著者
鷲塚 昌隆 平賀 義裕 古市 浩康 泉 順吉 吉長 幸嗣 阿部 亨 田中 芳明 玉木 元
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.111, no.2, pp.117-125, 1998-02-01 (Released:2007-01-30)
参考文献数
32
被引用文献数
4 6

今回我々は,エタノールによるマウスの行動障害に対し,酵素阻害薬を用いてエタノールおよびアセトアルデヒドの関与と,蛋白加水解物である肝臓水解物の作用について検討した.さらに,エタノールあるいはアセトアルデヒドによるマウスの致死毒性およびラットの肝毒性に対する肝臓水解物の作用について検討し,以下のような結果を見いだした.1:エタノール5ml/kgの経口投与によって歩行および摂食に対する障害が認められた.2:これらの障害に対して,肝臓水解物は経口投与により用量依存的な改善作用を示した.3:アルコール脱水素酵素阻害剤の前投与によって肝臓水解物の改善作用に明らかな減弱が認められたが,アルデヒド脱水素酵素阻害剤の前投与では肝臓水解物の改善作用に影響は認められなかった.4:エタノール10m1/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は改善作用を示さなかった.一方,アセトアルデヒド1.8ml/kgを経口投与した時に生じる正向反射の消失および死亡に対し,肝臓水解物は用量依存的な改善作用を示した.5:アセトアルデヒド1.2ml/kgを1時間間隔で2回経口投与した時に認められる血清中のGPT活性の上昇に対し,肝臓水解物は抑制作用を示した.以上の結果から,肝臓水解物はエタノールにより引き起こされる毒性症状に対して改善作用を有し,これらの改善作用は主にアセトアルデヒドの毒性軽減に起因することが示唆された.
著者
小比賀 聡 笠原 勇矢
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.2, pp.100-104, 2016 (Released:2016-08-01)
参考文献数
21

核酸医薬は現在新たな創薬手法として注目を集めている.特に,標的遺伝子のmRNAに相補的な配列をもつオリゴヌクレオチドを用いて,その遺伝子の発現を抑制するアンチセンス法の研究開発は広く進められており,現在では数多くの医薬候補が臨床試験に進んでいる.アンチセンス核酸の特徴の一つには,標的遺伝子の配列情報があれば誰しも容易に設計できるという点があげられるが,その有効性を最大限に引き出すためには配列のデザインが非常に重要である.しかし,これまでのところ明確なデザイン戦略は知られておらず,試行錯誤に頼るところが大きい.本稿では,これまでの知見や我々独自の経験から,アンチセンス核酸の配列デザインの基本的な考え方や留意すべきポイントをまとめた.
著者
中藤 和博 原田 勝也 戸部 貴彦 山路 隆之 高倉 昭治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.3, pp.128-132, 2010 (Released:2010-09-13)
参考文献数
34

統合失調症は,幻覚,妄想などの陽性症状,自閉,感情鈍麻などの陰性症状および認知機能障害を主要症状とする代表的な精神疾患である.統合失調症の発症機序としてドパミン神経系機能亢進やグルタミン酸神経系機能低下の関与が示唆されている.現在,統合失調症の治療には,主にドパミン受容体に作用する薬剤が用いられているが,近年,さまざまな機序でグルタミン酸神経系を賦活する化合物の研究が精力的に行われている.これらのうち,特に注目されてきたのがNMDA受容体グリシンサイト賦活薬であり,このカテゴリーに含まれる化合物としてグリシン,D-セリン,グリシントランスポーター1阻害薬,D-アミノ酸酸化酵素阻害薬などが挙げられる.グリシンサイト賦活薬は,神経細胞死や痙攣を誘発せず,統合失調症の各種動物モデル,中でも既存治療薬が奏功しない認知機能障害モデルで効果を示すことから,既存の抗精神病薬を上回る薬剤になる可能性がある.現在までにグリシンサイト賦活薬の小規模臨床試験が多数実施され,治療効果を示すことが相次いで報告されている.中でも新規グリシントランスポーター1阻害薬であるRG1678は,第II相臨床試験での有効性が最近公表され,注目を集めている.グリシンサイト賦活薬が上市されれば,薬物療法の選択肢が増えるとともに,患者の社会復帰促進に貢献することが期待される.
著者
田辺 由幸 中山 貢一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.5, pp.337-344, 2004 (Released:2004-10-22)
参考文献数
27
被引用文献数
8 10

