著者
鈴木 登紀子 酒井 麻里 山下 重幸 冨田 賢吾 服部 裕一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.3, pp.111-116, 2018 (Released:2018-03-10)
参考文献数
55
被引用文献数
2 2

敗血症は,高齢者人口の増加,悪性腫瘍や移植時の化学療法などによる免疫機能の低下,多剤耐性菌の出現などにより,症例数は増加の一途をたどり,現在においてもなお高い死亡率を有している.敗血症の定義は,これまで「感染によって引き起こされた全身性炎症反応症候群」とされてきたが,2016年になって「感染に対する制御不能な宿主反応による生命に関わる臓器不全」として15年ぶりに改訂された.新しい定義における「臓器不全」には,急性肺傷害,播種性血管内凝固,脳症,肝障害,腎障害に加えて,心機能障害も含まれている.心機能障害により酸素の需要・供給のバランスが損なわれ,多臓器不全の進展につながることから,心機能障害の有無は,敗血症の予後に非常に重要である.実際,敗血症患者で心機能障害が存在した場合は,非常に高い死亡率に関係すると報告されている.国際敗血症ガイドラインで,敗血症性ショックにおいて推奨されている強心薬はドブタミンであるが,その臨床成績には限界が指摘されている.本稿では,敗血症性心機能障害について,これまで報告されてきた病態生理学的メカニズムについて概説し,ドブタミンに替わる新たな強心薬の治療効果の可能性について考察する.
著者
古城 健太郎 斎藤 輝男 加瀬 佳年 等 泰三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.569-578, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
19
被引用文献数
2 1

投与した色素が気管支腺から排泄されることを利用して気管支分泌量を知ろうとする作野氏法をラットに適用し,N-acetyl-L-cysteine(NAC)および他の既知去痰薬の気道分泌に対する作用を比較検討した.次に直接気道液を定量的に採取し,液量の増減から去痰薬の効果を判定する Perry and Boyd の原法を改良した方法(Engelhorn および加瀬らの方法)を用い,正常ウサギの気道液量に対する NAC の作用を調べた.さらに,ウサギを SO2 ガスに長期間曝露し,亜急性気管支炎に罹患させ,その痰を定量的に採取し,痰の粘度ならびに痰の構成成分に対する NAC の作用を検討した.その結果下記の結論を得た.なお薬物はすべて胃内に投与した.1)正常ラットを用いた作野氏法による実験:各種去痰薬の気道分泌活性を ED35(対照値に比べ35%増加させる量)から比較すると,bromhexine・HCl 4.4mg/kg,pilocarpine・HCl 24mg/kg,potassium iodide 68mg/kg,L-methylcysteine・HCl 720mg/kg,sodiummercaptoethane sulfbnate 750mg/kg,NAC 1050mg/kg,S-carboxymethyl cysteine 1550mg/kg であった.はじめの3者は気道分泌量増加を主作用とし,後の4者は痰の粘度低下を主作用とする去痰作用機序の相違と思われる効果の差がみられた.2)正常ウサギを用いた気道液量測定実験:NAC 500mg/kg では,投薬後2時間目に気道液量が増加する傾向がみられたが有意ではなく,1000mg/kg および 1500mg/kg に増量すると,3~5時間をピークとして気道液量は有意に増加した.500mg/kg 以上の用量を投与すると,投薬後2時間目ごろから気道液の白濁がみられ,NAC が粘稠な気道液を流動化していることが推察された.3)亜硫酸ガス気管支炎ウサギを用いた実験:NAC 1000mg/kg および 1500mg/kg により,投薬後6時間分の痰の粘度は用量依存的に低下し,痰の凍結乾燥物質重量,蛋白質量および糖質量も痰の粘度に比例して減少した.以上の 成績より,NACは痰の粘度を低下させて痰の流動性を増し,さらに気道液量増加による痰の稀釈が加わって痰を出し易くするものと思われる.
著者
竹内 孝治 加藤 伸一 田中 晶子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.4, pp.274-282, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
49
被引用文献数
5 5

