著者
山本 格
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.3, pp.160-165, 2008 (Released:2008-09-12)
参考文献数
18
被引用文献数
4 4

ビタミンC(アスコルビン酸)は,酸素および活性酸素あるいは,その反応物質と容易に化学反応(酸化還元反応)を起こし,相手を還元することがその役割である.人類は1200~800万年前に進化の過程でその合成能を失い,ビタミンCを外部から摂取しなければ生命維持ができなくなった.その結果,人類は酸素に弱いビタミンCを如何に酸化分解されていない状態のままで摂取し機能を発揮させるかという切実で大きな課題と向き合って来た.1989年,我々は安定・持続型のビタミンC誘導体(AA-2G)の創製に成功した.AA-2Gは1994年には,医薬部外品(美白化粧品)として,2004年には食品添加物として厚生労働省によりその使用が許可されるに至った.さらに,1999年には親油性ビタミンC誘導体(6-Acyl-AA-2G)の合成に成功し,現在その工業的生産法と用途開発が進行している.近年,健康や食の安全,環境保全への意識が高まる中,国立大学の特殊行政法人化に伴い,大学発ベンチャーが奨励される状況となってきた.それを受けて,AA-2Gの発明者とその仲間は,種々の有用な新規ビタミンC誘導体,ならびに疾病予防を目的とした新規機能性物質の研究,リラクゼーションを目的とした研究開発,商品開発ならびに販売事業を行うべく起業(2004年9月)し,ベンチャー企業支援施設である「岡山リサーチパークインキュベーションセンター,ORIC」に入居し活動を開始した.本稿ではビタミンC誘導体の発明から大学発ベンチャーの立ち上げと保健機能性食品の誕生までの道程を述べる.
著者
松本 真知子 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.1, pp.39-44, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
43
被引用文献数
2 3

不安障害に関わっていると考えられているセロトニン(5-hydroxytryptamine:5-HT)受容体について現時点での知見を概説した.現在5-HT受容体は,7ファミリーに分類され,少なくとも14種類のサブタイプが存在している.このうち不安と最も関連性が深いとされているのは5-HT1A受容体である.5-HT1A受容体の部分作動薬であるブスピロンおよびタンドスピロンは,依存性の少ない有用な抗不安薬として現在臨床で用いられている.イプサピロン,ゲピロンなど抗不安作用を示す多くの5-HT1A受容体作動薬は,5-HTの遊離,合成あるいは神経発火を抑制する.また5-HT1A受容体ノックアウトマウスでは不安が亢進する.これらの結果は5-HT1A受容体を介した5-HT遊離調節機構が不安の発現あるいは病態に深く関わっていることを示唆する.一方5-HT1B受容体ノックアウトウスでは攻撃行動が増強する.5-HT2および5-HT3受容体拮抗薬は様々な不安モデル動物を用いた実験で抗不安作用を示す.アンチセンス法により5-HT6受容体発現を抑制した場合も,不安による5-HT神経過活動は減弱する.以上の結果は,5-HT1A受容体以外にも5-HT1B,5-HT2,5-HT3および5-HT6といった多くの5-HT受容体が不安障害に関わっていることを示す.これらの受容体が不安発現に直接寄与しているのか,あるいは不安により適応的に生じた5-HT神経過活動を調節しているのかは明らかでないが,不安の病態生理に5-HT神経系が重要な役割を担っていることは確かであろう
著者
隅野 留理子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.3, pp.209-217, 2007 (Released:2007-03-14)
参考文献数
31

