著者
荒木 栄一 近藤 龍也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.3, pp.120-124, 2005 (Released:2005-04-26)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

インスリンは生体において代謝調節を司る代表的なホルモンである.肝臓や筋肉などインスリンの主要な標的臓器において,インスリンシグナルは分子レベルで解明されつつある.一方,中枢におけるインスリン作用に関しては不明な点が多い.食欲を制御する視床下部において,インスリン,レプチンはともに食欲を抑制する.両ホルモンの刺激によって,視床下部においてPIP3が誘導される細胞群が存在し,このような細胞ではインスリン受容体の基質であるIRS-2も発現している.神経細胞特異的にインスリン受容体を欠損したマウスの視床下部では,インスリンによるPIP3の誘導が著明に減弱していたが,レプチン刺激ではPIP3の誘導は正常に認められた.2型糖尿病では食欲の亢進が認められる事が多く,これは中枢におけるインスリン抵抗性が関与する可能性がある.このような中枢におけるインスリン抵抗性に対して,レプチンの有効性が示唆される.
著者
川畑 篤史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.6, pp.411-420, 2003 (Released:2003-05-29)
参考文献数
85
被引用文献数
3 7

Protease-activated receptor(PAR)は特定のプロテアーゼによって特異的に活性化される三量体Gタンパクと共役した7回膜貫通型受容体である.現在までにクローニングされている4つのPARファミリーメンバーのうち,トリプシン,トリプターゼ,血液凝固第VIIa,Xa因子などによって活性化されるPAR-2(protease-activated receptor-2)は生体内に広く分布し,種々の機能の制御に関与している.消化器系では,PAR-2は胃粘膜保護,平滑筋運動制御,唾液腺および膵外分泌,腸におけるイオン輸送などに関与している.循環器系では,PAR-2は血管内皮に存在し,その活性化によりNOあるいは血管内皮由来過分極因子を介する弛緩反応を誘起し,血圧を低下させる.呼吸器系では,PAR-2は抗炎症的な面と炎症促進的な面を併せ持つようである.神経系では,PAR-2は特にカプサイシン感受性一次知覚神経に存在し痛みの情報伝達に関与している.このようにPAR-2は生体内において非常に多様な機能を有しており,創薬研究のための標的分子として注目されている.
著者
上野 太郎 粂 和彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.408-412, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
18

睡眠は動物界において広く観察される生理現象であり,睡眠覚醒制御は概日周期の出力系として最も重要なものの一つである.従来,睡眠が体内時計に制御されていること,および体内時計の遺伝子は哺乳類と昆虫間で保存されていることが示されていた.ショウジョウバエは1日のうち,約70%の時間をじっと動かない状態で過ごす.また,この静止状態は行動学上,哺乳類の睡眠に特徴的な様々な側面を併せもつことより,ショウジョウバエに睡眠類似行動が存在するということが示されている.ショウジョウバエはその生物学的特徴により,遺伝学的解析に広く用いられており,ショウジョウバエにおける睡眠類似行動の発見は,睡眠の分子生物学を推進する要因となった.ショウジョウバエを用いた睡眠の遺伝学的解析により,睡眠時間を規定する遺伝子が同定され,また睡眠を調節する脳内構造についても研究が進んでいる.本稿では,ショウジョウバエを用いた睡眠の分子生物学的研究について概観する.
著者
浜田 知久馬 赤澤 理緒 西沢 友恵
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.6, pp.306-310, 2009 (Released:2009-06-12)
参考文献数
10
被引用文献数
1 2