消化管は種々の食餌性あるいは薬剤性の刺激に絶えず露呈されるという過酷な環境下にある.このような状況下においても, 消化管の粘膜恒常性は種々の機能変化およびそれらを調節する生体内因子により構成されている“粘膜防御機構”によって通常維持されている.内因性プロスタグランジン(PG)は消化管の粘膜防御機構において司令塔的な役割を演じており, 中でもPGE2が最も重要であると考えられている.本稿では, 消化管におけるPGE2の粘膜保護作用に関連するEP受容体および機能変化について, 種々の選択的なEP作動薬およびEP受容体欠損マウスを用いて得られた著者らの成績を中心に紹介する.外因性PGE2の塩酸·エタノールおよびインドメタシン誘起胃損傷に対する保護作用はEP1作動薬によって再現され, 逆にEP1拮抗薬の存在下では消失する.内因性PGE2はマイルド·イリタントによる適応性胃粘膜保護作用においても重要な役割を果たしているが, この現象もEP1拮抗薬によって完全に消失する.PGE2による胃粘膜保護作用は胃運動抑制と機能的に関連しており, この作用もEP1作動薬によって同様に認められる.しかし, カプサイシンによる神経性胃粘膜保護作用はEP2およびIP受容体との関連性が推察されている.一方, 十二指腸におけるPGE2による保護作用は重炭酸イオン分泌と機能的に関連しており, これらの作用はEP3およびEP4作動薬によって再現される.同様に, インドメタシン小腸傷害もEP3およびEP4作動薬によって抑制され, 機能的には腸運動抑制および粘液分泌亢進に起因する腸内細菌の粘膜内浸潤の抑制と関連している.PGE2による粘膜防御の詳細な発現機序については不明であるが, 胃における保護作用は主としてEP1受容体を介して, また十二指腸および小腸における保護作用はEP3およびEP4受容体を介して発現するものと推察される.
著者
宮坂 恒太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.2, pp.146-154, 2022 (Released:2022-03-01)
参考文献数
33
被引用文献数
3

GLP-1受容体作動薬(GLP-1 RA)は2型糖尿病患者における良好な血糖コントロールを達成するために効果的な薬剤である.中でも,経口セマグルチドはアメリカ,ヨーロッパ,および日本で承認されている経口摂取が可能な唯一のGLP-1 RAである.この薬剤の登場により,注射によるGLP-1 RAの投与に抵抗のあった2型糖尿病患者においても,糖尿病発症のより早期でGLP-1RAの使用が可能になり,患者に経口薬の価値ある選択肢を提供することができるようになった.経口セマグルチドの有効性と安全性は9,543例(日本人1,293例)の被験者を含む第Ⅲ相臨床試験(PIONEER試験)で評価された.本臨床試験は10の試験で構成され,そのうち2試験は日本での国内臨床試験だった.全試験を通じて,経口セマグルチドによる良好な血糖コントロールと体重減少への影響が示された.承認された最高用量である経口セマグルチド14 mgは,対照群であるプラセボ,エンパグリフロジン,デュラグルチド,シタグリプチンと比較してHbA1cを有意に低下させ,リラグルチドに対しては非劣性であることが示された.経口セマグルチド14 mgは,プラセボ,シタグリプチン,リラグルチドに対しては体重減少に優越性を示し,エンパグリフロジンに対しては同等の体重減少への影響を示した.PIONEER試験において,経口セマグルチドの忍容性は良好であり,他のGLP-1RAと同様の安全性を示した.また,心血管アウトカム試験の結果から経口セマグルチドの心血管への安全性が示され,プラセボと比較して,心血管死および全死亡のハザード比が有意に減少していた.したがって,経口セマグルチドは2型糖尿病罹患の初期からのGLP-1RAsの開始という効果的な治療オプションをもたらし,2型糖尿病患者に新たに有効な選択肢を示したと考えられる.
著者
柴田 玲 大内 乗有 室原 豊明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.3, pp.139-142, 2016 (Released:2016-03-10)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