肥満は様々な循環器病や糖尿病などの生活習慣病の危険因子であり,その予防と解消は極めて重要である.肥満の解消には,エネルギー需給バランスの改善が第一であるが,一方で,痩身効果を期待した脂肪組織へ局所的マッサージなどは日常的に経験することである.このような脂肪組織の局所的な運動,例えば圧迫,伸展(ストレッチ),揺動などは,組織を構成する脂肪細胞への機械的な力学刺激になり得よう.『脂肪細胞に対して,力学刺激がどのような効果を示すのか?』意外なことに,この疑問について科学的に検証された例はこれまでにほとんど見あたらない.肥満は成熟・肥大化した脂肪細胞が増え過ぎることによる脂肪組織の過形成が原因である.その際には前駆脂肪細胞の増殖・分化と分化後の細胞の脂肪の蓄積による肥大化のいずれもが重要な位置を占めると考えられる.我々は,株化培養前駆脂肪細胞を用いたin vitro脂肪細胞分化系において,ERK/MAP-kinase系が伸展刺激により持続的に活性化されることにより,脂肪細胞の分化に重要な転写制御因子PPARγ2の量が減少し,成熟脂肪細胞への分化が強く抑制されることを明らかにした.この結果は,脂肪細胞に対して力学刺激を与えることの生理的意義として,脂肪組織における脂肪細胞の更新・再生(リニューアル)の抑制を示唆するとともに,既存薬物との併用も含めた力学刺激の生活習慣病への適用の可能性をも期待させるものと考える.
著者
谷口 敦夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.6, pp.330-334, 2010 (Released:2010-12-06)
参考文献数
20
被引用文献数
2 1

かつて日本では痛風はまれな疾患であった.しかし,現在では日本での痛風の有病率は欧米に匹敵する.高尿酸血症も成人男性の20~30%に達する.このように痛風・高尿酸血症は日常診療で遭遇することの多い疾患であり,充分なコンセンサスの得られた治療ガイドラインが必要である.そこで,2002年に日本痛風・核酸代謝学会は高尿酸血症・痛風の治療ガイドラインを作成し,標準的な治療法を示した.第2版は2010年1月に発刊され,第1版で示された高尿酸血症・痛風治療の基本を踏襲しつつ,第1版発刊以後の新たなエビデンスが加えられている.高尿酸血症には尿酸塩沈着による合併症と,尿酸塩の沈着が直接関連しない合併症がある.痛風は前者であり,このほかに痛風結節,痛風腎,尿路結石がある.一方,後者には生活習慣病あるいはメタボリックシンドロームがある.痛風では痛風発作と称される激しい関節炎や組織障害をきたす痛風結節が注目されがちである.しかし,痛風はあくまで高尿酸血症の合併症の1つであり,全身的な代謝異常としての認識が必要である.尿酸塩の組織沈着という観点から,高尿酸血症は血清尿酸値7.0 mg/dlを超える場合と定義されているが,第2版では最近の疫学調査の結果も重視し,血清尿酸値7.0 mg/dl以下であっても血清尿酸値が上昇する場合には生活習慣病のリスクが高まることに留意すべきであることが加えられた.一方,高尿酸血症・痛風の治療においては,基礎療法として生活指導が重要である.薬物治療では痛風関節炎(痛風発作)の治療と高尿酸血症の治療を区別する必要がある.高尿酸血症の治療については,痛風あるいは痛風結節の有無・高尿酸血症に伴う合併病態の有無・高尿酸血症の程度を考慮して治療方針を立てていく.このガイドラインが,高尿酸血症・痛風の臨床において有効に活用されることを期待する.
著者
六反 一仁
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.1, pp.15-20, 2003 (Released:2003-01-28)
参考文献数
26
被引用文献数
4 4

