著者
舩田 正彦 青尾 直也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.128-133, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
1 1

薬物が示す多幸感および陶酔感を経験し,薬物乱用を繰り返すことにより「自己制御が困難になった生物学的状況」を薬物依存(drug dependence)という.薬物依存という概念は,薬物を欲求している状態にある「精神依存(psychological dependence)」と薬物が生体内に存在する状態に適応し,断薬すると退薬症候が生じる「身体依存(physical dependence)」に分類されている.薬物依存の本質は精神依存であり,動物実験においては動物が示す薬物摂取行動や報酬(reward)効果を解析することにより,薬物依存性を評価できると考えられる.薬物の精神依存性を評価する方法としては,薬物自己投与法(self-administration paradigm)が最も信頼性の高い方法として使用されている.また,条件付け場所嗜好性試験(conditioned place preference paradigm)は,薬物の報酬効果を評価する方法とされ,実験操作が比較的簡便で,短期間での依存性評価が可能であり広く使用されている.さらに,薬物摂取時の自覚効果を利用して,依存性薬物との類似性を解析する薬物弁別試験(drug discrimination paradigm)も行なわれている.本稿では,当研究部において実施している条件付け場所嗜好性試験を中心に,薬物の精神依存評価方法を概説する.その妥当性と問題点を踏まえ,薬物の依存性を評価するための依存評価システムの構築について考えてみる.
著者
笹 征史 西 昭徳 小林 和人 佐野 裕美 籾山 俊彦 浦村 一秀 矢田 俊彦 森 則夫 鈴木 勝昭 三辺 義雄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.215-225, 2003 (Released:2003-08-26)
参考文献数
29
被引用文献数
1 2

(第1章)大脳基底核回路は,運動制御,動作選択,報酬予測などの重要な脳機能を媒介する.神経伝達物質ドパミンはこれらの脳機能の制御において必須の役割を持つ.ドパミンの作用は,ニューロン活動の頻度の調節ばかりでなく,その活動のパターン形成にも関与する.ドパミンD2受容体を含有する線条体−淡蒼球ニューロンは,ドパミンに依存する運動協調作用において二重の調節的な役割を持つ.(第2章)ラット線条体のアセチルコリン性介在ニューロンへ入力するGABA性シナプス終末に存在するD2タイプ受容体活性化により,N型カルシウムチャネルが選択的に遮断され,GABA遊離が抑制される.また,このシナプス前抑制は,D2タイプ受容体とN型チャネルとの共役を保ちつつ,生後発達に伴い減弱する.大脳基底核関連機能と老化,関連疾患の発症年齢,新しい薬物治療といった臨床医学的見地からも興味深い.(第3章)中脳辺縁系ドパミン神経の起始部に相当する腹側被蓋野からドパミンニューロンを単離した後,細胞内遊離Ca2+濃度を測定し,orexin-A,methamphetamine,phencyclidineの作用を解析した.ドパミンニューロンはこれらの刺激に応答し,細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が認められた.ドパミン神経は精神·行動異常や睡眠·覚醒の制御に関与しており,その細胞分子機構として細胞内遊離Ca2+の増加およびCa2+チャネルの活性化が重要であると考えられる.(第4章)DARPP-32は線条体に選択的に発現し,ドパミン情報伝達の効率を制御するリン酸化タンパクである.DARPP-32はリン酸化される残基によりプロテインホスファターゼ1抑制タンパク(Thr34)やPKA抑制タンパク(Thr75)として作用する.グルタミン酸はイオン共役型NMDA/AMPA受容体や代謝型グルタミン酸受容体を介してDARPP-32リン酸化を調節しており,DARPP-32はドパミン作用とグルタミン酸作用を統合する分子機構として重要である.(第5章)我々は,統合失調症の病態発生と神経幹細胞の関係を検討している.これまでに得られた結果は次のようである.(1)成熟ラットの頭部にX線照射を行うと移所行動量が増大した.(2)統合失調症患者のリンパ球内では,very low-density lipoprotein receptor(VLDLR),leukemia inhibitory factor(LIF),LIF受容体のmRNA発現量が増加していた.(3)ドパミンD1受容体選択的作動薬は海馬歯状回の細胞新生を促し,統合失調症の陰性症状を改善した.
著者
木戸 博 Chen Ye 山田 博司 奥村 裕司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.45-53, 2003 (Released:2003-06-24)
参考文献数
16
被引用文献数
2 2