肥満症を中心とした代謝異常,心血管病の病態には,種々のアディポカインの産生異常が関わっている.近年,アディポネクチンなど生活習慣病や心血管病に保護的作用を有している可能性が高いと思われるアディポカインが見出されている.オメンチンもその一つである.肥満症や冠動脈疾患においてオメンチンの血中濃度は低値を示す.オメンチンは,血管において血管新生促進作用やリモデリング抑制作用を有し,心臓においては心筋梗塞縮小効果や心臓リモデリング予防効果を発揮する.今後,オメンチンのさらなる機能解析や発現作用調節機構の解明が,心血管病の病態解明への新たなアプローチにつながると考えられる.オメンチンは心血管病への診断に有用であるだけでなく,今後,治療への応用にも期待される.
著者
石井 明子 鈴木 琢雄 多田 稔 川西 徹 山口 照英 川崎 ナナ
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.5, pp.280-284, 2010 (Released:2010-11-10)
参考文献数
45
被引用文献数
2 2

腫瘍や自己免疫疾患等の治療を目的とした分子標的薬として,抗体医薬品の研究開発が国内外で活発に行われている.抗体医薬品の特徴は標的分子に高い親和性をもって極めて特異的に結合することであるが,他のバイオ医薬品と比較して血中半減期が長いことも特筆すべき点である.ペプチドあるいはタンパク質を医薬品として応用する場合には血中半減期が実用化のためのハードルとなることが少なくない.しかし,多くの抗体医薬品は,生体内IgGの分解抑制に関わるneonatal Fc receptor(FcRn)を介したリサイクリング機構を利用することができるため,数日~数週間という長い血中半減期を有している.FcRnは齧歯類の新生児小腸に高発現し,乳汁に含まれる母親由来IgGの吸収に関与する受容体として同定された.その後の研究により,FcRnが成体においても種々の組織に発現し,IgGのリサイクリングやトランスサイトーシス等に関与していることが報告され,母子免疫以外にも様々な側面でIgGの体内動態制御に関わっていることが明らかにされている.我々は,既承認抗体医薬品のFcRn結合親和性を解析し,ヒトでの血中半減期とFcRn結合親和性の相関,および抗体医薬品のFcRn結合親和性を規定する構造特性の一端を明らかにした.近年の創薬研究では,FcRn結合親和性を改変した抗体医薬品等の開発が進んでいる他,FcRnのもう1つのリガンドであるアルブミンを利用することにより体内動態特性を改変したタンパク質医薬品の開発も進んでいる.FcRnは,抗体医薬品をはじめとするバイオ医薬品の体内動態制御に関わる鍵分子の1つと言えるであろう.
著者
大江 知之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.338-341, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
7
被引用文献数
2 2

医薬品の代謝過程で生成する反応性代謝物は数々の毒性の原因になると考えられており,製薬企業にとってそうしたリスクのある化合物は,創薬段階においてできる限り排除しておきたいものの1つである.最近,多くの企業で,探索段階の比較的初期から,“反応性代謝物の回避”というものを意識して化合物の誘導化を行っている.共有結合性試験やトラッピング試験と呼ばれる評価法などがあるが,これらは毒性予測という観点からはまだ不十分なものである一方で,医薬品候補の優先順位付けという観点からは有用である.メディシナルケミストと協力して,より毒性リスクの低い候補品を選択することが,探索薬物動態研究者の使命である.
著者
宮田 愛彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.33-42, 2003 (Released:2003-01-28)
参考文献数
43
被引用文献数
7 9

