著者
栗山 千亜紀 植田 喜一郎 荒川 健司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.6, pp.332-341, 2015 (Released:2015-12-10)
参考文献数
25
被引用文献数
2 3

カナグリフロジン水和物(以下カナグリフロジン,製品名:カナグル®錠(国内),Invokana®錠(海外))は,2型糖尿病治療薬として2013年3月に米国で初めて承認されたナトリウム/グルコース共輸送体(SGLT)2阻害薬である.2014年7月には,国内でも承認を取得した.1990年,田辺三菱製薬は世界に先駆け,尿糖排泄促進による経口糖尿病治療薬の創薬研究に着手し,経口投与でSGLTを阻害するT-1095の創製に成功した.さらに治療薬としてより適した化合物を探究し,誕生したのがカナグリフロジンである.カナグリフロジンは,腎近位尿細管において糸球体ろ過された大部分のグルコースの再吸収を担うSGLT2を選択的かつ競合的に阻害し(SGLT1とのIC50値の比は158倍),血中の過剰なグルコースを尿糖として排泄することでインスリン非依存的に糖尿病モデル動物の高血糖を是正する.肥満モデル動物においては,体重および体脂肪増加を抑制する効果を認めた.Zucker diabetic fatty(ZDF)ラットにカナグリフロジンを反復投与することで,持続的に血糖値を低下し,インスリン分泌能の改善および膵β細胞量の維持をもたらした.また,カナグリフロジンとDPP-4阻害薬テネリグリプチンとの併用投与,およびラットでの消化管内糖質量に関する検討から,小腸SGLT1阻害を介した糖質吸収遅延作用を有することも示された.2型糖尿病患者を対象とした国内外の臨床試験において,カナグリフロジンは持続的なヘモグロビンA1c(HbA1c)改善,体重および血圧低下,eGFRの低下抑制効果等を示しており,実施中のグローバル大規模臨床試験(CANVAS,CREDENCE)の結果にも大いに期待がもたれている.
著者
鹿子嶋 正彦 友松 貴子 福田 哲子 三ヶ島 浩 寺澤 道夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.97, no.5, pp.277-286, 1991 (Released:2007-02-13)
参考文献数
34
被引用文献数
1

ケミカルメディエーターにより誘発されるモルモット気道収縮とその時肺灌流液中に遊離されるケミカルメディエーター量に対するY-20811の作用を検討した.acetyl salicylic acidやindomethacinと同様にY-20811は0.01~1mg/kg,i.v.で用量に依存してarachidonic acidおよびLTD4により誘発されるモルモット気道収縮を抑制した.また,Y-20811(1mg/kg,i.v.)はPAFによるモルモット気道収縮も抑制した.Y-20811は経口投与でも0.3~10mg/kgでLTD4により誘発されるモルモット気道収縮を用量依存的に抑制し,10mg/kgでは抑制作用が投与24時間後まで持続した.しかし,Y-20811(1mg/kg,i.v.,10mg/kg,p.o.)はhistamine,serotonin及びacetylcholineによるモルモット気道収縮を抑制しなかった.mepyramineで前処置した受動感作モルモットでY-20811(10mg/kg,p.o.)は抗原誘発気道収縮を抑制した。arachidonic acidにより誘発されるモルモット気道収縮をY-20811(10mg/kg,p.o.)は抑制し,またその時肺灌流液中に遊離されるTXA2(TXB2として測定)の産生量を減少させ,PGE2の産生量を増加させた(TXB2およびPGE2の産生量はHPLCにより測定).LTD4およびPAFによる気道収縮時にもTXA2が産生されていることが明らかにされている.以上のことからY-20811がケミカルメディエーターにより誘発されるモルモット気道収縮を抑制するのはTXA2の産生量を減少させ,PGE2の産生量を増加させることに基づくことが示唆された.これらの成績からY-20811は新しい抗喘息薬としての有用性が期待される.
著者
森口 茂樹 福永 浩司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.206-210, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
20