インフルエンザウイルスの生体内増殖に個体由来のトリプシン型プロテアーゼが必須で,ウイルスの感染性発現の決定因子になっている.最近このプロテアーゼ群の解明が進み,気道の分泌型プロテアーゼのトリプターゼクララ,ミニプラスミン,異所性肺トリプシン,膜結合型トリプシン型プロテアーゼ群が相次いで同定された.これらのプロテアーゼはそれぞれ局在を異にするだけでなく,ウイルス亜系によってプロテアーゼとの親和性を異にして,ウイルスの増殖部位と臨床症状を決めている.一方これらのプロテアーゼ群に対する生体由来の阻害物質の粘液プロテアーゼインヒビターや肺サーファクタントが明らかとなり,合わせて個体のウイルス感染感受性を決める重要な因子となっている.小児のインフルエンザ感染では,aspirin,diclophenac sodium服用時のライ症候群や,解熱剤を服用していない患者でも見られる急速な脳浮腫を主症状とする致死性の高いインフルエンザ脳症が社会問題になっている.インフルエンザ脳症発症モデル動物を用いた我々の研究から,このインフルエンザ脳症の原因として,インフルエンザ感染と共に脳血管内皮細胞で急速に増加するミニプラスミンが,血液脳関門の障害と血管内皮細胞でのウイルス増殖に,直接関与していることが明らかとなってきた.さらにミニプラスミンの血管内皮での蓄積を裏付けるミニプラスミンやプラスミンのレセプターが,発症感受性の高い動物の血管内皮で見いだされた.これらのことからインフルエンザ脳症は,発症感受性遺伝子,発症感受性因子の検索に研究の焦点が絞られてきた.本総説では,我々の研究を中心に最近の知見を紹介する.
著者
今井 由美子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学会年会要旨集 第93回日本薬理学会年会 (ISSN:24354953)
巻号頁・発行日
pp.2-ES-4, 2020 (Released:2020-03-18)

The respiratory virus infection COVID-19 caused by the new coronavirus SARS-CoV2 has been reported in China since December 2019. It has been reported that COVID-19 tends to be more severe in the elderly and in patients with underlying diseases including diabetes, heart disease, and chronic lung disease. In severe cases, patients require intensive cares including mechanical ventilation in the ICUs. So far, no biomarker that predicts the severity, or no therapeutic strategies to prevent the development of severe diseases has been established. Pathology of severe COVID-19 has two aspects: viral overgrowth and excess pulmonary inflammation. For the former, clinical trials using existing drugs such as remdesivir (nucleic acid drug), lopinavir/ritonavir combination drug (protease inhibitor), favipravir (polymerase inhibitor), and interferon (antiviral drugs) are being conducted in patients with severe COVID-19 in China. Furthermore the interest has been focused on immune globulin preparations enriched with pathogen-specific antibodies collected from the plasma of recovered patients. For the latter, clinical studies using tocilizumab (IL-6 receptor antibody) and ACE2 protein have been conducted with the purpose of reducing excessive inflammation of the lung. In addition, single cell analysis of immune cells and comprehensive repertoire analysis of TCR/BCR using patient blood are in progress overseas, which are useful to elucidate the mechanism of the severe disease progression and identify the useful biomarkers for it.
著者
野中 崇司 勝浦 保宏 杉山 浩通 宮城 文敬
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.4, pp.237-243, 2008 (Released:2008-10-14)
参考文献数
40
被引用文献数
1 1