HSP90は主要な細胞内分子シャペロンの一つであり,細胞ストレス状況下で発現量が増大するが,通常でも細胞質にもっとも多く存在するタンパク質の一つである.HSP90は様々な細胞内タンパク質と相互作用してその正確なフォルディングと機能を保証する役割を持つ.HSP90と相互作用するクライアントタンパク質にはプロテインキナーゼやステロイドホルモン受容体等の細胞増殖や分化に重要な役割を果たすシグナル伝達分子が多く含まれる.HSP90はCdc37やFKBP52といった他の分子シャペロンと協調しながら,クライアントタンパク質が正しくシグナルに応答して機能する為に必須の因子としてATP依存的に働いている.ゲルダナマイシンはHSP90のATP-bindingポケットに結合してそのシャペロン機能を抑制する特異的な阻害薬であり,HSP90依存性のクライアントタンパク質の不活性化·不安定化と分解を引き起こす.HSP90のクライアントタンパク質には細胞周期·細胞死や細胞の生存·癌化に関わる機能タンパク質が多く含まれ,ゲルダナマイシン処理でHSP90を阻害すると培養癌細胞の増殖が抑制され,また実験動物での腫瘍縮小効果が観察される.ゲルダナマイシンはHSP90という単一のタンパク質に対する特異的な阻害薬でありながら,細胞周期·細胞分裂·細胞生存シグナル·アポトーシス·ステロイドホルモン作用·ストレス耐性などに関わる多面的なクライアント分子を同時に阻害できるという点で,これまでに無く広範でかつ効果的な抗癌作用を持つ薬剤となり得る.ゲルダナマイシンと同様のHSP90阻害効果を持ちながら腎·肝毒性を軽減した誘導体である17-allylaminogeldanamycin(17-AAG)は既にヒトに対するPhaseIの治験を経て,まもなく癌患者に対するPhaseIIの臨床試験が始められようとしている.
著者
溝口 博之 野田 幸裕 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.17-23, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
32

ヒトは,風邪薬を飲むと共通して眠気を感じ,アルコール飲料の種類に係らず適量を飲むと多幸感が得られる.このような薬理作用を介してヒトは,ある種の薬物の摂取体験からその薬物を認知し,自覚する.これは,摂取感覚効果(自覚効果)と呼ばれ,ヒトばかりでなく,サルをはじめとする多くの動物でも認められる.依存性薬物は,それぞれ特異的な感覚自覚効果を持ち合わせており,この自覚効果が快感(陽性強化)であればそれを求めて乱用される.したがって,自覚効果は依存形成の重要な因子の一つとして考えられている.ヒトでの自覚効果は,薬物を投与したときの摂取感覚を質問表によって調べる方法が用いられている.実験動物の場合は,自覚効果を直接知ることはできないことから,薬物の摂取感覚効果を利用した薬物弁別試験が用いられている.我々はこれまでにラットの薬物弁別試験を用いて,依存性薬物の1つであるメタンフェタミンの自覚効果の発現機序について検討してきた.すなわち,メタンフェタミンに対する弁別を獲得したラットの側坐核と腹側被蓋野において,神経の活性化の指標となるc-Fosタンパクの発現の増大が認められたことから,メタンフェタミンの弁別刺激効果には,ドパミン作動性神経系を中心とした神経回路が重要であることを明らかにした.メタンフェタミンの弁別刺激効果は,ドパミンD2およびD4受容体拮抗薬によって抑制され,さらに,細胞内cyclic AMP(cAMP)量を増加させるロリプラムやネフィラセタムによっても同様に抑制された.これらの結果から,メタンフェタミンの弁別刺激効果は,D2様受容体とリンクした細胞内cAMP系シグナル経路を介して発現しているものと示唆される.したがって,細胞内cAMP量を増大させるような薬物やD2様受容体を介したシグナル経路を抑制するような薬物は,薬物依存の予防・治療薬となる可能性がある.
著者
野田 幸裕 亀井 浩行 鍋島 俊隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.43-49, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
50
被引用文献数
4 9