近年,うつ病患者の増加は深刻な社会問題であり,なかでも,うつ病治療薬であるparoxetine,fluvoxamineなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors:SSRIs)が治療効果を示さない難治性うつ病患者の増加が注視されている.私達は,sigma-1受容体欠損マウスがうつ様症状を発現することから,難治性うつ病治療におけるSSRIsに代わる新しい治療標的としてsigma-1受容体賦活化作用を提唱している.Sigma-1受容体は,神経細胞の小胞体に局在し,inositol 1,4,5-triphosphate(IP3)受容体を介して小胞体からミトコンドリアへのカルシウム輸送を担う分子シャペロンである.私達はcalcium/calmodulin-dependent protein kinase IV(CaMKIV)欠損マウスにおいて,うつ様症状の発現と海馬歯状回におけるadult neurogenesis(神経新生)の低下を見出しており,CaMKIV欠損マウスを難治性うつ病のモデルマウスとしてsigma-1受容体作動薬の効果を検討した.CaMKIV欠損マウスのうつ様症状はsigma-1受容体に親和性のないparoxetineは改善効果を示さないが,sigma-1受容体に親和性の高いfluvoxamineは有意な改善効果を示した.さらに,CaMKIV欠損マウスに対して,sigma-1受容体アゴニストであるSA4503がうつ様症状を改善した.FluvoxamineおよびSA4503によるCaMKIV欠損マウスのうつ様症状の改善効果には,神経新生と密接に関与するprotein kinase B(Akt)およびextracellular signal-regulated kinase(ERK)の活性化,続いてbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の産生亢進が関与していた.私達の研究結果は,sigma-1受容体賦活化が難治性うつ病の治療法になる可能性を示している.
著者
樋口 宗史 山口 剛 仁木 剛史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.92-96, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
16
被引用文献数
2 3

摂食行動は中枢視床下部摂食中枢の神経細胞に存在する10種あまりの摂食関連神経ペプチド遺伝子の発現により精密に調節されている.その主体をなすものは視床下部弓状核にある摂食誘導性のNPY/AgRP神経と摂食抑制性のα-MSHを産生するPOMC(proopiomelanocortin)神経の拮抗的支配であることが明らかになってきた.NPYは弓状核NPY-Y1とY5受容体を介して最も強い摂食誘導を引き起こす中枢内在性の神経活性ペプチドである.絶食負荷は摂食行動を強く誘導するが,これは末梢での血糖,インスリン,レプチンの低下が摂食中枢の神経ペプチドNPY/AgRP遺伝子転写を誘導し,逆に摂食抑制性のPOMC,CART遺伝子を抑制することに依る(血糖恒常説,脂肪恒常説).摂食関連ペプチド群の中でNPY遺伝子発現系が摂食調節にどのように関わるかを調べるために,NPY-Y5受容体ノックアウトマウスの摂食行動と脳内摂食関連ペプチド遺伝子発現の変化が調べられた.急性投与ではNPY受容体Y1,Y5アンタゴニストはそれぞれ摂食行動を有意に抑制するが,NPY-Y5受容体の生後よりの持続的遮断を反映するY5受容体ノックアウトマウスでは逆に特徴的な肥満と,それに伴う自由摂食時と絶食負荷時の摂食量の増加が認められた.自由摂食時の視床下部弓状核でのNPY遺伝子発現は著しく減少していたが,摂食抑制性のPOMC遺伝子発現は弓状核で有意に減少していた.絶食負荷時にはこれらの遺伝子発現の変化が増強された.NPY受容体ノックアウトを用いた実験から,NPY神経系が持続性遮断されるような状態では他の摂食関連遺伝子発現,特にPOMC遺伝子発現が視床下部摂食中枢で代償的に変化する代償機構の存在が明らかになった.
著者
山下 富義
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.2, pp.95-100, 2016 (Released:2016-02-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2

