著者
松井 広
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.2, pp.64-68, 2016 (Released:2016-08-01)
参考文献数
27

光遺伝学は,開発当初から,主に脳神経細胞に適用されてきた.しかし,光遺伝学のアイディア自体は,どんな細胞の光制御にも応用可能である.多種の細胞が形作るネットワークを,何らかの信号が行き交うことで,多細胞生物である我々は,ひとつの個体として,整合性のある活動を行っている.本稿では,脳内グリア細胞に光遺伝学を適用した例を紹介する.また,光遺伝学は,細胞内pH操作のツールとしても活用できる.私たちの研究を通して,細胞内pH変動から始まるシグナル・カスケードの重要性が明らかになってきた.本稿の後半では,脳内において,細胞内pHが変動する要因,また,pH変動が及ぼす効果について,これまでの先行研究をまとめて総説する.
著者
阿部 正義 清水 直美 柴田 和彦 桂木 猛
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.116, no.supplement, pp.88-93, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
12

気管支喘息の病態での補体活性化の関与を検討した。能動感作ラットに抗原(OA)と共に補体活性化産物であるアナフィラトキシンC5aを気管内投与すると、即時型反応に引き続いて持続的な気道抵抗の上昇を認めた。同時に胆汁中の Cysteinyl-Leukotrienes の主要な代謝物であるN-Ac-LTE4を測定するとOAとC5aの同時刺激により持続的に肺での Cysteinyl-Leukotrienes 産生の増加が認められた。一方、能動感作ラットにOAを反復曝露することにより気道粘膜下組織に好中球を中心とした著明な炎症性細胞浸潤と遅発型の気道反応をおこす実験モデルを作成した。肺組織を抗C5a受容体抗体で免疫染色すると、浸潤した好中球並びに肺胞マクロファージにその発現が認められた。次に、補体系をその上流(C3およびC5転換酵素レベル)で阻害する、二種類の抗補体剤(nafamostat mesilate (Futhan) 並びに sCR1)で前処置してから抗原を曝露すると、いずれも遅発型反応を抑制したがsCR1の方がより強く抑制した。病理組織学的にも反復抗原曝露による炎症性細胞浸潤はsCR1前処置により著明に抑制された。またC5a受容体拮抗剤で前処置すると遅発型気道反応並びに気道粘膜下への細胞浸潤はともに抑制された。更に、sCR1前処置により補体系を阻害したラットに抗原とともに微量の C5a des Arg を気管内に投与すると遅発型気道反応並びに気道粘膜下組織への炎症性細胞浸潤の両方を再現することができた。一方、Interleukin-8ファミリーに属する Cytokine-induced neutrophil chemoattractant-1 (CINC-1) は C5a des Arg の100倍濃度まで使用しても有意の作用は認められなかった。以上より、反復する抗原・抗体反応により産生される気道内の微量C5aが一部の喘息の病態を重症化していると考えられ、抗補体剤、殊にアナフィラトキシンC5a受容体拮抗剤は新規の抗喘息薬に成り得る可能性が示唆される。
著者
斎藤 祐見子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.1, pp.34-38, 2007 (Released:2007-07-13)
参考文献数
35

Gタンパク質キメラを利用したアッセイ法により,オーファン受容体SLC-1に対する内在性リガンドをラット脳から精製し,メラニン凝集ホルモン(MCH)であることを同定した.MCHは魚類の体色変化を引き起こす一方,哺乳類では視床下部外側野に著しく局在し,摂食行動に深く関与することが知られていた.このように注目される鍵分子でありながらもMCH受容体の正体は謎であった.本受容体の発見により,様々な遺伝子改変動物が作製され,また,選択的アンタゴニスト開発および行動薬理学的解析が大きく進展した.この結果,MCH系は摂食/エネルギー代謝の他に,うつ不安行動にも関与することが強く示唆されている.MCH受容体は創薬創出の有望な標的分子となりつつある.
著者
曽我 史朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.1, pp.9-14, 2013 (Released:2013-01-10)
参考文献数
13
被引用文献数
1