近年研究が盛んに行われているシグマ受容体は,うつ病や不安神経症などのストレス関連疾患に関与していることが示唆されている.シグマ受容体アゴニストは,抗うつ薬のスクリーニングに汎用されている強制水泳試験や尾懸垂試験において無動状態を緩解し,この緩解作用は,シグマ1受容体アンタゴニストによって拮抗される.シグマ受容体アゴニストの中でもシグマ1受容体作動薬の(+)-N-アリルノルメタゾシン((+)-SKF-10,047)およびデキストロメトルファンは,抗うつ薬や抗不安薬でも治療効果の得られない治療抵抗性のうつ病モデルと考えられている恐怖条件付けストレス反応をフェニトイン感受性シグマ1受容体を刺激することによって緩解し,この緩解作用の発現には中脳辺縁系ドパミン作動性神経系の賦活化が関与していることが示唆されている.一方,シグマ受容体の内因性リガンドとしてニューロステロイドのデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)やニューロペプチドのニューロペプチドY(NPY)が注目されている.DHEA硫酸塩は,強制水泳による無動状態や恐怖条件付けストレス反応を緩解し,これらの緩解作用は,シグマ1受容体アンタゴニストによって拮抗される.また,NPYは,コンフリクト試験において抗不安作用を示し,実験動物にストレスを負荷すると血漿中のNPY含量が変化することが認められている.このように,シグマ受容体はストレス関連疾患との関連性について注目されており,シグマ受容体アゴニストは,従来の抗うつ薬や抗不安薬とは異なる新しいタイプのストレス関連疾患治療薬となりうる可能性が示唆されている.
著者
山口 拓 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.105-111, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
20
被引用文献数
6 9

様々な実験的ストレスを実験動物に負荷し,不安や恐怖を誘発させることによって,これに伴って発現する不安関連行動を評価する方法は,抗不安薬をスクリーニングするために開発された.現在では薬効評価のみならず,遺伝子改変動物や疾患モデル動物の情動機能,特に不安関連行動の行動学的表現型を検索するためのテストバッテリーにも応用されている.不安関連行動の評価においては,装置の形状や実験環境などの設定条件,あるいは被験薬物に含まれる抗不安作用以外の薬理学的プロファイルが結果に大きく影響することから,その結果の解釈には注意する必要がある.また,照明強度や実験装置への馴れなどの実験環境要因によっても,指標となる不安関連行動のパラメータは大きく変動する.現在使用されている不安関連行動の評価系においては,ベンゾジアゼピン系抗不安薬が不安を軽減させる方向にパラメータを変化させるという点に関して共通している.しかし,これらの評価法の多くは正常な実験動物に実験的ストレスを負荷して誘発された不安・恐怖を評価しているため,その限界を念頭におかなければならない.したがって,病的な不安,すなわち不安障害を想定した基礎研究のためには,遺伝的要因と環境要因を包含した臨床像により近く妥当性の高い“不安障害”の疾患モデル動物の作製が必要である.
著者
縄田 陽子 安作 美香 西奥 剛 山口 拓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第95回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.1-P-035, 2022 (Released:2022-03-21)

Autism spectrum disorder (ASD) is a heterogeneous neurodevelopmental disability that demonstrates impaired social interactions, social communication deficits, and restrictive/repetitive behaviors. The endocannabinoid (eCB) system in the brain is a major regulator of synaptic plasticity and neuromodulation. It is reported that the eCB system have been altered in children with ASD and some animal models of ASD. To determine the causal role of the eCB system in the ASD, we have investigated the relationship between declines of the eCB system and the ASD-like symptoms, using the cannabinoid CB1 receptor knockout (CB1KO) mice. We found that male CB1KO mice demonstrated reduced sociability (3-chambered social approach task), elevated repetitive grooming behaviors (hole-board test) and deficits in short-term memory (Y-maze test). Moreover, the CB1KO mice also showed emotional instabilities (elevated plus-maze test and hole-board test). The serum progranulin, which is lower levels in patients of ASD, was significantly decreased in CB1KO mice. These findings suggested that CB1KO mice showed behavioral phenotypes including social deficits, which have face validity as an animal model of ASD. Therefore, the CB1KO mice will be a valuable tool for the exploration of pathological mechanisms and development of novel therapeutics in the ASD.
著者
溝口 博之 山田 清文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.5, pp.224-230, 2019 (Released:2019-05-14)
参考文献数
35

