著者
池田 孝則
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.6, pp.527-538, 2003 (Released:2003-11-20)
参考文献数
35
被引用文献数
33 39

イベルメクチン(ストロメクトール)は放線菌Streptomyces avermitilisの発酵産物アベルメクチン類から誘導された半合成の環状ラクトン経口駆虫薬である.イベルメクチンは線虫Caenorhabditis elegans(C. elegans)の運動性を濃度依存的に阻害した.C. elegansの膜標本には,イベルメクチンに高親和性の特異的結合部位が存在し,イベルメクチン類縁体のこの結合部位に対する親和性とC. elegansの運動抑制作用の間には,強い正の相関が認められたことから,イベルメクチンの抗線虫活性には,本部位に対する結合が重要であることが示唆された.C. elegansのpoly(A)+RNAをアフリカツメガエルの卵母細胞に注入すると,イベルメクチンにより不可逆的に活性化されるクロライドチャネルの発現が確認された.本チャネルの薬理学的性質から,イベルメクチン感受性のチャネルはグルタミン酸作動性クロライドチャネルであることが示された.このグルタミン酸作動性クロライドチャネルについては,2つのサブタイプ(GluCl-αおよびGluCl-β)がクローニングされ,それらがグルタミン酸作動性クロライドチャネルを構成していることが示唆された.以上の結果からイベルメクチンは,線虫の神経又は筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロライドチャネルに特異的かつ高い親和性を持って結合し,クロライドに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極を引き起こし,その結果,線虫が麻痺を起こし死に至るものと考えられた.ヒツジおよびウシの感染実験において,イベルメクチンは,Haemonchus,Ostertagia,Trichostrongylus,Cooperia,Oesphagostomum,あるいはDictyocaulus属に対し,投与量に依存した強い駆虫効果を示した.糞線虫属Strongyloidesに感染したイヌ,ウマおよびヒトに対しても,駆虫活性が報告されている.本邦における第III相試験では,糞線虫陽性患者50例を対象に本剤約200 µg/kgが2週間間隔で2回経口投与された.投与4週間後に実施された2回の追跡糞便検査による駆虫率は98.0%(49/50例)であった.
著者
田中 喜秀 脇田 慎一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.4, pp.185-188, 2011 (Released:2011-04-11)
参考文献数
13
被引用文献数
21 16

ストレス適応障害,うつ病,慢性疲労症候群など,精神的ストレスに起因する疾病が社会問題化している.ストレス診断やメンタルヘルス対策では,問診や質問表という心理面からのストレス評価が中心であり,ストレスや疲労の定量化・指標化が強く求められている.ストレス研究の歴史は古いが,ヒトを対象とした被験者実験の多くは,急性の精神的ストレスを対象に実施されてきた.慢性ストレスや精神的疲労の研究が精力的に行われるようになったのは最近のことであり,ストレスと疲労のバイオマーカーとして確証が得られたものはまだ存在しない.そこで,ストレス評価法の現状を紹介するとともに,指標として期待されるバイオマーカー候補を紹介する.
著者
西田 清一郎 土田 勝晴 佐藤 廣康
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.3, pp.140-143, 2015 (Released:2015-09-10)
参考文献数
31
被引用文献数
2 1

ケルセチン(quercetin)は代表的なフラボノイドのひとつで,有益なフィトケミカルとして食品では玉葱やワインに,また多数の漢方生薬に含まれている.臨床上,抗動脈硬化作用,脳血管疾患の予防,抗腫瘍効果を発揮することが知られている.ケルセチンは強い血管弛緩作用を表し,多様な作用機序が解明されているが,まだ不明な点も多く,現在議論の余地が残っている.我々はケルセチンの血管緊張調節作用を研究してきたが,ラット大動脈の実験から血管内皮依存性弛緩作用,血管平滑筋に対する複数の作用機序(Ca2+チャネル阻害作用,Ca2+依存性K+チャネル活性作用,PK-C阻害作用等)を介して,血管弛緩作用を発揮していることを明らかにしてきた.また,ラット腸間膜動脈の実験から,ギャップジャンクションを介したEDHF(血管内皮由来過分極因子)による血管弛緩作用も示すことを解明した.本稿では,ケルセチンの血管弛緩作用機序の総括と今後の研究課題をまとめた.
著者
木山 博資
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.5, pp.210-214, 2013 (Released:2013-11-11)
参考文献数
11
被引用文献数
1