代謝酵素を介した薬物間相互作用は薬物療法上大きな問題となっており,医薬品開発段階でもその予測・評価が求められている.生体の階層構造を考慮した生理学的速度論モデルはin vitro-in vivo補外予測に有効であり,医薬品開発ガイドラインの中でもモデリング&シミュレーションの一手法として活用が推奨されている.しなしながら,酵素誘導を伴う薬物間相互作用に関しては,遺伝子の転写・翻訳を伴う現象であることから予測はかなり難しい.筆者らは,CYP3A4の強力な誘導薬であるリファンピシンを例として,生理学的速度論モデルと酵素誘導ダイナミクスとを組み合わせて酵素誘導による薬物間相互作用の予測に成功した.さらに,この薬物間相互作用モデルを,近年活発に開発が進められているシステムバイオロジー関連のオープンプラットフォーム(CellDesigner/PhysioDesigner)上に再現した.これらのプラットフォームはモデルの共有・再利用性に優れており,現在注目を集めているシステム薬理学研究に有効なツールとなる.
著者
山本 経之 薮内 健一 山口 拓 中路 将徳
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.49-57, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
51
被引用文献数
1 2

本論文では, (1)渇望状態や薬物探索行動の動物モデルと, (2)それらの発現機構について, コカイン自己投与実験を中心に概説する.実験動物において, 自己投与行動習得後薬物を生理的食塩液に置換しても激しいレバー押し行動が観察される.この行動を薬物探索行動と捉え, 薬物自己投与の終了からの時間経過によって, within-sessionモデルとbetween-sessionモデルとに区別する.一方, 生理的食塩液によるセッションを反復すると, 薬物探索行動は消去(extinction)されるが, 少量の薬物再投与, ストレス付加および薬物関連刺激の呈示によって探索行動が再発する.これを再発(relapse/reinstatement)モデルと呼ぶ.電気生理学的研究によって, コカイン自己投与中のラット側坐核ニューロンの発火頻度は, レバー押し直後に抑制され, 次のレバー押しまで漸増的に回復する現象が見い出された.こうした特異的な発火パターンは, 渇望状態や薬物探索行動を反映している可能性がある.マイクロダイアリシス法による検討によると, 薬物探索時のレバー押し行動は, 側坐核のドパミン濃度の変動によって予測できる可能性が指摘されている.ドパミンD2様受容体作動薬はコカインの強化効果を増強し, コカイン探索行動の再発を生じさせるのに対し, D1様受容体作動薬はコカイン摂取行動を減少させ, コカイン探索行動を消失させる.コカイン再投与によって惹起されるコカイン探索行動は, AMPA受容体拮抗薬の側坐核内注入により抑制されたが, ドパミン受容体拮抗薬では抑制されなかったことから, 側坐核内のグルタミン酸伝達は, 渇望や薬物探索行動の発現にとってより重要な役割を担っていることが示唆される.今後, 薬物依存症の解明に向けてより妥当性の高い薬物探索モデルの確立が望まれる.
著者
木戸 秀明 久保 佳史 井上 理 林 一孝 成田 祐士 内田 武 渡辺 正弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.101, no.2, pp.79-91, 1993

イヌ急性心筋梗塞モデルを用いて,血栓溶解薬ナサルプラーゼ(plasminogen pro-activator)を静脈内に持続投与し,血栓溶解作用ならびに血栓溶解後急性期および慢性期の心機能の変化を検討した.冠動脈の閉塞により,循環動態においては心拍出量の減少,体血管抵抗および左心室拡張終期圧(LVEDP)の上昇が認められ,また左心室造影による解析の結果,左心室駆出率および左心室局所壁運動の低下等の心機能の低下がみられた.このモデルに,冠動脈閉塞30分後よりナサルプラーゼを8単位/kg/分の用量で静脈内投与した結果,78.6%(11/14)に再開通を認め,投与開始から再開通までの時間は平均37.4分であった.再開通時における血漿中フィブリノゲン量は薬物投与前と比較してほとんど変化しなかった.なお,再開通5~10分後より徐々に不整脈が出現した.再開通直後は左心室収縮機能がやや改善する傾向を示したものの,心機能全体としては改善をみなかった.しかしながら,1週間後にはナサルプラーゼによる再開通群で心機能,とりわけ収縮機能の回復がみられ,心臓に対する負荷が軽減されたのに対し,対照群(薬物非投与群)では回復を認めなかった.対照群では冠動脈の持続的な閉塞によって心臓が肥大し,左心室前壁から心尖部にかけて広範な心筋壊死が観察されたが,再開通群では梗塞サイズが対照群に比して有意に小さく,心肥大の進展が抑制された.以上のことから,イヌを用いた急性心筋梗塞モデルにおいて,ナサルプラーゼの静脈内投与による再潅流療法は有用であると示唆された.
著者
苅谷 嘉顕 本間 雅 鈴木 洋史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.2, pp.89-94, 2016 (Released:2016-02-10)
参考文献数
10
被引用文献数
1 2