インターフェロンベータ(IFNβ)-1a筋注用液状製剤(販売名:アボネックス®筋注用シリンジ30μg)は天然型ヒトIFNβとほぼ同じ構造をもつ遺伝子組換え型のインターフェロン製剤である.厚生労働省により特定疾患に指定されている多発性硬化症に対しIFNβ-1a 30 μgを週1回筋肉内投与することにより,脳MRI検査で検出される病変の新規発現,拡大を抑え,再発を抑制することが確認された.国内臨床試験において,日本人の多発性硬化症患者を対象に,IFNβ-1a 30 μgを週1回,24週間筋肉内投与し,投与前後の脳MRI検査1回当たりのガドリニウム(Gd)増強病巣数,新規Gd増強病巣数により有効性を評価した結果,病巣数は有意に減少した.また,年間再発率が61.4%,年間静注ステロイド治療回数が53.2%低下した.海外臨床試験においては,外国人の多発性硬化症患者を対象に,IFNβ-1aまたはプラセボを週1回,最長2年にわたり筋肉内投与し,身体機能障害の持続的進行開始までの期間を評価した結果,プラセボ群と比較して有意に延長した.また,Gd増強病巣容積,年間再発率,年間静注ステロイド治療回数も,プラセボ群と比較して有意に減少した.さらに,初発の脱髄症状を伴い臨床的に診断確実な多発性硬化症へ移行するリスクの高い外国人の早期多発性硬化症患者を対象に,最長3年間にわたり臨床的に診断確実な多発性硬化症発症までの期間を評価した結果,プラセボ群と比較して有意に延長した.また,他の試験結果と同様に,脳MRI検査で検出される病巣数および病巣容積も有意に減少させた.一方,IFNの臨床効果を減弱させる可能性が示唆される中和抗体の発現率は,海外で行われたIFNβ-1a長期投与試験において1~7%であった.国内で実施された臨床試験においては投与期間が24週間と短期であり,全例で中和抗体の発現は認められなかった.IFNβ-1a 30 μgの週1回筋肉内投与は,国内および海外の臨床試験において問題となるような有害事象は認められず,高い臨床的有効性と忍容性を示した.
著者
鈴木 幹生 新留 和成 前田 健二 菊地 哲朗 宇佐美 智浩 二村 隆史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.154, no.5, pp.275-287, 2019 (Released:2019-11-15)
参考文献数
54
被引用文献数
2

ブレクスピプラゾール(レキサルティ®)は,大塚製薬がアリピプラゾールに続いて創製した,世界で2番目のドパミンD2受容体部分アゴニスト系の新規抗精神病薬である.本剤はセロトニン5-HT1A受容体及びD2受容体に対しては部分アゴニストとして,5-HT2A受容体に対してはアンタゴニストとして作用し,セロトニン・ドパミン神経系伝達を調節することから「セロトニン・ドパミン アクティビティ モジュレーター:SDAM」という新しいカテゴリーに分類される薬剤である.非臨床薬理試験において本剤は他の非定型抗精神病薬と同等の抗精神病様効果を示すとともに,錐体外路症状(カタレプシー),高プロラクチン血症,遅発性ジスキネジア等の副作用発現リスクが低いことが示唆された.また,抗精神病薬でしばしば問題となる過鎮静,体重増加に関連するヒスタミンH1受容体に対する作用は弱い.さらに本剤は,複数の認知機能障害モデルにおいても改善作用を示した.国内外で実施された臨床試験の結果から,本剤は統合失調症の急性増悪期及び長期維持療法に有効であることが示されている.また有害事象については,非臨床薬理試験で示唆されたとおり,錐体外路症状,高プロラクチン血症,体重増加の発現が低いことが示された.さらに非定型抗精神病薬で問題となっている脂質代謝異常の発現も低かった.加えて,アリピプラゾールで問題となっていたアカシジア,不眠,焦燥感の発現頻度が少なかったことは,セロトニン神経系への作用が強力であることや,D2受容体に対する固有活性がアリピプラゾールより小さいという本剤の特徴に基づくものと考えられた.これらのことから,本剤は既存の抗精神病薬の中でも最も合理的な薬理作用を有する薬剤の一つであると考えられ,優れた有効性と安全性・忍容性プロファイルを示す薬剤として統合失調症患者の治療に貢献できることが期待される.
著者
南畝 晋平 東 純一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.4, pp.212-215, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
18
被引用文献数
1 1