熱ショックタンパク質(HSP, heat shock proteins)は,種々のストレスに反応して細胞内にすばやく合成され,ストレスに対して強力な抵抗力を誘導する.このHSPの臨床応用を目指した研究が始まってから10年以上が経過した.この間,HSPの構造と機能の解析が進み,HSPは,ストレス応答に加え分子シャペロンと総称される機能を介して,細胞内タンパク質の品質管理,情報伝達,さらには,細胞外タンパク質としての機能まで,多岐にわたる役割をもつことが明らかにされた.HSPのなかでも,強力な細胞保護作用を誘導するストレス誘導性Hsp70を安全に,選択的に誘導する化合物として,geranylgeranylacetone(GGA)が登場した.GGAは日本で最も多く服用されている胃粘膜保護薬であるが,胃以外の臓器でも,脳,心臓,肝臓,小腸をはじめその効果が動物実験で報告されている.また,国内外でのGGA研究の広がりを通じて,新しい薬理作用も明らかにされつつある.例えば,チオレドキシンや抗ウイルス遺伝子の発現を誘導する作用も報告された.さらに,分子シャペロンの新しく発見された機能に関連して,例えば,小胞体ストレスやfolding diseasesと総称される細胞内の異常たんぱく質の蓄積を主体とする疾患においても,GGAの有効性を検証する必要がある.これからの課題として,例えば,小胞体シャペロンのように,特定の場所で特定の標的タンパク質と相互作用する分子シャペロンをターゲットにした薬剤の開発も魅力的な研究課題と思われる.こうした情勢を踏まえ,分子シャペロン誘導剤の第1号として登場したGGAの現状と問題点を解説し,新たな分子シャペロン誘導剤の可能性について解説した.
著者
津田 敏彦 今田 和則 水口 清
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.1, pp.55-63, 2008 (Released:2008-07-14)
参考文献数
54
被引用文献数
2

イミキモド・クリーム剤(販売名:ベセルナクリーム5 %)は,米国の3M Companyで開発された外用剤で,本邦初の尖圭コンジローマ治療薬である.イミキモドは,細菌やウイルスの構成成分を認識し免疫応答を賦活化するトール様受容体(TLR)のひとつであるTLR7に対してアゴニスト活性を示す.イミキモドは,直接的にはウイルスの増殖抑制作用を示さないが,単球あるいは樹状細胞に発現するTLR7に作用してIFN-α,TNF-αおよびIL-12などのサイトカイン産生を促進し,主としてIFN-αの作用によりウイルスの増殖を抑制する.また,イミキモドにより産生が促進されるIFN-α,TNF-αおよびIL-12などのサイトカインはT細胞を活性化し,活性化T細胞から産生されるIFN-γなどのサイトカインを介して細胞性免疫応答を賦活化する.尖圭コンジローマ患者を対象とした臨床薬理試験において,イミキモド5 %クリームの塗布により疣贅部位のヒトパピローマウイルス-DNA量の減少,IFN-α,TNF-α,IFN-γおよびIL-12のp40サブユニットの各mRNA量の増加が認められた.以上から,イミキモド5 %クリームは塗布部位において各種サイトカインの産生を促進し,ウイルス増殖の抑制および細胞性免疫応答の賦活化によるウイルス感染細胞傷害作用により,疣贅を消失させると考えられる.国内および海外で実施された尖圭コンジローマ患者を対象とした臨床試験において,イミキモド5 %クリームの1日1回,週3日,最大16週間塗布により疣贅の消失あるいは縮小が認められた.本邦では,これまで尖圭コンジローマの治療には外科的療法が用いられてきたが,イミキモド・クリーム剤は外科的療法と比較して侵襲が少なく,有用な治療薬として期待される.
著者
鳥越 香織 中山 直樹 阿知和 宏行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.154-161, 2016
被引用文献数
1