オルベスコ®インヘラーは新規のプロドラッグ型ステロイドであるシクレソニドを主薬とする定量噴霧式エアゾール剤(pMDI)であり,本邦では初めての1日1回の用法による成人の吸入ステロイドとして承認された.本稿ではシクレソニドの非臨床成績および臨床成績について概説する.シクレソニドは肺に吸入された後,組織のエステラーゼによって活性代謝物である脱イソブチリル体(desisobutyryl-ciclesonide:des-CIC)へと変換される.des-CICは強力かつ特異的にグルココルチコイド受容体に結合し,既存薬に匹敵する抗炎症作用を有することがin vitroおよびin vivoの非臨床薬理試験で示されている.さらにシクレソニドの作用は持続的であることが肺細胞を用いた検討で示されており,そのメカニズムとして細胞内滞留性を有する脂肪酸抱合体の形成による可逆的な代謝経路の関与が示唆された.オルベスコ®インヘラーは完全溶解型の製剤であるために,デバイスから噴射されるエアロゾルは1μm程度の微細粒子の割合が高く,末梢気道まで効率よく到達する.そのため,本剤の効果は末梢気道にまで及ぶと考えられる.その一方で,薬剤の口腔沈着率が低いことからカンジダ症や嗄声などの局所副作用の低減が期待される.また,シクレソニドはdes-CICとしての消化管からの生物学的利用率が低いこと,全身循環に移行した場合においてもタンパク結合率が高いために遊離型薬物濃度が低いこと,さらに肝臓で速やかに代謝不活性化されることなどの特性により,全身性副作用の軽減も期待できる薬剤である.これらの特性に基づいて国内外で臨床試験を実施した結果,1日1回の用法で喘息患者の呼吸機能,症状,QOLが改善されること,および長期の安全性に問題がないことが確認された.現在,吸入ステロイドは国内外で喘息の薬物治療の第一選択薬とされているが,本邦ではその普及率は未だに低いのが現状である.オルベスコ®インヘラーが新たな吸入ステロイド薬の治療選択肢を提供し,吸入ステロイド治療の定着と喘息患者のQOL向上に寄与することを期待する.
著者
橋本 亮太 安田 由華 大井 一高 福本 素由己 山森 英長 新谷 紀人 橋本 均 馬場 明道 武田 雅俊
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.137, no.2, pp.79-82, 2011 (Released:2011-02-10)
参考文献数
5

精神疾患によって失われる普通の健康な生活は,他のすべての疾患と比較して最も大きいことが知られており,社会的経済的な影響は重大である.精神疾患の代表である統合失調症の治療薬である抗精神病薬はその効果が偶然見出された薬剤の発展型であるが,これらを用いると20~30%の患者さんが普通の生活を送ることができるものの,40~60%が生活全体に重篤な障害をきたし,10%が最終的に自殺に至る.そこで統合失調症の病態に基づいた新たな治療薬の開発が望まれており,分子遺伝学と中間表現型を用いて,統合失調症のリスク遺伝子群を見出す研究が進められている.これらのリスク遺伝子群に基づいた治療薬の開発研究が始まっており,今後の成果が期待される.
著者
服部 政治
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.176-180, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
5
被引用文献数
10 16

〈目的〉近年,「痛み:Pain」が5番目のバイタルサインとして治療の質向上のため重要視されるようになった.欧州や米国では患者のPainに関した大規模調査が行われ,国民のPain保有率や患者意識調査の報告がなされているが,本邦では大規模調査は行われていなかった.そこで今回,痛みからの解放を目指した医療の質向上のための基礎的資料作成のため,日本での慢性疼痛の有病率の推定,疼痛部位の特定,慢性疼痛保有者の医療機関への通院治療状況に関する大規模調査研究を実施した.〈対象と方法〉調査は,インターネットで行い,第1次調査として一般生活者30,000名の中から慢性疼痛保有者を抽出するためのスクリーニング調査,第2次調査として1次調査で抽出された慢性疼痛保有者の疼痛に関する詳細と治療状況の調査の2段階で行った.〈結果〉一次調査:回答を得られた18,300名の回答から,慢性疼痛のスクリーニング条件を満たしたものは,2,455名(13.4%)であった.最も多い症状としては腰痛が58.6%と多く肩痛が次いで多かった.この2,455名により詳しい二次調査を実施した結果,「痛み」のために仕事・学業・家事を休んだことがあると答えた方は34.5%であった.痛みに関する治療は95.4%の方が原因となる疾患を治療している医療機関で受け,満足のいく程度に痛みを和らげたとする方は22.4%であった.診療科では,痛みの治療に整形外科を受診している方が45%と第一位である一方,ペインクリニックを受診している方は0.8%と低値であった.〈結論〉日本では,約13%の方が生活や仕事になんらかの支障を来たす痛みを保有していたが,治療によって満足な痛みの軽減は得られておらず,疼痛治療を専門とする医療機関の充実がこれからの重要な課題のひとつであると思われた.
著者
植田 弘師
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.3, pp.161-165, 2006 (Released:2006-05-01)
参考文献数
12