依存症は世界銀行・WHO(世界保健機関)が報告するDALY(障害調整生命年)によると,世界トップ10に入る健康を脅かす疾患である.中でも,アルコール乱用を初めとする物質依存・薬物使用障害のDALYは若年層において非常に高い数値を示している.国内に目を向けても,薬物逮捕ラッシュの芸能界が表すように薬物汚染は止まっていない.また統合型リゾート推進法の成立により日本でもカジノが解禁されることから,ギャンブル依存者の急増という社会的且つ医薬学的問題も懸念される.さらにWHOはゲーム障害を精神疾患と認定したことからも,新たな依存症の包括的理解に向けた機序解明と医学的に適切な予防対策や治療戦略の発信が期待されている.ではなぜ,私たちはゲーム,ギャンブル,薬物に〝はまる〟のか? なぜ,一度手を染めた人はリスクを負っても危険ドラッグや覚せい剤の売買をするのか? なぜ治療したはずなのに依存症は再発するのか? どうして自分をコントロールできなくなるのか? そして,こうした症状は脳のどこから生まれるのか? 私たちはちょっと変わった視点(意思決定)から,依存者の脳と心の問題に迫ってきた.一方,近年の目まぐるしい実験技術の進歩により,遺伝子発現を制御するための多種多様なウイルスベクターが開発された.細胞特異的に遺伝子を発現させ,その細胞・神経の活動をコントロールすることも可能となった.今ではウイルスベクターを用いた行動薬理実験が当然のように行われ,顕著で分かりやすい研究成果が発表されている.著者らもこの手法を用いて特定の脳領域の活動や細胞活性を操作した時の意思決定について検討してきた.本稿では,意思決定について概説するとともに,当研究室で行ったウイルスベクターを用いた意思決定・行動選択研究への応用について述べる.
著者
鈴木 岳之 都筑 馨介 亀山 仁彦 郭 伸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.6, pp.515-526, 2003 (Released:2003-11-20)
参考文献数
45
被引用文献数
12 14

グルタミン酸AMPA受容体は中枢神経系において速い興奮性神経伝達を担う重要なイオンチャネル型受容体である.この受容体は4つのサブユニットからなるテトラマーであり,その構成サブユニットはGluR1~4までの4種に分類され,さらにそれぞれがスプライシングバリアントを持つ.また,そのサブユニットのうちGluR2では,その第2膜親和性領域(イオンチャネルポアを形成する部分)にRNA編集によるグルタミンからアルギニンへの変換が生じている部位がある(Q/R部位).このアルギニンへの変換を受けた編集型GluR2サブユニットを構成成分に含むAMPA受容体はほとんどカルシウム透過性を持たないが(タイプ1受容体),含まないAMPA受容体は高いカルシウム透過性を示す(タイプ2受容体).受容体形成時には,このサブユニットの会合の段階でGluR2サブユニットを含むAMPA受容体の方が含まないものよりも形成されやすい調節を受けている可能性が示唆されている.また,各サブユニットの細胞内での輸送に関してもサブユニットにより異なる輸送機構が働いている可能性も明らかにされてきている.このようにAMPA受容体形成はサブユニット段階での種々の調節を受けていることが明らかとなってきている.タイプ2受容体がそのカルシウム透過性により神経脆弱性の発現に関与していることは知られているが,筋萎縮性側索硬化症の患者の脊髄運動神経においてはRNA編集が正常には行われず,Q/R部位がグルタミンのままのGluR2サブユニット(非編集型GluR2)が多く存在しており,その結果カルシウム透過型AMPA受容体が多く発現していることが明らかとなった.また,グリア細胞にはタイプ2AMPA受容体が発現しているが,ここに編集型GluR2を強制発現させるとグリア細胞の突起の退縮や神経膠芽腫細胞の増殖抑制などが観察された.このように,AMPA受容体は生体内において通常の興奮性神経伝達だけではなく,特にそのカルシウム透過性により神経機能や病態に深く関わっている可能性がある.
著者
斎藤 将樹 佐藤 岳哉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.153, no.3, pp.117-123, 2019 (Released:2019-03-12)
参考文献数
64