<p>近年,多発性骨髄腫では新規薬剤が開発され,治療成績が向上している.しかし,現在のKey drugであるプロテアソーム阻害薬ボルデゾミブおよび免疫調整薬(Immunomodulatory drugs:IMiDs<sup>®</sup>)レナリドミドの2剤に治療抵抗性・不応性になった患者に対する有効な治療選択肢は極めて限られており,新たな薬剤が求められている.ポマリドミドは,米国セルジーン社が創製したサリドマイド,レナリドミドに続く新規のIMiDs<sup>®</sup>であり,主作用として直接的殺腫瘍作用,免疫調整作用,骨髄微小環境への作用を示す.また,経口カプセル剤のため,骨髄腫患者にとって治療に伴う負担が軽く,利便性が高い.非臨床試験からは,in vitroでは同じIMiDs<sup>®</sup>のレナリドミド耐性株においても腫瘍増殖抑制やアポトーシス促進が示され,in vivoではレナリドミドと交差耐性を示さないことが確認された.ポマリドミドの標的は442個のアミノ酸から成るセレブロン(Cereblon:CRBN)であり,CRBNは催奇形性の主要な原因因子であることが分かっている.最近の研究結果から,このようなCRBNを介したIMiDs<sup>®</sup>の作用機序が解明されている.臨床においては,米国で行われた第Ⅰ/Ⅱ相試験(MM-002)でデキサメタゾンとの併用効果が認められ,欧州で行われた第Ⅲ相試験(MM-003)でデキサメタゾンとの併用によりボルテゾミブおよびレナリドミド抵抗性の患者にも有効性が確認された.本邦では2012年より日本人対象の治験を開始した.日本人再発難治骨髄腫患者を対象とした第Ⅰ相試験(MM-004)では,ポマリドミドの薬物動態学的パラメータは海外試験の結果と類似し,安全性プロファイルも同様であった.再発難治骨髄腫日本人患者でのデキサメタゾンとの併用におけるポマリドミド4 mgの有効性および安全性については,後の第Ⅱ相試験(MM-011)にて確認された.2014年6月には希少疾病医薬品の指定を受け,海外での臨床試験成績および国内臨床試験の結果を踏まえ,2015年3月に「再発又は難治性の多発性骨髄腫」に対する製造販売承認を取得した.ポマリドミドは,レナリドミドやボルテゾミブによる治療にもかかわらず再発・進行した難治性の多発性骨髄腫に有効な薬剤であり,骨髄腫疾患領域のアンメット・メディカル・ニーズを満たす画期的な新薬である.なお,本剤は催奇形性を有する可能性があるため,レブラミド<sup>®</sup>・ポマリスト<sup>®</sup>適正管理手順(Revmate<sup>®</sup>:レブメイト)の下での使用が承認条件として定められている.</p>
著者
吉田 隆雄 幸田 健一 中尾 進太郎 大山 行也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.2, pp.106-114, 2015
被引用文献数
1

ニボルマブ(遺伝子組換え)[商品名:オプジーボ<sup>®</sup>点滴静注20 mg,100 mg,以下ニボルマブ]は,ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体であり,「根治切除不能な悪性黒色腫」を効能・効果として,2014年9月より世界に先駆けて日本で発売された新たな免疫チェックポイント阻害薬である.非臨床試験において,ニボルマブは,ヒトPD-1の細胞外領域に特異的に結合し,PD-1とPD-1リガンド(PD-L1およびPD-L2)との結合を阻害した.また,ニボルマブは抗原刺激によるヒトT細胞の増殖およびIFN-γ産生を増強し,悪性黒色腫患者T細胞を用いた悪性黒色腫抗原ペプチド再刺激系においては,腫瘍抗原特異的CD8陽性T細胞およびIFN-γ産生細胞を増加させ,ヒト悪性黒色腫細胞に対するCD8陽性T細胞の細胞傷害活性を増強した.さらに,ニボルマブは各種抗原を接種したサルの細胞性および液性免疫応答を増強し,抗マウスPD-1抗体4H2は,マウス同系担がんモデルにおいて腫瘍組織中の免疫関連遺伝子の発現量を増加させ,抗腫瘍効果を示した.このようにニボルマブは,PD-1とPD-1リガンドとの結合を阻害し,抗原特異的なT細胞の増殖,活性化およびがん細胞に対する細胞傷害活性を増強することで抗腫瘍効果を示すことから,悪性腫瘍に対する新たな治療薬になると考えた.臨床試験において,悪性黒色腫患者を対象とした国内第Ⅱ相試験にて有効性,安全性および忍容性が確認されたことから,ニボルマブは悪性黒色腫の有用な治療薬となりえることが示された.本試験結果を踏まえ,2013年12月に製造販売承認申請を行い,2014年7月にニボルマブは世界初の抗PD-1抗体として製造販売承認を取得した.現在,様々ながん腫に対するニボルマブの臨床試験が実施されており,今後ニボルマブが,がん治療の選択肢を広げるものと期待される.
著者
曽良 一郎 福島 攝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.373-377, 2005 (Released:2005-08-01)
参考文献数
8