神経傷害に伴い誘導される慢性疼痛は難治性神経因性疼痛と呼ばれ,抗炎症薬や強力な鎮痛作用を有するモルヒネによって除痛されにくい.従って,急性の痛みとは仕組みが全く異なり,末梢神経傷害に伴う一次知覚神経と脊髄での可塑的機能変調がその基盤となると考えられる.著者らは近年,神経傷害後,長期に認められる痛覚過敏・アロディニア現象を誘導する初発原因分子として脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)を同定した.このLPAは後根神経節や脊髄後角における疼痛伝達分子の発現増加や一次知覚神経の脱髄現象を誘導し,これらがそれぞれ痛覚過敏やアロディニア現象の分子基盤となることが明らかになった.
著者
栗原 正明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.6, pp.315-320, 2015 (Released:2015-12-10)
参考文献数
20

危険ドラッグや違法薬物を速やかに規制する場合,動物実験や生物学的試験には多くの時間を要するため,インシリコによる活性予測が必要となる.薬物が作用する標的タンパク質が不明であるか,判明しているが三次元構造が明らでない場合は,リガンド側の構造情報のみで活性予測を行うQSAR(Quantitative Structure-Activity Relationship:定量的構造活性相関)法が一般的である.QSAR法とは化合物の構造と生物学的(薬学的あるいは毒性学的)な活性とを定量的に数学的な関係であらわしたものである.すでに危険ドラッグ規制の根拠となる活性データとしてQSAR法による予測活性が用いられてきた.一方,ここ数年ある構造の危険ドラッグを規制すると,少し構造の違った危険ドラッグが流通するといういわゆる「いたちごっこ」の状態が続いている.その対策として平成25年にある範囲の化合物群(数百化合物)を一度に指定する包括規制を導入した.それにより,今後流通すると予測される活性を有する化合物群を事前に規制することができる.この包括規制においては,指定する化合物の中には,まだ合成されていない化合物も含まれ,その活性を求めることはインシリコで行うしかない.今後ますます,インシリコよる活性予測の重要性が高まるだろう.
著者
三浦 義記
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.2, pp.111-115, 2007 (Released:2007-02-14)
参考文献数
36

これまで数多くの薬剤が抗てんかん薬として研究開発され,種々の発作タイプに有用性を発揮している.これらの創薬初期段階では殆んどのケースでゴールドスタンダードと称される動物モデルを用いた評価によりその活性が見出されてきたが,そのような一元的な活性の検出でありながら,薬剤毎にそれぞれ独自の顔を持ち,新たな有用性が示唆されている.また,新規な標的分子の発見など作用メカニズム解析でも興味ある知見が得られているところから,近年話題性のある幾つかの化合物例について新たな機序を含めた作用プロフィールを紹介した.更に,抗てんかん薬の創薬研究における最適化手段として動物モデル評価の位置付け,意義などを考察すると共に,本研究領域において今後期待される研究課題を展望した.
著者
大内 香
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.4, pp.210-214, 2010 (Released:2010-10-08)
参考文献数
34
被引用文献数
1

抗体は,キメラ化,ヒト化,および生産効率向上など多くの技術的革新を経て,臨床応用されるようになってきた.本稿では,固形癌の治療においてパラダイムシフトをもたらした抗体医薬トラスツズマブを例に抗体医薬の課題と今後の展望について述べる.HER2を標的としたヒト化モノクローナル抗体であるトラスツズマブは,固形がんに対して最初に効果が確認された抗体医薬であり,固形がん治療薬という抗体医薬の新たな有用性を示した抗体である.HER2は上皮増殖因子受容体ファミリーの一つであり,転移性乳癌では約25~30%の患者さんで過剰発現が認められる.HER2の過剰発現はがん細胞の増殖を促進し,HER2過剰発現腫瘍は予後不良であることが知られている.トラスツズマブはHER2に特異的に結合し,抗体依存性細胞障害(ADCC)誘導やHER2からのシグナル伝達阻害を介して抗がん効果を発揮する.トラスツズマブはHER2分子を過剰発現した腫瘍に対して高い効果を示すことから,HER2過剰発現の乳癌患者を特定したうえで治療が行われる.すなわち,トラスツズマブによる乳癌治療はHER2発現の診断に基づく個別医療の概念が,実際に治療に取り入れられた例でもある.トラスツズマブは,転移性乳癌および術後乳癌に用いられているが,昨年臨床胃癌での有用性も示された.トラスツズマブ耐性の機序としてはADCC活性の低下やHER2以外の増殖シグナル伝達の増加が考えられている.今後の抗体薬の展望として,改変形IgG1による物性,動態や活性の向上,IgG1以外の分子形,低分子抗体,New scaffold proteinなどの抗体様分子の開発が進められている.新規技術と,新規標的分子の同定,病態の解明およびバイオマーカーの同定によって,抗体医薬がこれまで以上に多種多様な形態,疾患で治療に応用されていくことが期待される.
著者
阿部 務
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.1, pp.33-38, 2012 (Released:2012-01-10)
参考文献数
21
被引用文献数
1