浜田等は薬効・薬理試験でよく用いられる統計手法の現状分析を行なうため,日米欧の代表的な薬理学雑誌について,1996年公表された論文について使用されている統計手法の文献調査を行い,統計手法の不適切な使用・記載の典型例を指摘した.この調査から,10年が経過したので,最近の薬効・薬理試験の統計解析法の動向を調べるため,Journal of Pharmacological Sciencesについて再度,文献調査を行い,1996年の調査結果と比較して,この10年間の統計解析法の変遷について評価した.また,統計手法の記述内容の適切性を評価した.このジャーナルのHPでPDFファイル化されている電子ジャーナルから,統計解析(Statistical Analysis)の節に記載されている統計解析の手法を抽出し,集計した.調査対象の論文数は(1996年1月~12月,134報),(2002年1月~12月,148報),(2007年1月~12月,133報)となった.結果は次のようになった.1)Student t test(t検定)の使用の割合が減少し,ANOVA(分散分析)の使用の割合が増加した.2)多重比較法では,Dunnett法が減りTukey法,Bonferroni法が増加した.3)Scheffe法,Newman-Keuls法,Fisher(P)LSD法,Duncan法の不適切な多重比較法も依然として用いられていた.4)検定の両側・片側の区別,ソフトウエアについては記載されていない場合が多かった.本論文では,以上の結果から,薬理学雑誌の統計の質を高め,適正化するための方法について考察し,提言を行う.
著者
高安 義行 塚本 哲治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.5, pp.303-309, 2016 (Released:2016-05-13)
参考文献数
8

バイオ後続品(バイオシミラー)は,品質,安全性および有効性について,先行バイオ医薬品との比較から得られた「同等性/同質性」を示すデータ等に基づき開発される.国内では既に7剤のバイオ後続品が販売されており,バイオ後続品の開発や承認申請に関する企業側の経験も蓄積されてきている.高額な先行バイオ医薬品に比べ,薬価が低く設定されるバイオ後続品は,高騰する国民医療費の抑制策として,また,患者の医療費負担軽減策として大いに期待されており,今後,大型バイオ医薬品の特許が次々と満了することも相まって,この分野の開発競争は激化するものと予想される.一方,医療の現場におけるバイオ後続品の認知度は依然として低く,十分にその価値が発揮されるためには,国の政策に加え,開発・販売する企業がバイオ後続品に関する正しい情報を発信し,医療機関や患者と共有してくことが重要である.
著者
中林 哲夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.4, pp.185-190, 2015 (Released:2015-12-10)
参考文献数
26

精神神経領域の医薬品開発は,国際的にも活発である.これまでのうつ病治療薬の開発は,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)等が中心であり,これらは今日の標準治療薬に位置づけられている.現在,数多くのうつ病治療薬が使用可能となっているが,うつ病治療の臨床的課題(unmet medical needs)は,複数の抗うつ薬による治療を試みても十分な効果が得られない患者が一定数存在することである.このため,近年のうつ病治療薬の臨床開発では,既存治療薬で効果不十分な患者を対象とした第2選択薬の開発が増加し,そして新規性の高い作用機序を有する化合物の開発が行われている.現在,臨床開発の段階にある化合物には,アミノ酸関連,神経ペプチド類関連の作用機序を有するものがあり,うつ病のモノアミン仮説を超える化合物が開発対象となっている.精神神経領域の医薬品開発を目的とした臨床試験の基本デザインはプラセボ対照比較試験であるが,臨床試験の成功割合は高くはなく,プラセボに対する優越性を示すことも容易ではない.近年は,臨床試験におけるプラセボ反応性が増加傾向にあり,その要因についても検討が進められている.これらの有効性評価に影響を及ぼす要因を特定し,より適切な臨床評価方法を検討していくことは重要であり,精神神経領域におけるレギュラトリーサイエンスの課題と考える.
著者
横山 和正 服部 信孝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.2, pp.105-120, 2016 (Released:2016-08-01)
参考文献数
118
被引用文献数
1