臨床現場における薬物副作用出現は,その症状に伴った臨機応変な対応が求められるのみならず,減量や休薬などにより治療効果を減弱させる場合があり,大きな問題となっている.そのため,治療効果を減弱させないマネージメント法の提案や,開発段階から副作用を回避する薬物を探索する手法構築は極めて重要な課題である.しかしながら,薬物副作用は,主作用と異なり起因分子が明確でないことが多いため,メカニズム解明やその出現予測は一般に困難である.本稿ではまず,副作用解析アプローチを,チロシンキナーゼ阻害薬erlotinibやsunitinibに対する副作用解析を具体例として紹介している.これらの薬物副作用解析において,生体を分子レベル,細胞レベル,組織レベル,個体レベルと階層性に基づき理解し,ベースと考えられる分子レベルでの薬物親和性に関する網羅的解析により,副作用を誘導する候補分子を同定し,システム生物学的手法により細胞レベルでの応答を理解することで,副作用メカニズムを同定することが可能となった.このアプローチを,より広範な薬物副作用解析に応用するためには,複雑なシステムである細胞内分子ネットワークの〝動的〟挙動解析に関する技術開発が今後の課題と考えられた.また,副作用予測に関しては,副作用発現に関わる細胞レベルでの網羅的で複雑な分子連関を解析することにより予測可能と期待されるが,このアプローチにおいても複雑システムの解析が重要となることが想定される.〝動的〟挙動解析は,副作用解析および予測のどちらにおいても強力なツールとなると考えられるが,これまでの解析技術では,シミュレーションモデルにおけるパラメータの信頼性や解析対象モデルの複雑性による解析困難といった課題がある.これらの克服が,副作用解析および副作用予測へのブレイクスルーになると考えられる.
著者
蔵並 潤一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.3, pp.109-112, 2012 (Released:2012-03-10)
参考文献数
4

GLPとはGood Laboratory Practiceの略称で,安全性に関わる非臨床試験の信頼性を確保するための基準であり,33年前に世界に先駆け米国において制定された.日本には,その後4年遅れて導入され,省令化や安全性薬理試験への適用等の変革を遂げてきた.一方,海外に目を転ずると,日本のGLP制定に先駆けOECD GLPが制定され,その後一部改正を経て現在に至っている.さらに,OECDにおけるGLP適合査察機関現地評価制度の合意を受け,GLPの国際整合が加速された.日本の医薬品GLP省令は,2008年の一部省令改正により国際整合の波に乗り,自由度が増した結果,自ら考え,自ら行動することの重要性が取り沙汰されはじめた.申請資料の信頼性の基準とGLPとのボーダレス化が進む中,我々は試験の信頼性の確保に真に必要な,「筋肉」のみを残す取り組みを始めるべきであろう.
著者
佐藤 幸治 東原 和成
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.5, pp.248-253, 2009-11-01
被引用文献数
3

動物の嗅覚器には,外界の匂い物質と結合する嗅覚受容体が発現している.下等な線虫から高等哺乳動物に至るまで,嗅覚受容体は7回膜貫通Gタンパク質共役型受容体ファミリーに属する.嗅覚受容体と匂い物質が結合するとGタンパク質経路が活性化され,下流の環状ヌクレオチド作動性イオンチャネルが開口する.ゲノムプロジェクトの進行により,昆虫でも嗅覚受容体は7回膜貫通構造をもつことが明らかにされた.したがって,Gタンパク質経路を利用した情報伝達機構は全ての動物において,匂い受容における共通の分子基盤であると考えられてきた.しかしながら最近,昆虫嗅覚受容体は昆虫種間で広く保存されているOr83bファミリー受容体と複合体構造をとり,この複合体にはGタンパク質経路とは無関係に,匂いで活性化されるイオンチャネル活性が備わっていることが明らかとなった.マラリアなどの虫媒性伝染病は,汗や体臭を通して放散される匂い物質に誘引された昆虫の吸血により感染する.虫除け剤には,嗅覚受容体複合体が構成するチャネル活性を阻害する作用があることも報告された.今後,このような吸血昆虫が媒介する感染症の一次予防の観点から,嗅覚受容体複合体の活性制御機構の解明は,虫除け剤開発における最重要ターゲットになると思われる.<br>
著者
戸倉 猛 奥 久司 塚本 有記
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.2, pp.97-104, 2009 (Released:2009-08-12)
参考文献数
37
被引用文献数
2 3