ペンテト酸カルシウム三ナトリウム(Ca-DTPA)およびペンテト酸亜鉛三ナトリウム(Zn-DTPA)は,キレート試薬として広く利用されているdiethylene-triamine-penta-acetic acid(ジエチレントリアミン五酢酸,別名はペンテト酸)(DTPA)とそれぞれカルシウム(Ca)および亜鉛(Zn)とのキレートである.これらの薬剤は,原子核反応を利用して人工的に作られる超ウラン元素体内除去剤として独国および米国ですでに承認され,緊急時に使用できるよう備蓄されている.本邦では,これらの薬剤は承認されておらず,以前より関連学会等から早期承認の要望が出され,厚生労働省主導の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で,医療上の必要性の基準に該当するという評価を得た.古くからCa-DTPAおよびZn-DTPAに関する多くの文献が公表され,さらに,有効性および安全性を評価するための臨床試験を行うことは倫理的に不可能であったことから,これらの薬剤の公知申請を行った.DTPAはCaおよびZnより高いキレート安定度定数を有する超ウラン元素(プルトニウム,アメリシウムおよびキュリウム)とより安定な水溶性のキレートを形成する.また,DTPAは未変化体として速やかに尿中に排泄される.このような特性から,Ca-DTPAおよびZn-DTPAは血液中および細胞外液中の超ウラン元素とキレートを形成し,尿中排泄を促進し,体内除去作用を示す.米国で発生した放射線事故においてCa-DTPAおよびZn-DTPA製剤が投与された超ウラン元素汚染患者の使用実績を解析した結果,超ウラン元素体内除去作用が確認された.また,有害事象等の報告は限られており,適切な注意喚起の下で必要な検査等を行いながら使用することで安全性は忍容可能と考えられた.放射線事故等で超ウラン元素による内部被ばくが問題となるような万一の事態に備え,これらの薬剤が本邦においても備蓄されることを期待する.
著者
山澤 德志子 柿澤 昌
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.200-205, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
23
被引用文献数
1

一酸化窒素(NO)とカルシウムイオン(Ca2+)は,ともに極めて重要なシグナル分子である.NOは,NO合成酵素により産生され,生体内で様々な生理的および病態生理的機能に関与している.NOは可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し,サイクリックGMPを介したシグナル伝達に関与すると従来考えられてきた.近年,NOにタンパク質のシステイン残基をS-ニトロシル化するタンパク質修飾機能があり,シグナル伝達機構として働くことが注目されている.一方,リアノジン受容体は細胞内カルシウムストア(小胞体)にあるカルシウム放出チャネルで,細胞内カルシウムシグナル形成の鍵となる分子の1つである.今回,NOがリアノジン受容体の特定のシステイン残基をS-ニトロシル化して活性化し,細胞内カルシウムストアからカルシウム放出を起こす事を明らかにした.加えて,この新しいカルシウムシグナルであるNO依存的カルシウム放出(NO-induced Ca2+ release:NICR)の病態生理学的な意義も明らかになった.脳虚血に伴いNO合成酵素が活性化され神経細胞死を誘発することが知られている.これは,脳梗塞などにおける神経細胞死の主要な原因とされている.大脳皮質培養神経細胞でもNO依存的カルシウム放出が観察され,NOドナー投与により神経細胞死が亢進した.しかし,NO依存的カルシウム放出を阻害する薬物(ダントロレン)を投与すると,NOによる神経細胞死が抑制された.これより,NO依存的カルシウム放出が神経細胞死に関わることを明らかにした.さらに興味深いことに,ダントロレンは,脳虚血モデルマウスで脳梗塞を軽減した.今回の新知見は,NOによる脳機能制御の基本的な理解を深めるとともに,神経細胞死を伴う病態に対する新たな治療戦略の基盤となり得ると期待できる.
著者
小山 則行 曲尾 直樹 山本 裕之 松井 順二 鶴岡 明彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.2, pp.100-104, 2008 (Released:2008-08-08)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