近年ノックアウトマウス作製技術の向上に伴い,多くの研究室でノックアウトマウスを保有し,様々な表現型解析,行動解析が行われている.ノックアウトマウスの入手法には作製,提供,購入の3通りの手段がある.いずれかの方法でノックアウトマウスを所有した場合,実験計画に合わせてマウスを繁殖させ,飼育していかなければならない.繁殖,飼育にはいくつか注意点があり,例えば成長障害のあるマウスでは死亡数をいかに減らすかが効率よく実験を進める上で重要となる.成長したノックアウトマウスを実験に使う場合,マウスの遺伝型判別が前提となり,正確な個体識別が必須となる.また実際に実験を進めていく上で,マウスの遺伝背景や環境因子にも注意しなければならない.本稿では,ノックアウトマウスを用いた研究を行っていくための,マウスの繁殖・飼育方法や個体識別法,行動解析を行う上での注意事項などを,筆者らの経験をもとに紹介する.
著者
鈴木 操
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.320-324, 2007 (Released:2007-05-14)

遺伝子改変マウス(トランスジェニックマウス,ノックアウトマウス)の作製および使用は,遺伝子組換え実験(注1)の動物使用実験(動物作成実験)に該当するので,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(注2)(以下,カルタヘナ法)が適用される.このカルタヘナ法は「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書」(注3)(以下,カルタヘナ議定書)の的確かつ円滑な実施を確保することを目的としている.すなわち,遺伝子改変マウスの作製および使用は,生物多様性への悪影響を防止するために,環境中への拡散を防止しつつ行われなければならない.具体的なルールは「研究開発等に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令」(注4)(以下,研究開発二種省令)などに規定されている.遺伝子組換え実験の手続きは,実験責任者が,執るべき拡散防止措置があらかじめ定められているかどうかを確認の上,実験計画書(機関内実験)または大臣確認申請書(大臣確認実験)を作成し,所属機関内の遺伝子組換え実験安全委員会等に申請して,承認または確認を得なければならない.カルタヘナ法に違反した場合には,最も重いもので,1年以内の懲役もしくは100万円以内の罰金またはこれの併科とされているので,実験者は,事前にカルタヘナ法を熟知して実験を行わなければならない. 注1)遺伝子組換え実験:遺伝子組換え技術により得られた核酸またはその複製物(組換え核酸)を有する遺伝子組換え生物等の使用等をいう. 注2)遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律 注3)生物の多様性に関する条約のバイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書 注4)研究開発等に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令 注1,2,3,4)の詳細は,文部科学省ホームページを参照. http://www.lifescience-mext.jp/bioethics/anzen.html#kumikae
著者
豊田 淑江 森田 育男 室田 誠逸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.107, no.3, pp.99-107, 1996 (Released:2007-02-06)
参考文献数
54

Angiogenesis, a process of new blood vessel formation, is an integral part of development, wound repair and tumor growth. The formation of capillary networks requires a complex series of cellular events, in which endothelial cells locally degrade their basement membrane, migrate into the connective tissue stroma, proliferate at the migrating tip, elongate and organize into capillary loops. In response to angiogenic stimuli, endothelial cells in culture develop networks of capillarylike tubes. In this paper, we showed the relationship between angiogenesis and diseases, the assay systems of angiogenesis and the reports of angiogenesis published recently.
著者
岡村 信行 谷内 一彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:13478397)
巻号頁・発行日
vol.131, no.5, pp.333-337, 2008-05-01