天然物由来の生理活性物質(Geldanamycin,Radicicol)の生理活性メカニズムを,酵母やがん細胞を使ったバイオロジーを組み合わせて解析していくことによって,heat shock protein 90(Hsp90)が重要な抗がん薬標的であることが明らかにされてきた.Hsp90は,がんの増殖・生存に関わる多くの“クライアントタンパク質”の機能維持に必須であり,Hsp90阻害によってこれらクライアントタンパク質の機能をマルチに阻害することによって種々のがん細胞に対して抗腫瘍活性を示す.Hsp90阻害薬の臨床応用はGeldanamycin誘導体で先行して実施されてきたが,それらとは全く異なる骨格を持つ新規Hsp90阻害薬KW-2478を創製し臨床試験が進んでいる.本報ではHsp90が抗がん薬標的として発見されてきた経緯,新規Hsp90阻害薬KW-2478の研究開発,およびHsp90阻害薬開発の現状等について紹介する.
著者
神庭 重信
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.3-7, 2006 (Released:2006-08-29)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

あらゆる疾患の原因は,遺伝子と環境とで説明できる.たとえば,交通外傷は環境が,血友病のような遺伝子疾患は単一遺伝子が原因である.そしてがん・糖尿病・高血圧などの生活習慣病の発症には遺伝子と環境による同程度の寄与が推定されている.精神疾患の多くは,これら生活習慣病に類似しており,遺伝子の影響と環境の寄与がほぼ同程度であると考えられている.環境が精神疾患の発症に関与するとして,それには大きく二つの関わり方がある.一つは,精神疾患の発症脆弱性を作る環境ストレスであり,他は精神疾患の発症の誘因としてのそれである.発症脆弱性の形成に関わるストレスとして問題になるのは,幼弱期の環境である.胎児期から幼少時期,脳が発生・発達しつつあるとき,脳は環境への感受性が高く,かつ好ましい環境を強く必要とする.たとえば胎児期であれば,妊娠中の母親の受けるストレスが脳発達に影響することが知られている.また幼少時期であれば,親子関係を中心とする家庭環境の影響は極めて大きい.同じ遺伝子を共有する一卵性双生児でも,形質に違いが見られ,統合失調症や双極性障害で不一致例がみられる.これは一卵性双生児のおかれたおなじ生活環境でも,個々人のユニークな体験が重要であることを意味する.さらに言えば,発症に予防的に作用する環境もあれば,促進的に作用する環境もあるだろう.本稿前半では,環境と遺伝が精神疾患にどのように関わっているのか,その最新の知見を説明し,後半では,心理的ストレスが脳の微細構造,なかでも海馬の錐体細胞の萎縮あるいは神経新生に影響を与えることの実験的証拠を紹介する. 本特集は,万有生命科学振興国際交流財団主催のセミナーを元にしたものです.
著者
島崎 敦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.4, pp.250-254, 2006 (Released:2006-10-13)
参考文献数
33
被引用文献数
1 1

視神経障害を伴い視野が欠損していく緑内障の治療は,眼圧下降点眼薬または手術によって危険因子となる眼圧を長期に渡りコントロールすることが基本となっている.そのため,眼圧下降点眼薬は緑内障治療において非常に重要な役割を担っている.既存の眼圧下降点眼薬は作用機序により,副交感神経作動薬,交感神経作動薬,交感神経遮断薬,プロスタグランジン系薬および炭酸脱水酵素阻害薬に分類され,複数の薬剤を併用する場合は,それぞれの薬理作用が相殺されないような組み合わせで用いられる.現在,これまでとは異なる新規な作用機序を有する眼圧下降点眼薬として線維柱帯作用薬が開発されている.また,米国では薬物治療の新しいアプローチとして,障害を受ける視神経を直接保護する視神経保護薬が開発されている.今後,緑内障患者のQOLをこれまで以上に高める薬剤の開発が望まれるが,そのためには多因子疾患である緑内障の病態を解明し,緑内障病態をより反映した動物モデルを確立するとともに,そこで得られた知見から新しい薬剤ターゲットを見出すことが課題となっている.近年の遺伝子解析技術の発展に伴い,緑内障病態が更に解明されていくことを期待したい.
著者
石黒 茂 西尾 晃 宮尾 陟 森川 嘉夫 竹野 一 柳谷 岩雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.90, no.3, pp.141-146, 1987 (Released:2007-02-23)
参考文献数
24
被引用文献数
1