チトクロムP-450(CYP)遺伝子多型が,薬物血中濃度の個人差を引き起こす原因の一つとなることは,もはや周知の事実である.CYP遺伝子多型情報は,これまで,臨床上問題となる薬物反応性,副作用発現の個人差の原因を明らかにするための手段として用いられてきた.近年,医薬品の開発成功率の低下から,遺伝子多型情報を医薬品開発に利用し開発の効率化を図ろうとする動きが議論されており,CYP遺伝子多型は最も有力なターゲットになると考えられる.実際,被験者のゲノムDNAをバンキングし,予想外の有効性や安全性の結果が出たときに遺伝子多型解析が可能な体制をとる製薬企業が増えてきている.さらに,2008年3月には「医薬品の臨床試験におけるファーマコゲノミクス実施に際し考慮すべき事項(暫定版)」が日本製薬工業協会から発表された.今後,医薬品開発における遺伝子多型情報の利用が一般的になっていくと思われる.
著者
松川 純 稲富 信博 西田 晴行 月見 泰博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.3, pp.104-110, 2018 (Released:2018-09-06)
参考文献数
25
被引用文献数
1

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は,哺乳類の胃壁細胞に選択的に局在し,かつ酸分泌の最終段階を担う酵素であるH+, K+-ATPase(プロトンポンプ)に対して共有結合を形成し,活性を不可逆的に阻害する.PPIは制酸薬やヒスタミンH2受容体拮抗薬などと比較して,優れた臨床効果を示すことから,長期にわたって酸関連疾患治療の第一選択薬として用いられてきた.しかしながら下記のように,臨床上幾つか改善しうる点があることも明らかとなってきた.すなわち,血中半減期が短く,特に夜間の酸分泌抑制が不十分であること,最大効果を発揮するまでに4~5日間の反復投与が必須であること,主として遺伝子多型のあるCYP2C19により代謝を受けるため患者間の血中動態や有効性にばらつきが出ることなどである.これらの点を克服しうる新薬を見出すため,我々は社内のライブラリー化合物を用いてランダムスクリーニングを実施し,さらにリード化合物の最適化合成を実施した.その結果,プロトンポンプを可逆的かつカリウムイオン競合的に阻害する新規胃酸分泌抑制薬,ボノプラザンフマル酸塩の合成に成功した.ボノプラザンは,複数の前臨床動物モデルにおいて,PPIであるランソプラゾールと比較して強力かつ持続的な胃酸分泌抑制作用を示した.その作用は本薬の胃壁細胞への高い集積性によって説明できると考えられた.ボノプラザンは臨床試験においてもすみやかな薬理作用の立ち上がりと優れた作用持続を発揮し,びらん性食道炎やヘリコバクターピロリ除菌補助を含む複数の酸関連疾患に対してランソプラゾールと比較して非劣性の有効性を示したことから,2014年に日本国内で承認された.ボノプラザンはその優れた臨床効果により,従来PPIが第一選択であった各種の酸関連疾患に対して新たな治療選択肢を提供しうる薬剤である.
著者
前田 和哉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.2, pp.76-79, 2010 (Released:2010-02-14)
参考文献数
43
被引用文献数
1

近年,ヒト肝臓において非常に多くのトランスポーターが同定・機能解析されるにつれて,トランスポーターの遺伝子多型や薬物間相互作用による機能変動が薬物動態に与える影響を明らかにするための臨床研究も続々と報告されてきている.それに伴い,異物解毒システムの中でのトランスポーターの重要性が広く認知されてきた.代謝によって消失すると考えられてきた薬物の中にも肝取り込みトランスポーターの基質が含まれていることが明らかとなり,取り込みトランスポーターの機能変動が薬物動態の変化につながる事例が複数報告されてきている.本稿では,ヒト肝臓に発現する主な薬物トランスポーターを紹介すると共に,これらの遺伝子多型・薬物間相互作用が薬物動態や薬効・副作用に与える影響について概説することを目指した.
著者
田鳥 祥宏 小林 啓之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.6, pp.265-271, 2014 (Released:2014-12-10)
参考文献数
22

