この経時変化の脳内・分子メカニズムに関する知見とともに,オキシトシンによる自閉スペクトラム症の治療が最適化され開発が進むことが期待されている。本稿ではこの研究成果について概説した。
著者
柳田 悠太朗 仲地 ゆたか 文東 美紀 岩本 和也
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.2-6, 2023 (Released:2023-03-25)
参考文献数
13

DNAメチル化やヒストンタンパク質の修飾など,エピジェネティックな状態には遺伝環境相互作用が反映されており,精神疾患の病因・病態の理解のためにきわめて重要であると考えられている。セロトニントランスポーターは繰り返し配列の多型領域とDNAメチル化による転写制御を受けることから,遺伝環境相互作用研究のためのよいモデルであると考えられる。本稿では,高齢者コホート検体を利用し,正常加齢に伴う認知機能の低下や抑うつ傾向について検討した筆者らのセロトニントランスポーターでの研究例を紹介する。研究の背景と共に,臨床所見とMRI画像による脳体積およびジェノタイピングデータやDNAメチル化状態を統合することで明らかになりつつある結果を紹介し,現状の課題と今後の展望を述べる。