マグネシウム(Mg)欠乏飼料で幼若ラットを飼育すると脾臓のヒスタミン含量が著明に増加する.この増加したヒスタミンがどのような細胞に含まれているのかを明らかにする目的で組織学的観察を行った.Mg欠乏飼料(0.001%Mg)で幼若ラット(平均体重50g)を飼育すると,8日目には脾臓の腫大がみられ,対照ラットの約2倍の重量を示し,ヒスタミン含量は約30倍に増加した.エポキシ樹脂包埋の厚切標本の光学顕微鏡観察により多数の顆粒細胞が観察された.電子顕微鏡観察では,核の形態と顆粒の電子密度から好中球および好酸球が鑑別されるが,この二種類の細胞以外に,数個から20数個の顆粒を含有する細胞が観察された.この細胞の顆粒の大きさは肥満細胞の約2倍(1μmを越える)に達するものも認められた.遊離脾臓細胞をギムザ染色すると,Mg欠乏ラットでは,対照ラットでは観察されなかった好塩基性骨髄球および好塩基球の出現が観察された.これらの細胞内にはo-phthalaldehydeと反応して黄色の螢光を示す顆粒が散在して認められた.一方,腹腔肥満細胞を同様にo-phthalaldehydeと反応させると黄色の螢光を示す顆粒は密に存在しており,好塩基性細胞のものとは異なっていた.以上の成績より,Mg欠乏ラット(Mg欠乏8日目)脾臓のヒスタミン含量増加には,好塩基球の増加が関与していることが示唆された.
著者
服部 裕一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.152, no.1, pp.10-15, 2018 (Released:2018-07-11)
参考文献数
21

ヒスタミンは,生体内において,炎症,アレルギー反応,胃液分泌,神経伝達など,多岐にわたる生理活性作用を有し,これら作用はGタンパク質共役型ヒスタミン受容体を介して引き起こされるが,これまでにH1,H2,H3,H4の4種類のヒスタミン受容体が同定されている.1990年代の終わりから,次々と,これらヒスタミン受容体を欠損させた,あるいはヒスタミン合成酵素であるヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)を欠損させた,ヒスタミン関連遺伝子のノックアウトマウスが開発され,ヒスタミンの新たな生理的,病態薬理学的役割が見出されている.敗血症は,高齢者人口の増加,悪性腫瘍や移植時の化学療法などによる免疫機能の低下,多剤耐性菌の出現などにより,症例数は増加の一途をたどり,現在においてもなお高い死亡率を有している.現在,敗血症は,感染に対する制御不能な宿主反応による生命に関わる臓器不全と定義されるようになったが,急性肺傷害をはじめとする敗血症性臓器不全の発症・進展機構は,未だ十分に理解されていない.敗血症病態においてヒスタミンの血中レベルが上昇するという報告は古くから知られており,ヒスタミンが敗血症病態の修飾に関与し,ヒスタミンが敗血症による主要臓器の組織傷害の進展に寄与している可能性が想定される.本稿では,HDCノックアウトマウスと,H1およびH2受容体ダブルノックアウトマウスを用いて,盲腸結紮穿孔により多菌性敗血症にしたときの主要臓器における組織傷害の程度の,ヒスタミンが欠損している場合,そして,H1およびH2受容体が欠損している場合での修飾的変化について紹介し,敗血症性臓器障害におけるヒスタミンの役割について考察する.
著者
佐藤 幸治 東原 和成
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.5, pp.248-253, 2009 (Released:2009-11-13)
参考文献数
41
被引用文献数
2 3