多発性硬化症(MS)はヘルパーT細胞1(Th1),Th17細胞などの獲得免疫により髄鞘タンパク質に対する自己免疫性炎症反応とそれに伴う脱髄が病態形成の中心とされてきたが,MSの進行に強く影響する神経変性過程では炎症性反応の他にもいまだ未解明の病態が関与していると考えられる.近年,MS変性過程での主なプレイヤーは自然免疫とされ,MSは経過により免疫病態がシフトする不均一な疾患と捉えられる.また,MSの大多数を占める再発寛解型MS(RRMS)患者は発症から10年以内に50%が二次性進行型MS(SPMS)へ移行するが,急性発作に対するステロイド療法では再発抑制と障害進行抑制効果に対してのエビデンスはないことから,MS治療では再発抑制効果,障害進行抑制効果が期待されるインターフェロンβ製剤,グラチラマー酢酸塩(GA)をはじめとする病態修飾療法(DMT)が主な治療選択肢となる.GAは,MSの動物モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の病因探索でミエリン塩基性タンパク(MBP)の生物学的認識を模倣する目的で4つのアミノ酸で化学合成され,EAEを改善することが示された合成ランダムポリペプチドである.GAはEAEに対する効果に基づいて開発され,RRMS患者を対象とした一連のピボタル試験で有効性が示されたことから1996年に米国,イスラエルで承認されて以降,世界50ヵ国以上でIFN β製剤とともにRRMSに対する第一選択薬として用いられている.GAは日本においても2015年に「多発性硬化症の再発予防」の効能効果で厚生労働省から製造販売承認を受けている.海外での20年以上にわたる臨床経験で確立された安全性に加え,MSにおける獲得免疫,自然免疫の炎症機序を標的とする免疫調整作用により,多くの新規DMTが登場しつつある現在でも,優れた治療選択肢となるものと期待される.
著者
若尾 昌平 出澤 真理
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.6, pp.299-305, 2015

組織幹細胞の一つである間葉系幹細胞は骨髄や皮膚,脂肪などの間葉系組織に存在し,様々な細胞を含む集団から構成されているが他の組織幹細胞とは異なり,発生学的に同じである骨や脂肪,軟骨といった中胚葉性の細胞だけでなく,胚葉を超えた外・内胚葉性の細胞への分化転換が報告されている.このことから,間葉系幹細胞の中には多能性を有する細胞が含まれている可能性が考えられていた.我々は,これらの一部の間葉系幹細胞の胚葉を超えた広範な分化転換能を説明する一つの答えとなり得る,新たな多能性幹細胞を見出し,Multilineage-differentiating stress enduring(Muse)細胞と命名した.Muse細胞は胚葉を超えて様々な細胞へと分化する多能性を有するが腫瘍性を持たない細胞である.また,その最大の特徴として,回収してそのまま静脈へ投与するだけで損傷した組織へとホーミング・生着し,場の論理に応じて組織に特異的な細胞へと分化することで組織修復と機能回復をもたらす点がある.すなわち生体に移植する前にcell processing centerにおいて事前の分化誘導を必ずしも必要としない,ということであり,静脈投与するだけで再生治療が可能であることを示唆する.本稿ではこれらMuse細胞研究の現状と一般医療への普及を目指した今後の展望について考察したい.
著者
服部 光治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.3, pp.99-102, 2012 (Released:2012-03-10)
参考文献数
27

脳の形成およびシナプス可塑性に関与する分子の機能異常が精神神経疾患の発症や増悪化に関わるという例は今や珍しくない.リーリンは,胎生期の神経細胞移動や脳の層構造形成に必須の巨大(分子量430 kDa以上)な分泌タンパク質であり,シナプス可塑性をはじめ生後脳における機能も明らかになりつつある.一方,ヒトサンプルの研究や遺伝子多型の研究結果から,アルツハイマー病,統合失調症,自閉症,気分障害などの精神神経疾患にリーリンが関与することが提唱されている.そしてこれら研究の多くが,リーリンの「機能低下」が疾患発症に寄与することを示唆している.すなわち,リーリンの「機能増強」は神経難病の治療につながることが期待される.しかし,細胞レベルや生化学レベルで極めて多くの研究がなされたにもかかわらず,リーリンによる情報伝達機構の全貌は見えてきていない.さらには,リーリン機能低下をうまく再現できる動物モデルもないため,これが生体に具体的にどのような異常を引き起こすのかについてはほぼ不明である.その上で,リーリンの「機能増強」をどのように行うのかという大きな問題も残されている.本総説ではリーリンの機能について分子レベルでわかっていることを概説し,ヒト疾患における研究結果について紹介したい.また,リーリン機能増強の有力な方策の1つとして,リーリンの分解阻害が考えられるので,リーリンの特異的分解機構についても述べる.最後に,リーリンの機能解明を阻んでいる要因と,今後の展望や進むべき方向についても議論したい.
著者
井関 雅子 中村 吉孝 森田 善仁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.5, pp.326-329, 2006 (Released:2006-11-14)
参考文献数
7
被引用文献数
1