ドパミン神経伝達には,統合失調症陽性症状(幻覚・妄想)と関連すると考えられる高濃度のドパミンにのみ反応する低感度のphasic 相,パーキンソン病様運動障害や高プロラクチン血症と関連する低濃度のドパミンで反応する高感度のtonic 相,行動のモチベーションと関連する中濃度のドパミンで反応する中感度のintermediate 相がある.我々はヒト型ドパミンD2 またはD3 受容体の発現密度が異なるCHO 細胞株を樹立してドパミンに対する感度レベルの異なる系を作成し,ドパミンD2 受容体部分アゴニストおよび抗精神病薬のin vitro 薬理作用を評価した.ドパミンD2 受容体発現細胞において,アリピプラゾールを含む部分アゴニストは,低発現・低感度レベル(高ドパミン濃度で反応)細胞においてアンタゴニストとして,中発現・中感度レベル細胞において部分アゴニストとして,高発現・高感度レベル細胞においてアゴニストとして作用した.アリピプラゾールのドパミンD2 受容体に対する固有活性は,統合失調症患者の陽性症状改善効果が不十分であった部分アゴニストよりも低く,また,パーキンソン病様運動障害を生じた部分アゴニストよりは高かった.アリピプラゾールの適した固有活性が優れた臨床特性(有効性と副作用の乖離)に寄与していると考えられる.アリピプラゾールを含む部分アゴニストはドパミンD3 受容体発現細胞においても部分アゴニスト作用を示した.統合失調症患者において抗うつ効果が報告されている抗精神病薬は,ドパミンD3 受容体発現細胞と比べてドパミンD2 受容体発現細胞に対して,より低濃度でアンタゴニスト作用を示した.これらの抗精神病薬の低濃度でのドパミンD2・D3 受容体アンタゴニスト作用の乖離が抗うつ効果に寄与している可能性がある.
著者
岡部 繁男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第95回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.1-SL03, 2022 (Released:2022-03-21)

生体内での神経回路の発達には、シナプスの形成、除去、再構築が正確に制御されていることが重要である。マウスの大脳皮質では、シナプスの動態に2つの段階があることが、2光子イメージングによって確認された。第1期(生後20日まで)では、シナプスのターンオーバーが高く維持され、第2期(生後3週間以降)では、シナプス動態が強く抑制され、大脳皮質の神経ネットワークとしての成熟が起こる。このようなシナプス動態の変遷は、神経発達障害や精神疾患の病態生理の背景にあると考えられているが、その正確なメカニズムはまだ明らかになっていない。私たちの研究室では、(1)神経回路やシナプス形成過程の多様なメカニズム、(2)シナプスの動的変化の過程での構造・機能連関、(3)脳疾患とシナプス機能障害の関係、に焦点を当てて研究を行っている。最近では、スパインシナプスの超微細構造を定量的に解析する方法や、スパイン内部の分子ダイナミクスを測定する方法など、神経回路を研究するための新しいツールを開発している。さらに、これらのツールは脳疾患の研究にも応用可能である。本講演では、これらの研究を紹介するとともに、精神疾患の病態をシナプス障害として理解することの妥当性と展望について議論したい。
著者
唐木 晋一郎 桑原 厚和
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.123, no.3, pp.211-218, 2004 (Released:2004-02-29)
参考文献数
3
被引用文献数
4 6

短絡電流法は,上皮膜における電解質輸送を電気生理学的に測定する技術である.この方法は,感度が非常に高く,時間的にも早い反応をリアルタイムに測定できるという点で,非常に優れた測定法であり,上皮膜の生理機能解析はもちろん,その他様々な方面への応用が可能である.例えば,腸管神経系は腸管上皮の電解質輸送を制御しており,腸管上皮の電解質輸送の変化を測定することで,腸管神経系の神経活動を解析することが可能である.本稿では,短絡電流法の原理と,実際に実験を行うための設備や手順について概説する.
著者
佐藤 亮介 萩原 加奈子 喜多 綾子 杉浦 麗子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.6, pp.340-345, 2016 (Released:2016-06-11)
参考文献数
25