動物の嗅覚器には,外界の匂い物質と結合する嗅覚受容体が発現している.下等な線虫から高等哺乳動物に至るまで,嗅覚受容体は7回膜貫通Gタンパク質共役型受容体ファミリーに属する.嗅覚受容体と匂い物質が結合するとGタンパク質経路が活性化され,下流の環状ヌクレオチド作動性イオンチャネルが開口する.ゲノムプロジェクトの進行により,昆虫でも嗅覚受容体は7回膜貫通構造をもつことが明らかにされた.したがって,Gタンパク質経路を利用した情報伝達機構は全ての動物において,匂い受容における共通の分子基盤であると考えられてきた.しかしながら最近,昆虫嗅覚受容体は昆虫種間で広く保存されているOr83bファミリー受容体と複合体構造をとり,この複合体にはGタンパク質経路とは無関係に,匂いで活性化されるイオンチャネル活性が備わっていることが明らかとなった.マラリアなどの虫媒性伝染病は,汗や体臭を通して放散される匂い物質に誘引された昆虫の吸血により感染する.虫除け剤には,嗅覚受容体複合体が構成するチャネル活性を阻害する作用があることも報告された.今後,このような吸血昆虫が媒介する感染症の一次予防の観点から,嗅覚受容体複合体の活性制御機構の解明は,虫除け剤開発における最重要ターゲットになると思われる.
著者
柳澤 輝行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.106, no.3, pp.157-169, 1995 (Released:2007-02-06)
参考文献数
57
被引用文献数
1 1

Studies performed to elucidate the inhibitory mechanisms of the hyperpolarization induced by K+ channel openers on the Ca2+ movements and force of contraction produced by either the stimulation of thromboxane A2 receptors or depolarization with high KCl have shown the following: When the plasma membrane is hyperpolarized by K+ channel openers, voltage-dependent Ltype Ca2+ channels are deactivated and the influx of Ca2+ is decreased, as is the case with the KCl-induced Call influx. The hyperpolarization of the plasma membrane also has other inhibitory effects on phospholipase C, a membrane-associated enzyme activity. The IP3 production and IP3-induced Ca2+ release from intracellular stores, which is related to the stimulation of the agonist receptors, are inhibited by the hyperpolarization of the plasma membrane by K+ channel openers. Recently, we showed that the Ca2+ sensitivity of the contractile elements was voltage dependent. Furthermore, membrane hyperpolarization induced by various K+ channel openers relaxed canine coronary arteries more profoundly than decreased [Ca2+]i. Thus, the membrane voltage may regulate intracellular enzyme activities, including contractile elements. Therefore, this new facet of signal transduction should be considered in the control of vascular tone. The evolutional relationships of various K+ channels are also discussed.
著者
喜多 富太郎 秦 多恵子 米田 良三 尾陰 多津子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.195-210, 1975 (Released:2007-03-29)
参考文献数
48
被引用文献数
58 52

環境温度の変動に対して生体機能はどのように対応するかについては未だ充分わかっていない.そこでわれわれは実験動物の環境温度条件をいろいろと変動させ,その影響を精査した.すなわち「マウス(またはラット)を午前10時から午後5時までは1時間毎に24°Cと8°C(または-3°C)を交互に,次いで午後5時から翌日の午前10時までは8°C(または-3°C)で飼育する」という環境温度リズムの変動(ARTと略)の条件下でマウスまたはラットを飼育した.このテストはマウスやラットを強度のストレス状態にした.そしてわれわれはこの強度のストレスを特異的なARTストレス(SARTストレスと略)と呼ぶことにした.SARTストレスマウスならびにラットでは体重増加がほとんど見られず,呼吸数および心拍数がわずかに増加し,QRS時間が延長した.SARTストレスマウスでは,Magnus氏法で調べた摘出十二指腸管のACh感受性は正常値に比べ著しく低下していた.SARTストレスラットの解剖所見では,脾の湿重量は正常値より軽かった.しかし,肺・心・肝・胃・腎および副腎のそれは正常値に近かった.これらの臓器を巨視的に観察すると,肺には赤褐色の斑点が,心室には肥大が,また胃粘膜内面には軽度の塵瀾と充血が認められた.次に皮膚電気反射(GSRと略)では,SARTストレスラットの皮膚電気抵抗値は正常ラットのそれより小さく,外部刺激によって誘発された抵抗値の変化は大きく,またその回復時間は正常ラットのそれより短かかった.以上の結果から,SARTストレスは一種の病態と考えられ,そして人間で温度の急変によって惹起されるストレス状態を代弁するに充分な理由を持っているといえよう。
著者
加門 淳司 山内 敏正 寺内 康夫 窪田 直人 門脇 孝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.4, pp.294-300, 2003 (Released:2003-09-19)
参考文献数
19
被引用文献数
12 15