ピルフェニドンは新規の抗線維化薬である.動物実験では各種線維化疾患モデルで各臓器における明らかな線維化の減少と機能低下の抑制が認められている.ブレオマイシン誘発肺線維症モデルでは,ステロイドであるプレドニゾロンとの比較により,プレドニゾロンは抗炎症作用のみを示したのに対し,本薬は抗炎症作用と抗線維化作用の両方を示した.種々の検討からピルフェニドンは,炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-1,IL-6等)の産生抑制と抗炎症性サイトカイン(IL-10)の産生亢進を示し,Th1/2バランスの修正につながるIFN-γの低下の抑制,線維化形成に関与する増殖因子(TGF-β1,b-FGF,PDGF)の産生抑制を示すなど,各種サイトカインおよび増殖因子に対する産生調節作用を有することが示されている.また,線維芽細胞増殖抑制作用やコラーゲン産生抑制作用も有しており,これらの複合的な作用に基づき抗線維化作用を示すと考えられる.本邦において実施された特発性肺線維症(IPF:Idiopathic Pulmonary Fibrosis)患者を対象とした第III相試験の結果,ピルフェニドン投与によりプラセボ群に比べ有意に肺機能検査VC(肺活量)値の悪化を抑制し無増悪生存期間の延長に寄与していたことから,特発性肺線維症の進行を抑制することが示された.一方,本薬投与による特徴的な副作用は,光線過敏症,胃腸障害(食欲不振,食欲減退),γ-GTP上昇等であった.ピルフェニドンが特発性肺線維症患者に対して一定の効果を示したことにより,副作用の発現はプラセボ群に比べ高かったものの,減量・休薬等で副作用をコントロールし治療を継続することで,病態の進行を抑制し生命予後の改善にも寄与することが期待される.
著者
中津 継夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.105, no.4, pp.209-219, 1995-04-01
被引用文献数
4

ビスコクラウリン型アルカロイド製剤であるセファランチンのマウス脾臓内マイトジェン誘導ヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)活性増強効果とサイトカイン産生増強効果について検討した.セファランチンはリポポリサッカライド(LPS)による脾臓内HDC活性誘導を正常マウスと同様にT細胞機能欠損マウスならびにT,B細胞機能欠損マウスで増強した.したがって,セファランチンの増強効果はT,B細胞を介さずとも生じることが明らかにされた.セファランチンはマクロファージのHDC活性ならびにサイトカイン産生を増強した.ヒスタミンはマクロファージのサイトカイン産生を誘導したが,LPS誘導のサイトカイン産生はヒスタミン受容体拮抗剤ジフェンヒドラミン,シメチジンでは影響されなかった.また,HDCの阻害剤αフルオロメチルヒスチジンにより,ムPS誘導のサイトカイン産生ならびにセファランチン添加時のサイトカイン産生は抑制された.以上の結果より,ヒスタミンはマクロファージのサイトカイン産生に促進的に作用し,この作用はマクロファージの細胞内外のヒスタミンで制御されていることが示唆された.また,セファランチンのサイトカイン産生増強効果においてもヒスタミンが関与していることが示唆された.
著者
北村 佳久 荒木 博陽 五味田 裕
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.6, pp.319-325, 2002 (Released:2003-01-21)
参考文献数
42
被引用文献数
4 4