生体内分子の非侵襲的画像化をめざした分子イメージング法が様々な分野に応用されているが,アルツハイマー病(AD)研究においては特徴的病理像である老人斑を描出するアミロイドイメージング技術が近年,大いに発展を遂げている.アミロイドイメージングは,人口の高齢化とともに急増するADを早期発見する検査として,さらには脳内Aβの沈着過程をモニタリングする新たな薬効評価系として,診断・治療評価の両面から強く期待されている.アミロイドの検出法としては,PET,SPECT,MRI,近赤外光イメージングなどを用いた手法が提案されているが,PETを用いた方法が現在の主流である.PETを用いたイメージングでは,老人斑への結合選択性に優れたプローブ開発が成功のカギを握る.プローブはアミロイドβタンパクへの高い結合親和性に加えて,高い脳血液関門透過性と正常組織からの速やかなクリアランスが要求される.これまでにプローブの候補化合物が数多く開発され,Thioflavin-T誘導体である[<sup>11</sup>C]PIBや[<sup>18</sup>F]FDDNP,[<sup>11</sup>C]BF-227などのプローブが実用化されている.これらのPETプローブを用いたアミロイドイメージングでは,ADの臨床診断を受けた大多数の患者の大脳皮質で集積異常を示す.またADの病前段階に相当する軽度認知障害(MCI)の過半数の症例も異常集積がみられ,将来のADへの進行を予測する指標となる.また健康成人の中にも異常所見を認める者が一定数存在する.これらは無症候段階でのアミロイド沈着を検出している可能性が高く,発症前診断へ向けたエビデンスの蓄積が求められる.本検査のさらなる普及をめざし,<sup>18</sup>F標識PETプローブやSPECT用プローブの開発が進められている.<br>
著者
三部 篤
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.6, pp.256-259, 2012 (Released:2012-06-11)
参考文献数
18

低分子ストレスタンパク質(heat shock protein: HSP)の遺伝子変異(点変異,欠損変異など)は,筋原線維性ミオパシー(myofibrillar myopathy: MFM)などの神経筋疾患,白内障などの眼疾患,遺伝性末梢性運動性ニューロパシー(distal hereditary motor neuronopathy: HMN)およびシャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease: CMT病)などの神経変性疾患の原因であることが知られている.しかし,低分子HSP変異を原因とするそれぞれの疾患の詳細な病態発症機序は明らかではない.低分子HSP異常により発症する疾患の病態解明とその治療法の開発を目的として,心筋特異的α-Bクリスタリン点変異体(120番目アルギニン→グリシン)トランスジェニック(TG)マウスなどのような変異低分子HSPを発現している遺伝子改変マウスが作製されている.それら作製された病態モデルを解析した結果,主な疾患原因としては遺伝子変異によって発生した変異低分子HSPタンパク質自体が変性タンパク質として細胞内に蓄積し,ミトコンドリア障害や細胞死を介して病態発症に関与(gain of function)していることが明らかとなっている.また,これら低分子HSP関連疾患モデルを用いて,疾患治療の試みも盛んに行われている.
著者
徳田 久美子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.3, pp.173-176, 2006 (Released:2006-09-14)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

統合失調症治療薬(抗精神病薬)には,ほぼ全てに共通してドパミンD2受容体拮抗作用があり,ドパミン神経機能の異常に基づく病態モデルにおいて,各種の行動異常を抑制する.このようなD2受容体拮抗作用は,臨床における幻覚,妄想等の陽性症状改善に寄与すると考えられている.しかし,D2受容体に選択的な拮抗薬では,重篤な運動障害である錐体外路系副作用(EPS)や内分泌系副作用を誘発しやすい点が問題とされたため,最近では,EPSが軽減された非定型抗精神病薬による治療が主流となっている.非定型抗精神病薬の多くは,D2受容体拮抗作用に加えて,セロトニン5-HT2受容体拮抗作用を有し,感情鈍磨や自発性欠如等の陰性症状にも有効とされる.一方,抗精神病薬による過度の鎮静・血圧降下等の副作用には,アドレナリンα1受容体やヒスタミンH1受容体に対する拮抗作用が関与すると言われる.現在,NMDA受容体機能低下仮説に基づく非ドパミン系の薬剤や,認知機能改善に焦点を当てた薬剤も開発が進められており,今後の動向が注目される.
著者
清水 孝彦 白澤 卓二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.138, no.2, pp.60-63, 2011 (Released:2011-08-10)
参考文献数
18
被引用文献数
1