脂肪組織の増加によりおこる肥満は,2型糖尿病,高脂血症,高血圧など,動脈硬化の原因となる代謝異常症候群の原因となる.そこでまず脂肪細胞分化に重要な役割を果たすPPARγの2型糖尿病,インスリン感受性に対する作用について検討をおこなった.PPARγヘテロ欠損マウスと,PPARγアゴニストを投与した糖尿病モデルKKAyマウスにおいて,高脂肪食負荷による脂肪細胞の肥大化とインスリン抵抗性惹起が抑制された.詳細な検討の結果,PPARγの高度活性化および中等度活性低下により脂肪細胞のサイズが小型化すると,TNFα,レジスチン,脂肪酸といったインスリン抵抗性惹起分子の発現·分泌が低下し,アディポネクチン,レプチンといったインスリン感受性改善分子の発現·分泌が増加していた.これらの変動により,骨格筋,肝臓内の中性脂肪含量が低下し,良好なインスリン感受性を獲得したと考えられた.続いてインスリン感受性改善分子アディポネクチンの抗糖尿病作用について検討を加えた.脂肪萎縮性糖尿病マウスやKKAyマウスといったアディポネクチンが消失もしくは低下しているモデルへのアディポネクチンの投与により,インスリン抵抗性·高中性脂肪血症が改善された.さらに,レプチン欠損により肥満·糖尿病をきたすob/obマウスとアディポネクチントランスジェニックマウスを交配したアディポネクチントランスジェニックob/obマウスでは,体重には影響が認められなかったが,インスリン抵抗性,糖尿病が改善された.アディポネクチンは骨格筋において脂肪酸燃焼を促進するPPARα,および脂肪酸燃焼と糖取り込みを促進するAMPキナーゼを活性化し,中性脂肪含量低下,糖取り込み活性化により,骨格筋におけるインスリン抵抗性を改善させる.肝臓においてもPPARαおよびAMPキナーゼを活性化することで,中性脂肪含量を低下させるとともに,AMPキナーゼ活性化を通じて肝糖新生関連酵素PEPCKおよびG6Paseの発現を低下させて肝糖新生を抑制し,肝臓におけるインスリン感受性を改善する.以上より,(1)PPARγは脂肪細胞の肥大化とインスリン感受性の制御に中心的な役割を果たしていること,(2)アディポネクチン経路の増強がPPARγヘテロ欠損マウスにおける良好なインスリン感受性の一因であること,(3)アディポネクチン経路の増強は,2型糖尿病や代謝異常症候群といった肥満を原因とする疾患に対する新規治療法の確立に結びつくこと,が明らかとなった.

2 0 0 0 OA 消化管毒性

著者
大石 裕司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.5, pp.373-377, 2008 (Released:2008-05-14)
参考文献数
7
被引用文献数
1