持続的なストレスは恒常性の維持機構を破綻させ,精神的あるいは器質的な障害を引き起こす.慢性的なストレスなどによって引き起こされると考えられている慢性疲労症候群や線維筋痛症などの機能性身体症候群に属する疾患の病態生理を明らかにするために,私たちは比較的類似した症状を呈するモデル動物の確立をめざしている.いくつかの慢性ストレスモデルのなかで,ラットの低水位ストレス負荷モデルは比較的安定した慢性的複合ストレスモデルであり,睡眠障害や疼痛異常など,機能性身体症候群の代表的な症状を示す.このモデルを用いて,脳や末梢臓器の組織的な変化を検討したところ,視床下部での分子発現の変化が起点となって,下垂体の一部に細胞レベルで器質的な変化が起こることが明らかになった.中間葉ではメラノトロフの過剰活動と細胞死,前葉ではソマトトロフの分泌抑制と萎縮が見られた.これらの変化は全て視床下部での分子発現の変化が引金となっていた.また,視床下部以外にも海馬での神経新生も影響を受けていた.この他,胸腺などの免疫系の臓器も影響を受けており,恒常性の維持機構である神経,免疫,内分泌系の臓器に細胞や分子レベルでの多様な変化が生じていた.これらの知見の解析は,今まで器質的な変化が明確に検出されていない機能性身体症候群の診断マーカーの確立や,疾患の分子メカニズムの解明に繋がると期待される.
著者
尾上 浩隆
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.112, no.6, pp.343-349, 1998-12-01 (Released:2007-01-30)
参考文献数
14
被引用文献数
3 5

Prostaglandin (PG)s D2 and E2 are the major arachidonic acid metabolites in the mammalian brain. PGD synthase, the enzyme that produces PGD2 in the brain, is mainly localized in the arachnoid membrane and choroid plexus. It is secreted into the cerebrospinal fluid and circulates in the brain through the ventricular system. PGD2 induces sleep by acting on the surface of the ventro-medial region of the rostral basal forebrain, the signal of which is probably transmitted into the brain parenchyma by adenosine via adenosine A2a receptors. Fos expression experiments suggest that PGD2 inhibits histaminergic arousal neurons of the tuberomammillary nucleus (TMN) in the posterior hypothalamus by activating inhibitory neurons in the ventrolateral preoptic area (VLPO). However, PGE2 causes wakefulness by activating arousal neurons in the TMN via AMPA type excitatory amino acid receptors. Therefore, PGD2, acting as a sleep-inducer, and PGE2, acting as a wakefulness-promoter, jointly regulate the generation of sleep and wakefulness in the mammalian brain.
著者
有田 秀穂
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.99-103, 2007 (Released:2007-02-14)
被引用文献数
3 5 1

ストレス状態は視床下部・下垂体・副腎皮質軸および交感神経アドレナリン系の亢進に特徴づけられる.ストレスを緩和させるには,これらの制御系の働きを逆転させる必要がある.ストレス回避や安静・睡眠は消極的な方法である.一方,積極的な制御系の逆転は,涙を流すことである.流涙は,脳幹の上唾液核にある副交感神経の過剰な興奮によって誘発される.ドラマを見たり,心理療法を受けて,涙が溢れるとき,共感に関与する内側前頭前野において,特徴的な血流変化が認められる.予兆としての緩やかな血流増加と,それに続く一過性の急峻な血流増加がある.後者が出現すると,激しい涙と泣きが継続し,一時的に自己制御できなくなる.自律神経のバランスは,覚醒状態にありながら,極端な副交感神経の興奮状態にシフトする.この時,POMS心理テストでは混乱の尺度が著明に改善し,すっきり爽快の気分が現れる.すなわち,ストレス緩和の神経回路の存在が予想される.このデータを笑いのデータと比較し,涙の効用を議論する.
著者
吉成 浩一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.5, pp.285-288, 2009 (Released:2009-11-13)
参考文献数
12