加齢と共に変動し,老化や加齢を予測できる因子を老化バイオマーカーと位置付けている.これまでに,性ホルモンのエストロゲンやテストステロンが知られている.Insulin-like growth factor-1やビタミンDなどの成長因子やビタミンも加齢性の変動を示す.カロリー制限アカゲザルの研究からdehydroepiandrosterone sulfate,インスリン,体温の変化が長期縦断研究の加齢性変化データと一致することが判明し,注目されている.さらに最近では,生活習慣病と強くリンクする成分も加齢性変化を示すことが明らかとなった.高齢社会を迎えた現在において,現在の健康状態や老化状態を客観的に評価する老化バイオマーカーの利用価値は高まっている.
著者
杉本 佳奈美
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.2, pp.64-68, 2014 (Released:2014-08-10)
参考文献数
23

高コレステロール血症治療薬である胆汁酸吸着剤は,市販後調査データあるいは臨床試験で2 型糖尿病患者の高血糖改善や体重低下の成績が得られてきており,その新規薬効に注目が集まっている.作用機序については様々な説が提唱されているものの,十分に解明されていない.今回我々は高脂血症およびインスリン抵抗性を呈する高脂肪食負荷apoE3-Leiden transgenic マウスを用いて,胆汁酸吸着剤コレスチランのインスリン感受性増強作用・体重低下作用およびその作用機序について検討した.コレスチランの8 週間混餌投与により体重,脂肪組織重量,血中コレステロールが低下し,肝脂質合成および糞中への脂質排泄が増加した.一方糖代謝に対して,コレスチランは血中グルコースおよびインスリンを低下させ,クランプ試験において末梢のインスリン感受性を増大させた.標識脂肪酸のinfusion 試験によりコレスチランは胆汁中への脂肪酸由来コレステロールおよびリン脂質の排泄を増加させることが見出された.以上の結果から,コレスチランは糞中への胆汁酸,コレステロール,リン脂質の排泄により,肝臓での脂質合成を増加させ脂肪組織の脂肪酸を動員させることにより,内臓肥満の改善および末梢インスリン感受性を増加させることが示唆された.胆汁酸吸着剤は,肥満,インスリン抵抗性および2 型糖尿病の新たな治療薬となる可能性が考えられる.すでに市販されている薬剤の臨床データから得られた新規知見を活用して新たな薬効・作用機序を見出していくことは,新規創薬ターゲット発掘において有用な研究戦略の一つとなりうると考えられる.
著者
新井 裕幸 倍味 繁 田原 俊介 伊藤 晋介 中原 夕子 守本 亘孝 小林 伸好 板野 泰弘 山口 高史 丹羽 一夫 関 二郎 志垣 隆通 中村 和市
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.144, no.3, pp.126-132, 2014 (Released:2014-09-10)
参考文献数
2
被引用文献数
1