ERK MAPK経路やPI3K/Akt経路といった細胞内シグナル伝達機構は真核生物に高度に保存されており,細胞増殖や分化,アポトーシスといった様々な生命現象を制御している.このようなシグナル伝達機構に破綻が生じると,がんや自己免疫疾患,糖尿病,神経変性疾患などの疾病の引き金となることが知られている.したがって,シグナル伝達機構の制御機構を明らかにすることは,病態のメカニズム解明にとどまらず,疾病治療という観点からも極めて重要である.近年,シグナル伝達ネットワークを時空間的にダイナミックに制御する機構として,「RNA顆粒」という構造体が注目を集めている.ストレス顆粒やP-bodyといったRNA顆粒は,ポリ(A)+ RNAやRNA結合タンパク質などから構成されており,mRNAのプロセシングや分解,安定化といった転写後調節に関わる「RNAの運命決定装置」として発見された.我々は酵母遺伝学とゲノム薬理学的研究を展開することにより,MAPKシグナル依存的にストレス顆粒に取り込まれるRNA結合タンパク質を同定し,MAPKシグナルがストレス顆粒の形成を制御していることを見出した.さらに,カルシウムシグナルのキープレーヤーであり,免疫抑制薬FK506の標的分子でもあるSer/Thrホスファターゼ「カルシニューリン」がストレス顆粒に取り込まれることで,カルシニューリンシグナルが空間的に制御されていることを見出した.このような「ストレス応答やシグナル制御の拠点」としてのRNA顆粒の役割に関して種を超えた理解が進みつつあり,異常なRNA顆粒の形成と神経変性疾患やがんなどの病態との興味深い関係が浮かび上がりつつある.本総説では,我々の研究が明らかにしたシグナル伝達制御とRNA顆粒との関わり,その疾患治療への応用の可能性について紹介する.
著者
内田 勝幸 野口 裕司 荒川 礼二郎 橋本 佳子 五十嵐 康子 本多 秀雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.100, no.4, pp.293-300, 1992 (Released:2007-02-13)
参考文献数
28
被引用文献数
1 1

塩酸アンブロキソール(アンブロキソール)の気道粘液分泌および肺表面活性リン脂質分泌に対する効果をそれぞれラットおよびモルモットを用いて検討した.気道粘液分泌に対しては組織学的および生化学的に検討した.アンブロキソールは用量依存的に気道のムコ多糖を増加させ,肥厚した杯細胞数も用量依存的に増加した.また,中性ムコ多糖も有意に増加し,組織学的には気管腺の肥厚およびPAS陽性物質の増加が認められた.このことは,アンブロキソールが気管腺においては漿液性の粘液分泌を亢進させることを示唆する成績と考えられた.一方,肺洗浄液中のホスファチジルコリンはアンブロキソール投与により有意な増加を示さなかったが,飽和のホスファチジルコリンが占める割合は有意に増加し,アンブロキソールの肺表面活性リン脂質の分泌亢進作用を示唆する成績であった.以上の結果からアンブロキソールの去痰作用の機序として気道粘液分泌および肺表面活性リン脂質分泌の亢進作用が考えられた.
著者
横井 毅
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.334-337, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
17

チトクロムP-450(CYP)を中心とした前臨床試験スクリーニング系の発達により,第II相代謝酵素で触媒される候補化合物が増加傾向にあると言われている.ヒトにおける代表的な第II相代謝酵素は,グルクロン酸抱合酵素(UGT)であり,近年多くの研究成果が集積されてきている.しかし,CYPと比べ前臨床試験スクリーニングへの応用は進んでいない.UGTのヒトin vivo代謝反応の予測系の確立は,UGTの様々な特性が原因で進展していない.特異的阻害薬が無いこと,活性化が認められること,さらに抱合代謝物によるUGT阻害などが試験系を難しくしている.さらに,種差および肝外臓器における情報は極めて少ない.グルタチオン抱合や硫酸抱合代謝物は,排出型トランスポーターの影響を受けるが,体内動態に及ぼす影響の検討が必要である.今後,CYP等の第I相と第II相酵素反応を同時に考慮できる評価系の構築が期待されている.
著者
堀井 郁夫 浜田 悦昌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.463-467, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
3