薬物動態学的な相互作用の多くは代謝に関連したものであり,その大半はチトクロムP-450(CYP)の酵素阻害に基づくものである.CYPの阻害様式は,1)複数の基質による競合阻害,2)薬物の窒素を含む複素環がCYP活性中心のヘム鉄に配位することによる非特異的阻害,3)反応性に富む代謝物がCYPと複合体を形成することで不可逆的に酵素を不活性化する阻害,に大別される.CYP阻害に基づく相互作用は,治療効果の変化や重篤な副作用の発現に繋がることがある.したがって,より安全な医薬品の開発には,代謝に関わるCYP分子種の同定と共に,CYP阻害作用が欠かすことのできない評価項目となっている.本稿では,CYPの阻害様式と阻害に基づく相互作用の発現機序について,具体例を挙げて解説するとともに,創薬における相互作用評価法について簡単に紹介する.
著者
秦 多恵子 伊藤 栄次 西川 裕之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.1, pp.13-20, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
48
被引用文献数
5 5

ストレスによって誘発される不安について,その誘因ストレス,生物学的背景の違いによる不安への感受性・不安レベルの相異,関連する脳内物質の動きなどを中心に以下の項目を述べた.(1)はじめに:どんなに小さなストレス刺激であっても生体はそれに反応し,各種内在性物質の量的変化や代謝回転の変化を生じる.またストレス状況下で誘発されるであろうマイナス情動の1つに不安がある.(2)不安はストレスにより誘発されうる:環境温度リズムの急変に基づくSARTストレスや,拘束ストレスなどによって生ずる異常行動が抗不安薬によって改善されるなど,ストレスと不安が関係しているという間接的な事例と,高架式十字迷路でオープンアームへの進入回数,探索時間等を測定することにより,不安との関係を直接求めた各種拘束ストレスやSARTストレスの実験例を示した.(3)不安レベルは受ける側のコーピング・ストラテジーにより異なる:Fischer 344系およびLewis系ラットでは雄性は十字迷路のオープンアーム上に全く進入しない.Wistar系では高週齢ほど不安レベルが高い.また雄性の方が早い時期(低週齢)から不安レベルが高くなるなど,同じラットでも系統,性別,週齢,ファミリー等によってストレスから受ける不安レベルが異なる.(4)不安に関連する脳内物質のストレスによる変化:各種の拘束ストレスやSARTストレスにより脳内のCRF,NA,5-HT,DA,AChなどが変化し,この変化は抗不安薬によって改善する.(5)おわりに:ストレスに伴って現れる不安行動はいずれの1つの神経系に異常が生じても誘発される可能性がある.しかし,1神経系あるいは1物質の変化のみによるものではなく,それらのバランスが崩れた場合に不安を含む様々の異常が現われると考えられる.従って,この崩れたバランスを元に戻すように働くものが抗不安薬の候補となりうる.
著者
藤原 道弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.35-41, 2001-01-01
参考文献数
36
被引用文献数
7

大麻(&Delta;<SUP>9</SUP>-tetrahydrocannabinol:THC)は身体依存, 精神依存, 耐性を形成するとされているが, 他の乱用薬物より比較的弱い.このことは動物実験においても同様である.むしろ大麻の危険性は薬物依存より急性効果の酩酊作用, 認知障害, 攻撃性の増大(被刺激性の増大)が重要である.カタレプシー様不動状態の発現には側坐核や扁桃体のドパミン(DA)神経の他にセロトニン(5-HT)神経の機能低下が密接に関与しており大麻精神病の症状の緊張性や無動機症候群に類似している.この症状はTHCの連用によって軽度ではあるが耐性を形成し, THCの退薬後はカタレプシー様不動状態は直ちに消失する.一方, 攻撃行動の発現はTHC慢性投与の15日後に発現し, 退薬時は直ちに消失することなく20日間かけて徐々に消失する.これはヒトにおけるTHCの退薬症候の過程に類似している.THCによる異常行動の発現にはカンナビノイド(CB<SUB>1</SUB>)受容体を介したDAや5-HTの遊離が関わっており初期2週間はCB<SUB>1</SUB>受容体によるDA, 5-HTの遊離抑制が関与している.これに対し慢性投与になると, シナプス前膜のCB<SUB>1</SUB>受容体の脱感作によるDAや5-HTの遊離とシナプス後膜の感受性増大が同時に発現することが主な原因として考えられる.空間認知記憶障害は, 作業記憶障害であり, その発現にはCB<SUB>1</SUB>受容体を介し, 海馬へ投射しているACh神経においてCB<SUB>1</SUB>受容体を介したAChの遊離阻害が重要な役割を果たしている.これらの作用は報酬系や依存の形成の解明に役立つものと考えられる.
著者
前嶋 康浩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.3, pp.100-105, 2018 (Released:2018-03-10)
参考文献数
10
被引用文献数
4 4