消化管とは口腔から肛門までの管状の器官を指し,消化吸収に関連する舌,各種の唾液腺,膵臓,肝臓,胆嚢を含めて消化器と称する.消化管の基本構造は,粘膜,筋層,漿膜の3層より成り,筋層内には脊髄に匹敵するほどのニューロンを有する腸管神経系を持ち交感・副交感神経を介して中枢神経と連携するとともに,粘膜に存在する多種類の神経内分泌細胞とその消化管ホルモンにより,微妙な制御がなされている.医薬品開発上の安全性試験で遭遇する消化管毒性の主な症状所見として悪心・嘔吐,排便異常,便の性状異常,鼓腸などがあり,何れも注意深い動物の観察が重要である.消化管毒性の組織変化としては,粘膜の出血,粘膜の損傷・再生,粘膜の欠損すなわちびらん・潰瘍,炎症,粘膜の萎縮,消化管の癒着,リン脂質・脂質やカルシウム塩の蓄積症などが剖検や病理組織検査で認められ,頻度は少ないものの増殖性の悪性腫瘍に至る変化も認められる.
著者
大場 雄介 津田 真寿美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.1, pp.13-17, 2011 (Released:2011-07-11)
参考文献数
17

下村脩博士によって,Aequorea victoria の発光器官から緑色蛍光タンパク質GFP(green fluorescent protein)が発見され,1992年にそのcDNAが単離されて以来,生細胞イメージングは生物学研究の必須ツールになっている.GFPはcDNAの細胞導入のみで,生理的環境下での目的タンパク質の局在や局在変化を可視化し,種々のカラーバリアントが入手可能な現在では複数のタンパク質の挙動の同時観察も可能である.また,フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET: Förster resonance energy transfer)や蛍光タンパク質再構成法(BiFC: bimolecular fluorescence complementation)等の技術を用いることで,個々のタンパク質の局在や動態のみならずタンパク質の質的変化,つまりタンパク質間相互作用・構造変化等の時間的・空間的な変化の解析も可能である.これらの手法は細胞内シグナル伝達のダイナミクスを解析するために,最も適したツールと言っても過言ではない.本稿では,蛍光イメージングの基礎や応用例の紹介と各実験系が持つ得失を比較し,それぞれの実験系が何を可視化するのに適しているかを議論したい.
著者
金丸 みつ子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.4, pp.177-182, 2017 (Released:2017-09-30)
参考文献数
31

閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は,睡眠中に気道閉塞とそれに伴う無呼吸/低呼吸を繰り返し起こす.それに伴う繰り返す低酸素/高炭酸ガス血症や中途覚醒は,メタボリックシンドロームや認知症や骨粗鬆症等を併発させ,心筋梗塞や脳血管障害のリスクを高め,日中の眠気から交通事故や労働災害を引き起こす.世界的にも罹患率の高い疾患であり,肥満度の低い日本人においても上気道の解剖学的特徴から罹患率は欧米並みである.軽症から中等症OSAS患者には,持続陽圧換気(CPAP)の治療適応がなく,薬物治療等の新たな治療法が求められているが未だ確立したものはない.多くのOSAS患者の上気道閉塞部位が咽頭気道であることから,その前壁を構成する頤舌筋の緊張の調節因子として,舌下神経核のセロトニン(5-HT)神経について研究が進んできている.舌下神経核の5-HT2受容体を介した頤舌筋の調節が報告されている.我々は,低酸素や高CO2換気・気道応答に対して舌下神経核と孤束核を含む背内側延髄の5-HT2受容体を介した作用を検討した.背内側延髄の5-HT2受容体活性の低下時に,低酸素刺激では反応初期に気道抵抗が増大し換気増大が遅れ,低酸素/高CO2刺激では反応初期の気道抵抗の増大や換気増大の遅れは消失していた.CO2換気・気道応答の結果と合わせて,背内側延髄の5-HT2受容体活性は速やかな低酸素換気・気道応答に重要であるが,CO2の存在により代償されることが示唆された.OSAS治療薬として期待されていた5-HT関連薬のミルタザピンは,臨床試験の途中で体重増加と眠気が大きな壁となった.最後に,OSAS治療薬としての5-HT関連薬の可能性について,上気道の開大性,中途覚醒の抑制,食欲の抑制の視点から考察した.
著者
榊原 巌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.5, pp.265-269, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
12
被引用文献数
4 6