痛みの治療を専門とする医師の間でも,神経因性疼痛に対して患者が満足するような確実な除痛効果が得られないこともあり,しばしば治療に難渋するのが現状である.その中でも,鎮痛補助薬である抗鬱薬,抗痙攣薬,NMDA受容体拮抗薬などの使用により,痛みに関与する神経伝達物質の促進・抑制,各種チャネルや受容体の作動・遮断をおこなうことで,痛みを緩和することが可能な場合もある.欧米ではCaチャネルブロッカー(α2 δ1subunit)としてシナプス前で神経伝達を抑制すると考えられているプレガバリンが有望視されているが,残念ながら本邦では未発売である.一方,以前は神経因性疼痛に無効と考えられていたオピオイドに関しても,近年では有効性を示す論文も散見される.今後も,副作用の少なく除痛効果の高い薬物の開発が望まれる.
著者
齋藤 亮 大森 庸子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.1, pp.56-62, 2016 (Released:2016-01-09)
参考文献数
25

トレプロスチニルは,米国United Therapeutics社で開発された肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療薬である.PAH治療薬として,プロスタグランジンI2(PGI2)製剤,ホスホジエステラーゼ5阻害薬,エンドセリン受容体拮抗薬が国内外で用いられており,トレプロスチニルはPGI2の化学構造を改変することにより,消失半減期および室温下での溶液安定性を改善した皮下投与および静脈内投与が可能なPGI2誘導体である.本剤は,血管拡張作用,血小板凝集抑制作用および肺動脈平滑筋細胞増殖抑制作用を示し,これらの作用により肺動脈圧および肺血管抵抗を低下させ,肺高血圧症患者において有効性を示すと考えられる.PAH患者を対象とした国内第Ⅱ/Ⅲ相試験では,トレプロスチニルの投与によりエポプロステノール(Epo)未使用例にて6分間歩行距離の延長が認められたものの,血行動態パラメータ(心係数,平均肺動脈圧,肺血管抵抗係数)の改善は認められなかった.また,Epo切替え例ではいずれの評価指標も改善が認められなかったものの,18例中15例は臨床的悪化なくEpoから本剤へ切替えられた.一方,第Ⅱ/Ⅲ相試験よりさらなる投与速度の増量が許容された国内第Ⅱ/Ⅲ相追加試験では,6分間歩行距離の延長および肺血管抵抗係数の低下が認められた.両評価指標で改善を示した有効症例数は5例中4例であり,PAH患者に対するトレプロスチニルの有効性が確認された.安全性に関しては皮下注射部位の局所反応(疼痛,紅斑等)および他のPGI2製剤でも報告のある有害事象(下痢,悪心,頭痛等)が比較的よく認められた.持続皮下投与における疼痛対策が今後の課題ではあるものの,本剤は既存のPGI2製剤にはない特徴(在宅療法に適した持続皮下投与が可能,薬剤調製が簡便,室温での安定性が良好,消失半減期が比較的長い,など)を有しており,国内のPAH治療に対して新たな治療選択肢を提供できることが期待される.
著者
西田 清一郎 佐藤 広康
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.140, no.2, pp.58-61, 2012 (Released:2012-08-10)
参考文献数
13