心機能の維持にはオートファジーが最適なレベルに保たれていることが欠かせないが,その詳しい分子機序についてはいまだ解明されていない.私たちは,アポトーシスを誘導するキナーゼであるMst1にはオートファジーを阻害してタンパク質の品質管理システム機構を負に制御する機能があることを発見した.ストレスにより活性化されたMst1は心筋細胞においてオートファゴソームの形成を抑制し,p62の集積とアグリソームの蓄積を促進することや,Mst1はBeclin1のBH3ドメインにあるThr108をリン酸化し,Beclin1とBcl-2またはBcl-xLとの結合を強化してBeclin1のホモ二量体を安定化させることを見出した.その結果,Vps34複合体IのPI3キナーゼ活性が抑制され,オートファゴソームの形成が阻害されることを見いだした.実際に,心筋梗塞モデルマウスや拡張型心筋症患者における不全心筋において,心筋内のMst1活性が上昇してオートファジーを抑制し,心筋障害を惹起していることを示唆する所見が観察された.この他にもオートファジーが心保護効果を発揮する分子機序が次々と明らかになってきており,オートファジーによる心保護作用を活性化させる戦略は心不全に対する新規の薬理学的な治療標的として有望であると考えられる.
著者
曽良 一郎 福島 攝
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.1, pp.8-12, 2006 (Released:2006-08-29)
参考文献数
32
被引用文献数
5 2

注意欠陥・多動性障害(AD/HD:Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)における治療薬として使用されているアンフェタミンなどの覚せい剤の作用メカニズムについては十分に解明されていないが,覚せい剤がドパミン(DA)やノルエピネフリン(NE)などの中枢性カテコールアミンを増やすことから,ADHDへの治療効果が中枢神経系におけるカテコールアミン神経伝達を介していることは明らかである.モノアミントランスポーターは主に神経終末の細胞膜上に位置し,細胞外に放出されたモノアミンを再取り込みすることによって細胞外濃度を調節している.ドパミントランスポーター(DAT)は覚せい剤の標的分子であり,ADHDとの関連が注目されている.野生型マウスに覚せい剤であるメチルフェニデートを投与すると運動量が増加するが,多動性を有しADHDの動物モデルと考えられているDAT欠損マウスでは,メチルフェニデート投与により運動量が低下する.野生型マウスではメチルフェニデート投与後に線条体で細胞外DA量が顕著に増加するのに対して,DAT欠損マウスでは変化がなく,これに対して前頭前野皮質では,野生型マウスでもDAT欠損マウスでもメチルフェニデートによる細胞外DA量の顕著な上昇が起こった.前頭前野皮質ではDA神経終末上のDATが少ないためにDAの再取り込みの役割をNETが肩代わりしていると考えられており,メチルフェニデートは前頭前野皮質のNETに作用して再取り込みを阻害するためにDAが上昇したと考えられた.筆者らは,この前頭前野皮質におけるDAの動態が,メチルフェニデートによるDAT欠損マウスの運動量低下作用に関与しているのではないかと考えている. 1937年に米国のCharles Bradley医師が多動を示す小児にアンフェタミンが鎮静効果を持つことを観察して以来,注意欠陥・多動性障害(AD/HD:Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)におけるアンフェタミンなどの覚せい剤の中枢神経系への作用メカニズムについて数多くの研究がなされてきたが,未だ十分に解明されていない.覚せい剤がドパミン(DA)やノルエピネフリン(NE)などの中枢性カテコールアミンを増やすことから,ADHDへの治療効果が中枢神経系におけるカテコールアミン神経伝達を介していることは明らかである.健常人への覚せい剤の投与は興奮や過活動を引き起こすにもかかわらずADHD患者へは鎮静作用があることから,覚せい剤のADHDへの効果は「逆説的」と考えられている.本稿では覚せい剤の標的分子の一つであるDAトランスポーター(DAT)に関する最近の知見を解説するとともに,我々が作製したDAT欠損マウスをADHDの動物モデルとして紹介し,ADHDの病態メカニズム解明に関する近年の進展について述べる.
著者
安東 嗣修
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.5, pp.361-366, 2008 (Released:2008-05-14)
参考文献数
59
被引用文献数
2 3