一次繊毛は細胞膜が突出して形成される不動性の繊毛で,一細胞につき一本のみ形成される.当初は細胞外に突出しているだけの静的な細胞小器官だと思われていたが,種々の研究成果により,細胞周期に依存して形成と短縮・消失を繰り返すダイナミックな性質をもつことが明らかとなってきた.一次繊毛は非常に短く表面積も小さいにもかかわらず,一次繊毛膜上には特異的に分布するGタンパク質共役型受容体,増殖因子受容体やイオンチャネルがあるため,選択的な生理活性物質や機械刺激を受容するシグナル受容器として働く.そのため,一次繊毛の形成異常や機能破綻は,小頭症,嚢胞腎,内臓逆位や多指症に代表される種々の臓器形成不全等を所見とする,先天性の遺伝子疾患「繊毛病」の発症につながる.繊毛病に対する有効な治療法は開発されていない.近年,一次繊毛の形成や機能の分子制御機構が解明されるにつれて,多種多様の分子が巧妙な機構によって一次繊毛の形成,シグナル伝達や短縮・消失のサイクルを制御することが明らかになり,一次繊毛の特殊性と重要性が理解されてきた.しかし,それら分子制御機構の全容解明には遠く及ばないのが現状である.繊毛病の病因解明のため,分子制御機構がさらに解明されることが必要であり,また将来,有効な治療法が薬理学研究を中心として開発されることが期待される.
著者
嶋澤 雅光 原 英彰
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.309-314, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
49

我が国の中途失明疾患には,緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症(age-related macular degeneration:AMD)および網膜色素変性症などがある.これらの失明性疾患の多くは網膜細胞の変性に起因することが知られている.しかしながら,それらの病態の機序については十分には解明されていない.一方,最近これらの眼疾患の一部とアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)との関連が指摘されている.すなわち,AD患者において網膜機能の低下,網膜神経節細胞の減少および視神経変性が高率に認められている.さらに,AD患者における緑内障の発症率が高いことが明らかにされた.ADは認知機能の低下,人格の変化を主な症状とする認知症の一種であり,その発症には脳内のアミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・蓄積が引き金となり,神経細胞の変性・脱落が惹起されると考えられている(アミロイド仮説).現在,本仮説に基づいてAD患者の脳内におけるAβの産生または蓄積を抑える様々な治療法が試みられている.最近,我々は緑内障および糖尿病網膜症患者の硝子体液中のAβ1-42の著明な低下およびタウタンパクの上昇を見出した.これらの変化はAD患者脳脊髄液中の変動と類似していた.また,AMDにおける唯一の前駆病変と考えられるドルーゼン中の構成成分としてAβが高頻度に存在することが報告された.これらの知見はこれらの網膜疾患とADの間に共通の病態発症機序が存在し,とくにAβが網膜疾患の病態に深く関わっている可能性を示唆している.本稿では網膜疾患のなかでADとの関連がとくに示唆されている緑内障および加齢黄斑変性症について,治療の現状とその病態の発症におけるAβの関与並びにアミロイド仮説に基づいた治療の可能性について概説する.
著者
蜂須 貢 市丸 保幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.5, pp.271-279, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
50
被引用文献数
4 3

1999年5月選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)フルボキサミン(デプロメール®)が欧米よりも10年以上遅れて我が国で初めて上市された.フルボキサミンは「うつ病」を適応症として,1983年より世界約80か国で承認されており,また「強迫性障害(obsessive compulsive disorder: OCD)」の適応に対しては,1994年米国で承認され,現在約30か国で承認されている.本薬は「うつ病およびうつ状態」に対しては従来の三・四環系抗うつ薬と同等の効果を有しており,また強迫性障害への適応は日本で最初のものである.これらの効果はセロトニン神経から遊離されたセロトニンの選択的な再取り込み阻害作用に基づくと考えられている.フルボキサミンは従来の抗うつ薬が持つムスカリン受容体,アドレナリンα1受容体,ヒスタミンH1受容体の遮断作用を持たず,口渇,排尿障害,めまい,立ちくらみ,眠気などの副作用を示さないので,コンプライアンスが良く,うつ病や強迫性障害の持続療法や維持療法に優れている.
著者
亀井 淳三 林 隼輔 大澤 匡弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.6, pp.429-433, 2008 (Released:2008-06-13)
参考文献数
24
被引用文献数
3 4