VEGFあるいはVEGF受容体を阻害し,がんの血管新生を抑制する抗がん薬の開発が進んでいる.E7080は強力なマルチキナーゼ阻害作用を有し,血管新生に重要なVEGFおよびFGF,PDGF,SCFの受容体に選択性が高いことを特徴とする化合物である.ヒトがん細胞株を移植したヌードマウスの検討では,肝がん,肺がん,大腸がん,乳がんなどのモデルにおいて優れた抗腫瘍効果が,マウス大腸がん株同所移植モデルでは延命効果が明らかにされている.また,肺がんモデルにてプラチナ製剤と併用することで,腫瘍縮小効果の相乗的な増強が認められている.一方,マウス浮遊内皮細胞は,E7080投与により血液中の数が顕著に変動することから,血管への作用を検証する新たなバイオマーカーになると思われる.近年の研究で,腫瘍内血管の構造と,がんの悪性度や血管新生阻害薬の有効性との関連が明らかにされつつある.浮遊内皮細胞や腫瘍内血管研究の,臨床での新たな展開に期待したい.
著者
山本 浩一 大和谷 厚
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.2, pp.83-88, 2008 (Released:2008-08-08)
参考文献数
20
被引用文献数
3

ラットやマウスなどの齧歯類動物には嘔吐反射はないが,抗がん薬の投与や回転刺激,放射線照射など催吐作用のある刺激を与えると,カオリンなどの通常の餌としては異常な物に対して食欲を示すパイカ行動(異味症)が現れる.催吐刺激により現れるこの行動はそれぞれの刺激に特異的な制吐薬の前処置によって抑制でき,われわれはパイカ行動を指標とすれば齧歯類を悪心・嘔吐の研究に応用できることを報告してきた.齧歯類でも特にマウスは遺伝子改変動物を用いることができるなど利点も多いが,催吐刺激によるカオリン摂取量は,ラットに比べて非常に少ないことや,カオリンペレットをあちこちに食べ散らかすために摂取量の正確な測定は困難であった.そこで,われわれは経口摂取しても消化管から吸収されず糞便中に排出される赤色色素のカルミンを添加して作成したカオリンペレットを用い,催吐刺激後2日間の糞便を回収し,糞便中から抽出したカルミンを比色定量することにより精度よくマウスのカオリン摂取量を定量する方法を開発した.これまではイヌ・フェレット・ネコ・ブタ・サルなどの中型から大型の比較的高価で遺伝的なバックグラウンドが一定していない動物を用いざるを得ず,多大な労力と費用のかかっていた悪心・嘔吐の実験を,齧歯類動物のパイカ行動を利用することによって簡便化することができ,悪心・嘔吐の発症機構そのものの研究に加え,新規薬物の有害作用としての悪心・嘔吐のスクリーニングにも広く応用できるものと期待している.
著者
高辻 華子 高橋 功次朗 北川 純一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.6, pp.278-282, 2015 (Released:2015-06-10)
参考文献数
18