従来よりうつ病の発症機序についてはモノアミン欠乏説,受容体感受性亢進説などが提唱されてきた.しかし,これらの仮説には矛盾する点も多く,現在においても明確な発症機序についての結論はない.一方,うつ病は中枢神経系の異常のみならず視床下部-下垂体-副腎(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA)系の機能異常を含む中枢神経系-内分泌系の機能異常が深く関与しているといわれている.本稿では抗うつ薬の作用機序およびうつ病の病態に深く関与しているserotonin(5-HT)-HPA系の相互作用とうつ病との関連性について紹介する.動物に反復のストレス負荷およびHPA系の活性化により5-HT2受容体機能は亢進し,うつ病の病態との類似性が考えられる.ACTH反復投与によるHPA系過活動モデルではイミプラミン反復投与による5-HT2受容体ダウンレギュレーションが消失し,さらに抗うつ薬スクリーニングモデルである強制水泳法におけるイミプラミンの不動時間短縮作用も抑制される.つまり,HPA系過活動モデルは三環系抗うつ薬治療抵抗性うつ病の動物モデルとしての可能性が考えられる.これまでコルチコイド受容体や5-HT受容体サブタイプの神経化学的および分子生物学的研究は進んでいるが,今後トランスジェニックマウスまたはノックアウトマウスなどを応用し,行動薬理学的研究および神経科学的研究によりうつ病の病態メカニズムおよび抗うつ薬作用機序の解明などの重要性が増すと思われる.
著者
山下 正道
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.3, pp.143-145, 2014 (Released:2014-09-10)
参考文献数
31
著者
林 秀樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.6, pp.227-231, 2011 (Released:2011-06-10)
参考文献数
53
被引用文献数
1 2

中枢神経系の脂質代謝および脂質輸送は,末梢組織と異なる独自の調節機構を確立している.末梢循環では超低比重リポタンパク(VLDL)や低比重リポタンパク(LDL),高比重リポタンパク(HDL)などが存在するが,哺乳類のリポタンパクは血液脳関門を通過できないため,脳脊髄液中ではグリア細胞由来のHDL様リポタンパクのみが存在し,中枢神経系内の脂質輸送を行っている.アポリポタンパクE(アポE)は中枢神経系の主要なアポリポタンパクであり,グリア細胞由来のアポE含有リポタンパクは神経細胞に脂質を供給する役割に加え,受容体にリガンドとして結合し,軸索伸長の促進や神経細胞死抑制の役割を担うことが明らかとなっている.またLDL受容体ファミリーのVLDL受容体およびApoER2はシグナル受容体として働き,発生期の神経細胞遊走の調節に重要である.アポEの遺伝子多型の1つであるε4アリル(表現型:アポE4)が,アルツハイマー病(AD)発症の最も強力な遺伝的危険因子として知られているが,その他にも脂質代謝とADを含む神経変性疾患との深い関わりを示す多くの研究成果が報告されている.
著者
岩田 修永 西道 隆臣
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.5-14, 2003-07-01
被引用文献数
1 6 5

アミロイドβペプチド(amyloid β peptide, Aβ)の蓄積はアルツハイマー病(Alzheimer's disease, AD)脳で進行的な神経細胞の機能障害を起こす引き金になる.しかし,ADの大半を占める孤発性ADにおいて,何故Aβが蓄積するのかは不明である.家族性ADと異なり,Aβ合成の上昇が普遍的な現象として認められないことから,老化に伴うAβ分解システムの低下が脳内Aβレベルを上昇させ,蓄積の原因となる可能性が考えられた.我々の研究室では,Aβの脳内分解過程をin vivoで解析する実験と分解酵素の候補になったプロテアーゼのノックアウトマウスの解析により,ネプリライシンがAβ分解の律速段階を担う主要酵素であることを明らかにした.ネプリライシンノックアウトマウスの脳では著しいAβ分解活性の低下と内在性Aβレベルの上昇が認められ,これにより初めて分解系の低下もAβ蓄積を引き起こす要因になりうることが実証されたのである.また,ネプリライシンは神経細胞のプレシナプス部位に存在し,正常老齢マウスを用いた実験で加齢に伴って貫通線維束と苔状線維の終末部位で選択的に低下することが分かった.このことは,海馬体神経回路の記憶形成にかかわる重要な部位で局所的にAβ濃度が上昇することを意味する.一方,ネプリライシンを強制発現した初代培養ニューロンでは細胞内外のAβが顕著に減少することより,分解系の低下を抑制することや分解系を操作して増強することが,加齢に伴うAβ蓄積を抑制し,アルツハイマー病の予防や治療に役立つことを示唆する.神経細胞におけるネプリライシンの活性あるいは発現は神経ペプチドによって制御される可能性が考えられる.神経ペプチドのレセプターはGタンパク質共役型であるので,薬理学的に脳内Aβ含量を制御できることが期待される.<br>
著者
斉藤 幹良
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.3, pp.168-174, 2016 (Released:2016-03-10)
参考文献数
7
被引用文献数
1