多くの皮膚疾患でその主要な症状の一つとして「痒み」がある.痒みは,抑制できない場合には苦痛となり,痒みによる掻破が皮膚症状を悪化させる.したがって,掻痒性皮膚疾患では,痒みと掻破の抑制が重要な治療目標となる.これまでマスト細胞から遊離されるヒスタミンが,内因性の痒み因子として重要な役割を担っていると考えられてきたが,このような皮膚疾患の痒みには,H1ヒスタミン受容体拮抗薬が無効である場合が多い.このことは,マスト細胞―ヒスタミン系以外に痒みのメディエーターおよび,発生機序が存在することを示唆する.そこで,マウスを用いた痒みの評価系を確立し,様々な痒みのモデルマウスを用いた研究から,表皮ケラチノサイトが痒みのメディエーター(ロイコトリエンB4,トロンボキサンA2,ノシセプチン,一酸化窒素と過酸化水素)を産生・遊離することが明らかとなった.一酸化窒素を除くこれらメディエーターは,マウスへの皮内注射により痒み関連動作である注射部位への後肢による掻き動作を誘発し,一酸化窒素は,起痒物質の皮内注射によって惹起される掻き動作を増強した.また,ケラチノサイトから産生・遊離されたトロンボキサンA2やノシセプチンは,一次感覚神経への直接作用に加え,ケラチノサイトにもオートクライン的に作用し,痒みを増強する可能性を示した.ところで,一般的に,アレルギー性の痒みには,IgEが重要な役割を果たしていることが知られている.最近,高親和性IgG受容体が一次感覚神経に発現しており,一次感覚神経上での抗原-IgG複合体形成による直接作用に加え,神経終末からのサブスタンスPの遊離を介したケラチノサイトの活性化による掻痒反応発生機序の存在を明らかにした.いくつかの抗アレルギー薬や漢方薬の中には,ケラチノサイトに作用して鎮痒効果を示すものもある.このようにケラチノサイトは,痒みの誘導や増強に重要な役割を担っており,新たな鎮痒薬開発のターゲット細胞になるかもしれない.
著者
田ヶ谷 浩邦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.1, pp.42-46, 2007-01-01
被引用文献数
1 3

不眠はありふれた訴えであるが,その原因はさまざまで,睡眠薬以外の治療法が適切な不眠や,睡眠薬により悪化する睡眠障害があるため,薬物療法開始前に十分な鑑別が必要である.催眠作用をもつ薬物として,バルビツール酸系睡眠薬,非バルビツール系睡眠薬,ベンゾジアゼピン系睡眠薬,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬,抗ヒスタミン作用をもつ薬剤がある.慢性の非器質性不眠症に対して効果・安全性とも優れているのはベンゾジアゼピン系睡眠薬,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬である.健忘,転倒などの副作用や常用量依存の防止のため,1)治療目標を控えめに設定する,2)少量を毎日服用する,3)エタノールと併用しない,4)患者の自己判断で用量を変更しない,など服薬指導を行う.不眠への不安・恐怖感を緩和し,不眠を悪化させる習慣を是正するため,「眠くないのに無理に布団の中で過ごさない」など認知行動療法の併用が有効である.<br>
著者
川喜多 卓也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.5, pp.276-279, 2008 (Released:2008-11-14)
参考文献数
11
被引用文献数
3 3