咽頭・喉頭領域の感覚神経(舌咽神経咽頭枝や上喉頭神経)は,舌領域を支配する味覚神経(鼓索神経や舌咽神経舌枝)と異なる生理学的特徴をもっている.咽頭・喉頭領域の感覚神経は舌領域の味覚神経に比べ,味刺激(4基本味)に対して神経応答性は低いが,水やアルコール刺激に高い興奮性を示す.また,長鎖脂肪酸やうま味も咽頭・喉頭領域の感覚神経を興奮させる.このような舌の味覚神経とは異なる咽頭・喉頭領域の感覚応答特性が,食べ物や飲み物の「おいしさ」に重要な要素である「のどごし」や「こく」の感覚形成に関与している可能性が考えられる.様々な機能を有するtransient receptor potential(TRP)チャネルファミリーに注目すると,カプサイシンによって活性化するTRPV1が属するTRPVファミリーは,機械刺激,熱刺激,pHの変化,浸透圧の変化で活性化する.また,細胞の代謝,分化,増殖などに関係しているTRPMファミリーには,冷刺激やメントール刺激で活性化するチャネルがある.したがって,咽頭・喉頭領域に発現しているTRPチャネルが,飲食物を飲み込むときの味,温度,触,圧などの刺激を受容し,「のどごし」や「こく」の感覚形成に寄与していると考えられる.近年,嚥下中枢において,CB1受容体が興奮性シナプス群より抑制性シナプス群に多数存在することが明らかにされた.これらシナプス前終末のCB1受容体に内因性カンナビノイド(2-AG)が結合すると,神経伝達物質の放出が抑圧される.その結果,興奮性シナプスの作用が優位になり,嚥下誘発が促進する可能性が示唆された.このように咽頭・喉頭領域からの求心性情報は「おいしさ」の感覚に貢献し,さらに,生命活動に重要な摂食機能である嚥下反射の誘発にも深く関与している.
著者
鈴木 操
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.325-329, 2007 (Released:2007-05-14)
参考文献数
5

ヒトゲノムの解読が終了し,遺伝子の存在は塩基配列から予測できるようになった.しかしながら,遺伝子の機能を塩基配列のみから予測することは困難である.そこで,遺伝子の機能を個体レベルで解析する技術として,マウス個体へ遺伝子を導入する遺伝子改変マウス作製技術が有効である.遺伝子改変マウスは,その作製方法によって,トランスジェニックマウス(外来遺伝子導入マウス,以下,Tgマウス)と遺伝子ターゲッティングマウスに分類される.Tgマウスは目的のタンパク質をコードする遺伝子,またはそのcDNAを含む外来遺伝子をマウスの受精卵に注入して作製され,個体での外来遺伝子の機能解析を目的としている.一方,遺伝子ターゲッティングマウスは,遺伝子ターゲッティングにより胚性幹細胞を用いたキメラマウス作製により作製されるマウスで,特定の内在性遺伝子を外来性のDNA断片で置換することにより,もとの遺伝子の機能を欠失または変異させる.遺伝子の機能を欠失したマウスをノックアウトマウス(以下,KOマウス)という.本稿では,Tgマウスの作製技術について解説する.Tgマウスの作製は,マウスには本来存在していない外来遺伝子の導入により発現を付与する,機能付与型である.現在,Tgマウス作製は,前核期受精卵への外来遺伝子のマイクロインジェクションによる方法が最も一般的に使用されている.なお,Tgマウス作製技術には,受精卵の体外培養,受精卵の卵管内移植および体外受精などの発生工学的基盤技術が不可欠である.Tgマウス作製技術は,現在,遺伝子の機能解析のみならず,疾患モデル動物として病態解析や治療薬開発などに応用され,生物学・医学・薬学を含む多くの分野で最も基礎的,かつ重要不可欠な技術となっており,今後も発展し続けるものと期待される.
著者
石井 暢也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.141, no.1, pp.15-21, 2013 (Released:2013-01-10)
参考文献数
47
被引用文献数
3 3