未病は,古来より東洋医学において重要なテーマとして掲げられている.未病ははっきりとした病が現れる前から体の中に潜む病態(状)を意味しており,まだ病ではない状態を意味しているのではない.未病は病を発生させる根本的な異常を意味し,東洋医学的には「〓血(おけつ)」と深いかかわりがあると考えられている.我々は,未病を現代医学的に解釈した場合,その病態は酸化ストレスの蓄積が一つの原因であると考えている.〓血に対して処方される駆〓血剤は,酸化ストレスの蓄積を抑制し,すなわち未病の進展を遅延,または阻害すると推察されている.駆〓血剤である桃核承気湯(とうかくじょうきとう)と桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)には,抗酸化作用があることが知られていた.酸化ストレスは血管緊張に変化を与えるが,これらの漢方薬は酸化ストレス負荷条件下で,血管の収縮を抑制し弛緩作用を増強した.駆〓血剤をはじめとする漢方薬は,酸化ストレスに対して,抗酸化剤として緩和作用だけではなく,状況に応じて酸化促進剤として血管収縮作用を表す.つまり,酸化ストレスをうまく制御して生体機能の調節作用をするものと考えられる.この酸化ストレス緩和作用は,酸化ストレスによる障害を和らげ,未病の進展を抑制していると思われる.
著者
岸井 兼一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.5, pp.408-414, 2006 (Released:2006-07-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1 2

ルリコナゾールはジチオラン骨格を有し,光学活性な新規イミダゾール系抗真菌薬である.糸状菌,カンジダ属菌,癜風菌等に広い抗菌スペクトルを有し,特に皮膚糸状菌に対して強力な抗真菌活性を示した.Trichophyton (T) rubrumおよびT. mentagrophytesに対するMIC90値は,0.001 μg/mLであった.1%ルリコナゾールクリームをモルモット足底部皮膚に単回または反復塗布したとき,皮膚角層中に高濃度の薬物の貯留が認められ,モルモット足白癬モデルにおいて,短期間塗布で対照薬(塩酸テルビナフィン,ビホナゾール)より優れた治療効果を示した.作用メカニズムは真菌細胞膜の構成成分であるエルゴステロール合成系のラノステロール-14α-デメチラーゼ活性の阻害作用である.これまで実施されてきた足白癬に対する臨床試験では,その殆どが4週間の塗布期間でおこなわれてきた.ルリコンの臨床試験では塗布期間を半分の2週間で行い,塗布開始後4週間目に有効性判定した.第III相試験では足白癬に対し,ルリコンクリーム1%は2週間塗布(その後2週間はプラセボ塗布),対照薬(1%ビホナゾールクリーム)は4週間塗布で比較試験を実施し,塗布開始後4週目の時点で判定した結果,皮膚症状改善度はそれぞれ91.5%,91.7%,真菌学的効果は76.1%,75.9%となり,ルリコンクリーム1%および対照薬の皮膚症状改善度ならびに真菌学的効果はいずれもほぼ同等であり非劣性が検証された.ルリコンクリーム1%は短期間塗布で優れた臨床効果を示した.足白癬以外にも生毛部白癬,皮膚カンジダ症,癜風に対する臨床効果においても,これまで実施されてきた半分の塗布期間である1週間塗布で行い,優れた有効性安全性を確認した.また,ルリコン液1%は,2週間の塗布でルリコンクリーム1%とほぼ同等の有効性,安全性結果が得られた.
著者
巽 良之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.5, pp.250-258, 2015 (Released:2015-05-10)
参考文献数
31
被引用文献数
1 3

エフィナコナゾールは,科研製薬株式会社で創出され,2014年7月に製造販売承認を取得した新規トリアゾール系抗真菌薬で,国内初の外用爪白癬治療薬である.本薬は,真菌細胞膜の構成成分であるエルゴステロールの生合成を阻害し,爪真菌症の主要原因菌Trichophyton rubrumおよびTrichophyton mentagrophytesを含む各種真菌種に対して,既存治療薬以上の抗真菌活性と広い抗真菌スペクトラムを示した.また,爪の主成分であるケラチンに対する親和性が既存治療薬よりも低いため,ヒト爪を良好に透過し,ケラチン存在下でも高い抗真菌活性を保持した.さらに,モルモット爪白癬モデルにおいて,エフィナコナゾール液剤の連日爪塗布は,海外市販ネイルラッカー剤に比べて高い爪内生菌数減少効果を示した.In vitroモデルでは,エフィナコナゾール液剤の単回ヒト爪適用は,爪下層や爪甲下の白癬菌に対して高い抗真菌活性を示し,有効濃度の薬剤が爪下層および爪床に到達することが示された.第Ⅰ相臨床試験では,爪白癬患者において高い爪中濃度と爪貯留性が確認され,血中濃度は低かった.二つの第Ⅲ相臨床試験(国際共同治験および海外試験)では,爪白癬に対してそれぞれ17.8%および15.2%の完全治癒率(感染面積0%かつ真菌学的治癒の割合)が得られ,いずれも基剤群との有意差が認められた.また,日本人患者の完全治癒率は28.8%であった.これらの臨床試験成績から,エフィナコナゾール液剤は,爪白癬に対して海外承認の外用剤より高く,イトラコナゾール経口剤とほぼ同等の治療効果を示すと期待される.さらに,血中曝露の低さから,全身性の副作用と薬物相互作用に懸念が少ないと考えられる.以上のことから,エフィナコナゾール液剤(クレナフィン®爪外用液10%)は,今後の爪白癬治療の新たな選択肢になると考えられる.
著者
有竹 清夏 榎本 みのり 松浦 雅人
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.418-421, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
16