漢方薬は様々なタイプに分類されるが,補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や人参養栄湯(にんじんようえいとう)のような補益剤(ほえきざい)は,西洋薬には同種のものが存在しない,その一つの分類である.補益剤は貧血,食欲不振,疲労倦怠,慢性疾患による体力低下などを伴う患者に使用されている.補益剤は免疫薬理作用を有していて,種々の病態改善作用の主要なメカニズムと考えられている.制がん剤投与や放射線照射したマウスにおいて,補中益気湯や人参養栄湯は,造血幹細胞の増殖を促進して,白血球減少症を回復させる.人参養栄湯は血小板や赤血球系前駆細胞の回復も促進する.一方,補中益気湯は腸管上皮間リンパ球からのインターフェロンγ産生によりマクロファージを活性化して細菌感染からマウスを守る.また,ヘルパーT細胞タイプ2を誘導する免疫をしたマウスの抗原特異的イムノグロブリンEやインターロイキン4産生を抑制する.この効果がアトピー性皮膚炎治療の有効性の根拠になっている.人参養栄湯は自己免疫異常の調節効果で自己免疫マウスを著しく生存延長する.その他,補中益気湯ではストレス負荷や幼若マウスでの感染抵抗性低下の改善作用,人参養栄湯の肝線維化や間質性肺炎の改善作用なども示されている.以上の様に補益剤は免疫のアンバランスにより感染,アレルギー,自己免疫などになり易い状態を修正する効果がある.
著者
門脇 知子 瀧井 良祐 馬場 貴代 山本 健二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.37-44, 2003 (Released:2003-06-24)
参考文献数
27
被引用文献数
4 4

グラム陰性偏性嫌気性細菌Porphyromonas gingivalis(ジンジバリス菌)は歯周炎の発症·進行において最重要視されている病原性細菌であり,菌体表面および菌体外に強力なプロテアーゼを産生する.なかでもジンジパイン(gingipains)は本菌の産生する主要なプロテアーゼであり,ペプチド切断部位特異性の異なるArg-gingipain(Rgp)とLys-gingipain(Kgp)が存在する.両酵素は相互に協力しながら生体タンパク質の分解を引き起こし,宿主細胞に傷害を与え,歯周病に関連する種々の病態を生み出すと考えられている.ジンジパインは歯肉線維芽細胞や血管内皮細胞の接着性を消失させ細胞死を誘導する.こうしたジンジパインの病原性は本菌の保有する病原性の大部分を占めており,それらの特異的阻害薬を用いることや遺伝子を欠損させることによって消失させることができる.ジンジパインは単量体として菌体細胞外に分泌されるだけでなく,外膜上では血球凝集素やヘモグロビン結合タンパク質,LPS,リン脂質と結合した高分子複合体としても存在する.この膜結合型ジンジパイン複合体は単量体よりさらに強力な細胞傷害活性を示す.ジンジパインは宿主に対して強い病原性を発揮する一方で,菌自身にとってはその生存増殖に不可欠であり,ジンジパイン阻害薬の存在下では本菌は増殖できない.最近,歯周病が心筋梗塞,早産·低体重児出産などの全身疾患のリスクファクターであることが指摘されるようになり,これら疾患とジンジバリス菌の関係も注目されている.本稿ではジンジパインの構造学的·病理学的特性と特異的阻害薬の開発によるその制御の試みについて紹介する.
著者
若狭 芳男 佐々木 幹夫 藤原 淳 飯野 雅彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.5-9, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
37
被引用文献数
1 1

薬物自己投与実験では,動物がレバースイッチを押すと静脈内あるいは胃内に留置されたカテーテルを介して一定量の薬液が体内に自動注入される方法が多く用いられ,アカゲザルおよびラットでの研究報告が多い.自己投与実験法により,薬物の強化効果の有無,強さおよび発現機序の研究が行われる.強化効果の有無は,自己投与回数の多寡によって判定されるが,自己投与回数は,自己投与の経路,静脈内への薬物注入速度,用量範囲,実験スケジュールなどの要因によって影響を受ける.すなわち,静脈内経路ではレバー押し行動に引き続き薬理効果が迅速に発現するため,胃内経路と比べて強化効果をとらえやすい.静脈内自己投与では,1回に注入される用量が同じでも注入速度を増すと摂取回数が増加する.強化効果を検索するための用量範囲は,弁別刺激効果もしくは何らかの中枢作用の発現用量などを目安に選定することが妥当と考えられる.Substitution proceduresでは比較的短期間に幅広い用量の強化効果の有無を検索できるが,ベースライン薬物がテスト薬物の自己投与に影響する場合がある.テスト薬物の自己投与を比較的長い期間観察する連続自己投与実験法では,強化効果の有無をより高い精度で検索できる.強化効果の強さを薬物の間で比較するための方法としては,比率累進実験法あるいは行動経済学の考え方に基づく需要曲線を用いる方法などが報告されている.強化効果の発現機序の検索には,特定の受容体のノックアウトマウスを用いた自己投与実験が行われている.自己投与実験期間中に発現する中枢作用の観察により,その薬物が乱用された場合の危険性を予測する参考情報が提供される.
著者
礒濱 洋一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.3, pp.115-119, 2014 (Released:2014-03-10)
参考文献数
6
被引用文献数
2