細胞増殖やアポトーシス抑制などに係わるmitogen activated protein kinase(MAPK)シグナル伝達経路の一つであるRAS-RAF-MEK-ERKシグナル伝達経路は,がん細胞において様々なメカニズムにより高頻度に活性化されることが知られており,以前より抗がん薬開発の標的分子として研究されてきた.これまでにいくつかのこのシグナル経路の阻害薬の臨床開発が試みられてきたが,いずれも明確な有効性を確認するには至らなかった.近年,いくつかのより選択性の高いATP拮抗型RAF阻害薬や非ATP拮抗型MEK阻害薬(アロステリック型MEK阻害薬)が創出されると同時に,活性型BRAF変異または一部の活性型RAS変異を有するメラノーマ等の腫瘍細胞がRAS-RAF-MEK-ERKシグナルに対する依存度が大きいことが見出されてきた.その結果,RAF阻害薬やMEK阻害薬が活性型BRAF変異または一部の活性型RAS変異を有するメラノーマに対して顕著な抗腫瘍効果を示すことが確認されている.現在,RAF阻害薬やMEK阻害薬の活性型BRAF変異や活性型RAS変異を有するメラノーマ以外の腫瘍に対する臨床効果が評価中であり,今後の適応拡大が期待される.さらに,腫瘍細胞内でRAS-RAF-MEK-ERKシグナル以外のシグナル伝達・機能を同時に抑制することによりさらに強い抗腫瘍効果を得るため,あるいは別のシグナルの活性化によりRAF阻害薬やMEK阻害薬に対して耐性となった腫瘍の増殖を抑制するために,種々の薬剤とRAF阻害薬あるいはMEK阻害薬との併用効果についても臨床効果が評価中である.このように,RAF阻害薬やMEK阻害薬などのMAPK経路阻害薬は今後のがん治療の中の大きな役割を担うと期待される.
著者
柴田 丸 山竹 美和 坂本 満夫 金森 政人 高木 敬次郎 岡部 進
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.71, no.5, pp.481-490, 1975-07-20 (Released:2011-09-07)
参考文献数
26
被引用文献数
32 34

クマ笹Sasa albomarginata MAKINO etSHIBATAの乾燥葉の熱水可溶分画 (Folin) の急性毒性ならびに抗炎症, 抗潰瘍作用を検討し次の結果を得た.Folinのマウス経口投与によるLD50 (72時間) は109/kg以上であり, また0.2%Folin溶液の連続25日間自由摂取実験より, 症状, 体重変化ともに著変なく本分画の毒性はきわめて弱かった.圧刺激法によりFolin投与後2時間して有意の疼痛閾値の上昇がみられたが, 酢酸法では軽度の抑制がみられたにすぎなかった.また著明な正常体温下降, dextran足蹠浮腫抑制作用, carrageenin足蹠浮腫抑制作用を示し, とくにdextran足蹠浮腫実験において, Folinは局所適用によっても明らかな抑制を示した.しかし綿球法においてはなんらの乾燥肉芽重量の減少もみられなかった.Folinの十二指腸内投与で著明な胃液分泌量の抑制とpHの上昇がみられるとともに, Ulcer indexの減少傾向がみとめられた.幽門結紮-aspirin潰瘍および幽門結紮-caffeine潰瘍に対し, Folinの経口投与はそれらのUlcer indexの減少傾向を示した.FolinはBaSO4の腸管内移動に対しては著しい影響を与えなかった.
著者
中瀬 朋夏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.143, no.2, pp.61-64, 2014 (Released:2014-02-10)
参考文献数
20
被引用文献数
1 3

安全で有効性の高いがん治療戦略の開発において,漢方由来成分を用いた治療法がその重要性を高めている.経験的に古くからマラリアの特効薬として利用されてきたアルテミシニンとその誘導体は,キク科の植物であるセイコウ(Artemisia annua L.)から分離されたセスキテルペンラクトンで,構造中のエンドペルオキシドブリッジ(-C-O-O-C-)と細胞内鉄イオンが反応し,フリーラジカルを生成する.近年,トランスフェリン受容体が高発現し鉄イオンを豊富に含有するがん細胞に対して,アルテミシニンの細胞毒性が極めて高いことが注目されている.筆者は,トランスフェリンのN-グリコシド鎖にアルテミシニンを修飾したがん標的アルテミシニンが,アポトーシスを介して,がん細胞に特異的な抗がん活性を示すことを明らかにした.さらに,抗がん薬の効果は細胞内環境の影響を大きく受けることから,がん細胞内の酸化ストレスやエネルギー産生を制御することで,アルテミシニン誘導体の効果を操る手法を開発した.その結果,酸化ストレス耐性のがん細胞に対して,抗酸化促進機能を担うシスチントランスポーター活性を抑制することにより,アルテミシニン誘導体の細胞毒性効果を増強できることが明らかになった.漢方由来成分の効果を最大限に発揮するため,がん標的送達システムや細胞内環境を調節・維持するトランスポーターを制御できる薬剤学的手法を駆使して,今後,臨床応用へ向けたさらなるがん治療戦略の開発を期待する.