咳は痰を喀出するための反射である.咳のメカニズムは明らかにされていないことが多い.そのためにピンポイントに作用する薬剤がないのが現状である.現在までに明らかにされているメカニズムは複雑である.咳が出る現象について概略を説明すると,気道に炎症があったり,また分泌物が溜まったりすると排出させようとする反射が起きる,それが咳と考えられる.咳反射の中枢への伝達経路はAδという有髄線維によると考えられている.臨床的に鎮咳薬は,咳の末梢あるいは中枢内経路のどの部位を遮断することによって咳を抑制するかが問題となる.例えば,コデインのような中枢作用性の薬剤は咳のメカニズムの中で共通経路を遮断することより効果は大きい.しかし,本来止めてはならない咳も止めてしまう危険性がある.また,中枢抑制の薬剤であるため咳以外の中枢作用,眠気なども低下させる可能性を持つ.これらを考慮すると,中枢性の薬剤で咳を遮断することは好ましくなく,より選択的な手段で鎮咳をもたらすべきである.日本において,鎮咳剤と称されているものは中枢性の鎮咳剤しかない.薬理学的には末梢性鎮咳剤と呼ばれるものがあってしかるべきであるが,実際には認可されていない.その大きな理由としては,咳のメカニズムが明確に示されていなかったことが大きな理由であろう.本稿ではこれらの問題を解決する基礎的知見となるべき咳の咳反射の求心路であるAδ線維の興奮性調節機序,特にC線維を介した咳感受性亢進機序について概説したい.
著者
金井 隆典 渡辺 守 日比 紀文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.39-45, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
34

最近,潰瘍性大腸炎とクローン病の分子免疫学的な病態メカニズムが徐々に明らかにされるにつれ,従来の治療法とは異なった,より病態に特異的な治療法,サイトカインや免疫担当細胞に着目した治療法が開発,研究されるようになった.特に,抗TNF抗体によるクローン病治療に代表されるように,実際の臨床現場に応用され,優れた成績が報告されつつある.潰瘍性大腸炎とクローン病といった生涯にわたり治療を余儀なくされる疾患に対して,副作用が問題となる長期副腎皮質ステロイド投与に替わる,より効果的な治療法の開発は本病が若年で発症することを考え合わせ,社会的にも重要な問題である.免疫学の進歩の恩恵を受け,数年後の炎症性腸疾患治療は従来とは全く異なった新たな局面からの治療法が開発されることも考えられている.本稿では,現在までに明らかとされた炎症性腸疾患の免疫学的病態と,サイトカインに関連した知見に基づいた治療法の開発状況について概説した.
著者
植田 弘師 吉田 明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.1, pp.51-59, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
47

1976年にシグマ受容体はオピオイド受容体のファミリーに属するものとして明らかにされたが,その後分類のいきさつや生理機能が充分解明されなかった為,あまり注目されてこなかった.ところが最近,シグマ1受容体が学習記憶障害改善作用や抗うつ作用,さらには神経細胞保護作用など高次脳神経機能に関連していることが多数報告されるようになり選択的シグマ1受容体アゴニストが新しい治療薬として注目されるようになってきた.これと並行して,膜1回貫通型シグマリガンド結合タンパク質のアミノ酸配列が報告され,また一方で脳シナプス膜におけるGタンパク質連関型シグマ受容体存在の証明などを機にこれまで未知な点が多かったシグマ受容体研究が急速な発展を遂げつつある.さらに,神経ステロイドの即時型反応(non-genomic action)にこのシグマ受容体が関連することが明らかになり,様々な行動薬理,神経化学的性質をシグマ化合物と共有することが明らかになってきた.神経ステロイドの血中濃度と高次脳機能との関連が報告されはじめ,今後,シグマ受容体関連化合物が神経ステロイド機能調整薬として応用されることが期待されるであろう.