神経疾患による睡眠障害は,脳内病変により睡眠と覚醒をコントロールする神経機構の障害,呼吸筋筋力低下や不随意運動といった神経症状,治療薬に起因するもの,疾患に対する不安などの心理的要因が組み合わさって生じる.レム睡眠行動障害はパーキンソン病,レビー小体病,多系統萎縮症の前駆症状のことがある.筋ジストロフィー症ではレム睡眠時の低呼吸が呼吸不全の初発症状となる.筋萎縮性側索硬化症では肺胞低換気が主症状で,進行に伴って睡眠呼吸障害が生じる.各種神経疾患の睡眠障害の発生機序を理解することで,初めて適切な治療が可能となる.
著者
喜多 彩 中原 崇人 竹内 雅博 木野山 功 山中 堅太郎 峯松 剛 光岡 圭介 伏木 洋司 三好 荘介 笹又 理央 宮田 桂司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.4, pp.198-203, 2010 (Released:2010-10-08)
参考文献数
13
被引用文献数
6

正常細胞に何らかの異常が生じると,生体は異常な細胞を修復あるいは除去することによって,その恒常性を維持する.また,正常細胞において,アポトーシスによる細胞死誘導機構が破綻すると,異常な細胞は除去されることなく,がんに代表される様々な疾患の引き金となる.アポトーシス制御に重要な因子の1つとして,IAP(Inhibitor of Apoptosis)ファミリータンパク質が知られており,これまでに8つのIAPファミリーが同定されている.IAPファミリーの中でも特にサバイビンは,発現抑制による細胞死誘導の他に,がん特異的発現,細胞の有糸分裂制御,そして既存抗がん薬の感受性を増強させるという点で注目を集め,がん治療のターゲットとして今日まで多くの研究がなされている.YM155はアステラス製薬株式会社で創製されたサバイビン発現抑制薬であり,各種ヒトがん細胞株に対して増殖阻害作用を示した.またヌードマウス担癌モデルにおいて,体重に影響を与えることなく腫瘍の退縮をともなう抗腫瘍作用を示した.siRNAやリボザイムによるサバイビンの機能抑制によって,既存抗がん薬の感受性が増強することが知られているが,YM155は既存抗がん薬との併用投与により,毒性の増悪化なく既存薬の薬効を増強させた.さらに,臨床で広く診断に用いられているpositron emission tomography(PET)を用いた評価においてはYM155の薬効が非侵襲的に検出でき,臨床におけるPET診断の有用性が確認された.以上から,YM155はサバイビン発現抑制作用により,がん細胞に対し選択的に抗腫瘍効果を発揮するユニークな新規抗がん薬となることが期待される.
著者
桑原 佑典 Tore Eriksson 釣谷 克樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.6, pp.260-264, 2014