医薬品の開発を進めるに際しては開発ステージに応じた非臨床安全性試験の実施が求められており,その基本となっているのが,単回投与毒性試験と反復投与毒性試験,いわゆる一般毒性試験である.単回投与毒性試験は単回投与によって概略の致死量(げっ歯類)や毒性兆候が発現する用量(非げっ歯類)を明らかにすること,反復投与毒性試験は繰り返し投与によって誘起される毒作用を明確にし,毒作用を誘起する用量と毒作用の認められない用量(無毒性量)を明らかにすることを目的としている.実験方法や実施時期はICHの合意に基づいたガイドラインで規定され,詳細について記載した解説書も発行されている.両試験とも試験で認められた種々の変化のどれが毒作用か,認められた毒作用はcriticalか否か,暴露状態と毒作用の関係等を考慮し,慎重に結果を解釈する必要がある.更に,毒作用の発現機序,発現の程度,回復性,治療係数,臨床試験上の対処手段等の観点から総合的に安全性評価を行うことが,適切な臨床開発を進めるためには不可欠である.
著者
中村 明夫 今泉 晃 柳川 幸重
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.6, pp.427-434, 2004 (Released:2004-11-26)
参考文献数
58
被引用文献数
2

β2アドレナリン交感神経受容体(β2-AR)刺激薬の大部分は未変化のまま腎臓より排泄されるため,ネフロンを通過する過程でなんらかの薬理学的効果を発揮すると思われる.しかしながら,β2-ARの腎機能調節における役割が明らかにされていないため,実際の使用時には,このような薬理効果は考慮されていない.腎臓のβ2-ARは主に近位尿細管上皮細胞と,腎動脈の平滑筋細胞膜に分布している.これらの発現の部位を考えれば,β2-ARは糸球体機能や,ネフロンでのナトリウムと水分バランスに作用していると思われる.実際,β2-AR刺激薬を投与すると腎糸球体濾過率は著しく低下する.一方,β2-AR刺激薬は腎臓での炎症性サイトカイン,例えばTNF-αの産生を阻害する.さらに,β2-AR刺激薬は溶血性尿毒症症候群(HUS)の志賀毒素によるアポトーシスの誘導を抑制することがわかっている.腎臓のβ2-AR機能に関して薬理学的根拠に基づいた理解を進めることは,呼吸器疾患で投与されるβ2-AR刺激薬の腎機能を考慮した適正使用についてや,敗血症とHUSに伴う腎臓の炎症や障害に対する治療について重要かつ新しい情報を提供することになる.
著者
内原 脩貴 多胡 憲治 多胡 めぐみ
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.4, pp.147-154, 2019 (Released:2019-04-11)
参考文献数
27
被引用文献数
1 2

BCR-ABLは,慢性骨髄性白血病(CML)や急性リンパ芽球性白血病(ALL)の原因遺伝子産物であり,転写因子STAT5やキナーゼAktの活性化を介して強力な形質転換能を示す.BCR-ABLを標的とした分子標的薬イマチニブの開発により,CMLやALLに対する治療効果は劇的に改善された.しかしながら,イマチニブの継続的な投与により,bcr-abl遺伝子にイマチニブ耐性を示す二次的な突然変異が生じることも報告されている.これまでに,イマチニブ耐性CMLやALLに対する第二世代のBCR-ABL阻害薬として,ニロチニブやダサチニブが開発されているが,BCR-ABLのATP結合領域に存在するT315I変異は,これらの第二世代のBCR-ABL阻害薬に対しても抵抗性を示すため,薬剤耐性を克服した新規の白血病治療薬の開発が望まれている.我々は,ヒノキ科ヌマスギ属の針葉樹であるラクウショウの球果から抽出されたアビエタン型ジテルペン化合物であるタキソジオンが,細胞内の活性酸素種(ROS)を産生することにより,BCR-ABL陽性CML患者由来K562細胞のアポトーシスを誘導することを見出した.タキソジオンは,ミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅲの活性を阻害することにより,ROSの産生を誘導した.また,タキソジオンは,ROSの産生を介して,BCR-ABLやその下流シグナル分子であるSTAT5やAktをミトコンドリアに局在させ,これらの分子の活性を阻害するというユニークな機序により,BCR-ABL陽性細胞のアポトーシスを誘導することを新たに見出した.さらに,タキソジオンは,T315I変異を有するBCR-ABL発現細胞に対しても強力な抗腫瘍活性を示すことが明らかになった.我々の研究成果は,タキソジオンがBCR-ABL阻害薬に耐性を示すCML,ALLの新たな治療薬として応用できる可能性を示すと共に,BCR-ABL以外の原因遺伝子に起因する様々な腫瘍性疾患に対する治療薬開発においても重要な手掛かりとなると期待される.