現在,世界で50品目を超える抗体医薬品が承認されており,2013年の抗体医薬の市場規模は7兆円を超える.抗体医薬の適応疾患は,当初のがん,免疫炎症疾患ばかりでなく,感染症,骨粗鬆症,加齢性黄斑変性症,高脂血症などへも広がってきている.近年,免疫チェックポイント阻害薬,T cell engager,抗体依存性細胞障害活性増強抗体,antibody-drug conjugateなど新たな作用機序を有する抗体や薬効を増強した抗体が実用化され,従来の抗体医薬では難しい疾患や症例に対して新たな治療法を提供している.激しい競合の中でいかに新たな価値を提供できるかが課題であり,今後の抗体医薬の方向性として,薬効増強や血中動態の改善など抗体の機能増強技術がさらに進展して行くとともに,その一方で,コスト低減に向けた抗体のバイオ後続品の開発がさらに活発化して行くものと思われる.
著者
松本 貴之 田口 久美子 小林 恒雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.3, pp.130-134, 2016 (Released:2016-03-10)
参考文献数
37

血管内皮細胞は,血液と接する血管内腔に存在し様々な因子を放出することから,最大の内分泌器官と考えられている.2005年に新規血管内皮由来収縮因子として報告されたウリジンアデノシンテトラフォスフェート(Up4A)は,その構造体にプリンとピリミジンを含む非常にユニークな物質である.これまで,様々なモデル動物標本を用いた検討からUp4Aは収縮反応や弛緩反応を誘発するといった血管緊張性を調節することが明らかとなったが,病態下におけるUp4Aの作用に関しては全く不明であった.我々は,生活習慣病の主翼である高血圧と糖尿病に着目し,これらのモデル動物を用いて,病態下でUp4Aの収縮力が血管部位によって異なることや,血管平滑筋におけるUp4Aの収縮機序の一端を明らかとした.また,Up4Aは,血管緊張性調節のみならず,平滑筋の増殖や遊走,炎症,石灰化にも関与することが報告され病態形成への役割も明らかになりつつある.今後,この新たな血管作動性物質であるUp4Aの研究がさらに進むことにより,生理的および病態生理的な役割が明確になることが望まれる.
著者
真柳 誠 中山 貞男 小口 勝司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.99, no.2, pp.115-121, 1992-02-01 (Released:2011-09-07)
参考文献数
19
被引用文献数
8 6

セリ科和漢薬より8種の熱水抽出エキス (HWE) と2種のタンニン除去画分 (DTF) を調製し, ラット肝の脂質過酸化物 (LPO) 形成, およびaminopyrine N-demethylase (APD) 活性とaniline hydroxylase (ANH) 活性に対するHWEとDTFの影響をin vitroで検討した.APD活性に対し, 白正のHWEとDTFおよび茴香・前胡・当帰・川〓・防風・柴胡のHWEは抑制を示したが, 茴香のDTFによる影響は見られなかった.ANH活性に対し, 白〓・茴香のHWEとDTF, および防風・前胡・北沙参・当帰のHWEが抑制を示した、LPO形成に対し, 前胡・白〓・川〓のHWEは抑制を示したが, 柴胡・茴香・防風・北沙参のHWEは促進を示した.茴香のDTFの結果より, APD活性とANH活性に対し作用を及ぼした茴香の成分は異なっていることが示唆された.白正はAPD活性とANH活性に対し著明な抑制作用を示したことから, invivoにおいても薬物代謝酵素活性に影響を与える可能性が考えられた.