精神疾患領域には大きなアンメットメディカルニーズが残されており,治療薬開発や創薬標的探索に向けた研究が企業やアカデミアで行われているが,その基礎となる疾患の発症分子メカニズムさえも未だに不明な部分が多い.近年のゲノム解析機器のハイスループット化に伴い,一塩基多型(SNP)を用いたGWAS(ゲノムワイド関連解析)が開発され,精神疾患分野においても数千人以上の大規模患者集団を用いた疾患関連遺伝子探索に関する研究成果が数多く報告されている.統合失調症においては,TRIM26 やTCF4 等の遺伝子やmiRNA の関与が見出され,これらを含めた新たなメカニズムが検討されつつある.また,次世代シーケンサーの急速な発展によって,一塩基変異(SNV)やコピー数多型(CNV)といった個人毎の稀な変異を対象とするエクソーム解析や全ゲノム配列解析といった技術も開発され,これらからも統合失調症患者でARC の複合体やNMDA 受容体複合体に変異が多い等の一定の成果が得られつつある.動物モデルなどを用いる精神疾患に対する従来の研究手法には限界もあり,今後の新機軸の一つとして,患者のゲノム情報を中心とし,遺伝子発現等の既存情報をバイオインフォマティクス技術を用いて統合解析し,発症メカニズムの解明や創薬標的の探索に取り組む流れが現在注目されている.また,バイオインフォマティクス技術は,既存薬や開発中の化合物について新たな適応疾患を探索するドラッグリポジショニングにも応用されている.新たな適応疾患は臨床開発時や市販後の臨床研究で明らかになる場合が多いが,早期にその可能性を見いだすことが製薬企業には重要であり,この解析にバイオインフォマティクスは欠かせないツールとなりつつある.本稿では精神疾患創薬研究におけるバイ オインフォマティクスの活用として,新規創薬標的の探索とドラッグリポジショニングの2 つの観点から最新の知見を紹介する.
著者
笠師 久美子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.2, pp.65-67, 2011 (Released:2011-02-10)
参考文献数
5
被引用文献数
2

本来,スポーツは健全な心身のもとに競技が行われるべきであるが,薬物等の誤用や濫用による「ドーピング」が社会問題にまで発展している.これは一部の作為的な行為によるものばかりではなく,医薬品やドーピングに関する知識不足による使用も多く含み,結果的に同様の制裁を受けるのが現状となっている.2007年にドーピング防止ガイドラインが文部科学省により策定され,薬剤師も積極的にドーピング防止活動に努めることが明記された.ドーピング撲滅のために薬剤師が介入できる事項としては,薬に関する教育や相談応需,医薬品情報の提供,禁止物質の治療目的使用に係る除外措置(TUE)に関する支援などがあげられる.薬剤師の職務である適正な薬物療法と安全性の担保は,スポーツにおいても求められるところである.そのためには,従来薬剤師が医薬品として理解している「薬物」に加え,ドーピング効果を期待する「薬物」としての情報が求められる.
著者
久保 伸夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.5, pp.279-284, 2005 (Released:2005-07-01)
参考文献数
12
被引用文献数
1

国民の35%が抗体を持ち,その半数がすでに発症しているスギ・ヒノキ花粉症は日本の国土の15%以上を占めるスギ・ヒノキ森林による季節性疾患であり,早春のわが国の社会生活と生産活動に大きな影響を与え,最近は若年者の患者も急増している.しかし,致死的でなく花粉飛散が終われば軽快するため,疾患としての恐怖感はなく,毎年繰り返すやっかいな自然災害という国民意識が広がっており,各個人における費用対効果で対策が講じられている.抗ヒスタミン薬は花粉症に対する標準的治療薬であるが,抗ヒスタミン薬に社会が求めているものは,疾患の治癒ではなく,安価で即効的に副作用なく症状を制御し,服薬しながら社会活動を維持することである.また通常薬物を服用しない青壮年層に多い花粉症患者は用法や相互作用など投与上の制約への意識も乏しい.つまり,有効性より安全性が優先されるべき薬剤といえ,眠気や認知機能障害,相互作用の有無が臨床上最も問題になる.特に,中枢作用は生産効率のみならず自動車や鉄道,航空機の乗務員では人命に係わる副作用となるが,その出現には極めて個人差が大きく,その理由は不明である.一方,PETによる一連の研究で薬物間での中枢移行性の違いは客観的に評価されるようになってきた.今後はH1受容体やP糖タンパクなどのSNPなど中枢作用の個人差の検討が課題になると思われる.