2 0 0 0 OA 神経毒性試験

著者
高橋 宏明 高田 孝二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.462-467, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
8

農薬などの化学物質の安全性評価の分野では,脳神経系の機能,形態,発達への影響を体系的に評価するガイドラインが整備されている.その特徴は,一般毒性試験を1次スクリーニング試験と位置づけ,成獣期ならびに発達期のガイドラインを揃えることによって,脳神経系への影響を段階的に評価することにある.本稿では,神経毒性に関連するガイドラインを紹介し,世界的な標準であるOECDガイドラインに基づいて哺乳動物を対象にした神経毒性試験を解説した.
著者
中川 俊人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.2, pp.84-86, 2010 (Released:2010-02-14)
参考文献数
15

ヒトにおける薬物動態予測は医薬品開発にとって非常に重要である.種々の予測法がある中,in vitro試験からの予測法は,動物種差を考慮せず,理論に基づく予測が可能であるため,様々な手法について,近年盛んに研究・報告されている.特に肝ミクロゾームや肝細胞などをもちいた代謝クリアランスの予測や薬物間相互作用の予測は,近年の低分子医薬品開発にとって非常に影響が大きい.それらを中心に,種々のin vitro試験からのヒト体内動態予測法について概説する.
著者
平山 良孝 茅切 浩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.1, pp.45-53, 2002 (Released:2002-12-10)
参考文献数
73
被引用文献数
1 1

カリクレイン-キニン系は循環調節,炎症·アレルギー,痛み,ショック等において多くの生理的,病態生理的役割を果たしていると考えられている.キニンの受容体にはこれまでにB1およびB2の2種類が知られており,ブラジキニン(BK)をはじめとしたキニンはそれらの受容体を介して作用を示す.B2受容体は多くの組織において恒常的に発現されており,キニンの大部分の生理学的活性を媒介していると考えられている.一方,B1受容体は炎症反応や組織傷害等により発現が誘導され,炎症反応の維持やそれに伴う痛みに関与していることが示唆されている.B2受容体に対する拮抗薬の研究はBKのペプチドアナログから始まり,最近では非ペプチド性拮抗薬に主流は移っているが,臨床試験結果が開示されているのはペプチド性拮抗薬NPC567,CP-0127とHOE-140の3剤である.これらの薬剤は,鼻炎,気管支喘息,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome: SIRS)·敗血症,外傷性脳傷害等で評価され,ある程度BKの関与について示唆する役割を果たしたが,いずれも治療薬として期待されたほどの作用を示したとは言えなかった.また,いずれの試験についても,拮抗薬としての効力や試験時の投与用量·用法に関してB2受容体拮抗薬の力量を充分に判断できる試験であったかどうか,疑問が残されている.今後は新しく見出された拮抗薬を中心に,これら既存の適応症に対する有効性に関して結論が出されるとともに,これまでに試されてこなかった適応症に対しても可能性を確かめられることが望まれる.B1受容体拮抗薬については未だに臨床評価されたものはないが,ペプチドタイプ拮抗薬やB1受容体遺伝子KOマウスでの検討によりその役割が明らかにされつつあり,今後のさらなる研究の進展が期待される.