漢方製剤が薬価に収載されてすでに30年以上が過ぎ,医療の現場においても漢方製剤が治療アイテムとして定着してきている.また,15改正日本薬局方において初めて6処方の漢方エキスが収載され,医療用医薬品の地位を固めつつある中,その品質保証の面で,科学の進歩に合わせたより高度な分析評価が望まれるようになってきている.一方,欧米においては補完代替医療(CAM)の考え方が定着し,多くのサプリメントが普及されるようになってきている.その中,アリストロキア酸含有生薬が配合された製品が引き起こした腎障害事例,エフェドラによる脳出血の事例など,ハーブによる様々な問題も表面化されるようになり,植物薬の品質管理面での社会的な要望が高まりつつある.米国FDAならびに欧州EMEAでは植物薬の品質評価として“フィンガープリント”を提唱している.この流れを汲み,漢方製剤の国際化も考慮し,“漢方製剤の3Dフィンガープリント評価法”を確立した.本評価法は原料となる生薬および製品である漢方製剤の双方の品質評価に有用であり,特に配合する生薬の品質が最終製品である漢方製剤の品質を左右することから,より均一な漢方製剤を提供するためには原料生薬レベルでの品質の安定化を図る取り組みが重要となる.またフィンガープリントによる同等性評価としての新たな試みとして,統計学的な手法を用いたパターン認識法による同等性の解析評価法を開発した.漢方製剤を高次なレベルで評価する取り組みが今後,益々重要視されてくる.
著者
倉石 泰
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.4, pp.160-164, 2012 (Released:2012-04-10)
参考文献数
69
被引用文献数
2

痒みは,皮膚表層の生体防御感覚であり,マスト細胞,ケラチノサイト,T細胞,一次感覚ニューロンなどが産生・放出するアミン,ペプチド,サイトカイン,プロテアーゼ,脂質メディエーターなど多種多様な因子が起痒因子となる.痒みの受容にTRPV1チャネルを発現する一次感覚ニューロンが重要な役割を果たす.すなわち,TRPV1チャネルは起痒因子による一次感覚ニューロンの発火に関与する.一次感覚ニューロンのガストリン放出ペプチドは脊髄後角における痒み信号の伝達に関わり,BB2ボンベシン受容体を発現する後角ニューロンは多様な痒み信号の入力を受ける.脊髄後角では下行性ノルアドレナリン作動神経がα-アドレナリン受容体を介して痒み信号の伝達を抑制する.脳および脊髄のμ-およびκ-オピオイド受容体も痒み信号の調節に関わる.
著者
鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.114, no.6, pp.365-371, 1999 (Released:2007-01-30)
参考文献数
12
被引用文献数
6 7

現在,覚せい剤を中心とする薬物乱用が大きな社会問題となってきている.それゆえに薬理学領域では医療上あまり有用性のない依存性薬物を世の中に出さないようにすること,一方医療上必要な薬物はその適正使用に努めること,依存形成機構の解明,依存症の治療薬の開発などが使命となってきていると考えられる.これらを行うには依存動物モデルを確実に,かつ安定して獲得する方法論を確立することが重要である.一般的に,薬物依存の形成においては精神依存がその基礎となる.そこで,本論文においては精神依存を予測する方法として最近広く使用されるようになってきている条件づけ場所嗜好性試験(CPP法)の考え方,方法論,注意点,応用,問題点などについて総括した.CPP法では薬物の報酬効果を非常に簡便に,かつ短期闘で評価できることから,近年数多くの薬物の報酬効果が検討されている.また,本法はこれまで最も信頼性の高い精神依存の評価法として用いられている薬物自己投与法での結果と良く対応することも明らかにされており,精神依存の評価,依存形成機構の解明や依存症の治療薬の開発などに広く応用されるようになってきている.一方,CPP法は薬物の報酬効果のみならず,薬物による嫌悪効果の評価にも応用することができる.嫌悪効果は薬物の有害作用につながる可能性があり,これらの点からも本法は医薬品の精神毒性などの研究にも応用できるものと考えられる.さらに本法は,感度の高い身体依存の評価法としても応用できる.このようにCPP法は非常に有用な方法であるため,実験を行うに当っての注意点や問題点を良く理解した上で有効に用いて行くことが望まれる.
著者
佐田 登志夫 水野 誠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.257-269, 2004 (Released:2004-10-01)
参考文献数
36
被引用文献数
5 4