医薬品の研究開発において,動物試験は新薬候補物質のヒトでの安全性および有効性を予測するために非常に重要なものである.また,3Rs(Replacement,Reduction,Refinement)の観点からも,より効率的に新薬候補物質の評価を行うことが必要である.このような理由から,疾患モデル動物には高い精度,再現性,ヒトへの外挿性を有することが求められている.日本製薬工業協会 医薬品評価委員会 基礎研究部会では,これまでの医薬品開発に貢献した疾患モデル動物について把握するとともに,今後の疾患モデル動物の開発に資することを目的として,加盟企業を対象にアンケート調査を行った.調査票では,これまでに新薬の開発等で使用した疾患モデル動物,使用によって得られた成果,使用の際に苦労した点および当該疾患モデル動物について改善されるべき点を尋ねた.さらに,今後期待される疾患モデルに関して意見を求めた.アンケートの回答は62 社中31 社から得られた.その結果,これまでに様々な疾患を対象とした医薬品の開発に多様な疾患モデル動物が使用されており,その多くの事例で疾患モデル動物の使用によって目的とする疾患に対する新薬候補物質の有効性が確認されていた.すなわち,新薬開発における疾患モデル動物の有用性と意義が改めて示された.使用の際に苦労した点としては,試験方法の至適条件の設定や疾患モデル動物作製の困難さ等に関する意見が多かった.各疾患モデル動物の改良すべき点としては,動物福祉の観点から動物に与えるストレスレベルのさらなる軽減,ヒトの病態や発症機序への類似性,薬効のヒトへの外挿性,ばらつきの程度,データの精度・再現性,モデル作製に要する手術等の高度な技術を必要としない簡便性が挙げられた.将来的な期待としては,ヒトの病態をより正確に反映した,外挿性の高いモデルの開発を期待するとの意見が多かった.本稿では,これらの調査結果の詳細を報告するとともに,動物試験および疾患モデル動物の役割,ならびに今後の展望について考察を加えた.
著者
木山 博資
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.5, pp.210-214, 2013

持続的なストレスは恒常性の維持機構を破綻させ,精神的あるいは器質的な障害を引き起こす.慢性的なストレスなどによって引き起こされると考えられている慢性疲労症候群や線維筋痛症などの機能性身体症候群に属する疾患の病態生理を明らかにするために,私たちは比較的類似した症状を呈するモデル動物の確立をめざしている.いくつかの慢性ストレスモデルのなかで,ラットの低水位ストレス負荷モデルは比較的安定した慢性的複合ストレスモデルであり,睡眠障害や疼痛異常など,機能性身体症候群の代表的な症状を示す.このモデルを用いて,脳や末梢臓器の組織的な変化を検討したところ,視床下部での分子発現の変化が起点となって,下垂体の一部に細胞レベルで器質的な変化が起こることが明らかになった.中間葉ではメラノトロフの過剰活動と細胞死,前葉ではソマトトロフの分泌抑制と萎縮が見られた.これらの変化は全て視床下部での分子発現の変化が引金となっていた.また,視床下部以外にも海馬での神経新生も影響を受けていた.この他,胸腺などの免疫系の臓器も影響を受けており,恒常性の維持機構である神経,免疫,内分泌系の臓器に細胞や分子レベルでの多様な変化が生じていた.これらの知見の解析は,今まで器質的な変化が明確に検出されていない機能性身体症候群の診断マーカーの確立や,疾患の分子メカニズムの解明に繋がると期待される.
著者
福島 哲郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.1, pp.11-14, 2010 (Released:2010-07-09)
参考文献数
25
被引用文献数
2

要約:アルツハイマー病(AD)は進行性の神経変性疾患であり,アミロイドβ(Aβ)やタウの凝集・蓄積に起因する神経変性が病態に関与すると考えられている.T-817MAは,神経栄養因子様作用を有する低分子化合物であり,ADの進行抑制と症状改善を目指す治療薬として,現在北米で臨床試験が進められている.T-817MAは,培養ラット神経細胞において神経突起伸展を促進し,Aβが誘発する神経細胞死を抑制した.また,AD病態モデルとして知られているラット脳室内Aβ持続注入モデルにおいて,Aβ持続注入4週目にみられる認知機能の低下に対してT-817MAは抑制作用を示した.さらに,Aβ持続注入8週間後からT-817MAの投与を開始した場合でも低下した認知機能を回復させた.一方,病理学的観察においてもT-817MAはAβ持続注入による海馬歯状回領域の神経細胞変性を抑制し,神経新生の減少を回復させることが確認された.これらの結果により,T-817MAは神経保護効果に加え,神経ネットワークを再構築することにより症状を改善する効果を有すると示唆された.また,ヒト変異タウ(P301L)トランスジェニックマウスにおける海馬歯状回領域のシナプトフィジンの低下を抑制し,認知機能の低下を改善するなど,T-817MAの神経保護効果の作用メカニズムは,軸索変性に対する抑制作用が関与していることが示唆されている.以上より,T-817MAはADの進行を抑制し,認知機能を回復させる治療薬として期待される.