アクアポリン3(AQP3)は主に皮膚のケラチノサイトに存在する水チャネルであり,皮膚の保湿のみならずケラチノサイトの遊走にも関わることが示されている.従って,AQP3の発現を促進する薬物は皮膚疾患時の乾燥症状や外傷の治療薬としての応用が期待できる.我々は,種々の生薬についての検討から荊芥(ケイガイ)に著明なAQP3発現亢進作用を見出した.ケイガイエキスはこの本作用を通じて,in vitroでのケラチノサイト遊走能を促進するとともに,in vivoでも実験的に形成したマウスの創傷治癒を促進することが分かった.これらの作用は皮膚科領域で用いられる漢方方剤にケイガイが含まれる薬理学的意義を示唆するとともに,これらの漢方薬の作用を応用した新たな治療薬の開発の可能性を示している.
著者
富永 真琴
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.128, no.2, pp.78-81, 2006 (Released:2006-08-31)
参考文献数
16

カプサイシン受容体TRPV1は1997年にクローニングされ,感覚神経特異的に発現し,カプサイシンのみならず私達の身体に痛みをもたらすプロトンや熱によっても活性化される多刺激痛み受容体として機能することが,TRPV1発現細胞やTRPV1遺伝子欠損マウスを用いた解析から明らかにされた.さらに,TRPV1は炎症関連メディエイター存在下でPKCによるリン酸化によってその活性化温度閾値が体温以下に低下し,体温で活性化されて痛みを惹起しうることが分かった.このTRPV1の機能制御機構は急性炎症性疼痛発生の分子機構の1つと考えられている.TRPV1は消化管の感覚神経にも多く発現することが明らかになっているが,消化管では疼痛発生以外に粘膜保護などの消化管の生理的機能に深く関わることが明らかになりつつあり,それは長い歴史をもつトウガラシの消化管機能への影響に関する研究成果を説明する.TRPV1やTRPV1発現神経の消化管機能制御の詳細な作用メカニズムの解明が待たれている.
著者
芳野 滋
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.81-106, 1944-01-20 (Released:2011-09-07)
参考文献数
48
被引用文献数
3
著者
田中 光一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.6, pp.291-296, 2013 (Released:2013-12-10)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

グルタミン酸は,中枢神経系において主要な興奮性神経伝達物質であり,記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしている.しかし,その機能的な重要性の反面,興奮毒性という概念で表されるように,過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち,主要な精神疾患に関与すると考えられている.我々は,グルタミン酸の細胞外濃度を制御するグリア型グルタミン酸トランスポーターの機能を阻害したマウスを作製し,そのマウスに,自閉症や統合失調症で観察される脳形成異常と似た脳発達障害や社会行動の障害,強迫性行動,統合失調症様の行動異常が観察されることを発見した.さらに,統合失調症,うつ病,強迫性障害,自閉症など主要な精神疾患において,グリア型グルタミン酸トランスポーターの異常が報告されている.これらの結果から,我々は,主要な精神疾患の中に,グルタミン酸トランスポーターの異常による興奮性と抑制性のアンバランスが原因で発症する患者が一定の割合存在し,「グルタミン酸トランスポーター機能異常症候群」として分類できると考えている.グリア型グルタミン酸トランスポーターを活性化する化合物は,新しい抗精神疾患薬として有用であると期待される.