オルメサルタン メドキソミル(オルメテック®)はプロドラッグタイプのアンジオテンシンII(AII)受容体拮抗薬(ARB)であり,消化管で吸収された後,速やかに脱エステル化を受け,活性体オルメサルタンに変換され薬効を示す.オルメサルタンはチトクロムP450系と相互作用せず,ヒトにおいてその約60%が肝臓から,約40%が腎臓から排泄される.オルメサルタンは,AII受容体のAT1サブタイプに対し強力かつ競合的な拮抗作用を示すが,AT2サブタイプには殆ど作用を示さず,AII受容体以外のホルモン受容体やイオンチャネルにも作用を示さない.摘出血管のAIIによる収縮反応の用量反応曲線は,オルメサルタンを前処置することにより,右方への移動は殆どみられず最大反応が大きく抑制される(insurmountable antagonism).また薬物除去後も収縮抑制作用が持続する.これらの現象は,オルメサルタンがAT1受容体に強固に結合することに起因する.ラットおよびイヌにおいて,AIIによる昇圧反応は,オルメサルタン メドキソミル経口投与後,強力かつ持続的に抑制される.これらin vitro,in vivoにおける本剤のAII拮抗活性は,類薬の中で最強の部類に属する.各種の高血圧モデル動物において,本剤は,持続的な降圧効果をもたらし心拍数や交感神経活性には殆ど影響を与えない.降圧作用以外に,本剤には心血管や腎臓の保護効果が動物モデルで観察されている.特に,心不全や腎不全を呈するモデルにおいては,本剤の投与により延命効果が示されている.臨床試験において,本態性高血圧患者でのオルメサルタン メドキソミルの降圧効果は,常用量で比較した場合,既存の類薬に比べ有意に優ること,副作用はプラセボ群と差がないことが示されている.これらの特徴を有するオルメサルタン メドキソミルは臓器保護効果の期待できる有用な降圧薬である.
著者
竹田 誠
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第93回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.2-ES-1, 2020 (Released:2020-03-18)

In December 2019 a pneumonia outbreak by the novel coronavirus, SARS-CoV-2, occurred in Wuhan City, China. The disease was named as COVID-19. Information on the SARS-CoV-2 genomic sequence was first released on 10 January 2020. We urgently started development of genetic diagnostic methods for SARS-CoV-2. On 14 January, soon after receiving the prototype designed primers, we have received the first clinical specimens suspected for COVID-19. We urgently started assessment of the primers and the laboratory diagnosis testing for SARS-CoV-2 in a parallel way. After the nightlong assessment/testing, the first COVID19 case in Japan was confirmed. The patient was a returnee from Wuhan. Until 22 January, we have established the nested RT-PCR diagnostic method/protocol for SARS-CoV-2, and urgently distributed the primer set/protocol to ~ 80 prefectural public health laboratories (PHLs) nationwide, because the Chun Jie holidays starts in China on 24 January and many Chinese tourists visit Japan. As we concerned, sporadic COVID-19 cases with an epidemiological linkage to Wuhan have detected in Tokyo, Aichi, Nara, Hokkaido, and Osaka prefectures after 24 January. Following the nested RT-PCR method, we have established the real-time RT-PCR diagnostic methods for SARS-CoV-2, and distributed the primer/probe set to ~ 80 PHLs on 30–31 January. However, the laboratory workload increased dramatically, because Japan has started to accept 829 returnees (15 were shown to be SARS-CoV-2-positive later) from Wuhan using government chartered flights on 29 January and screen ~3,500 passengers and crew (>600 were shown to be SARS-CoV-2-positive later) on a cruise ship quarantined in Yokohama for SARS-CoV-2. About one month and a half has passed, a significant number of COVID-19 cases via unknown infection route are currently detected in many prefectures in Japan (total 239 cases, as of 2 March 2020).